蜜雨

シニアの練習から帰ってきて、靴を脱ぐと姉貴の他にもう一足ローファーがあって、それだけで練習の疲れなんて吹っ飛んで、俺は心底単純な奴だと思う。認める。 リビングに向かうと制服姿のさんがいて(姉貴はトイレか着替えにでも行ったのだろう)、テレビを見ながら電気カーペットに寝っ転がっていた。 「おかえりーあんどお疲れー、…あれ、大河お前背ェ縮んだか?」 この角度だときわどいんだよ、さんわかってんすか?俺も一応男っすよ、健全な。スカートが気になって、さんの顔とスカートの間っていう曖昧な目線のまま 「さん…俺いくらなんでも怒りますよ…?」なんて、そうは言ったけど、わかってる、この人は俺のことからかっているだけだって。 実は俺はこういうさんとの些細な会話が好きだったりする。なんとなく、落ち着く。「嘘だって、お前伸びたろ、背?ま、あたしも伸びたけどな」 ああほら、またそうやって俺から離れていく。元からそんなに近くないのに、どんどんさんは遠ざかっていく。 だいたいこの人伸び過ぎだよ、何センチあんだよ「今さー、178あるんだけど、もう成長期過ぎたみたいでこれ以上伸びないんだよなー」…よかった、 いや全然よくないけど。これ以上身長伸び続けられたら一生俺見下されたままじゃん。幸い俺はまだ成長期真っ最中だから、まだまだ追い越せる見込みはある。 「さんは伸び過ぎなんすよ、プロレスラーにでもなるつもりですか?」って今度は俺がからかったら「なれるか!せめてマイケル・ジョーダンとか言えねーのかこの口は!」 先輩はいつもの調子で返してきて、俺の首に腕を巻きつけて…言った傍からプロレス技かけてんじゃんこの人。 やっぱりさんとのこのやり取りが心地よくて、一番好きな瞬間だった。…つうか胸当たってるっての!


「お、大河帰ってたのか」
「姉貴」
「薫、遅いぞー。早く勉強やんねーと!」
「ごめんって」
「そういや姉貴は海堂行くっつってたけど、さんは?」
「ん?あたしは聖秀だよ、なんたってバスケ強いからな!」


さんは一切澱みなく即答してそのまま姉貴と一緒にリビングを出てってた。二階に上がっていき、やがてドアのしまる音がテレビの音とともに俺の耳に入ってきた。 その音が俺にはとても遠く感じた。