作品ID:294
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古びた手袋を身に付けて
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 連載中
前書き・紹介
第1話
目次 |
親父が死んで2回目の夏になった、あの時と同じ様に、絡みつくほどの嫌な暑さだ。いろいろと考えていたが、やはり何も考えず就職を探すよりも、俺は親父の後を継ぐ事を決めた。
「お袋。俺、あいつらと戦うよ」
そう決意した夜お袋にそう告げると、お袋は黙って古びた手袋を出してきた。
「これ、親父の……」
「お前のお父さんはね、25年間戦闘員やっててね。正義の味方さんから年賀状もらうくらい、みんなに愛されてたんだよ。でもね、そんなお父さんでも、やっぱり偉くなって怪人になりたい、怪人になって隆志にいい所見せたい、そういつも言ってたんだよ」
「親父……」
「隆志、戦闘員になるって大変な事だよ。でもね、お父さんがいつも見守ってるから、がんばるんだよ」
「ああ、分かった。俺、親父のためにも立派な戦闘員、そして怪人になるよ」
古びた手袋は傷だらけだったが、その日から俺にはかかせないマストアイテムとなった。
採用試験は簡単だった、いつも親父の自主トレに付き合わされていた俺は、基礎体力、適応能力共に、他の受験者を凌ぐほどだった。
試験終了後、試験官だった怪人が俺に声をかけて来た。
「西野さんとこの息子さん、だよね」
「はい……」
「戦闘員時代に君のお父様には大変お世話になってね、今の自分があるのは君のお父様のおかげだ。ところで西野さんは今元気なのかい?」
「親父は一昨年、ヤドカリ戦隊のグリーンに……」
「そうだったか……、それは惜しい戦闘員を亡くした。君も、お父様の意思を受け継いで、立派な戦闘員になるんだよ」
「ありがとうございます……、えっと」
「怪人コガネムシだよ、早く一緒に戦える日が来るといいね」
「ハイッ」
怪人コガネムシさんは、俺の古びた手袋に気付いたのか、握手をした後に一言「似合ってるよ」と言ってくれた。
配属先が決まって、初めて実家を出て暮らす事となった。お袋といったら近所中に「内の息子が戦闘員に受かったんです」などと自慢していた。しかし3丁目の加藤さんだけは、旦那さんがヒーロー戦隊に勤めているので喜んではくれなかった。
「今日から配属となりました、西野隆志です。よろしくお願いします」
秘密基地兼寮であるアパートに俺の声が響く、先輩方はとってもいい人ばかりだった。
「お前か、西野さんとこのせがれは。がんばれよ」
どこに行っても親父の影が見える、その事が俺を勇気付けてくれた。
「ザコは引っ込んでろ!!」
今日は怪人イカゲソキングさんのお供に付いた。イカゲソキングさんは市内の回転寿司屋からゲソだけを集めるお仕事をされている。こんな仲間を思う気持ちに満ち溢れているお仕事を、事もあろうか七色戦隊レインボン達が邪魔をしてきた。
「お前ら、正義の味方とかいって7人も揃わないと戦えないのか!!」
そう叫んだ先輩戦闘員の武田さんが秒殺された、改めて現場の厳しさを知った。
「おい西野、最近成績いいらしいな。お前、がんばってみるか?」
イカゲソキングさんが俺にそう問いかけて来た。
「イーッ」
俺はまだ下っ端の戦闘員だ、そう答えるしかなかった。
しかし心の底からの「イーッ」に、イカゲソキングさんは笑顔を見せてくれた。
「よしお前ら、痛めつけてやれーーーっ」
そのイカゲソキングさんの掛け声で戦闘が開始された。俺はいつの間にか気を失っていたが、その戦いは我々が一旦引く事で幕を閉じたそうだ。
「よう西野、お疲れちゃ?ん」
戦闘員リーダーの上田さんが、冷たい缶コーヒーを頬に押し当ててきた、俺はその冷たさに驚き目を覚ます。
「最近お前がんばってるな、驚いたよ」
「いや、俺なんかまだまだですよ。今日も気付いたらノされてましたから」
「あいつら、虹色マンだっけ?帰り際にな、お前の名前を聞いてきたぞ」
「?」
「なんか『元気なヤツがいるな、いずれ怪人となって戦うのが恐ろしいくらいだ』って言ってな、今のうちから目付けられたな」
「よっぽど嫌われたんですかね、俺」
リーダーはハハハッと笑って、俺の背中をポンと軽く叩いた。
「それとな、これ。奴らがさっき持って来てくれたよ。大事なんやろ、無くすなよ」
そう言うと、俺の右の手袋を渡してくれた。
「あいつらが……」
「楽しみにしてるぞ、だとよ。あいつらからの伝言」
「ありがとうございます」
「俺に言うな……って言っても、あいつらにも言うなよ、礼なんて」
「ですね」
古びた手袋は、以前より少しだけであるが傷ついていた、俺が親父に追いつくために付けた、俺の勲章だ。
「リーダー」
「ん?」
「明日、また戦闘ありますよね。俺、先発やらせてください」
「なんだよ、熱いなお前。早死にするのはノンキャリ組でいいんだよ」
「でもリーダー……」
「……お前はうちら戦闘員のホープや、やっと町内から怪人が出るかもって人材や。今はじっくり戦って、怪人さん達に認めてもらえ」
「……ハイッ」
「明日も早ぇぞ、さっさと寝ろ」
リーダーの声は、どこか希望に満ち溢れている様にも聞こえた。俺を認めてくれている人がいる、そう思うと力強くなれる気がしてきた。
「親父、俺は立派な怪人になる。だから見守っていてくれ」
朝のニュースで、ブラックモンキー団の優勢を知った。
新しい人事も発表され、あの怪人コガネムシさんが現場監督、兼怪人(以下「プレイングモンスター」)となって、早速都内の公民館や公園を次々と制圧しているようだ。
「やっぱスゲェよ、コガネムシさんは。オレもコガネムシさんの下で戦いてぇよ」
同僚からそんな声を聞いた、そんなに偉い人だったんだ、コガネムシさん。
「西野、昇級試験がんばれよ」
今朝、戦闘に向う先輩達から、試験休みの俺に温かい声をかけて頂いた。この試験に受ければA級戦闘員となれる、都内で戦える。そう思いながら参考書に目を通していた時だった。
「西野ッ、追加召集かかった。怪人オレンジ・ザ・ミカンさんが押されてるみたいだ」
「!!」
同僚戦闘員のその声で、俺の毛穴が一斉に開いた。
『まさか、あのオレンジ・ザ・ミカンさんが……』
そんな心配の中、俺は取るものも取らずに現場へと駆け出して行った。
「これは……」
現場に到着したが、すでに戦闘は終わっていた。爆発したオレンジ・ザ・ミカンさんの破片が、その戦闘の激しさを物語っていた。
「ちくしょー、なんでオレ達は何も出来なかったんだ」
「リーダー……」
「……西野か、命拾いしたな。奴らがこんなに強いだなんて……、上からの情報なんかデタラメじゃねぇか」
「上?」
「ああ、ヤドカリ戦隊だったか。3人だって聞いてたが、他の戦隊の奴らも加勢していて、仕舞いには12人ぐらいいたぞ」
「ヤドカリ戦隊っ!?」
「やつら、フリーランスに戦隊名を貸して、不特定多数のチームで行動してんだ。最後の12人目なんて何色か分からなかった、レッドなんて3人いたし」
「リーダー、その中にグリーンは……」
「グリーン?ああいたぞ、1人だけだが弱ったヤツばかり攻撃してたな」
「あの緑めぇーっ」
俺は一瞬我を忘れていた。ついにヤドカリ戦隊に、あのグリーンに出会えた、その事だけで俺の中の何かが外れた気がした。
「待て、西野。深追いするな」
リーダーの声を振り払う様に、俺はヤドカリ戦隊の後を追って走り出した。
夜になって街は活気を帯びてきた。路地裏から漂う焼き鳥の匂いが、走り疲れた俺を誘う。
「ちきしょう、どこ行ったんだ……」
ふらふらと彷徨う俺は、いつの間にか隣町のアーケードまで来ていた。
『今日はもう帰ろう……』
ようやく手にしたヤドカリ戦隊の足跡。しかし、もうたどり着けないのか……。そう思った瞬間、全身に電流が走った。
「見つけた、ヤドカリだっ!!」
そこには確かに「ヤドカリ戦隊」と書かれていた。笑笑の店頭に、のん気にも予約の看板が出ていたのだ。
「どこまで俺達を馬鹿にしているんだ、ヒーローの野郎!!」
俺は何の迷いも無くその店へと殴りこんだ、狙いはヤドカリ戦隊、いや、グリーンだ。
「見つけたぞ、ヤドカリ戦隊!!オレンジ・ザ・ミカンさんの仇、そして親父の仇、討ち取ってやる!!!!!!!」
店内はパニックとなる、飛び交う若鶏のからあげ、生ビールでの目潰し、9月のオススメメニュー韓国冷麺アタック、その戦いはブラックモンキー団の歴史に残る物となるほどだった。
「オレ達が、たった1人の戦闘員に……」
「まだこんなヤツがいたなんて、知ってりゃこの町に帰ってこなかったのに……」
そんな薄れる声を尻目に、ようやくグリーンを追い詰めた。マスクの上からネクタイで鉢巻をしているグリーンは、ただのおっさんの様に弱々しく、涙目で俺を見ている。
「しかし強くなったな、隆志くんも……」
「……隆志?なんで俺の名を知っている?」
「私だよ、小さい時はよく挨拶してくれたじゃないか」
グリーンはそう言うとゆっくりとマスクを外した、そこから現れた顔は見覚えのある、加藤さんトコのおじさんだった。
「君には悪かったと思っている、もちろんお父さんにもだ。妻から隆志くんが戦闘員になったと聞いた時には、少々青ざめたよ。仕事とはいえ、こういった天罰が来るんじゃないかって」
「おじさん……」
グリーン、いや、加藤のおじさんは閉じ行く目を必死に開けながら、優しい目でこちらを見ている。
「その手袋は、お父さんのじゃないかい?そうか、リュウチャンはやっぱり許して……くれなかったんだなぁ。これで……良かったんだ、辞めずに続けていて……本当によかった」
「おじさーーん!!」
加藤のおじさんの体は崩れ落ち、満足気な表情のままに意識を失った。俺は、同僚達が現場に到着するまで泣き続けた。
「西野隆志準一級戦闘員、右の者の怪人への昇級を命ずる」
秘密基地兼寮に、コガネムシさんの声が響く。その声を聞き終わると同時に同僚や先輩達から祝福のビールが降り注ぐ。
「すごい戦いだったようだね、西野くん。君にはぜひ、オレの下で働いてほしい」
「ハイ、コガネムシさん」
俺は、同僚にもみくちゃにされながら、コガネムシさんと固い握手を交わした。
「ところで西野くん、怪人の名前、バトルネームは決めたかい?」
「はい、親父の夢だった怪人です。親父の付けた名前を使わせてもらいます」
「そうか、楽しみだな、それは」
その日の夜は仕事の事も忘れ、同僚みんなと酒を飲んで明かした。
「隆志くん、聞きましたよ。怪人になれたんだってね」
「ありがとうございます、それもこれも加藤のおじさんのおかげです」
「おいおい、ブラックモンキー団らしくないぞ、こっちの人間にお礼を言うなんて」
「いや、スイマセン……」
お袋から加藤のおじさんが入院をしていると聞いて見舞いにやってきた。加藤のおじさんはあの戦闘の後、第一線を退きコーチとして今もヒーローズカンパニーで働いているそうだ。
「お袋から聞きました。昔、親父と加藤さんは幼馴染だったって」
「ああ、懐かしいなぁ。よく近所の公園でヒーローごっこやってたよ」
「親父は怪人ごっこって言ってたそうです」
「ははは、だろうね。リュウチャンは子供の頃から怪人になるって言ってたからなぁ」
「その時の親父の怪人に、なれる様がんばります」
「ほう、それじゃあ名前はやっぱり……」
「はい、怪人バッタライダーです」
「そうかい、バッタライダーねぇ。ようやくリュウチャンの夢が叶うんだ」
加藤のおじさんは静かに目を閉じ、昔の事を思い出している様だった。
「リュウチャンの……、君のお父さんのバッタライダーは強かったぞ、おじさんはいつも負けてた。これはすごい強敵が現れたな」
「そんな、俺はまだ駆け出しの怪人です、お手柔らかにお願いします」
「おいおい、こっちの人間に頭を下げるなって」
「ですね」
親父の描いていた理想の怪人像は詳しくは知らない、しかしこれでいいのだと思う。
「Rrrrrr……」
「おっ?ブラックモンキー団からのお呼びかな?」
「……そうみたいです。俺、暴れて来ます。おじさんも早く元気になって、俺達に対抗してくださいね」
「ははは、分かったよ。君のお父さんとの夢の続き、まだ残ってるからね。また戦場で会おう」
きっと親父は満足してくれてる、そんな思いを胸に、俺は今日もヒーロー戦隊の奴らと戦うのだ。唯一親父が思い描いていたバッタライダーとは違う、古びた手袋を身に付けて。
「お袋。俺、あいつらと戦うよ」
そう決意した夜お袋にそう告げると、お袋は黙って古びた手袋を出してきた。
「これ、親父の……」
「お前のお父さんはね、25年間戦闘員やっててね。正義の味方さんから年賀状もらうくらい、みんなに愛されてたんだよ。でもね、そんなお父さんでも、やっぱり偉くなって怪人になりたい、怪人になって隆志にいい所見せたい、そういつも言ってたんだよ」
「親父……」
「隆志、戦闘員になるって大変な事だよ。でもね、お父さんがいつも見守ってるから、がんばるんだよ」
「ああ、分かった。俺、親父のためにも立派な戦闘員、そして怪人になるよ」
古びた手袋は傷だらけだったが、その日から俺にはかかせないマストアイテムとなった。
採用試験は簡単だった、いつも親父の自主トレに付き合わされていた俺は、基礎体力、適応能力共に、他の受験者を凌ぐほどだった。
試験終了後、試験官だった怪人が俺に声をかけて来た。
「西野さんとこの息子さん、だよね」
「はい……」
「戦闘員時代に君のお父様には大変お世話になってね、今の自分があるのは君のお父様のおかげだ。ところで西野さんは今元気なのかい?」
「親父は一昨年、ヤドカリ戦隊のグリーンに……」
「そうだったか……、それは惜しい戦闘員を亡くした。君も、お父様の意思を受け継いで、立派な戦闘員になるんだよ」
「ありがとうございます……、えっと」
「怪人コガネムシだよ、早く一緒に戦える日が来るといいね」
「ハイッ」
怪人コガネムシさんは、俺の古びた手袋に気付いたのか、握手をした後に一言「似合ってるよ」と言ってくれた。
配属先が決まって、初めて実家を出て暮らす事となった。お袋といったら近所中に「内の息子が戦闘員に受かったんです」などと自慢していた。しかし3丁目の加藤さんだけは、旦那さんがヒーロー戦隊に勤めているので喜んではくれなかった。
「今日から配属となりました、西野隆志です。よろしくお願いします」
秘密基地兼寮であるアパートに俺の声が響く、先輩方はとってもいい人ばかりだった。
「お前か、西野さんとこのせがれは。がんばれよ」
どこに行っても親父の影が見える、その事が俺を勇気付けてくれた。
「ザコは引っ込んでろ!!」
今日は怪人イカゲソキングさんのお供に付いた。イカゲソキングさんは市内の回転寿司屋からゲソだけを集めるお仕事をされている。こんな仲間を思う気持ちに満ち溢れているお仕事を、事もあろうか七色戦隊レインボン達が邪魔をしてきた。
「お前ら、正義の味方とかいって7人も揃わないと戦えないのか!!」
そう叫んだ先輩戦闘員の武田さんが秒殺された、改めて現場の厳しさを知った。
「おい西野、最近成績いいらしいな。お前、がんばってみるか?」
イカゲソキングさんが俺にそう問いかけて来た。
「イーッ」
俺はまだ下っ端の戦闘員だ、そう答えるしかなかった。
しかし心の底からの「イーッ」に、イカゲソキングさんは笑顔を見せてくれた。
「よしお前ら、痛めつけてやれーーーっ」
そのイカゲソキングさんの掛け声で戦闘が開始された。俺はいつの間にか気を失っていたが、その戦いは我々が一旦引く事で幕を閉じたそうだ。
「よう西野、お疲れちゃ?ん」
戦闘員リーダーの上田さんが、冷たい缶コーヒーを頬に押し当ててきた、俺はその冷たさに驚き目を覚ます。
「最近お前がんばってるな、驚いたよ」
「いや、俺なんかまだまだですよ。今日も気付いたらノされてましたから」
「あいつら、虹色マンだっけ?帰り際にな、お前の名前を聞いてきたぞ」
「?」
「なんか『元気なヤツがいるな、いずれ怪人となって戦うのが恐ろしいくらいだ』って言ってな、今のうちから目付けられたな」
「よっぽど嫌われたんですかね、俺」
リーダーはハハハッと笑って、俺の背中をポンと軽く叩いた。
「それとな、これ。奴らがさっき持って来てくれたよ。大事なんやろ、無くすなよ」
そう言うと、俺の右の手袋を渡してくれた。
「あいつらが……」
「楽しみにしてるぞ、だとよ。あいつらからの伝言」
「ありがとうございます」
「俺に言うな……って言っても、あいつらにも言うなよ、礼なんて」
「ですね」
古びた手袋は、以前より少しだけであるが傷ついていた、俺が親父に追いつくために付けた、俺の勲章だ。
「リーダー」
「ん?」
「明日、また戦闘ありますよね。俺、先発やらせてください」
「なんだよ、熱いなお前。早死にするのはノンキャリ組でいいんだよ」
「でもリーダー……」
「……お前はうちら戦闘員のホープや、やっと町内から怪人が出るかもって人材や。今はじっくり戦って、怪人さん達に認めてもらえ」
「……ハイッ」
「明日も早ぇぞ、さっさと寝ろ」
リーダーの声は、どこか希望に満ち溢れている様にも聞こえた。俺を認めてくれている人がいる、そう思うと力強くなれる気がしてきた。
「親父、俺は立派な怪人になる。だから見守っていてくれ」
朝のニュースで、ブラックモンキー団の優勢を知った。
新しい人事も発表され、あの怪人コガネムシさんが現場監督、兼怪人(以下「プレイングモンスター」)となって、早速都内の公民館や公園を次々と制圧しているようだ。
「やっぱスゲェよ、コガネムシさんは。オレもコガネムシさんの下で戦いてぇよ」
同僚からそんな声を聞いた、そんなに偉い人だったんだ、コガネムシさん。
「西野、昇級試験がんばれよ」
今朝、戦闘に向う先輩達から、試験休みの俺に温かい声をかけて頂いた。この試験に受ければA級戦闘員となれる、都内で戦える。そう思いながら参考書に目を通していた時だった。
「西野ッ、追加召集かかった。怪人オレンジ・ザ・ミカンさんが押されてるみたいだ」
「!!」
同僚戦闘員のその声で、俺の毛穴が一斉に開いた。
『まさか、あのオレンジ・ザ・ミカンさんが……』
そんな心配の中、俺は取るものも取らずに現場へと駆け出して行った。
「これは……」
現場に到着したが、すでに戦闘は終わっていた。爆発したオレンジ・ザ・ミカンさんの破片が、その戦闘の激しさを物語っていた。
「ちくしょー、なんでオレ達は何も出来なかったんだ」
「リーダー……」
「……西野か、命拾いしたな。奴らがこんなに強いだなんて……、上からの情報なんかデタラメじゃねぇか」
「上?」
「ああ、ヤドカリ戦隊だったか。3人だって聞いてたが、他の戦隊の奴らも加勢していて、仕舞いには12人ぐらいいたぞ」
「ヤドカリ戦隊っ!?」
「やつら、フリーランスに戦隊名を貸して、不特定多数のチームで行動してんだ。最後の12人目なんて何色か分からなかった、レッドなんて3人いたし」
「リーダー、その中にグリーンは……」
「グリーン?ああいたぞ、1人だけだが弱ったヤツばかり攻撃してたな」
「あの緑めぇーっ」
俺は一瞬我を忘れていた。ついにヤドカリ戦隊に、あのグリーンに出会えた、その事だけで俺の中の何かが外れた気がした。
「待て、西野。深追いするな」
リーダーの声を振り払う様に、俺はヤドカリ戦隊の後を追って走り出した。
夜になって街は活気を帯びてきた。路地裏から漂う焼き鳥の匂いが、走り疲れた俺を誘う。
「ちきしょう、どこ行ったんだ……」
ふらふらと彷徨う俺は、いつの間にか隣町のアーケードまで来ていた。
『今日はもう帰ろう……』
ようやく手にしたヤドカリ戦隊の足跡。しかし、もうたどり着けないのか……。そう思った瞬間、全身に電流が走った。
「見つけた、ヤドカリだっ!!」
そこには確かに「ヤドカリ戦隊」と書かれていた。笑笑の店頭に、のん気にも予約の看板が出ていたのだ。
「どこまで俺達を馬鹿にしているんだ、ヒーローの野郎!!」
俺は何の迷いも無くその店へと殴りこんだ、狙いはヤドカリ戦隊、いや、グリーンだ。
「見つけたぞ、ヤドカリ戦隊!!オレンジ・ザ・ミカンさんの仇、そして親父の仇、討ち取ってやる!!!!!!!」
店内はパニックとなる、飛び交う若鶏のからあげ、生ビールでの目潰し、9月のオススメメニュー韓国冷麺アタック、その戦いはブラックモンキー団の歴史に残る物となるほどだった。
「オレ達が、たった1人の戦闘員に……」
「まだこんなヤツがいたなんて、知ってりゃこの町に帰ってこなかったのに……」
そんな薄れる声を尻目に、ようやくグリーンを追い詰めた。マスクの上からネクタイで鉢巻をしているグリーンは、ただのおっさんの様に弱々しく、涙目で俺を見ている。
「しかし強くなったな、隆志くんも……」
「……隆志?なんで俺の名を知っている?」
「私だよ、小さい時はよく挨拶してくれたじゃないか」
グリーンはそう言うとゆっくりとマスクを外した、そこから現れた顔は見覚えのある、加藤さんトコのおじさんだった。
「君には悪かったと思っている、もちろんお父さんにもだ。妻から隆志くんが戦闘員になったと聞いた時には、少々青ざめたよ。仕事とはいえ、こういった天罰が来るんじゃないかって」
「おじさん……」
グリーン、いや、加藤のおじさんは閉じ行く目を必死に開けながら、優しい目でこちらを見ている。
「その手袋は、お父さんのじゃないかい?そうか、リュウチャンはやっぱり許して……くれなかったんだなぁ。これで……良かったんだ、辞めずに続けていて……本当によかった」
「おじさーーん!!」
加藤のおじさんの体は崩れ落ち、満足気な表情のままに意識を失った。俺は、同僚達が現場に到着するまで泣き続けた。
「西野隆志準一級戦闘員、右の者の怪人への昇級を命ずる」
秘密基地兼寮に、コガネムシさんの声が響く。その声を聞き終わると同時に同僚や先輩達から祝福のビールが降り注ぐ。
「すごい戦いだったようだね、西野くん。君にはぜひ、オレの下で働いてほしい」
「ハイ、コガネムシさん」
俺は、同僚にもみくちゃにされながら、コガネムシさんと固い握手を交わした。
「ところで西野くん、怪人の名前、バトルネームは決めたかい?」
「はい、親父の夢だった怪人です。親父の付けた名前を使わせてもらいます」
「そうか、楽しみだな、それは」
その日の夜は仕事の事も忘れ、同僚みんなと酒を飲んで明かした。
「隆志くん、聞きましたよ。怪人になれたんだってね」
「ありがとうございます、それもこれも加藤のおじさんのおかげです」
「おいおい、ブラックモンキー団らしくないぞ、こっちの人間にお礼を言うなんて」
「いや、スイマセン……」
お袋から加藤のおじさんが入院をしていると聞いて見舞いにやってきた。加藤のおじさんはあの戦闘の後、第一線を退きコーチとして今もヒーローズカンパニーで働いているそうだ。
「お袋から聞きました。昔、親父と加藤さんは幼馴染だったって」
「ああ、懐かしいなぁ。よく近所の公園でヒーローごっこやってたよ」
「親父は怪人ごっこって言ってたそうです」
「ははは、だろうね。リュウチャンは子供の頃から怪人になるって言ってたからなぁ」
「その時の親父の怪人に、なれる様がんばります」
「ほう、それじゃあ名前はやっぱり……」
「はい、怪人バッタライダーです」
「そうかい、バッタライダーねぇ。ようやくリュウチャンの夢が叶うんだ」
加藤のおじさんは静かに目を閉じ、昔の事を思い出している様だった。
「リュウチャンの……、君のお父さんのバッタライダーは強かったぞ、おじさんはいつも負けてた。これはすごい強敵が現れたな」
「そんな、俺はまだ駆け出しの怪人です、お手柔らかにお願いします」
「おいおい、こっちの人間に頭を下げるなって」
「ですね」
親父の描いていた理想の怪人像は詳しくは知らない、しかしこれでいいのだと思う。
「Rrrrrr……」
「おっ?ブラックモンキー団からのお呼びかな?」
「……そうみたいです。俺、暴れて来ます。おじさんも早く元気になって、俺達に対抗してくださいね」
「ははは、分かったよ。君のお父さんとの夢の続き、まだ残ってるからね。また戦場で会おう」
きっと親父は満足してくれてる、そんな思いを胸に、俺は今日もヒーロー戦隊の奴らと戦うのだ。唯一親父が思い描いていたバッタライダーとは違う、古びた手袋を身に付けて。
後書き
作者:みゅぐ |
投稿日:2010/08/22 16:19 更新日:2010/08/22 16:19 『古びた手袋を身に付けて』の著作権は、すべて作者 みゅぐ様に属します。 |
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