「答辞、卒業生代表」という無機質な声を聞いて俺はハッと目を見開いて、三年のさんがいるであろう場所に目を向けた。
凛とした、この厳かな雰囲気に浸透するような声でさんは返事をして、スッと優雅に慎ましく歩いて壇に登っていった。
まるで矯正したかのようなぴんと真っ直ぐな背筋と視線に俺は面喰って、いつも大口開けて豪快に笑っているさんの顔がどうしても思い出せなかった。
枯草のようなガラガラ声の爺さんとキンキンの金切り声の婆さんと違って、さんの声はよく通り淡々とした口調だった。
お辞儀や唇の動きや頁をめくる手の動き、その些細な一連の動作すべてが美しかった。「以上。卒業生代表、。」答辞が終わる頃にはクラスの女子の奴らが嗚咽を漏らしていて、皆一様にさんの名前を呼んでいた。
周囲の雰囲気とさんの胸にある桃色の花が揺れるのを見て、ああ卒業式か、と今日初めて実感した。
さんは高校生になって俺は中二になって、っていういつまでも変わらない埋まらない距離は俺の感覚を麻痺させる。
「大河っ!」
後ろを振り向けばネクタイやボタンが所々なくなっている(もちろん下にTシャツ着てるから大丈夫だけど)さんがいて、ああ、ファンの奴らにひんむかれたんだな、と一瞬で状況を理解した。
でかい紙袋を2、3個と小さい袋少々を手一杯に持ってて(すげーでかい袋にも関わらずプレゼントやら手紙やら花束やらが溢れている)、
ボサボサの髪に作り笑いをし過ぎて引きつった笑いを携えていた。
満身創痍とは今のさんのことを言うんだと思う。肩で息をしているから無理矢理抜け出してきたんだろう、まったくこの人の人気は異常だ。
「生きてますか先輩」ちなみに俺は学校や学校の奴らの前では先輩とさんのことを呼んでいる。「おーう…やっぱ若さには勝てねーわ」
あはは、と乾いた笑いをこぼして(ああ、この笑い方だ、やっと思い出せた)、さんは袋を半ば引きずりながら俺の隣に立った。見下ろされるの嫌で、俺はあんまりさんの隣にいたくなかった。
いたいけど、いたいんだけど、いたくない。男の俺のどうしよもないわがまま。
突然マフラーの隙間からひや、とした感触が俺を支配した。マフラーの中に雪が入ってきた、そんな感じ。「っめて…!」さんの、手。「マフラーとかまでとられちまってよー、やっぱ首はあったかいなー大河だから余計に」
人の気も知らないでのん気に俺に触れてきて、「大河は子供みてーな体温してるよな」ムカつく。俺はさんの腕を取ってそのまま力任せに引っ張って「っ!」した。
変わらない埋まらない距離が、0になる。