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神算鬼謀と天下無双

小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 連載中

前書き・紹介


第八話 秀孝講師の鬼畜兵法講座

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第八話 秀孝講師の鬼畜兵法講座



 戴冠式も無事に終わり、レノーク城内のお祝い騒ぎも沈静化した頃、秀孝は諸将と話をする機会を持つことができた。

 中々その機会が生まれなかったのは、王都奪還を目指した戦いの準備の為に全員仕事に追われていた為である。

 秀孝の部屋に集まったのは、ライネ、リューネ、バルバロッサ、呂布、松永久秀、エドガー、アルト、フェニル、武田信繁、中原巴、高順、陳宮、クェス、ヒエンである。

 このだけの人数が集まったのはアルトの一言で始まった。

「是非とも、秀孝殿の軍略の一端を学ばせて欲しい」

 というものだった。当初秀孝は人に教える事ができるほど高尚な知識も経験も無いと断ったが、アルトの強い懇願により教える事になった。だが、問題が発生したのはその直後。

「では、私にも一つ教授して貰おう」

 と、ライネが言い出したのである。

 これに追随する形で他の者達が次々と参加を申し出て、これだけの人数になってしまった。

 ともかく、秀孝の兵法勉強会が開催される事になった。

「え?。まず、何から始めましょうか? 俺も初めてなので、何から言えば良いのか……。質問に答える形でやりたいと思いますが……」

 秀孝が困った表情で言うと、アルトが立ち上がった。

「では、私から。秀孝殿はバルハ城砦、並びにレノーク湖畔にて圧倒的不利を覆して勝利を収めました。その勝利の要因を教えて頂きたい」

「勝利の要因ですか……。う?ん。要因は複数ありますけど……そうだな……。まず、敵を考える事から俺は始めました」

「敵を考える?」

「はい。まず、敵が望む事を考えます。それは即ち敵の目標になります。敵が何を望み、何を求めているか、それを理解する事からでしょうか」

「それは敵を知る。敵を調べるという事でしょうか?」

「はい。そのように受け取って頂いて結構だと思います。敵が分からないという事は事実上、目隠しして戦うようなもの。どこから敵の刃が襲ってくるか分からない状況で戦えないでしょう?」

「俺は気配で察するぞ」

 呂布が笑いながら言い放った。呂布も人外な発言に諸将から笑いが溢れる。

「呂布は例外中の例外だ。だが、世の中にはそういう人間もいる。……天から与えられた才能……というべきか。歴史を紐解くと、直感で敵を見抜いて打ち破った事実がある。だが、それは出来ない人間が圧倒的に多い。むしろ、参考にしない方が良い」

 秀孝が呆れながらツッコミするも、そのまま解説を進める。

「さて、敵をまず知ると言いましたが、その真相は敵の目標物を正確に把握して戦いの主導権を握るという重要な目的があります」

「戦いの主導権を得る……か」

 リューネが呟くように言うと、秀孝はリューネを見つめた。

「バルハ、レノークの二つはこの為に勝てた……と言っても言い過ぎでは無い。我々は常に相手に合わせて先手、先手を打つ事になった。結果として、敵を誘導し、敵を翻弄し、敵を動揺させ、敵を困惑させ、敵を狼狽させた。このような状況に陥った場合、負ける事はほぼ無い」

「敵を正面から叩く……というのは、秀孝殿は嫌っているのかな?」

 バルバロッサが言うと、秀孝は首を横に振る。

「相手の出方が全く不明な場合、やむなく正面から戦う事もあるでしょう。ただし、兵力が同程度であるか、それ以上である場合に限る。よって、劣勢な状況であったバルハ、レノークでは正面から戦う事はしなかった」

「では、相手の出方が全く不明な場合で、やむなく正面から戦う場合はどうなさる?」

「本来、そうなる事を回避すべきです。その場合は撤退も含みます。撤退も不可能であり、正面決戦しか手段が無い場合……。それまで戦う為に準備していた全ての事柄が雌雄を決する事になるでしょう。それは、王が民を厚く庇護しているか、正しい政治をして民衆の支持を得ているか、将軍一人一人の能力、兵士一人一人の練度、軍法が正しく機能し、信賞必罰が実施されているか、資金は潤沢にあるか、糧食は十分に準備されているか、武器と防具の準備は良いか」

「……まるで……戦う為の準備も戦いのような」

 クェスが言うと、秀孝は大きく頷いた。

「その通りです、クェス。俺が何故兵站を重要しているのか、なぜ戦う前の準備を念入りに行う事を何度も何度も繰り返し言うのか。何故、全てが戦いであると言うのか。その理由がそれだ。貴方の任務はその兵站の総責任者です。貴方の存在がこの後の戦いの趨勢を、この国が国家として安泰するかどうかも決定するかも知れません」

 クェスは思わず生唾を飲み込んだ。今更にして自分がどれだけ重大な役目を任せられてこの場にいるのか再認識したからである。

「まぁ、助ける所は助けます。しかし、自分がどれだけ重要な存在か、良く考えて下さい」

 秀孝の言葉にクェスは立ち上がって深々と頭を下げた。それは、どれだけ自分の事を高く評価してライネに推薦したのか、感謝の表れでもあった。

「……なるほど。では、私の政治が戦の勝敗を左右する場合があるという事か」

 ライネが頷きながら言葉を口にする。それはまるで自分自身に戒めている様だった。

「おっしゃる通りです、陛下。陛下が悪政を敷き、民を虐げ、民の心が離れれば、この場にいる全員が最大の能力を発揮し、百万の軍勢を率いて戦地に赴いても、敗北する事は確実でしょう」

「お前でも無理か」

「無理です。勝てる要素が何一つありません。たぶん……行軍途中で百万の軍勢の八割は脱走して戦う前に負けると思いますよ?」

「それは……一大事だな」

「ええ。一大事です。そもそも、兵が戦う理由は何ですか? 出世? 名誉? 地位? 誇り? まぁ、それもあるでしょうが、大半の者は家族を養う為に戦います。その養う家族が傷つくのを知っているのに、傷つける者の為に戦いますか? むしろ、進んで敵軍に馳せ参じ、己の養う家族を守る為に死に物狂いで戦う事になるでしょう」

「……そのような兵士とは戦いたくはないものだ」

 諸将全員が同じく頷く。

「少し話がそれましたね。えっと……なんだっけ。ああ、そうそう。勝利の要因か。次に……そうだな。地形の重要性を話そうか。えっと……地形には幾つかある」

「地形に幾つかとは……如何なる意味でしょうか?」

 アルトが尋ねると、秀孝は信繁に視線を向けた。

「孫子兵法、九地」

 突然の秀孝の問いに信繁は驚いた顔したが、すぐに秀孝が求める答えを思い出す。

「……九地……ですか……。さすれば、散地、軽地、争地、交地、衢(く)地、重地、泛(はん)地、囲地、死地でしょうか?」

 信繁が答えると、秀孝は大きく頷く。

「はい、その通りです。一つ、一つ、解説しましょうか。まず、散地とは自国領内で戦う事。即ち、本土決戦です。これは重大な過失であり、避けなければならない事です。それは、せっかく耕した畑を破壊し、家々が燃え、国土を焦土に変えてしまうからです。問題はさらに勝利しても、復興しなければなりません。その復興が国家財政の負担をどれだけ増やすか。言わずとも分かる事であると俺は思います。故に、敵を迎撃すべき場所は敵国の領内であるべきです。それに失敗した場合、どうなるか。今の我々の状況がまさにそれなのです。次に軽地ですが、敵国内に侵入してまだ、それほど深く侵攻していない状況を指します。迅速にその場を離れ突き進むべきです。時間を浪費するほど敵が堅牢の守りを作りあげ味方が危険になるからです。明確な戦略目標を見据えて敵の準備が整うよりはるか前に攻めるのが第一です。争地とは戦略上重要な要所を指します。味方が押さえれば有利になり、敵が押さえれば不利になる場所であり、敵に先を越された場合は偵察だけ行い撤収すべきです。間違っても攻めてはいけません。返り討ちにされるだけです。交地とは、敵も味方も自由に行くことができる場所を指します。連絡、補給の重要な場所となる為、十分な注意が必要で、隊列を崩されないようにする必要があります。逆にこれを利用して敵の連絡を遮断、または補給を断つという事ができます。衢地とは敵味方の国境が複数交じる地点を指します。ここを押さえる事は外交上、大変に有意義がある事です。交渉を有利に進める事ができ、さらに牽制を与える事が出来るでしょう。重地とは、敵国内で奥深く侵入しており、周辺が全て敵だからという状況を指します。この場合は素早く通り過ぎる必要があります。時間を浪費すれば、周囲を完全に包囲されて降伏しか手段がなくなる事でしょう。さらに食料の確保も困難となる為、食糧事情に注意して絶やさないようにする事が重要です。泛地とは、山林や沼地を踏み越えるなど、進軍が難渋する場所を指します。その場合は素早く通り過ぎる事が重要になります。囲地とは、奥へ進みには通路が狭く、そこから引き返すには曲がりくねっていて遠く、敵が寡兵で味方の大部隊を戦う事ができる場所を指します。よって事前に謀略を巡らせ、対策を考える必要があります。死地とは、突撃が迅速であれば生き延びる事が可能ですが、一瞬でも判断が遅れた場合、全滅必死の場所を指します。よって、間髪いれず死闘を繰り広げる以外手段がありません。よって、地形を上手く使う将は、敵の前線部隊と後方部隊が、お互いに連絡が取れないように、敵部隊がお互いに連携出来ないように分断、身分の上下を利用してお互いに助け合わない様に、指揮官と部下が助け合わないように、兵士が離散して集結できないように、集結しても相互に隊列を組めないようにさせる。こうして味方に有利な状況を生み出して行動を開始する。もしくは有利な状況になるまで機会を待ち、攻勢に出る」

 秀孝はそこで言葉を区切り、目の前にあるコップの水を一口飲んだ。

「…………バルハ城砦での戦いは泛地、囲地での戦いになります。俺はこの地形を徹底的に利用して敵をできるだけ奥へ、奥へと誘引して敵の前線部隊と敵本隊を切り離しました。これにより敵本隊へ奇襲攻撃が可能となり、さらに伏兵を用いた攻撃が可能となりました。結果はご存知の通り、敵部隊はバルハ城砦に至る沼地にて進軍困難となり、バルバロッサ将軍率いる伏兵部隊の対処が不可能となり、さらに呂布率いる奇襲部隊は何の障害もなく本隊へ奇襲攻撃が実行できました。レノーク湖畔の場合は争地、死地での戦いでした。我々は敵軍を誘導しつつレノーク湖畔の北側の争地を先に占領して待ち伏せしました。そして死地となったその場所で包囲攻撃を実施して敵軍を殲滅しました。争地を先に占領して死地となった時点で我々の勝利は不動のものとなったのです」

「…………地形一つでこれほどか」

 ライネは呆れた様子で話を聞いていた。他の諸将も再認識というべきであろうか、それぞれが腕を組み、顎に手を添えて考える仕草をしていた。

「……少し長くなりましたが、バルハ城砦、レノーク湖畔での勝利の要因としてはこのような所でしょうか」

「秀孝殿はそこまで考えて作戦を考えておられたのですか?」

 アルトが尋ねると、秀孝は顎に手を添えた。

「……そこまで……と言いましたが、アルト殿は剣を持たず、素手で戦場に出撃しますか?」

「は? いえ、必ず剣を装備します」

「同じです。戦う為の準備として地形を調べ、地形を把握するのは、戦う為に剣を持つ事を同じなのです」

「肝に銘じます」

 アルトは力無く頭を下げる。

「……秀孝、一つ尋ねたい。お前の先ほどからの言葉を考えると……戦う前に勝利を決定させるという事か?」

「呂布。それが戦略だ。戦いの大原則として、まず戦う準備を入念に行い、敵を調べ、敵を把握し、自分と敵を比較して勝てるか勝てないかを十分考え、一度戦うと決めたからには戦場となる場所を決め、そして敵を撃つ。故に、戦場で勝利を得ようと敵がするならば、我々の勝利は揺るぎない。それは、戦場で戦う前に既に勝利する事が確定しているからだ。刃を交えるのは敵を屈服させる為に行う。それは、お前たちは負けたのだ。と、敵の王、将、兵、民に至るまで分からせる為だ。戦術はその一戦で味方の被害を極限まで減らす為の手段に過ぎない」

「敗北を認めさせる為の戦いか」

「エーベルンの場合で言うと、我々はまだ負けていないと分からせる為に戦術的勝利を得ている。だが、現状戦略的勝利は一つしか得ていない。その一つとは紛れもないライネ陛下の即位だ」

「では、お前が考える最終的な戦略的勝利は何だ?」

「……………………」

 ライネが言うと、秀孝は不敵な笑みを浮かべるだけで、口を開かなかった。

「……それは、秘密という事か。この場にいる我々にも話せないのか?」

「策とは秘として初めてその効果を発揮するものです。残念ながら、まだお話する段階ではありません。ただ、一つ言える事は、この先も戦いは続く」

 秀孝はそれだけ言うと、椅子に座り直した。

「さて、せっかく地形の話が出たので、その地形の活用について話そう」

 秀孝はコップの水を一口飲むと、全員を見渡した。

「地形には九つの特徴がある事は先ほど話した。では、もう少し深く掘り下げよう。指揮官として、部隊を運用する者は知らなければならない事だ。まず、足場の悪い土地では宿営など論外だ。特にそれが大部隊であれば行軍が渋滞し、奇襲でも受けた場合は対応が後手後手となるだろう。また衢地では地の利を活かして周辺諸国と交友を結ぶ。これは、敵国を国際的に孤立に追い込む為だ。また、本国から遠く離れた土地では迅速に行動する必要がある。それは、本国からの補給が困難である為、長期戦は国家の負担が大きい。よって、短期決戦を行う。囲地のような土地では、脱出の手段を考える必要がある。死地では……全軍一丸となって出口を突破するしかない。また行軍するにも、通ってはならない場所もある。それは、行軍する場所が難所である場合だ。その侵入が浅ければ、行軍が滞り、戦闘部隊だけ無理にその難所を超えてしまうと、後続部隊と分断されてしまう。また、後続部隊と合流して確保しようとするとまちまち囲まれて捕虜になるだろう。また、敵軍には攻撃してはならない敵軍がある。それは、兵力上十分勝てる算段であっても、別の手段でもって簡単に撃破できる軍勢だ。また、敵城には、陥落させてはならない城もある。それは、例え陥落させてもその先に全身しても利益が無く、また占領しても守りきれない城だ。もしくは、どれほど強引に攻めても攻略が困難であり、別の勝利で自然と降伏する、又は、別に攻撃しなくても特に障害にならない城だ。土地にも同じ事が言える。水や食糧が十分に得る事が出来ない土地をどれだけ奪ってもそれは徒労に過ぎず、むしろ国家として負担が大きい土地だ。仮にライネがそれを実行しろと命令した場合は、無視すれば良い。軍中にあっては、それを受諾してはならない命令がある。九つの特徴と運用方法を知らない者は地形を把握してもその利益を活用できず、また兵士達の強さを発揮させる事は困難だろう」

 秀孝はここで区切り、またコップの水を一口飲む。

「よって、将たる者は必ず利と害の両面で考えなければならない。必ず利と害の両面を突き合わせて考え、利益に害の側面、害に利益の側面も交えて考え、結論を導き、決断を下す。故に、戦いの備えが重要になる。敵が来ない事を期待せず、敵が何時如何なる時でも来ても大丈夫な備えをする。敵が攻撃して来ない事を期待せず、敵が攻撃する事をためらう体制である事が重要であると言える。だからこそ、将は五つの危険があると言える。一つ、決死の勇気だけで思慮が欠ける者は殺される。二つ、生き延びる事しか頭に無く、勇気に欠ける者は捕虜にされる。三つ、短気で怒りっぽい者は、侮辱されて計略に引っかかる。四つ、清廉潔白で名誉を重んじる者は、侮辱されて罠に陥る。五つ、兵士を労わる人情の深い者は、兵士の世話に苦労が絶えない。この五つは将軍として重大な過失であり、軍を敗走させ、指揮官が死ぬ場合は必ずこの五つの何かが該当していると言えるだろう。しかし、全て該当しない完璧な人間などそうそういるはずもない。よって、各将一人一人がこれらを自覚して、己を律する事が肝要であると俺は考える」

「……お前の場合はどうなのだ」

 ヒエンが腕組みをしたまま秀孝に訪ねた。

「全部該当するね。思慮が欠けていると思っているから、常に考えている。生き延びたいと思っているから、少ない勇気を掘り起こしている。短気なので、常に心を平静に保つ努力をしている。清廉潔白という訳ではなく、ただの俗物だが、相手が何故その言葉を言ったのか、その理由を考えるように努力している。兵士を労わる事を俺は悪いとは思わない。だが、いざという時は全ての兵にここで死ねと言う覚悟を決めている」

「………………そうか」

 特に感想を述べず、ヒエンはそのまま口を閉じた。

「さらに、これは、現状では表面化していませんが、軍律に対して多少なりとも反する行動を起こす存在がいる。これについて、俺は重大な事だと認識している。この対策を今この場で決定して頂きたい」

「決定して欲しいというのは、既に対策案があるという事か?」

「はい」

 ライネが尋ねると、はっきりと秀孝は答えた。

「対抗案はたった一つです。今後、法に逆らう者は、如何なる出身、如何なる身分であろうと、罰する。それは、現国王に対してもそれは同様である。と、全ても者に対して宣言して頂きたい」

「貴様! ライネ様を罰するというのか!」

 ヒエンが激怒して怒号を放つ。リューネ、バルバロッサ、エドガー、アルト、フェニルも渋い顔をしていた。

「ヒエン! 口を慎め!」

 ヒエンに対して激怒の言葉を言い放ったのはライネであった。予想もしていなかったのだろう。ヒエンは凍りついた表情で固まっていた。

「秀孝、ヒエンの失言を許せ」

 ライネは立ち上がると、秀孝に対して深々と頭を下げた。

「秀孝の言葉、至極もっともだ。民が罰せられ、兵が罰せられ、貴族が罰せられ、王族は罰せられないのは不公平だ。法は誰に対しても絶対に公平でなければならない。そうだな、秀孝」

「はい、その通りです。誰に対しても絶対の公平である事。それが、法が法である存在意義であり、その価値であると考えます」

 この時、信繁が静かに笑った。その場に居た一同は何事かと信繁を見つめた。

「いや、これは失礼をしました。懐かしい光景を思い出してしまいまして」

「懐かしい?」

 隣に座る高順が尋ねると、信繁はライネの方向を向いて深く頭を下げた。

「恐れながら申し上げます。少々、昔の話をしても宜しいでしょうか?」

「……許す。申してみよ」

 ライネが許可を出すと、信繁は今一度頭を下げた。

「当主である我が兄の命令で家臣の者達と共に新たな法を定めました。甲州法度次第と申しまして、様々な法を改正したのです。それを見せて兄に納得して頂きました。その際、側近である春日虎綱(かすが とらつな)と申す者と二人で、兄自身の手で一つ付け加えるように申し出たのです」

「どのような一文だ」

「晴信の形儀その外の法度以下において、意趣相違のことあらば、貴賤を選ばず目安をもって申すべし。時宜によりその覚悟をなすべし。晴信とは、兄の名です」

「……当主自身も法を犯せば罰する。その覚悟をするように……か」

 ライネは感嘆を禁じ得なかった。自分自身を罰する法を書くように家臣や弟から言われて、すぐさま納得できる事に。

「はい。兄はとても驚いていましたが、同時に喜んでいました。兄はその場で嬉々として書き加えました」

「…………この私は貴殿の兄の足元にも及ばないな。私は納得するのに時間を要した。すぐに決心がつかなかった。貴殿の兄はどれほどの人物か」

「……私の知る限り……いえ、私より、秀孝殿の方が詳しく知っておりましょう」

 信繁の言葉に一同の目が秀孝に注いだ。

「…………武田晴信。後に武田信玄と名前を改めるのですが。……そうですね。戦績だけ言いましょうか。武田信玄自身が指揮した戦ですが。生涯に七十二回戦っています。勝ちは四九、負けが三、引き分けが二十」

「七十二度も戦いながら負けが生涯でたったの三度だと!?」

 リューネもこれには驚いたようで、思わず席から立ち上がった。

「ああ、そうだ。武田信玄公には好敵手と呼ばれる人物がいます。両軍は度々衝突していますが、一度も決着が付きませんでした。長尾景虎。後に上杉謙信と名前を改めますが、これもすごいですよ? 生涯に六十九回戦い、勝ちが四十三、負けが二、引き分けが二十四。野戦では無敗です」

「…………恐るべき名将とは……かくも存在するものなのか」

 ライネは大きく息を吐きながら言う。そして、久秀を見つめた。

「久秀、大至急、法が全ての者に公平に適用されるように検討せよ。その際、私の名を用いても構わぬ。信繁殿の兄にあやかり、私自身も法によって裁かれる事を明言せよ」

 ライネが久秀を見つめて言うが、久秀は首を横に振った。

「私が言っては効果がありません。こういう事は有無を言わせぬ事が重要であると考えます。同じ王族であるリューネ様が宜しいかと存じます。同じ王族であり妹であるリューネ様が言う事により、その重要性と信憑性が増し効果的に広がる事でしょう」

「よかろう。リューネ、良いか?」

 久秀の推薦を受け、ライネが見つめる中、リューネは大きく頷く。

「さてさて、話が纏まった所で本題に戻りましょうか」

 秀孝が促すと、高順が席から立ち上がった。

「秀孝殿にお尋ね致します。秀孝の軍略の根底にあるのは孫子兵法とお見受けいたします。私も勉学を励みましたが、孫子兵法は戦術に関して乏しいと感じました」

 高順が言うと、秀孝は微笑みを浮かべた。

「おっしゃる通りです。さて、では、高順殿に逆にお尋ねしますが。これより千年後もこの国の人々、そして、周辺諸国は同じ武器を使用しているでしょうか? そして、千年前の人々が我々と同じ武器を使用していたでしょうか?」

「……いえ、それはありえないと思いますが」

「はい、その通りでございます。高順殿は既に理解なさっているではありませんか」

「……申し訳ござらん。少々、理解に苦しむのですが……」

「戦いの方法、及び手段は時と共に変化します。新たな武器、新たな戦術、新たな構想が生まれます。故に、孫子の兵法はその根底である戦略を重視しているのです」

 秀孝は大きく息を吐くと、全員を見渡した。

「結局の所、戦うのは人です。それは絶対の不変です」

「…………されば、秀孝殿に問う」

「はい、何でしょう。陳宮殿」

「貴殿は今後の展望をどのように考えておられるのですか?」

「さぁ?」

 秀孝は肩をすくめて手を広げた。

「……それは、まだ決めていないという事ですか?」

「いいえ。まだ決める段階では無いという事です。まぁ、それでもある程度の展望を考えてはいますけど、敵の動き次第ですねぇ」

「………………その敵とは?」

 陳宮が目を鋭くして秀孝を睨みつけた。

「……さすが、陳宮殿。感づかれましたか。ええ、陳宮殿が考えている通り、ドゴール王がこっちに来るかどうか、周辺各国がどのように動くかどうか。まぁ、こちらの都合の良い方向には動かないでしょうねぇ……。面倒な事、この上ない」

「ドゴールの王……。アウグスタット王か」

 ライネが目を鋭くして呟いた。

「ええ。ドゴール王国を一代で数倍の国土に広げた征服王とでも言いましょうか? その御仁が大軍を率いて来るかどうか。できれば、来ないで頂きたいですねぇ」

「大軍を率いて……来た場合は?」

「さぁ? ライネ様次第ですよ? 戦います? 降伏します? それとも土下座して講和を願いますか?」

「決まっている! 戦う! それ以外に私に選択肢は無い!」

 ライネの堂々たる宣言に、秀孝は席から立ち上がって頭を下げた。

「では、陛下の御心のままに。軍師、本城秀孝。小才にして凡愚でありますが、全力を尽くしましょう」

 微笑む秀孝を見て、ライネは大きく頷いた。

「では、今日はこのぐらいにしておこう。いささか私も疲れた」

 ライネの言葉と共に、秀孝の兵法講座はその場で解散となった。

 ただ、秀秀だけは最後まで部屋に残った。

「…………で? お主の本音を聞こうか」

 全員出払ったのを見計らって久秀が話しかけた。

「本音? 何も無いですよ」

 秀孝は言いながら、羊皮に文字を書いた。

(聞かれている可能性あり)

「…………なるほど、何も無いか。しかし、お主の知識は深いのう」

 久秀も同じように羊皮に文字を書く。

(耳か)

「そのような事はありません。俺自身が学んだ事をそのまま言っているだけ。受け売りも良い所です」

(ある程度の予測は立ちました)

「ほほう、受け売りか」

(何者だ)

「まぁ、敵の動き次第で決まりますので、俺としては手の打ちようが無いのです。それに、本当にアウグスタット王が大軍を率いて来た場合、対応手段が無いのが痛い所です」

(我々全員見知っている者)

「では、敵本軍が来ないように工作する必要があるか」

(草との連絡はどうする)

「そこは久秀殿にお任せしようかと考えているのですが、いかがでしょうか? 問題があるならば検討をやり直す事も吝かではありませんが……」

(まだ草の存在は知られていないようです)

「委細承知した。まぁ、手を尽くしてみるが、どうなるか保証はしないぞ?」

(始末するのか)

「保証なしですか。これは痛い。お手柔らかにお願い致します」

(まだ泳がせます)

「当然であろう。我も完璧では無い」

(理由は)

「アウグスタット王か。一代の英傑。どうやって対抗したものやら」

(策あり)

「まぁ、それはお前に任せるとしよう。よいな?」

 久秀はそう言うと羊皮二枚を手に取り、懐にしまいながらゆっくりと席から立ち上がった。

「……秀孝。余り無理をするな」

 久秀は最後に一言だけ言うと、秀孝の部屋を後にした。

「………………ふぅ…………」

 小さく溜息を吐いて、秀孝は天井を見つめた。

 まだまだだ。レノークを手に入れて安堵している場合では無い。前哨戦が終わったと言えるほど、まだ本当の戦いは始まってもいない。

 しかし、忘れてはならない事がある。

 軍隊は法律に守られて暴力を行使する機関である。本質は守護では無く、支配と抑圧を行う暴力である。故に、守護として機能する為にはどの様にすれば良いか、十分吟味し続ける必要がある。これを忘れた時、軍隊は暴力集団として支配と抑圧を実行する。

 現在、エーベルン王国は支配という抑圧から解放する為に軍を動かしている。しかし、秀孝の考えている軍隊の暴力行使はその更に先にある。

 戦争は存在そのものが悪である。それを実行するのは軍隊だが、それを支持するのは民衆である。

 今は民衆も喜んで我々を支持するだろう。しかし、本来は支持されてはならない。必ず、抑制として反対者がいなくては困る。

 歴史を紐解けば人は実に都合が良い。

 戦争は良くない。人殺しは良くない。平和が一番だ! と、叫ぶ人は、戦争が始まる前は国賊として蔑まれ、侮蔑される。

 戦争で決着を付けるべきだ! 戦い、勝利をして初めて我々の主張が通る!我が国は決して負けることは無い! と叫ぶ人は、戦争終了後に、国家を傾けた平和に反対する悪として人々から断罪されるのだ。

 そう、人は戦争を始める時、人は生命以上に価値があるものがあると言い放ち、戦いを始める。そして、戦争を終わらせる時、人は生命以上に尊い物は無いと言い放ち、戦争を終える。

 だが、この国がそのような論調がまかり通る国になって欲しくはない。

 現在、エーベルン王国は国家統治機構として半壊状態である。今現在の状況であれば、一から作り直す事が可能かもしれない。

 王に負けない民。民に負けない王。王を監視する民。民を抑制する王。

 相互に真剣に向かい合えば、エーベルン王国はこの時代レベルで言えば周辺諸国から幾つも抜きん出た強大な国家となるだろう。

 それは軍事力では無く、領土でも無く、国力でも無い。国家として一つの単体として強さだ。

「……野心の塊だな。俺」

 溜息と共に秀孝は自己嫌悪に陥る。何一人で勝手に盛り上がっているのだろうか。

 しかし、平和という最終目標の為に、やれることはやりたい。

 そんな漠然とした想いが、秀孝の中で渦巻いていた。

後書き


作者:そえ
投稿日:2012/08/11 03:25
更新日:2012/08/11 03:25
『神算鬼謀と天下無双』の著作権は、すべて作者 そえ様に属します。

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作品ID:1137
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