作品ID:910
あなたの読了ステータス
(読了ボタン正常)一般ユーザと認識
「レッド・プロファイル」を読み始めました。
読了ステータス(人数)
読了(52)・読中(0)・読止(0)・一般PV数(104)
読了した住民(一般ユーザは含まれません)
レッド・プロファイル
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 連載中
前書き・紹介
1-8
前の話 | 目次 | 次の話 |
8
さて、それからの僕がどうしたか。
唐突だが、僕の学校の周りに畑と駐車場しかないのはもう承知してもらっていると思う。そんな学校にこの少子化のご時世早々入学希望者はなく、僕らの入学する少し前までかなり深刻なレベルで廃校の危機だったらしい。
それを覆すため、ちょっとどころでなくイカレた建築家がOBとして大胆すぎるメスを振るったのが、四年前。実際その目論見は成功し、僕らの受験の年には地元でも有数の難関校になっていたのだが。
なんというのか、最先端の施設とデザインは、ちょっとばっかしトンガリ過ぎていて、正直もてあますのだった。
建築心理学とかいう一介の高校生からしたら謎の学問によって確立された諸所の機能群は、なるほど確かに効果的で合理的だ。――合理的なんだと聞いている。そのことについては疑問はさしはさまない。しかし例えば食堂のドまん前、オープンテラスからいやでも目に入る位置の校舎の壁にバカでっかい鏡を設置されてしまうと、どういう効果があるにせよ、どうしてもいろいろなこと――前髪とか、制服の皺とか――が気になってきてしまうし、そうなればぼんやりと、普通の高校というのはどういうものなのか、と思いをめぐらせてしまう。
従兄だとかの親戚連中に聞いた話、多分屋上には鍵がかかっているんだろうし、食堂で肉うどんとエスプレッソが同じメニューにのってないだろうし、真っ赤なコートを着た生徒の存在は許されないだろう。もちろんそんな生徒がなにかの委員会に所属することもないだろうから、そいつに待たされる男子生徒も存在しなくなる。
「普通っていいことだなぁ……」
校内に一つだけあるベンチに座って、僕はつぶやいた。
例のどでかい鏡の前にぽつねんと設置されていて――しかも真正面から鏡面に向かって。昼休みなんかに生徒が食事をするスペースからも距離があるし、はっきりいってあんまり居心地が良くない。かといって放課後も下校時刻近くになってくると、もうこのベンチ以外に座ってのんびり時間を潰せる場所は少ないのだ。僕は階段とかに座り込むのに変な抵抗のある人種だったりする。
僕は赤色の用事が終わるのを待っていた。
あの後都日がどこをどう奔走してくれたのかわからないが、暫くしてから僕の携帯に梅郷からのメールが入った。
【sob:聞きました】
『でも距離を置くとかそういうのは勝手だと思います。ちゃんと掃除をしてから帰りなさい。そしたらあーちゃんに断っといてあげます。また明日』
そのメールを受け取った時には僕はもう、時間の潰し方を思案しながらこのベンチに沈みこんでいた。
――うん。えっと……。
そんなこと言われても。
なんだろう、都日も梅郷も、まるで僕と赤色を意地でも屋上であわせたくないような、頑なというか強引というか、僕をこの件にかかわらせないように画策している感がある。もしも二人になにか企みがあるのなら、いっそすがすがしいくらいのコンビネーションだ。
しかし僕にだって理由がある。その目論見は無視させてもらおう。
もう、ストーキングは一ヶ月も続いているのだ。
梅郷が学校内で携帯を使って連絡を取ってくれる時点で、実は結構な快挙なのだけれど。だからと言ってはいそうですかと頷くわけにはいかなかった。
都日から件名のない、『先に帰る んじゃ』とかいう雑なメールが来た時点で、僕も意地になった。
意地でも帰らんぞ。
絶対待ち合わせてやる。
赤色に『何言われても帰るな。死んでも待ってろ。帰ったら僕が殺す』とメールを送り、どこかで同じように時間を潰しているであろう梅郷と間違って鉢合わせないようにこの一番人気のない(ダブルミーニング!)暇つぶしスポットに陣取った。先輩から借りた例の小説を傍らに、自販機で飲み物も用意しての完全装備である。
そしてただいま、五時四十五分。
――勝った!
いったい二人とも何をやっていたのやら。あれだけ騒いだくせに僕の居残りをまるで阻止できていない。こっちは小説を読み終わり、先輩の自由時間を見計らって感想メールを送ってしまうくらいの余裕があった。
余裕の勝利。
余裕の勝利である。
こうしてみると赤色に待たされることになったのも決して悪いことではなかった。なんて寛容なことを考えられるくらいに今の僕は機嫌が良かった。ストーカー疑惑について赤色と決着してしまえばのんきに小説の感想だとかメールできるメンタルにはならなかっただろう。縮める長さは一センチで勘弁してやろうかな。
友達二人を出し抜いてこんなに気分がいいというのは、僕は嫌な奴なんだろうか。
だとしても。
あんまり、反省する気にはならない。二人が僕をのけ者にしようとするのがいけないのだ。――僕は、そういうのが、キライだ。
孤独感。
疎外感。
劣等感、にそのままつながってしまう。僕の場合。
『一人きり』とかそういうのは別に嫌いじゃないが、『一人ぼっち』というのはどうしょうもなく苦しくなってしまう。
苦しくなって、
切なくなって、
グチュグチュの、
ドロドロの、
じたばたしたくなってしまう。年甲斐もなく。
とても子供っぽい性質で、直さなければと思っているのだけれど。大げさに言えば世界から取り除かれてしまったような。自分が世界の登場人物でなくなってしまったような。
『この世界はフィクションです』『実在の事件事故人物組織とは一切関係ありません』だったとしたら、僕は発狂してしまうかもしれない。
本当は僕は、世界の全てと関係していないと気がすまない、の、かもしれない。
交わるほど痛みを忘れるとか、忘れたふりとか、鈍感になるとか、そういうのはどうでもいいから。
むしろ、交わることに痛みが伴うなら。
世界の全てを痛めつけてやりたい。
刻んでしまいたい。
刻まれたい。
世界の全てに痛みを与えられたい。
世界も僕も、滅茶苦茶で、バラバラで、真っ赤っかな、肉と血のペーストになって混ざり合ってしまえばいい。
「なんちゃって」
嘯いて、僕はベンチから立ち上がった。
待ち合わせの時間だ。
荷物をまとめて――都日ほど真面目ではないから、明日要らない教科書と小説くらいしか入っていないけれど、それでもそれなりに鞄は重たくなった――校舎を見上げる。四階建てのその屋上まで上るのは骨が折れるだろうが、それより気にするべきは梅郷の存在だ。屋上に通じる扉は一つしかないから近づけば近づくほど鉢合わせる可能性は高くなる。曲がり角なんかは要注意だった。あるいは渡り廊下の窓際とか、角度的に校舎のほかの窓から見えてしまう場所は避けたほうがいい。
北を上向きにHの字に立てられた校舎の東側に、屋上への通用口はある。
ポケットに手を入れて、少し猫背になりながら、僕は階段を上っていく。この最新鋭らしい校舎にはあちこちに開口部があって、すっかり西日になった今のほうが、日中よりむしろ明るいくらいだった。
校内が真っ赤に染まる。
こんな時間に校舎に入ったことが無い僕には、実に興味深い光景である。
普段見ているものに色が写りこむだけで、まるで異世界に迷い込んでしまったような錯覚を受ける。視界の全てが真っ赤っかに、しかもそれは少しずつ色を増していって、昼間でそこら中に人があふれていたのに、誰の姿も見えないのが不気味と同時に痛快だった。赤色、というのがなおさら、そういう違和感を強調するんだろう。
なんでも、真っ赤な色だけを見続けていると、人間は発狂してしまうそうだ。
狂気の色。
それこそ本当に、みんな真っ赤なペーストになって、ここに広がってるんじゃないかな。
いいな。
うらやましいな。
「そんなことをさ。
「僕は、そんなことを思ってたよ。赤色」
「そうかい。
「で、どうするんだい?
「都日君が死んでるけど」
さて、それからの僕がどうしたか。
唐突だが、僕の学校の周りに畑と駐車場しかないのはもう承知してもらっていると思う。そんな学校にこの少子化のご時世早々入学希望者はなく、僕らの入学する少し前までかなり深刻なレベルで廃校の危機だったらしい。
それを覆すため、ちょっとどころでなくイカレた建築家がOBとして大胆すぎるメスを振るったのが、四年前。実際その目論見は成功し、僕らの受験の年には地元でも有数の難関校になっていたのだが。
なんというのか、最先端の施設とデザインは、ちょっとばっかしトンガリ過ぎていて、正直もてあますのだった。
建築心理学とかいう一介の高校生からしたら謎の学問によって確立された諸所の機能群は、なるほど確かに効果的で合理的だ。――合理的なんだと聞いている。そのことについては疑問はさしはさまない。しかし例えば食堂のドまん前、オープンテラスからいやでも目に入る位置の校舎の壁にバカでっかい鏡を設置されてしまうと、どういう効果があるにせよ、どうしてもいろいろなこと――前髪とか、制服の皺とか――が気になってきてしまうし、そうなればぼんやりと、普通の高校というのはどういうものなのか、と思いをめぐらせてしまう。
従兄だとかの親戚連中に聞いた話、多分屋上には鍵がかかっているんだろうし、食堂で肉うどんとエスプレッソが同じメニューにのってないだろうし、真っ赤なコートを着た生徒の存在は許されないだろう。もちろんそんな生徒がなにかの委員会に所属することもないだろうから、そいつに待たされる男子生徒も存在しなくなる。
「普通っていいことだなぁ……」
校内に一つだけあるベンチに座って、僕はつぶやいた。
例のどでかい鏡の前にぽつねんと設置されていて――しかも真正面から鏡面に向かって。昼休みなんかに生徒が食事をするスペースからも距離があるし、はっきりいってあんまり居心地が良くない。かといって放課後も下校時刻近くになってくると、もうこのベンチ以外に座ってのんびり時間を潰せる場所は少ないのだ。僕は階段とかに座り込むのに変な抵抗のある人種だったりする。
僕は赤色の用事が終わるのを待っていた。
あの後都日がどこをどう奔走してくれたのかわからないが、暫くしてから僕の携帯に梅郷からのメールが入った。
【sob:聞きました】
『でも距離を置くとかそういうのは勝手だと思います。ちゃんと掃除をしてから帰りなさい。そしたらあーちゃんに断っといてあげます。また明日』
そのメールを受け取った時には僕はもう、時間の潰し方を思案しながらこのベンチに沈みこんでいた。
――うん。えっと……。
そんなこと言われても。
なんだろう、都日も梅郷も、まるで僕と赤色を意地でも屋上であわせたくないような、頑なというか強引というか、僕をこの件にかかわらせないように画策している感がある。もしも二人になにか企みがあるのなら、いっそすがすがしいくらいのコンビネーションだ。
しかし僕にだって理由がある。その目論見は無視させてもらおう。
もう、ストーキングは一ヶ月も続いているのだ。
梅郷が学校内で携帯を使って連絡を取ってくれる時点で、実は結構な快挙なのだけれど。だからと言ってはいそうですかと頷くわけにはいかなかった。
都日から件名のない、『先に帰る んじゃ』とかいう雑なメールが来た時点で、僕も意地になった。
意地でも帰らんぞ。
絶対待ち合わせてやる。
赤色に『何言われても帰るな。死んでも待ってろ。帰ったら僕が殺す』とメールを送り、どこかで同じように時間を潰しているであろう梅郷と間違って鉢合わせないようにこの一番人気のない(ダブルミーニング!)暇つぶしスポットに陣取った。先輩から借りた例の小説を傍らに、自販機で飲み物も用意しての完全装備である。
そしてただいま、五時四十五分。
――勝った!
いったい二人とも何をやっていたのやら。あれだけ騒いだくせに僕の居残りをまるで阻止できていない。こっちは小説を読み終わり、先輩の自由時間を見計らって感想メールを送ってしまうくらいの余裕があった。
余裕の勝利。
余裕の勝利である。
こうしてみると赤色に待たされることになったのも決して悪いことではなかった。なんて寛容なことを考えられるくらいに今の僕は機嫌が良かった。ストーカー疑惑について赤色と決着してしまえばのんきに小説の感想だとかメールできるメンタルにはならなかっただろう。縮める長さは一センチで勘弁してやろうかな。
友達二人を出し抜いてこんなに気分がいいというのは、僕は嫌な奴なんだろうか。
だとしても。
あんまり、反省する気にはならない。二人が僕をのけ者にしようとするのがいけないのだ。――僕は、そういうのが、キライだ。
孤独感。
疎外感。
劣等感、にそのままつながってしまう。僕の場合。
『一人きり』とかそういうのは別に嫌いじゃないが、『一人ぼっち』というのはどうしょうもなく苦しくなってしまう。
苦しくなって、
切なくなって、
グチュグチュの、
ドロドロの、
じたばたしたくなってしまう。年甲斐もなく。
とても子供っぽい性質で、直さなければと思っているのだけれど。大げさに言えば世界から取り除かれてしまったような。自分が世界の登場人物でなくなってしまったような。
『この世界はフィクションです』『実在の事件事故人物組織とは一切関係ありません』だったとしたら、僕は発狂してしまうかもしれない。
本当は僕は、世界の全てと関係していないと気がすまない、の、かもしれない。
交わるほど痛みを忘れるとか、忘れたふりとか、鈍感になるとか、そういうのはどうでもいいから。
むしろ、交わることに痛みが伴うなら。
世界の全てを痛めつけてやりたい。
刻んでしまいたい。
刻まれたい。
世界の全てに痛みを与えられたい。
世界も僕も、滅茶苦茶で、バラバラで、真っ赤っかな、肉と血のペーストになって混ざり合ってしまえばいい。
「なんちゃって」
嘯いて、僕はベンチから立ち上がった。
待ち合わせの時間だ。
荷物をまとめて――都日ほど真面目ではないから、明日要らない教科書と小説くらいしか入っていないけれど、それでもそれなりに鞄は重たくなった――校舎を見上げる。四階建てのその屋上まで上るのは骨が折れるだろうが、それより気にするべきは梅郷の存在だ。屋上に通じる扉は一つしかないから近づけば近づくほど鉢合わせる可能性は高くなる。曲がり角なんかは要注意だった。あるいは渡り廊下の窓際とか、角度的に校舎のほかの窓から見えてしまう場所は避けたほうがいい。
北を上向きにHの字に立てられた校舎の東側に、屋上への通用口はある。
ポケットに手を入れて、少し猫背になりながら、僕は階段を上っていく。この最新鋭らしい校舎にはあちこちに開口部があって、すっかり西日になった今のほうが、日中よりむしろ明るいくらいだった。
校内が真っ赤に染まる。
こんな時間に校舎に入ったことが無い僕には、実に興味深い光景である。
普段見ているものに色が写りこむだけで、まるで異世界に迷い込んでしまったような錯覚を受ける。視界の全てが真っ赤っかに、しかもそれは少しずつ色を増していって、昼間でそこら中に人があふれていたのに、誰の姿も見えないのが不気味と同時に痛快だった。赤色、というのがなおさら、そういう違和感を強調するんだろう。
なんでも、真っ赤な色だけを見続けていると、人間は発狂してしまうそうだ。
狂気の色。
それこそ本当に、みんな真っ赤なペーストになって、ここに広がってるんじゃないかな。
いいな。
うらやましいな。
「そんなことをさ。
「僕は、そんなことを思ってたよ。赤色」
「そうかい。
「で、どうするんだい?
「都日君が死んでるけど」
後書き
作者:あるるかん |
投稿日:2011/11/11 07:32 更新日:2011/11/11 07:32 『レッド・プロファイル』の著作権は、すべて作者 あるるかん様に属します。 |
前の話 | 目次 | 次の話 |
読了ボタン