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作品ID:2308
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ふしじろ もひと 


『鉄鎖のメデューサ』

小説の属性:一般小説 / 異世界ファンタジー / お気軽感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 完結

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第1章

目次 次の話

「見つけたぞ!」「やったよう、兄貴!」
 一年の半分が雪に閉ざされる辺境都市スノーフィールドからもなお奥まった雪山の中、二人の男たちの歓声が切り立つ氷壁にこだました。
 見るからに山育ち丸出しの大男たちだった。背丈は頭一つほど違っていたが顔はよく似ていて、誰の目にも兄弟だと知れた。
 ただどちらが年上かは、見た目ほど簡単な話ではなかった。

「ボビン兄貴よう。これをあとは届けるだけなんだろ?」
 背の高いほうの男がそういった。丸太のような腕や足は人食いオーガ並みの力をそなえていそうにさえ見えるほどだった。だが顔つきはいかにも間が抜けていて、背の低い兄に頼りきっている様子があからさまに出ていた。どうやらおつむの方もオーガ並みということらしかった。

「そうだタミー。スノーフィールドに持ちかえれば約束の礼金で当分は遊んで暮らせるってわけだ」
 弟同様ろくに手入れもしていない黒いあご髭をしごきながら、ボビンは弟を見上げた。確かに弟ほど間が抜けた様子ではなかったが、賢明というにはまだいささか開きのある顔だった。依頼を受けて丸二か月もかけてクレバスを探し歩いてやっと見つけた探し物からいかに多くの利益を引き出すか。弟に比べれば回る頭はすでにそのことを考え始めていた。スノーフィールドに戻るには一週間かかる。考える時間には困らないだろうが、食料のほうは尽きかけている。急ぐにこしたことはない。
 彼らは氷の塊に閉ざされたそれを犬橇に載せ厳重に覆いをすると、二か月もの間さんざん苦労させられた雪山を後にした。


----------


「せっかく持ってったのに、なんで金もらえないんだよぅ」
 回数を想像する気にさえなれぬほど繰り返される愚かしい弟の同じセリフに、ボビンの忍耐も限界に近づきかけていた。極寒のスノーフィールドのはずれの二人暮らしの一軒屋の地下室は火の気がなく冷えきっていたが、にもかかわらず心理的な不快指数は亜熱帯さながらの驚嘆すべき水準にまで迫りつつあった。
「留守だったんだからしょうがないだろ! 明日また持っていけばいいんだ! そしたらこいつとはすっぱり縁が切れらぁ」
「そんなにおっかねえのか? これ」
「何度いわせる! 睨まれたら石になっちまうんだよ!」
「でも、今はこいつが石になってるんだろ?」
「石になってるんじゃない。凍ってるんだ!」
「固くなってるっちゅうのは凍ってるってことだろ?」
「凍るのと石になるのは違うんだ」
「だって、前おれが牛乳を家に入れるの忘れて凍っちまったとき兄貴怒ったじゃねえか。石みたいにしやがったって」
「あれは例えだ! こいつはほんとに石にするんだよ!」
「だから凍っちまうから固まるんだろ? こいつだって凍ってるから固いんだろ? だったらやっぱり凍るんだろ?」

 あの時と同じだった。依頼人からこの話を受けた後計画を練るために入った酒場でタマーシュは、タミーはやはり石になるのは凍るのと同じだといい張ったのだ。いい合っている自分たちの声がどんどん大きくなったらしく周りの連中が眉をひそめているのに気づき、ボビンは慌てて弟を引きずり店を出たのだ。依頼人にバレれば報酬を減らされても仕方ない失態だった。秘密厳守だとあれほどいわれたばかりだったのだから。

「……もう好きにしろや」
 不毛なやりとりに疲れ果てた頭でボビンはいった。タミーの愚痴と頑固さに抗う立場に立たされた形になってはいたが、依頼人の不在ゆえに報酬が受けられずムシャクシャしていたのはボビンとて同じだった。少しでも値を吊り上げなければ収まらない気分だった。
 だがそれは、この一週間ずっと考えてきたのに答えが見つからなかった問いだった。そもそも依頼人がなぜこんなものを欲しがるのかボビンは知らなかった。だからどうすれば値を吊り上げられるかなど見当もつかないままだったのだ。

 こんな薄気味悪い代物のなにがいいんだ。畜生、わからねぇ。さんざん苦労してやっと見つけて運んできたってのに……。

 待てよ、苦労? 苦労だよな?
 苦労したんだったら、金をたくさんもらうのは当然だよな?
 だったら! そうだ、俺たちはとことん苦労したんだ!

 ボビンはそれをひらめきだと思った。天啓だとさえ思った。タミーとの不毛ないい合いに疲れ果て鈍磨した己の頭の状態になど気がまわるはずがなかった。自分に向けられたのは幸運の女神の微笑みなどではなく、騒動の妖精レプラコーンの嘲笑かもしれないなどと考えられるわけがなかった。
「火を起こせ! こいつの氷を溶かすんだ!」

 いわれた意味がわからずきょとんとしたタマーシュをボビンは怒鳴りつけた。
「こいつを凍ったまま届けちゃだめだ! クレバスの中で凍っていたのをそのまま積んできただけだってバレちまう。氷さえ溶かしておけば俺たちがさんざん苦労してこいつを捕まえたんだっていい張れる。金だってせびれるし、うまく評判になりゃ俺たちの名も上がらぁ。メデューサを捕まえたゴルト兄弟ってな!」

 弟はまじりけのない尊敬のまなざしで兄を見下ろした。
 二人は馬車馬のような勢いで暖炉に火を起こし始めた。



 半時あまりで巨大な氷塊に閉ざされていたものの姿があらわになった。
 全体の印象は小型のリザードマンに似ていなくもなかった。腹を赤い大きな鱗が、背を緑の小さな鱗が覆っている様はトカゲや蛇に似ていたし、発達した後足と短い尾は二本足で歩くものであることを示唆していた。

 だが、リザードマンとはかけ離れた点も多かった。
 頭部がトカゲそのものであるリザードマンに比べると顔の印象は閉じたまぶたや頬を覆う小さな鱗にもかかわらずむしろ人間、それも少女に似ていた。だが頭部を覆うのは毛髪ではなく蛇の頭や尾に似た触手の束だった。氷水に濡れたそれらは力なく垂れていた。

 どういうわけか細い首には鎖の切れ端がついた金属性の首輪をつけていた。人間に比べてさえ華奢な上体に垂れた鉄鎖はどこか無残な印象のものだった。白い毛に覆われた首の下の肩から腕にかけての部分も子供に比べてさえ細く、細長い爪を備えた三本指の短い腕も繊細と形容すべきものだった。
 対照的に下半身は明らかに強靭な脚力を備えた下肢を支える発達した筋肉に覆われていて、同じく三本指ながら腕とは対照的な大きさがあった。しかしその下肢も今は力なく投げ出されたままだった。

 その下肢に、タミーがおそるおそる触れた手を引っ込めた。
「冷てえや!」
「あたりまえだ! ずっとクレバスで凍ってたんだぞ」
「やっぱり凍ってたから固いんだよな」
「……もうやめてくれや」
 ボビンの口調は心底うんざりしたものだった。
「暖炉の前に置いとけ。余熱で乾くだろ。日の出前に運ぶぞ」
 二匹のオーガのごとき兄弟は地下室を出て扉を閉めた。



 二時間ほど過ぎたころ、暗闇の中で眼点をそなえた触手が一本ゆっくりと裏返った。周囲の触手の眼点にもかすかな赤い光が宿り、尾のような触手もわずかに慄いた。やがてより多くの触手がうごめくようになり、周りの環境に関する情報を少しづつ脳へと送り始めた。

 霞が晴れてゆくようにしだいに意識を取り戻し始めた鉄鎖の妖魔が最初に感じたのは全身を覆い尽くした鈍痛だった。冷えきった筋肉が上げる軋みに小さな口からかすかな呻きがもれた。そして体内の空洞を内から噛り広げるような激しい飢え。
 触手の一本が近くを通ったネズミに反応し、反射的にその方向を鞭打った。しかし本来の動きをまるで取り戻せていない触手は空しく床を打ち、ネズミは逃げ去った。
 混濁した意識から故郷の樹海の中で食べた果物や昆虫、小動物の味の記憶が浮かび上がった。力が入らず自分のものではないような手足を無理やり動かして、妖魔はうつぶせになった体を前ににじらせた。

 そのとき扉が開く音が、階段を降りる足音がした。
 眼点をそなえた触手の群が歩み寄る大男の姿を捉えた。恐怖に触手の束が逆立った。

 大男の動きが一瞬止まった。次の瞬間、がんがんするような大声が怒鳴った。
「ば、化け物っ! くたばれえっ!!」
 太い腕が斧を掴み振り上げたのを触手の眼点が捉えた。
 殺気に対する恐怖が細い両腕を突っ張らせ、上体を起こし顔を振り仰がせた。まぶたが限界まで開き、細く絞られた金色の瞳が現れるや死への恐怖が視線に魔力を乗せ大男を射抜いた!

「どうしたんだよう、兄貴!」
 ただならぬ大声にタマーシュは驚き地下室に駆け込んだ。兄は階段の下に立ち尽くしていた。伸ばした手がその背に触れた。
 固かった。だが、氷の冷たさではなかった。
 鈍い頭がボビンのいっていたことをようやく理解しかけたとたん、タミーは兄の足下から小さな脅えた顔が自分を見上げるのに気づいた。
 それが彼の意識が、そのとき捉えた最後のものだった。



 オーガのごとき大男二人が石に変わってからも、妖魔の脅えはなかなか鎮まらなかった。人間に囚われていた間の記憶が恐怖に拍車をかけていた。
 余りにも長く囚われていたのだ。人間の言葉が断片的にわかるようになるほど、拾った釘で鎖の輪を一つ削り切ることができたほど。

 故郷とまるでかけ離れた厳しい寒気は、肉体を弱らせる以上に絶望的な距離を実感させた。日の出前にもかかわらず表を往来するたくさんの人間たちの気配に心が折れそうだった。気配に脅えつつも空腹に耐えかね家の中を探して見つけた干し肉とパンは、囚われていた間与えられていたのと同じだった。惨めな記憶の味しかしないそれらは、悪夢が終わっていないことを冷酷に告げるものだった。

 それでもここから逃げ出したい。故郷の樹海に帰りたい。

 その身におそるべき力を宿しながらもボロボロに苛まれた妖魔の心を、いまやその思いだけが支えていた。

後書き

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作者:ふしじろ もひと
投稿日:2021/10/02 21:34
更新日:2021/10/02 21:34
『『鉄鎖のメデューサ』』の著作権は、すべて作者 ふしじろ もひと様に属します。

目次 次の話

作品ID:2308
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