作品ID:907
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レッド・プロファイル
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 連載中
前書き・紹介
1-6
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ああ、先輩。なんてものを。なんて試練を僕に与えたんですか。
結局僕はその後の五時間目六時間目をまともな自我を構築し直せないまま受け流すことになった。クラスメート連中によるとハイライトの入ってない瞳でズバズバノートをとりビシバシ質問に答えていたそうだ。僕に当てられた以外のやつまで。あばばばばば。
梅郷は多分「ホラ言ったとおりの小説だったじゃない」という意味でカバーをはいだのだろうが、まさかあんな絶望が裏に秘められているとは。ようやく僕が平静を取り戻したのはホームルームの真っ最中で、なぜか脳内では梅郷の言ったストーカー談義に議題が移っていた。多分もう小説について考えたくなかったのだ。
もはや赤色のストーカー疑惑は、僕の中で完全に固まっていた。
理由。
動機。
ワイダニット。
赤色の言う理論で、僕を付回す誰かの存在を、考える。
大前提として僕には人を付回す楽しみが理解できないのだけれど、それは設問の隅っこのほうに追いやっておく。想像してみて、仮定してみて、僕を付回して何が得られるか、何を手に入れられるか、考えてみる。
――わからん。
さっぱりわからない。
何が楽しいんだ、そんなもん。
赤色の言うような色恋の線は頭っから除外。残念ながら除外。僕はもてない。これは十七年の間、代見伏目として生きてきた僕の実感として、もてない。残念なことに。とても残念なことに。
だからといって恨みを買っているとも言いがたい。
というのも、僕はとても友達が少なくて――自分で言うのも本当に何だけど、少なくて。言い訳をするなら、喧嘩をするぐらい仲良くないと友達じゃない、だから喧嘩をしたこと無いやつは友達と呼ばない、とか状件の厳しいマイルールを作ってしまった中学生の頃の過ちが未だに尾を引いているのだけれど、それにしたって、友達が少なくて。そんなことだから恨みを買う前に恨んでくれる相手がいない。
惚れられるにしろ恨まれるにしろ、実在の人物と関係しなくてはならないのだ。
僕にストーキングを実行させるほどの強度のある情念を向ける人間は、ほとんど存在しないといっていい。そんな感情に心が練りあがってしまう前に、みんなもっとやることがあるはずだから。
多くの人間にとって、僕の存在なんてものは自分の世界と一身の関係もない、事件も事故も起こさない、組織にもならないちっぽけな一個人、フィクション《虚構》の存在と、重要性で言えば大差ないのだから。
だから、動機は無い。
まったく見当たらない。
僕の人生のどこをひっくり返したって、そんなものは入ってはいない。
だから犯人なんて、本当は居てはいけないんだ。動機も無いのに犯行と犯人だけ存在することは出来ないはずなんだから。
一ヶ月の間、僕は自分にそう言い聞かせて、ストーキングなんて無いさと必死に信じようとしたのだが。
しかし赤色なら納得できる。
あいつなら、僕の理解できない、わけのわからない、「実は私はあれがこーなってそうだったんだ!」とかそんな風にしか表現できない理由で、僕を付回してもおかしくないんだ。
ワイダニットなんてどうでもいい。
あいつだったら、ストーキングも、三億円強盗も、世界人類の滅亡だって、やりかねない。
【だって、赤色だし】
世界中をひっくり返しても正しい答えが見当たらないなら、多分あいつが隠し持っているのだ、とそういう推理。もしも小説の探偵役がやろうものなら即座にアンフェアだと叩かれてしまうようなそういう理屈で、僕は赤色のことを疑っているのだった。――疑っていたのだった。
今となっては、都日の証言でなおさらその疑惑は高まっている。
個人的な理由でこの事件に警察は呼べないのだが、こうなってはその理由もさらに強化されてしまった。
あーあ。
友達がなんかやらかしてるっぽいよ。
警察とか呼べるわけないじゃん。
いよいよホームルームも終わってしまって、赤色との約束である放課後になった。疑念も確信に変わり、答え合わせも僕の中ではほとんど意味をなさなくなっている。後は得体の知れない赤色の動機を突き止めて、この行為を終わらせるよう説得するだけだった。――ひょっとすると赤色が犯人ではないのかもしれないが、そのときはそのときだ。赤色の協力も仰いで新しいアプローチをすればいい。
しかしあれだな。
どの結末に至るにしても、しばらく僕の身の回り、特に人間関係は整理しておいたほうがいいのかもしれない。
もともと複雑な人間関係を持っている人間ではないけれど、だからこそ重要なものに絞ればとことんシンプルに出来るはずだ。ちょっと話すだけ、とか顔を見れば挨拶する、みたいな希薄な干渉しかしてない人間とはちょっと距離を置いたほうがいいような気がする。
いや、むしろ近しい人間とこそ距離を置くべきなんだろうか。
ストーカーが赤色と決まったわけじゃなし、これからどうあれ積極的なアクションを起こしていこうというときに、あんまり僕に近い所にいると余計な被害をこうむりかねない。――ただでさえ家族に要らない心労を負わせてしまっているのだ。これ以上被害が広まらないように、都日や梅郷にはちょっとの間不義理させてもらうことにしようか。
少し考えてから、僕はその考えを実行に移すことに決めた。今からはストーカーに対して耐えて甘んじる守りの姿勢から、一気呵成の攻めの姿勢に転じるのだ。あんまり巻き込まない配慮を友人のためにするべきだった。
そうしようそうしようとうなずきながら、僕は席を立って、鞄を肩にかける。なんにせよまずは赤色との答えあわせだ。いったい何が起こるだろうか、少し楽しみにさえなりながら。
「こら」
腰を折られる、というのはこういうことだと思う。
梅郷が教室の出入り口の前で、漫画のようにプンプンおこりながら通せんぼしていた。
「どこ行くの代見君、あなた掃除当番でしょう。一斑は社会科教室!」
「……梅郷、ちょっと大事な用事なんだよ。ちゃんと他の奴に代役たのむから、勘弁してって」
「掃除なんてさっとやれば三十分もかかんないでしょ!」
「待ち合わせなんだよ。三十分も待たしたらあいつ絶対帰っちゃうよ」
エキセントリック赤色さんのことだ。明日には万死パンチが僕の顔面を捉えて流血沙汰が起こるかもしれない。
「僕の鼻の骨を守ると思って、頼む!」
「いったいどんな拳王と待ち合わせてるのよ……」
「赤色とさ、屋上で相談事があるんだよ」
「屋上……」
梅郷が一瞬怪訝そうな顔になる。「でも、あーちゃんと待ち合わせだったら大丈夫じゃない」
「いったいどこがだ。もしもちょっとでもへそを曲げてみろ、怒り狂った獣みたいになるぞ、アイツ」
「あーちゃんのクラス、理系だから今日は七時間授業よ?」
出鼻を挫かれる、というのはこういうことだと思う。
「ほら、ぼーっとしてないで早く行かないと。社会化教室遠いし広いんだから終わらないよ」
「……嘘だろ。五十分授業に休み時間とホームルームに掃除も加えてあと一時間以上さっくりあるじゃねえか赤色サン」
「あとあれね、文化祭の実行委員会があるから、あーちゃんもっと遅くなると思う。完全下校時刻ぎりぎりまで」
あと二時間半はある。
授業中の教室に日本刀持って乗り込んでやりたい。
なにのほほんと文化祭実行委員とか担ってんだあの真っ赤っか!
「――何が"放課後に答え合わせ"だ。無理なら無理って言って今日の夜にでも電話すりゃいいじゃんかよ」
「んー、その辺は――。何を話すのかよくわからないけど、女の子ってどうしても自分の口で言いたいことがあるんだと思うよ」
ストーカー疑惑についてか。ないな。ない。絶対ない。
確信犯で、かつ愉快犯だあのクソチビ。
「かくなる上はドタマどついて少なくとも三センチは縮めてやる……!」
「一番ショックだろう攻撃を的確に選ぶのね……」
怒りに燃える僕を妙に疲れた様子で梅郷は評した。「仲、いいのね」
「――ん、うん、まぁな」脳内で素振りをしながら答える。「本を借りたんじゃないかな、と疑われる程度には仲いいよ」
おどけた口調で僕は言った。ともすれば皮肉と受け取られそうだったが、きちんと梅郷は受け取ってくれたようで、口元で小さく笑ってくれた。
どうにも僕の唐突なフリーズを気にしていたようで、ホームルームの間からこっちを気遣ってくれているのがわかって、こそばゆいぐらいだった。
梅郷は確かに真面目すぎてちょっと苦手に思うけれど、決して悪いやつじゃない。間違ったことを言わないし許さないし、悪を憎むし正義を愛すし弱きを助けて強きを挫くし、可愛らしい装丁の小説を、一ページチラッと見ただけでそれだとわかるくらい読み込む普通の可愛らしい女子なのだ。
やっぱり、僕の事情に軽々しく巻き込むわけには行かなかった。
「梅郷」
僕は心を決めて踏み出す。
「頼みがあるんだけど」
「なに? 掃除当番は代わらないわよ?」
いたずらっぽく梅郷は小首をかしげて言った。僕も微笑んで、「それじゃないから大丈夫」と返す。
「? じゃあ――」
「しばらく僕と話さないでほしいし近づかないでほしい」
いったい何を言われたのか「――え、え、え」梅郷はわかっていないようだった。「え、なにそれ、え?」
僕はキチンと伝わるように、言葉を尽くして依頼する。
「友達と思われるようなことは一切しないようにして完全に距離を置いてくれ。例外は認めない。授業中休み時間放課後たとえどんな状況でも親しいそぶりは見せないでほしいし携帯にも家にも連絡しないでくれ。クラスが一緒なのは仕方ないから諦めるけどそれ以外の努力をたゆまず行ってくれ。僕も梅郷こちの存在を忘れるから君も代見伏目の存在を忘れるんだ。存在を忘れられなくても、最悪、交友関係について完全に初期状態の空白のまっさらに戻してくれ。――そうだな、まずはアドレス帳から僕の名前を消してもらおうか」
「……絶交?」
「うん」
「……え?」
「?」
煮え切らないなぁ。
「梅郷」
僕は自分に出来る限りのやさしい微笑を作った。
「返事は?」
唐突に耳元で爆音がして顎の辺りが元気よく横っ跳ねし頭が右を向いたのだと理解した後に左頬に猛烈な痛みがやってきた。
返事は強烈なビンタだった。
「死ね、ウジムシ!」
と、鮮烈に捨て台詞を残して、梅郷はどこかへ去っていった。
教室が、静まり返る。
耳が痛い位に。
頬を押さえて呆然とする僕の首根っこに、今度は後ろから衝撃がやってきた。
「おうっ……?」
「お前なにやってんだ伏目、答えによったら本気で怒るからな!?」
都日が後ろから、僕の首を抱え込む形で飛びついてきたのだった。
「あれ、ちょっとまって、なんで怒ったの梅郷」
「怒らないほうが嘘だよ! いいからちょっとこっちこい!」
そのままぐいぐいと柔道部の膂力で教室最寄のトイレにまで連行される。「理由を聞かせろ!」
「理由って、いや、僕が聞きたい。なんだなんだ、今日はちょっと混乱しっぱなしじゃないか僕としたことが。こんなにワンパターンだと読者も飽きちゃうな」
「ふざけてるんだとしたら、このまま大便器に沈めるよ」
「待って待って、ちょっと待ってくれ、ふざけてない。僕もちょっとわけわかってないんだ。え、なにやったんだ」
いまだにジンジンする左頬にもう一度手を当てて、僕は自分の行動を反芻した。
一から順に、
ニ、
三、
四、
五。
「――なにやってんだ僕!?」
「だからこっちが聞いてるんだよ!」
「違うんだ! ちょっと身辺がごたごたしてて、すこし親しい人と距離を置かないと火の粉が散るかなって!」
「それが最重要な部分だろ、伝え忘れたら最低の縁切り宣言だよ! アレで死に別れたら死ぬに死ねないよ死者も蘇るよ反魂の法だよネクロマンサーでスリラーだよ!」
「ぽ、ポウッ!」
特に意味もなく叫んでみるが事態は何も好転しない。自分でも何故やったのからわからない。いわゆる動転している、という奴だ。
なんじゃこりゃ。
「なんでだ、いや、なんでだ。なんだこのミス。ありえないだろ」
「だからこっちの台詞だってんだッ……」
「なぁ、梅郷どっちに行ったんだ。ちょっと、駄目だろ。謝って……」
「なぁ伏目。ちゃんと謝れるの? そのメンタルで?」
ぐ、と息をのむ。
「なんかお前、最近おかしいよ。挙動もさ、ボーっとしてたり、物忘れしたり。さっきのだってそうだろ。逐一ケアレスミスが多いよ」
「そんなこと、今日は、寝不足だったから――」
「なんで?」
「赤色に用事があって」
「七時からだろ? 前の日に早寝をしたらすむじゃないか。今日は予習しないといけない授業も小テストの類もないんだよ?」
「……本を読んでたんだ」
「明日の朝に用事があるのがわかってるのに?」
なぁ伏目、と都日が僕の肩を抱く。「そこがおかしいんだよ。らしくないよ」
「らしくないって」
「僕の知ってる伏目なら親を殺してでも早寝してるよ」
「ンなわけあるか」
歴史に残る殺人犯とかのだろ、その思考パターン。
「なんかさ、余裕がないんだよ。はたから見てて、やることが多いというか、何かが気になって仕方ないというか」
「あのさ、都日、違うって」
「何かに追いかけられてる、と言ってもいい」
「――」
もう、目をそらすくらいしか、逃げ場がない。
男子便所の壁にとっさに視線を逃がして、僕はしょうもない落書きを見つける。
「いや、もうはっきり言っちゃうけどさ」
「都日」
「赤色さんのことが気になって気になって仕方ないみたいに、って見えるよ」
「都日、違うんだ」
「違わないね。伏目、正直にさ、言ってくれよ。赤色さんとなんかあったんだろ。それで、話し合ったんだな、朝に。」
もう、こうなると一気呵成だった。
都日は、僕に詰め寄っていた。言葉の上の意味じゃなくて、本当に、物理的に、僕を男子トイレの壁に押し付けている。
グイグイと、
気のせいか、梅郷に何かあった、というよりもはるかに、赤色と僕のとの事を警戒するような、そういう空気で。
「どうなんだ」
と、問う都日の、襟首の辺りから、何か得体の知れないものが噴出して僕を押さえつけているようだった。
柔道で、こういう具合になった事はある。
『気当たり』とか、『相手を呑む』とか、そういう風に表現される気勢の発露。
にしてもそれは、僕が習い事程度にやっていた柔道のそれとは、桁違いの。
自然と、口が開いて答えていた。
「……というか、僕が一方的に頼んで、それで」
「それで?」
「答えを求めて。――赤色は、答えを渋った、というか、先延ばしにして」
「先延ばしにして?」
「今日の放課後、この後、屋上で返事をもらう」
一瞬、都日が死んだように見えた。
「多分、今までどおりの友達づきあいって出来なくなると思う」
ぴたりと、都日から噴出していた何かが収まって、ここがどこかも忘れるほどに、世界が静かに硬直した。
「そうか」
そして、また、都日は生き返り。
「伏目、一つだけ言わせてくれ」
ここから都日が、狂ったようにまくし立てる。
後書き
作者:あるるかん |
投稿日:2011/11/09 02:22 更新日:2011/11/09 02:22 『レッド・プロファイル』の著作権は、すべて作者 あるるかん様に属します。 |
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