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作品ID:2328
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ふしじろ もひと 


『鉄鎖のメデューサ』

小説の属性:一般小説 / 異世界ファンタジー / お気軽感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 完結

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第21章

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 鍵の開く音がした。ラルダが振り返ると上背のある男が入ってきた。やつれの目立つその面持ちに黒髪の尼僧は眉をひそめた。それに気づいたのか、相手もまた探るような視線を返した。だが縛られた手を見ると、彼はすまないと詫びながら縛めを解いた。そして彼女の目を真正面から見つめ問いかけてきた。
「メデューサを匿っていたのはあなたか?」
「……連れてきたのかとは訊かないんだな。やはりメデューサをこの街に持ち込んだのはあなたか」
「訊ねているのは私だ。だが、先に名乗ろう。私はエドワード・ノースグリーン。この館の主だ。旅の尼僧よ。あなたは誰だ」
「ラルダ。曲げられた運命を正すことを神に課せられた者。神はあのメデューサをあるべき場所へ帰すことを望んでいる。本来の姿で生きられる場所へと。だから私はあれを樹海に帰す」
 すると、長身のナイトの顔に朱がさした。
「神の望みだと? では、なぜ神は無辜の者を苦しめる。無残な病苦の果てに死に至らしめようとするんだ!」
 黒髪の尼僧は相手の顔に刻まれた心痛の理由を察した。
「……ご家族の方か?」
「娘だ……」

 ラルダは口を挟まず相手の言葉を待った。しばしの沈黙の後、口を開いたノースグリーン卿の声は、もはや怨嗟とさえいうべきものだった。
「ほんの半年だ。それまで健やかな娘だったのに、急にやつれが目立つようになった。だが、どの医者に診せても首をひねるばかり。魔法的な領域のものではないとはいうのだが、全く原因不明だと。そのうち手足の筋肉が削げて石のように硬くなり始めた。そこまで症状が進んでやっと、ある医者がこれは血が活力を失うことで起こる奇病で、このままでは胴体の肉も変質して死に至ると宣告したのだ。もって四、五ヶ月だと……。
 セシリアには、娘にはとても告げられなかった。煩悶する私を見かねて一人の召使が声をかけてくれた。私の話を聞いた彼は、故郷の話を聞かせてくれた。中原ではこの奇病にかかった者が出るとメデューサの心臓を開きその血を細かい傷をたくさんつけた患部に擦り込ませるのだというのだ。自身が石化することがないメデューサの血には肉体の硬化に抗する力があるからと」
「なんだって! あなたはそんな話を信じたのか?」
 思わず叫んだラルダに向けられた卿のまなざしには、狂おしい光が宿っていた。
「危険な方法だと彼もいっていた。血が合わなければ死ぬことも多いと。だが、放っておけば死は確実に訪れるばかりだと。
 私は診断を出した医者にもそのことを質した。偶然その医者も同じ地域の出身だった。彼はその話は本当だと、だが成功する可能性が低すぎて、医者の立場では話せなかったと弁明した。私はたとえ僅かでも助かる可能性があるなら賭けると答えた。
 だがメデューサをそもそもどうやって捕まえるのか見当もつかなかった。そのとき私は思い出した。ここ五年ほどの間に警備隊で頭角を顕してきたジョージ・グレイヒースのことを。確か彼も中原の出身だったはずだと」
「そのジョージとやらが私たちを舟でここへ運んできた男か」
 問いかけではなくて確認だった。卿が頷くことなどは最初から分かっていた。
「最初ジョージは反対した。メデューサを捕まえることは困難だと。それに街へそんな怪物を持ち込んだことが明るみに出れば、最悪の場合は追放刑だ。それでもやるのかと。
 だが私の決心が固いことを悟ると、彼は私を全面的に助けてくれた。故郷の者たちに連絡をとってメデューサを捕獲することに成功した。それほど力を尽くしてくれたんだ。
 でも街に入る直前で逃げられてしまい、二ヶ月も行方が知れなくなった。やっと見つかったと思ったらまた一月だ。なのに神がメデューサを森へ帰すことを望んでいるのだと? ならば、神はどうあってもセシリアの命を召し上げるつもりかっ」
「落ち着いてくれ、ノースグリーン! もしかすると、あの男はあなたを」
 いいかけたラルダの言葉が途切れた。

 どこからか、笛の音が聞こえていた。奇妙な音だった。音階を吹かず、たった一つの単音だけを長く、短く吹き分けているだけだった。
 そのことが吹く者の呼気の震えをそのままあらわにしていた。己の息の通いを見つめつつ、吹いているのがわかった。響きに滲んだ哀切な諦念が、かえって悲痛さを際立たせていた。たちまちラルダは引き込まれた。胸突かれる思いだった。
「あれは……?」
 我に返った黒髪の尼僧が目を向けたとき、長身のナイトは目頭を押さえ俯いていた。

「……母を早く亡くした娘は形見の笛をいつも吹いていた。心を響きに乗せそれは巧みに、風のように融通無碍に。しかし、あの病に手足の動きを奪われた今は、もう指穴一つ押さえることさえできない。
 それでもあれは笛を吹く。首から吊った笛を口でくわえてまで吹くのをやめようとはしないんだ。
 あれを聴けばわかるだろう! 私がいくら隠したところで娘はもう分かっているんだ。自分の容体がどんなものかなど。だからああして尽きつつある息を、命を確かめるように……っ!」
 顔を上げた卿の目には憤怒が黒々と燃えていた。
「なぜセシリアなのだ! 娘がなにをした! あんな化け物さえ救おうとする神が、なぜセシリアを救わない? 無残な死の淵に追いやろうとする? それも神の望みだというのかっ」
「待ってくれ! 娘さんはおそらく病気じゃない。毒を盛られているかもしれないんだ!」
「なんだと?」
 聞き返すノースグリーン卿に、ラルダは続けた。
「娘さんの症状を確かめる必要はあるが、あなたの話を聞く限り毒草ハイカブトの中毒とそっくりだ。大陸西南端に自生する草で花を除く全体、特に根に強い毒がある。濃い毒汁が体内に入ると筋肉が壊死するが、薄めて食事や水に混ぜると末端の筋肉から萎縮・硬化が進んで最後は全身に及ぶ。
 メデューサの石化の魔力とは原理から別ものだ。メデューサの血などなんの役にもたたない。虫を寄せる花にだけ備わった中和成分でしか解毒できない。
 目を覚ましてくれ、ノースグリーン! メデューサの血なんか擦り込んだら娘さんは確実に死ぬ。そんなところに希望などないんだ!」
「ならば、その花とやらはどこにある!」
 黒髪の尼僧は唇をかんだ。

「……大陸の反対側だ」
「セシリアが一年ももつと思うか! まるきり話にならないではないか! さては私を作り話で諦めさせる気だな。神の婢女よ、そうまでして娘を死なせるつもりかっ」
 ラルダをねめつける卿の目に浮かぶ敵意は、もはや憎悪の域に達しつつあった。
「受け入れられるものか、たとえ神の意思であろうと! そんな不条理が許せるか、横暴なる運命など! 神がこんな運命を定めたというなら、もうそんなものには従わぬ。私は運命を呪う! 娘を身代わりに運命を免れた者がいるなら、その者も許さぬ! 酷薄な神がただセシリアばかりを苛むというなら、神の意思などこの私がねじ曲げてくれるっ!」
 瞬間、ラルダの魂が震撼した!

 神の啓示ではなかった。外から訪れたものではなかったから。記憶と呼ぶべきものだった。魂の最深部、芯の部分に染み込んだものの浮上だったから。
 具体的な記憶は一切なかった。いつ、どこで、いかなる状況のもとでのことだったのか、なに一つ思い出せなかった。
 にもかかわらず、圧倒的な確信が彼女を捉えた。かつて自分は我が身にふりかかった恐ろしい運命に苦悶したことがあったと。苦悶のあまり魂を歪ませ、運命を免れる者を憎悪し呪いさえしたことがあったのだと。

「……だめだ。それはだめだ、ノースグリーン……っ」
 声が変わっていた。記憶の中の定かならぬ苦悶が、しかしその激しさゆえ声を軋ませていた。卿の顔にもたじろぐような表情が浮かんだのが見えた。
「運命を呪ってはだめだ。もし呪えば、それは免れる者への憎悪に転じる。その憎悪が自分だけでなく、さらに多くの者の運命を連鎖的に歪めてゆく。たとえ相手が人間でなくても、怪物としか思えぬ存在であっても、それは罪だ。凄まじい罪なんだ……」
 苦悶に軋むその声で、黒髪の尼僧は長身のナイトに訴えた。
「あなたは運命に苛まれる苦しみを知った上で、なお誰かをその苦しみへ引き込もうというのか。呪ってはだめだ。呪えばあなたの魂は歪む。憎悪に屈してはだめだ。魂を憎悪に染めれば堕ちてしまう。あなたは今、魂の危機の瀬戸際にいるんだ!」

 憑かれたような緑の瞳に射抜かれたノースグリーン卿は激情に唇を震わせ立ち尽くしていたが、やおら身を翻すと部屋から出ていった。扉を激しく閉める音が、鍵をかける音が拒絶をラルダの耳に叩きつけた!
「ノースグリーン!」
 その叫びを振り切るように、足音が遠ざかっていった。

後書き

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作者:ふしじろ もひと
投稿日:2021/11/02 06:00
更新日:2021/11/02 06:00
『『鉄鎖のメデューサ』』の著作権は、すべて作者 ふしじろ もひと様に属します。

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作品ID:2328
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