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『鉄鎖のメデューサ』
小説の属性:一般小説 / 異世界ファンタジー / お気軽感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 完結
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第29章
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前から迫る強敵の姿に魔力を瞳に漲らせつつも、小柄な妖魔は違和感を覚えていた。つい最近刻まれた記憶が激しく警報を鳴らしている。いつ、どこでのことだったか、蠢く触手の下の頭脳が一旋した。
大きな橋の上での出来事が脳裏に浮かんだ瞬間、妖魔は後ろを振り向いた。殺気に向けて放たれた魔力と同時に相手がなにかを投げつけた!
「ろびん!」
自分をかばう前の二人に背中で体当たりした妖魔の腕を短刀がかすめた。かすっただけのはずの傷から、だが想像を絶する激痛が襲いかかり、瞬時に悶絶した妖魔の体が激しい痙攣を起こして石畳に跳ねた! 少年の叫びも届かぬまま。
----------
突然倒れた相手の背後から飛んできたものを反射的にかわしたノースグリーン卿の目が、彼方で物を投げた姿勢のまま固まった青年の姿を捉えた。
「トーマス! きさまら、よくもトーマスをっ」
駆け寄った長身のナイトの足下からラルダの声がした。
「見ろ、ノースグリーン」
見下ろした卿は絶句した。
意識をなくしたメデューサの腕が変形していた。ラルダが布を縛りつけている所から下は緑のはずの鱗がどす黒く変色し、腐乱したようにぶよぶよと膨れ始めていた。
「これがハイカブトの威力だ。毒の混じった血を絞り出さないと腕が腐り落ちる。あのトーマスという男が投げた刃に塗っていたものだ。ただの召使いがこんな毒を持つはずがないぐらい分かるだろう? あなたは騙されていたんだ」
目の前の光景が意味するものを受け入れられずにいるナイトの心の最後の抵抗を、続く尼僧の言葉が打ち砕いた。
「メデューサにハイカブトの毒への抵抗力はない。メデューサの血では娘さんは助からないんだ!」
「そんな……」
「手伝ってくれ! あなたの方が力が強い。周りから傷口に向けて絞り出すんだ! 暴れるかもしれないから私が脚を押さえる。ロビンも肩を押さえてくれ!」
ショックで頭が空白のまま、いわれたとおり傷口を絞り始めたノースグリーンの耳に、ラルダの声が聞こえてきた。
「これほどの猛毒だ。トーマスも花は持っているだろうが石化を解かないと取り出せない。医者がどれだけ持っているか」
----------
「遅かったか……」
水をかけられた暖炉の前でアーサーが唇を咬んだ。逃げ遅れたジョゼフ医師は裏口で取り押さえられたが、それは証拠の処分に時間をかけた結果だったのだ。
特徴的なねじれた根は確かに燃え残っているものもあちこちに見られた。メアリが直接触らないように、ペン軸で鉄の箱に拾い集めていた。
大量の書類らしきものは炎と水の洗礼を浴びて無事でいられるはずもなかったが、字の読める部分が残ったものもないわけではなかった。それらも見つかる限り集められた。
だが、灰色の花はひとたまりもなかった。半分焦げて暖炉からこぼれ落ちたものが、やっと一輪見つかっただけだった。
毒草が持ち込まれた証拠は入手できたが、解毒の花は得られなかった。縛り上げた医師と押収した根や書類を本部に引き渡し、取り調べさせることを決める間も、スノーレンジャーたちにのしかかるのは敗北感としか呼びようのないものだった。
----------
「これでは、娘さんの意識を取り戻すことさえできない……」
持ち帰られた花を見た尼僧の声は暗澹たるものだった。
「焦げた部分は使えないし、燃え残ったところも熱であぶられて汁気が抜けている。そもそも時間をかけて大量に毒を盛られたのだから、一輪ではどうにもならないが」
そのとき、足下でロビンが叫んだ。
「ラルダさん! クルルが! 毒が!」
腕の縛り目を越えて変色が始まっていた。ラルダがさらに肩に近い箇所を布で縛った。そして呆然としたナイトに厳しい面持ちで告げた。
「この花は使わせてもらう。傷からの毒の場合なら、少々乾いていても練り込むことで血に成分が溶けてくれる」
返事を返せぬ卿の顔をしばし見つめたあと、ラルダは花の燃え残った部分を手の中でもみ込んだあと、小柄な妖魔の膿んだ傷に押し当てて布で括りつけた。
しばらくすると肩へ延びつつあった変色が薄れ、膿も乾きはじめてきた。
「なんとか間にあった。広がるのは止められた」
尼僧が少年に告げたとたん、呻き声がした。
「……なんだ。これはなんなんだ……」
足下を見つめたまま、ノースグリーン卿が身をわななかせていた。
「なぜこんなことになった? 私が神を呪ったからか? これは罰なのか? 教えてくれ!」
やおら面を上げ、震える手を差し延べる長身のナイトの顔は、いまや苦悩と絶望に染められていた。
「私のせいで花は焼かれてしまったのか? 私のこの手が希望を打ち砕いたのか? では、なぜ死ぬのがセシリアなんだ! なぜこんな私が生きている? こんな、こんなバカな……っ」
絞り出すようなその叫びに、誰もかけるべき言葉を見つけられなかった。
「なぜ私はあなたの言葉を聞かなかったんだ? あなたはずっといい続けていたのに。なぜセシリアの言葉さえ聞き入れることができなかった? かくも私は愚かだったのか! 正しい言葉にも願いにも耳を貸さず、運命をねじ曲げるといったからなのか? その罰として、私はなに一つできずに、ただセシリアが死ぬのをこの目で見ているしかないのかあっ!」
その絶望の叫びが、ロビンの胸を貫いた!
同じだ、と少年は思った。あの朝、姉が死ぬのを見ているしかなかった自分と、この人は同じ所にいるのだと。ただ時が冷酷に過ぎゆくなか、愛する者の命が削られ、細り、尽きてゆくのを見ているしかなかったあの部屋に。登る朝日を、とどまることなき時を空しく呪うしかなかったあの光景に!
甦った絶望の記憶になんとかしたいとの思いにかられ、捩るがごとき焦りに苛まれ、それでもなんの手だても浮かばなかった。そのことがさらに生々しい記憶をかきたて、ついに抉られた心の傷さながらの目から、色なき血潮が溢れ出す!
そのとき、涙に潤む少年の視野の中に溶けたまま、定かならぬ大きな姿が近づいてきた。
大きな橋の上での出来事が脳裏に浮かんだ瞬間、妖魔は後ろを振り向いた。殺気に向けて放たれた魔力と同時に相手がなにかを投げつけた!
「ろびん!」
自分をかばう前の二人に背中で体当たりした妖魔の腕を短刀がかすめた。かすっただけのはずの傷から、だが想像を絶する激痛が襲いかかり、瞬時に悶絶した妖魔の体が激しい痙攣を起こして石畳に跳ねた! 少年の叫びも届かぬまま。
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突然倒れた相手の背後から飛んできたものを反射的にかわしたノースグリーン卿の目が、彼方で物を投げた姿勢のまま固まった青年の姿を捉えた。
「トーマス! きさまら、よくもトーマスをっ」
駆け寄った長身のナイトの足下からラルダの声がした。
「見ろ、ノースグリーン」
見下ろした卿は絶句した。
意識をなくしたメデューサの腕が変形していた。ラルダが布を縛りつけている所から下は緑のはずの鱗がどす黒く変色し、腐乱したようにぶよぶよと膨れ始めていた。
「これがハイカブトの威力だ。毒の混じった血を絞り出さないと腕が腐り落ちる。あのトーマスという男が投げた刃に塗っていたものだ。ただの召使いがこんな毒を持つはずがないぐらい分かるだろう? あなたは騙されていたんだ」
目の前の光景が意味するものを受け入れられずにいるナイトの心の最後の抵抗を、続く尼僧の言葉が打ち砕いた。
「メデューサにハイカブトの毒への抵抗力はない。メデューサの血では娘さんは助からないんだ!」
「そんな……」
「手伝ってくれ! あなたの方が力が強い。周りから傷口に向けて絞り出すんだ! 暴れるかもしれないから私が脚を押さえる。ロビンも肩を押さえてくれ!」
ショックで頭が空白のまま、いわれたとおり傷口を絞り始めたノースグリーンの耳に、ラルダの声が聞こえてきた。
「これほどの猛毒だ。トーマスも花は持っているだろうが石化を解かないと取り出せない。医者がどれだけ持っているか」
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「遅かったか……」
水をかけられた暖炉の前でアーサーが唇を咬んだ。逃げ遅れたジョゼフ医師は裏口で取り押さえられたが、それは証拠の処分に時間をかけた結果だったのだ。
特徴的なねじれた根は確かに燃え残っているものもあちこちに見られた。メアリが直接触らないように、ペン軸で鉄の箱に拾い集めていた。
大量の書類らしきものは炎と水の洗礼を浴びて無事でいられるはずもなかったが、字の読める部分が残ったものもないわけではなかった。それらも見つかる限り集められた。
だが、灰色の花はひとたまりもなかった。半分焦げて暖炉からこぼれ落ちたものが、やっと一輪見つかっただけだった。
毒草が持ち込まれた証拠は入手できたが、解毒の花は得られなかった。縛り上げた医師と押収した根や書類を本部に引き渡し、取り調べさせることを決める間も、スノーレンジャーたちにのしかかるのは敗北感としか呼びようのないものだった。
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「これでは、娘さんの意識を取り戻すことさえできない……」
持ち帰られた花を見た尼僧の声は暗澹たるものだった。
「焦げた部分は使えないし、燃え残ったところも熱であぶられて汁気が抜けている。そもそも時間をかけて大量に毒を盛られたのだから、一輪ではどうにもならないが」
そのとき、足下でロビンが叫んだ。
「ラルダさん! クルルが! 毒が!」
腕の縛り目を越えて変色が始まっていた。ラルダがさらに肩に近い箇所を布で縛った。そして呆然としたナイトに厳しい面持ちで告げた。
「この花は使わせてもらう。傷からの毒の場合なら、少々乾いていても練り込むことで血に成分が溶けてくれる」
返事を返せぬ卿の顔をしばし見つめたあと、ラルダは花の燃え残った部分を手の中でもみ込んだあと、小柄な妖魔の膿んだ傷に押し当てて布で括りつけた。
しばらくすると肩へ延びつつあった変色が薄れ、膿も乾きはじめてきた。
「なんとか間にあった。広がるのは止められた」
尼僧が少年に告げたとたん、呻き声がした。
「……なんだ。これはなんなんだ……」
足下を見つめたまま、ノースグリーン卿が身をわななかせていた。
「なぜこんなことになった? 私が神を呪ったからか? これは罰なのか? 教えてくれ!」
やおら面を上げ、震える手を差し延べる長身のナイトの顔は、いまや苦悩と絶望に染められていた。
「私のせいで花は焼かれてしまったのか? 私のこの手が希望を打ち砕いたのか? では、なぜ死ぬのがセシリアなんだ! なぜこんな私が生きている? こんな、こんなバカな……っ」
絞り出すようなその叫びに、誰もかけるべき言葉を見つけられなかった。
「なぜ私はあなたの言葉を聞かなかったんだ? あなたはずっといい続けていたのに。なぜセシリアの言葉さえ聞き入れることができなかった? かくも私は愚かだったのか! 正しい言葉にも願いにも耳を貸さず、運命をねじ曲げるといったからなのか? その罰として、私はなに一つできずに、ただセシリアが死ぬのをこの目で見ているしかないのかあっ!」
その絶望の叫びが、ロビンの胸を貫いた!
同じだ、と少年は思った。あの朝、姉が死ぬのを見ているしかなかった自分と、この人は同じ所にいるのだと。ただ時が冷酷に過ぎゆくなか、愛する者の命が削られ、細り、尽きてゆくのを見ているしかなかったあの部屋に。登る朝日を、とどまることなき時を空しく呪うしかなかったあの光景に!
甦った絶望の記憶になんとかしたいとの思いにかられ、捩るがごとき焦りに苛まれ、それでもなんの手だても浮かばなかった。そのことがさらに生々しい記憶をかきたて、ついに抉られた心の傷さながらの目から、色なき血潮が溢れ出す!
そのとき、涙に潤む少年の視野の中に溶けたまま、定かならぬ大きな姿が近づいてきた。
後書き
未設定
作者:ふしじろ もひと |
投稿日:2021/11/14 02:25 更新日:2021/11/14 02:25 『『鉄鎖のメデューサ』』の著作権は、すべて作者 ふしじろ もひと様に属します。 |
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