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作品ID:2104
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魔動戦騎 救国のアルザード

小説の属性:ライトノベル / 異世界ファンタジー / 批評希望 / 中級者 / 年齢制限なし / 完結

前書き・紹介


第十章 「繋いだ明日と」

前の話 目次 次の話

 
 
 気が付くと、白い天井があった。
 清潔な病室のベッドの上で、アルザードは目を覚ました。
「アル!」
 声がした方へ目を向けると、ベッド脇に一人の女性がいる。
「マリア……?」
 少し驚いて許婚の彼女の名を呼ぶ。
「アルが目を覚ましたわ! 先生を呼んできて!」
 彼女は病室のドアから上半身を廊下に出して声を張り上げた。
 相変わらず良く通る声だ。
 体を起こそうとして、出来なかった。動かそうとすると、痺れているような感覚に襲われて上手く体を動かせない。全身の神経回路が捩れてしまったような錯覚に見舞われている。
 やがて医師らしい男と、エクターが病室へやってきて診察をされた。
「命に別状はありません。恐らくは過剰な魔力の行使をし過ぎた反動でしょう」
 医師の見立てでは、規格外の魔力適性を持つアルザードが、自身の許容限界を超える魔力消耗をした結果だろうとのことだった。
 魔力の行使には精神疲労を伴う。通常ならば肉体疲労と似たような感覚で、気だるさや倦怠感、息切れといった症状が出て、それでも行使を続ければ限界を超えたところで意識を失う。意識を取り戻しても、体内の魔素や精神が十分に回復するまでは体を動かすのに気だるさを伴ったり抵抗や重さを感じたりする。
 アルザードの場合、生来の規格外の魔力適性によってそういった感覚とは無縁に生きてきたこともあり、限界を超えて魔力を行使した際の反動も相応に大きいのではないかということのようだ。
「それもあるだろうが、痺れに関しては《イクスキャリヴル》も原因だろうね」
 医師の診断結果も踏まえて、エクターが見解を述べる。
「《イクスキャリヴル》との感覚同調が想定以上に行われてしまった結果、機体から降りた後の肉体感覚がまだ搭乗中の状態から戻り切ってないってことだろう。機体に魔力を流していた感覚、機体を動かしていた時の感覚が抜け切っていないとも言えるかな」
 《イクスキャリヴル》はただ動かすだけでも莫大な魔力を要求する。同時に、その拘り抜かれた材質と性能から、まるで自分の体以上に自由自在に動かせているような錯覚に陥るほど、感覚が機体に引っ張られることになった。
 開発したエクターからすると予想以上に良く出来たと言えるわけだが、戦闘が終了して機体との魔力による接続が切れたアルザードの体は、《イクスキャリヴル》を動かしていた時の感覚からまだ元に戻っていないという、反動にも似た状態になってしまった。
「でも、分かる気がするよ」
 《イクスキャリヴル》で戦っていた時のことを思い返せば、その説明にも納得がいく。
「今思い返してみれば、恐ろしさすら感じる」
 何でも思い通りに壊せてしまえそうな、全能感、万能感、そんな気持ちが湧き上がってきていた。不思議な昂揚感があった。
 思い描く通りに《イクスキャリヴル》は動き、思い描いた瞬間にその行動が既に実行されている。剣を振り、敵を斬ろうと思えばその時には既に斬り付けていて、跳ぼうと考えた時にはもう空中にいる。下手をすると自分の体を動かすよりも早く、《イクスキャリヴル》は動いていたのではないかとさえ思うほどだった。
 同時に、機体から返ってくるあらゆるフィードバックが生身のそれに近かった。走れば装甲表面にぶつかる風の流れを感じ、足の裏には設置している地面の存在を感じ、各部に自重がかかっていることも分かる。何かを掴めば、手のひらには掴んでいる感触があるように感じられた。生身の、ヒルトを握っているという感覚も確かにあるのに、だ。
 三ヵ国の軍勢と戦っている途中からは、バイザースクリーンに映る視界がまるで自分の目線にすら感じられていた。操縦席のスクリーンパネルの光景や、自分の両手がヒルトを掴んでいるのも見えているのに、アルザードが《イクスキャリヴル》になったかのような気さえしていた。
 冷静に思い返してみれば、これは恐ろしいことなのではないだろうか。
「そうだ、あの後どうなったんだ?」
 はっとして、エクターに問う。
 あまりにも敵が多過ぎたことと、高揚していたことで最後の方は記憶が曖昧だった。全滅させたと思った瞬間に、眠りに落ちるように意識がなくなった。
「敵軍は全滅。歩兵部隊などの侵入も近衛やこちらの歩兵たちで防げた。完勝と言っていい」
 エクターは満足そうに笑みを深めた。
 それは名実共に、《イクスキャリヴル》によって状況が覆されたことを意味する。
「君は最後の一機を仕留めると同時に意識を失い、《イクスキャリヴル》も稼動限界を迎えて機能を停止。操縦席から運び出された君は丸一日眠っていた」
「丸一日……」
 つまり、あの戦いから二日経っている。
「痺れが抜けるには、もう一日か二日はかかるんじゃないかな。この反動は正直、予想外だったけれど」
「反動をなくすことは?」
 アルザードよりも先にマリアが問う。
「あまり現実的ではないかな。性能を抑えるか、稼働時間を抑えるか、ぐらいしか案が浮かばない」
 エクターは腕を組んで唸りながら答えた。
 《イクスキャリヴル》に求められていることを考えれば、性能を抑えるというのは論外だ。稼働時間を抑える、というのも状況次第なところがある。元々《イクスキャリヴル》は設計の段階から莫大な出力を得るために消耗も相応のものになっており、炉心への高濃度エーテルの充填を繰り返すことで稼働時間を無理矢理延ばしているほどだ。
 先の戦闘を取っても、敵の数に対して経過した時間は恐ろしいほどに短いのである。
 運用する側としては稼働時間の延長を考えることはあっても、短縮することは視野に入れられないだろう。反動をなくすことが性能とトレードオフになってしまうのであれば、《イクスキャリヴル》の設計思想とは相反してしまう。
「ともあれ現状については一通り説明しておかないといけないね」
 エクターは脇にあった椅子をベッドの近くに寄せて腰を下ろすと、改めて語り始めた。
「まず最初に、アルフレイン王国は首の皮一枚で繋がった。君の活躍のお陰で敵の主力はほぼ壊滅。三ヵ国それぞれにまだ戦力はあるだろうが、先の戦闘により混乱している。暫くは《イクスキャリヴル》の存在が抑止力にもなるだろう」
 王都を陥落させるために展開していた部隊は、三ヵ国連合の主力と言っていい規模のものだった。王都の制圧と、その後の利権のためにもそれぞれが残る戦力の半数以上を展開させていたはずだ。
 アルザードが《イクスキャリヴル》で魔動機兵の相手を一手に引き受けたことで、近衛や王都にいる歩兵の騎士たちは、敵の歩兵や諜報員といった生身の部隊が王都に侵入するのを防ぐことに集中できた。
 結果的に、王都は完全な形で守られ、奇襲を受けて戦闘となった西部の被害だけで済んだとのこと。
 突如として現れた規格外の魔動機兵《イクスキャリヴル》の存在は、三ヵ国だけでなく世界中に衝撃を広げている最中だと言う。
 単機で状況を覆して見せたその様はアルフレイン王国の民からすればまさに救世主的なもので、王都では昨日からその話題で持ちきりらしい。
「英雄の再来、白銀の救世主、虹の騎士、なんて言われているのよ」
 どこか誇らしげに、マリアが笑う。
「さすがにそこまで言われるとむず痒いな……」
 それを為したアルザードは反動のせいで身動きが取れずベッドで寝ている、というのはなんとも格好が付かないものだが。
 とはいえ、これまで窮地に立たされ絶望感に包まれていたであろう国民たちに明るさが戻ったのは喜ばしいことだ。アルフレイン王国としても、この雰囲気は壊したくないものだろう。
「とはいえ戦争はまだ終わったわけじゃない。依然として厳しい状況にあるのは変わらないし、三ヵ国連合がこれからどう出るかでもまた色々と変わってくる」
 王都の陥落という最悪の事態は免れたとは言え、アルフレイン王国が劣勢であることに変わりはない。ベルナリア防衛線が突破されたことで、防衛戦力は大きく低下したままであり、人員や資源が回復したわけでもない。
 エクターが言うように、トドメを刺されるという事態を回避したに過ぎない。勿論、《イクスキャリヴル》の投入により三国の戦力は大きく削がれただろうが、それもあくまで侵攻に割いていた戦力、というのが実際のところだ。これまでと同等の規模で侵攻されることは無いにしても、三国に致命的な痛手を負わせたとまでは考えない方が良い。
「《イクスキャリヴル》は?」
「全面的にオーバーホールしているところだね。先の戦闘で得られたデータは調整に活用するとして、消耗や破損したものの中には作り直しが必要なものもある。ライフルに関しては構造そのものを見直さないといけないしね」
 アルザードの疑問に、エクターは答えた。
 戦闘後に回収された《イクスキャリヴル》は今、エクターの基地に戻され修理と整備が進められているようだ。特注部品でしか構成されていない機体だけあって、その作業も言うほど楽なものではないだろう。
「で、それにも関連して明日開かれる会議には君にも出頭してもらわなければならないわけだけど……」
 エクターは言って、ベッドに横たわるアルザードを見る。
 これから一日でどれほど反動が抜けるのか分からない。最悪、誰かの補助付きで出席することになりそうだ。
 と、病室の外から誰かが走ってくる音が聞こえ、ドアが勢いよく開いた。
「お兄様が目を覚ましたと聞きました!」
 室内に飛び込んできたのは、アルザードの妹エレイン・ルゥ・ラグナだった。
 ほんのりと紫がかった銀髪に、菫色の瞳をした若い女性だ。体付きは細めだが、メリハリのあるスタイルをしている。身長は年齢を考えると平均よりもやや低いだろうか。童顔ではあるが、きりっとしているところもあり、顔立ちはどこかアルザードと似ている。
「そんなに走って騒がしくしては怒られてしまうよエレイン」
 やや遅れて、窘めるような言葉と共に、若い青年が姿を見せた。
「お前たち、どうしてここに……?」
 アルザードは驚いて二人に視線を向ける。
 後から入って来たのはエレインの婚約者、セアノ・ブルクだ。短く刈った紺色の髪に、青い瞳と柔和そうな顔立ちだが、体付き自体はしっかりしている。魔力適性が乏しかったこと、貴族でなかったことなどのいくつかの理由から騎士養成学校には入れず、家業のパン屋を継いだ男だ。実際、彼の焼くパンは美味しい。
「私が教えたの」
 マリアが笑って答えた。
 アルザードの家族に事情や状況を伝えたのはどうやらマリアのようだ。
 王都では《イクスキャリヴル》の騎手に関する話題で盛り上がっているようだが、極秘裏に開発されていたこともあって騎手が誰であるかはまだ公表されていない。
 エクターに許可と確認を求めた上で、マリアがラグナ家に伝えたらしい。
「余計なことだったかしら?」
「いや、いずれ伝わるだろうし構わないよ」
 アルザードがそう答えるだろうと分かった上で悪戯っぽく言うのだから、マリアも自慢したいのだろう。自分の夫になる者が国を救ったのだ、と。
「丸一日も眠っていて、空腹でしょう? 彼にパンを焼いてもらってきたの」
 エレインは笑顔でそう言って、セアノを促した。
「食事は、取れそうなのですか?」
 寝たままほとんど身動きをしないアルザードを心配しつつ、セアノは手に提げていた袋包みを広げてパンを差し出した。
「ああ、体は反動でまだまともに動かせないが、言われてみれば腹は減っている」
 苦笑を浮かべ、身を起こそうとしてみるが、やはり思うように力が入らない。すかさずマリアが背中を支えるようにして、上半身を起こしてくれた。力は入らないながら、一度起こされた姿勢を維持するぐらいならなんとかできそうだ。眠っていた間にも多少、回復はしているということか。
「症状自体は肉体感覚の麻痺程度ですから、食事は大丈夫です。ただ、むせてしまうかもしれませんので良く噛んで、ゆっくり食べた方がいいでしょう」
 目配せをすると、意図を察した医師は頷いてそう答えた。
 焼きたてのパンの香ばしさが鼻腔をくすぐる。
 パンを受け取ったマリアが手で一口大に千切って食べさせてくれた。
 表面のさっくりとした食感に続いて、内側はふんわりしていて口の中でほどけていくようだ。パンそのものの甘みだけでなく、生クリームも混ぜてあるようで、上品でまろやかな甘さが程好いアクセントになっている。それでいて甘過ぎず、小麦本来の味わいもしっかりしている。他の料理と合わせて食べるのにも良さそうだ。
「ああ、これは美味い……」
 思わず笑みが漏れる。
 空きっ腹にじんわりと、優しく染み渡るようだ。
 貴族や王族御用達の高級品にも劣らない上質なパンだった。むしろ、それらよりも口当たりが高級過ぎず、食べ易いくらいだ。
「あらほんと、凄く美味しいわこれ」
 アルザードの反応で気になったのか、マリアも一口食べて目を丸くしている。
「良かった……実は新作なんです。まだ持ってきていますから、良かったら皆さんもどうぞ」
 セアノは安心したように笑って、別の包みを差し出した。
「救国の英雄が絶賛したパンって売り出せばきっと売れるわね!」
 新作の評価に不安だったセアノとは対照的に、エレインは得意げだ。彼が作るパンが美味しくない訳がないとでも思っているのだろう。パン屋であるセアノとしては、店に出せるレベルかどうかが不安なのだろうが。
「本当だ、これは美味しい。この程好い甘みがいい。いくらでも食べられそうだ」
 エクターまで絶賛している。
 単に甘いパンであればその辺にも売っているが、それらとは明らかな違いを感じる。こういったところにセアノのパン屋としての腕や心が表れている。
「……やっと、実感が湧いてきたよ」
 穏やかな時間、笑い合う人たちの顔をその目で見て、アルザードは事態が好転したのだとようやく実感できた。
 妹と、その婚約者の表情に不安は見られない。きっと、つい先日まではこんな日が訪れるとは思っていなかっただろう。
 《イクスキャリヴル》が開発されていることを知らない人々にとって、王都が襲撃された時のことは世界の終わりにも等しかったに違いない。絶望的な状況、未来は閉ざされ、滅ぼされるのを待つしかない、生き延びられたとしてもどんな生活が待っているか分からない、そんな非情な現実を突き付けられた瞬間だったはずだ。
 だが、《イクスキャリヴル》はそれを打ち砕いて見せたのだ。
 本来ならもっと早くに実戦に投入する計画だったのだろう。こういう事態に陥る前に、劣勢を覆すのが理想だったはずだ。
 過ぎたことをとやかく言っても仕方がないことではある。
 今回、アルザードが動かした《イクスキャリヴル》でさえ、エクターに言わせれば完成ではないのだ。作業が遅れたことで、《イクスキャリヴル》の性能から妥協点が減ったという見方も出来る。結果的に、ギリギリの状況にまでなってしまったが、求められた性能を発揮することはできた。
 今重要なことは、国を救えたこと、繋ぐことが出来たという事実だ。
 そして、これからアルフレイン王国が、三ヵ国連合がどう動くのか。
 
 翌日、まだ僅かに痺れの残る体をおして、アルザードはエクターと共に王国議会の会議場に足を踏み入れた。
 その場には既にアルフレイン王国を代表する首脳陣が席について待っていた。
 騎士団に三人しかいない正騎士長たちの姿もある。
 輪のように中央のあいた大きな円卓には、中心にある台座の元へ入れるよう一箇所だけ切れ目がある。その切れ目の反対側は一つだけ装飾のある席となっていて、そこだけまだ空席になっている。その席の奥の方には会議場への入り口ほど大きくはないが高貴さを感じさせる装飾が施された扉があった。
 アルザードとエクターが会議場に入るのに一歩遅れて、奥にある扉が開いた。
 円卓に座っていた者たちが一斉に立ち上がり、入って来た人物に対して敬礼を行う。
 アルザードとエクターも例外ではなく、胸の前に握った右手を掲げ、腰の辺りで握った左手の親指と右拳の親指を合わせるような敬礼の動作をした。この動作は、騎士が眼前に掲げた剣を腰に携えた鞘に戻す動きを敬礼としたもので、簡易式の敬礼とは鞘に戻す動作を省略したものだ。
 敬礼を受けながら扉から入ってきたのは、一人の男だった。
 短く丁寧に切り揃えられた金髪に、金の装飾があしらわれた純白の衣装を纏った男は、ゆっくりと円卓へと進み出る。高貴さの滲み出る整った顔立ちは、穏やかでありながらも切れ味の鋭い刃物のようで、佇むだけで他を圧倒するようでさえある。
 彼こそが、アルフレイン王国の現国王、アルトリウス・アル・アルフレインだ。第十三代国王ということで、アルフレイン十三世と呼ばれることもある。
「皆、揃っているようだな、楽にしてくれ、早速始めよう」
 落ち着きがありながら、凛とした良く通る声で国王は会議場内を見渡して告げた。
 それを聞いた首脳陣は一礼した後に席に腰を下ろす。アルザードとエクターもそれに倣って端の席に座った。
「まずは現状の確認を」
「は! 三ヵ国連合軍は前線基地を放棄、国境付近まで後退しこちらを警戒しているようです」
 国王の言葉に、円卓に座るうちの一人が起立し、手にした書類を読み上げる。
 三ヵ国それぞれが、アルフレイン王国の王都侵攻部隊を壊滅させられたことで、王国側からの反撃を警戒して後退したようだ。
 アルフレイン王国としてはベルナリア防衛線を突破されたことで、反撃に転じるだけの戦力はない。どうにか捻出するとしても、まともに動かせるのは近衛部隊ぐらいしかないのが現状だ。
 ベルナリアの生き残りや、可能な限りでの再編を急いではいるが、実用可能な部隊が編成されるまでにはまだしばらくかかる見込みだ。
 三ヵ国側も、アルフレイン側の通常戦力が限界を超えていることは知っている。それでも尚、前線基地を放棄して後退したというのは《イクスキャリヴル》を警戒してのことだ。
 敵からすれば、《イクスキャリヴル》は未知の存在だ。王都侵攻部隊を単機で、しかもほぼ無傷で全滅させた兵器ということで、それぞれの前線基地を攻撃されたらまず抵抗できないと考えたのだろう。
 実際、《イクスキャリヴル》で攻め込めば前線基地の各個制圧など容易いことではある。整備が容易くはないであろうことは敵も予測しているだろうが、目立った損傷がないことからいつ襲撃されるか分からない脅威であることに変わりはない。
 王都侵攻時のように、三ヵ国の戦力が終結しているわけでもない前線基地は、突如現れた《イクスキャリヴル》に対して不安要素しかない。そして同時に、三ヵ国それぞれが自国の前線基地を防衛しようと思えば、他の二国に増援要請をしなければならない。王都侵攻部隊を壊滅させられたそれぞれの国に、増援を出す余裕などなく、出したところで侵攻部隊ほどの規模に出来ないとなれば《イクスキャリヴル》に対抗などできるはずもない。
「尚、つい先ほどセギマの使者から内々の通達が届き、三ヵ国連合を離脱する旨と、停戦の申し入れがありました」
 男はその言葉を最後に着席した。
「セギマは撤退を選んだか……しかし判断が早いな」
 銀を基調とした主位騎士(ロードナイト)の制服に身を包んだ男が呟いた。アルフレイン王国騎士団に三人しかいない正騎士長のうちの一人、ルクゥス・ア・ギルアだ。藍色の長髪に澄んだ水のような青い瞳を持つ流麗な男だ。
「三ヵ国のうち、国家としてはセギマが最も小国ですしね。先の戦闘で《ブレードウルフ》隊を始めとする要となる戦力が潰されたのも効いているのでしょう」
 同じく銀を基調とした制服を纏った女性が応じるように言った。彼女も三人の正騎士長のうちの一人で、セイル・レ・ガイアスと言う。黄金色の髪に、濃い金の瞳を持つ凛とした女性だ。
 彼女の言う通り、セギマは三ヵ国連合の中では国としては最も規模が小さい。国土は狭いものの、土地は悪くなく、技術力や技量、武力の面は三ヵ国の中で最も高かった。それを象徴していたのが《ブレードウルフ》を筆頭とする魔動機兵の精鋭部隊の存在で、それはアルフレイン王国も嫌と言うほど知っている。
 だが、今回は王都侵攻のために精鋭部隊を多く回したことが裏目に出てしまった。精鋭を多めに配備することで、王都侵攻作戦の優位を得て、戦後の取り分や発言力を増大させたかったのだろう。
 勝ちが確定したような情勢だったこともあり、今回の戦争の利益をより多くしたいという思惑はどの国にもあった。
 だが、《イクスキャリヴル》の投入でセギマにとって重要な戦力の多くが失われた。得体の知れない新型機の存在を前に、自国の防衛を考えるなら手を引く方が良いと判断したのだろう。最大戦力とまで言われていた《ブレードウルフ》が手も足も出なかったのだから、早い内に停戦を申し入れて攻め込まれるリスクを減らそうというわけだ。
「我々も王都までは追い詰められたのだ。停戦を拒否して反撃するにしても、直ぐにとはいかん。これは受けざるを得んだろうな」
 ルクゥス、セイルの隣に座っていた大柄な男が腕を組んで唸るように言った。白いメッシュが入った黒髪に紫の瞳を持つ、正騎士長アーク・ミグ・フィリアスだ。かつてアルザードが所属していた獅子隊を抱える騎士団長でもある。
「その点で、まずは礼を言わねばなるまい」
 アルトリウス王は穏やかな、しかし良く通る声で僅かに手を挙げ、場を制した。
「新型魔動機兵の製造と、実戦投入による王都の防衛、大義であった。アルザード・エン・ラグナ上級正騎士、エクター・ニムエ・メーリン特級技術正騎士」
 場の全員の視線が集まる中、アルザードは耳を疑った。
「あの、私は上等騎士のはずですが……」
 アルザードは低位騎士(ローナイト)の上等騎士、エクターは中位騎士(ミドルナイト)の一級技術騎士だったはずだ。王直々の礼もそうだが、付随する階級がおかしい。
 エクターのフルネームもそうだ。メーリン家と言えば、アルザードのラグナ家と同等以上に有名な名門だ。王家に仕える優秀な人材のいくらかはメーリン家の血が流れていると言われている。今まで、ニムエがエクターのファミリーネームだと思っていたから驚いた。
「まさかあれだけの事を成しておいて、昇級がないとでも?」
 セイル正騎士長はおかしそうに笑う。
「確かに異例ではあるが、あれだけの敵を相手にたった一機で完勝してみせたのだ。正騎士長と言えど我々にもあのような真似はできん」
 ルクゥス正騎士長の目にも、アルザードたちを侮ったり、見下したりといった色はない。国家存亡の危機に、何も出来なかった歯痒ささえ滲んでいるほどだ。
 既に、ここにいる者たちには《イクスキャリヴル》がアルザードにしか使えない機体であることは知られている。
「それに、救国の英雄が低位騎士では格好も付かんだろう。受け取っておけ」
「はっ、ありがとうございます!」
 アーク正騎士長に言われ、アルザードは姿勢を正して頭を下げた。エクターも黙って一礼する。
「さて、今回お二人に出席してもらっているのは、その新型《イクスキャリヴル》を含めた今後のことを話し合うためです」
 アルトリウス王の右手側、三人の正騎士長とは王を挟んで反対側に座っていた青年が静かに立ち上がり、皆を一瞥して口を開いた。銀を基調とした制服には、僅かに金の装飾が入っている。主位騎士階級の最上位、アルフレイン王国の騎士団を束ねる総騎士長の肩書きを持つ、キアロ・ゴ・ランスタインである。王の右腕とも言われる存在だ。
「既にお聞きの通り、セギマからは停戦の申し込みがありました。まずお伺い致しますが、《イクスキャリヴル》を再び稼動させるのにどれだけの期間が必要ですか?」
「そうですね……必要な資材が揃っていたとしても、最低でも後五日ほどは欲しいところです」
「たった一機、しかもほぼ無傷というではないか、そんなにかかるものなのかね?」
 キアロ総騎士長に問われたエクターが答えると、政治関係者の方から声が上がった。
 エクターに与えられている施設の規模は決して小さなものではない。人材の質もエクターの眼鏡にかなうだけの技量を持った者たちが揃っている。そこに資材を最優先で回したとしても、エクターは後五日は必要だと言う。
「今のはあくまでも理想通りに行った場合の話です。現状を考えれば、最優先で物資を回して頂けてもいいところ一週間は見積もっておいた方が良いかと」
 エクターはさも当然とでも言わんばかりに答える。
 間近で開発現場を見ていなければ、アルザードも俄かには信じ難い内容だ。
「ちなみに必要な物資一覧はこちらの資料をご覧下さい」
 用意していた書類をエクターが円卓に配布すると、それを目にしたほぼ全員が表情を変える。驚く者、渋い表情をする者、様々だ。
「先に申しておきますと、私としては先の戦闘で投入した《イクスキャリヴル》の状態は万全とは言い難いものです。お渡しした資料に書かれたものは、先の戦闘時の状態にするために必要なものとなります」
 追加で放ったエクターの言葉に、アルザードを除いた全員が絶句する。
 王都防衛のためどうにか実戦投入を果たした《イクスキャリヴル》は、満足の行くテストを何もしていないという、兵器としては危険極まりない状態のものだった。エクターの設計や作業者たちの腕が良かったのだろう、求められていた能力を発揮することは出来たが、次も同じように行くとは限らない。
 全く同じコンディションに出来たとしても、投入する戦闘状況が違えば望む結果を引き出せるかは未知数だ。
 今回の戦闘で消費した物資についても資料として示し、エクターは《イクスキャリヴル》が未だ完成形とは言えないことを説明した。
 最も青い顔をしているのは物資関係に携わる者たちだ。これまでの開発だけでも時間と費用、物資が相当かかっているのに加え、一度の運用で消費した物資のリストから、補給と継続運用するためのコストを計算して頭を抱えている。
「となるとこちらから打って出るには最短でも一週間は必要ということか」
 ルクゥス正騎士長も《イクスキャリヴル》の運用の難しさは理解しつつも、戦況について思案を巡らせている。
 騎士団の再編も並行で進めるとしても、アルフレイン王国側から攻撃を仕掛けるとして最も早い手段は《イクスキャリヴル》の投入だと考えているようだ。
「しかし、運用コストは正直言って見合っているとは思えませんね」
 セイル正騎士長はあえてそう口に出した。
 高コストかつ量産の効かない特注資材ばかりを使い捨てとでも言わんばかりに消耗することが予想される《イクスキャリヴル》を何度も運用するという手は国の財政を圧迫し過ぎる。
「ただでさえ特例措置を取って予算を付けているというのに、これ以上かかるとなると、運用そのものが危ういとしか……」
 情勢が情勢だけに、最後の望みをかけてプロジェクトを進めた背景はあるが、やはりコストを無視し続けることはできない。政治関係の首脳陣たちはそこに目を瞑ることはできない。
「騎士団の負担、とするにもこれでは些か大き過ぎますな」
 アーク正騎士長も眉根を寄せて、唸るように呟いた。
 兵器という括りで考えるなら、《イクスキャリヴル》は騎士団の所有とするのが当然の帰結である。だが、管理、維持、運用を継続的に行っていくことを考えると、《イクスキャリヴル》の高過ぎるコストは大きな重荷にもなりかねない。
 国家滅亡の危機を救った希望の象徴とは言え、資材の消費がある以上は避けて通れぬ問題でもあった。ただでさえ、侵略されたことでアルフレイン王国は疲弊しているのだ。全額騎士団で負担するということは、それを支える国民の負担も増えることになる。
 特例措置を続けようにも、これまでの開発の時点で限界に近い。
「それについてだが、王家が負担しようと思う」
 アルトリウス王の提案に、首脳たちがざわつく。
「そうさな、六割ほどでどうか?」
「三割を騎士団、残り一割を技術研究開発の方面に含めれば、どうにか現実的な範囲にはなりますね」
 王の言葉に、キアロ総騎士長が資料を見つつ答える。
「三割……三割か」
 腕を組み、顎に手を当ててアーク正騎士長が唸る。ルクゥスとセイルの正騎士長二人も複雑な表情でそれぞれ思案を巡らせているようだ。
「ううむ、致し方ありませんな……今はそれで手を打つより他はないでしょう」
 首脳陣も根負けしたように、渋い表情をしながらも王の提案を採用する方向で話を進めることにしたようだった。
 国民の感情という面もあるだろうが、《イクスキャリヴル》の戦力としての価値はもはや無視できない。およそ軍事的なもので考え得るありとあらゆる絶望的な状況を覆せる可能性が現実に示されたのだから、運用に難があっても《イクスキャリヴル》を放棄するという選択肢は取り難い。
 戦争が終わったわけでもないのだ。三ヵ国をどうにかできたとしても、この先起きるかもしれない新たな戦争に対し、《イクスキャリヴル》は強力なカードとなる。
「ということだが宜しいかな? エクター特級技術正騎士」
「研究開発が続行出来るのであれば異論はありませんよ」
 キアロ総騎士長の確認に、エクターは肩を竦めて答えた。
 エクター個人の資金で研究開発が続けられるような規模のものではないのだから、決定権は無いも同然だ。しかし、実際に開発を主導するのはエクターだ。エクターが拒めば《イクスキャリヴル》の運用は出来なくなるのだから、承諾を得るという行為には意味がある。
「――会議中失礼致します! キアロ総騎士長、アンジアより緊急の伝令です!」
 慌しいノックから間を置かず、血相を変えた騎士が一人会議場に飛び込んできた。
「アンジアから……?」
 キアロ総騎士長に駆け寄り、書簡を渡した騎士は王と皆に敬礼をして会議場入り口まで下がる。
「これは……」
 渡された書簡の封を切り、目を通したキアロ総騎士長が表情を歪めた。
「総騎士長、如何しました?」
 セイル正騎士長が内容の開示を促す。
「アンジアから捕虜交換の要求が届きました」
「捕虜交換だと? こちらに出せるような捕虜はいたか?」
 キアロ総騎士長の言葉にルクゥス正騎士長が眉根を寄せた。
 敵国の捕虜が全くいないわけではない。ただ、捕虜交換をするほどの重要な存在はいないはずだ。アルフレイン王国には多数の捕虜を維持する余裕も、そもそも捕らえる余裕もないのが現状だ。
「アンジアは、捕らえたアルフレイン王国の全捕虜と、新型機……《イクスキャリヴル》の交換を要求してきています」
 キアロ総騎士長は端整な顔を歪ませて、書簡の内容をそう要約した。
「何だと……!」
 アーク正騎士長が声を荒げる。
「……捕虜のリストが同封されていますので、目を通したら回して下さい」
 キアロ総騎士長からアルトリウス王へ、そこから円卓を時計回りにするように、三人の正騎士長、何人かの首脳陣を経てアルザードの元へとリストが回ってくる。
「返答の期限は一週間後。応じない場合には捕虜を全員処刑する、と……」
 総騎士長の声を聞きながら、リストを見ていたアルザードは息を呑んだ。
 その中には、見知った名前が書かれていた。
 グリフレット・デイズアイ、サフィール・エス・パルシバル、と。

後書き


作者:白銀
投稿日:2019/03/27 17:06
更新日:2019/03/27 17:06
『魔動戦騎 救国のアルザード』の著作権は、すべて作者 白銀様に属します。

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作品ID:2104
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