作品ID:2004
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輪廻のセンタク
小説の属性:一般小説 / 現代ファンタジー / 批評希望 / 中級者 / 年齢制限なし / 連載中
前書き・紹介
8
前の話 | 目次 | 次の話 |
ここ最近動く気になれなくて、カンさんが「洗い」に行って帰ってくる間、ずっと満天の魂を見上げている。
腕をかざせば黒いひび割れはほとんどわからなくなるくらい直っていたけれど、それを見るたびにあの男の子を思い出してしまう。
あの子はどうなったんだろう。
そもそもあの子は何だったんだろう。
黒いひび割れが広がると、どうなってしまうんだろう。
もしもあれが、迷魂というやつだとしたら。
いつか、わたしも――。
「――ナナ。」
はっとそちらを見ると、残念ながらカンさんではない。例の男の人だ。
がっかりした。
「おいおい。あからさまにため息とかつくなよ。」
「別に。あなたに期待なんて何もしてませんから。」
「言うねえ。あと俺、名前あるから。レオっていう。」
「そうですか。それで?」
レオ……さんはつけなくてもいいか、は、わたしの前にどっかりと座った。
「お前、迷魂のことをどのくらい知ってる?」
……本当にこの人は、人の弱いところを突いてくる。
「わたしみたいに転生せずにふらふらしてるような魂のことでしょ。それで、時間が経つと消えちゃう。」
「あいつから聞いたのか?」
「二人の会話聞いてればわかりますよ、そのくらい。」
ゆらり、と周りの闇が動いたような気がした。魂の流れがうねっている。わたしも本当は、あの流れに乗って転生するはずだったのだ。
「カンさんのせいでこうなったの。……ずっと、許せない。」
「俺はそのへんのこと、聞かされてないからわからないがな。」
遠くを見るような声に、わたしはレオを見た。明るい髪が風もないのに揺れている。神さまの使いっていうのはみんなこんな感じなんだろうか。
「俺もあいつも、お前と似たようなものなんだよ。」
「どういうこと?」
「俺は昔、野生のライオンだった。」
吹いているはずのない風で、レオの髪が逆立った。
「家族を守るために強くあろうと必死で。あの頃は言葉も思考もこんなに立派じゃなかったから本能のままに生きてた。それがライオンってもんだったからな。でも、ある日伴侶も子どもも密猟者に持ってかれた。俺は怒ってそいつらとそいつらの家族全員、喉笛をかみちぎって殺したよ。」
想像もできない。けれどなぜか、首のあたりに鋭利なものを刺されるような息苦しさだけがのどの奥からせり上がってくる。
「家族を連れてったやつらだけじゃなくて?」
「ああ。俺と同じ気持ちを味わえってね。」
「……それから、どうなったの。」
「殺されたよ。あっちからしたらライオンが暴れてるようにしか見えなかっただろうし。でまあ魂はここに流れ着いたわけだけど、俺は神様から意図的に輪廻の流れから外されたんだ。」
「神さまが?」
「生きているうちに自分の『形質』に背くことをすると、魂はうまく洗えなくなるんだと。そんなやつ、転生したところで清らかな生なんて得られるわけがない。それどころか無駄な殺生をしたことを悔いるべきなんだ。」
魂を濯ぐことで、自分の罪も洗い流せと。そういうことなんだろうか。
「じゃあ、レオはいつまで魂を洗わなきゃいけないの。」
「さあな。どっちみちもう元には戻れないから、人間でいうところの終身刑ってやつだ。俺たちに終わりがあるかどうかもあやふやだが。」
「カンさんもそうなのかな……。」
最初は神さまだと思っていた。でも違った。彼は神様の使い走り。レオと同じ。
ということは、カンさんも元は別の生を受けていたはずだ。
レオは怪訝な顔になってから、肩をすくめる。
「それぞれに理由は異なるから同じかと言われると困るな。ただ、皆あの流れから外れてしまったのは事実だ。」
急に大きな手がわたしの頭に置かれた。そのままわしゃわしゃと髪をかき混ぜられる。
「俺たちは迷魂を、輪廻の流れから理不尽に離されてしまったものを厭う。自分たちがその成れの果てであり、神に目をかけられなければ、流れを離れたものは跡形もなく消え去ってしまうからなおさらに。」
「……わたしは。」
男の子を思い出す。黒いひび割れは、いずれあの子を粉々に砕いてしまうのだろうか。それとももう、どこにも存在していないのだろうか。
あんなふうには消えたくない。けど。
「ゆっくり考えろ……とは言わない。お前にも兆候は見え始めているからな。」
そう言われてしぜんと腕に手をやった。わたしだって他人事じゃない。
「レオ。」
「なんだ。」
「どうしてこんな話、してくれたの。」
「――そりゃあ、まあ。」
手が離れる。立ち上がったレオは雄々しい笑みを光の川のほうへ向けた。
「俺の数少ない知り合いは超口下手なやつだからな。」
腕をかざせば黒いひび割れはほとんどわからなくなるくらい直っていたけれど、それを見るたびにあの男の子を思い出してしまう。
あの子はどうなったんだろう。
そもそもあの子は何だったんだろう。
黒いひび割れが広がると、どうなってしまうんだろう。
もしもあれが、迷魂というやつだとしたら。
いつか、わたしも――。
「――ナナ。」
はっとそちらを見ると、残念ながらカンさんではない。例の男の人だ。
がっかりした。
「おいおい。あからさまにため息とかつくなよ。」
「別に。あなたに期待なんて何もしてませんから。」
「言うねえ。あと俺、名前あるから。レオっていう。」
「そうですか。それで?」
レオ……さんはつけなくてもいいか、は、わたしの前にどっかりと座った。
「お前、迷魂のことをどのくらい知ってる?」
……本当にこの人は、人の弱いところを突いてくる。
「わたしみたいに転生せずにふらふらしてるような魂のことでしょ。それで、時間が経つと消えちゃう。」
「あいつから聞いたのか?」
「二人の会話聞いてればわかりますよ、そのくらい。」
ゆらり、と周りの闇が動いたような気がした。魂の流れがうねっている。わたしも本当は、あの流れに乗って転生するはずだったのだ。
「カンさんのせいでこうなったの。……ずっと、許せない。」
「俺はそのへんのこと、聞かされてないからわからないがな。」
遠くを見るような声に、わたしはレオを見た。明るい髪が風もないのに揺れている。神さまの使いっていうのはみんなこんな感じなんだろうか。
「俺もあいつも、お前と似たようなものなんだよ。」
「どういうこと?」
「俺は昔、野生のライオンだった。」
吹いているはずのない風で、レオの髪が逆立った。
「家族を守るために強くあろうと必死で。あの頃は言葉も思考もこんなに立派じゃなかったから本能のままに生きてた。それがライオンってもんだったからな。でも、ある日伴侶も子どもも密猟者に持ってかれた。俺は怒ってそいつらとそいつらの家族全員、喉笛をかみちぎって殺したよ。」
想像もできない。けれどなぜか、首のあたりに鋭利なものを刺されるような息苦しさだけがのどの奥からせり上がってくる。
「家族を連れてったやつらだけじゃなくて?」
「ああ。俺と同じ気持ちを味わえってね。」
「……それから、どうなったの。」
「殺されたよ。あっちからしたらライオンが暴れてるようにしか見えなかっただろうし。でまあ魂はここに流れ着いたわけだけど、俺は神様から意図的に輪廻の流れから外されたんだ。」
「神さまが?」
「生きているうちに自分の『形質』に背くことをすると、魂はうまく洗えなくなるんだと。そんなやつ、転生したところで清らかな生なんて得られるわけがない。それどころか無駄な殺生をしたことを悔いるべきなんだ。」
魂を濯ぐことで、自分の罪も洗い流せと。そういうことなんだろうか。
「じゃあ、レオはいつまで魂を洗わなきゃいけないの。」
「さあな。どっちみちもう元には戻れないから、人間でいうところの終身刑ってやつだ。俺たちに終わりがあるかどうかもあやふやだが。」
「カンさんもそうなのかな……。」
最初は神さまだと思っていた。でも違った。彼は神様の使い走り。レオと同じ。
ということは、カンさんも元は別の生を受けていたはずだ。
レオは怪訝な顔になってから、肩をすくめる。
「それぞれに理由は異なるから同じかと言われると困るな。ただ、皆あの流れから外れてしまったのは事実だ。」
急に大きな手がわたしの頭に置かれた。そのままわしゃわしゃと髪をかき混ぜられる。
「俺たちは迷魂を、輪廻の流れから理不尽に離されてしまったものを厭う。自分たちがその成れの果てであり、神に目をかけられなければ、流れを離れたものは跡形もなく消え去ってしまうからなおさらに。」
「……わたしは。」
男の子を思い出す。黒いひび割れは、いずれあの子を粉々に砕いてしまうのだろうか。それとももう、どこにも存在していないのだろうか。
あんなふうには消えたくない。けど。
「ゆっくり考えろ……とは言わない。お前にも兆候は見え始めているからな。」
そう言われてしぜんと腕に手をやった。わたしだって他人事じゃない。
「レオ。」
「なんだ。」
「どうしてこんな話、してくれたの。」
「――そりゃあ、まあ。」
手が離れる。立ち上がったレオは雄々しい笑みを光の川のほうへ向けた。
「俺の数少ない知り合いは超口下手なやつだからな。」
後書き
作者:水沢妃 |
投稿日:2018/07/01 23:39 更新日:2018/07/01 23:39 『輪廻のセンタク』の著作権は、すべて作者 水沢妃様に属します。 |
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