「パスこっち回せ、ディフェンス甘いっ!」
キュとバッシュと床が擦れ合う音とボールの衝撃音と、さんの声。
それらがいっぱいに響いている体育館の開け放されたドアによっかかって、俺はさんを目で追っていた。
…俺はいつまでこの人を追えばいいのだろうか。卒業式の時は勢いとはいえ遠まわしに告白まがいな発言しちまったし、キスだってした。
あれからちょくちょく攻めたりもしたけど、さんの反応はイマイチ。きっと鈍感だから俺が冗談を言っているとしか考えてないんだろう(ほら、そこでまたガキ扱い)。
今時少女漫画すら読んだ時ねーみてーで(あの姉貴だって持ってるってのに…さんの読んでる漫画って言ったらスラダンとかあひるの空…バスケしか頭にねーのかあの人は…俺も人のこと言えねーどさ…)、
疑似体験の恋愛をひとつも経験しないで女としてここまで生きてきたってわけだ、さんは。
現実でもモテてはいるが経験豊富ってわけでも、免疫もあるわけじゃねー。ま、俺のキスに嫌がった素振りを見せなかったし
(まあ、いきなりのことで頭おっつかないらしく、照れてる顔すらいまだに見たときねーけど)、
嫌われてないってのは確実だから、俺としては今はそれでいいと思っちゃってんだけど。
「それじゃ、今日はこれで解散だ!みんなお疲れ!」
練習が終わったようだが、解散と言った瞬間に女共がこぞってさんに群がった。「先輩!今日は私とデートして下さい!」「なによ、あたしまだ一回も先輩とデートしたことないんだから!」
「あんたたち一年が何言ってんの!はあたしたち二年と行くんだから!ね、?」…すげえ…こいつら野性に戻ってんじゃねーか?獣を狩る目だぜ、こりゃあ。さんも冷や汗垂らすだけで、口を挟めないみたいだ(まあ挟んだら挟んだでまたすごいことになるんだろうが)。
そのまま喧嘩沙汰になりそうな野獣集団を必死に宥めてるさんをボーっと傍観者として見つめていたら、不意に視線を泳がせたさんとばっちり目が合って、こっちがドキッとした(あーあ、さんはきっと俺と目が合っても何とも思わないんだろうな…)。
「ごめん、あたし今日は先約があるからまた今度な!みんなお疲れー!」
さんはそう言いながら小走りでその集団から抜け出し、俺に向かってきた。
別に何もやましいことやってねーのにあの集団に睨まれて、まるで俺が悪者みてーじゃねーか。ほんと、女ってのは勝手な奴らばっかだぜ。
「よう大河!そういや今日お前野球部を見学しに行くって言ってたよな、もう行ったのか?」タオルを肩にかけながらさんが俺(だけ)に向かって喋ってて、
それに少しだけ(いや、かなり?)優越感を感じた。「ああ、もう終わりましたよ。それよりさん、アレ、いいんすか?」と言って俺は一応まだ
固まって金切り声をあげて嫉妬心丸出しの野獣共を指差した(ま、嫌味のつもりで、だけど)。「いいもなにも、あたしは大河と一緒に帰りたいから断ったまでだよ」
「…え」今、なんて「それじゃ、あたし着替えてくるから校門で待っててくれ!」…ほんと、さんに俺の気持ち伝えるのはまだはえーや(敵わねーなあ…!)。
さんが着替え終えてやって来るまで結構な時間待っていたが、さんがここまで全力疾走してくれたことが嬉しくてそんなのは気にならなかった(ま、んなことさんには絶対言わねーけど)。「うあーごめんな、待ったろ…みんながやけに質問攻めしてくるから…!」
「ああ、だろうと思ってたんで別にいいすよ」「そ、そうか?ならいいんだが」とさんあまりわかっていない様子だったが、俺にはあいつらの心情が手に取るようにわかる。
案の定というかなんというか、やっぱり俺の存在が心底気に喰わなかったらしいな、あの野獣共は。「それよりさん、俺の受験勉強見てくださいよ」「…は?」「俺、聖秀受けることにしたんで」それはまだ蒸し暑い秋の出来事であった。