作品ID:2227
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サラリーマン、スケオくんのちょっと色っぽいミステリー
小説の属性:一般小説 / ミステリー / お気軽感想希望 / 初投稿・初心者 / R-18 / 完結
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(第7話)下劣な伊藤め。マコトに指一本触れさせないぞ。わわわ。マコトが色気で迫ってくる!
前の話 | 目次 | 次の話 |
というわけで、退社時間となり僕はマコトを連れて渋々伊藤に付き合ってやった。
いつもだったら僕と二人だけなのにマコトも来ることになるなんて。今日はなぜだか胸騒ぎに近いような気持ちだった。
駅前にある行きつけの居酒屋の戸をガラリとひく。
黒いバンダナをした店員たちが笑顔で元気よく迎えてくれる。
客層はほとんど会社員ばかりで、同僚に愚痴をこぼしてグイグイ呑んでいるヤツもいれば、奥の座敷で上司を交えて宴会をしてどんちゃん騒ぎをしているヤツらもいる。カウンター席は女性客がいっぱいで今日は特に店全体が賑やかだ。
満席で諦めかけたが、丁度帰る客がいたので入れ違いにテーブル席につくことが出来てホッとした。
サッと来た若い女性の店員に、生ビール3つと“あて”になる軽食を何個か適当に僕が注文をした。
先にビールが3つきて、僕たちは乾杯をした。
一口、二口飲んだところで伊藤がパンパンっと手を叩いて口火を切る。
「マコっちゃんは凄い成長したよな。新卒の頃、全くプログラム言語もわかってなかったし、電話応対も滅茶苦茶だったもん」
「そうなんですよ。ワタシ。
社長のことも、『社長“様”でしたら今“いらっしゃいます”』ってお客さんに言っちゃってたんですよねー。あとから、キミ失礼だよ、と社長に直接言われて大恥かいてしまいましたヨ。」
クシャリと笑い、ビールを両手につかんでマコトは呑んだ。
「なー。社長様は無ェーよなー、マコっちゃん?
台湾人の姉ちゃんじゃねーんだからー」
伊藤は下品に笑い飛ばす。
マコトはどうやら意味が分かっていないらしくアハハと釣られて笑ってた。
なんか汚された気分だな。僕は話の軌道修正をした。
「マコトって僕からみても努力家なんだと思うよ。
誰よりも負けず嫌いだし、あの時休憩室でメソメソ泣いてたもんな」
「や、やだっ。スケオ先輩っ。見てたんですか!」
マコトは顔を真っ赤にさせた。
「うん。でもまあ。仕事の経験がないのによくここまで頑張ったなと思うよ。終電ギリギリまで社内で蛍光灯をつけてまで勉強をしてたんだから」
僕はテーブルに肘をつき思い出すようにして言った。
「えへへ。あのときはスケオ先輩も一緒に残ってくださったんですよね。帰りも駅まで送ってくれたし…いただいた缶コーヒー、温かくてとても美味しかったです」
マコトは目をパチパチさせ顔を火照らす。
僕は一生懸命とりくむ彼女の横顔をいつも見惚れていた。
マコトの笑顔を見るだけで幸せな気持ちでいっぱいになれるんだ。
伊藤はムッとさせ横から割ってきた。
「はいはいはいー。昔話はそこまでぇー。
なんだスケオ、そんだけしか呑んでねぇのかよ?」
伊藤は目をまんまるくさせ僕のビールに指をさす。
「おいおい。まだ飲み始めたばかりだ。これが普通じゃないか」
「ナニいってんだ。リーダーの俺が言うことは絶対だ。
オマエも男だ。景気よく飲んで飲みまくれ。わははは」
僕の背中をバンバン叩いて一人で馬鹿騒ぎをする伊藤。
またコイツのろくでもない癖が始まった…
僕は露骨に嫌な顔をしてしまった。
「マコっちゃん。最近やけに女らしくなったんじゃないのー?」
大股に広げた伊藤がマコトを覗きこんだ。
「え!ないない。全然女らしくないですよ」
マコトは首を横にふる。
「えー!よくいうよー。もしかして化粧してる?
なんか、すっげー可愛らしいよ。
俺はよくマコっちゃんを観察してるから分かるからね」
「わ。やーだー。
あんまり観察しないでくださいよー。
なんか恥ずかしいですぅ」
マコトはもうビールを全部飲んでいる。
伊藤は薄笑いを浮かべて空になったグラスにビールをついだ。
彼は目を細めて続けて言う。
「マコっちゃんさぁ、誰かに似てると思ったら、元ACBの前田彰子ちゃんによく似てるよね!」
伊藤はマコトを煽てた。
グビビと一気に飲み干したマコトは吹きだしかける。
「いやいや、うそうそ!全っ然有りえないです。
そんなことを言ったらファンの人たちに怒られちゃいます」
「謙遜しなさんなー。マコっちゃん。
今度俺と新宿でデートしない?
夜景の見えるレストランとか知ってるよ」
伊藤はニヤニヤさせてまた空になったマコトのグラスにビールをついだ。
「え!ほんとですか?いやー。でもーちょっと」
マコトは困ってた。
「いやなーに。ヤマしいことなんて考えてねぇよ。
あっ、俺さ。ゲーセンでぬいぐるみ取るの得意なんだぜ?
今度、マコっちゃんのために好きな熊のぬいぐるみをとってきてあげるよ」
「え!ほんとですか!わーい!うれしいー!」
マコトが上唇に泡をつけてピョンピョン飛び跳ねる仕草をする。
くっそー。伊藤の野郎、ぬいぐるみなんかで釣りやがって。
僕は無性に腹がたってきた。
「おい伊藤。ちょっとマコトに飲ませすぎだぞ。
僕を酔わすんじゃなかったのかよ」
へへへとバツ悪そうに伊藤は、まだ半分も空けていない僕のグラスにビールをついだ。
マコトは酒に弱いみたいだ。
もう、フラフラになって呂律がまわっていない。
「へ?ワタヒは大丈夫でちゅう。エヘヘヘ。
はれれ?スケオセェンパイが二人になってりゅう」
マコトが寄り目になって一人ではしゃいでる。
だめだ。完全に酔ってしまった。
全く、伊藤の野郎はなにを考えている。
「うぃー。しょっと、チョイレ、ヒーック」
と言い残しマコトは席を立つ。
「えー?大丈夫かよマコト」
彼女がふらふらとテーブルの間を縫って奥の方へ消えていくのを見届けた。
まったく。注がれたものを飲み干すなんて呆れた子だ。
ようやくあての豚キムチとイカのゲソとキューリの漬物がやってきた。
溜息をつく。まったく、これじゃあ酔うどころではないよ。
僕は泡が立たなくなったぬるいビールを飲み干そうとした。
そのとき、伊藤が、なあ、と横から声をかけてきた。
「オマエ、マコっちゃんとはどうなんだ」
「え?」
伊藤に耳打ちされた。
「マコっちゃんとセックスしたか」
飲んだビールを一気に吹いてしまった。
「うへぇ!?セッ、セッ…。なんだよ急に!?」
目を白黒してしまった。おしぼりで口周りをぬぐう。
「ハハ!するわけねーか。なんせ奥手なオマエだもんな。へへ」
伊藤は安堵してイカのゲソをつまんで食べた。
いちいちコイツの言うことに反応しちゃイカンが、無性にまた腹が立つ。
反論しようと喉まで出かけたが、折角の雰囲気をぶち壊してはいけないと思い我慢した。
「俺好きなんだよな。マコっちゃんのこと」
伊藤は僕を見ずに呟きビールを飲んだ。
えっ?伊藤もマコトが好きなのか?動揺してしまった。
コイツに限ってやけに真面目だなあ。
僕は座り直して真剣に聞いてみた。
「え?なんでだよ?」
伊藤が間を置いて、こう答えた。
「うん。あんね。マコっちゃんってさ。素直で良い子だと思うんだよ。まるで妹がいるみたいでさ。
マコっちゃんが側を通るだけでも俺、こう、胸を締め付けさせる思いをするんだよ」
伊藤は口をもぐもぐさせて箸をつかんだまま胸に手を当てた。
それは僕もそう思う。
たしかにマコトは妹みたいで素直で良い子だ。
それに危なっかしくて目が離せないときがある。
伊藤の気持ちが少しわかる気がした。
「時々、無鉄砲なところがあって危なっかしいけど
マコトはとても良い子だと思うよ。
僕からみても本当に真面目だと思うよ。
あんな良い子はそうそういないと思うよ」
マコトと僕は仕事で通じ合っているが、それ以上に、絆もできていると思った。
普段から言葉の掛け合いをしていく内にだんだん彼女に惹かれていった。
でも、僕には心から愛するミネ子ちゃんがいる。
僕はこのまま身をひいた方がいいのではなかろうか…。
僕はさっきから食べ続けている伊藤をじっと見た。
――いや、まてよ?プレイボーイの伊藤が言うことだ。
コイツは信用できないぞ。
簡単に引き渡すわけにはいくまい。
伊藤は口に食べ物をいれながら箸を振り回して言う。
「マコっちゃんって、あれ、処女だよな?」
「え?」
我が耳を疑った。続けて伊藤は言う。
「もうさ。事務の女の子とか営業の女の子に、なんか、飽きてきちゃったんだよね。
マコっちゃんみたいな恋愛経験のなさそうな素人娘にも手を出したくなってきちゃってね。うはは!」
な、なんだと!マコトをそんな目で見てたとは!
まったくもって下劣で最低な野郎だ!
拳が震えてしまった。
少しでもコイツを真面目だと思った僕が馬鹿だった。
頭に血がのぼった。
「伊藤!マコトは純粋な子なんだ。手を出したら承知しないぞ」
「おー。おっかねー顔しちゃって。」
伊藤は目を皿のようにし素っ頓狂な声を出す。
だが、ヤツは続けてこう答えた。
「わはは。オマエ。マコっちゃんが好きなんだろ。
悔しかったら俺よりも先に手を出してみろよ~」
鼻歌を交えて箸を振り回す伊藤に憤りを感じた。
くそー。こんなヤツにマコトを差し出すぐらいなら、いっそ…。
――でも、僕にはミネ子ちゃんがいる。
「ハッ!スケオにそんな勇気もねーよなぁ!
ほんじゃ、ま、ピチピチの若くてピュアなマコっちゃん、お先にいただきます~」
伊藤は挑発的にビールを高々と持ち上げてグビグビ飲み干した。
僕は苦虫を噛み潰したような気持ちになった。
クッ…このままマコトが伊藤に犯されるのを指を咥えて見ていろと言うのか。あんなに素直で良い子なのに。
マコトを思うと気の毒に思い胸が痛んだ。
よりにもよってこんな女癖の悪い伊藤か。
噂だが、ある大人しい事務員の女の子が誰もいないときに社内で襲われたという話を小耳にはさんだ。
その子はショックのあまりに自ら会社を辞めたらしい。
疑問を感じた。
でもなんでだ?辞めるのだったら伊藤の方だろう?
会社に訴えたら確実にヤツは首になるだろうに。
とにかく、こんな最低で下衆野郎なんかにマコトを絶対に渡したくない。僕の胸が熱くなり、キュウウと締めつけられた。
これは先輩として後輩を守る義務があるんだ。
マコトがおそくなりまちた、とポニーテールを揺らして戻ってきた。
伊藤はおかえりーっ、と言ってもう、しれっとしていやがる。
「俺小便」
伊藤は席を立ち、タバコをポケットから出してトイレへ行った。
ひょっとしたら伊藤は、マコトをたっぷりと酔わせて今夜あたりにでも襲うのではなかろうか。
ヤツの目はギラギラとしていた。
これは不味いぞ。
これはなんとしてでも阻止しなければならない。
マコトが僕の隣に座った。
「マコト、大丈夫か?吐いたりしてないか」
心配になって彼女の顔を覗きこんだ。
「は~い。大丈夫ですぅ。
ちょっと、トイレに座って寝てましたが。うぃーヒーック!」
ぴしっと指先を揃えて敬礼をしているマコト。
僕は溜息をついて言った。
「オマエなあ。男じゃあるまいし、酒をそんなに一気飲みするな。なにかあったらどうする。自分の身は自分しか守れないんだぞ」
説教をしたらマコトが目をパチパチとさせて聞いてた。
「スケオ先輩…アタシのために心配してくれてありがとうございます」
マコトはいたずらっ子のような顔をして、はにかんだ。
「まったく。とにかくそのままでは帰り道も危ない。
それまでウーロン茶でも飲んで酔いを覚ませ」
僕はそばに通った店員にマコトのために注文をした。
「スケオ先輩」
ドキン。
マコトは真っ直ぐに僕を見た。
頬を桃色に染めて瞳が濡れている。
「ワタシ、今まで思ってたのですが、先輩と一緒に仕事ができて、この上に幸せなことはありません」
「マコト…」
彼女はまだ酔ってはいるが言葉も語尾もしっかりとしている。
「ワタシはスケオ先輩のご指導のおかげで、苦手なプログラミングを好きになれましたし、毎日仕事をするのがとても楽しくなりました。これもスケオ先輩のおかげなんです」
「ははは。僕よりも、マコトの努力の成果だと思うよ」
照れくさくなり、頭をポリポリ掻いた。
「先輩の手」
「え」
ドキン。
机の上に置いた僕の手をマコトが見て言った。
「先輩の手、大きいんですね」
マコトはウットリとさせ僕の手をまじまじ見てる。
僕は喘いでしまった。
「マッ…マコト」
僕はマコトの手の上に重ねてしまった。
マコトがハッとさせ僕を見上げる。
瞳が綺麗だ。星のように輝いていてみるみる吸い込まれていく。
「わ!」
酔ったくれの親父がマコトにぶつかり、はずみで僕にぶつかり寄りかかる形になった。
ドキン。
まさかこんな展開になるとは。
マコトの濡れた唇が開いた。
「スケオ先輩。アタシのこと、どう思ってるの」
ハスキーな声で迫る。
「え。こ、後輩だよ」
「……それだけ?」
「え」
声が上ずりゴクンと唾を呑みこんだ。
ドキン。
マコトのポニーテールが乱れ、瞳が濡れている。
ズキン。
下腹部から何かが突き上げてくる。
イヤッ。ダメだ。なにを考えている。
これはただの仕事仲間なんだ。邪な感情をもつな。
アアーッ!この突き上げてくる感情がうるさい。
オマエには赤い人で結ばれたミネ子ちゃんがいるだろう。
不純な気持ちを抱くな。
なんとかして理性を止めようと努めたら、ぐいっ、とマコトにネクタイをひっぱられた。
マコトの甘い吐息がもれる。
僕は思わず喘いでしまった。
「ネェ…」
マコトの掠れた声が耳元で囁いた。
もう、理性のストッパーが完全にぶっとんでしまった。
「うおー!マコトー!」
もう、我慢の限界だ。
僕は鼻息を荒くして彼女の華奢な肩を両手でつかみ、そのまま壁に押し倒した。
「はぁ…はぁ…スケオ先輩」
「うおー!マコトーーー!」
僕たちはゆっくりと目を閉じ、唇を重ねようとした瞬間――
「キャーーーーーッ!」
僕の耳を劈いた。
何事かと思い目を開けてみる。
マコトの顔すれすれに包丁が真横に突き刺さっていた。
彼女の栗色の毛がハラハラと落ちる。
客たちはマコトの悲鳴を聞き騒然としていた。
(つづく)
いつもだったら僕と二人だけなのにマコトも来ることになるなんて。今日はなぜだか胸騒ぎに近いような気持ちだった。
駅前にある行きつけの居酒屋の戸をガラリとひく。
黒いバンダナをした店員たちが笑顔で元気よく迎えてくれる。
客層はほとんど会社員ばかりで、同僚に愚痴をこぼしてグイグイ呑んでいるヤツもいれば、奥の座敷で上司を交えて宴会をしてどんちゃん騒ぎをしているヤツらもいる。カウンター席は女性客がいっぱいで今日は特に店全体が賑やかだ。
満席で諦めかけたが、丁度帰る客がいたので入れ違いにテーブル席につくことが出来てホッとした。
サッと来た若い女性の店員に、生ビール3つと“あて”になる軽食を何個か適当に僕が注文をした。
先にビールが3つきて、僕たちは乾杯をした。
一口、二口飲んだところで伊藤がパンパンっと手を叩いて口火を切る。
「マコっちゃんは凄い成長したよな。新卒の頃、全くプログラム言語もわかってなかったし、電話応対も滅茶苦茶だったもん」
「そうなんですよ。ワタシ。
社長のことも、『社長“様”でしたら今“いらっしゃいます”』ってお客さんに言っちゃってたんですよねー。あとから、キミ失礼だよ、と社長に直接言われて大恥かいてしまいましたヨ。」
クシャリと笑い、ビールを両手につかんでマコトは呑んだ。
「なー。社長様は無ェーよなー、マコっちゃん?
台湾人の姉ちゃんじゃねーんだからー」
伊藤は下品に笑い飛ばす。
マコトはどうやら意味が分かっていないらしくアハハと釣られて笑ってた。
なんか汚された気分だな。僕は話の軌道修正をした。
「マコトって僕からみても努力家なんだと思うよ。
誰よりも負けず嫌いだし、あの時休憩室でメソメソ泣いてたもんな」
「や、やだっ。スケオ先輩っ。見てたんですか!」
マコトは顔を真っ赤にさせた。
「うん。でもまあ。仕事の経験がないのによくここまで頑張ったなと思うよ。終電ギリギリまで社内で蛍光灯をつけてまで勉強をしてたんだから」
僕はテーブルに肘をつき思い出すようにして言った。
「えへへ。あのときはスケオ先輩も一緒に残ってくださったんですよね。帰りも駅まで送ってくれたし…いただいた缶コーヒー、温かくてとても美味しかったです」
マコトは目をパチパチさせ顔を火照らす。
僕は一生懸命とりくむ彼女の横顔をいつも見惚れていた。
マコトの笑顔を見るだけで幸せな気持ちでいっぱいになれるんだ。
伊藤はムッとさせ横から割ってきた。
「はいはいはいー。昔話はそこまでぇー。
なんだスケオ、そんだけしか呑んでねぇのかよ?」
伊藤は目をまんまるくさせ僕のビールに指をさす。
「おいおい。まだ飲み始めたばかりだ。これが普通じゃないか」
「ナニいってんだ。リーダーの俺が言うことは絶対だ。
オマエも男だ。景気よく飲んで飲みまくれ。わははは」
僕の背中をバンバン叩いて一人で馬鹿騒ぎをする伊藤。
またコイツのろくでもない癖が始まった…
僕は露骨に嫌な顔をしてしまった。
「マコっちゃん。最近やけに女らしくなったんじゃないのー?」
大股に広げた伊藤がマコトを覗きこんだ。
「え!ないない。全然女らしくないですよ」
マコトは首を横にふる。
「えー!よくいうよー。もしかして化粧してる?
なんか、すっげー可愛らしいよ。
俺はよくマコっちゃんを観察してるから分かるからね」
「わ。やーだー。
あんまり観察しないでくださいよー。
なんか恥ずかしいですぅ」
マコトはもうビールを全部飲んでいる。
伊藤は薄笑いを浮かべて空になったグラスにビールをついだ。
彼は目を細めて続けて言う。
「マコっちゃんさぁ、誰かに似てると思ったら、元ACBの前田彰子ちゃんによく似てるよね!」
伊藤はマコトを煽てた。
グビビと一気に飲み干したマコトは吹きだしかける。
「いやいや、うそうそ!全っ然有りえないです。
そんなことを言ったらファンの人たちに怒られちゃいます」
「謙遜しなさんなー。マコっちゃん。
今度俺と新宿でデートしない?
夜景の見えるレストランとか知ってるよ」
伊藤はニヤニヤさせてまた空になったマコトのグラスにビールをついだ。
「え!ほんとですか?いやー。でもーちょっと」
マコトは困ってた。
「いやなーに。ヤマしいことなんて考えてねぇよ。
あっ、俺さ。ゲーセンでぬいぐるみ取るの得意なんだぜ?
今度、マコっちゃんのために好きな熊のぬいぐるみをとってきてあげるよ」
「え!ほんとですか!わーい!うれしいー!」
マコトが上唇に泡をつけてピョンピョン飛び跳ねる仕草をする。
くっそー。伊藤の野郎、ぬいぐるみなんかで釣りやがって。
僕は無性に腹がたってきた。
「おい伊藤。ちょっとマコトに飲ませすぎだぞ。
僕を酔わすんじゃなかったのかよ」
へへへとバツ悪そうに伊藤は、まだ半分も空けていない僕のグラスにビールをついだ。
マコトは酒に弱いみたいだ。
もう、フラフラになって呂律がまわっていない。
「へ?ワタヒは大丈夫でちゅう。エヘヘヘ。
はれれ?スケオセェンパイが二人になってりゅう」
マコトが寄り目になって一人ではしゃいでる。
だめだ。完全に酔ってしまった。
全く、伊藤の野郎はなにを考えている。
「うぃー。しょっと、チョイレ、ヒーック」
と言い残しマコトは席を立つ。
「えー?大丈夫かよマコト」
彼女がふらふらとテーブルの間を縫って奥の方へ消えていくのを見届けた。
まったく。注がれたものを飲み干すなんて呆れた子だ。
ようやくあての豚キムチとイカのゲソとキューリの漬物がやってきた。
溜息をつく。まったく、これじゃあ酔うどころではないよ。
僕は泡が立たなくなったぬるいビールを飲み干そうとした。
そのとき、伊藤が、なあ、と横から声をかけてきた。
「オマエ、マコっちゃんとはどうなんだ」
「え?」
伊藤に耳打ちされた。
「マコっちゃんとセックスしたか」
飲んだビールを一気に吹いてしまった。
「うへぇ!?セッ、セッ…。なんだよ急に!?」
目を白黒してしまった。おしぼりで口周りをぬぐう。
「ハハ!するわけねーか。なんせ奥手なオマエだもんな。へへ」
伊藤は安堵してイカのゲソをつまんで食べた。
いちいちコイツの言うことに反応しちゃイカンが、無性にまた腹が立つ。
反論しようと喉まで出かけたが、折角の雰囲気をぶち壊してはいけないと思い我慢した。
「俺好きなんだよな。マコっちゃんのこと」
伊藤は僕を見ずに呟きビールを飲んだ。
えっ?伊藤もマコトが好きなのか?動揺してしまった。
コイツに限ってやけに真面目だなあ。
僕は座り直して真剣に聞いてみた。
「え?なんでだよ?」
伊藤が間を置いて、こう答えた。
「うん。あんね。マコっちゃんってさ。素直で良い子だと思うんだよ。まるで妹がいるみたいでさ。
マコっちゃんが側を通るだけでも俺、こう、胸を締め付けさせる思いをするんだよ」
伊藤は口をもぐもぐさせて箸をつかんだまま胸に手を当てた。
それは僕もそう思う。
たしかにマコトは妹みたいで素直で良い子だ。
それに危なっかしくて目が離せないときがある。
伊藤の気持ちが少しわかる気がした。
「時々、無鉄砲なところがあって危なっかしいけど
マコトはとても良い子だと思うよ。
僕からみても本当に真面目だと思うよ。
あんな良い子はそうそういないと思うよ」
マコトと僕は仕事で通じ合っているが、それ以上に、絆もできていると思った。
普段から言葉の掛け合いをしていく内にだんだん彼女に惹かれていった。
でも、僕には心から愛するミネ子ちゃんがいる。
僕はこのまま身をひいた方がいいのではなかろうか…。
僕はさっきから食べ続けている伊藤をじっと見た。
――いや、まてよ?プレイボーイの伊藤が言うことだ。
コイツは信用できないぞ。
簡単に引き渡すわけにはいくまい。
伊藤は口に食べ物をいれながら箸を振り回して言う。
「マコっちゃんって、あれ、処女だよな?」
「え?」
我が耳を疑った。続けて伊藤は言う。
「もうさ。事務の女の子とか営業の女の子に、なんか、飽きてきちゃったんだよね。
マコっちゃんみたいな恋愛経験のなさそうな素人娘にも手を出したくなってきちゃってね。うはは!」
な、なんだと!マコトをそんな目で見てたとは!
まったくもって下劣で最低な野郎だ!
拳が震えてしまった。
少しでもコイツを真面目だと思った僕が馬鹿だった。
頭に血がのぼった。
「伊藤!マコトは純粋な子なんだ。手を出したら承知しないぞ」
「おー。おっかねー顔しちゃって。」
伊藤は目を皿のようにし素っ頓狂な声を出す。
だが、ヤツは続けてこう答えた。
「わはは。オマエ。マコっちゃんが好きなんだろ。
悔しかったら俺よりも先に手を出してみろよ~」
鼻歌を交えて箸を振り回す伊藤に憤りを感じた。
くそー。こんなヤツにマコトを差し出すぐらいなら、いっそ…。
――でも、僕にはミネ子ちゃんがいる。
「ハッ!スケオにそんな勇気もねーよなぁ!
ほんじゃ、ま、ピチピチの若くてピュアなマコっちゃん、お先にいただきます~」
伊藤は挑発的にビールを高々と持ち上げてグビグビ飲み干した。
僕は苦虫を噛み潰したような気持ちになった。
クッ…このままマコトが伊藤に犯されるのを指を咥えて見ていろと言うのか。あんなに素直で良い子なのに。
マコトを思うと気の毒に思い胸が痛んだ。
よりにもよってこんな女癖の悪い伊藤か。
噂だが、ある大人しい事務員の女の子が誰もいないときに社内で襲われたという話を小耳にはさんだ。
その子はショックのあまりに自ら会社を辞めたらしい。
疑問を感じた。
でもなんでだ?辞めるのだったら伊藤の方だろう?
会社に訴えたら確実にヤツは首になるだろうに。
とにかく、こんな最低で下衆野郎なんかにマコトを絶対に渡したくない。僕の胸が熱くなり、キュウウと締めつけられた。
これは先輩として後輩を守る義務があるんだ。
マコトがおそくなりまちた、とポニーテールを揺らして戻ってきた。
伊藤はおかえりーっ、と言ってもう、しれっとしていやがる。
「俺小便」
伊藤は席を立ち、タバコをポケットから出してトイレへ行った。
ひょっとしたら伊藤は、マコトをたっぷりと酔わせて今夜あたりにでも襲うのではなかろうか。
ヤツの目はギラギラとしていた。
これは不味いぞ。
これはなんとしてでも阻止しなければならない。
マコトが僕の隣に座った。
「マコト、大丈夫か?吐いたりしてないか」
心配になって彼女の顔を覗きこんだ。
「は~い。大丈夫ですぅ。
ちょっと、トイレに座って寝てましたが。うぃーヒーック!」
ぴしっと指先を揃えて敬礼をしているマコト。
僕は溜息をついて言った。
「オマエなあ。男じゃあるまいし、酒をそんなに一気飲みするな。なにかあったらどうする。自分の身は自分しか守れないんだぞ」
説教をしたらマコトが目をパチパチとさせて聞いてた。
「スケオ先輩…アタシのために心配してくれてありがとうございます」
マコトはいたずらっ子のような顔をして、はにかんだ。
「まったく。とにかくそのままでは帰り道も危ない。
それまでウーロン茶でも飲んで酔いを覚ませ」
僕はそばに通った店員にマコトのために注文をした。
「スケオ先輩」
ドキン。
マコトは真っ直ぐに僕を見た。
頬を桃色に染めて瞳が濡れている。
「ワタシ、今まで思ってたのですが、先輩と一緒に仕事ができて、この上に幸せなことはありません」
「マコト…」
彼女はまだ酔ってはいるが言葉も語尾もしっかりとしている。
「ワタシはスケオ先輩のご指導のおかげで、苦手なプログラミングを好きになれましたし、毎日仕事をするのがとても楽しくなりました。これもスケオ先輩のおかげなんです」
「ははは。僕よりも、マコトの努力の成果だと思うよ」
照れくさくなり、頭をポリポリ掻いた。
「先輩の手」
「え」
ドキン。
机の上に置いた僕の手をマコトが見て言った。
「先輩の手、大きいんですね」
マコトはウットリとさせ僕の手をまじまじ見てる。
僕は喘いでしまった。
「マッ…マコト」
僕はマコトの手の上に重ねてしまった。
マコトがハッとさせ僕を見上げる。
瞳が綺麗だ。星のように輝いていてみるみる吸い込まれていく。
「わ!」
酔ったくれの親父がマコトにぶつかり、はずみで僕にぶつかり寄りかかる形になった。
ドキン。
まさかこんな展開になるとは。
マコトの濡れた唇が開いた。
「スケオ先輩。アタシのこと、どう思ってるの」
ハスキーな声で迫る。
「え。こ、後輩だよ」
「……それだけ?」
「え」
声が上ずりゴクンと唾を呑みこんだ。
ドキン。
マコトのポニーテールが乱れ、瞳が濡れている。
ズキン。
下腹部から何かが突き上げてくる。
イヤッ。ダメだ。なにを考えている。
これはただの仕事仲間なんだ。邪な感情をもつな。
アアーッ!この突き上げてくる感情がうるさい。
オマエには赤い人で結ばれたミネ子ちゃんがいるだろう。
不純な気持ちを抱くな。
なんとかして理性を止めようと努めたら、ぐいっ、とマコトにネクタイをひっぱられた。
マコトの甘い吐息がもれる。
僕は思わず喘いでしまった。
「ネェ…」
マコトの掠れた声が耳元で囁いた。
もう、理性のストッパーが完全にぶっとんでしまった。
「うおー!マコトー!」
もう、我慢の限界だ。
僕は鼻息を荒くして彼女の華奢な肩を両手でつかみ、そのまま壁に押し倒した。
「はぁ…はぁ…スケオ先輩」
「うおー!マコトーーー!」
僕たちはゆっくりと目を閉じ、唇を重ねようとした瞬間――
「キャーーーーーッ!」
僕の耳を劈いた。
何事かと思い目を開けてみる。
マコトの顔すれすれに包丁が真横に突き刺さっていた。
彼女の栗色の毛がハラハラと落ちる。
客たちはマコトの悲鳴を聞き騒然としていた。
(つづく)
後書き
未設定
作者:白河甚平 |
投稿日:2019/12/23 16:04 更新日:2019/12/30 17:15 『サラリーマン、スケオくんのちょっと色っぽいミステリー』の著作権は、すべて作者 白河甚平様に属します。 |
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