作品ID:1011
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神算鬼謀と天下無双
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 連載中
前書き・紹介
第一話 始まりの始まりの出会い
前の話 | 目次 | 次の話 |
第一話 始まりの始まりの出会い
現代人である自分と、最強の武人プラス馬一頭という……何とも形容しがたい一行は――――。
「なぁ、さっきから同じ場所をグルグル回ってないか?」
「…………………………………………気のせいだ」
「ねぇ!? その間は何かな!? 何かな!? どう考えても遭難ですよね!? そうなん(遭難)ですか。とでも、言って気分を上げろとでも言うのかなぁ!?」
目を覚まして、たぶん昼過ぎぐらいから延々と歩き続けて、深夜の森の中を絶賛遭難中だった。
「そうは言っても、我には初めて入る森であるし、余り森の中には立ち入らぬ故、不慣れだ」
さらに言おうとして、秀孝は口を閉じた。
確かに、騎兵を中心とした部隊を率いていた呂布は平原を中心として活動しており、森や山岳などには立ち入らないのは至極道理という物だ。
黙々と歩き続けると、ようやくそれらしい道にでた。
「さて、道に出たけど、右に行く? 左に行く?」
秀孝が言うと、呂布も迷ったのか考え始めた。
どちらを向いても、ひたすら森が続いている。
「此処で、誰かが来るのを待つ……というのは?」
呂布の第三の提案だった。
なるほど、そういう手段もあるか。道がある限り、誰かが通る。その時、その人物に街が無いか尋ねれば良い。但し、問題は何時通るかまったくの不明であるという事だ。
右に行くか、左に行くか、誰かが通るのを待つか。三つの選択肢で二人が選んだのは三番目であった。とにかく歩きっぱなしであったので、秀孝の体力が限界に近いという理由もあった。
二人の意見は一致した。二人は手分けして周囲の枯れ木と枯れ葉を拾い、一本の寝床になりそうな大きな木の下に集めると、周囲を手頃な石で囲った。しかし、問題なのは火だ。
「火打石なら持っている」
呂布は赤兎の鞍に括りつけている小さな皮袋から石を取り出すと、方天画戟の刃で擦り枯れ葉を点火させ、徐々に細い枯れ木へ火を移した。
古代の人物ならではと言える手馴れた手つきだった。
火が燃え上がり、冷える夜に温かみが灯る。
「水が美味い」
流石に飲まず喰わずで歩き続けたので、色々と限界だ。
「水はできる限り細く長く飲め。次、どこで補給できるか分からぬからな」
「了解。……そっちは大丈夫なのか?」
「我は餓えには慣れている」
「そうか。…………一つ聞いても良いか?」
「……何をだ?」
「丁原の配下になる前の事だ。史書には一切記載されていないのでね」
秀孝が好奇心と知的探究心で尋ねた。
「……ふむ……」
呂布は炎の中に枯れ木を投げ入れると、ゆっくりと語るように喋り始めた。
「我は父親を知らぬ。……幼い時から母と二人で暮らしていた。体が大きいのでいつも腹を空かせていた。故にいつも狩りに出かけていた」
「弓矢でか?」
「そうだ」
なるほどと秀孝は納得する。呂布といえば方天画戟が有名であるが、真骨頂は弓技であると史書にも残されている。それほどの射手としての腕前は、生きる為に鍛え上げた結果であるという訳か。
史実、狩猟を主としている遊牧民族は馬上からの弓矢の攻撃で大地を駆け巡ったのである。
そういえば、呂布の出身地は……五原郡九原県。これを現在の世界地図に当てはめると、内モンゴルの南部となる。
「十になると、兵として徴兵された。我は不満が無かった。戦場で手柄を立てれば褒美が貰える。そうすれば母に親孝行できると考えたからだ」
そこで、一旦区切り呂布が新たな枯れ木を炎の中に投げ入れた。
「生まれて初めての戦は恐ろしかった。我は喧嘩が強かった。誰にも負ける気がしなかった。だが、戦場で敵の目を見ると恐怖で体が動かなかった。ただ喚きながら戟を振り回した。ただ、血と泥に塗れ、手柄を立てる所か、生き残る事に必死だった。それでも、我はまた次の戦に出た。初めて人を殺した。こんなに簡単に人は死ぬのかと知った。また次の戦にでた。敵の歩兵指揮官の首を討ち取った。褒美が貰えた。嬉しかった。その褒美で母に親孝行できると思った。戦場から家に帰ると母が倒れていた。流行病だった」
呂布はそこで一旦口を閉じた。そして、また、語り始めた。
「母を医者に診せようと思った。しかし、褒美で貰った金では足りなかった。村中に頭を下げて金を貸してくれと叫んだ。だが、誰も助けてはくれなかった。また、次の戦が起きた。我は金を得る為に敵陣に吶喊した。一人でも多く殺せば、一人でも多く敵の指揮官を殺せば、それだけ褒美が貰えると思ったからだ。殺した。ただひたすら殺した。途中、戟が折れた。我は地面に落ちている戟や剣を拾いながら目にした敵兵を一人残らず殺した。戦が終わった。領主に仕官しないかと誘われた。我は了承した。褒美を貰い、我は大急ぎで家に戻った。母が助かると思った。だが、家に帰って戸を開けたら、既に母は息をしていなかった」
「………………」
秀孝は感想をいう事無く、ただ、黙って呂布の言葉を聞き入れていた。そして、呂布の言葉を待った。
「細くなって、軽くなった母を埋葬した。村人を葬儀には参加させなかった。全て一人でやった。幾つかの石を積み上げ、近くにあった花畑から花を摘み取り、墓の前に捧げた。母の葬儀を終えた後、我は領主の仕官兵としてまた戦に出た。数々の戦場で我は認められ、その領主。それが丁原だったのだが、丁原は親を失った我を養子とした。だが、本音で言えば我が強いから手元に起きたかっただけよ。親らしい事された覚えは一片も無い」
「…………」
秀孝はそれ以上尋ねようとはしなかった。ただ、少し自分に似ているな……そう思った。
「秀孝。お前の両親はどうなのだ?」
「ん……。俺か?」
「そうだ」
呂布の問い返しに、秀孝は少し陰鬱な表情を浮かべた。
「…………俺は……そうだな……。所謂……生まれてはいけない忌み子だった」
「忌み子?」
「俺を生んだ母は不倫をしていてな。その浮気相手との間に生まれた子供だ。両親は離婚した。当然だ。だが、最悪なのは、当初俺を引き取っていた俺を生みやがった母と俺の実父は、俺を家に残して大量の借金から逃げやがった。季節は冬でな、餓えと寒さで震えていた俺を助けたのは、何日も無人で不審に思った近所のおばさんだった。その後、俺を育てたのは母に裏切られた父だ。五歳の時だ。それから俺は父と二人暮らしした。俺が中……ああ、えっと……十四歳の時だ。父が再婚した。俺は反発した。ただでさえ母に裏切られた、実父にさえ捨てられた。また、俺は裏切られるのか。そう思った。事あるごとに反発した。反対の為の反対。家で暴れ、不満を友人や教師……そっちに分かるように言えば老師か。にひたすらぶつけた。暴れる事でしか自分自身を見出せない、自分自身を保つ事が出来ないどうしようも無いクソガキだった」
「では、何故今のお前がある」
「……ある時、いつもの様に悪友と街で喧嘩をしていた。たまたま、母が近くにいてな。俺を止めようとしたんだ。だが、その時、相手が俺の母を殴り倒したんだ。母が倒れてうずくまる光景を見た時、俺の中で何かが弾けた。その時、母は腹の中に弟を宿していたのもあったのかもしれない。気が付いたら、相手を全員殴り倒していた。……警察……あ……役人に引っ張られた時、母が病院に連れて行かれる光景を俺は生涯忘れられないだろうな」
「役人に引っ張られて、良く無事だったな」
「まぁ、手酷く怒られて、父にも殴られて、鑑別所……ああ、年少者用の牢に入れられて、解放された後、自分でも呆れるぐらい勉学に励んだ。もう、両親に迷惑をかけたく無かったからだ」
「どのような事を学んだのだ?」
「俺はどうも歴史が得意というか好きでな。考古学を学んだ。所謂……歴史家になろうとしたんだ。特に、戦史を勉強した。孫子、呉子、尉繚子、六韜、三略、司馬法、李衛公問対、孫ピン兵法、兵法三十六計、兵法二十四編、百戦奇略、心書、便宜十六策、武備志、戦争論、君主論、補給戦とか。主だった書物がこの程度かな? 後は、世界中のあらゆる戦争記録を漁った。無論、記録というのは勝者が好き放題に記載するので、実数が合わない場合が多すぎるが、それでも、ある程度は推定できる。歴史上生まれては消えた世界中各地に現れた英雄や、戦略、戦術の天才。それがどのように戦ったのか、どのように勝利を収めたのか」
「……秀孝、お前は軍師にでもなるつもりか?」
「ならないよ。研究しているだけ」
「……ふむ。今、ご両親はどうしている?」
「ん? ああ、弟と三人暮らししている。俺は、一人家を出て、勉学に励んでいる……という所かな。…………さて、少し喋りすぎた。今日はもう休もうか」
「そうだな……では、火を…………」
呂布が土を被せて火を消そうとした時だった。呂布の動きが止まった。そして、手に掴んだ土を投げ捨てると、耳を地面に押し当てた。
「呂布? どうかした?」
「……来る。馬だ。数は……十以上」
「十人? 馬で? 何かの一団かな?」
「恐らくな」
「ちょうど良い。道を尋ねたらいいんじゃね?」
「そうだな」
呂布はそう言うと、方天画戟を手にして仁王立ちように道の真ん中に立った。
暫くすると、本当に……西洋の騎士甲冑を装備した一団が通りかかった。
もう、驚かないぞ。秀孝はあえて驚かないように務めた。元々、呂布という古代の人物に遭遇しただけでも訳分からん状況なのに、西洋甲冑を装備した騎士の一団?
冗談と冗句と莫迦と阿呆と天変地異が総動員でひっくり返りそうだ!
「何者だ貴様等! 我等の道を阻むつもりか!?」
先頭にいた騎士が叫ぶと、後続は素早く呂布を取り囲むように馬を進める。
「少し、道を尋ねたいのだが」
呂布がそう言うと、騎士が一斉に剣を抜いた。
「貴様等、最近この辺りを騒がせている盗賊か!?」
「盗賊では無い。旅の者だ。道に迷っている」
「不審な奴め! 捕らえろ!」
「捕らえる……だと? 羽虫風情が、この我を?」
その言葉を言った瞬間だった。呂布は方天画戟の柄の一撃で捕らえるように言った騎士を馬上から叩き落した。更にトドメを刺そうと方天画戟の穂先を相手の喉へ――――――。
「ダメだ! 呂布! 殺すな!」
秀孝の叫びで、呂布は動きを止めた。
「秀孝、何故止める」
「もし殺したら、俺達は犯罪者になる! 殺すのだけは絶対に駄目だ!」
「……ならば……」
呂布は地面に倒れた騎士を蹴り飛ばすと、改めて方天画戟を振るった。
「殺さずに全員叩きのめせば良いのだな?」
呂布が哂った。しかし、その哂いは獰猛な哂いだった。
「ちょ、肉体言語での話し合いは待て!」
秀孝の叫びは……残念ながら届かず。呂布は秀孝が叫んでいる間に五人の騎士を馬から叩き落していた。
「お前達! 何をしている!?」
その争いの場を切り裂くような澄んだ声は、一際目立つ漆黒の鎧の騎士から放たれた声だった。ただ、その声はどう考えても女性であった。
「……そこの大男。何故我等の進軍を止めた?」
「ほう? 貴様がこの一団の長か? では、貴様を……」
「どうするつもりだ!? 呂布! 方天画戟を下げろ!」
秀孝が両者の間に割り込むと、方天画戟を両手で押さえつけた。
「おい、秀孝!」
「駄目だ呂布! これ以上の争いは駄目だ! これ以上は殺し合いになる!」
「だが、奴等は我等を盗賊呼ばわりしたのだぞ。その無礼、許せん!」
「先に手を出したのはこっちだ! その程度は許せ!」
「しかし!」
「漢の飛将軍! 人中の呂布だろう!? 交渉決裂したら、存分に……まぁ、確実に皆殺しにするだろうけど、今は俺に任せてくれ! な!?」
両者、沈黙。
二人は睨み合う様に視線を交わした後、呂布は大きく息を吐き出した。
「……………………よかろう。戟から手を離せ」
「ありがとう、呂布」
秀孝がゆっくりと方天画戟から手を離すと、呂布は木の傍に戻り、方天画戟を地面に突き刺した。
「……はぁ…………。さて、騒がしくなってしまったが、先に手当てをしたい。話し合いはその後で良いか?」
秀孝が漆黒の鎧の騎士に提案すると、騎士は大きく頷いて自分の後ろに騎士に指示した。
呂布に打ちのめされた騎士は全員軽傷だった。打ち身程度で骨折まではしていなかった。呂布もある程度理解して手加減をしてくれたという事だろう。
「まずは、此方から名乗ると同時にまずは、我が部下の非礼を詫びよう」
一段落した所で、三者は話し合いの場を持つ事になった。と、言っても焚き火の周りであるが。
呂布は、少し離れて話を聞くだけに集中しており、実質秀孝と、漆黒の鎧の騎士との二人だけの話し合いだった。
「先に手を出したのはこちらです。どうぞ、お気になさらないで下さい」
「うむ」
漆黒の鎧の騎士は頷くと、気が付いたように兜を掴んだ。
「では、改めて我が名を告げよう。我が名はライネ。ライネ=エーベルン。このエーベルン王国第一位王位継承者だ」
兜を脱いで素顔を晒したその騎士は……艶やかな長い黒髪を揺らしながら微笑む美人だった。それも、どう見てもまだ二十歳に届かない少女だ。
「え? エーベルン王国の王位継承者? 王女様って事?」
「そうだが?」
「……ああ、いや……。これは、先入観というか、何と言うか……。その……王女様とか、そういう方々は、民の生活も省みず……その、宮廷で豪華なドレスを着て、舞踏会で毎日遊びながら贅沢三昧をしている……というイメージがあったので、まさか、騎士として一団を率いて、というのは、予想の斜め上だったというか、何と言いましょうか……」
「確かに、そういうバカ王女は居るようだが、わが国ではありえないな。王族たる者、民を守る先導者であるべきであると叩き込まれる。故に、男児であろうと、女児であろうと、王位継承権三位以内の者は必ず近衛騎士を率いる」
「ああ、ああ……そうですか……」
「さて、私はまだ、貴殿の名前を聞いていないが? そこにいる大男の名もな」
「あっ! これは、大変失礼しました! 余りにも驚きすぎてすっかり忘れていました! 俺の名前は本城秀孝と言います」
「……我が姓は呂、名は布、字は奉先だ」
「ん? お前達はそれぞれ別々の国の生まれなのか?」
「ええ、まあ。俺は日本。彼は……えっと……漢になります」
秀孝は一瞬中国と口にしそうになって、訂正した。呂布が生まれた時代、まだ『中国』というのは、『中華人民共和国』の略語であって、呂布の時代には存在しないからだ。
「そうか。えと、お前は名前がホンジョウ……で、姓が……ヒデタカ?」
「…………ああ、そうか、逆だ。俺や、呂布の国では、先に姓が来て、その後、名前が来るんです。だから、本城が姓で名前が秀孝。あと、字というのは、他人がその人と呼ぶ時の別の名前です。えっと……呂布が生まれた国では、名を呼ぶのは、家族や、親族、君主、許しを得た親しい友人だけです。他はどのような身分であろうと、字の方を呼ぶんです。赤の他人が名を呼ぶというのは、大変無礼な事であり、殺されても文句は言えません」
身振り手振り、オーバーリアクションかもしれなかったが、とにかく秀孝は分かり易さ重視で説明した。
「ああ、まぁ……なんとなく理解した。とにかく、お前は本城、大男は呂でいいのか?」
「……呂奉先で良い」
「……だそうです」
「ふむ。まぁ、名前に関しては理解した。さて、本題に入ろうか。お前達が何者で、何故此処に居るのか、何故我等の進軍を阻んだのか」
「それは……。話せば長くなります……。目的は、とにかく人の居る街で、水や食料を調達する事かな?」
「良かろう。詳しい話は城で聞こう。此処から西へ暫く進むと我等が目指す城砦がある。そこで、話を聞くが良いか? 無論、水と食料、酒と寝台も用意しよう。私は特にそこの大男の武勇には驚かされた。私が率いる近衛騎士は王国の中でも最精鋭の者達だ。その者達を相手に一人で大立ち回りした。それも、一人も殺さないよう手加減をして。その武勇、大いに興味がある。それに、お前にも興味が沸いた。同行願えるかな?」
秀孝は返答を窮した。無論、城塞に同行するなど、ある意味逃げ場の無い場所に連行されるという事と同義だ。
「秀孝。我は構わぬ。万が一の時は、我がお主を守り、この者達を皆殺しにしてくれよう」
恐ろしい応援感謝します。しかし、その言葉で秀孝の決心も決まった。
「ご厄介になります」
そう言って、秀孝は大きくライネに頭を下げた。
「では、我等に付いて来るが良い」
「あ、呂布。赤兎の後に乗せて貰っても良い?」
「構わんぞ」
呂布の承諾を得て、秀孝は赤兎に………………乗れなかった。というか、馬に乗るのも初めてだったので、乗り方自体を知らない。
「……お前、馬に乗れないのか?」
「うん。初めて馬に乗る」
「分かった。我が馬上より引き上げてやる」
呂布は赤兎に跨り、馬上から左手を差し出した。呂布の手を掴んで何とか秀孝は呂布の背後に、しがみ付く形で騎乗することが出来た。
ひょっとして、初めて乗る馬が歴史にその名を残す最高の名馬というのは、最高の栄誉なのではないだろうか?
そんな事を考えながら、揺れる馬上と悲鳴を挙げる尻に悩みながら移動を開始した。
一晩森を駆け抜け、森を出て休息。朝食後そのまま昼過ぎまで馬で移動を続け、ようやくライネ率いる部隊と、呂布と秀孝は目的であるバルハ城砦に到着した。
途中から秀孝は、流石の疲れから呂布の背中で寝ていたが、到着前には何とか目を覚ます事ができた。
「呂奉先、本城。お前達二人は別室に案内する。話を聞くのは夜になってからに成るだろう。私は公務がある故、しばし待て」
ライネは不眠で騎乗していたにも関わらず、疲れを一切見せない軽快な速度で足早に城内へ入って行った。
呂布と秀孝の二人は、案内役の守備兵に案内され、別室に待機。赤兎は厩屋に預けた。
秀孝は寝台で再び睡眠を貪り、呂布は黙々と武器の手入れを始めた。
そして、夜になり二人部屋の中で食事を済ませた後、ライネに呼び出しに応じてライネの部屋で面談する事になった。
「やぁ、すっかり待たせてしまったようだ」
ライネは普通の平服で出迎えてくれた。と、言っても限りなく男装に近い格好であったが。それとは別に、同じく男装した少女が一人と、甲冑に身を固めた老人。そして、三人とも腰に剣を吊り下げていた。
秀孝は無論、非武装であったが、呂布まで非武装であった。しかし、一国の姫と謁見するのだから当然と言えば当然だ。
「紹介しよう。私の妹、リューネ=エーベルンと、我がエーベルン筆頭将軍であるバルバロッサだ」
ライネが紹介すると、両者共に秀孝と呂布に挨拶した。
……こうして見ると、確かに姉妹だ。眉目秀麗というべきなんだろうか。どちらも一際目立つ美人だ。
ライネは綺麗な黒い黒髪。腰まで届いている。一方のリューネは淡い栗色の髪。こちらも腰まで届いている。
残念ながら、胸は似てないな。姉であるライネは男の浪漫と夢が一杯詰まっているが、妹の方はまだそんなに詰まっていないのか、もう、詰めないのか。いや、胸の大きさにこだわりがあるわけでは無い。一応、秀孝は大きくても、小さくても大好きだ。胸で人の魅力を判断してないよ?
「さて、どこから話を聞こう? まずは、お前達の出身から聞こうか」
ライネの視線が秀孝に向けられた。
「えっと、俺の国は日本と言います。生まれは東京」
と、秀孝。
「我は漢からだ。生まれは五原郡九原県だ」
と、呂布。
「…………うむ。さっぱりわからん! バルバロッサ、そのような国を聞いた事があるか?」
ライネが頭を抱えながら、バルバロッサに振った。
バルバロッサと呼ばれた白髪、白髭の武人は暫く目を瞑って黙考したのち、口を開いた。
「さて。私も長年この国で将軍として、王の前で謁見に携わりましたが、そのような国は聞いた事がありません。……ただ、国の名の響きから、遥か東方の国々の一つでは無いかと思われます」
「ふん。我も漢の国で将軍であったが、えーべるんという国は聞いた事が無い。洛陽や長安で遥か西方より商人が来る事があったが、聞いた事は無いな」
呂布が答えると、ライネは眉を吊り上げた。
「ほう? 呂奉先殿。貴殿は元将軍か」
「左将軍の位を皇帝より賜った」
「なるほど。文字通り貴殿は武人であり、武将であったという事か。では、その本城も同じか?」
「……いえ、俺は違います」
「ん? 違うのか?」
「俺はただの学生です」
「…………がく……せい? どのような地位なのだ?」
「いえ、地位では無く。え?と、勉学に励んでいるまだひよっこです」
「ふむ。勉学に励む……か。どのような事を学んだ?」
「考古学です。特に戦史を研究していました」
「こう……なんだ?」
「考古学。古い建物や文献等を調べて、文化、技術、人の営みを調べ、それが今現在のどのような生活に結びついているのかを調べる。という物です。私は戦史を特に研究していました。過去に起きた数々の戦争。しかし、その記録が書かれている文献は勝利者によって、都合の良い書き方がされます。戦争そのものが存在していないのに、あたかもあったように記録されている場合もあり、その真偽と正確な数値、そして、実際にどのようにその戦いが行われ、どのように決着したのか。それを調べる事を専門としています」
ライネは驚きながら頷いた。そして、その目は輝いていた。まるで新しい玩具を手にした子供の様に。
「では、尋ねる。一国の将軍とただの学生。それがどうして二人旅をしている?」
「……それは非常に答えにくい質問です。しかし、この問いに答えて頂けたならば、答えやすくなります」
「ほう? 言ってみよ」
「では、失礼して。ライネ様。貴方はこの国の名をエーベルンと言いました」
「如何にも」
「周辺国の名前を教えて頂けますか?」
「ん? それがどういう関係がある? ……まぁ、良い。我が国の東、そして北と国境に面しているのはドゴール王国。ドゴールは同盟国で、周辺諸国では最大武力を誇る大国だ。西にはノートリアム王国がある。この国とは国境付近で小競り合いが絶えないが、本格的な戦いには到っていない。南の海を越えると砂漠の国ウルトリアがある。これで良いか?」
「……ドゴール……ノートリアム……ウルトリア……ドゴール……ノートリアム……ウルトリア……」
秀孝が反芻するように国名を何度も口にした。その様子を不思議そうに四人が見つめた。
「……やはり、そうか。最初に気付くべきだった。呂布。これはちょっとまずい事態だぞ」
「どうした秀孝?」
秀孝が呂布を見つめた。その焦燥とした表情に呂布も只ならぬ事態であると理解したようだった。
「俺の知識の中に、エーベルン、ドゴール、ノートリアム、ウルトリアという国名は存在しない」
「……知らないだけ……では無いのか?」
「言っただろう? 俺は戦史を専門としている。ある程度の文化と技術を持っている国の国名を知らないはずが無い。つまり、俺は単純に過去に遡ったという問題では無いという事だ。呂布にとっては未来か? どうだろう? この国の装備を見る限り、中世ヨーロッパ。紀元千年を基点として前後と考えるのが妥当だろう。いや、待て。ライネ達は鐙を使用していなかった。という事は七世紀頃か? 呂布としては未来か。鐙が開発されたのは……古代中国では三〇〇年頃」
「あぶみ?」
「ああ、ちょっと待って。一度整理させて」
呂布が尋ねるも、秀孝はその質問を後回しにした。とにかく今は考えを一つの方向性に持って行くことが、何よりも優先すべき事だと考えたからだ。
秀孝が注目したのはライネ達が馬に乗る時である。彼女達は鐙を使用していなかった。というよりは鞍に鐙が付いていなかった。これは、鐙が開発されていない事を差す。そして、それは必然的に鐙が古代中国から伝わった中世ヨーロッパでは七世紀頃の技術レベルであると、一つの指針となる。ちなみに、鐙が開発されたのは古代中国。東晋の時代、つまり紀元三〇〇年頃。呂布の死から大体一世紀後の事だ。
「おい。そろそろ私の質問に答えろ」
「ああ、もうちょっと待って!」
ライネが催促する。しかし、秀孝は思考を続ける。
問題点其の一。古代中国の英雄と現代人である自分の出現と合流。
問題点其のニ。中世ヨーロッパと思われる人物の登場に伴う時代の交差のズレ。
問題点其の三。聞いた事も無い、過去の文献でも見たことが無い意味不明な国名。
「…………もしかして、飛ばされたのか? そうだとするならば……」
秀孝の呟きは徐々に大きくなった。
「……呂布。俺達は単純に時間を移動した訳では無いという事だ。ここは俺達の世界からすれば紀元七百年頃。しかし、その時代にドゴール、ノートリアム、ウルトリアという国名は存在していない。つまり、俺達はまったく別の異世界から飛んできたと言える。だが、不可思議な所がいくつもある。まず、同じ時代から複数人なら、入り口が一つ、出口が一つ、この関係ならば分かりやすい。だが、問題は入り口が複数で、出口が一つという事だ。出口が一つという事は、どこかで重なる必要性がある。いや、そう考えるのは拙速か。入り口が複数で出口も複数。もしかすれば、俺達以外にも吹く数人居る可能性も……。混乱するかもしれないが、俺達はタイムリープしたのではなく、パラレルワールド。つまり、もう一つの平行線世界に移動したという事になる。それが、何故か? それについては調べるしかないが、此処に来たと言う結果があるからにはやはり、原因がある訳で。その……」
「ちょっと待て、秀孝」
「何? 質問? できれば答えられる質問にして欲しいが、俺にも何がなんだか分からない」
「……我はお前以上に分からん。というよりは、お前が語る言葉がさっぱり理解できん。そして、それは、この場にいる他の三人も同じようだが?」
呂布の指摘で秀孝がライネ、リューネ、バルバロッサの三人を見ると、文字通り『何を喋っているのかまったく理解できない』顔をしていた。その中でライネが口を開いた。
「おい、本城。いい加減、質問に答えてくれないか?」
「ええっと。確か、一国の将軍とただの学生がどうして二人旅をしている……か。二人とも異世界から来たからです。そして、我々二人の生まれた時代は違います」
「貴様、言うに事を欠いて、異世界から来ただと? 我等を愚弄しているのか!?」
リューネが怒りの表情と共に剣の柄を右手で握った。
「もし本当に愚弄するならば、もっと理解しやすい話をしますよ! とにかく、此処から先の話は俺の話を全面的に信じてもらうしかない。勿論、俺もそちらを信じる事にする」
「ほう? 信じる変わりにお前も信じる……とな?」
「そう。お互い信じあう。これが此処からの話の前提条件です。信じなかったら……まぁ、狂人の戯言になりますでしょうが、此方としても全てが幻で、夢を見ていると言い放ちたいのを必死で堪えている状況です」
「……良いだろう、話せ」
「では、どこから話をしようか。まず、俺達の歴史からいこうか」
秀孝は自分の歴史を語り始めた。途中、古代中国三国時代を交え、呂布の説明を簡単した。無論、呂布が裏切った云々は省いてだ。そして、現代に至るまで話続けた。
途中、羊皮を使い、羽ペンで秀孝の世界を描いた。無論、世界地図だ。その地図には呂布も関心を示した。大地が丸い事も話した。重力について説明をしようとしたが、途中でライネから止められた。重力の話が専門用語過ぎて理解不能になったからである。
「……到底信じられないが、信じないと話が前に進まない……だったな」
ライネはそれだけ言うと、バルバロッサに視線を向けた。
「バルバロッサ。お前はどう思う? 本城や呂奉先の世界は丸いんだそうだ」
「嘘……である。と、言うのは簡単ですが、矛盾がありませんな。嘘であるならば、これほどの大嘘を吐く事、それこそが脅威であると同時に感嘆を禁じえませんな」
「リューネ、お前は?」
「わ、私ですか!?」
「そうだ、お前の意見を聞きたい。率直な感想でも良い」
「嘘なら、道化。しかし、この呂奉先という男の実力は本物であると言えます。我が軍の中でも最精鋭である近衛騎士を見事に倒したのです。それも、殺さないよう手加減して」
「…………本城、呂奉先」
ライネは大きく溜息を吐いて、改めて二人の名前を呼んだ。
「二人を私の客人として招く。本城はその見識を。呂奉先はその武勇を私の為に使え。その代わり、お前達の生活と行動はある程度は保障してやる。どうだ?」
「……行く当てもないし、俺は良いけど? 呂布はどうする」
本城が振り向きながら尋ねる」
「我も同様だ。しばらく世話になる」
呂布が答えると、ライネは大きく頷いた。
「ライネ姉さま。本気でこの不審者達を客人として招くのですか?」
リューネは反対のようで、ライネを止めようとした。
「リューネ。お前は反対か?」
「はい。反対です。最低でも、牢獄に入れるべきです」
「おお?。素晴らしい」
その場に相応しくない、乾いた拍手が部屋に響いた。拍手をしていたのは、秀孝だった。
「素性の知れない者を近づけない。甘言を弄する者を近づけない。金玉に執着しない。王家、又は身分が高い者の心得。リューネ様が正しい」
「貴様、牢獄にそんなに入りたいのか?」
リューネが睨みつけるように秀孝を見つめる。
「入りたいという希望は無い。……ただ、こちらがね……」
秀孝が呂布に視線を逸らす。
「…………我は牢獄に入るつもりは無い。秀孝、この城を乗っ取るか? この場にいる全員と、ニ、三百程殺せば我等に従おう」
ライネ、リューネ、バルバロッサの三人が一斉に剣の柄に手をかけ……れなかった。
バルバロッサの利き手は呂布の蹴りで払われ、呂布の左手はライネの剣の柄頭を、右の膝はリューネの剣の柄頭を抑えた。これでは、剣を鞘から抜く事は出来ない。
ただ、呂布の右手はリューネの首を絞めていた。
「あんまり物騒な事は言わないで頂けます? いいじゃん、とりあえず雨露凌げるし、飯も喰える」
「…………承服できぬ」
呂布も武将としての誇り、矜持が許さないのか。牢獄入りを断固拒否した。
「ライネ様。ちょっと、宜しいか?」
「……この状況で、尋ねるか」
「えと、呂布は普通の部屋。俺は牢獄。それは駄目ですか?」
「二人とも、部屋で良い!」
リューネが叫ぶように答えた。すると、呂布はゆっくりと柄頭とリューネの首から手を離した。
「……首絞めていたのに、よく声が出たね?」
呂布に秀孝が尋ねると、呂布は首を横に振った。
「首を絞めてはいないぞ? 首に手を掛けていただけだ。そこのバルバロッサが剣を抜けば、首をへし折って盾にするつもりだった」
言われて視線をバルバロッサに移す。そこには、剣を半分抜きかけていたバルバロッサの姿があった。
呂布よ。お前の背中には目があるのか? それとも武術の達人ならではのなんとかなのか?
「……血の気も凍る回答をありがとう。聞かなきゃ良かった」
秀孝は大きく溜息を吐いた。
ともかく、本城秀孝、呂布奉先の二名はライネの客人として、エーベルン王国に逗留となった。
これが、その出生が謎とされ、家臣では無く客将としてエーベルン王国に仕え、世界中の戦略家、戦術家に影響与えた『平乱書』の著者であり、エーベルン王国史上最高の軍師、本城秀孝。
秀孝と同じく、その出生が謎であるにも拘らず、客将としてエーベルン王国に仕え、エーベルン王国史上最強の武将と讃えられる、呂布奉先。
この二人とライネ、リューネ、バルバロッサとの数奇で劇的な運命的出会いと、エーベルン王国との関わりは、このような形であったと物語として記録されている。
現代人である自分と、最強の武人プラス馬一頭という……何とも形容しがたい一行は――――。
「なぁ、さっきから同じ場所をグルグル回ってないか?」
「…………………………………………気のせいだ」
「ねぇ!? その間は何かな!? 何かな!? どう考えても遭難ですよね!? そうなん(遭難)ですか。とでも、言って気分を上げろとでも言うのかなぁ!?」
目を覚まして、たぶん昼過ぎぐらいから延々と歩き続けて、深夜の森の中を絶賛遭難中だった。
「そうは言っても、我には初めて入る森であるし、余り森の中には立ち入らぬ故、不慣れだ」
さらに言おうとして、秀孝は口を閉じた。
確かに、騎兵を中心とした部隊を率いていた呂布は平原を中心として活動しており、森や山岳などには立ち入らないのは至極道理という物だ。
黙々と歩き続けると、ようやくそれらしい道にでた。
「さて、道に出たけど、右に行く? 左に行く?」
秀孝が言うと、呂布も迷ったのか考え始めた。
どちらを向いても、ひたすら森が続いている。
「此処で、誰かが来るのを待つ……というのは?」
呂布の第三の提案だった。
なるほど、そういう手段もあるか。道がある限り、誰かが通る。その時、その人物に街が無いか尋ねれば良い。但し、問題は何時通るかまったくの不明であるという事だ。
右に行くか、左に行くか、誰かが通るのを待つか。三つの選択肢で二人が選んだのは三番目であった。とにかく歩きっぱなしであったので、秀孝の体力が限界に近いという理由もあった。
二人の意見は一致した。二人は手分けして周囲の枯れ木と枯れ葉を拾い、一本の寝床になりそうな大きな木の下に集めると、周囲を手頃な石で囲った。しかし、問題なのは火だ。
「火打石なら持っている」
呂布は赤兎の鞍に括りつけている小さな皮袋から石を取り出すと、方天画戟の刃で擦り枯れ葉を点火させ、徐々に細い枯れ木へ火を移した。
古代の人物ならではと言える手馴れた手つきだった。
火が燃え上がり、冷える夜に温かみが灯る。
「水が美味い」
流石に飲まず喰わずで歩き続けたので、色々と限界だ。
「水はできる限り細く長く飲め。次、どこで補給できるか分からぬからな」
「了解。……そっちは大丈夫なのか?」
「我は餓えには慣れている」
「そうか。…………一つ聞いても良いか?」
「……何をだ?」
「丁原の配下になる前の事だ。史書には一切記載されていないのでね」
秀孝が好奇心と知的探究心で尋ねた。
「……ふむ……」
呂布は炎の中に枯れ木を投げ入れると、ゆっくりと語るように喋り始めた。
「我は父親を知らぬ。……幼い時から母と二人で暮らしていた。体が大きいのでいつも腹を空かせていた。故にいつも狩りに出かけていた」
「弓矢でか?」
「そうだ」
なるほどと秀孝は納得する。呂布といえば方天画戟が有名であるが、真骨頂は弓技であると史書にも残されている。それほどの射手としての腕前は、生きる為に鍛え上げた結果であるという訳か。
史実、狩猟を主としている遊牧民族は馬上からの弓矢の攻撃で大地を駆け巡ったのである。
そういえば、呂布の出身地は……五原郡九原県。これを現在の世界地図に当てはめると、内モンゴルの南部となる。
「十になると、兵として徴兵された。我は不満が無かった。戦場で手柄を立てれば褒美が貰える。そうすれば母に親孝行できると考えたからだ」
そこで、一旦区切り呂布が新たな枯れ木を炎の中に投げ入れた。
「生まれて初めての戦は恐ろしかった。我は喧嘩が強かった。誰にも負ける気がしなかった。だが、戦場で敵の目を見ると恐怖で体が動かなかった。ただ喚きながら戟を振り回した。ただ、血と泥に塗れ、手柄を立てる所か、生き残る事に必死だった。それでも、我はまた次の戦に出た。初めて人を殺した。こんなに簡単に人は死ぬのかと知った。また次の戦にでた。敵の歩兵指揮官の首を討ち取った。褒美が貰えた。嬉しかった。その褒美で母に親孝行できると思った。戦場から家に帰ると母が倒れていた。流行病だった」
呂布はそこで一旦口を閉じた。そして、また、語り始めた。
「母を医者に診せようと思った。しかし、褒美で貰った金では足りなかった。村中に頭を下げて金を貸してくれと叫んだ。だが、誰も助けてはくれなかった。また、次の戦が起きた。我は金を得る為に敵陣に吶喊した。一人でも多く殺せば、一人でも多く敵の指揮官を殺せば、それだけ褒美が貰えると思ったからだ。殺した。ただひたすら殺した。途中、戟が折れた。我は地面に落ちている戟や剣を拾いながら目にした敵兵を一人残らず殺した。戦が終わった。領主に仕官しないかと誘われた。我は了承した。褒美を貰い、我は大急ぎで家に戻った。母が助かると思った。だが、家に帰って戸を開けたら、既に母は息をしていなかった」
「………………」
秀孝は感想をいう事無く、ただ、黙って呂布の言葉を聞き入れていた。そして、呂布の言葉を待った。
「細くなって、軽くなった母を埋葬した。村人を葬儀には参加させなかった。全て一人でやった。幾つかの石を積み上げ、近くにあった花畑から花を摘み取り、墓の前に捧げた。母の葬儀を終えた後、我は領主の仕官兵としてまた戦に出た。数々の戦場で我は認められ、その領主。それが丁原だったのだが、丁原は親を失った我を養子とした。だが、本音で言えば我が強いから手元に起きたかっただけよ。親らしい事された覚えは一片も無い」
「…………」
秀孝はそれ以上尋ねようとはしなかった。ただ、少し自分に似ているな……そう思った。
「秀孝。お前の両親はどうなのだ?」
「ん……。俺か?」
「そうだ」
呂布の問い返しに、秀孝は少し陰鬱な表情を浮かべた。
「…………俺は……そうだな……。所謂……生まれてはいけない忌み子だった」
「忌み子?」
「俺を生んだ母は不倫をしていてな。その浮気相手との間に生まれた子供だ。両親は離婚した。当然だ。だが、最悪なのは、当初俺を引き取っていた俺を生みやがった母と俺の実父は、俺を家に残して大量の借金から逃げやがった。季節は冬でな、餓えと寒さで震えていた俺を助けたのは、何日も無人で不審に思った近所のおばさんだった。その後、俺を育てたのは母に裏切られた父だ。五歳の時だ。それから俺は父と二人暮らしした。俺が中……ああ、えっと……十四歳の時だ。父が再婚した。俺は反発した。ただでさえ母に裏切られた、実父にさえ捨てられた。また、俺は裏切られるのか。そう思った。事あるごとに反発した。反対の為の反対。家で暴れ、不満を友人や教師……そっちに分かるように言えば老師か。にひたすらぶつけた。暴れる事でしか自分自身を見出せない、自分自身を保つ事が出来ないどうしようも無いクソガキだった」
「では、何故今のお前がある」
「……ある時、いつもの様に悪友と街で喧嘩をしていた。たまたま、母が近くにいてな。俺を止めようとしたんだ。だが、その時、相手が俺の母を殴り倒したんだ。母が倒れてうずくまる光景を見た時、俺の中で何かが弾けた。その時、母は腹の中に弟を宿していたのもあったのかもしれない。気が付いたら、相手を全員殴り倒していた。……警察……あ……役人に引っ張られた時、母が病院に連れて行かれる光景を俺は生涯忘れられないだろうな」
「役人に引っ張られて、良く無事だったな」
「まぁ、手酷く怒られて、父にも殴られて、鑑別所……ああ、年少者用の牢に入れられて、解放された後、自分でも呆れるぐらい勉学に励んだ。もう、両親に迷惑をかけたく無かったからだ」
「どのような事を学んだのだ?」
「俺はどうも歴史が得意というか好きでな。考古学を学んだ。所謂……歴史家になろうとしたんだ。特に、戦史を勉強した。孫子、呉子、尉繚子、六韜、三略、司馬法、李衛公問対、孫ピン兵法、兵法三十六計、兵法二十四編、百戦奇略、心書、便宜十六策、武備志、戦争論、君主論、補給戦とか。主だった書物がこの程度かな? 後は、世界中のあらゆる戦争記録を漁った。無論、記録というのは勝者が好き放題に記載するので、実数が合わない場合が多すぎるが、それでも、ある程度は推定できる。歴史上生まれては消えた世界中各地に現れた英雄や、戦略、戦術の天才。それがどのように戦ったのか、どのように勝利を収めたのか」
「……秀孝、お前は軍師にでもなるつもりか?」
「ならないよ。研究しているだけ」
「……ふむ。今、ご両親はどうしている?」
「ん? ああ、弟と三人暮らししている。俺は、一人家を出て、勉学に励んでいる……という所かな。…………さて、少し喋りすぎた。今日はもう休もうか」
「そうだな……では、火を…………」
呂布が土を被せて火を消そうとした時だった。呂布の動きが止まった。そして、手に掴んだ土を投げ捨てると、耳を地面に押し当てた。
「呂布? どうかした?」
「……来る。馬だ。数は……十以上」
「十人? 馬で? 何かの一団かな?」
「恐らくな」
「ちょうど良い。道を尋ねたらいいんじゃね?」
「そうだな」
呂布はそう言うと、方天画戟を手にして仁王立ちように道の真ん中に立った。
暫くすると、本当に……西洋の騎士甲冑を装備した一団が通りかかった。
もう、驚かないぞ。秀孝はあえて驚かないように務めた。元々、呂布という古代の人物に遭遇しただけでも訳分からん状況なのに、西洋甲冑を装備した騎士の一団?
冗談と冗句と莫迦と阿呆と天変地異が総動員でひっくり返りそうだ!
「何者だ貴様等! 我等の道を阻むつもりか!?」
先頭にいた騎士が叫ぶと、後続は素早く呂布を取り囲むように馬を進める。
「少し、道を尋ねたいのだが」
呂布がそう言うと、騎士が一斉に剣を抜いた。
「貴様等、最近この辺りを騒がせている盗賊か!?」
「盗賊では無い。旅の者だ。道に迷っている」
「不審な奴め! 捕らえろ!」
「捕らえる……だと? 羽虫風情が、この我を?」
その言葉を言った瞬間だった。呂布は方天画戟の柄の一撃で捕らえるように言った騎士を馬上から叩き落した。更にトドメを刺そうと方天画戟の穂先を相手の喉へ――――――。
「ダメだ! 呂布! 殺すな!」
秀孝の叫びで、呂布は動きを止めた。
「秀孝、何故止める」
「もし殺したら、俺達は犯罪者になる! 殺すのだけは絶対に駄目だ!」
「……ならば……」
呂布は地面に倒れた騎士を蹴り飛ばすと、改めて方天画戟を振るった。
「殺さずに全員叩きのめせば良いのだな?」
呂布が哂った。しかし、その哂いは獰猛な哂いだった。
「ちょ、肉体言語での話し合いは待て!」
秀孝の叫びは……残念ながら届かず。呂布は秀孝が叫んでいる間に五人の騎士を馬から叩き落していた。
「お前達! 何をしている!?」
その争いの場を切り裂くような澄んだ声は、一際目立つ漆黒の鎧の騎士から放たれた声だった。ただ、その声はどう考えても女性であった。
「……そこの大男。何故我等の進軍を止めた?」
「ほう? 貴様がこの一団の長か? では、貴様を……」
「どうするつもりだ!? 呂布! 方天画戟を下げろ!」
秀孝が両者の間に割り込むと、方天画戟を両手で押さえつけた。
「おい、秀孝!」
「駄目だ呂布! これ以上の争いは駄目だ! これ以上は殺し合いになる!」
「だが、奴等は我等を盗賊呼ばわりしたのだぞ。その無礼、許せん!」
「先に手を出したのはこっちだ! その程度は許せ!」
「しかし!」
「漢の飛将軍! 人中の呂布だろう!? 交渉決裂したら、存分に……まぁ、確実に皆殺しにするだろうけど、今は俺に任せてくれ! な!?」
両者、沈黙。
二人は睨み合う様に視線を交わした後、呂布は大きく息を吐き出した。
「……………………よかろう。戟から手を離せ」
「ありがとう、呂布」
秀孝がゆっくりと方天画戟から手を離すと、呂布は木の傍に戻り、方天画戟を地面に突き刺した。
「……はぁ…………。さて、騒がしくなってしまったが、先に手当てをしたい。話し合いはその後で良いか?」
秀孝が漆黒の鎧の騎士に提案すると、騎士は大きく頷いて自分の後ろに騎士に指示した。
呂布に打ちのめされた騎士は全員軽傷だった。打ち身程度で骨折まではしていなかった。呂布もある程度理解して手加減をしてくれたという事だろう。
「まずは、此方から名乗ると同時にまずは、我が部下の非礼を詫びよう」
一段落した所で、三者は話し合いの場を持つ事になった。と、言っても焚き火の周りであるが。
呂布は、少し離れて話を聞くだけに集中しており、実質秀孝と、漆黒の鎧の騎士との二人だけの話し合いだった。
「先に手を出したのはこちらです。どうぞ、お気になさらないで下さい」
「うむ」
漆黒の鎧の騎士は頷くと、気が付いたように兜を掴んだ。
「では、改めて我が名を告げよう。我が名はライネ。ライネ=エーベルン。このエーベルン王国第一位王位継承者だ」
兜を脱いで素顔を晒したその騎士は……艶やかな長い黒髪を揺らしながら微笑む美人だった。それも、どう見てもまだ二十歳に届かない少女だ。
「え? エーベルン王国の王位継承者? 王女様って事?」
「そうだが?」
「……ああ、いや……。これは、先入観というか、何と言うか……。その……王女様とか、そういう方々は、民の生活も省みず……その、宮廷で豪華なドレスを着て、舞踏会で毎日遊びながら贅沢三昧をしている……というイメージがあったので、まさか、騎士として一団を率いて、というのは、予想の斜め上だったというか、何と言いましょうか……」
「確かに、そういうバカ王女は居るようだが、わが国ではありえないな。王族たる者、民を守る先導者であるべきであると叩き込まれる。故に、男児であろうと、女児であろうと、王位継承権三位以内の者は必ず近衛騎士を率いる」
「ああ、ああ……そうですか……」
「さて、私はまだ、貴殿の名前を聞いていないが? そこにいる大男の名もな」
「あっ! これは、大変失礼しました! 余りにも驚きすぎてすっかり忘れていました! 俺の名前は本城秀孝と言います」
「……我が姓は呂、名は布、字は奉先だ」
「ん? お前達はそれぞれ別々の国の生まれなのか?」
「ええ、まあ。俺は日本。彼は……えっと……漢になります」
秀孝は一瞬中国と口にしそうになって、訂正した。呂布が生まれた時代、まだ『中国』というのは、『中華人民共和国』の略語であって、呂布の時代には存在しないからだ。
「そうか。えと、お前は名前がホンジョウ……で、姓が……ヒデタカ?」
「…………ああ、そうか、逆だ。俺や、呂布の国では、先に姓が来て、その後、名前が来るんです。だから、本城が姓で名前が秀孝。あと、字というのは、他人がその人と呼ぶ時の別の名前です。えっと……呂布が生まれた国では、名を呼ぶのは、家族や、親族、君主、許しを得た親しい友人だけです。他はどのような身分であろうと、字の方を呼ぶんです。赤の他人が名を呼ぶというのは、大変無礼な事であり、殺されても文句は言えません」
身振り手振り、オーバーリアクションかもしれなかったが、とにかく秀孝は分かり易さ重視で説明した。
「ああ、まぁ……なんとなく理解した。とにかく、お前は本城、大男は呂でいいのか?」
「……呂奉先で良い」
「……だそうです」
「ふむ。まぁ、名前に関しては理解した。さて、本題に入ろうか。お前達が何者で、何故此処に居るのか、何故我等の進軍を阻んだのか」
「それは……。話せば長くなります……。目的は、とにかく人の居る街で、水や食料を調達する事かな?」
「良かろう。詳しい話は城で聞こう。此処から西へ暫く進むと我等が目指す城砦がある。そこで、話を聞くが良いか? 無論、水と食料、酒と寝台も用意しよう。私は特にそこの大男の武勇には驚かされた。私が率いる近衛騎士は王国の中でも最精鋭の者達だ。その者達を相手に一人で大立ち回りした。それも、一人も殺さないよう手加減をして。その武勇、大いに興味がある。それに、お前にも興味が沸いた。同行願えるかな?」
秀孝は返答を窮した。無論、城塞に同行するなど、ある意味逃げ場の無い場所に連行されるという事と同義だ。
「秀孝。我は構わぬ。万が一の時は、我がお主を守り、この者達を皆殺しにしてくれよう」
恐ろしい応援感謝します。しかし、その言葉で秀孝の決心も決まった。
「ご厄介になります」
そう言って、秀孝は大きくライネに頭を下げた。
「では、我等に付いて来るが良い」
「あ、呂布。赤兎の後に乗せて貰っても良い?」
「構わんぞ」
呂布の承諾を得て、秀孝は赤兎に………………乗れなかった。というか、馬に乗るのも初めてだったので、乗り方自体を知らない。
「……お前、馬に乗れないのか?」
「うん。初めて馬に乗る」
「分かった。我が馬上より引き上げてやる」
呂布は赤兎に跨り、馬上から左手を差し出した。呂布の手を掴んで何とか秀孝は呂布の背後に、しがみ付く形で騎乗することが出来た。
ひょっとして、初めて乗る馬が歴史にその名を残す最高の名馬というのは、最高の栄誉なのではないだろうか?
そんな事を考えながら、揺れる馬上と悲鳴を挙げる尻に悩みながら移動を開始した。
一晩森を駆け抜け、森を出て休息。朝食後そのまま昼過ぎまで馬で移動を続け、ようやくライネ率いる部隊と、呂布と秀孝は目的であるバルハ城砦に到着した。
途中から秀孝は、流石の疲れから呂布の背中で寝ていたが、到着前には何とか目を覚ます事ができた。
「呂奉先、本城。お前達二人は別室に案内する。話を聞くのは夜になってからに成るだろう。私は公務がある故、しばし待て」
ライネは不眠で騎乗していたにも関わらず、疲れを一切見せない軽快な速度で足早に城内へ入って行った。
呂布と秀孝の二人は、案内役の守備兵に案内され、別室に待機。赤兎は厩屋に預けた。
秀孝は寝台で再び睡眠を貪り、呂布は黙々と武器の手入れを始めた。
そして、夜になり二人部屋の中で食事を済ませた後、ライネに呼び出しに応じてライネの部屋で面談する事になった。
「やぁ、すっかり待たせてしまったようだ」
ライネは普通の平服で出迎えてくれた。と、言っても限りなく男装に近い格好であったが。それとは別に、同じく男装した少女が一人と、甲冑に身を固めた老人。そして、三人とも腰に剣を吊り下げていた。
秀孝は無論、非武装であったが、呂布まで非武装であった。しかし、一国の姫と謁見するのだから当然と言えば当然だ。
「紹介しよう。私の妹、リューネ=エーベルンと、我がエーベルン筆頭将軍であるバルバロッサだ」
ライネが紹介すると、両者共に秀孝と呂布に挨拶した。
……こうして見ると、確かに姉妹だ。眉目秀麗というべきなんだろうか。どちらも一際目立つ美人だ。
ライネは綺麗な黒い黒髪。腰まで届いている。一方のリューネは淡い栗色の髪。こちらも腰まで届いている。
残念ながら、胸は似てないな。姉であるライネは男の浪漫と夢が一杯詰まっているが、妹の方はまだそんなに詰まっていないのか、もう、詰めないのか。いや、胸の大きさにこだわりがあるわけでは無い。一応、秀孝は大きくても、小さくても大好きだ。胸で人の魅力を判断してないよ?
「さて、どこから話を聞こう? まずは、お前達の出身から聞こうか」
ライネの視線が秀孝に向けられた。
「えっと、俺の国は日本と言います。生まれは東京」
と、秀孝。
「我は漢からだ。生まれは五原郡九原県だ」
と、呂布。
「…………うむ。さっぱりわからん! バルバロッサ、そのような国を聞いた事があるか?」
ライネが頭を抱えながら、バルバロッサに振った。
バルバロッサと呼ばれた白髪、白髭の武人は暫く目を瞑って黙考したのち、口を開いた。
「さて。私も長年この国で将軍として、王の前で謁見に携わりましたが、そのような国は聞いた事がありません。……ただ、国の名の響きから、遥か東方の国々の一つでは無いかと思われます」
「ふん。我も漢の国で将軍であったが、えーべるんという国は聞いた事が無い。洛陽や長安で遥か西方より商人が来る事があったが、聞いた事は無いな」
呂布が答えると、ライネは眉を吊り上げた。
「ほう? 呂奉先殿。貴殿は元将軍か」
「左将軍の位を皇帝より賜った」
「なるほど。文字通り貴殿は武人であり、武将であったという事か。では、その本城も同じか?」
「……いえ、俺は違います」
「ん? 違うのか?」
「俺はただの学生です」
「…………がく……せい? どのような地位なのだ?」
「いえ、地位では無く。え?と、勉学に励んでいるまだひよっこです」
「ふむ。勉学に励む……か。どのような事を学んだ?」
「考古学です。特に戦史を研究していました」
「こう……なんだ?」
「考古学。古い建物や文献等を調べて、文化、技術、人の営みを調べ、それが今現在のどのような生活に結びついているのかを調べる。という物です。私は戦史を特に研究していました。過去に起きた数々の戦争。しかし、その記録が書かれている文献は勝利者によって、都合の良い書き方がされます。戦争そのものが存在していないのに、あたかもあったように記録されている場合もあり、その真偽と正確な数値、そして、実際にどのようにその戦いが行われ、どのように決着したのか。それを調べる事を専門としています」
ライネは驚きながら頷いた。そして、その目は輝いていた。まるで新しい玩具を手にした子供の様に。
「では、尋ねる。一国の将軍とただの学生。それがどうして二人旅をしている?」
「……それは非常に答えにくい質問です。しかし、この問いに答えて頂けたならば、答えやすくなります」
「ほう? 言ってみよ」
「では、失礼して。ライネ様。貴方はこの国の名をエーベルンと言いました」
「如何にも」
「周辺国の名前を教えて頂けますか?」
「ん? それがどういう関係がある? ……まぁ、良い。我が国の東、そして北と国境に面しているのはドゴール王国。ドゴールは同盟国で、周辺諸国では最大武力を誇る大国だ。西にはノートリアム王国がある。この国とは国境付近で小競り合いが絶えないが、本格的な戦いには到っていない。南の海を越えると砂漠の国ウルトリアがある。これで良いか?」
「……ドゴール……ノートリアム……ウルトリア……ドゴール……ノートリアム……ウルトリア……」
秀孝が反芻するように国名を何度も口にした。その様子を不思議そうに四人が見つめた。
「……やはり、そうか。最初に気付くべきだった。呂布。これはちょっとまずい事態だぞ」
「どうした秀孝?」
秀孝が呂布を見つめた。その焦燥とした表情に呂布も只ならぬ事態であると理解したようだった。
「俺の知識の中に、エーベルン、ドゴール、ノートリアム、ウルトリアという国名は存在しない」
「……知らないだけ……では無いのか?」
「言っただろう? 俺は戦史を専門としている。ある程度の文化と技術を持っている国の国名を知らないはずが無い。つまり、俺は単純に過去に遡ったという問題では無いという事だ。呂布にとっては未来か? どうだろう? この国の装備を見る限り、中世ヨーロッパ。紀元千年を基点として前後と考えるのが妥当だろう。いや、待て。ライネ達は鐙を使用していなかった。という事は七世紀頃か? 呂布としては未来か。鐙が開発されたのは……古代中国では三〇〇年頃」
「あぶみ?」
「ああ、ちょっと待って。一度整理させて」
呂布が尋ねるも、秀孝はその質問を後回しにした。とにかく今は考えを一つの方向性に持って行くことが、何よりも優先すべき事だと考えたからだ。
秀孝が注目したのはライネ達が馬に乗る時である。彼女達は鐙を使用していなかった。というよりは鞍に鐙が付いていなかった。これは、鐙が開発されていない事を差す。そして、それは必然的に鐙が古代中国から伝わった中世ヨーロッパでは七世紀頃の技術レベルであると、一つの指針となる。ちなみに、鐙が開発されたのは古代中国。東晋の時代、つまり紀元三〇〇年頃。呂布の死から大体一世紀後の事だ。
「おい。そろそろ私の質問に答えろ」
「ああ、もうちょっと待って!」
ライネが催促する。しかし、秀孝は思考を続ける。
問題点其の一。古代中国の英雄と現代人である自分の出現と合流。
問題点其のニ。中世ヨーロッパと思われる人物の登場に伴う時代の交差のズレ。
問題点其の三。聞いた事も無い、過去の文献でも見たことが無い意味不明な国名。
「…………もしかして、飛ばされたのか? そうだとするならば……」
秀孝の呟きは徐々に大きくなった。
「……呂布。俺達は単純に時間を移動した訳では無いという事だ。ここは俺達の世界からすれば紀元七百年頃。しかし、その時代にドゴール、ノートリアム、ウルトリアという国名は存在していない。つまり、俺達はまったく別の異世界から飛んできたと言える。だが、不可思議な所がいくつもある。まず、同じ時代から複数人なら、入り口が一つ、出口が一つ、この関係ならば分かりやすい。だが、問題は入り口が複数で、出口が一つという事だ。出口が一つという事は、どこかで重なる必要性がある。いや、そう考えるのは拙速か。入り口が複数で出口も複数。もしかすれば、俺達以外にも吹く数人居る可能性も……。混乱するかもしれないが、俺達はタイムリープしたのではなく、パラレルワールド。つまり、もう一つの平行線世界に移動したという事になる。それが、何故か? それについては調べるしかないが、此処に来たと言う結果があるからにはやはり、原因がある訳で。その……」
「ちょっと待て、秀孝」
「何? 質問? できれば答えられる質問にして欲しいが、俺にも何がなんだか分からない」
「……我はお前以上に分からん。というよりは、お前が語る言葉がさっぱり理解できん。そして、それは、この場にいる他の三人も同じようだが?」
呂布の指摘で秀孝がライネ、リューネ、バルバロッサの三人を見ると、文字通り『何を喋っているのかまったく理解できない』顔をしていた。その中でライネが口を開いた。
「おい、本城。いい加減、質問に答えてくれないか?」
「ええっと。確か、一国の将軍とただの学生がどうして二人旅をしている……か。二人とも異世界から来たからです。そして、我々二人の生まれた時代は違います」
「貴様、言うに事を欠いて、異世界から来ただと? 我等を愚弄しているのか!?」
リューネが怒りの表情と共に剣の柄を右手で握った。
「もし本当に愚弄するならば、もっと理解しやすい話をしますよ! とにかく、此処から先の話は俺の話を全面的に信じてもらうしかない。勿論、俺もそちらを信じる事にする」
「ほう? 信じる変わりにお前も信じる……とな?」
「そう。お互い信じあう。これが此処からの話の前提条件です。信じなかったら……まぁ、狂人の戯言になりますでしょうが、此方としても全てが幻で、夢を見ていると言い放ちたいのを必死で堪えている状況です」
「……良いだろう、話せ」
「では、どこから話をしようか。まず、俺達の歴史からいこうか」
秀孝は自分の歴史を語り始めた。途中、古代中国三国時代を交え、呂布の説明を簡単した。無論、呂布が裏切った云々は省いてだ。そして、現代に至るまで話続けた。
途中、羊皮を使い、羽ペンで秀孝の世界を描いた。無論、世界地図だ。その地図には呂布も関心を示した。大地が丸い事も話した。重力について説明をしようとしたが、途中でライネから止められた。重力の話が専門用語過ぎて理解不能になったからである。
「……到底信じられないが、信じないと話が前に進まない……だったな」
ライネはそれだけ言うと、バルバロッサに視線を向けた。
「バルバロッサ。お前はどう思う? 本城や呂奉先の世界は丸いんだそうだ」
「嘘……である。と、言うのは簡単ですが、矛盾がありませんな。嘘であるならば、これほどの大嘘を吐く事、それこそが脅威であると同時に感嘆を禁じえませんな」
「リューネ、お前は?」
「わ、私ですか!?」
「そうだ、お前の意見を聞きたい。率直な感想でも良い」
「嘘なら、道化。しかし、この呂奉先という男の実力は本物であると言えます。我が軍の中でも最精鋭である近衛騎士を見事に倒したのです。それも、殺さないよう手加減して」
「…………本城、呂奉先」
ライネは大きく溜息を吐いて、改めて二人の名前を呼んだ。
「二人を私の客人として招く。本城はその見識を。呂奉先はその武勇を私の為に使え。その代わり、お前達の生活と行動はある程度は保障してやる。どうだ?」
「……行く当てもないし、俺は良いけど? 呂布はどうする」
本城が振り向きながら尋ねる」
「我も同様だ。しばらく世話になる」
呂布が答えると、ライネは大きく頷いた。
「ライネ姉さま。本気でこの不審者達を客人として招くのですか?」
リューネは反対のようで、ライネを止めようとした。
「リューネ。お前は反対か?」
「はい。反対です。最低でも、牢獄に入れるべきです」
「おお?。素晴らしい」
その場に相応しくない、乾いた拍手が部屋に響いた。拍手をしていたのは、秀孝だった。
「素性の知れない者を近づけない。甘言を弄する者を近づけない。金玉に執着しない。王家、又は身分が高い者の心得。リューネ様が正しい」
「貴様、牢獄にそんなに入りたいのか?」
リューネが睨みつけるように秀孝を見つめる。
「入りたいという希望は無い。……ただ、こちらがね……」
秀孝が呂布に視線を逸らす。
「…………我は牢獄に入るつもりは無い。秀孝、この城を乗っ取るか? この場にいる全員と、ニ、三百程殺せば我等に従おう」
ライネ、リューネ、バルバロッサの三人が一斉に剣の柄に手をかけ……れなかった。
バルバロッサの利き手は呂布の蹴りで払われ、呂布の左手はライネの剣の柄頭を、右の膝はリューネの剣の柄頭を抑えた。これでは、剣を鞘から抜く事は出来ない。
ただ、呂布の右手はリューネの首を絞めていた。
「あんまり物騒な事は言わないで頂けます? いいじゃん、とりあえず雨露凌げるし、飯も喰える」
「…………承服できぬ」
呂布も武将としての誇り、矜持が許さないのか。牢獄入りを断固拒否した。
「ライネ様。ちょっと、宜しいか?」
「……この状況で、尋ねるか」
「えと、呂布は普通の部屋。俺は牢獄。それは駄目ですか?」
「二人とも、部屋で良い!」
リューネが叫ぶように答えた。すると、呂布はゆっくりと柄頭とリューネの首から手を離した。
「……首絞めていたのに、よく声が出たね?」
呂布に秀孝が尋ねると、呂布は首を横に振った。
「首を絞めてはいないぞ? 首に手を掛けていただけだ。そこのバルバロッサが剣を抜けば、首をへし折って盾にするつもりだった」
言われて視線をバルバロッサに移す。そこには、剣を半分抜きかけていたバルバロッサの姿があった。
呂布よ。お前の背中には目があるのか? それとも武術の達人ならではのなんとかなのか?
「……血の気も凍る回答をありがとう。聞かなきゃ良かった」
秀孝は大きく溜息を吐いた。
ともかく、本城秀孝、呂布奉先の二名はライネの客人として、エーベルン王国に逗留となった。
これが、その出生が謎とされ、家臣では無く客将としてエーベルン王国に仕え、世界中の戦略家、戦術家に影響与えた『平乱書』の著者であり、エーベルン王国史上最高の軍師、本城秀孝。
秀孝と同じく、その出生が謎であるにも拘らず、客将としてエーベルン王国に仕え、エーベルン王国史上最強の武将と讃えられる、呂布奉先。
この二人とライネ、リューネ、バルバロッサとの数奇で劇的な運命的出会いと、エーベルン王国との関わりは、このような形であったと物語として記録されている。
後書き
作者:そえ |
投稿日:2012/06/07 04:53 更新日:2012/08/21 14:05 『神算鬼謀と天下無双』の著作権は、すべて作者 そえ様に属します。 |
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