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「『雪原の炎魔:錬金術師リュークと龍神族ガルド番外編』」を読み始めました。
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『雪原の炎魔:錬金術師リュークと龍神族ガルド番外編』
小説の属性:ライトノベル / 異世界ファンタジー / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 完結
前書き・紹介
『封魔の城塞アルデガン』本編より五百年後の出来事を描いた短いお話です。9回に分けて連載しますので、よろしければご覧ください。
第1章
目次 | 次の話 |
吸血鬼に襲われ転化せしものの特質はその身を殺めた仇敵から受け継ぎたる因子のみならず、転化する身が置かれた環境の影響にも強く左右される。転化するのに要する一昼夜の間に闇の中に打ち捨てられたものは陽光に耐えられぬ夜魔に身を堕とし、水に沈みし場合は水から出られぬ水魔と化す。さすれば受け継いだ因子と環境からの影響が相容れぬものであった場合、転化の過程を遂げられぬまま神の御許へと迎えられる場合もありうるやもしれぬ(アルデガンの廃墟より出土した古文書の一節)
==========
洞窟の久遠の暗黒の中、それは飢え、渇いていた。
飢えの、渇きの牙に内側から囓りたてられどれほど時が過ぎたのか、とうに自我は形をなしていなかった。ただちぎれた記憶の断片がいくつかの光景としてときおり眼前に浮かぶだけだった。空しく歩き回るばかりだった荒野と白みゆく地平線。立つこともできぬ狭い洞穴をひたすら潜る我が身をすり下ろす鑢さながらの岩肌。闇を見通すその目でも深さを測れぬ地底の亀裂。吹きつける風とはるか下で砕ける白波ばかりの断崖絶壁。隧道の行く手を阻む突き出た大岩。小さな集落を呑みつくした業火を映す水面。湖畔で挑みかかってきた数人の男たち。凍てついた湖面に無限に積もりゆくやむことのなき雪また雪……。
けれどそれらの光景が己が来し方を示しているとの認識さえ、渇きの牙にぼろぼろにされた意識はもはや浮かべることができなかった。だが力を無くした自我にとって代わった本能は、洞窟の入り口から吹き込む酷烈な寒気にもかかわらずこの場からそれが去ることを許さなかった。なぜなら氷結した連山の彼方に無数の獲物の、人間の存在を、渇きに研ぎ澄まされた感覚が告げてやまなかったから。そして分厚い雪雲の彼方の天蓋から忌むべき太陽が去ったいま、それは唱えた。自我を失くしても消せぬほど魂の底深く刻まれた短い呪文を。瞬間、炎の壁が血色に染まりきった視界をさらに色濃く塗り潰しつつそのものの周囲を押し包む!
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「ではあなた方は三百年も、あの山の向こうを雪と氷で閉ざしてきたというのですか!」
驚きを隠せぬ若者の声が、北の地を護る砦の一室に響く。
中肉中背の青年だった。引き締まっているが筋肉の薄い体格や軽い皮鎧は彼が戦士などではないと告げているが、腰から下げた得物は短刀や小剣の範疇を超えた堂々たる両手剣、戦士ならざる者には不似合いな品だった。ましてやその身が術者ともなれば、両手を塞ぐ大剣など有害でさえあるはずのものだった。
そんな青年に向き合っているのは、あらゆる点で正反対の人物だった。すでに老境に入って久しいとおぼしき風貌は、髪も目も黒い青年に対し色あせた金髪と未だ鋭い光を失わぬ碧眼ともどもこの地の民の特徴の具現と呼べるものであり、背が曲がり始めた痩身に纏う長衣の留め具のいずれにも魔法の品独特の光を帯びた宝玉がはめ込まれていた。青年がここへ通される途中で見かけた手勢たちも全て術者としての装束に身を包んでいたが、目の前の相手がその頂点に立つ者であることは宝玉の数以上に纏う威風がいっそう雄弁に告げていた。大陸北端に位置する大国ノールドの北を護るこの砦を預かるに足る力と器をいまだ備える砦の長は、若者を値踏みするように見つめていたが、やがて得心したようにうなづき口を開いた。
「さよう。だが寒気の術を支えてきた古の宝玉の魔力も、もはや尽き果てようとしておるのだ」
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洞窟の久遠の暗黒の中、それは飢え、渇いていた。
飢えの、渇きの牙に内側から囓りたてられどれほど時が過ぎたのか、とうに自我は形をなしていなかった。ただちぎれた記憶の断片がいくつかの光景としてときおり眼前に浮かぶだけだった。空しく歩き回るばかりだった荒野と白みゆく地平線。立つこともできぬ狭い洞穴をひたすら潜る我が身をすり下ろす鑢さながらの岩肌。闇を見通すその目でも深さを測れぬ地底の亀裂。吹きつける風とはるか下で砕ける白波ばかりの断崖絶壁。隧道の行く手を阻む突き出た大岩。小さな集落を呑みつくした業火を映す水面。湖畔で挑みかかってきた数人の男たち。凍てついた湖面に無限に積もりゆくやむことのなき雪また雪……。
けれどそれらの光景が己が来し方を示しているとの認識さえ、渇きの牙にぼろぼろにされた意識はもはや浮かべることができなかった。だが力を無くした自我にとって代わった本能は、洞窟の入り口から吹き込む酷烈な寒気にもかかわらずこの場からそれが去ることを許さなかった。なぜなら氷結した連山の彼方に無数の獲物の、人間の存在を、渇きに研ぎ澄まされた感覚が告げてやまなかったから。そして分厚い雪雲の彼方の天蓋から忌むべき太陽が去ったいま、それは唱えた。自我を失くしても消せぬほど魂の底深く刻まれた短い呪文を。瞬間、炎の壁が血色に染まりきった視界をさらに色濃く塗り潰しつつそのものの周囲を押し包む!
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「ではあなた方は三百年も、あの山の向こうを雪と氷で閉ざしてきたというのですか!」
驚きを隠せぬ若者の声が、北の地を護る砦の一室に響く。
中肉中背の青年だった。引き締まっているが筋肉の薄い体格や軽い皮鎧は彼が戦士などではないと告げているが、腰から下げた得物は短刀や小剣の範疇を超えた堂々たる両手剣、戦士ならざる者には不似合いな品だった。ましてやその身が術者ともなれば、両手を塞ぐ大剣など有害でさえあるはずのものだった。
そんな青年に向き合っているのは、あらゆる点で正反対の人物だった。すでに老境に入って久しいとおぼしき風貌は、髪も目も黒い青年に対し色あせた金髪と未だ鋭い光を失わぬ碧眼ともどもこの地の民の特徴の具現と呼べるものであり、背が曲がり始めた痩身に纏う長衣の留め具のいずれにも魔法の品独特の光を帯びた宝玉がはめ込まれていた。青年がここへ通される途中で見かけた手勢たちも全て術者としての装束に身を包んでいたが、目の前の相手がその頂点に立つ者であることは宝玉の数以上に纏う威風がいっそう雄弁に告げていた。大陸北端に位置する大国ノールドの北を護るこの砦を預かるに足る力と器をいまだ備える砦の長は、若者を値踏みするように見つめていたが、やがて得心したようにうなづき口を開いた。
「さよう。だが寒気の術を支えてきた古の宝玉の魔力も、もはや尽き果てようとしておるのだ」
後書き
未設定
作者:ふしじろ もひと |
投稿日:2020/01/27 01:30 更新日:2020/01/27 01:32 『『雪原の炎魔:錬金術師リュークと龍神族ガルド番外編』』の著作権は、すべて作者 ふしじろ もひと様に属します。 |
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