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作品ID:519
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てがみ屋と水を運ぶ村

小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 休載中

前書き・紹介


第七話(再編集版)

前の話 目次

 「あーあ」

 真行は何度も肩をゴリゴリされた後、一発、必殺「腰にドロップキック」を食らって、何とかソラから開放された。

「おい、ソラ、それ取ってくれ……」

 腰の疲労が激しく、うまく立たないらしく、ファミリアバードにべたりとくっついて乗っかったまま、指で先ほど鞄に詰め込んだ木片を示した。

「自分で取ればいいじゃんっ」

「めんどくせっ……って、あ」

 真行はバランスを崩し、ずりずりとファミリアバードの背から落ちていく。

「……っ」

 鈍い音がして、彼の体は地面に落ちた。

「大丈夫?」

 ファミリアバードを止め、ソラは少し後ろを振り返って真行のほうを見た。彼は腰をさすりながら、なんとかして木片をとろうとしていた。

 真行は木片を指先で地面に落とし、それを拾って右腕で抱えたまま、鐙に足を掛ける。

「……っと」

 何とか乗れたようなので、ソラはファミリアバードを進ませることにした。真行は自分の鞄の中から黒い鞘のナイフを取り出した。腰のベルトに鞘ごと差し込み、それを抜き取った。

 ソラはファミリアバードの速度をゆるめ、真行の隣に並んだ。

 ぞくり。

 ナイフは昔、自分の大切な人の命を奪った凶器。いつまで経ってもソラの心はその恐怖に脅《おびや》かされていた。

 それが突き刺さった瞬間の叫び声、飛び散る赤い液体、鉄のにおい。

 体が床に崩れ落ちていく音。

 血に染まったナイフを握る男の高笑い。

 

 忘れることはできない。

 

 今まではもっと酷くて、ナイフを見るたびに、胸が締め付けられるように苦しくなって、泣いてしまうこともあったが、今ではもう、そんなことはない。

 ただ、まだナイフを見ると、なんだか恐ろしくなってすくんでしまう。鋭い光を放つナイフは、信頼出来る真行が持っていても、やはり凶器だった。

「またやんの?」

「あのなあ。怖がるのは勝手だが、こんなことでもしねえと、金がねえっつの」

 真行は木片を左手で握って、ナイフの刃をあて、上下、そして左右に動かす。少しずつ削りかすが、ファミリアバードのオレンジ色の毛の上に落ちていく。

 いつ見ても面白いと思う。ナイフは怖くても、彼が物を作るために動かすナイフは、すごく優しくて――好きだった。

 どう違うのだろう? ソラにはよく分からない。

 それから、彼の表情が、このときだけ緩むのも、彼女は好きだった。 

「いいな」

「あ?」

 真行はソラを横目で一瞥し、また作業に没頭してしまった。

「器用だね」

「ほめても、なんも出ねえぞ」

 真行は削りかすをふっと息を吹きかけて飛ばした。

「あ、もったいない」

 ソラは真行の息でふわふわと飛んでいく削りかすを見て、つい言ってしまった。

「もったいないって、お前いつもそれだな。ケチくされ。どこらへんがもったいねえんだよ。削りかすをどう使うっていうんだ」

 体を少し起こして、作っている何かについたかすをさらに地面に落とす。

「ああああっ! もったいないっ。だってほら、これを局に持って帰って袋に詰めれば、柔らか?い梱包材《こんぽうざい》ができるよ。布につめれば、枕だって! 利用価値は大いにあると思う!」

 ソラはうっとりしながらファミリアバードの羽に頬をすりすりした。

「だから捨てちゃだめなの!」

 そして唐突に、真行に指を突きつけた。

「お前は、とことん節約家だな。そんなことして何が楽しいのか――」

「楽しいじゃないっ。物を作り変えて使えば、なんだか得した気がしない?」

「それはお前だけだ」

「なんかさ、物がほかの人より長持ちしたら自慢したくならない? 短くなった鉛筆とか、米粒みたいな消しゴムとか」

「ボロ勝負しても何にもならねえよ。それも、お前だけだろ」

「お金がもったいないから――」

「ただ単にケチなだけだろ」

 ソラはすべての意見に対して反論され、しょぼんと肩を落とした。どうせ馬鹿な真行に言っても分からないのだと勝手に納得し、話題を変えることにした。

「ところで、何つくってるの?」

「当ててみな」

 真行はナイフを動かしながら、少し、微笑んだ。

「うーん、箸?」

「違う」

 細い持ち手のようなものがすでにできつつあった。これは、いったい何なのだろう?

 と……。

「ん?」

 ソラが目を丸くした。その目は、つなぎを着た男たちのほうに向けられていた。

彼らはなにやら、水を運んでいるようだ。容器は石でできていて、きっと重いのだろう。

 男たちはふらふらしながらそれを運んでいる。

 ぎらぎらと太陽が照りつけるなか、男たちがかいた汗が地面に道を作っている。紫外線が強いので、できるだけ肌を出してはいけないのに、彼らは素肌丸出しだ。

 時々聞こえるうめき声が生々しくて、ソラは耳をふさぎたくなる。さっきのおばさんが言っていたことはこれだったのだろう。

 一人の男が石の器を引きずりながら、地面を這っていく。恐ろしく遅い。大量の汗を地面に残しながら這っていく。とにかく汗の量が異常だった。

「けふっ」

 男が咳きこんだ。透明な液体ではなく、赤い液体が飛び散った。

 ソラは唇をかみ締めた。男が海のほうへと向かっていく。

 どんどん体が地面から離れていく。

 どんどん、どんどん。

 

 目をつぶった。

 最後まで見ることができなかった。



 水のはねる音がした。

 

 恐る恐る真行を見上げると、彼は居心地悪そうにうつむいていた。

「酷い」

 ソラの唇の端から言葉が漏れた。

 真行は黙ってうなずいただけだった。

「おまえさんたちぃ、旅人さんかね」

 土気色の顔をした、体格のいい男が声をかけてきた。おぼれた男を隠すように二人の前に立ちはだかった。額には脂汗を浮かばせ、きつそうに肩を上下させて息をしている。

 酷い場面を見せまいとする様子は、旅人をこの村から逃がさないようにするためか。旅人が来ないと物を買う人は少なくなるから、村は潰れてしまう。とは言っても、あまり物は残っていないが。

「どうして、こんなこと……」

 男に訊こうとすると、真行が口を挟んだ。

「となり村に水を持って行ってるんだろ。すぐ海の近くだから。最近は雨もふらねぇしな。水が足りねぇんだろ」

「でも、潮水だよね。あ、そっか。あっちの村で浄水するんだね」

 ソラは独り合点して頷く。

 それを聞いてはいなかったであろう真行は、手を頭の後ろで組んで男のほうをちらと見た。

「この村には入らんほうがよかばい。あんたたちも、させられるかもしれんけん」

 おどけて言って見せて、男は白い歯を見せて笑った。その笑みは少しだけ自嘲的だった。

「あいつには敵わんけんな」

「あいつ?」

 ソラが首をかしげると、男は豪快に笑った。

「おねえちゃんはかわいかなあ。あいつも好みかもしれん。とはいっても、今日はおらんとけどな」

 男はきびすを返して、仕事に戻ろうとする。

「おい、てめえ」

 真行が口を開いた。

「上の人間の名前は?」

 男を見上げた真行の目は真剣だった。真行が真剣に相手を見据える、というのはそうそうない。

「柏原蓮」

 男はそういって、にんまり笑った。

「にいちゃん、あんたが敵うような相手じゃなかばい。それなら、オレらがとっくに寝首かいとるって」

 腕を曲げて、男が作って見せた力こぶは大きかった。真行は関心がなさそうにそれを見て、男を軽く睨んだ。

「余計なお世話です」

 男は、真行の低い身長と、すらっとした体型を見て、そう言ったのだろう。だが、それは大きな間違いだった。

 ただ、ソラが気になるのは、あの重い石の容器を持ちあげるほどの強い男たちが、柏原蓮という男に束になってかかってもかなわないということ。それほど、この土地の頂点に立つものが強いということだ。

「サナ、どうする気?」

 見上げて訊くと、真行は男たちのほうを一瞥した。

「別に」

 ぶっきらぼうに返した。ソラは不満顔で真行を見上げる。

「余計なこと、しないほうがいいと思うよ」

「ああ、分かってる」

答えて、彼はすっと男たちから目をそらし、

「でも、あんまりじゃねえか」

 双眸を細めてつぶやいた。

「うん……」

後書き


作者:赤坂南
投稿日:2010/11/08 19:05
更新日:2010/11/08 19:05
『てがみ屋と水を運ぶ村』の著作権は、すべて作者 赤坂南様に属します。

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作品ID:519
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