作品ID:2346
あなたの読了ステータス
(読了ボタン正常)一般ユーザと認識
「『鉄鎖のメデューサ』」を読み始めました。
読了ステータス(人数)
読了(42)・読中(0)・読止(0)・一般PV数(93)
読了した住民(一般ユーザは含まれません)
『鉄鎖のメデューサ』
小説の属性:一般小説 / 異世界ファンタジー / お気軽感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 完結
前書き・紹介
未設定
第38章
前の話 | 目次 | 次の話 |
一行は樹海を西に迂回しながら先を急いだ。まっすぐ南下すれば人魚を崇めたルードの村だったが、ハイカブトの自生地は大陸の西南端だったから旅路はまだ半ばにも達していなかった。花を入手したらスノーフィールドに最短で戻らねばならないが、その道をゲオルクが知っていた。彼はホワイトクリフに地図を書き、途中で宿泊できる街や村、注意が必要な様々なことなどを詳しく教え込んだ。
一方ロビンはラルダと相談しつつ、旅の途中で見かけた滋養に富む植物を集めていた。セシリアを花で解毒できても、あれだけ痛めつけられた体を回復させるには特別な手立てを講じる必要があった。解毒の花の効能を損なわず筋肉の削げた肉体を癒すにはどれが最も有効なのか。二人の熱のこもった検討はしばしば深夜にも及んだ。
----------
極北の街に生まれ育ったロビンやホワイトクリフを痛めつけ、終わらないとさえ思わせた夏の暑さもようやくやわらぎ始めた。そして風に冷たさを感じるようになり始めたころ、ついに彼らは目的地にたどりついた。
灰色の曇り空の下、空の色を映したかのような色の花をつけたひょろ長い草の群生が丘一面に広がっていた。
「これがハイカブトの群生だ。土質にあった場所にしか生えず、ここにしか自生していない。そのかわり根が持つ毒のせいで他の植物は一切生えないし、葉や茎の毒も虫や獣に食べられることを防いでいる。この草にとって、この毒こそが生きるための手だてなんだ」
そういった黒髪の尼僧の顔に、突然光がさした。光がさし込む灰色の雲の切れ目へと、ラルダは目を向けた。緑の瞳が光を受け輝いた。
「啓示の刻かっ……」
ホワイトクリフ卿が呻く中、光は薄れて消えた。しばしの瞑目のあと、ラルダはゲオルクに問うた。
「見たか?」
「女のような顔の虹色の鳥が、片方の翼を矢に射抜かれていた。あれは……?」
「幻惑の妖鳥セイレーン。人魚とはまた異なるが、やはり精神に作用する力を持つ妖魔だ。ならば我らの道は、まだ分かたれぬということか」
「……神はいったいなにを考えておられるのだ!」
ホワイトクリフ卿のその声に、皆の視線が集まった。
「あなたのような人が荒野の困難な旅をいつまでも続けなければならないなんて。あなたの罪とやらがどんなものか知らないが、あまりに過酷に過ぎる話ではないか!」
「気持ちはありがたいが、これは贖罪なんだ。ホワイトクリフ。ここを経なければ、おそらく私は私になれない。神が歪められたものをあるべき姿に戻すことを私に課したのは、きっとそういう意味なんだ」
「……だったら、なぜ私には神は語らない? 私はあなたの役に立ちたいのに、私にできることは何もないとでもいうのか!」
「あなたは罪人ではない。すでに自分自身の生のさなかにある。あなたのあるべき姿に。だから神はあなたに語らないんだ」
ラルダの声が憂いに陰った。
「どんな経緯だったのか、それはわからない。だが、私は誰かの運命を歪めてしまった。これだけの贖罪を負わされている以上、おそるべき苦しみをもたらしたに違いない。ならば、私のせいであるべき姿を失う者を、もう出してはならないんだ……」
若きナイトは唇を咬み沈黙した。ややあって、苦渋に満ちた声が告げた。
「正直にいえば、あなたとどこまでもゆければと思う。しかし、あなたを苦しめるのは本意ではない。あなたの重荷になるのだとなれば、もう無理はいえない」
「すまない。ホワイトクリフ」
つぶやくラルダの横を通りすぎ、ホワイトクリフはゲオルクの正面に立った。一瞬唇を固く結んだが、相手の目を見据えて語り始めた。
「……私は最初きさまを信用していなかった。だが、ここまでの道中において、きさまは二心なく仕えているように思える」
ゲオルクは無言で若きナイトを見返した。
「きさまがラルダ殿と共に行くのは不本意だ。だが、今の私ではきさまに及ばないのも確かだ。ならばその力、きっとラルダ殿を助けるため使ってくれ!」
「力はなにかをなし遂げるためのもの。俺は祖国に忠誠を誓い、全力で仕えていたつもりだ」
感慨をにじませたさびた声が応じた。
「だが、自分が実はとっくに滅びた祖国のため働いていたことを見せつけられたあの時の空しさ。己の中で根拠としていたものが一瞬にして崩壊した衝撃に続く虚無。とても耐えられるものではなかった。だから神がなすべきことを示したとき、俺は縋るしかなかった。力をふるう場がないと生きてゆけぬと思い知った」
薄い唇に自嘲が浮かんだ。
「俺は犬として生きてきた。犬としての忠誠だ。そういうものと思うがいいさ」
「ならば、私はいつかきさまに追いつく、追い越してやる!」
「ご苦労なことだ。まあ、せいぜいがんばることだな」
そんな二人のやりとりに、ラルダの声がかぶさった。
「今度の場所は遠い。大陸の東岸に立つ断崖の城だ。急ごう」
そこへ、ロビンが声をかけた。
「ねえ、二年たったらあの樹海の岩の前に集まろう。難しい話はよく分からないけど、それがいいような気がするんだ」
向き直った三人に、ロビンは続けた。
「前から思っていたんだけど、ラルダさんはクルルと向き会うとなんだかとっても柔らかいんだ。ああいうあなたが本当のラルダさんなんじゃないかって、そんな気がするんだ。
それに、二年たったらゲオルクさんの国にもみんな帰ってるんでしょう? ハンスにも会えたら嬉しいよ。
運命がどうとかは分かんないけど、あんな風に出会ったとき、誰もみんなでここまで来るなんて思わなかったよね。ひどい目に遭った人も、つらい思いをした人もあんなにいたのに、なんだかこんなふうになれて良かったって思えて……。
だから、みんなでまた集まれたら、それがいいような気がしてしかたがないんだ」
「そうかもしれないな、確かに……」
ラルダが呟くと、ゲオルクとホワイトクリフも、改めて灰色の花に覆われた丘を見渡した。
「二年後の夏至の正午、あの岩でということか。面白いかもな、確かな約束は難しいが」
ゲオルクがいうと、ホワイトクリフが返した。
「そのため、我らはそれぞれ自分のなすべきことをすればいい。東の国も急ぐかもしれぬが、こちらもセシリア嬢のところに花を持ちかえらねばならぬ。きさまがしたことの後始末だ。感謝してほしいものだな」
ゲオルクは口元を歪めて笑うと、馬を下りてロビンを誘い毒草の群生に分け入った。
「茎にも毒がある。花の根元の少し上の部分を摘み取れ。こんな具合だ」
ラルダもホワイトクリフもやってきた。四人がかりで摘んだ花は、たちまち大きな袋いっぱいになった。
そして彼らは馬に乗り、互いの顔を見交わした。
「では」
ラルダがいうと、ロビンが頷いた。
「二年後の夏至の正午」
「樹海の北のあの岩で」
馬首をそれぞれ東と北にめぐらせながら、ゲオルクとホワイトクリフが呼び交わしたのを合図に、馬に鞭が当てられた!
灰色の丘を背に北へ駆け出した馬上から、ロビンは東へと走り去る二頭の馬を見送った。だが、ホワイトクリフは北の行く手を見据えたまま、あえて視線を東へ向けようとはしなかった。
----------
大陸を北東にひた走る旅路につれ、秋は過ぎ冬が訪れた。なじみ深い寒気を肌に感じると、大陸南部の夏のあの暑さはなにかの間違いだったような気さえした。そしてある夕暮れどき、ついに彼らは故郷スノーフィールドの境界線に踏み込んだ。
白く凍りついた森を抜けるとき、哀しげな遠吠えが聞こえた。見ると小高い丘の上に、一頭の純白の狼がいた。
「白狼か! こんな場所で見かけるとは」
「あれが白狼? 雪の精霊の? だったら見ると幸運が来るんでしょ?」
「そうだ、幸先がいいぞ。セシリア嬢はきっと助かる!」
大門の門番の誰何ももどかしく、かつて小柄な妖魔が疾走した大通りを彼らはひた走った。ノースグリーン邸で馬から下りると長身のナイトが走り出た。二人の手を取り涙を浮かべて感謝するノースグリーン卿の顔には、耐え続けた心労が深く刻み込まれていた。
持ちかえった灰色の花をロビンが水に溶くうちに、石化解除のため呼ばれた高僧が寺院からやってきた。寝室の寝椅子の上で、セシリアはあの日のまま微笑んでいた。高僧が印を結ぶと、石の色をした肌に血が通い始めた。
まぶたが震え、ゆっくりと開いた。黒い瞳が居並ぶ人々の顔に焦点を結んだ。
一方ロビンはラルダと相談しつつ、旅の途中で見かけた滋養に富む植物を集めていた。セシリアを花で解毒できても、あれだけ痛めつけられた体を回復させるには特別な手立てを講じる必要があった。解毒の花の効能を損なわず筋肉の削げた肉体を癒すにはどれが最も有効なのか。二人の熱のこもった検討はしばしば深夜にも及んだ。
----------
極北の街に生まれ育ったロビンやホワイトクリフを痛めつけ、終わらないとさえ思わせた夏の暑さもようやくやわらぎ始めた。そして風に冷たさを感じるようになり始めたころ、ついに彼らは目的地にたどりついた。
灰色の曇り空の下、空の色を映したかのような色の花をつけたひょろ長い草の群生が丘一面に広がっていた。
「これがハイカブトの群生だ。土質にあった場所にしか生えず、ここにしか自生していない。そのかわり根が持つ毒のせいで他の植物は一切生えないし、葉や茎の毒も虫や獣に食べられることを防いでいる。この草にとって、この毒こそが生きるための手だてなんだ」
そういった黒髪の尼僧の顔に、突然光がさした。光がさし込む灰色の雲の切れ目へと、ラルダは目を向けた。緑の瞳が光を受け輝いた。
「啓示の刻かっ……」
ホワイトクリフ卿が呻く中、光は薄れて消えた。しばしの瞑目のあと、ラルダはゲオルクに問うた。
「見たか?」
「女のような顔の虹色の鳥が、片方の翼を矢に射抜かれていた。あれは……?」
「幻惑の妖鳥セイレーン。人魚とはまた異なるが、やはり精神に作用する力を持つ妖魔だ。ならば我らの道は、まだ分かたれぬということか」
「……神はいったいなにを考えておられるのだ!」
ホワイトクリフ卿のその声に、皆の視線が集まった。
「あなたのような人が荒野の困難な旅をいつまでも続けなければならないなんて。あなたの罪とやらがどんなものか知らないが、あまりに過酷に過ぎる話ではないか!」
「気持ちはありがたいが、これは贖罪なんだ。ホワイトクリフ。ここを経なければ、おそらく私は私になれない。神が歪められたものをあるべき姿に戻すことを私に課したのは、きっとそういう意味なんだ」
「……だったら、なぜ私には神は語らない? 私はあなたの役に立ちたいのに、私にできることは何もないとでもいうのか!」
「あなたは罪人ではない。すでに自分自身の生のさなかにある。あなたのあるべき姿に。だから神はあなたに語らないんだ」
ラルダの声が憂いに陰った。
「どんな経緯だったのか、それはわからない。だが、私は誰かの運命を歪めてしまった。これだけの贖罪を負わされている以上、おそるべき苦しみをもたらしたに違いない。ならば、私のせいであるべき姿を失う者を、もう出してはならないんだ……」
若きナイトは唇を咬み沈黙した。ややあって、苦渋に満ちた声が告げた。
「正直にいえば、あなたとどこまでもゆければと思う。しかし、あなたを苦しめるのは本意ではない。あなたの重荷になるのだとなれば、もう無理はいえない」
「すまない。ホワイトクリフ」
つぶやくラルダの横を通りすぎ、ホワイトクリフはゲオルクの正面に立った。一瞬唇を固く結んだが、相手の目を見据えて語り始めた。
「……私は最初きさまを信用していなかった。だが、ここまでの道中において、きさまは二心なく仕えているように思える」
ゲオルクは無言で若きナイトを見返した。
「きさまがラルダ殿と共に行くのは不本意だ。だが、今の私ではきさまに及ばないのも確かだ。ならばその力、きっとラルダ殿を助けるため使ってくれ!」
「力はなにかをなし遂げるためのもの。俺は祖国に忠誠を誓い、全力で仕えていたつもりだ」
感慨をにじませたさびた声が応じた。
「だが、自分が実はとっくに滅びた祖国のため働いていたことを見せつけられたあの時の空しさ。己の中で根拠としていたものが一瞬にして崩壊した衝撃に続く虚無。とても耐えられるものではなかった。だから神がなすべきことを示したとき、俺は縋るしかなかった。力をふるう場がないと生きてゆけぬと思い知った」
薄い唇に自嘲が浮かんだ。
「俺は犬として生きてきた。犬としての忠誠だ。そういうものと思うがいいさ」
「ならば、私はいつかきさまに追いつく、追い越してやる!」
「ご苦労なことだ。まあ、せいぜいがんばることだな」
そんな二人のやりとりに、ラルダの声がかぶさった。
「今度の場所は遠い。大陸の東岸に立つ断崖の城だ。急ごう」
そこへ、ロビンが声をかけた。
「ねえ、二年たったらあの樹海の岩の前に集まろう。難しい話はよく分からないけど、それがいいような気がするんだ」
向き直った三人に、ロビンは続けた。
「前から思っていたんだけど、ラルダさんはクルルと向き会うとなんだかとっても柔らかいんだ。ああいうあなたが本当のラルダさんなんじゃないかって、そんな気がするんだ。
それに、二年たったらゲオルクさんの国にもみんな帰ってるんでしょう? ハンスにも会えたら嬉しいよ。
運命がどうとかは分かんないけど、あんな風に出会ったとき、誰もみんなでここまで来るなんて思わなかったよね。ひどい目に遭った人も、つらい思いをした人もあんなにいたのに、なんだかこんなふうになれて良かったって思えて……。
だから、みんなでまた集まれたら、それがいいような気がしてしかたがないんだ」
「そうかもしれないな、確かに……」
ラルダが呟くと、ゲオルクとホワイトクリフも、改めて灰色の花に覆われた丘を見渡した。
「二年後の夏至の正午、あの岩でということか。面白いかもな、確かな約束は難しいが」
ゲオルクがいうと、ホワイトクリフが返した。
「そのため、我らはそれぞれ自分のなすべきことをすればいい。東の国も急ぐかもしれぬが、こちらもセシリア嬢のところに花を持ちかえらねばならぬ。きさまがしたことの後始末だ。感謝してほしいものだな」
ゲオルクは口元を歪めて笑うと、馬を下りてロビンを誘い毒草の群生に分け入った。
「茎にも毒がある。花の根元の少し上の部分を摘み取れ。こんな具合だ」
ラルダもホワイトクリフもやってきた。四人がかりで摘んだ花は、たちまち大きな袋いっぱいになった。
そして彼らは馬に乗り、互いの顔を見交わした。
「では」
ラルダがいうと、ロビンが頷いた。
「二年後の夏至の正午」
「樹海の北のあの岩で」
馬首をそれぞれ東と北にめぐらせながら、ゲオルクとホワイトクリフが呼び交わしたのを合図に、馬に鞭が当てられた!
灰色の丘を背に北へ駆け出した馬上から、ロビンは東へと走り去る二頭の馬を見送った。だが、ホワイトクリフは北の行く手を見据えたまま、あえて視線を東へ向けようとはしなかった。
----------
大陸を北東にひた走る旅路につれ、秋は過ぎ冬が訪れた。なじみ深い寒気を肌に感じると、大陸南部の夏のあの暑さはなにかの間違いだったような気さえした。そしてある夕暮れどき、ついに彼らは故郷スノーフィールドの境界線に踏み込んだ。
白く凍りついた森を抜けるとき、哀しげな遠吠えが聞こえた。見ると小高い丘の上に、一頭の純白の狼がいた。
「白狼か! こんな場所で見かけるとは」
「あれが白狼? 雪の精霊の? だったら見ると幸運が来るんでしょ?」
「そうだ、幸先がいいぞ。セシリア嬢はきっと助かる!」
大門の門番の誰何ももどかしく、かつて小柄な妖魔が疾走した大通りを彼らはひた走った。ノースグリーン邸で馬から下りると長身のナイトが走り出た。二人の手を取り涙を浮かべて感謝するノースグリーン卿の顔には、耐え続けた心労が深く刻み込まれていた。
持ちかえった灰色の花をロビンが水に溶くうちに、石化解除のため呼ばれた高僧が寺院からやってきた。寝室の寝椅子の上で、セシリアはあの日のまま微笑んでいた。高僧が印を結ぶと、石の色をした肌に血が通い始めた。
まぶたが震え、ゆっくりと開いた。黒い瞳が居並ぶ人々の顔に焦点を結んだ。
後書き
未設定
作者:ふしじろ もひと |
投稿日:2021/11/25 23:32 更新日:2021/11/25 23:32 『『鉄鎖のメデューサ』』の著作権は、すべて作者 ふしじろ もひと様に属します。 |
前の話 | 目次 | 次の話 |
読了ボタン