蜜雨

「くあー、二月ももう終わるのにやっぱ寒いなー…!」

さんと姉貴の受験が無事終わり(さんは聖秀、姉貴は海堂と聖秀どちらも合格したのだが、結局さんと同じ聖秀に行くらしい)、 今日はたまたまシニアの練習が休みだからさんと一緒に帰れることになった。 二人っきりという状況だが、そんな甘ったるいムードになるわけでもなく、だからと言って気まずい空気が流れているわけでもない。 同性の奴と帰っているような感じだ。心許されてると思えば気が楽なのだが、逆に男として見られていないという気もしなくもない。 というかこの人は絶対にそうだ、俺をこれっぽっちも男として見ていない。 隣で悠長にあくびを噛み殺している姿がどうしようもなくムカついて、俺ばっかが焦ってて、溺れた魚のようにあっぷあっぷしてて、俺すっげー情けねえ…。 俺だって、さんを押し倒して目茶苦茶にしたいとか、考えちゃうんすよ?

「大河大河!コンビニ寄ってこーぜ、豚キムチまんが食いたい!」

はあ、どうしてこう、この人は危機感がないのかなあ。実は頭ン中いつも周囲の人間に気を遣っていて大人ななんだけど、たまに抜けている所があって、だからこそ俺はいつもさんから目が離せなかった。 スポ薦も来てたのにあえて学業で勝負して、見事合格してみせて、いつもいつも自分を向上していくその背中が遠くて、これじゃあいつまでたっても俺は置いてけぼりをくらうチビガキだ。 目の前を走る無邪気なさんが眩しくて、いつも前にいるさんを追い越したくて、そう思っていること自体にたまらなく自分のちっぽけさを感じる。 さんが好きなのに、さん、とか、先輩、に縛られている。悔し紛れに「さん、そんなにがつがつ食ってると太りますよ」なんて言ったけど、そんなこと全然思ってない。 今は隠れている細い首筋だとか腰だとか、程よく筋肉がついているスラリとした足だとか(これじゃあ俺がまるで変態みたいじゃん)、 力を込めたら小枝のようにぽきんと折れてしまうのではないかと俺はいつも冷や冷やしている。 「いんだよ、その分体動かすから!大河こそもっと食ってあたしを抜かしてみろよ!」人が気にしてることを…。

さんは俺の手を取って(う、わ…!)すぐ近くのコンビニに小走りで向かった。 何度も触れてきたはずの さんの手の感触はいつまでたっても慣れなくて、やわらかくて俺よりも少し小さくて冷たくて、絡まった細い指がさんを女にしていた。さんは身長こそ俺よりもずっとでかいけど、手とか足は俺よりも小さくて、密かにそれが嬉しかった。 俺がそんなこと思っているなんてさんは知らないだろうけど(だってそれは俺のガキみたいな些細な抵抗みたいなもんだから)。あ、 さんまた手袋してない。ったく、末端冷え性なんだからちゃんと手袋くらいしてくださいよ。

「大河の手はいっつもあったかいなー!」

さんが俺の手をホッカイロがわりにしてくれるからいいけどさ(…なんて、現金な俺)。