作品ID:1993
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輪廻のセンタク
小説の属性:一般小説 / 現代ファンタジー / 批評希望 / 中級者 / 年齢制限なし / 連載中
前書き・紹介
4
前の話 | 目次 | 次の話 |
カンさんはわたしをナナと呼ぶ。
生前のわたしの名前ではない。
「次に生まれるとき、お前は三回目の輪廻となる。つまり残り七回の命ということだ。」
というのが名前の由来らしい。
猫の姿のままのわたしを、カンさんは脇の下に手を入れて持ち上げた。うにょんと体がのびる。休んでいる間、カンさんはこうやってわたしで遊ぶことが多い。それ以外は寝ている。
わたしは不本意なのだけれど、ここには話し相手がこの人しかいないから、いつも仕方なく会話に付き合っている。
「カンさん。どうして猫の命は九つあるなんて言われてるの? こうやって魂は平等にめぐっているのに。」
「お前、魂の構造は知っているか。」
「知らなーい。」
静かに足元に下ろされる。
「いいか。魂というのは『形質』と『記憶』から成り立っている。」
「記憶はわかるけど、形質?」
「ああ。それがどのような性格で生まれるかは形質によって決まる。人の言葉でいうところの芯のようなものだ。どのような人生になるかは育った環境によって左右されるかもしれないが、この部分だけはどんな人生を送ろうと変わらない。」
「じゃあ、輪廻をしてもそこは残るのね。」
「そうだ。逆に記憶はきれいに洗い流す。」
「カンさんの仕事?」
「ああ。」
「……で、何の話だっけ。」
「……猫は、この記憶を洗い流すのが九回輪廻周期なのだ。」
ああ、思い出した。わたしが質問して始まった会話だった。
「どうして?」
「よくはわかっていない。でも確かに九回目以外の魂は、洗おうとしても記憶がうまく剥がれないのだ。ほかの魂は一回ですぐに剥がれてしまうのに。」
そう言ってカンさんは自分の手を見つめた。
基本、記憶の洗い流しはカンさんの手作業だ。カンさんの手はきれいな顔立ちに反していつも荒れていた。毎日(?)魂の群れに手をつっこんでひとつひとつ記憶を洗い流しているから。
わたしはカンさんの長い髪に触れた。片膝を立てて座っているカンさんの周りに広がる髪は先っぽだけ乳白色で、密度の濃い天の川みたいだった。
カンさんは面白がってくれたのか、髪をひと房つかんでわたしの前で振った。ついつい追いかけてしまうわたしの手が、唐突に人の手に変わる。
「――わっ。」
バランスを崩して転べば、上から「大丈夫か。」と声がした。
おもいっきり、カンさんの胸に飛びこんでしまった。
「だ、大丈夫です。」
「そうか。」
動じていないカンさんが、猫の時と同じようにわたしを持ち上げて、自分の目の前に下ろす。その目はどこか遠くを見ていた。
「――そろそろ戻らねば。」
ああ、お仕事の時間だ。
わたしはいつものようにカンさんを見送った。カンさんの姿は空間を歩いて行って、ゆらゆらと消えていく。きっと見えない膜のようなものがこの空間に漂っていて、人の姿を見せなくしているのだ。
光り輝く魂は、それを透かしてなお強い光を放っている。
天の川を見るような心地で見上げていると、その光が端っこから徐々に薄れていくのに気がついた。微々たる変化だけれど、それをカンさんがやっていることだということは知っている。
あそこで光り輝いているのは魂にとりついている人の記憶。それを洗い流されると、記憶は空間の中に溶け消えて、魂はわずかな光をたたえるだけになる。
カンさんはそれを、太陽から月になるようだと言っていた。
その言葉を、わたしはすんなりと受け入れられた。
生きている間が太陽の輝く昼間で。この空間がそう見えるのは、まさしく月が支配する夜の世界だからなのだと。
生前のわたしの名前ではない。
「次に生まれるとき、お前は三回目の輪廻となる。つまり残り七回の命ということだ。」
というのが名前の由来らしい。
猫の姿のままのわたしを、カンさんは脇の下に手を入れて持ち上げた。うにょんと体がのびる。休んでいる間、カンさんはこうやってわたしで遊ぶことが多い。それ以外は寝ている。
わたしは不本意なのだけれど、ここには話し相手がこの人しかいないから、いつも仕方なく会話に付き合っている。
「カンさん。どうして猫の命は九つあるなんて言われてるの? こうやって魂は平等にめぐっているのに。」
「お前、魂の構造は知っているか。」
「知らなーい。」
静かに足元に下ろされる。
「いいか。魂というのは『形質』と『記憶』から成り立っている。」
「記憶はわかるけど、形質?」
「ああ。それがどのような性格で生まれるかは形質によって決まる。人の言葉でいうところの芯のようなものだ。どのような人生になるかは育った環境によって左右されるかもしれないが、この部分だけはどんな人生を送ろうと変わらない。」
「じゃあ、輪廻をしてもそこは残るのね。」
「そうだ。逆に記憶はきれいに洗い流す。」
「カンさんの仕事?」
「ああ。」
「……で、何の話だっけ。」
「……猫は、この記憶を洗い流すのが九回輪廻周期なのだ。」
ああ、思い出した。わたしが質問して始まった会話だった。
「どうして?」
「よくはわかっていない。でも確かに九回目以外の魂は、洗おうとしても記憶がうまく剥がれないのだ。ほかの魂は一回ですぐに剥がれてしまうのに。」
そう言ってカンさんは自分の手を見つめた。
基本、記憶の洗い流しはカンさんの手作業だ。カンさんの手はきれいな顔立ちに反していつも荒れていた。毎日(?)魂の群れに手をつっこんでひとつひとつ記憶を洗い流しているから。
わたしはカンさんの長い髪に触れた。片膝を立てて座っているカンさんの周りに広がる髪は先っぽだけ乳白色で、密度の濃い天の川みたいだった。
カンさんは面白がってくれたのか、髪をひと房つかんでわたしの前で振った。ついつい追いかけてしまうわたしの手が、唐突に人の手に変わる。
「――わっ。」
バランスを崩して転べば、上から「大丈夫か。」と声がした。
おもいっきり、カンさんの胸に飛びこんでしまった。
「だ、大丈夫です。」
「そうか。」
動じていないカンさんが、猫の時と同じようにわたしを持ち上げて、自分の目の前に下ろす。その目はどこか遠くを見ていた。
「――そろそろ戻らねば。」
ああ、お仕事の時間だ。
わたしはいつものようにカンさんを見送った。カンさんの姿は空間を歩いて行って、ゆらゆらと消えていく。きっと見えない膜のようなものがこの空間に漂っていて、人の姿を見せなくしているのだ。
光り輝く魂は、それを透かしてなお強い光を放っている。
天の川を見るような心地で見上げていると、その光が端っこから徐々に薄れていくのに気がついた。微々たる変化だけれど、それをカンさんがやっていることだということは知っている。
あそこで光り輝いているのは魂にとりついている人の記憶。それを洗い流されると、記憶は空間の中に溶け消えて、魂はわずかな光をたたえるだけになる。
カンさんはそれを、太陽から月になるようだと言っていた。
その言葉を、わたしはすんなりと受け入れられた。
生きている間が太陽の輝く昼間で。この空間がそう見えるのは、まさしく月が支配する夜の世界だからなのだと。
後書き
魂の構造については中学生くらいの時から考えていた設定なのですが、結局その設定を使えたのは高三のときに部誌に載せた小説だけでした。ちなみにその小説に出てくる少女の原型が「ある秋の日に」のカタリだったりします。
作者:水沢妃 |
投稿日:2018/05/16 21:44 更新日:2018/05/16 21:44 『輪廻のセンタク』の著作権は、すべて作者 水沢妃様に属します。 |
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