作品ID:22
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ローバス戦記
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 連載中
前書き・紹介
第七話 誓い
前の話 | 目次 | 次の話 |
深い夜の闇が支配する森の中、ローバス軍敗残の騎兵が四騎。ゆっくりとした足取りで進んでいた。
ローバス王国第一王位継承者、アリシア=ローバス。
近衛騎士団団員、ティア=リューカス。
ローバス十将軍の一人、グリュード=カルベラス。
紅蓮騎士団団長、ホルス=レグナール。
それが彼らの地位と名であった。
一行の先頭はグリュード。そのすぐ後をティアとアリシア。ホルスは最後尾で背後を守っている。
「ホルス、その、ローバス随一の賢者とは何者なのですか?」
質問したのはアリシアだ。
「賢者? 陰謀家の間違いです」
ホルスはそう言うと、大きくあくびを一つした。
「名はシャルス=レンファ。軍務書記官をしていました。一年前、出奔してしまいましたが……」
正確に答えたのはグリュードだ。
「まあ、陰謀家といえば……そうですな。その通りかと」
グリュードは微笑みながら旧友の悪口を言った。
「……その、シャルスという人物は今は?」
「今はこの先の村で学塾の講師をしながら、居酒屋を経営しております」
グリュードが答えると、森をちょうど抜け、闇の中にいくつかの光が見えた。
「あの村です。彼はあそこにいます」
グリュードが言うと、アリシアとティアは頷き、馬を飛ばした。
「麦酒おかわり!」
「あいよ! ちょっと待ってくださいね」
たくましい太い腕の男が言うと、手元で料理をしていた青年は、微笑みながら答えた。
酒場の主人である青年はかなりの長身で、容姿端麗の貴公子のような風貌だった。彼が目当てで酒場に小戸ずれている女たちも幾人かいる。
「はい、山菜と羊肉ステーキだよ!」
シャルスが叫んでカウンターの上におくと、注文した男がカウンターまで取りにいった。
大きなグラスを手に、シャルスが麦酒を注いでいると、店の外で馬の嘶きが聞こえた。
しばらくして扉が開き、シャルスはいつもどおり「はい、いらっしゃい」と叫んだ。
一瞬酒場は沈黙で包まれた。
全身返り血でまみれた黒鎧の男と、真紅の鎧の男が入ってきたのである。
二人の騎士が扉の両側に立つと、ゆっくりとした足取りで純白に金細工の装飾がされた鎧を纏う、美しい少女が入ってきた。
何人かが、少女の美しさに驚いて手に持っていたフォークやスプーンを落とした。
「……おい、グリュード、ホルス、これはどう言う事だ?」
シャルスが呆れた顔で言うと、扉の両側に立つ騎士は兜を脱いだ。
「久しいな、シャルス」
「よう! 元気そうだな」
「……一年振りだ。その様子だと、無事のようだな」
三人がそれぞれ挨拶を交わすと、シャルスは麦酒を注いだグラスをカウンターに置いた。
「麦酒入れましたよ」
シャルスが言うと、先程麦酒を注文した男は慌てたように麦酒を取りに行って、すぐに自分の席に戻った。
「御初に御目にかかります。アリシア殿下」
シャルスは一礼しながらアリシア言った。
「貴方の事はグリュードと、ホルスから聞きました」
「それはそれは、お耳汚しでございました。すぐにお食事を作りましょう。朝から何も食べておられないようですから……」
シャルスはアリシアに空いているテーブルの椅子を勧めると、アリシアはシャルスに従い椅子に座った。
「おい、そこの人の悪口を散々皇女殿下に聞かせたであろう馬鹿二人組」
シャルスは殺気と怒りを交えた目で二人の騎士を睨み付けた。
「お前らも疲れているようだから喰わせてやる。外の近衛騎士殿も席について食事を取られたらいかが?」
シャルスが言うと、店の外で見張りをしていたティアは少々迷った表情で顔をだした。
「すぐここには敵の追撃は来ないでしょう。まずは食事をして体を休めるといいでしょう」
シャルスはそう言って改めて『馬鹿二人組』に目を向けた。
「おい、まだ椅子に座るな」
シャルスが言うと、グリュードとホルスは椅子に座ろうとする動作をピタリと止めた。
「外に井戸がある。それで鎧の汚れを落とせ。ここは万人が食事をする所だ」
「あ、ああ、すまない」
「はい、はい」
二人は溜息を吐いて店の外へ出た。
しばらくしてグリュードとホルスが戻ると、テーブルの上にはさまざまな料理が並べられていた。いずれも胃の調子を考えた軽い物であった。
四人はしばらく食事に専念した。特にグリュードとホルスの食欲はアリシアとティアを驚かせた。
二人は朝からずっと戦い続けていたのである。空腹の加減も凄まじかった。
四人が食事をしている間に、酒場にいた村人達はシャルスの頼みもあって、酒場から去っており、シャルスと
四人しかこの場には居なかった。
一通りの食事を終え、シャルスは四人に緑茶を差し出した。
「さて、グリュード、ホルス。まあ、お前達が来たから当然と思うが、我がローバス軍はハイムで惨敗したのだな?」
皿を洗いながら、シャルスは尋ねた。
「ああ、負けた」
ホルスが答え、グリュードが内容を説明した。
グリュードからの説明を聞いていて、シャルスは時々眉をひそめたが、聞き終わると一つ溜息を吐いた。
「ローバスの騎兵は精強だ。騎兵とはすなわち機動力。堀、火、罠、柵で動きを止めるのは当然だ。なかなか、智恵を使う奴が敵にも居るじゃないか」
「そこで、お前の出番というわけさ」
ホルスが言うと、シャルスは怒った表情を浮かべた。
「シャルス、お前の力が必要なのだ。お前ならば、敵を打ち負かす策があるだろう」
グリュードがさらに言うと、シャルスは最後の皿の水気をふき取り、棚に戻した。
「俺はもう、俗世には興味がない。子供達に学問を教え、こうして酒場を経営して村人達を楽しく過ごしている。お前ら二人は俺の楽しい一時を捨てろというのか?」
「だがな、シャルス……」
グリュードが言いかけた時、シャルスは右手を上げて制した。
「民とは国家だ。王が国家ではない。興亡盛衰は国家の運命だが、所詮、国家などごく一握りの人間が敷いた国境線に過ぎぬ。国が滅びようと、民は不滅だ。なぜ、国を復興する手伝いをせねばならぬ? それより、民を、これから世に出る子供達に学問を教えるほうがずっと有意義だ」
「シャルス、お前の智略はこの国に住む民を救う。ロンダリウスの治世方針を知らないとは言わせないぞ。数十万、数百万の民が死ぬかもしれない。お前は、それを見捨てるのか?」
怒気を含んだホルスの言葉だった。全身から立ち上る怒りにアリシアとティアは声が出なくなった。
シャルスは舌打ちすると、目線をホルスから逸らした。
「お前の智略。今、使わず、何時使うのだ」
グリュードが言っても、シャルスは首を横にしか振らなかった。
「シャルス、どうか私に力を貸してくれませんか? 私は民が殺されるのが嫌なのです。なんとかいして彼等を助けたい」
アリシアは立ち上がり、まっすぐシャルスを見て言った。
「ほう? 金貨でも下さるので?」
「いえ、貴方を金銭で臣下にできるとは思えません」
「では、地位や領土ですかな? 例えば宰相とか…」
金や地位や領土などで忠誠など誓ってやるものか! シャルスの顔にはそれが思い切り出ている。
「もし、私に仕えるのなら、国家が安泰すれば王立の学院を作り、貴方を学院長に任命します」
アリシアの言葉にシャルスは驚き、目を見開いた。
「ちょっとお待ち下さい! アリシア様!? 正気ですか!?」
ホルスは必死に首を振って言った。
「殿下! シャルスを宰相として臣下に迎え入れるのは王としての見識です。しかし、学院長とは! 陰険な策略家が大量に生まれ、陰謀の国としてローバス史に汚点が!」
グリュードも必死に首を振りながら言った。
「私もシャルスに教えを請うわ」
アリシアは微笑みを浮かべながら言った。シャルスは苦笑を浮かべ、パンッと手を叩いた。
「グリュード、ホルス。これが名君の度量というものだ」
『…………』
二人は沈黙してティアを見つめた。弁護を期待しているのだろう。
「アリシア様の御意である。私は従うだけだ」
二人の視線に気付いたティアは、当然というように言った。二人は無言で天上の神々に祈りと呪いを捧げた。
「まあ、それはさておき、確かにこのままロンダリウスに母国を蹂躙されるのは困りますな。臣下になりましょう」
シャルスはそこで一つ咳払いして、グリュード、ホルスの両名を見つめた。
「グリュード、ホルスは歴戦の戦士だから、なんとなくそうではないか? と、理解していると思うが……。今回のハイム平原の戦い。レン大将軍が裏切った可能性が大だ」
「なんだと!?」
真っ先にシャルスに声を荒げたのはティアだ。
「……シャルス、説明してやれ。この近衛騎士はティア=リューカス殿。レン大将軍の娘だ」
グリュードが言うと、シャルスはゆっくりと頷いた。
「では、説明しよう。まず、敵戦力の偵察という重要任務をベルドバのような輩にレン大将軍が任せるとは考えにくい。これは、ベルドバ将軍も裏切りの一味と考えれば納得が行く。さらに、戦力の分散。レン大将軍なら、敵が罠を仕掛けているのはまず予想する。ならば、騎兵部隊を迂回させる作戦を提示するだろう。それをしないのは何故か? さらに、ベルドバに一万騎も率いさせておきながらすぐに退却させた。不審な点が多すぎる」
「貴様! 父上をそれ以上侮辱すれば唯ではすまさんぞ!」
ティアは剣を抜いてシャルスに向けた。
「国王陛下はすでにレン大将軍に討ち取られている可能性も高い」
シャルスははっきりした声で言った。これにはアリシアも愕然とした。
「まあ、そうだろうな」
ホルスは緑茶をすすりながら相槌を打った。
「もし、レン大将軍が裏切ったのならば、『剛毅の名将』と讃えられたあのレン大将軍が国王を討ち洩らすというのは考えにくい。もっとも、何か事情があれば捕縛していると思うが……。ただ、不可解なのはレン大将軍ほどの方が何故裏切ったのか? ……まあ、これはおいおい分かるだろう」
「で、これからどうする? 俺は一度王都に戻って情報収集をしたい。妹を王都から脱出させたいしな」
「まあ、まて。レン大将軍が敵だと仮定して考えた場合、……すぐにここに俺を狙いに来るな」
シャルスは顎に手をやり、しばし黙考した。
「……と、すれば今すぐ移動した方がいいな」
グリュードが言うと、シャルスは首を振った。
「いや、今夜はぐっすりと休むといい。馬も休めた方がいい。ホルス、すまないが明日、王都へ潜入して情報収集を頼む。妹のリレイ殿にもよろしく伝えてくれ」
「望むところだ」
「まて、私も行く」
声を上げたのはティアであった。
「ティア殿は駄目だ。お父上に直接会って問いただすつもりでしょうが、毒を喰らわば皿までという。レン大将軍はあなたと言えど容赦しないでしょう」
シャルスはそう言ったが、その目は堅い決意で光っていた。
「……まあ、止めても無駄のようなので、許可しますが、ホルスの指示に従うように。それが条件です」
「感謝する」
「あとは……味方だな。グリュード、ここから一番近い味方になりそうなのはどこだ?」
「……ここからならば、アフワーズ城だな。あの城にはフィルガリア将軍がいる。あの方ならば信頼できる」
「直接行くのは危険だな。恐らくレン大将軍の手の者が待ち構えているはず」
「俺の部隊は信用ないか?」
ホルスは苦笑を浮かべて尋ねた。
「紅蓮騎士団。エデッサ城にそういえば派遣されたか」
グリュードが納得したように言った。
「三千だが、ローバス最精鋭の騎兵部隊だ。三千もあればアフワーズ城まで行く手を遮る敵軍を排除するのはシャルスならお手の物だろう?」
「お前が鍛えたのならローバスのみならず、大陸最強の騎士団だろうよ」
シャルスは苦笑しつつホルスを見つめた。
ホルスの訓練内容を良く知るシャルスは苦笑せずにはいられなかった。同時にホルスの部下達には同情と感心をする。ホルスの訓練内容についていけるとは、その三千騎は文字通り最強の名を冠するにふさわしい実力者達だろう。
話が終わり、アリシアとティアは客間のベッドで眠る事にした。
グリュード、ホルス、シャルスの三人は葡萄酒を手に話を続けていた。
「こうして三人が集うのは一年振りだな」
グリュードが言うと、微笑みをシャルスは浮かべた。
「シャルス。頼んだぞ、お前が頼りだ」
ホルスは真剣な目付きで言うと、シャルスはゆっくりと頷いた。
「任せておけ。微力だが、あの面白い皇女様を助けてみよう。俺もグリュード、ホルス。お前達二人の武勇を多々頼る事になると思う。頼んだぞ」
「ああ、俺の力、幾らでも使え」
グリュードは杯を高く上げた
「お前の指示なら、百万の敵軍にも突っ込んでやるよ」
ホルスも同様に杯を高く上げた。
「我が智略、アリシア様の為に発揮させてもらう」
シャルスも同様に杯を高くあげ、三人は同時に杯を鳴らして葡萄酒を交わした。
後世、ローバス中興の祖アリシア女王を支え、驍勇の名将、蛮勇の闘将、神略の軍師と敵から畏怖され、伝説となって語り継がれる、ローバス史上最高の三人の名臣が互いに誓いを交わした瞬間だった。
ローバス王国第一王位継承者、アリシア=ローバス。
近衛騎士団団員、ティア=リューカス。
ローバス十将軍の一人、グリュード=カルベラス。
紅蓮騎士団団長、ホルス=レグナール。
それが彼らの地位と名であった。
一行の先頭はグリュード。そのすぐ後をティアとアリシア。ホルスは最後尾で背後を守っている。
「ホルス、その、ローバス随一の賢者とは何者なのですか?」
質問したのはアリシアだ。
「賢者? 陰謀家の間違いです」
ホルスはそう言うと、大きくあくびを一つした。
「名はシャルス=レンファ。軍務書記官をしていました。一年前、出奔してしまいましたが……」
正確に答えたのはグリュードだ。
「まあ、陰謀家といえば……そうですな。その通りかと」
グリュードは微笑みながら旧友の悪口を言った。
「……その、シャルスという人物は今は?」
「今はこの先の村で学塾の講師をしながら、居酒屋を経営しております」
グリュードが答えると、森をちょうど抜け、闇の中にいくつかの光が見えた。
「あの村です。彼はあそこにいます」
グリュードが言うと、アリシアとティアは頷き、馬を飛ばした。
「麦酒おかわり!」
「あいよ! ちょっと待ってくださいね」
たくましい太い腕の男が言うと、手元で料理をしていた青年は、微笑みながら答えた。
酒場の主人である青年はかなりの長身で、容姿端麗の貴公子のような風貌だった。彼が目当てで酒場に小戸ずれている女たちも幾人かいる。
「はい、山菜と羊肉ステーキだよ!」
シャルスが叫んでカウンターの上におくと、注文した男がカウンターまで取りにいった。
大きなグラスを手に、シャルスが麦酒を注いでいると、店の外で馬の嘶きが聞こえた。
しばらくして扉が開き、シャルスはいつもどおり「はい、いらっしゃい」と叫んだ。
一瞬酒場は沈黙で包まれた。
全身返り血でまみれた黒鎧の男と、真紅の鎧の男が入ってきたのである。
二人の騎士が扉の両側に立つと、ゆっくりとした足取りで純白に金細工の装飾がされた鎧を纏う、美しい少女が入ってきた。
何人かが、少女の美しさに驚いて手に持っていたフォークやスプーンを落とした。
「……おい、グリュード、ホルス、これはどう言う事だ?」
シャルスが呆れた顔で言うと、扉の両側に立つ騎士は兜を脱いだ。
「久しいな、シャルス」
「よう! 元気そうだな」
「……一年振りだ。その様子だと、無事のようだな」
三人がそれぞれ挨拶を交わすと、シャルスは麦酒を注いだグラスをカウンターに置いた。
「麦酒入れましたよ」
シャルスが言うと、先程麦酒を注文した男は慌てたように麦酒を取りに行って、すぐに自分の席に戻った。
「御初に御目にかかります。アリシア殿下」
シャルスは一礼しながらアリシア言った。
「貴方の事はグリュードと、ホルスから聞きました」
「それはそれは、お耳汚しでございました。すぐにお食事を作りましょう。朝から何も食べておられないようですから……」
シャルスはアリシアに空いているテーブルの椅子を勧めると、アリシアはシャルスに従い椅子に座った。
「おい、そこの人の悪口を散々皇女殿下に聞かせたであろう馬鹿二人組」
シャルスは殺気と怒りを交えた目で二人の騎士を睨み付けた。
「お前らも疲れているようだから喰わせてやる。外の近衛騎士殿も席について食事を取られたらいかが?」
シャルスが言うと、店の外で見張りをしていたティアは少々迷った表情で顔をだした。
「すぐここには敵の追撃は来ないでしょう。まずは食事をして体を休めるといいでしょう」
シャルスはそう言って改めて『馬鹿二人組』に目を向けた。
「おい、まだ椅子に座るな」
シャルスが言うと、グリュードとホルスは椅子に座ろうとする動作をピタリと止めた。
「外に井戸がある。それで鎧の汚れを落とせ。ここは万人が食事をする所だ」
「あ、ああ、すまない」
「はい、はい」
二人は溜息を吐いて店の外へ出た。
しばらくしてグリュードとホルスが戻ると、テーブルの上にはさまざまな料理が並べられていた。いずれも胃の調子を考えた軽い物であった。
四人はしばらく食事に専念した。特にグリュードとホルスの食欲はアリシアとティアを驚かせた。
二人は朝からずっと戦い続けていたのである。空腹の加減も凄まじかった。
四人が食事をしている間に、酒場にいた村人達はシャルスの頼みもあって、酒場から去っており、シャルスと
四人しかこの場には居なかった。
一通りの食事を終え、シャルスは四人に緑茶を差し出した。
「さて、グリュード、ホルス。まあ、お前達が来たから当然と思うが、我がローバス軍はハイムで惨敗したのだな?」
皿を洗いながら、シャルスは尋ねた。
「ああ、負けた」
ホルスが答え、グリュードが内容を説明した。
グリュードからの説明を聞いていて、シャルスは時々眉をひそめたが、聞き終わると一つ溜息を吐いた。
「ローバスの騎兵は精強だ。騎兵とはすなわち機動力。堀、火、罠、柵で動きを止めるのは当然だ。なかなか、智恵を使う奴が敵にも居るじゃないか」
「そこで、お前の出番というわけさ」
ホルスが言うと、シャルスは怒った表情を浮かべた。
「シャルス、お前の力が必要なのだ。お前ならば、敵を打ち負かす策があるだろう」
グリュードがさらに言うと、シャルスは最後の皿の水気をふき取り、棚に戻した。
「俺はもう、俗世には興味がない。子供達に学問を教え、こうして酒場を経営して村人達を楽しく過ごしている。お前ら二人は俺の楽しい一時を捨てろというのか?」
「だがな、シャルス……」
グリュードが言いかけた時、シャルスは右手を上げて制した。
「民とは国家だ。王が国家ではない。興亡盛衰は国家の運命だが、所詮、国家などごく一握りの人間が敷いた国境線に過ぎぬ。国が滅びようと、民は不滅だ。なぜ、国を復興する手伝いをせねばならぬ? それより、民を、これから世に出る子供達に学問を教えるほうがずっと有意義だ」
「シャルス、お前の智略はこの国に住む民を救う。ロンダリウスの治世方針を知らないとは言わせないぞ。数十万、数百万の民が死ぬかもしれない。お前は、それを見捨てるのか?」
怒気を含んだホルスの言葉だった。全身から立ち上る怒りにアリシアとティアは声が出なくなった。
シャルスは舌打ちすると、目線をホルスから逸らした。
「お前の智略。今、使わず、何時使うのだ」
グリュードが言っても、シャルスは首を横にしか振らなかった。
「シャルス、どうか私に力を貸してくれませんか? 私は民が殺されるのが嫌なのです。なんとかいして彼等を助けたい」
アリシアは立ち上がり、まっすぐシャルスを見て言った。
「ほう? 金貨でも下さるので?」
「いえ、貴方を金銭で臣下にできるとは思えません」
「では、地位や領土ですかな? 例えば宰相とか…」
金や地位や領土などで忠誠など誓ってやるものか! シャルスの顔にはそれが思い切り出ている。
「もし、私に仕えるのなら、国家が安泰すれば王立の学院を作り、貴方を学院長に任命します」
アリシアの言葉にシャルスは驚き、目を見開いた。
「ちょっとお待ち下さい! アリシア様!? 正気ですか!?」
ホルスは必死に首を振って言った。
「殿下! シャルスを宰相として臣下に迎え入れるのは王としての見識です。しかし、学院長とは! 陰険な策略家が大量に生まれ、陰謀の国としてローバス史に汚点が!」
グリュードも必死に首を振りながら言った。
「私もシャルスに教えを請うわ」
アリシアは微笑みを浮かべながら言った。シャルスは苦笑を浮かべ、パンッと手を叩いた。
「グリュード、ホルス。これが名君の度量というものだ」
『…………』
二人は沈黙してティアを見つめた。弁護を期待しているのだろう。
「アリシア様の御意である。私は従うだけだ」
二人の視線に気付いたティアは、当然というように言った。二人は無言で天上の神々に祈りと呪いを捧げた。
「まあ、それはさておき、確かにこのままロンダリウスに母国を蹂躙されるのは困りますな。臣下になりましょう」
シャルスはそこで一つ咳払いして、グリュード、ホルスの両名を見つめた。
「グリュード、ホルスは歴戦の戦士だから、なんとなくそうではないか? と、理解していると思うが……。今回のハイム平原の戦い。レン大将軍が裏切った可能性が大だ」
「なんだと!?」
真っ先にシャルスに声を荒げたのはティアだ。
「……シャルス、説明してやれ。この近衛騎士はティア=リューカス殿。レン大将軍の娘だ」
グリュードが言うと、シャルスはゆっくりと頷いた。
「では、説明しよう。まず、敵戦力の偵察という重要任務をベルドバのような輩にレン大将軍が任せるとは考えにくい。これは、ベルドバ将軍も裏切りの一味と考えれば納得が行く。さらに、戦力の分散。レン大将軍なら、敵が罠を仕掛けているのはまず予想する。ならば、騎兵部隊を迂回させる作戦を提示するだろう。それをしないのは何故か? さらに、ベルドバに一万騎も率いさせておきながらすぐに退却させた。不審な点が多すぎる」
「貴様! 父上をそれ以上侮辱すれば唯ではすまさんぞ!」
ティアは剣を抜いてシャルスに向けた。
「国王陛下はすでにレン大将軍に討ち取られている可能性も高い」
シャルスははっきりした声で言った。これにはアリシアも愕然とした。
「まあ、そうだろうな」
ホルスは緑茶をすすりながら相槌を打った。
「もし、レン大将軍が裏切ったのならば、『剛毅の名将』と讃えられたあのレン大将軍が国王を討ち洩らすというのは考えにくい。もっとも、何か事情があれば捕縛していると思うが……。ただ、不可解なのはレン大将軍ほどの方が何故裏切ったのか? ……まあ、これはおいおい分かるだろう」
「で、これからどうする? 俺は一度王都に戻って情報収集をしたい。妹を王都から脱出させたいしな」
「まあ、まて。レン大将軍が敵だと仮定して考えた場合、……すぐにここに俺を狙いに来るな」
シャルスは顎に手をやり、しばし黙考した。
「……と、すれば今すぐ移動した方がいいな」
グリュードが言うと、シャルスは首を振った。
「いや、今夜はぐっすりと休むといい。馬も休めた方がいい。ホルス、すまないが明日、王都へ潜入して情報収集を頼む。妹のリレイ殿にもよろしく伝えてくれ」
「望むところだ」
「まて、私も行く」
声を上げたのはティアであった。
「ティア殿は駄目だ。お父上に直接会って問いただすつもりでしょうが、毒を喰らわば皿までという。レン大将軍はあなたと言えど容赦しないでしょう」
シャルスはそう言ったが、その目は堅い決意で光っていた。
「……まあ、止めても無駄のようなので、許可しますが、ホルスの指示に従うように。それが条件です」
「感謝する」
「あとは……味方だな。グリュード、ここから一番近い味方になりそうなのはどこだ?」
「……ここからならば、アフワーズ城だな。あの城にはフィルガリア将軍がいる。あの方ならば信頼できる」
「直接行くのは危険だな。恐らくレン大将軍の手の者が待ち構えているはず」
「俺の部隊は信用ないか?」
ホルスは苦笑を浮かべて尋ねた。
「紅蓮騎士団。エデッサ城にそういえば派遣されたか」
グリュードが納得したように言った。
「三千だが、ローバス最精鋭の騎兵部隊だ。三千もあればアフワーズ城まで行く手を遮る敵軍を排除するのはシャルスならお手の物だろう?」
「お前が鍛えたのならローバスのみならず、大陸最強の騎士団だろうよ」
シャルスは苦笑しつつホルスを見つめた。
ホルスの訓練内容を良く知るシャルスは苦笑せずにはいられなかった。同時にホルスの部下達には同情と感心をする。ホルスの訓練内容についていけるとは、その三千騎は文字通り最強の名を冠するにふさわしい実力者達だろう。
話が終わり、アリシアとティアは客間のベッドで眠る事にした。
グリュード、ホルス、シャルスの三人は葡萄酒を手に話を続けていた。
「こうして三人が集うのは一年振りだな」
グリュードが言うと、微笑みをシャルスは浮かべた。
「シャルス。頼んだぞ、お前が頼りだ」
ホルスは真剣な目付きで言うと、シャルスはゆっくりと頷いた。
「任せておけ。微力だが、あの面白い皇女様を助けてみよう。俺もグリュード、ホルス。お前達二人の武勇を多々頼る事になると思う。頼んだぞ」
「ああ、俺の力、幾らでも使え」
グリュードは杯を高く上げた
「お前の指示なら、百万の敵軍にも突っ込んでやるよ」
ホルスも同様に杯を高く上げた。
「我が智略、アリシア様の為に発揮させてもらう」
シャルスも同様に杯を高くあげ、三人は同時に杯を鳴らして葡萄酒を交わした。
後世、ローバス中興の祖アリシア女王を支え、驍勇の名将、蛮勇の闘将、神略の軍師と敵から畏怖され、伝説となって語り継がれる、ローバス史上最高の三人の名臣が互いに誓いを交わした瞬間だった。
後書き
作者:そえ |
投稿日:2009/12/06 20:49 更新日:2009/12/12 20:52 『ローバス戦記』の著作権は、すべて作者 そえ様に属します。 |
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