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ローバス戦記
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 連載中
前書き・紹介
第十話 流血真紅
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東へ逃亡を続けていたアリシア、グリュード、シャルス、紅蓮騎士団三千騎はフィルガリア将軍が守備するアフワーズ城まであと五日の距離まで迫っていた。
このまま東へ進むと誰もが思っていた時、突如シャルスは全軍停止を指示した。
「どうした? アフワーズ城まであと少しだぞ?」
グリュードが何事かと訊ねると、シャルスは苦笑を浮かべた。
「この先に近くに小城がある。そこで、食料の補給をせねばアフワーズ城まで持たぬ。さて、城主はどんな選択をするかな?」
グリュードは周囲の気配を窺った。
「いや、なに。伏兵をするほど頭が回る城主ではあるまいよ」
シャルスがニヤニヤ笑いながらグリュードを見つめると、グリュードはからかわれた事に気付き、シャルスを睨み付けた。
「さて、俺のようやく俺の出番だな」
シャルスはアリシアの傍に馬を進めると、馬から下りて一礼した。
「アリシア様、少し別行動をこれから致します。紅蓮騎士団に指示を与える権限を賜りますよう願い申しあげます」
「それは、別に構いません。それに私に許可を求める必要は……」
「皇女殿下、今の貴方様はローバス全軍の総帥であられます。面倒でも、必ず許可を頂きます」
「……分かりました。しかし、今後何かある場合は貴方に一任致します」
「仰せの通りに」
シャルスは改めて一礼すると紙を取り出していくつか書き込み、セルゲイを呼び出した。
「セルゲイ副団長。今より貴殿は紅蓮騎士団を率いてこれより指定する場所に向かってほしい。詳細はこの紙に書いてある」
「……私はあくまで副団長。騎士団の指揮権を持っておりません」
セルゲイの言葉にアリシアは驚きと共に、セルゲイの不信感を感じた。
いくらグリュードの友だからといって、すべてを受け入れた訳ではなかった。シャルスはあくまでアリシア皇女の側近で、しかも新参者なのである。
「セルゲイ副団長、私はアリシア皇女殿下より紅蓮騎士団の指揮権を与えられた。私に逆らうと言う事はアリシア皇女に対する反逆である」
セルゲイは一瞬剣の柄に手を置いた。と、同時にグリュードが二人の間に割って入った。
「セルゲイ副団長、改めて命令する。紅蓮騎士団を率いて指示通りに動け」
「……仰せに従います」
セルゲイは奪うようにシャルスの指示書を受け取ると、すぐさま行動を開始した。
「やれやれ、騎士団長不在の騎士団としては優秀な騎士団だな。ホルスとアリシア様、あと、信頼できる者以外には従うことはしないか。さて、自分の騎士団を他人に押し付けている団長は今頃何をしているのやら……」
グリュードは大きな溜め息を吐いて、最近溜め息が多いことに気が付いた。無論、原因は二人の友人だ。
アリシア、シャルス、グリュードの三人は再び三人で馬を進めた。ここから最も近いエルク城へ……。
一方、グリュードに愚痴を言わせたホルスは、王都での情報収集を終え、妹との再会も果たし、ようやく王都を出立する所だった。
ホルス、ティアの両名にとって、この王都での情報収集は幸運と不運があった。
幸運はシャルスの言葉に従い、すこし回り道をしてシャルスが住んでいた村に向かうローバス騎兵団を回避出来た事と、王都はすでにレン大将軍が出立した後であり、特に障害なく王都に潜入出来た事である。
不運はティア個人に限ったことであるが、レンに一人の近衛騎士として、そして、娘として、ローバス王国で最も偉大な将軍であった父に今回の一件を問いただす機会を失った事である。
もうひとつ、これは不運と言うべきか、凶報である。ハイムにおける将兵の損害が分かったからである。これはアリシアに報告すべき事だろう。……グリュードには辛い思いをさせてしまうが…。
「さて、急いで東へ向かうぞ」
鎧をローブで隠すように身を包み、馬に積荷を載せ終えたホルスは、同じくローブで鎧を隠したティアに視線を向けた。
ティアはどこか気が抜けた顔で空を眺めていた。ホルスの声にも反応していない。
どことなく腹が立ったホルスは、軽く頭を叩いた。
「な!? ホ、ホルス! いきなり何をする!?」
ようやく気が付いたのか、ティアは抗議の声を上げた。
「何を考えている? まさか、今からレン大将軍を追いかける…などという戯言を言うんじゃないだろうな? 予定よりかなり遅れているんだ。アリシア皇女は既に俺の部隊と合流しているだろうが、追いかけているのはレン大将軍だ。急ぐ必要がある」
ホルスの予想が当たっていたのか、ティアは鋭い目つきでホルスを見つめた。しかし、ホルスはそれを軽く受け流した。
「お前のするべき事は何だ? レン大将軍を問いただすことか? アリシア皇女を護る事か? どっちだ?」
「……わ、わたしは……」
「お前の任務は何だ? 近衛騎士だろう。アリシア皇女を御護りしなくて誰が護る?」
「……すまん」
「謝罪する必要は無い。子としては当然の想いだ。親が居ない俺にとって、家族はリレイだけだ。まあ、少し分かる気がする」
ホルスはそう言って家に視線を向けた。ちょうど、リレイが旅支度を終えて玄関に鍵を閉めていた。
「リレイ、早くしろ」
「待って、またここに戻ってくるんでしょう? じゃあ、戸締りはしっかりしなくちゃ」
「……そうだな。確かに、その通りだ」
ホルスは微笑を浮かべた。
ローバス王都セレウキア奪還。
それが実現するのは何時の事になるか…。リレイも意識して言ったのでは無いだろう。だが、ホルスにとっては心に沁みる一言だった。
今のホルスが目指す夢。リレイと再びこの家に戻り、平穏に暮す事だ。いつか、誰かの嫁に行くリレイが幸せになってくれる事を願って……。
無論、自分が認める男以外は絶対に嫁になど行かせない。もし、泣かせるような真似をすれば…………、即座に殴り倒し、蹴り飛ばし、この世の苦痛全てをその身で体験させてやる!
兄というよりは父の心情に近いホルスではあったが、それでも、兄として妹の幸せを願わずにはいられない。
最も、ホルス自身は自分の幸せなど、一片も考えたことは無い。両手を血に染め、戦場で血に酔う自分が幸せを得るなど考えられるはずが無い。
修羅、もしくは羅刹と言うべきか。
そんな自分が幸せなど得られるはずも無いし、望んでも居ない。
「お兄ちゃん、準備できたよ」
妹の声で我に返ったホルスは優しい笑みを妹に向けた。
「よし、行くぞ」
ホルス、ティア、リレイの三名は馬に跨り、王都を出立した。
エルク城城主エウロパは決断に迫られていた。
つい先ほどレン大将軍からの使者が現れ、新国王ガーグに忠誠を誓う誓約書を書いて王都に送るよう指示してきたのである。そして、もう一つ。ローバス王国の分裂の危機を防ぐ為、アフワーズ城に逃亡を続けるアリシア皇女を討てという命令だ。
「どうしたものか……」
エウロパの悩みは尽きない。
ローバス軍がハイムで大敗した事はすでに聞き及んでいる。それもガーグが手引きし、レン大将軍が実行に移した結果の大敗だ。ガーグは簒奪者である。ガーグ一人が相手ならばアリシア皇女を保護し、簒奪者を討つ協力をして恩を売るのが上策だろう。上手くアリシア皇女を操れば宰相も夢では無い。さらに、自分にはなかなか利発的な息子がいる。息子がアリシアを口説き落とせば自分は国王、もしくは大公となる男の父親となる。そうなればローバスそのものを支配する事も可能だ。
だが、ガーグにはレン大将軍がいる。
十五年ローバス王国をさまざまな外敵から守り続けた生きた守護神がいる。
「勝てるか?」
「剛毅の名将」という異名を敵味方双方から送られ、大国ローバスの全軍を統括したレンと戦うのである。
「…勝てるか?」
もう一度エウロパは呟いた。
恐らく神聖ロンダリウス帝国の圧力が直接降りかかる西方諸侯、北方諸侯の者達は全てガーグに従属を示すであろう。それらの兵力を統合すれば十数万の兵力を編成できる。さらに、ロンダリウス帝国はせっかく手に入れた東方の交易路を遮断されないようにする為、大軍を送ってくるだろう。
残るは東方諸侯と南方諸侯、各駐留砦や、そして、アフワーズ城である。
確かに自分は東方諸侯の一人だが、この城を空にする覚悟で全軍を掻き集めても五千が限界だ。実際に出兵できるのは多くて二千だ。だが、東に位置するアフワーズ城はローバス東方最大防衛拠点である。精鋭三万の騎兵と、七万の歩兵がいる。そして城主は義に厚く、冷静沈着、智勇兼備の名将として知られるローバス十将軍の一人、フィルガリア将軍である。東のカーン・ラー王国、東南のトーラス王国に睨みを利かせている。混乱しているローバス王国にカーン・ラー、トーラスの両国が侵攻してこないのも、この名将を恐れ、ローバス王国の状況を高みの見物しつつ監視しているからだろう。
エルク城とアフワーズ城は僅か五日の距離しか離れていない。もし、フィルガリア将軍がアリシア皇女に従い、自分がガーグ側に付けば、間違いなくこの城目掛けて軍勢を差し向けてくる。
愚鈍な滅亡か、栄耀栄華か。
エウロパにはまったく異なる二つの道が用意されているように見えた。
悩み続けるエウロパに一報が届いた。
「な、何!? アリシア皇女が来ただと!」
臣下としては喜ぶ所であったが、エウロパとしては予想外の出来事だった。だが、逆手に考えれば好都合だ。アリシアを手の内に抱えることが出来れば、自分に全てを決める決定権が与えられたとの当然だ。
とりあえず、臣下の者にアリシア皇女を丁重に歓待するよう申し付けると、自身は身を清め、正装を纏い、アリシア皇女に面会した。
「これは皇女殿下。ご無事でなによりでした」
愛想笑いを浮かべながらエウロパはアリシア皇女に一礼した。一瞬、グリュード、シャルスの二人に鋭い目つきをエウロパは向けたが、アリシアは気づかなかった。
そこから、エウロパの言い訳が始まった。
状況が分からず、下手に兵を出せなかったこと。皇女殿下の無事を毎日神に祈っていたなどなど。
流石にアリシアもその態度には呆れていたが、表情には出さず、嬉しそうに笑顔を浮かべた。宴が終わり、それぞれが寝所に向かおうとした時、シャルスがアリシアにいくつか耳打ちした。アリシアは頷き、そのまま侍女に連れられて寝所に向かった。
三人が行動を起こしたのは夜中の事だった。旅支度を整えたグリュードがアリシアを出迎えた。
「殿下、準備は宜しいですか?」
小声でアリシアにグリュードが尋ねると、既に準備を整えたアリシアはゆっくり頷いた。
「ええ、行きましょう」
グリュードに連れられ、アリシアはすぐさま城門に向かった。
城門には、既に馬を待機させ、番兵に剣を突きつけるシャルスが居た。
「さて、行きましょうか」
シャルスは悪戯っぽく微笑むと番兵に城門を開けさせた。
「アリシア皇女が逃げたぞ!」
城内から声が響き、一斉に兵達が動き始めた。
「殿下! 急ぎましょう!」
シャルスが叫び、三人は城外へ馬を飛ばした。
事態を知ったエウロパは恐怖で顔を青くした。何時、どうして自分の企みが看破されたのか?
「騎兵を出せ! なんとしてもアリシア皇女を奪い返せ!」
すぐさま五百の騎兵をエウロパは差し向けた。だが、思わぬ事がさらに起こった。五百の騎士がしばらくして戻ってきたのである。
「貴様ら! 何をしている!? アリシア皇女はどうした! あの小娘が手の内にあれば思いのままなのだぞ!」
「……シャルス殿は千里眼をお持ちなのか。…少し反省する必要がありそうだ」
エウロパに報告しようとした騎士はそう言うと、剣を手に一刀でエウロパの首を跳ね飛ばした。
「逆賊! 降伏しろ! 城主エウロパは討ち取った! 五百の騎兵も戻らぬぞ!」
叫んだのはセルゲイである。
セルゲイの一喝と同時に各所で戦闘が起こった。さらに開け放たれた門から紅蓮騎士団が城内に殺到した。
大陸最強の騎士団。
以前、シャルスがホルスにそう言った事がある。これは、冗談半分、本気半分で言ったことではあるが、まさに、最強を冠するに相応しい動きを紅蓮騎士団は見せた。
襲い掛かる敵兵を次々と流れるように討ち取り、指示されることも無く、複数名で行動し、城内各所を制圧していった。
紅蓮騎士団としては今回の戦闘が初陣になる訳なのだが、ホルスの地獄の訓練を乗り越えた正真正銘の最精鋭の騎士である。その動きは統率され、一切の無駄が無い。
圧倒的強さを見せる紅蓮騎士団にエルク城兵はすぐさま降伏した。それは、紅蓮騎士団三千名の内、負傷者二十八名、死者は一人も出なかったという被害を考えれば恐るべき戦果と言える。
セルゲイは降伏したエルク城兵にシャルスに手渡された指示書に従って幾つか命令すると、最低限の食料物資を補充し、紅蓮騎士団を集結させてすぐさま東へ行軍を再開した。
城主が信頼でき、かつ、味方になるようならば事情を説明しすぐさま城を出る。
城主が信頼できず、敵になる可能性がある場合、追撃する敵兵と摩り替わり、城主を討ち取り内部から開け放たれた城門から残軍を城内に殺到させて一時的に占拠し、食料を強制的に徴発する。
全て、シャルスの策だった。そして、もうひとつ、この戦いには重要な意味があった。
シャルスは新参者であり、セルゲイにいたっては反抗的な態度であった。この戦いにより、シャルスの声望は高まる。どんな神策をもってしても、味方が動かなければ意味がない。シャルスは自身の実力を示す必要があった。そして、不幸なことに選ばれたのがエルク城であった。
「さて、これでエルク城は無力化されました。 追撃の兵は出ないでしょう」
シャルスは高らかに笑いながらアリシアに説明した。さらに、シャルスは降伏したエルク城兵に生き残る為の策を与えたとアリシアに説明した。
「生き残るとは、どういう意味ですか?」
「はい、エルク城兵は降伏したものの、今後どのように動けばよいのか分からぬ子供と同じ状態。ならば、私の指示通りに動けば命は助かると脅しておくのです。彼らはこぞってアフワーズ城に向かい、殿下の為に命を差し出すでしょう。無論、彼らがそれを使わず、レン大将軍に逃げ延びてもまったく問題ありません。レン大将軍、ガーグ簒奪王共々、悉く平らげ、ローバスを今まで以上に繁栄する大国にして御覧に入れましょう」
シャルスは自信満々に言い放った。
紅蓮騎士団と合流したアリシアはそのまま当初の目的であるアフワーズに馬をさらに進めた。
このまま東へ進むと誰もが思っていた時、突如シャルスは全軍停止を指示した。
「どうした? アフワーズ城まであと少しだぞ?」
グリュードが何事かと訊ねると、シャルスは苦笑を浮かべた。
「この先に近くに小城がある。そこで、食料の補給をせねばアフワーズ城まで持たぬ。さて、城主はどんな選択をするかな?」
グリュードは周囲の気配を窺った。
「いや、なに。伏兵をするほど頭が回る城主ではあるまいよ」
シャルスがニヤニヤ笑いながらグリュードを見つめると、グリュードはからかわれた事に気付き、シャルスを睨み付けた。
「さて、俺のようやく俺の出番だな」
シャルスはアリシアの傍に馬を進めると、馬から下りて一礼した。
「アリシア様、少し別行動をこれから致します。紅蓮騎士団に指示を与える権限を賜りますよう願い申しあげます」
「それは、別に構いません。それに私に許可を求める必要は……」
「皇女殿下、今の貴方様はローバス全軍の総帥であられます。面倒でも、必ず許可を頂きます」
「……分かりました。しかし、今後何かある場合は貴方に一任致します」
「仰せの通りに」
シャルスは改めて一礼すると紙を取り出していくつか書き込み、セルゲイを呼び出した。
「セルゲイ副団長。今より貴殿は紅蓮騎士団を率いてこれより指定する場所に向かってほしい。詳細はこの紙に書いてある」
「……私はあくまで副団長。騎士団の指揮権を持っておりません」
セルゲイの言葉にアリシアは驚きと共に、セルゲイの不信感を感じた。
いくらグリュードの友だからといって、すべてを受け入れた訳ではなかった。シャルスはあくまでアリシア皇女の側近で、しかも新参者なのである。
「セルゲイ副団長、私はアリシア皇女殿下より紅蓮騎士団の指揮権を与えられた。私に逆らうと言う事はアリシア皇女に対する反逆である」
セルゲイは一瞬剣の柄に手を置いた。と、同時にグリュードが二人の間に割って入った。
「セルゲイ副団長、改めて命令する。紅蓮騎士団を率いて指示通りに動け」
「……仰せに従います」
セルゲイは奪うようにシャルスの指示書を受け取ると、すぐさま行動を開始した。
「やれやれ、騎士団長不在の騎士団としては優秀な騎士団だな。ホルスとアリシア様、あと、信頼できる者以外には従うことはしないか。さて、自分の騎士団を他人に押し付けている団長は今頃何をしているのやら……」
グリュードは大きな溜め息を吐いて、最近溜め息が多いことに気が付いた。無論、原因は二人の友人だ。
アリシア、シャルス、グリュードの三人は再び三人で馬を進めた。ここから最も近いエルク城へ……。
一方、グリュードに愚痴を言わせたホルスは、王都での情報収集を終え、妹との再会も果たし、ようやく王都を出立する所だった。
ホルス、ティアの両名にとって、この王都での情報収集は幸運と不運があった。
幸運はシャルスの言葉に従い、すこし回り道をしてシャルスが住んでいた村に向かうローバス騎兵団を回避出来た事と、王都はすでにレン大将軍が出立した後であり、特に障害なく王都に潜入出来た事である。
不運はティア個人に限ったことであるが、レンに一人の近衛騎士として、そして、娘として、ローバス王国で最も偉大な将軍であった父に今回の一件を問いただす機会を失った事である。
もうひとつ、これは不運と言うべきか、凶報である。ハイムにおける将兵の損害が分かったからである。これはアリシアに報告すべき事だろう。……グリュードには辛い思いをさせてしまうが…。
「さて、急いで東へ向かうぞ」
鎧をローブで隠すように身を包み、馬に積荷を載せ終えたホルスは、同じくローブで鎧を隠したティアに視線を向けた。
ティアはどこか気が抜けた顔で空を眺めていた。ホルスの声にも反応していない。
どことなく腹が立ったホルスは、軽く頭を叩いた。
「な!? ホ、ホルス! いきなり何をする!?」
ようやく気が付いたのか、ティアは抗議の声を上げた。
「何を考えている? まさか、今からレン大将軍を追いかける…などという戯言を言うんじゃないだろうな? 予定よりかなり遅れているんだ。アリシア皇女は既に俺の部隊と合流しているだろうが、追いかけているのはレン大将軍だ。急ぐ必要がある」
ホルスの予想が当たっていたのか、ティアは鋭い目つきでホルスを見つめた。しかし、ホルスはそれを軽く受け流した。
「お前のするべき事は何だ? レン大将軍を問いただすことか? アリシア皇女を護る事か? どっちだ?」
「……わ、わたしは……」
「お前の任務は何だ? 近衛騎士だろう。アリシア皇女を御護りしなくて誰が護る?」
「……すまん」
「謝罪する必要は無い。子としては当然の想いだ。親が居ない俺にとって、家族はリレイだけだ。まあ、少し分かる気がする」
ホルスはそう言って家に視線を向けた。ちょうど、リレイが旅支度を終えて玄関に鍵を閉めていた。
「リレイ、早くしろ」
「待って、またここに戻ってくるんでしょう? じゃあ、戸締りはしっかりしなくちゃ」
「……そうだな。確かに、その通りだ」
ホルスは微笑を浮かべた。
ローバス王都セレウキア奪還。
それが実現するのは何時の事になるか…。リレイも意識して言ったのでは無いだろう。だが、ホルスにとっては心に沁みる一言だった。
今のホルスが目指す夢。リレイと再びこの家に戻り、平穏に暮す事だ。いつか、誰かの嫁に行くリレイが幸せになってくれる事を願って……。
無論、自分が認める男以外は絶対に嫁になど行かせない。もし、泣かせるような真似をすれば…………、即座に殴り倒し、蹴り飛ばし、この世の苦痛全てをその身で体験させてやる!
兄というよりは父の心情に近いホルスではあったが、それでも、兄として妹の幸せを願わずにはいられない。
最も、ホルス自身は自分の幸せなど、一片も考えたことは無い。両手を血に染め、戦場で血に酔う自分が幸せを得るなど考えられるはずが無い。
修羅、もしくは羅刹と言うべきか。
そんな自分が幸せなど得られるはずも無いし、望んでも居ない。
「お兄ちゃん、準備できたよ」
妹の声で我に返ったホルスは優しい笑みを妹に向けた。
「よし、行くぞ」
ホルス、ティア、リレイの三名は馬に跨り、王都を出立した。
エルク城城主エウロパは決断に迫られていた。
つい先ほどレン大将軍からの使者が現れ、新国王ガーグに忠誠を誓う誓約書を書いて王都に送るよう指示してきたのである。そして、もう一つ。ローバス王国の分裂の危機を防ぐ為、アフワーズ城に逃亡を続けるアリシア皇女を討てという命令だ。
「どうしたものか……」
エウロパの悩みは尽きない。
ローバス軍がハイムで大敗した事はすでに聞き及んでいる。それもガーグが手引きし、レン大将軍が実行に移した結果の大敗だ。ガーグは簒奪者である。ガーグ一人が相手ならばアリシア皇女を保護し、簒奪者を討つ協力をして恩を売るのが上策だろう。上手くアリシア皇女を操れば宰相も夢では無い。さらに、自分にはなかなか利発的な息子がいる。息子がアリシアを口説き落とせば自分は国王、もしくは大公となる男の父親となる。そうなればローバスそのものを支配する事も可能だ。
だが、ガーグにはレン大将軍がいる。
十五年ローバス王国をさまざまな外敵から守り続けた生きた守護神がいる。
「勝てるか?」
「剛毅の名将」という異名を敵味方双方から送られ、大国ローバスの全軍を統括したレンと戦うのである。
「…勝てるか?」
もう一度エウロパは呟いた。
恐らく神聖ロンダリウス帝国の圧力が直接降りかかる西方諸侯、北方諸侯の者達は全てガーグに従属を示すであろう。それらの兵力を統合すれば十数万の兵力を編成できる。さらに、ロンダリウス帝国はせっかく手に入れた東方の交易路を遮断されないようにする為、大軍を送ってくるだろう。
残るは東方諸侯と南方諸侯、各駐留砦や、そして、アフワーズ城である。
確かに自分は東方諸侯の一人だが、この城を空にする覚悟で全軍を掻き集めても五千が限界だ。実際に出兵できるのは多くて二千だ。だが、東に位置するアフワーズ城はローバス東方最大防衛拠点である。精鋭三万の騎兵と、七万の歩兵がいる。そして城主は義に厚く、冷静沈着、智勇兼備の名将として知られるローバス十将軍の一人、フィルガリア将軍である。東のカーン・ラー王国、東南のトーラス王国に睨みを利かせている。混乱しているローバス王国にカーン・ラー、トーラスの両国が侵攻してこないのも、この名将を恐れ、ローバス王国の状況を高みの見物しつつ監視しているからだろう。
エルク城とアフワーズ城は僅か五日の距離しか離れていない。もし、フィルガリア将軍がアリシア皇女に従い、自分がガーグ側に付けば、間違いなくこの城目掛けて軍勢を差し向けてくる。
愚鈍な滅亡か、栄耀栄華か。
エウロパにはまったく異なる二つの道が用意されているように見えた。
悩み続けるエウロパに一報が届いた。
「な、何!? アリシア皇女が来ただと!」
臣下としては喜ぶ所であったが、エウロパとしては予想外の出来事だった。だが、逆手に考えれば好都合だ。アリシアを手の内に抱えることが出来れば、自分に全てを決める決定権が与えられたとの当然だ。
とりあえず、臣下の者にアリシア皇女を丁重に歓待するよう申し付けると、自身は身を清め、正装を纏い、アリシア皇女に面会した。
「これは皇女殿下。ご無事でなによりでした」
愛想笑いを浮かべながらエウロパはアリシア皇女に一礼した。一瞬、グリュード、シャルスの二人に鋭い目つきをエウロパは向けたが、アリシアは気づかなかった。
そこから、エウロパの言い訳が始まった。
状況が分からず、下手に兵を出せなかったこと。皇女殿下の無事を毎日神に祈っていたなどなど。
流石にアリシアもその態度には呆れていたが、表情には出さず、嬉しそうに笑顔を浮かべた。宴が終わり、それぞれが寝所に向かおうとした時、シャルスがアリシアにいくつか耳打ちした。アリシアは頷き、そのまま侍女に連れられて寝所に向かった。
三人が行動を起こしたのは夜中の事だった。旅支度を整えたグリュードがアリシアを出迎えた。
「殿下、準備は宜しいですか?」
小声でアリシアにグリュードが尋ねると、既に準備を整えたアリシアはゆっくり頷いた。
「ええ、行きましょう」
グリュードに連れられ、アリシアはすぐさま城門に向かった。
城門には、既に馬を待機させ、番兵に剣を突きつけるシャルスが居た。
「さて、行きましょうか」
シャルスは悪戯っぽく微笑むと番兵に城門を開けさせた。
「アリシア皇女が逃げたぞ!」
城内から声が響き、一斉に兵達が動き始めた。
「殿下! 急ぎましょう!」
シャルスが叫び、三人は城外へ馬を飛ばした。
事態を知ったエウロパは恐怖で顔を青くした。何時、どうして自分の企みが看破されたのか?
「騎兵を出せ! なんとしてもアリシア皇女を奪い返せ!」
すぐさま五百の騎兵をエウロパは差し向けた。だが、思わぬ事がさらに起こった。五百の騎士がしばらくして戻ってきたのである。
「貴様ら! 何をしている!? アリシア皇女はどうした! あの小娘が手の内にあれば思いのままなのだぞ!」
「……シャルス殿は千里眼をお持ちなのか。…少し反省する必要がありそうだ」
エウロパに報告しようとした騎士はそう言うと、剣を手に一刀でエウロパの首を跳ね飛ばした。
「逆賊! 降伏しろ! 城主エウロパは討ち取った! 五百の騎兵も戻らぬぞ!」
叫んだのはセルゲイである。
セルゲイの一喝と同時に各所で戦闘が起こった。さらに開け放たれた門から紅蓮騎士団が城内に殺到した。
大陸最強の騎士団。
以前、シャルスがホルスにそう言った事がある。これは、冗談半分、本気半分で言ったことではあるが、まさに、最強を冠するに相応しい動きを紅蓮騎士団は見せた。
襲い掛かる敵兵を次々と流れるように討ち取り、指示されることも無く、複数名で行動し、城内各所を制圧していった。
紅蓮騎士団としては今回の戦闘が初陣になる訳なのだが、ホルスの地獄の訓練を乗り越えた正真正銘の最精鋭の騎士である。その動きは統率され、一切の無駄が無い。
圧倒的強さを見せる紅蓮騎士団にエルク城兵はすぐさま降伏した。それは、紅蓮騎士団三千名の内、負傷者二十八名、死者は一人も出なかったという被害を考えれば恐るべき戦果と言える。
セルゲイは降伏したエルク城兵にシャルスに手渡された指示書に従って幾つか命令すると、最低限の食料物資を補充し、紅蓮騎士団を集結させてすぐさま東へ行軍を再開した。
城主が信頼でき、かつ、味方になるようならば事情を説明しすぐさま城を出る。
城主が信頼できず、敵になる可能性がある場合、追撃する敵兵と摩り替わり、城主を討ち取り内部から開け放たれた城門から残軍を城内に殺到させて一時的に占拠し、食料を強制的に徴発する。
全て、シャルスの策だった。そして、もうひとつ、この戦いには重要な意味があった。
シャルスは新参者であり、セルゲイにいたっては反抗的な態度であった。この戦いにより、シャルスの声望は高まる。どんな神策をもってしても、味方が動かなければ意味がない。シャルスは自身の実力を示す必要があった。そして、不幸なことに選ばれたのがエルク城であった。
「さて、これでエルク城は無力化されました。 追撃の兵は出ないでしょう」
シャルスは高らかに笑いながらアリシアに説明した。さらに、シャルスは降伏したエルク城兵に生き残る為の策を与えたとアリシアに説明した。
「生き残るとは、どういう意味ですか?」
「はい、エルク城兵は降伏したものの、今後どのように動けばよいのか分からぬ子供と同じ状態。ならば、私の指示通りに動けば命は助かると脅しておくのです。彼らはこぞってアフワーズ城に向かい、殿下の為に命を差し出すでしょう。無論、彼らがそれを使わず、レン大将軍に逃げ延びてもまったく問題ありません。レン大将軍、ガーグ簒奪王共々、悉く平らげ、ローバスを今まで以上に繁栄する大国にして御覧に入れましょう」
シャルスは自信満々に言い放った。
紅蓮騎士団と合流したアリシアはそのまま当初の目的であるアフワーズに馬をさらに進めた。
後書き
作者:そえ |
投稿日:2009/12/06 21:04 更新日:2009/12/12 20:52 『ローバス戦記』の著作権は、すべて作者 そえ様に属します。 |
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