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『鉄鎖のメデューサ』
小説の属性:一般小説 / 異世界ファンタジー / お気軽感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 完結
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第5章
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橋の真ん中で立ち尽くす妖魔の頭上の空がゆっくり白み始め、遠巻きにするだけで動きがなかった河の両岸に群がる人間からもざわめきが高まり始めた。
ものすごい数だった。どちらの橋のたもとにも馬に乗った人間の一団が控えていて、河岸も人間の群にびっしり埋めつくされていた。壊れた蟻塚にひしめく蟻さながらだった。
大きな橋なので、馬の脚でもたどり着くのには時間がかかる。何人かは動きを止められるだろう。だがそれまでだ。いっせいに両側から攻められたら多勢に無勢。あっという間に呑み込まれてしまうに違いない。
そのとき、一つの戦いの記憶がよみがえった。草原に迷い出て狼の群に襲われたときの記憶だった。
----------
橋の東の渡り口に三人の若者が立っていた。長身のエリックと中背のアンソニーは普段と違い警備隊員の制服に身を固め、紺のマントをはおり兜で頭部をすっぽり覆っていた。体の大きさ以外は髪の色の違いさえ全く判別できない寸分違わぬ同じ姿だった。メアリだけはフードのある紺の長衣に魔術士の杖を手にした軽装だったが、エリックの巨体の後ろに立つと色を合わせたマントのせいもあり、正面からは完全に陰になって見えなかった。
「本当に盾はいりませんか?」
新人とおぼしき警備隊員に念を押されたエリックは応えた。
「盾ごと石化されないという保証がない以上、邪魔になるだけだからな。相手の様子はぎりぎりまで見極めたい」
若き警備隊員は尊敬のまなざしでエリックを見上げた。
----------
回想の中で、今よりずっと小さかった妖魔は狼の群と戦っていた。幸運なことに大岩で背後を守ることができたため、なんとか持ちこたえていた。もしも平地で囲まれていたら、たちまち食い殺されていたはずだった。
離れた相手は石化させようとした。近づくものは蹴りたてた。だが周りから攻められ翻弄されて視線も定められず、小さな体の放つ蹴りには威力がなかった。鼻づらに命中した蹴りが一匹を退けたとたん、伸びきった足に別の一匹が食いついた。地面に引き倒された小さな妖魔にひときわ大きな一頭が跳びかかった。
だが喉に食いつかれる寸前に魔眼が顔面を射抜き、狼の巨体は大岩に激突した。
すると、群の動きが明らかに乱れた。動揺し統率が失われた。さらに二匹が石化された時点で群狼は逃げ出した。深手を負った片脚を引きずりながらも、妖魔はなんとか樹海にたどり着いた。そして身をもって知ったのだ。集団で行動する種族は、統率者を失えば崩れることもあるのだと
まともに戦って勝てる数ではない、でも統率者を倒し動揺させることができれば、あるいは活路が開けるかもしれない。たとえどんなに小さなものでも。もうそれしかない!
妖魔は気力を振り絞り、脅える心を抑えつけた。鎮まる恐怖と入れ替わるように感覚が研ぎ澄まされるのを覚えた。
----------
橋の西の渡り口にいるアーサーとリチャードもエリックたちと全く同じいでたちだった。二人は警備隊の現場指揮官と、最後の打ち合わせを終えようとしていた。
「相手を牽制しながらぎりぎりまで近づくつもりですが、もしも遠くから先制されて我々が全員やられた場合は、迷わず両岸から突撃させて下さい。騎馬隊を目隠しに押し立てて背後から弓隊が矢を射かける。おそらくそれが最も被害が少ない方法だと思います。万一そんな相手を取り逃がせば住民にどれだけ被害が出るかわかりません」
「心得た。十分気をつけてくれ!」
頷き二人が橋に足を踏み出すと背後で狼煙が上がった。それに応じ東岸からも狼煙が上げられた。向こう岸の三人も歩き始めるとの合図であると同時に、妖魔に対する最初の牽制だ。
----------
朝日に照らされた巨大な巣窟を背景に、煙が一筋立ち昇るのを妖魔は見た。それに呼応するように昇る朝日の光の中にもやはり煙が立ち昇った。
西の動きが東の動きを先導している。では、西にいる方が統率者?
やがて、両側から人間が二人づつ、ゆっくりと近づいてくる。西からは大きな者と小さな者が、そして東からも水面に映る像のごとく、大きな者と小さな者がゆっくりゆっくり進んでくる。
寸分の違いもないその姿に妖魔はとまどった。外見上はどこも違わない。ではより危険なのは大きい方か小さい方か? 見ると小さい方が僅かに大きい方を先導しているように見える。でも、力はどう見ても大きい方が強そうにも思える。
そして、やはり西の二人の動きが、東の二人より僅かながらも先んじている。
最初は西と東を交互に見比べていた小柄な妖魔も、触手の眼点による警戒こそ怠らないものの、しだいに朝日を正面から浴びてひときわ目立つ西の二人に顔が向いたままになっていった。
----------
「こっちの出方を窺っているみたいだな」
囁くリチャードにアーサーも小声で応えた。
「かなり知能は高いのかもな。あたりかまわず暴れまわるというのではなさそうだ。変に脅えさせたりしなければ、むやみに攻撃しないのかもしれないな」
「そうあってほしいものだ。いくら囮とはいえ、できれば石化はご免こうむりたいからな」
----------
「意外と小さいですなぁ。子供ですかねぇ」
アンソニーの言葉を受けて、エリックが背後のメアリに小声で尋ねた。
「中央図書館の頼りない文献にはどう出てた?」
「人の背丈程度としているのが大半でしたわ。信じてよければの話ですけど」
「それでも大の男を二人も石化か。力が強くないから防御能力が発達するというケースなのかな?」
「少なくとも捕食のためのものではありませんわね。大男が発見された家では食べ物を荒らした跡はあるものの、石化された二人に異常や欠損はなかったということでしたから」
「わざわざ硬くして食べにくくする捕食行動なんてどこの世界にあるですかねー。常識だと思うでありますがぁ」
「アンソニィイ、そういうお粗末な先入観が抜けないのなら情報担当の看板は降ろしなさいな。そもそもあなたの頭には緻密さというものがっ」
「おいおい、殺気立つなよ。そんなことであのおチビさんに気取られたらぶちこわしだ。ぎりぎりまでゆる~くいくのがこっちの役割なんだからな。で、呪文はなにを使うつもりだ?」
「動きを封じるのが先決ですからこちらが石化させたいくらいですけど、そういうわけにもいきませんから体力をごっそり削いで差し上げますわ!」
----------
アーサーたちからは朝日を背にしたエリックたちの様子は見づらかったが、それは妖魔にとっても同じはずだった。そして背の低い妖魔の様子はもうはっきりと見える距離だった。ぴりぴりと張りつめたものがじかに伝わってくる。
「あと一歩でメアリの射程に入る」
リチャードの囁きにアーサーは頷く。
「いくぞ!」
二人が手にした剣をゆっくり天にかざすと、妖魔の小柄な体がその動きを追って伸び上がり、眼点を持つ触手もいっせいに前を向く。瞬間、メアリが口の中で神速の呪文を唱える刹那、意志と魔力の凄まじい高まりを背筋で感じた妖魔は敵が後ろだと悟るや橋の欄干へ跳び上がり、さらに空中へ跳躍しつつ背後を見下ろした。
「しまった!」エリックが叫んだとたん、地上の魔術師と空中の妖魔の魔力が交錯した! 体勢が崩れた妖魔は欄干に墜落すると手摺りにぶつかって跳ね上がり、そのままはるか下の河へと転落していった。
水音がした。駆け寄ったアーサーたちは橋から下を覗いたが、それらしき姿はもう見えなかった。
「……やられた、で、あります」
アンソニーの声に振り返ったアーサーたちの視線が、杖を振りかざし空を仰いだまま硬直しているメアリの姿を捉えた。
ものすごい数だった。どちらの橋のたもとにも馬に乗った人間の一団が控えていて、河岸も人間の群にびっしり埋めつくされていた。壊れた蟻塚にひしめく蟻さながらだった。
大きな橋なので、馬の脚でもたどり着くのには時間がかかる。何人かは動きを止められるだろう。だがそれまでだ。いっせいに両側から攻められたら多勢に無勢。あっという間に呑み込まれてしまうに違いない。
そのとき、一つの戦いの記憶がよみがえった。草原に迷い出て狼の群に襲われたときの記憶だった。
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橋の東の渡り口に三人の若者が立っていた。長身のエリックと中背のアンソニーは普段と違い警備隊員の制服に身を固め、紺のマントをはおり兜で頭部をすっぽり覆っていた。体の大きさ以外は髪の色の違いさえ全く判別できない寸分違わぬ同じ姿だった。メアリだけはフードのある紺の長衣に魔術士の杖を手にした軽装だったが、エリックの巨体の後ろに立つと色を合わせたマントのせいもあり、正面からは完全に陰になって見えなかった。
「本当に盾はいりませんか?」
新人とおぼしき警備隊員に念を押されたエリックは応えた。
「盾ごと石化されないという保証がない以上、邪魔になるだけだからな。相手の様子はぎりぎりまで見極めたい」
若き警備隊員は尊敬のまなざしでエリックを見上げた。
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回想の中で、今よりずっと小さかった妖魔は狼の群と戦っていた。幸運なことに大岩で背後を守ることができたため、なんとか持ちこたえていた。もしも平地で囲まれていたら、たちまち食い殺されていたはずだった。
離れた相手は石化させようとした。近づくものは蹴りたてた。だが周りから攻められ翻弄されて視線も定められず、小さな体の放つ蹴りには威力がなかった。鼻づらに命中した蹴りが一匹を退けたとたん、伸びきった足に別の一匹が食いついた。地面に引き倒された小さな妖魔にひときわ大きな一頭が跳びかかった。
だが喉に食いつかれる寸前に魔眼が顔面を射抜き、狼の巨体は大岩に激突した。
すると、群の動きが明らかに乱れた。動揺し統率が失われた。さらに二匹が石化された時点で群狼は逃げ出した。深手を負った片脚を引きずりながらも、妖魔はなんとか樹海にたどり着いた。そして身をもって知ったのだ。集団で行動する種族は、統率者を失えば崩れることもあるのだと
まともに戦って勝てる数ではない、でも統率者を倒し動揺させることができれば、あるいは活路が開けるかもしれない。たとえどんなに小さなものでも。もうそれしかない!
妖魔は気力を振り絞り、脅える心を抑えつけた。鎮まる恐怖と入れ替わるように感覚が研ぎ澄まされるのを覚えた。
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橋の西の渡り口にいるアーサーとリチャードもエリックたちと全く同じいでたちだった。二人は警備隊の現場指揮官と、最後の打ち合わせを終えようとしていた。
「相手を牽制しながらぎりぎりまで近づくつもりですが、もしも遠くから先制されて我々が全員やられた場合は、迷わず両岸から突撃させて下さい。騎馬隊を目隠しに押し立てて背後から弓隊が矢を射かける。おそらくそれが最も被害が少ない方法だと思います。万一そんな相手を取り逃がせば住民にどれだけ被害が出るかわかりません」
「心得た。十分気をつけてくれ!」
頷き二人が橋に足を踏み出すと背後で狼煙が上がった。それに応じ東岸からも狼煙が上げられた。向こう岸の三人も歩き始めるとの合図であると同時に、妖魔に対する最初の牽制だ。
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朝日に照らされた巨大な巣窟を背景に、煙が一筋立ち昇るのを妖魔は見た。それに呼応するように昇る朝日の光の中にもやはり煙が立ち昇った。
西の動きが東の動きを先導している。では、西にいる方が統率者?
やがて、両側から人間が二人づつ、ゆっくりと近づいてくる。西からは大きな者と小さな者が、そして東からも水面に映る像のごとく、大きな者と小さな者がゆっくりゆっくり進んでくる。
寸分の違いもないその姿に妖魔はとまどった。外見上はどこも違わない。ではより危険なのは大きい方か小さい方か? 見ると小さい方が僅かに大きい方を先導しているように見える。でも、力はどう見ても大きい方が強そうにも思える。
そして、やはり西の二人の動きが、東の二人より僅かながらも先んじている。
最初は西と東を交互に見比べていた小柄な妖魔も、触手の眼点による警戒こそ怠らないものの、しだいに朝日を正面から浴びてひときわ目立つ西の二人に顔が向いたままになっていった。
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「こっちの出方を窺っているみたいだな」
囁くリチャードにアーサーも小声で応えた。
「かなり知能は高いのかもな。あたりかまわず暴れまわるというのではなさそうだ。変に脅えさせたりしなければ、むやみに攻撃しないのかもしれないな」
「そうあってほしいものだ。いくら囮とはいえ、できれば石化はご免こうむりたいからな」
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「意外と小さいですなぁ。子供ですかねぇ」
アンソニーの言葉を受けて、エリックが背後のメアリに小声で尋ねた。
「中央図書館の頼りない文献にはどう出てた?」
「人の背丈程度としているのが大半でしたわ。信じてよければの話ですけど」
「それでも大の男を二人も石化か。力が強くないから防御能力が発達するというケースなのかな?」
「少なくとも捕食のためのものではありませんわね。大男が発見された家では食べ物を荒らした跡はあるものの、石化された二人に異常や欠損はなかったということでしたから」
「わざわざ硬くして食べにくくする捕食行動なんてどこの世界にあるですかねー。常識だと思うでありますがぁ」
「アンソニィイ、そういうお粗末な先入観が抜けないのなら情報担当の看板は降ろしなさいな。そもそもあなたの頭には緻密さというものがっ」
「おいおい、殺気立つなよ。そんなことであのおチビさんに気取られたらぶちこわしだ。ぎりぎりまでゆる~くいくのがこっちの役割なんだからな。で、呪文はなにを使うつもりだ?」
「動きを封じるのが先決ですからこちらが石化させたいくらいですけど、そういうわけにもいきませんから体力をごっそり削いで差し上げますわ!」
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アーサーたちからは朝日を背にしたエリックたちの様子は見づらかったが、それは妖魔にとっても同じはずだった。そして背の低い妖魔の様子はもうはっきりと見える距離だった。ぴりぴりと張りつめたものがじかに伝わってくる。
「あと一歩でメアリの射程に入る」
リチャードの囁きにアーサーは頷く。
「いくぞ!」
二人が手にした剣をゆっくり天にかざすと、妖魔の小柄な体がその動きを追って伸び上がり、眼点を持つ触手もいっせいに前を向く。瞬間、メアリが口の中で神速の呪文を唱える刹那、意志と魔力の凄まじい高まりを背筋で感じた妖魔は敵が後ろだと悟るや橋の欄干へ跳び上がり、さらに空中へ跳躍しつつ背後を見下ろした。
「しまった!」エリックが叫んだとたん、地上の魔術師と空中の妖魔の魔力が交錯した! 体勢が崩れた妖魔は欄干に墜落すると手摺りにぶつかって跳ね上がり、そのままはるか下の河へと転落していった。
水音がした。駆け寄ったアーサーたちは橋から下を覗いたが、それらしき姿はもう見えなかった。
「……やられた、で、あります」
アンソニーの声に振り返ったアーサーたちの視線が、杖を振りかざし空を仰いだまま硬直しているメアリの姿を捉えた。
後書き
未設定
作者:ふしじろ もひと |
投稿日:2021/10/06 04:35 更新日:2021/10/06 04:35 『『鉄鎖のメデューサ』』の著作権は、すべて作者 ふしじろ もひと様に属します。 |
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