※最後のあたりは下ネタ含
今まで京都に足を踏み入れなかった剣心が師匠の元へ行くという事は、きっと残された最後の奥義を伝授してもらうつもりだろう。つまり、それは比古の死を意味する。飛天御剣流の奥義は代々師の命と引きかえに会得する技だ。だからの父親も――
「――ぃ、おい、聞いてるのか阿呆」
「いひゃひゃひゃひゃ!」
斎藤はいくら呼び掛けてもうんともすんとも言わず、椅子に座りながらぼうっと書類を眺めるの頬を抓り上げた。
「目が覚めたか」
「痛いです……斎藤さん……」
涙目で赤くなった頬を擦るなど気にせず、斎藤は「さっさと行くぞ」と言葉通り、さっさとに背中を向けて歩みを進めてしまった。
「あら、もうそんな時間になりましたか」
はのんびりとした口調ながらも、速やかに斎藤の後を追う。
「私実は船に乗るの初めてなんです。お医者様が仰るには、乗り物酔いには手関節の皺から指三本分下中央の内関というツボが「やはり俺の話を聞いていなかったな、阿呆が」
「え?」
斎藤の阿呆呼ばわりには慣れているので、いちいち腹を立てる事はないが、話がいまいち見えない。
「船には乗らん。三島から新月村に志々雄がいると連絡が入った。行くぞ」
どうやらに思い耽ってる暇はない様だ。
新月村で思いがけず剣心と再会したが、ゆっくり話をしている時間はない。新月村の現状と密偵であった三島栄一郎の死を知ると、斎藤と剣心は志々雄の元へと向かった。はと言えば、操と三島栄一郎の弟である栄次と共に彼の両親を供養してから、志々雄の館に潜入して何か手掛かりはないか調べる予定であった。
「ところでさん、あの緋村とどーゆー関係?」
栄次の両親を弔う為の墓を掘っていると、操がに疑問をぶつけた。は警察の制服を着ていたので、斎藤の部下である事は一目瞭然。しかし、剣心との関係がわからない。栄次の両親を降ろす時、一度村長に止められはしたが、剣心とは構わずに同時に刀を抜いて栄次の両親が吊るされた縄を斬った。互いの事が手に取る様にわかっているのか、太刀筋や行動までが息ぴったりで、とても只の知り合いだとは思えない。
「私と剣心は姉弟弟子なんです」
「ってコトはさんも緋村みたいに強いの?!」
「うーん、そうですねえ……」
以前にも同様の質問を受けてこれまた同じ様な反応されたなあと曖昧に笑うは、到底腰に携えている刀を満足に扱える様には見えない。だが、あの剣心も普段は物腰柔らかでおろおろ言ってはいるが実力は確かだ。その剣心の姉弟子ならば強くない筈がない。ましてやあの一匹狼である斎藤が補佐としてを連れ立ち、信頼を寄せているとなれば猶更だ。
「さて、と……私は志々雄の館に参ります。あなた達は私達の帰りを――って、あの……聞いてます?」
栄次の両親に丁寧に頭を下げたが任務に戻ろうと立ち上がると、既に操と栄次はの話も聞かずに勝手に志々雄の館へと歩みを進めていた。きっと止めても無駄であろう事は、彼らの地を踏む力強さと覚悟を決めた瞳でわかる。はまた斎藤に嫌味を言われるなと溜息を吐きながらも、操と栄次の面倒を見る為彼らについていくのだった。
志々雄の館を取り囲むようにして広がる雑木林には見張り番が散らばるように配置されており、達は茂みの陰から様子を窺っていた。自分一人ならまだしも、操と栄次を率いて行動するとなると――は事前に入手していた建物の構造や敵の数などを計算して作戦を練っていたが、それは操の声によって中断される。
「この巻町操、悪党に名乗る名前など持ち合わせてない!」
敵前で堂々と名乗る操を小馬鹿にする様に敵が嘲り笑った。逆上した操は敵を蹴散らせていくが、騒ぎを聞きつけた他の奴らが仲間を呼ぶ笛を鳴らす。
「出来れば穏便に済ませたかったんですが……仕方ありませんね」
操を背後から襲う敵をがあっさり峰打ちで倒すと、余りの速さに操と栄次は目を丸くしていた。そんな二人をよそに女子供の前で殺生をしたくなかったは、地の利を活かして土龍閃を多用しながら、峰打ちや鞘などで次々と敵を沈めていく。敵を一蹴しつつ情報を聞き出し、操と栄次を志々雄のいる部屋近くまで連れて行くと、後は斎藤や剣心に守ってもらう様にと伝えて消えていった。
「流石緋村の姉弟子は伊達じゃないわね……」
の鮮やか過ぎる刀捌きに、操は只々感心するしかなかった。
「真実、君……お久しぶりですね」
志々雄の館には地下を通って地上に繋がる出入り口がある。きっと志々雄真実はその通路を使うだろうと踏んでいたは、志々雄の館を詮索した後待ち伏せをし、そして見事予想を的中させた。常日頃から斎藤に阿呆と言われ、周囲にも抜けていると思われがちのだが(実際抜けてはいるのだが)、戦における勘は働く方だ。それもそうだろう――只の阿呆をあの斎藤が警察に推薦する筈がない。
警察の制服を身に纏うと対峙すると、由美は焦った表情で志々雄を見上げるが、当の志々雄は楽し気に口角を引き上げていた。
「ッハ! 俺をそんな風に呼ぶ奴なんざ、この世に一人だけだぜ……」
お互い出会った頃と変わらない。変わってしまったのは世界。だから志々雄はその世界を変えようとしている。
「……もうあの時の様には戻れないのですね」
瞬きをすれば、瞼の裏にはあの時の思い出が甦る。だが、それも今日まで。志々雄と完全に決別した今、もう思い出す事はない。
「お前の方こそ、その制服脱いで今すぐ俺のものになるんだったら、いい夢見させてやるぜ?」
「ご冗談を。あなたの夢は少々人々の幸せを奪い過ぎました」
「そうかい……せっかく俺とお前と由美で三つ巴が出来ると思ったんだがな」
「――三つ巴?」
きょとんと首を傾げるに、志々雄は堪え切れずに笑いを漏らす。
「ックックック……生娘じゃなくなっても、相変わらず初心だな。由美、先輩のお前が教えてやれ」
「三つ巴は、三人で行う閨事よ」
を仲間に引き入れるどころか、夜伽にまで誘う志々雄に嫉妬丸出しの由美は冷たく言い放った。だが、は由美の態度に気分を害するよりも言葉の方に衝撃を受けていた。
「さ、三人で致せるものなんですか……?!」
「ハーッハッハッハ!」
あからさまに困惑するに、ついに抑え切れなかった志々雄は声高に笑いだした。
「やっぱりてめェは俺を楽しませてくれるな……ククッ、もし仲間になった日には、ちゃあんと三つ巴のヤリ方教えてやるからよ」
いまだに言葉の端々に笑いを含ませた志々雄は「じゃあな」と言って、由美と共に森の奥へと消えていった。残されたは、結局説得や交渉どころか志々雄にいい様に揶揄われた事に気づき、斎藤にどう言い訳しようか頭を抱えていた。
「剣心の刀を折るなんて……天剣の宗次郎……私も一度お目に掛かりたかったですわ」
志々雄と別れ、剣心達と合流したは事のあらましを聞いた。
「お前は止めといた方が身のためだぞ」
「どうしてです?」
「とにかく側近には絶対に会うな」
「会ったコトもない方は避けようがありませんよぉ……」
良くも悪くも正論しか言葉にしない斎藤のいつになく無茶苦茶な発言は、少々も気掛かりではあったが、斎藤が会うなと言うならば会わない方がいいのだろう。だが、後にやはり邂逅を避けられなかったが宗次郎と顔を合わせた時、斎藤が頑なに会うなと言った理由を知る事になる。
「ところで斎藤さん、少し耳をお借りしてもよろしいですか……?」
「なんだ」
珍しく深刻な表情を浮かべるに、顔を顰めながらも斎藤は何事かと素直に身を屈めた。
「三つ巴のやり方って知ってますか?」
の言葉を聞いた瞬間、斎藤はの脳天に強めの拳骨をぶち込む。は痛みで思わず頭を押さえて蹲った。
「私がこれ以上阿呆になったらどうするのですか……!」
「志々雄に言われたのか」
これ以上阿呆にはならんから安心しろ、などという突っ込みもなくを上から睨みつけながら端的に質問する。
「さ、斎藤さん、顔が……顔がいつも以上に怖いです……」
「答えろ」
今にも眼光だけで人を殺しそうな壬生の狼が其処に君臨していた。
「は、はひ……仲間になったら三つ巴のやり方教えるって……」
「そうか……お前は説得も交渉もせずに、志々雄に口説かれた。そういうコトだな?」
「へ? いえ、口説かれた訳では……」
「ど阿呆が」
吐き捨てる様に詰られた。
「申し訳ありません……説得も交渉も出来ず志々雄を逃がして「誰がそっちに怒っていると言った、ど阿呆が」
本日二回目のど阿呆である。
「え……ですが、私の任務は志々雄の「もういい。オイ、抜刀斎」
斎藤の怒りの原因もわからぬまま尚もが食い下がると、ついにはの言葉を遮って剣心の元へと行ってしまった。そして何某か斎藤が剣心に耳打ちすると、剣心は笑顔で並々ならぬ殺気を放ってに近づいてきた。
「殿」
「け、剣心?」
剣心に両肩を掴まれて笑顔で凄まれれば、も思わずまごつく。
「今後一切殿は志々雄とかかわってはいけないでござるよ」
「それでは任務に差支えぃたたたた! 痛いです痛いです剣心!」
掴まれた肩がみしみしと悲鳴を上げる。剣心がに力を行使するのは珍しい事であった。それ程までに剣心はにちょっかいを出した志々雄と、口説かれた自覚もない無防備な姉弟子に対して怒りを露わにしていたのだ。
「これは上官命令でもあるんだぜ、」
「な、なんなんですか二人して寄ってたかって……私は只三つ巴の本当の意味を聞きたかっただけなのに……」
「本当の意味……?」
剣心は肩を掴んでいた力を緩め、に次の言葉を促す。
「だ、だって、その……三人でなんてどう考えたって同時に致せないじゃないですか……だから私騙されてるのではないかと……」
あの志々雄の事だ、の知識の乏しさに付け込んでおちょくるなんて平気でしてくる。だからこそは正しい回答を知っていそうな斎藤に三つ巴の意味を尋ねたのだ。
「まあ男一人だったら、な……女一人に男二人なら同時に……なんなら実践するか? なあ、抜刀斎」
「斎藤!!」
「? どういう「、この事は忘れるんだ!! 頼むから忘れてくれ!!」
いまいち理解が追い付いていないの頭から、一連の記憶を振り落としてやろうと前後に揺さぶる剣心の顔は真っ赤だ。きっと斎藤の言葉でイケナイ妄想をしてしまったのだろう――動揺のし過ぎで素に戻っている。姉弟弟子の愉快なやり取りを傍観していたら段々怒りも鎮火してきたのか、斎藤はいつもの様に煙草を口に含んで美味しそうに一服するのだった。
(「真実君の所為で酷い目に遭いました……やはりあの時一発入れて「「真実君……?」」「ひっ……?!」「どうやら詳しく尋……事情聴取をしなければならないようだな」「斎藤さん今尋問って言おうとしましたよね?!」「、素直に全て吐けばすぐに楽になるさ」「剣心その台詞は犯罪者にかける台詞ですよ?!」)