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Reptilia ?虫篭の少女達?
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 休載中
前書き・紹介
第一章 日常に生きる少女 7
前の話 | 目次 | 次の話 |
海沿いの防波堤を見下ろせる高台の一角に海岸公園がある。潮風が一層強く当たる場所で、小さな公園の風景はもはや火星の表面のように荒涼としている。
吾郎はこの場所を殊のほか気に入っていた。さざ波の響きが心を穏和に鎮めてくれるのと、あまりの殺伐とした風景と空気故に子連れの主婦達がやって来ないからだ、と彼は言う。枯れ掛けた(常緑樹のはずである)梢の木陰で寝転び、大麻を吹かし、ワンカップを啜って酩酊するのが彼の最近の生き甲斐だ。
彼は他のホームレスや、街に蠢くはみ出し者の連中から『先生』と呼ばれていた。その愛称の由縁については、どこまで本当なのか周りの者達は眉唾をつけるが、吾郎が十数年前まで本土で中学校教頭を務めていた事実に起因する。
教職を退いてからの詳しい経緯を先生は他者に語りたがらないが、判然としているのは、今や墜ちに墜ちて虫篭の片隅に座り込み、大麻と清酒片手に日々を送っている事と、そんな狂気的かつ超然的な人格の奥底に、決して揺らがない深い教養と崇高な精神が埋まっているという事である。要は変人であり、虫篭のホームレス達を纏める長だった。仙人と崇める奴までいるほどだ。
そして、吾郎は、サキに基礎知識を教え込んだ唯一の恩師であった。僅かばかりの教養を教え込んだ人物である。故にサキは、生れてこの方学校という施設とは無縁だったが、中学一年生程度の学術的知識は持つ。サキにとっての吾郎は、まさに『先生』と呼ぶに相応しい人物だった。
「そうか、砂原が帰ってきたか」 吾郎はサキが差し入れた唐揚げ弁当をもぐもぐやりながら、呟く。
「お陰で真澄に会えない」 サキは仏頂面のままに言った。
サキも自分の弁当を食いながら、海の方向を眺めていた。陽射しが厳しいので、吾郎と一緒に木陰に並んでいる。
「いかんぞ、お前さんも、ちったぁ我慢せねばよ」 吾郎は清酒をくいっと流し込む。 「真澄にも、真澄の仕事がぁ、あんだからよ……」
しゃっくりを繰り返して、吾郎は粘り気のある濁声で言う。この老人が素面になっている所をサキは今まで見た事が無い。
「わかってる」 乱暴に弁当を置き、サキもお茶を飲む。 「だから、わたしは金を払おうとしてるんだ。なのに、受け取ってくれない」
かかか、と吾郎が破顔した。
「そりゃあ、サキ、お前さんが払う金なんざ、真澄は受け取れんだろうさ」
「なんでだよ?」 サキはじろっと睨む。
「親心なんてぇ、そんなもんさ。お前もいつか、子供を産んで育てたらわかる」
十六歳の、強化人間で、しかも筋金入りの悪党である自分には程遠い話だと思った。どう捻っても、お伽噺のような空想にしかならない。
それに……、強化人間。
その言葉がずんっとサキの胸に圧し掛かる。
自分が、周囲の人間とどこか根本的に違うと気付いたのはいつ頃だっただろうか。今朝の、あの眼鏡をかけた学生風の男の目。恐怖と驚愕の目。それが小さな欠片となって、サキの中に残留していた。
頭を振る。慣れた事だ。
「先生には家族、いないのか?」 サキは気分を転換する為に訊く。
「さぁ、どうだったかね……」 吾郎は酒を啜りながら言葉を濁す。 「いたかもしれんし、いなかったかもしれん」
「前、娘がいるって言ってた」
「そういえば、いたかもしれんなぁ」 吾郎は薄気味悪い笑みを浮かべる。 「いや、やっぱりいなかったかもなぁ」
「もういいよ」 サキは弁当の残りを吾郎に差し出して、立ち上がった。
「これ、これ、サキ」 吾郎は歩みかけた彼女を手を振って引きとめる。
「酒代?」 サキはデジャヴを感じて、そう尋ねる。
「違う、説教だ」 吾郎は米を口へ掻き込みながら、言う。 「こんな街だから仕方ねぇかもしれんがな、悪さは程ほどにしとけ」
「ドラッグやってる奴が言う事かよ」 サキは無表情に皮肉を言う。
「悪事を重ねるとな、自分でも気付かない内に誇りって奴がこちこちに固まって腐っちまう」 彼は自分の心臓の位置を指でさしながら言う。 「お前さんは、根は優しいんだ。それをわしは知ってる」
「で、何が言いたいの?」 サキは呆れていた。
「お前さんが無邪気に人を傷つける様を見てると、わしらも、真澄も、胸が痛くなる」
サキは黙り込んだ。睨むように吾郎を見据える。
「近々、島知事が代わるって話だ」 吾郎は清酒を片手に、急に話題を変えた。
その話はサキには初耳であったが、あまり自分に関係があるとは思えなかった。現在の島知事の顔も名前も覚えていないほどである。
「なんだかな、最近、不吉な風が吹いとる」 吾郎は危うい酔眼ながらも、深刻な表情でサキを見つめる。 「きっと何か起こるはずだ。気をつけろよ」
先生こと吾郎の言葉はよく当たる事で、街では有名だった。その濁った目は俗世の遍く混沌から真理を見出し、その口は唯一神からの天啓を放つ、と彼を崇拝するホームレス達が堂々謳う程である。そこまで盲信していないが、サキも吾郎の言葉が核心をついている事や、予言のように当たる事を知っていた。
「わかったよ」 サキはとりあえず頷いて、海岸公園から駆け出した。
気にしなくてもいい、とは思っていた。どんな奴が来ても、ボロボロに打ち負かしてやる自信が彼女にはあるし、事実その通りに今まで事が運んでいた。
そんな事を考えながら、海岸公園から再び廃工場の周辺にまでやってきた。街の中心へと戻る経路だ。ひしめき合う住宅の瓦屋根を駆けている時に、サキはサイドウインドウに白いヒビを入れた車が走っているのに気付いた。
覆面車だ。警察車両は雰囲気でわかる。
サキはそちらへと跳んだ。助手席に馴染みのある強面があったからだ。
吾郎はこの場所を殊のほか気に入っていた。さざ波の響きが心を穏和に鎮めてくれるのと、あまりの殺伐とした風景と空気故に子連れの主婦達がやって来ないからだ、と彼は言う。枯れ掛けた(常緑樹のはずである)梢の木陰で寝転び、大麻を吹かし、ワンカップを啜って酩酊するのが彼の最近の生き甲斐だ。
彼は他のホームレスや、街に蠢くはみ出し者の連中から『先生』と呼ばれていた。その愛称の由縁については、どこまで本当なのか周りの者達は眉唾をつけるが、吾郎が十数年前まで本土で中学校教頭を務めていた事実に起因する。
教職を退いてからの詳しい経緯を先生は他者に語りたがらないが、判然としているのは、今や墜ちに墜ちて虫篭の片隅に座り込み、大麻と清酒片手に日々を送っている事と、そんな狂気的かつ超然的な人格の奥底に、決して揺らがない深い教養と崇高な精神が埋まっているという事である。要は変人であり、虫篭のホームレス達を纏める長だった。仙人と崇める奴までいるほどだ。
そして、吾郎は、サキに基礎知識を教え込んだ唯一の恩師であった。僅かばかりの教養を教え込んだ人物である。故にサキは、生れてこの方学校という施設とは無縁だったが、中学一年生程度の学術的知識は持つ。サキにとっての吾郎は、まさに『先生』と呼ぶに相応しい人物だった。
「そうか、砂原が帰ってきたか」 吾郎はサキが差し入れた唐揚げ弁当をもぐもぐやりながら、呟く。
「お陰で真澄に会えない」 サキは仏頂面のままに言った。
サキも自分の弁当を食いながら、海の方向を眺めていた。陽射しが厳しいので、吾郎と一緒に木陰に並んでいる。
「いかんぞ、お前さんも、ちったぁ我慢せねばよ」 吾郎は清酒をくいっと流し込む。 「真澄にも、真澄の仕事がぁ、あんだからよ……」
しゃっくりを繰り返して、吾郎は粘り気のある濁声で言う。この老人が素面になっている所をサキは今まで見た事が無い。
「わかってる」 乱暴に弁当を置き、サキもお茶を飲む。 「だから、わたしは金を払おうとしてるんだ。なのに、受け取ってくれない」
かかか、と吾郎が破顔した。
「そりゃあ、サキ、お前さんが払う金なんざ、真澄は受け取れんだろうさ」
「なんでだよ?」 サキはじろっと睨む。
「親心なんてぇ、そんなもんさ。お前もいつか、子供を産んで育てたらわかる」
十六歳の、強化人間で、しかも筋金入りの悪党である自分には程遠い話だと思った。どう捻っても、お伽噺のような空想にしかならない。
それに……、強化人間。
その言葉がずんっとサキの胸に圧し掛かる。
自分が、周囲の人間とどこか根本的に違うと気付いたのはいつ頃だっただろうか。今朝の、あの眼鏡をかけた学生風の男の目。恐怖と驚愕の目。それが小さな欠片となって、サキの中に残留していた。
頭を振る。慣れた事だ。
「先生には家族、いないのか?」 サキは気分を転換する為に訊く。
「さぁ、どうだったかね……」 吾郎は酒を啜りながら言葉を濁す。 「いたかもしれんし、いなかったかもしれん」
「前、娘がいるって言ってた」
「そういえば、いたかもしれんなぁ」 吾郎は薄気味悪い笑みを浮かべる。 「いや、やっぱりいなかったかもなぁ」
「もういいよ」 サキは弁当の残りを吾郎に差し出して、立ち上がった。
「これ、これ、サキ」 吾郎は歩みかけた彼女を手を振って引きとめる。
「酒代?」 サキはデジャヴを感じて、そう尋ねる。
「違う、説教だ」 吾郎は米を口へ掻き込みながら、言う。 「こんな街だから仕方ねぇかもしれんがな、悪さは程ほどにしとけ」
「ドラッグやってる奴が言う事かよ」 サキは無表情に皮肉を言う。
「悪事を重ねるとな、自分でも気付かない内に誇りって奴がこちこちに固まって腐っちまう」 彼は自分の心臓の位置を指でさしながら言う。 「お前さんは、根は優しいんだ。それをわしは知ってる」
「で、何が言いたいの?」 サキは呆れていた。
「お前さんが無邪気に人を傷つける様を見てると、わしらも、真澄も、胸が痛くなる」
サキは黙り込んだ。睨むように吾郎を見据える。
「近々、島知事が代わるって話だ」 吾郎は清酒を片手に、急に話題を変えた。
その話はサキには初耳であったが、あまり自分に関係があるとは思えなかった。現在の島知事の顔も名前も覚えていないほどである。
「なんだかな、最近、不吉な風が吹いとる」 吾郎は危うい酔眼ながらも、深刻な表情でサキを見つめる。 「きっと何か起こるはずだ。気をつけろよ」
先生こと吾郎の言葉はよく当たる事で、街では有名だった。その濁った目は俗世の遍く混沌から真理を見出し、その口は唯一神からの天啓を放つ、と彼を崇拝するホームレス達が堂々謳う程である。そこまで盲信していないが、サキも吾郎の言葉が核心をついている事や、予言のように当たる事を知っていた。
「わかったよ」 サキはとりあえず頷いて、海岸公園から駆け出した。
気にしなくてもいい、とは思っていた。どんな奴が来ても、ボロボロに打ち負かしてやる自信が彼女にはあるし、事実その通りに今まで事が運んでいた。
そんな事を考えながら、海岸公園から再び廃工場の周辺にまでやってきた。街の中心へと戻る経路だ。ひしめき合う住宅の瓦屋根を駆けている時に、サキはサイドウインドウに白いヒビを入れた車が走っているのに気付いた。
覆面車だ。警察車両は雰囲気でわかる。
サキはそちらへと跳んだ。助手席に馴染みのある強面があったからだ。
後書き
作者:まっしぶ |
投稿日:2011/06/23 17:37 更新日:2011/12/30 00:41 『Reptilia ?虫篭の少女達?』の著作権は、すべて作者 まっしぶ様に属します。 |
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