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Reptilia ?虫篭の少女達?
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 休載中
前書き・紹介
第一章 日常に生きる少女 6
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「気をつけてね」 真澄はバルコニーまでついてきてくれて、別れ際に手を振った。
この街ではそのありふれた言葉の持つ響きも、真剣味のあるものへ変貌する。といっても、サキにはほとんど関係のないことであるが。
「うん」 それでもサキは素直に頷いて、手を振る。
バルコニーの欄干を思い切り蹴り、跳ぶ。三メートルほど離れた位置に立つ電柱へ移り、そこからさらに跳んで上昇した。売春宿の向かい側に建つゲームセンターの電球が切れたままの看板に着地した。そこで振り向くと、真澄がまだ手を振ってくれていたので、サキももう一度振り返した。
屋根を伝い、跳び、途中の煙突を蹴って軌道を変え、さらに瓦を駆け抜ける。随分さっぱりとして、サキは気分が良かった。遮るものの無い空はただただ広く、青く、清々しい陽射しが降って来る。濡れた短髪と汗を流した体にはとても心地良い。一層高くジャンプして、八メートルは離れた雑居ビルの屋上に転がって着地した。そのまま、埃まみれの殺風景な屋上で仰向けになってみる。無表情ながら、楽しい気分だった。
今日は良い日になりそうだ。
柄にも無く、サキは心の中で呟いた。しかし、砂原の帰還を思い出して、少しだけ気分が落ち込んだ。奴のせいで今日は真澄の元へ行けない、というのが、主にサキの気に入らない箇所だった。それ以外は彼女にとっては無視してもいい程、微細な影響だと言える。
サキは大政組が嫌いである。ヤクザが嫌いである。それは一般人も同じかもしれないが、彼女の目線で言うと少々ニュアンスが異なる。弱い癖に、群れてでかい顔をするのが嫌なのだった。
彼女は過去に何度か、大政組の組員をシメてやった事があるが、その度に報復だなんだと言って面倒な事この上ない。全て相手にするのは彼女も流石に危ないので、あちらの熱が下がるまで大人しくするしかない。藪蚊の集まりみたいに鬱陶しい存在だった。
だが、砂原だけは他と違った。もちろん、彼にもサキは良い印象は抱いていないが、多少、一目置いているとは言える。他のヤクザと比べると知性派というのか、それとも不気味というのか、とにかく雰囲気が違うのである。昔のヤクザ同士の抗争では大層活躍したと聞く。しかし、本人はそれを鼻にもかけていない。自分の実力を知っている。その上で、恐れる事がない。器が違うのだ。そういう所に限っては、好感が持てた。
昔、まだサキが十歳になったばかりの頃、大政組の若い衆三人を道端に転がした事がある。
その時から既に、サキは独りで虫篭を生きていた。悪名を上げ出したのもその頃である。
経緯はもう忘れてしまったが、何かの拍子にヤクザ三人と口論になったのである。相手が子供だからと油断していたのも原因であるが、哀れな筋者達は十歳の女の子にわずか十秒足らずで叩きのめされた。
もちろん、面子を売りにしている暴力団組織の大政組がこれを放っておくわけもなく、ヤクザ達によるサキの捜索がすぐに始まった。真澄と『先生』に言いつけられ、渋々ねぐらで息を潜めている時に、どこで聞き付けたのか、砂原が単身、サキの住処であった廃ビルの屋上へやってきたのである。それが砂原との初の対面だった。
「腕っ節も必要だが、頭もねぇとここじゃ生きていけねぇぜ」
砂原は屋上へ来るなり、針金のように口許を曲げて、開口一番にそう言った。何故かは今もわからないが、サキはそのくたびれて佇むヤクザの男に衝撃を受けたのだ。危険な香りの漂う正真正銘の悪党だと思った。
その後、なんだかんだとサキは言いくるめられ、砂原が持ち出した将棋の相手に何故だか付き合わされた。もちろん、ルールすらも知らなかった十歳のサキが勝てるはずもなく、いつの間にか濃厚な敗北を喫する事になると、砂原はにやりと笑って言った。
「これで痛み分けって事にならんかねぇ、お譲ちゃん」 彼は煙草の煙を吹いた。 「道から外れた者同士、仲良くいこうや」
間抜けた提案だと思ったが、サキはなんとなく頷く他に無かった。それから大政組とは極力、張り合わない事にした。未だになぜそんな誓約を受けてしまったのかわからない。(もっとも、何度かその誓約を反故にしているのだが)しかし、今も、若い極道達が砂原を尊敬している理由が何となくわかる。まさしく、器が違うのだ。
でも、元に戻るが、真澄に会えないのは気に食わない。それさえ何とかなれば、奴がどこで何をしようが構わない。
サキは棚引く雲影を見上げながら、溜息をつく。
ふと、『先生』の事を思い出し、身を起こした。
そうだ、金も手に入った事だし、久しぶりに『先生』に弁当でも買ってやろう、と考える。
また屋根を駆け出し、駅前通りの近くへ向かうと、ビルの壁面のパイプを伝って地上へ降りた。駅の利用者は大勢いた。タクシープールの周囲を闊歩していて、何人かが彼女の姿に気づいてギョッとしたが、サキはすべて無視して、平然と人混みを横切るように歩いた。
駅の脇の公衆便所の壁にホームレスが二人、日陰に座って涼んでいる。そちらへと近づいた。
「おぉ、サキ」 髭をもしゃもしゃと蓄えた一人が彼女に気付く。もう一人は泥酔していて、眼を開けなかった。
彼らのような、長くこの街に居座る一癖ある連中は大抵、サキの事を知っている。
「先生はどこにいる?」 サキは挨拶もせず、無愛想に尋ねた。
「んー、今日は見てねぇな。いつもの、海岸公園じゃねぇかな」
「そう」 サキは頷いて、踵を返す。
「あ、あ、待っちくり」 髭面が呼び止める。
「何?」 サキは首だけ振り向いて脚を止めた。
「その、ほら……、酒代をちっとばかし、恵んでくれんかね」
「働け」
そう吐き捨てながらも、サキは小銭を碌に確認せずにばらばらと放って、駆け出した。
後書き
作者:まっしぶ |
投稿日:2011/06/16 00:24 更新日:2011/06/16 01:11 『Reptilia ?虫篭の少女達?』の著作権は、すべて作者 まっしぶ様に属します。 |
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