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作品ID:828
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魔操世界

小説の属性:ライトノベル / 異世界ファンタジー / 感想希望 / 中級者 / R-15 / 完結

前書き・紹介


1:―Judgement Dragoon― 第六章 「激動」

前の話 目次 次の話

 深紅の刃が上段から振り下ろされるのを、レイムは槍の柄を双剣で受け止めて力の向きを逸らしてかわした。もう一方の剣を横合いから振り、切り付けるが、アンスールは逸らされた力の流れに逆らわずに二対の翼を用いて加速し、レイムと擦れ違う。

 レイムは着地と同時に振り返り、二対の翼による加速で突撃して来たアンスールの突きを、横に跳んで回避する。転がりながら身体を捻り、顔を上げた時にはアンスールの方へと身体を向けていた。

 レイムの意思に応じて、生体鎧の背に翼が生じた。ラグニードと違い、一対だけだが、大きさだけで言えばディアロトスの方が上だった。その翼で周囲に存在する風属性の魔力の流れを抑え込み、自身の加速に利用する。床を蹴り、部屋の天井付近まで飛び上がったレイムは、左腕から魔力球をアンスールへと撃ち出した。ディアロトスの頭部を左腕に召喚していないため、その時ほどの威力はないが、牽制に使うには十分過ぎる程の攻撃能力は備えている。その魔力を司器で打ち払い、アンスールが跳躍する。

『……司器か…』

 ディアロトスが小さく呟く。

 アンスールが槍を突き出した瞬間、その深紅の刃から炎が噴き出した。熱風がレイムの髪をはためかせ、迫る。

 それが直撃する寸前に、レイムは急降下し、着地すると同時に再度床を蹴った。槍を突き出したアンスールへと、下方から双剣で切りかかる。

 アンスールが左手を柄から離し、レイムが振り上げたダークエッジへと伸ばした。その掌に魔力が集約し、アンスールに剣が触れる瞬間に内側から外側へと、魔力を剣に叩き付ける。

「…!」

 外側に弾かれた腕に身体が引かれ、レイムの体勢が崩れた。

 アンスールが繰り出した蹴りを左手のライトエッジで打ち払い、崩れた体勢をディアロトスの翼で持ち直す。アンスールとレイムはほぼ同時に着地し、その直後に再度、互いへと突撃した。

 袈裟懸けに振り下ろされた槍をアンスールに対して回り込むように横へ逃れたレイムに、アンスールの回し蹴りが放たれた。左腕の双剣の刃を突き立てようとするが、アンスールはそれを寸前で軌道を変える事で防ぎ、それでも回し蹴りの回転力を落とさずに槍を横薙ぎに振るう。

 寸前で跳躍し、ハイペリオンを避けたレイムが空中からアンスールへと蹴りを繰り出す。アンスールがそれを引き戻した槍の柄で打ち払い、その槍を回転させて刃をレイムへと振り上げた。

『くっ……!』

 横へと逃れたが回避し切れず、ディアロトスの左の翼に切っ先が掠った。

 レイムが着地するのと同時にアンスールがそこへ切りかかって来るのに対し、屈んで足払いを放つが、アンスールはそれを小さく跳んで避け、刃を振り下ろした。横へ回した足を蹴り上げると同時に立ち上がり、振り下ろされる刃をぎりぎりで回避する。レイムが放ったハイキックは、アンスールが立ち軸をずらしてあっさりと回避された。しかし、アンスールが立ち位置をずらした場所へレイムは足を踏み出し、ライトエッジを水平に薙いだ。

 後方に跳躍し、アンスールがそれを回避する。

「焔裂!」

 アンスールが床すれすれに向けたハイペリオンを振り上げる。瞬間的に深紅の刃に莫大な魔力が集まり、炎を吹き上げた。床すれすれにあった深紅の刃が振り上げられるのと同時に、深紅の炎が吐き出され、一直線に炎が燃え上がった。レイムは横に跳んでそれを回避する。

 振り上げた槍を、アンスールは回転させるようにして同じように刃を振り上げて炎を前方に噴き出させ、逃れたレイムの道を塞ぐようにして炎の壁でレイムを挟んで行く。燃え盛る炎に挟まれ、空中へ逃れようとするレイムへと、アンスールが跳躍した。

「――っ!」

 突き出された深紅の刃はレイムを捉えていた。

 レイムは咄嗟に双剣を交差させた中央で突きを受け止める。その瞬間、凄まじい衝撃がレイムの腕に走った。

 直後、双剣の刃が砕け散った。白銀と漆黒の刃が打ち砕かれ、深紅の刃が突き抜けてレイムの胸へと一直線に伸びる。

『――レイムっ!』

 ディアロトスの意識が、レイムの意思に関わらずに働き、翼をはためかせた。レイムの身体を後方へと大きく吹き飛ばし、深紅の刃を辛うじて避ける。だが、勢いは止まらず、壁に背中を打ち付け、レイムはその衝撃に咳き込んだ。

 すぐさま起き上がろうとしたレイムだったが、その目の前にアンスールが着地した。アンスールのつま先が生体鎧に覆われていないレイムの下腹部に減り込み、その身体を持ち上げる。

「ぐっ……!」

 呻き、動こうとした瞬間、レイムは左腕が壁に押し付けられたのを感じた。

 その腕を引き寄せようとして、固定された事に気付く。

『……ディアロトス、世界を開放する瞬間を見せてやる』

 ラグニードが言い、アンスールはレイムに背を向けて部屋の奥にある中核結晶へと歩み寄って行く。

 レイムは左腕に目を向けた。先程から、そこに何か違和感を感じていた。

 U字型の杭のようなもので、腕が壁に固定されていた。

『これは……拘束用の魔装具……!』

 ディアロトスが呻いた。

 魔装具は武器や防具だけではない。魔力に関わる道具全てをさす言葉だ。

 拘束の魔装具というのは、文字通り拘束のために造られた魔装具だ。通常の人間はたとえ弱くとも、魔操術を使う事が出来る。それは、捕まえた人間が魔操術でその束縛を魔操術で解いてしまう事が可能だという事だ。犯罪者を拘束するためには、魔操術では破壊出来ない特殊な拘束具が必要となったのだ。それは、魔結晶を用いて造られた拘束具で、身につけた者が使おうとした魔力を魔結晶が吸収し、周囲に発散する事で魔操術を使用不能の状態に出来る道具だ。

 無論、強力な魔力を扱える者には破壊されてしまう場合もあるが、それは用いられた魔結晶の質に左右される。今、レイムに使用された魔装具は、かなり上質なものだった。ディアロトスの魔力すら使用不能にしてしまえるだけの魔結晶が使われているらしい。

 しかも、破壊出来る可能性のある双剣はつい先程破壊されてしまっていた。そして、その魔装具によってディアロトスの召喚は解除されている。

『ラグニード、貴様いつの間に!』

『お前は必ず追って来るだろうと思っていたからな、いざという時のために、アンスールと共に探したものだ』

 ディアロトスに、ラグニードが答える。

 アンスールは中核結晶の前まで来ていた。

 司器・火総戦槍ハイペリオンが振り上げられる。その深紅の刃から陽炎が立ち昇り、炎が噴き出され始めた。

「これで、世界は自由になれる!」

 アンスールが言い、ハイペリオンが振り下ろされる。

「アンスール……!」

 レイムは奥歯を強く噛み締めた。

 中核結晶にハイペリオンが減り込む。刹那、切り口から凄まじい魔力が吐き出され、爆発的に炎が広がった。

『……これで良い……まずは、ここからだ』

 ラグニードが興奮を抑えた口調で言う。

 中核結晶に罅が入り、澄んだ細い音と共にそれが全体へと広がって行く。そして、中核結晶はその澄んだ音を周囲に響かせて砕け散った。

 直後、神殿が揺れた。凄まじく強大な魔力が中核結晶から周囲へと放たれ、今まで完璧な均衡を保っていた魔力のバランスが大きく変動した。それは周囲に次々と伝播し、振動を強くして行く。

『ディアロトス、この先の世界を見ろ。そして、それからもう一度話そう』

 アンスールは砕け散った中核結晶を背に、部屋を出て行く。

『待て! ラグニード!』

 ディアロトスが叫ぶが、アンスールの歩みは止まらない。

「レイム、お前なら解るだろう。俺達の言っている事が」

 部屋を出る直前、アンスールは言った。

 だが、レイムはそのアンスールへと鋭い視線を向けたまま、何も答えなかった。アンスールはレイムの返答を待つ事もせずに、部屋を出て行く。

 振動は治まらない。恐らく、この神殿のある火山が噴火しようとしているのだ。強力な火属性の魔力が周囲に発散された事で、火山内部のマグマが刺激されたと考えるべきだろう。神殿が崩れないのは、それだけ特殊な素材で出来ているという事だ。

 神殿の外の様子は判らないが、何かしら影響が出ているはずだ。それだけの魔力が放たれている。

『どうにか、出来ないか?』

 ディアロトスの言葉に、レイムは行動で示した。

 空いている右手で拘束具を引き剥がそうとしたが、壁に深く打ち込まれているのか、打ち込まれた部分に返しがついていたのか、引き抜く事が出来ない。魔操術を使おうにも、その拘束具に魔力を散らされてしまうのだから、するだけ無駄だ。

 何度かそれを繰り返して、レイムは諦めたように動きを止めた。

「――ディアロトス」

『……レイム?』

 唐突に、レイムはディアロトスを呼んだ。

「今まで、色々と世話になった」

『……』

「感謝している」

『……まさか、お前――』

 ディアロトスの意識が震えた。

 レイムの言葉が示す事を理解したのだ。

「眼を使わせてもらう。それに、最後の剣も」

 言い、レイムは右手を真っ直ぐに前へ伸ばし、地面へと掌を向けた。指抜きの黒い手甲が、その手を覆っている。

「邪総長剣ディス=アレス……召喚!」

 手甲が内側から弾け飛び、その手の甲にある漆黒の紋章が浮かび上がる。

 菱形を中心に、鋭い三角形が菱形の四つの辺から、外側へと向かって配置された、邪属性を象徴する漆黒の紋章。その紋章が漆黒の光を放つ。その掌を中心に凄まじい魔力が集約し、それが風を巻き起こし、レイムの髪を乱した。拘束具に抑え切れない魔力が集約しているために、拘束具はそれに干渉出来ないのだ。

 掌の部分に筒が形成され、レイムはそれを握り締めた。直後、その柄の先に漆黒の刃が形成されて行く。漆黒の刃はレイムの身長を越える程にもなる、大剣となった。だが、その重さをレイムが感じる事はない。強大な魔力がレイムの掌から伝わって来る。それを抑え付け、レイムはその刃を自分の左腕へと向けた。

『……レイム』

「……召喚契約を解約させてもらう」

 レイムは告げ、司器・邪総長剣ディス=アレスの漆黒の刃を振り上げた。



 *



 地震が起きたのをシェラルは感じた。その直後、凄まじい勢いで火属性の魔力が周囲に増えたのが判った。

「何だ……?」

 ヴィルダがシェラルと同様の疑問を口にした。それでも車の速度は落とさずに進んでいる。

 前方には火山が見えていたが、そこから明らかに異質さが感じられた。

「まさか、噴火か?」

 ヴィルダの表情が険しくなる。

「ねぇ、あれ!」

 シェラルが指差した先には、崖が崩れ、洞窟が姿を現していた。

「あそこか!」

 言い、車が加速する。

 地震は治まらず、シェラルは車の中から周囲を見回した。火属性の魔力が周囲に満ち、熱気が生じ始めていた。明らかに気温が上昇したように感じる。

 車が止まり、シェラルはヴィルダとほぼ同時に車から降りた。

 魔装銃を右手に持ち、シェラルはヴィルダと視線を交わして一度頷き合い、洞窟の中へと踏み込んだ。

 一直線の通路は、異質なものだった。図書館にあった資料に書いてあった通り、明らかに現在の文化とは異質な文明を感じさせる内装だった。材質の判断出来ない通路には、壁に照明が埋め込まれており、密閉されているにも関わらず暗いとは感じない。

 恐らく、既に神殿の中に入っているのだ。本来ならば魔力は均衡しているのだろうが、今は火属性の魔力が大きく割合を占めている。

「ここは……!」

 開けた区画に出て、ヴィルダは周囲を見回し、言葉を失った。

 シェラルもそれを見た。

 龍族が血溜まりの中に横たわっていたのだ。神殿の中である事から、その龍がディーティ・クラスである事が判る。

「……駄目だ、死んでる」

 ヴィルダがそれに歩み寄り、手で龍に振れ、言った。

「まさか、遅かったのか?」

 手を離し、ヴィルダが呻く。

「レイムは……?」

 内心の動揺を押し殺して、シェラルは周囲を見回した。

 異常なまでに偏った魔力バランスと、地震のせいで周囲の気配を探る事が出来ない。

「……お前は」

 不意に、奥から声がした。

「アンスール!」

 その声の主を見て、ヴィルダとシェラルはその名を口にした。

 完全召喚と呼ばれる召喚法を用いて、元ニルヴァーナの龍族ラグニードを生体鎧として身に纏ったアンスールがそこにいた。

「貴様、何をした!」

「中核結晶を破壊した。これで世界は管理者から解放される第一歩を踏み出す」

 口元に穏やかな笑みを浮かべ、アンスールは答える。

(――間に合わなかった!)

 中核結晶が破壊されたというのならば、シェラル達の目的の一つは達成出来なかった事になる。中核結晶の破壊は阻止出来なかったのだ。アンスールが先に目的を果たしてしまったのだ。

 続く言葉の意味は理解しかねたが、それよりもシェラルには気に掛かる事があった。

(……レイムは…?)

 シェラルは自分の鼓動が早まるのを感じた。

 先に向かったはずのレイムの姿が見えない。この場所に辿り着けていないのだろうか。それとも、アンスールに負けたのか。

 背筋を厭な汗が伝って行く。

 何故、これ程までに動揺しているのか、シェラル自身も困惑していた。

「言っている事が解らんな……」

 ヴィルダは腰を低く落とし、斧を構える。

 既にヴィルダはペイン本来の気配を放っていた。

『この世界は何者かに造られた世界だ。中核結晶という物質が世界を構成する魔力の源として存在するのは、それによって何者から世界を管理しているからだ。俺達はその管理された世界から、俺達自身の手に世界を取り戻す。それだけだ』

 ラグニードの声が響いた。

「なるほど、そういう考えか……」

 ヴィルダが呟く。

「だとしたら、そいつは何者だ?」

『さぁな。どの道、人や龍を超えた存在だろう。俺達が世界を開放すれば、そのうち出会えるかもしれんがな』

 ヴィルダの言葉に、ラグニードが答えた。

『他に訊きたい事は?』

「大人しく死んでくれるか?」

 ラグニードが告げた言葉に、ヴィルダが言った。

「断る」

 言い、アンスールが足を踏み出す。

 殺気と気迫に満ちたヴィルダが床を蹴り、斧を振り上げアンスールへと飛び掛った。それを見て、シェラルは魔装銃を構え、援護射撃を行った。位置的には、シェラルが横合いからアンスールを狙うような形になっている。

 アンスールが槍を振り回し、周囲に炎を撒き散らした。それによって生じた強大な魔力に打ち消され、シェラルの放った魔装銃の魔力弾が無効化される。

 その反射神経に、シェラルは息を呑む。通常の弾丸もそうだが、魔装銃の魔力弾も、人間の反射神経では、視認してからの回避は不可能と言える。だからこそ、銃を扱う戦闘では互いに動き回ったり、防御用の盾や障害物に身体を隠して戦うのだ。だが、アンスールはシェラルが引き金を引くのとほぼ同時に司器を振るっていた。その時の回転速度は凄まじかった。

 完全召喚をしているために身体能力が上昇しているという事もあるのだろう。しかし、それでもシェラルにはショックだった。

「……お前達では俺には勝てんぞ?」

 アンスールが言った。

 直後、ヴィルダがアンスールを攻撃範囲に捉えていた。

 振り下ろされた斧を、アンスールは寸前で、横へと小さく跳び、避ける。斧が、床に接触する寸前で止まり、角度を変えて横薙ぎに払われるが、それもアンスールは一動作で回避した。

 シェラルも魔装銃を連射するが、それも同様に簡単にかわされてしまう。

『……ディアロトスと組んでいた奴の方が強かったな』

 ラグニードが言った。

 その言葉に、シェラルは自分の腕が震えたのをはっきりと感じた。

(え……?)

 ラグニードのその言葉がレイムを指している事は直ぐに判った。だが、問題はその内容だ。強かった、と告げたという事は、アンスールはレイムと戦ったという事になる。そうして、アンスールがここにいるという事は、レイムが負けたという事だ。

(――まさか…!)

 シェラルは心の中でそれを否定した。

 レイムが負けた姿を想像できない。あの、底知れぬ戦闘能力を持ち、全力を隠し続けているレイムが負けたという事が信じられなかった。彼の全力であればアンスールと互角以上に戦えると信じていたのだ。それだけの力を感じさせるレイムが負けたのだろうか。

 だとすれば、シェラルもヴィルダもアンスールには勝てないだろう。

 恐らく、この場にいる龍を殺したのはアンスールだ。アンスールはディーティ・クラスの龍を召喚契約をしているとはいえ、一人で倒したのだ。

(……レイムが負けるなんて……!)

 シェラルは心臓の鼓動が早まるのを感じていた。手が振るえ、照準がブレている。

 その視界ではヴィルダとアンスールが戦っていたが、どちらが優勢なのかは一目で判る。アンスールがヴィルダの攻撃を避け続けているのだから。

『勝てぬと知っていて、何故挑む? お前は一度負けているだろう?』

 ラグニードが告げる。

 シェラルの心臓が跳ねた。一瞬、脳裏を過ぎった言葉だった。

 何故、ヴィルダがアンスールに挑んでいるのか、シェラルはほんの一瞬だが、疑問を持ったのだ。一度敗北し、それからまだ一週間も経っていないうちにまた戦いを挑んでいるのだ。勝ち目はないに等しい。

 ヴィルダならばそれを判っているはずだ。判っていて、それでも尚、ヴィルダは戦おうとしている。

「……負けを認める訳にはいかねぇよ」

 遅れて、ヴィルダが答えた。

 その頬を汗が伝っているのを、シェラルは見た。

「負けを認めて退いたら、そいつは超えられないんだからな!」

(――!)

 シェラルははっとした。

 ヴィルダの言葉に、シェラルは自分の動揺が治まって行くのを感じていた。

 負けを認める事は大切な事だ。だが、それで自ら退いてしまうのは、諦めだ。諦めてしまえば、何も変える事は出来ず、勝利を掴む事は愚か、それを望む事すら出来ない。望む事が出来ずにいては、目標を達成する事は出来ない。

 手の振るえが辛うじて治まり、シェラルは引き金を引いた。

 ヴィルダの攻撃を避けるアンスールの、回避先に攻撃を撃ち込むようにして、魔装銃を連射する。

『……根性だけはあるようだな……』

 感心したようにラグニードが言う。

「退く気がないなら、こちらからも行かせてもらう」

 アンスールが告げた瞬間、その手に握られた槍の刃が魔力を帯びる。

 深紅の刃から陽炎が生じ、それが炎へと転じた。凄まじいまでの魔力に包まれた刃が構えられた。アンスールの目がすっと細まり、気迫が全身から放たれる。

 それに気圧されたのか、シェラルは背筋に汗が噴き出すのを感じた。

 アンスールが振り上げた槍を、ヴィルダは寸前で回避し、横合いから斧を叩きつける。それを槍の柄で下方から打ち払い、無効化した上で槍を回転させるようにして、ヴィルダへと振るった。

 シェラルはそこに魔装銃を打ち込んだ。ヴィルダに直撃する寸前に魔力弾が深紅に燃える刃に命中し、一瞬だが動きが止まる。その瞬間にヴィルダが後方へと跳躍し、槍を回避する事に成功した。

 連射された魔力弾を、アンスールは距離を取って確実に回避し、振り上げた槍を振り下ろす。床すれすれまで刃が振り下ろされた直後、その刃から炎が吐き出された。

 炎の軌道上から逃れたヴィルダに、アンスールが突進する。ヴィルダが斧を水平に振るうが、アンスールはそれを回避した。先に小さく跳躍し、振るわれた斧の上に片足を乗せ、斧を蹴るようにしてヴィルダの背後へと跳んでいた。空中で身を捻り、ヴィルダの背中を正面に捉えたアンスールが司器を振り上げる。斧を蹴られた事で、急激に力の向きを変えられたヴィルダは体勢を崩しており、それを避ける事は出来ない。

 シェラルの援護射撃は、アンスールが最初に放った炎が壁となって、アンスールまで通らない。

「がぁっ……!」

 ヴィルダが背に深紅の刃を浴びた。

 体勢を崩していたのが幸いし、前方へと倒れ込む形になっていたヴィルダは、身体を両断されるほどのダメージは受けなかった。それでも背中を深く切り裂かれ、倒れる。

「ヴィルダ!」

 シェラルは駆け出していた。

 炎の壁を回り込むようにして、アンスールに魔装銃が通じるところまで移動し、引き金を引く。

 アンスールは槍を回転させ、刃から炎を撒き散らして盾にして、シェラルの攻撃を防ぐ。そして、そのままゆっくりとシェラルへと歩み寄って来ていた。

 数歩踏み込んだところで、アンスールが一気に加速した。シェラルとの距離を詰め、銃口を向けるシェラルの手を、槍の柄で打ち払う。そうして、手が外側へと払われ、がら空きになったシェラルの身体に槍が振り下ろされる。

「――ぁっ!」

 突然、横から衝撃を感じ、シェラルは吹き飛ばされた。

 背中を床に打ち付け、シェラルは咳き込みながらも身体を起こし、何が起きたのかを知った。

 ヴィルダが風属性の魔操術を使ってシェラルを吹き飛ばしたのだ。そうする事で強引ながらもシェラルは槍を回避出来たのだ。だが、そのヴィルダの表情には余裕がなく、その魔操術を使えたのが限界といった雰囲気だった。かざしていた手が床に落ちた。まだ呼吸はあるようだが、それ以上動く事は出来ないだろう。

 シェラルはアンスールへと視線を戻す。その時にはアンスールがシェラルへと突進して来ていた。シェラルは横に身体を跳ばすようにして身体を捻り、強引に立ち上がると、右手の魔装銃を向ける。打ち払われても、吹き飛ばされても、手放す事をしなかったのはほとんど偶然だった。

 その銃口が鎧に包まれていないアンスールの顔を捉える。

「……!」

 引き金を引いた瞬間、アンスールは屈んだ。

 頭すれすれを魔力弾が通過し、アンスールは下段から槍を振るう。シェラルも、引き金を引いた瞬間には回避運動に入っていた。

 だが、アンスールの方が早かった。

「――!」

 シェラルは左足に熱を感じた。

 着地しようとして、シェラルはバランスを崩して床に倒れた。その直後、激痛が左足に走る。

「っぁあああっ!」

 耐え難い痛みに、絶叫した。そして、気付く。

 左足を腿の中ほどから、失っている事に。

 刃が燃えていたために、傷口が焼かれ、出血はない。しかし、傷口が焼かれた事で生じた激痛は耐えがたく、シェラルは傷口の少し上の部分を両手で押さえ、悶えた。

 銃は、手放していた。

「……」

 そのシェラルを、アンスールは無言で見下ろしていた。

 痛みに歯を食い縛り、それでも耐えられずに呻き声が食い縛った歯の間から漏れる。それでも、痛みに歪む表情を、シェラルはアンスールへと向けた。

「――!」

 直後、アンスールの表情が強張った。その表情からは余裕が消え、驚いたような表情でアンスールが視線を壁の一点へと向ける。

 一瞬遅れて、シェラルも凄まじいまでの魔力と殺気を感じた。痛みを忘れてしまう程に強大な魔力と殺気に、無意識のうちにシェラルは身震いしていた。

 それは、壁の向こうから放たれていた。それが壁の向こうから近付いて来るのを、シェラルも確かに感じた。



 *



 正面にある通路の曲がり角に、レイムは剣を突き刺した。

 漆黒の刃は抵抗なく壁に突き刺さり、僅かな力であっさりと壁を縦に切り裂いた。縦に切れ目を入れた壁の中央へ刃を戻し、刃を横へと回転させる。その瞬間、壁が左右に割れ、強固なはずの神殿の壁を打ち砕いた。

 その先には、アンスールがいた。

 背中に切り傷と酷い火傷を負い、倒れているヴィルダと、左足を失ったシェラルと共に、アンスールはレイムに視線を向けていた。

「――レイム、お前……!」

 はっきりと動揺した声で、アンスールが口を開いた。

「本当なら、使う気はなかったが……」

 レイムは答えた。

 右手に握られている剣は、あの時、父から受け継いだ司器だ。あの時、ペルフェクトが手放した司器に触れたレイムは、その時から右手の甲に紋章が刻まれた。それは司器を持つ者の証だ。

『司器だけで勝てると思っているのか? その状態で』

 ラグニードからもある程度の動揺を感じたが、ラグニードの方はまだ冷静なようだった。

 レイムの左腕はなかった。拘束具から抜け出すために、司器で切断したのだ。傷口は魔操術で止血し、戦えるように治療してある。まだ痛みは感じるが、十分戦う事は出来る。

 無論、ディアロトスは今、レイムと共にはいない。一度失った腕を復元する際に、ディアロトスはその腕に自身の意思を据えたのだ。左腕を切断した事で、ディアロトスとの召喚契約は解約されているのだ。

「勝つ」

 レイムは言い、剣を握ったままの右手でバンダナを外した。

 覆い隠されていた右目が露になる。アンスールやシェラル達には右目に縦に走った傷跡が見えるはずだ。

「まだ、隠していた力があるからな」

 直後、レイムは右目を開けた。同時に床を蹴り、アンスールへと駆け出していた。

「――!」

 アンスールとシェラルが息を呑んだのが判った。

 レイムの、その右目には莫大な魔力が圧縮されて存在していたのだ。

 右目と左腕をアンスールの攻撃で失ったレイムは、ディアロトスとの召喚契約の際にその部位を復元してもらっていた。左腕は正常に復元されたが、右目はそうはいかなかった。最初のうちは正常だったが、やがて、レイムは右目に異常を感じたのだ。その異常の原因は、ディアロトスの存在だった。ディアロトスの持つ膨大な魔力が、右目に流れ込み、蓄積していってしまったのだ。その結果、右目は禍々しく見える程に変質した。縦に傷跡のように見えるものも、その変質の過程で出来たものだ。眼球には、虹彩を中心に、六方向に筋が生じていた。

 普段は眼球の内部に閉じ込められた魔力は、周囲には感じられない。しかし、その右目を開けた時だけは、凄まじいまでの魔力が解放される。それは、レイムの身体能力を強引に向上させる。

 右目を隠し、ディアロトスと行動を共にして来た事で魔力は蓄積され続けていた。目を開いていれば魔力が発散されていくが、閉ざしていた事で、ほぼ五年の間、ディアロトスの魔力が蓄積されていた。それは明らかにディアロトスを超えるだけの魔力を有し、その目を開いたレイムには、ディアロトスの召喚を超える身体能力が付加される。

「邪属性の司器……そうか、あの時!」

 アンスールが呻き、後方へと跳んで身構える。

 レイムはシェラルの前で一度立ち止まった。

「……少し待っていろ」

 そう告げると、レイムは再度床を蹴った。

 出来る事ならば、レイムはレイム自身とディアロトスの力だけでアンスールとラグニードを倒したかった。

 迷っていたのは、アンスールが司器を手に入れた事だった。レイム自身も初めから司器や右目を使えば良かったのだが、それは躊躇われた。その力に頼る事を、レイムは無意識のうちに拒んでいたのだ。

 右手に長剣を握り締め、下段から斜めに振り上げた。漆黒の剣が、その闇色の輝きを残像として残し、尾を引きながら振り上げられた。

 直後、床に一直線に亀裂が生じた。それがアンスールの元へ到達する前に、アンスールは横へと逃れていた。

 司器・邪総長剣ディス=アレスは、司器の中で最強の攻撃能力を持つとされている。聖属性と邪属性の二つは、人間の意思が大きく反映されるという特性を持つ。そのため、この二つの属性の魔結晶は攻撃能力の上昇する度合いが高い。その純度が高ければ高いほど、持ち主の意思、魔力によって攻撃能力が上昇するのだ。司器ともなれば、それは尚更だ。

 持ち主、レイムが切ろうと思えば全てを両断する剣ともなるのだ。

 アンスールが床を蹴り、レイムへと槍を突き出した。その速度は、ディアロトスを召喚しているレイムが辛うじて回避出来る速度だった。

 レイムは身体を横へずらし、深紅の刃をかわした。その踏み込みの速さは、ディアロトスと共に戦っている時のそれよりも、速い。

 深紅の刃が軌道を変え、横薙ぎに振り払われる。レイムは右手の剣でそれを受け止めた。流石に、同じ司器を両断する事は出来なかった。

 莫大な魔力がぶつかり合い、刃が互いに弾き合った。生じた反発力が腕に衝撃を伝える。それを、レイムは右目の魔力による身体能力の上昇で強引に抑え込む。

 弾かれた速度を加速し、アンスールは空中へと距離を取り、上空から司器によって増幅させた炎を撒き散らした。

 漆黒の剣で炎を切り裂き、レイムは跳躍した。増幅された邪属性の魔力が、アンスールの放った炎を切り裂いていた。その炎の切れ間にレイムは飛び込み、空中にいるアンスールへと長剣を振るう。

 横薙ぎに振るった漆黒の刃を、アンスールがハイペリオンで受け止める。互いに弾き合う力を、レイムは自らの魔力で強引に抑え込み、アンスールを弾き飛ばした。

「くっ!」

 吹き飛ばされたアンスールが空中で体勢を整える。そのまま天井に足を付いて、空中にいるレイムへと突進して来た。

「はぁっ!」

 気合と共に腕を横へと振るい、レイムはその反動で位置をずらした。

 アンスールの繰り出した突きをそれでかわし、回転を止めずにディス=アレスをアンスールへと振るった。

 アンスールの背にあるラグニードの翼がはためき、アンスールはその攻撃範囲から逃れた。その上で、アンスールは司器で増幅させた炎を再度レイムへと向けた。

 漆黒の剣が閃き、空気を裂いた。それで風を起こし、炎を振り払う事でその攻撃を防ぐ。

 そこへアンスールが突撃する。炎を纏った深紅の刃が振り下ろされ、レイムはそれを漆黒の刃で迎え撃った。

 互いに弾き合う力を強引に抑え込み、押し合う。空中にいるレイムがそれに耐え切れず、弾き飛ばされた。

 空中で身体を捻り、着地と同時に駆け出した。アンスールも着地と同時に、レイムの突撃に身構えている。下段から剣を振り上げ、それと同時に魔力を飛ばす。そして、それを避けたアンスールへと剣を振り下ろした。

 アンスールがその漆黒の刃を横合いから槍で打ち払い、レイムは打ち払われた方向へと力を加え、回転斬りを放つ。跳躍して上空へ逃れたアンスールへと、レイムは剣を振り上げて魔力を飛ばした。

「ちっ!」

 翼を使ってかわしたアンスールの着地を狙い、レイムは剣を振り上げ、構える。

「――斬れっ!」

 レイムの言葉と共に振り下ろされた剣は、叩きつけられるように床まで達した。

 その剣の先端が床に食い込み、そこから前方へと凄まじいまでの魔力が放たれ、床を切り裂いて行く。

「――焔裂!」

 着地したアンスールが魔力を槍に込め、振り上げた。

 床すれすれから振り上げられた刃から、炎が伸びる。莫大な魔力の込められた炎が、漆黒の剣の放った魔力へと直進して行く。

 刹那、炎が裂けた。炎を切り裂いて、漆黒の魔力がアンスールに迫る。

 アンスールが回避行動に移った時には、レイムは駆け出していた。アンスールが魔力を寸前でかわし、槍を構えたところでレイムがアンスールを攻撃範囲に捉えていた。

 水平に振るわれた漆黒の剣を、アンスールが槍で受け止める。アンスールが槍を滑らせ、振るわれた剣の力の向きを逸らした。

 かわされた長剣をレイムは直ぐに引き寄せ、その方向からアンスールへと剣を返した。ハイペリオンの柄を剣の腹へ当てて上方へと剣を受け流し、アンスールはその攻撃を防ぐ。

 構わずにレイムは足を踏み込み、上方へと流された剣をそのまま振り下ろす。アンスールが一歩退がり、槍で横合いから剣を打ち払った。払われた剣を強引に引き戻し、レイムは刃を返す。

 アンスールが後退すればレイムが踏み込み、剣を振るった。

『く……こいつ……!』

 ラグニードが呻いた。

 今のレイムの身体能力はアンスールを上回っていた。ディアロトスがいないにも関わらず、片腕を失っても尚、アンスールと対等以上に張り合えるだけの力をレイムは振るっていた。

 それを今まで使わなかったのは、リスクが大きいからだった。

 召喚というものには、龍族の意識が関与しており、その魔力による身体能力の上昇が契約相手の人間の身体に負荷をかけぬように調整されているのだ。それは契約者の意思には関わらず、龍が独自に行うもので、それによって上昇値が制限されるという事はない。龍族は龍族独自の魔操技術として、身体能力上昇の際に肉体に負荷をかけぬように上昇させる術を会得しているのである。

 だが、今のレイムが右目の魔力を使う時にそれは当てはまらない。

 右目を用いての身体能力の上昇は、身体への負荷が大きい。そして、今、その負荷を減らすような術を使う暇はない。身体への負荷は戦闘後に右目を閉ざした後にレイムに降りかかる。

 今まで右目を使った事のないレイムには、その負荷がどれだけのものなのか解らない。そのため、その力を使う事を避けて来たのだ。戦闘中に身体への負荷で動きが止まるという事がないとは言い切れなかいのだから。

 ――何故、今頃になって使う?

 左腕を切り落とすために剣を振り上げたレイムに、ディアロトスはそう問うた。

(……俺にも、よく解らない)

 レイムはそう答えた。

 アンスールには負けた。しかし、それで殺されたわけではないのだ。そのままにしていても、まだチャンスはあっただろう。

 今、腕を切り落としてまでアンスールを追う必要はあったのだろうか。ディアロトスはそれを尋ねたのだった。

 ――何か、守りたいものでも出来たか?

 レイムの答えに、ディアロトスはそう訊き返した。

(……かもな)

 それに対して、レイムは否定しなかった。

 その瞬間に、レイムは自分に足りないものに気付いた気がした。

 今までのレイムにはアンスールへの敵意があるのみで、ただそれだけでアンスールを追っていた。それは明確な目的もなく、ただ目の前に提示されたものに縋り付いていただけだ。その安易な道標に従って歩いて来ただけにすぎない。無論、それが他の人間達にとってどれだけ非凡なものだとしても、レイムにはその道標が見えていただけなのだ。

 それだけの覚悟では、世界を解放するという明確な目標を追いかけているアンスールに勝つ事は出来ない。

 だが、今は違った。

 アンスールを倒さねばならない理由が見え始めていた。アンスールを倒さなければ消えてしまうものが見え始めている。

(……遅過ぎたな)

 レイムは思う。

 気付くのが遅過ぎた。今に至るまでの道でレイムが失ったものの中にもそれは見い出せたかもしれない事に、今になって気付いた。

 今も、それは失われようとしているのだから。

(――だが、気付かないよりは良い)

 遅過ぎた事を悔やむよりも、気付けた事だけで今は良かった。たとえ遅過ぎたとしても、失われる寸前に間に合ったのだから。

 その視線に迷いはなく、レイムはアンスールに敵意を向けていた。

「……それでいいのか、レイム!」

 アンスールが口を開く。

 レイムの執拗な攻撃を槍で振り払いながら、後退しながらも、アンスールはレイムに尋ねていた。

「迷いはない」

 答え、レイムは踏み込む。

 振るった剣が途中で軌道を逸らされるが、そこから強引に斬り付けた。槍の柄を使い、それを逆方向へと弾くようにしてアンスールが攻撃を防ぐ。防がれ、弾かれた剣をその場所からアンスールへと振るい、レイムは更に踏み込んだ。

「焔閃っ!」

 大きく後退したアンスールが踏み込み、莫大な魔力を帯びた槍を振るった。

 深紅の炎が軌跡を描き、レイムへと袈裟懸けに振るわれた。

 レイムは一瞬右目を見開き、魔力を一時的に大きく引き出す。その右目に蓄積されていた莫大な魔力がレイムの意思に引き出され、レイムの全身へと広がった。身体能力を引き上げ、レイムの視界に入る時間の流れが遅くなる。身体の感覚は冴え、振るわれた槍の軌道を見切り、足を踏み出し、身体を移動させて行く。

 ハイペリオンが振り下ろされ、回転させるようにして二撃目が放たれた。凄まじい勢いで横合いから振るわれた深紅の刃を、レイムは右手の剣で受け止めた。

「はぁっ!」

 気合と共に右手に力を込める。

 剣が纏う闇がその濃度を増し、揺らめく。深紅の刃と漆黒の剣がぶつかり合い、その魔力は拮抗し、動きが止まった。衝撃波が生じるほどの魔力のぶつかりあいだった。

「――があぁっ!」

 叫び、レイムが剣を上方へと円を描くように振り上げる。

 深紅の刃がその剣に持ち上げられるようにして弾かれ、その槍に引き寄せられたアンスールが体勢を崩した。

 そのアンスールへとレイムは足を振り上げ、回し蹴りを放つ。レイムへと倒れ込むように体勢を崩したアンスールへと剣を振るうには、距離が近過ぎたのだ。

『ぬぐっ!』

 生体鎧を身に纏っていたアンスールに、その蹴りはダメージを与えた。

 人間としても限界を超えた蹴りの軌道は、アンスールにも見えなかったかもしれない。ラグニードの生体鎧を突き抜け、衝撃はアンスールにも伝わっている。吹き飛ばされたアンスールが背後の壁に激突した。

 レイムは振り上げた剣を、縦に振り下ろした。

「――うがあぁっ!」

 叫び、気合を入れたアンスールが横へと辛うじて逃れる。

 剣がアンスールがいた場所を縦に切り裂いた。その正面にある壁に音も無く大きく亀裂が生じ、その速度に周囲に風が生じた。

 床に先端の減り込んだ剣を、横へと捻り、レイムはアンスールへと振るう。床が抉れ、漆黒の剣がその刃をアンスールへと向けた。その剣へと、深紅の槍がぶつけられる。横合いから打ち払うように振るわれた灼熱の刃に漆黒の剣が逸らされた。

 生体鎧の間から覗くアンスールの顔には、汗が張り付いていた。

 レイムは剣を、それが逸らされた方向へと力を加え、一回転させるようにして遠心力を加えて再度振るった。剣の届く範囲に壁があるにも拘らず、その剣は何の抵抗もなく壁を切り裂き、アンスールへと振るわれた。

 下方から打ち上げるようにして振るわれたハイペリオンが、ディス=アレスを打ち払い、攻撃を防ぐ。そうして、一歩踏み込んだアンスールが振るった槍の柄をレイムへと突き出した。

 それを寸前で避けるようにレイムも踏み込み、アンスールと擦れ違うようにして距離を取った。その後で漆黒の剣を振るう。

 刃が纏った闇の光が振り払われるようにして剣からアンスールへと放たれた。横合いへ跳ぶようにしながら深紅の炎を槍の刃からレイムへとアンスールが放つ。

 レイムはアンスールへと突進した。踏み込んだ足に力が入り、引き出された魔力が瞬発力を向上させ、爆発的な加速を生む。

「――お前は言ったな」

 レイムはアンスールへと言葉を放った。

 間近に近接したアンスールが、そのレイムの速度に驚愕しながらも距離を取ろうとする。

 すかさず振り下ろされた漆黒の剣が、生体鎧、ラグニードの持つ二対の翼のうちの一つを切り落とした。

『ぐあぁっ!』

「……ここが誰かに造られた世界だ、と」

 ラグニードの呻き声に構わず、レイムは言う。

 生体鎧が破損したダメージは召喚契約を結んだ龍へと通じる。衝撃等には強くとも、それでも感覚がないわけではない。召喚契約者は、契約を結んだ龍が自身を守っているのだと認識して戦わなければならない。龍が身をもって守るだけの信用が得られなければ契約は成立しないのだ。

 アンスールが突き出した槍を、身体を横へずらして回避し、レイムは剣を振るった。踏み込んでいるためにレイムの攻撃に対してアンスールは回避行動を取る事が出来ない。

『――アンスール!』

 ラグニードの声と共に翼がはためき、アンスールを強引に屈ませた。

 寸前で剣はアンスールを避ける。しかし、その背中の三つの翼を剣は切断していた。

『がぁあぁっ!』

 ラグニードが絶叫する。

 召喚を解き、再度召喚し直せば受けたダメージを復元する事は出来る。龍族の魔圧縮技術は周囲の魔力を取り込んで受けた傷を修復する事が可能なのだ。だが、それでも痛みは伝わる。

「…ラグニード!」

 アンスールが小さく呼び掛ける。

『俺の事は気にするな、俺はお前を守る鎧なんだ! お前自身は敵を倒す事に集中しろ!』

「――すまない」

 小さく言い、アンスールが深紅の刃を振り回した。炎を放ち、灼熱の刃が弧を描く。

 レイムは目の前で振るわれた槍を回避するために跳躍した。そのレイムへ、アンスールが灼熱の槍を下方から突き上げる。

 空中で身を捻り、腕を動かした慣性で身体をずらし、レイムは槍を寸前で避ける。しかし、脇腹を刃が掠めた。黒い服を刃の纏う炎が焼き、その下に一筋の火傷を負わせた。

 痛みの感覚は麻痺していた。ただ、完全に麻痺しているわけではなく、そこに傷を受けたのだと判るだけの感覚は残っている。完全に痛みの感覚が麻痺しているのはまずい。完全に麻痺していれば、致命傷に気付かずに戦い続けてしまうからだ。

「……管理された世界だ、と」

 言い、レイムは刃を振り下ろした。

 アンスールは槍を両手で水平に構え、その間の柄の部分で槍を受け止め、後方へと持ち上げるように、放り投げるようにしてレイムを弾き飛ばす。槍が振るわれ、灼熱の刃が纏う炎がアンスールを中心に螺旋を描くようにして振るわれた。その螺旋状の軌道から炎が撒き散らされる。

 弾き飛ばされたレイムは空中で身体を回転させ、足から着地した。そこへ迫る炎を着地して屈んだ体勢のまま漆黒の長剣で切り裂き、床を蹴る。

「……俺達に未来がない、と!」

 アンスールへと言葉を投げ、レイムは剣を垂直に振り下ろした。

「――ああ、言ったな」

 横へ跳び、攻撃をかわしたアンスールが言う。

 その手に握り締められた槍が突き出され、炎が放たれた。

 剣を振り下ろした体勢から、レイムはアンスールへと身体を捻り、炎をかわすために姿勢を低く屈めた。そのレイムの横に回り込むように動くアンスールへと、レイムは強引に身体を捻る。屈んだまま足の位置を瞬時に入れ替え、加速していた方向への力を強引に殺す。

 その無理な体勢からレイムは司器の刃を振り上げ、横合いから薙ぐように振るわれた槍を打ち上げた。

「この世界は、今の状態に甘んじているだけでは未来はない!」

 アンスールが叫ぶ。

 打ち払われた槍を回転させて繰り出した柄の先での攻撃を、レイムは身体を倒して回避した。屈んだ姿勢から足払いを放ち、避けたアンスールに下段から上段へと斜めに長剣を振り上げる。

 それをアンスールは寸前で槍で受け止めた。

「それで世界を崩壊させて、お前はその管理者に勝ったつもりでいる気か!」

 レイムは叫んだ。

 力任せにアンスールを弾き飛ばし、それを追って床を蹴る。

「俺達はこの世界に生きて来たんだ!」

 距離を詰め、アンスールが防御に動こうとするまえに剣を振るった。

 アンスールの左腕を漆黒の剣が切断した。生体鎧ごと、左腕が肘の辺りから床に落ちる。

「たとえ管理されていようが、ここで生きて行くしかないんだ!」

「それが仕組まれたものでもか!」

 アンスールが叫んだ。

「仕組まれていようと、それでも――!」

 後方に引き寄せた剣の切っ先が、距離を取ろうとするアンスールを捉える。

 床を蹴ったレイムが、アンスールへと突進して行く。

「未来が定められていて良いはずがないだろう!」

 アンスールが突き出した灼熱の刃を、レイムは首を逸らして避けた。

 熱気が風を巻き起こし、レイムの黒い長髪を靡かせる。

「――今、俺達はここに生きているんだ!」

 レイムの視線と、アンスールの視線が交錯した。

 その次の瞬間には、ディス=アレスがアンスールの身体の中央に深く突き刺さっていた。それはいともあっさりとアンスールの身体を切断する。

 アンスールの手から司器が落ちた。

「……レイ…ム……」

 口から血を吐き、アンスールがレイムを見る。

「……世界を守りたいわけじゃない。失いたくないものがある……」

 レイムは視線を見返す事もせずに、告げた。

『……これで良かったのかもしれん。俺達は、この世界の矛盾を受け入れられなかったんだ……』

 ラグニードが言った。

 まだ明らかとなっていない、矛盾に見える部分を、アンスールとラグニードは受け入れられなかったのだ。いつか矛盾でないと明かされるかもしれないその矛盾に、アンスールとラグニードは彼等なりの答えでその矛盾を埋めようとしたのだろう。

「……すまない……」

 アンスールはその言葉を最後に、息絶えた。ラグニードの気配が薄れて行くのを感じ、ラグニードにとっても致命傷を与えていた事を知る。

 その言葉はラグニードへ向けてのものなのか、レイムへ向けてのものなのかは判らなかった。

 レイムは振り抜き、床に刺さった剣を引き抜く。

 その右手で長剣を魔圧縮して消し、レイムは右目を閉ざす。

 瞬間、レイムの全身を痛みが駆け巡った。酷使し過ぎた反動が全身から返って来ていた。疲労だけでなく、強引に振るった力に全身の筋肉が悲鳴を上げる。立っていられず、レイムは倒れた。

 戦っていて気付かなかったが、地震の揺れが増しているように感じた。噴火が近いのかもしれない。

(……脱出は、無理か)

 レイムは疲労と負荷で動けず、シェラルは片足を失い、動く事が出来ない。ヴィルダも動けるだけの体力はなさそうだった。

(――いや、それじゃあ勝った意味がない)

 強引にレイムは身体を起こした。悲鳴を上げる筋肉を無視し、片手を突いてレイムは上体を起こす。

 直後、壁が崩壊した。

(……間に合うか?)

 レイムは右目をもう一度開けようか考えると同時に崩落する神殿を見上げた。

「――その辺にしておけ」

 不意に掛けられた声に、レイムは左目だけをその声の方向へと向ける。

「…ディアロトス!」

 巨大な龍が神殿の壁をその身で突き破ってレイム達を見下ろしていた。

「待たせた。脱出は任せろ」

 その手にレイムとシェラル、ヴィルダを乗せ、ディアロトスは羽ばたいた。神殿から離れるようにして空中へと舞い上がり、十分に離れてから火山へと向き直る。

 丁度、火山が噴火した。爆発を起こしたかのように火山口が吹き飛び、莫大な量のマグマが周囲に撒き散らされる。

「勝ったのだな」

 ディアロトスが言った。

「……ああ、勝った」

 目を閉じ、レイムはディアロトスの手の中で答えた。

 アンスールとラグニードは、自分の考えが恐ろしく感じていたのかもしれない。誰かに世界の全てを監視されているのではないか。何者かが世界を造り出し、そこに生きる者全てを管理しているのではないか。その考えを認めたくないが故に、中核結晶を破壊しようとしたのかもしれない。

 アンスールの言葉が脳裏を過ぎり、レイムは薄く左目を開けた。

 その視界には、青く澄んだ空が見えた。そこには世界を管理しているような者の存在など感じられない。たとえそんな存在がいたとしても、レイムにはどうする事も出来ない場所にいる。

「……それでも、進むしかないんだ、俺達は」

 吐き捨てるように、レイムは呟いた。

後書き


作者:白銀
投稿日:2011/07/31 13:04
更新日:2011/07/31 13:04
『魔操世界』の著作権は、すべて作者 白銀様に属します。

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作品ID:828
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