作品ID:2005
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輪廻のセンタク
小説の属性:一般小説 / 現代ファンタジー / 批評希望 / 中級者 / 年齢制限なし / 連載中
前書き・紹介
9
前の話 | 目次 | 次の話 |
レオが帰ってしばらく。わたしは正座をして、言われたことをしっかり考えた。
そして、一つのことを決めてぽん、と膝を叩くと猫の姿になってあたりを徘徊した。
緩やかな生命の集まり。太陽から月になって、また朝を迎えるための場所。まだ夜明け前の暗がりの中、遠くのほうにカンさんの姿が見えた。
そのゆったりとした衣が見えるなり、白い姿に向かって猛ダッシュした。
カンさんはこっちに気がついていないみたい。そりゃあそうか。猫の姿は小さいし、なによりいつも通り大人しく待っていると思っているはずだから。
目前に迫ってやっと、カンさんがわたしに気がついた。
「ナナ……?」
「カンさん!」
とびきり強く後ろ足で床を蹴ると、ぱっと人の姿に変わる。
勢いをつけすぎて押し倒すようになりながら、わたしはカンさんに飛びこんだ。
「……どうした。」
目を見開いているカンさんが面白い。そのくせ声はいつもの平坦なもので。
演じているのか、素なのかはわからない。わかろうとも思わない。
だって私はもう、この人に深くも浅くも関わらないから。
「決めました。」
カンさんが息をのむ。
何も言わせる気はなかった
「わたし、人に転生します。」
待ち望んでいた答えだろうに、カンさんはしばらく何も言わずに固まって、わたしが身を引いたとき、やっと「そうか。」と呟いた。
しりもちをついた状態のカンさんを見下ろすように立つ。
「それでいいのか。」
「はい。」
「また十代半ばで死ぬかもしれないぞ。」
「長命な猫ならもう少し生きられますから。がんばりますよ。」
「……そうか。」
視線が合わないまま会話だけが進む。気が抜けた小さな声は、何の音もない空間に嫌でも響いた。
わたしはカンさんに手を差し出した。その顔がゆっくり上がって、わたしを見る。
「だから。最後くらい、ちゃんと仕事をしてください。」
わたしには決めることしかできない。ちゃんと転生するには、正しい流れに戻してもらわなくては。
カンさんもそのことに気がついたのか、黙ってわたしの手をとった。そのまま手を引かれて、暗闇の中に歩み出す。
「こっちだ。」
わたしは行先なんてわからないまま、カンさんの隣に並んだ。
洗いを終えたばかりの手はふにゃふにゃしている。カンさんと手をつなぐ、なんて初めてだ。いつもつままれたり持ち上げられたり。およそ人として扱ってもらっていない。
二人とも黙って歩いた。少なくともわたしは何も語ろうとはしない。語るべきことは、あるにはあるけれど。
レオの話を聞いて、わたしは一つ、重大なことを思い出した。
猫として最初に死んだときの、死因だ。どうして忘れてしまっていたのか、思い出したときに嫌というほど思い知った。
当時野良猫だったわたしは、動物虐待の趣味を持つ男につかまって、長い間餌も与えられずに衰弱し、最後の力を振り絞って抵抗した末に首を切り落とされた。
思い出せなかったのではない。忘れていたのだ。自分自身で鍵をかけて、記憶の底に鎮めるように。それをさっきの話で、忘れたことを思い出してしまった。
カンさんもここまでのことは知っている。なにせわたしの記憶に触れて、かわいそうな猫の魂をこっそり人の魂の流れに入れてしまった張本人なのだから。忘れているものか。
猫の記憶は九回生を受けなければ洗い流せない。だからこの猫はあと八回の生の中で、毎回あの苦しみを思い出すのではと。
そう心配してくれた神さまの使いだって知らないだろう。当の猫の魂が、その光景を覚えていたことを。
カンさんに話してなんかあげない。これはわたしが輪廻の流れに持って行く。
導かれるまま、かつてないほどにまばゆい光の中を通りすぎると、その先は洗い終わったらしいほのかな光を放つ魂が集まっていた。
「もうすぐこの者たちは人に生まれ変わる。お前もついていけ。」
カンさんとつないでいる手が熱を持つ。気がついたらわたしは人でも猫でもなく、ただの魂になってカンさんの掌の上にいた。視界もふわふわと解けていく。
こんな状態になっても伝わるかどうか、怪しいけれど。
(――カンさん、ありがとう。)
わたしはカンさんといた日々を覚えていられるんだろうか。前世の記憶を思い出したところで、魂であったころの記憶はどうなるんだろう。わたしがまた死んだら、今度もまた、カンさんに会えるんだろうか――。
何かを叫びながら目を開く。ぐっしょりと汗をかいていて、はりついているパジャマが気持ち悪い。目からは汗とは違う液体が出ている。
「さぁちゃん? どうしたの?」
ぱたぱたとスリッパの音がして、お母さんが駆け寄ってきてくれた。わたしはいつか誰かにしたように、ぎゅっと抱きつく。
「怖い夢でも見たの?」
「……うん。」
暗くてどこまで続いているかもわからなくて。天には光の川があって。
「ながい、ながいゆめだったの。」
お母さんはやさしく背中を叩いてくれた。「そっか、そっか。」というささやきに、安心して涙が出た。
泣きじゃくるわたしの声にお父さんも来てくれて、両親に抱きしめてもらう。こうしていると、すごく安心できるんだ。
お母さんが、当然のように言う。
「明日、みんなで占い師さんのところに行かなくちゃね。」
お父さんの「そうだな。」と同意する声を最後に、わたしはまた眠りへと落ちてしまった。
そして、一つのことを決めてぽん、と膝を叩くと猫の姿になってあたりを徘徊した。
緩やかな生命の集まり。太陽から月になって、また朝を迎えるための場所。まだ夜明け前の暗がりの中、遠くのほうにカンさんの姿が見えた。
そのゆったりとした衣が見えるなり、白い姿に向かって猛ダッシュした。
カンさんはこっちに気がついていないみたい。そりゃあそうか。猫の姿は小さいし、なによりいつも通り大人しく待っていると思っているはずだから。
目前に迫ってやっと、カンさんがわたしに気がついた。
「ナナ……?」
「カンさん!」
とびきり強く後ろ足で床を蹴ると、ぱっと人の姿に変わる。
勢いをつけすぎて押し倒すようになりながら、わたしはカンさんに飛びこんだ。
「……どうした。」
目を見開いているカンさんが面白い。そのくせ声はいつもの平坦なもので。
演じているのか、素なのかはわからない。わかろうとも思わない。
だって私はもう、この人に深くも浅くも関わらないから。
「決めました。」
カンさんが息をのむ。
何も言わせる気はなかった
「わたし、人に転生します。」
待ち望んでいた答えだろうに、カンさんはしばらく何も言わずに固まって、わたしが身を引いたとき、やっと「そうか。」と呟いた。
しりもちをついた状態のカンさんを見下ろすように立つ。
「それでいいのか。」
「はい。」
「また十代半ばで死ぬかもしれないぞ。」
「長命な猫ならもう少し生きられますから。がんばりますよ。」
「……そうか。」
視線が合わないまま会話だけが進む。気が抜けた小さな声は、何の音もない空間に嫌でも響いた。
わたしはカンさんに手を差し出した。その顔がゆっくり上がって、わたしを見る。
「だから。最後くらい、ちゃんと仕事をしてください。」
わたしには決めることしかできない。ちゃんと転生するには、正しい流れに戻してもらわなくては。
カンさんもそのことに気がついたのか、黙ってわたしの手をとった。そのまま手を引かれて、暗闇の中に歩み出す。
「こっちだ。」
わたしは行先なんてわからないまま、カンさんの隣に並んだ。
洗いを終えたばかりの手はふにゃふにゃしている。カンさんと手をつなぐ、なんて初めてだ。いつもつままれたり持ち上げられたり。およそ人として扱ってもらっていない。
二人とも黙って歩いた。少なくともわたしは何も語ろうとはしない。語るべきことは、あるにはあるけれど。
レオの話を聞いて、わたしは一つ、重大なことを思い出した。
猫として最初に死んだときの、死因だ。どうして忘れてしまっていたのか、思い出したときに嫌というほど思い知った。
当時野良猫だったわたしは、動物虐待の趣味を持つ男につかまって、長い間餌も与えられずに衰弱し、最後の力を振り絞って抵抗した末に首を切り落とされた。
思い出せなかったのではない。忘れていたのだ。自分自身で鍵をかけて、記憶の底に鎮めるように。それをさっきの話で、忘れたことを思い出してしまった。
カンさんもここまでのことは知っている。なにせわたしの記憶に触れて、かわいそうな猫の魂をこっそり人の魂の流れに入れてしまった張本人なのだから。忘れているものか。
猫の記憶は九回生を受けなければ洗い流せない。だからこの猫はあと八回の生の中で、毎回あの苦しみを思い出すのではと。
そう心配してくれた神さまの使いだって知らないだろう。当の猫の魂が、その光景を覚えていたことを。
カンさんに話してなんかあげない。これはわたしが輪廻の流れに持って行く。
導かれるまま、かつてないほどにまばゆい光の中を通りすぎると、その先は洗い終わったらしいほのかな光を放つ魂が集まっていた。
「もうすぐこの者たちは人に生まれ変わる。お前もついていけ。」
カンさんとつないでいる手が熱を持つ。気がついたらわたしは人でも猫でもなく、ただの魂になってカンさんの掌の上にいた。視界もふわふわと解けていく。
こんな状態になっても伝わるかどうか、怪しいけれど。
(――カンさん、ありがとう。)
わたしはカンさんといた日々を覚えていられるんだろうか。前世の記憶を思い出したところで、魂であったころの記憶はどうなるんだろう。わたしがまた死んだら、今度もまた、カンさんに会えるんだろうか――。
何かを叫びながら目を開く。ぐっしょりと汗をかいていて、はりついているパジャマが気持ち悪い。目からは汗とは違う液体が出ている。
「さぁちゃん? どうしたの?」
ぱたぱたとスリッパの音がして、お母さんが駆け寄ってきてくれた。わたしはいつか誰かにしたように、ぎゅっと抱きつく。
「怖い夢でも見たの?」
「……うん。」
暗くてどこまで続いているかもわからなくて。天には光の川があって。
「ながい、ながいゆめだったの。」
お母さんはやさしく背中を叩いてくれた。「そっか、そっか。」というささやきに、安心して涙が出た。
泣きじゃくるわたしの声にお父さんも来てくれて、両親に抱きしめてもらう。こうしていると、すごく安心できるんだ。
お母さんが、当然のように言う。
「明日、みんなで占い師さんのところに行かなくちゃね。」
お父さんの「そうだな。」と同意する声を最後に、わたしはまた眠りへと落ちてしまった。
後書き
作者:水沢妃 |
投稿日:2018/07/02 00:28 更新日:2018/07/02 00:28 『輪廻のセンタク』の著作権は、すべて作者 水沢妃様に属します。 |
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