蜜雨

ふたりは犬猿の仲
※軽率にシティーハンターコラボ



 ここ喫茶キャッツアイには来ていた。正直コーヒーの味はポアロの方が上だが(そして更に皮肉なことに安室の淹れたコーヒーが一番好みである)、昔馴染みのいるこちらの方が居心地は良かった。

「はあ……」
「ここでため息吐くな。客が逃げる」

 カウンター席でうんうん唸るに容赦のない言葉を掛ける海坊主は本来女性が苦手な筈なのだが、に関しては昔からの仕事仲間と認識している為性別が女という意識をまったく持ち合わせていなかった。自身も自分を女と思っていない海坊主の態度を咎めたことは一度もない。

「海ちゃんよォ、客なんておれ達以外いねーじゃねえか。逆に感謝して欲しいくらいだぜ、売上に貢献してるおれ達に」

 依頼がなくて暇を持て余している冴羽も同様コーヒーを頼んで、昔馴染み達と情報交換という名の暇潰しをしていた。

に奢られる男が何ナマ言ってやがんだ」
「は? 奢らないけど?」
「えぇええ?! 僕ちん今月金欠なんだよぉおお!!」
「あんた私にいくら借金してるか知ってンの!?」

 今さっきまでお互いカウンターでだらけていたのに、奢る奢らないでヒートアップした彼らは席から立ち上がって言い合いをし始めた。もたかだか数百円のコーヒーくらい奢ってもいいのだが、冴羽だけは別だ。以前街を歩いていたらツケの支払いに追われている冴羽に遭遇し、が代わりにかなりの金額を立て替えたことがあってからシビアに考えるようになったのである。

「わかったわかった! これで手を打とう!!」

 今にも殴り掛かってきそうなの目の前に冴羽の長い指が五本聳え立つ。

「……何? 五万返してくれるの?」
「いいや! 金の代わりに五発ヤろ「Bullshit!!!!」

 結局冴羽は殴り飛ばされた。

「それにしてもお前がため息を吐くなんてどうした」

 洗った皿を布巾で拭きながら興味なさげに海坊主が疑問を口にした。冴羽を殴って少しは気が晴れたのか、先程よりは幾分か明るい表情になったは再び席に着いて口を開く。

「ややこしい奴に正体がバレそうだからどうやって誤魔化そうか悩んでんの」

 またもため息を吐くの背後に、来店を知らせるベルが響いた。

「ただいまー」
「あ、美樹……ッ安室さん?!」

 買出しに外に出ていた美樹が迎え入れた男は今まさにの頭を悩ませていた男――安室透だった。噂をすれば何とやらと言うが、あながち間違いではないなと冷静に突っ込みを入れる一方で、どこにでも現れるなストーカーかよと悪態を吐く。万が一にも盗聴や盗撮はされていない筈だ。何せこの喫茶店は見た目に反して地下には武器庫や射撃場があり、超ハイテクなセキュリティ(お手製)が施されているのだから。

「こんな所に喫茶店があると思って覗いていたら、さんの姿が見えたので寄ってみました」

 の心中を察した上でこんな完璧な笑顔が出来たなら、安室の精神は並外れている。

「ここは知り合いのお店なんです。ちょっとコーヒーブレイクしてました」
さんは本当にコーヒーがお好きですね――先日僕が淹れたコーヒーもお役に立てたましたか?」

 こうして遠回しにお前は何者なのかをの口から吐かせようとする安室のいやらしい性格が本当に嫌いであった。しかしもポーカーフェイスはお手のものだ。一切の余計な感情を捨てて、安室が水面下でナイフを突き立ててきたように、も銃口を向けて安室に反撃しようとした。

「っきゃあ!! 冴羽さんどこ触ってるんですか!!?」

 しかしそれは冴羽のセクハラによって腹の探り合いは終焉を迎えた。さすがもFBIの端くれ――しっかりとか弱い女を演じている。

「目の前に極上のおちりがあったら男として手を出さんわけにはいかんでしょ~!!」

 がキッと睨みつけると、冴羽はだらしない顔でいやらしくお尻を揉みしだく手つきをしてみせた。

「冴羽、さん……と言いましたか? 嫌がる女性に無理矢理迫るのは見過ごせませんね」
「これはおれが彼女に頼まれてレッスンしてるのさ。最近物騒だから痴漢や暴漢に襲われた時の対処法を教えて欲しいと言われてな!」
「冴羽さんのおかげでこの間ジムで暴れた男も取り押さえられたんですよ。でも、こっそりお尻を揉み続けるのはやめて頂けます?」

 ドヤ顔を決める冴羽に、一般女性を演じているは手首を捻り上げるくらいの抵抗しか出来なかった。

「……本当にこんな下品な男とさんはお知り合いなんですか?」
「冴羽さんはジムの常連さんなんです。ちょっとスケベな所もありますけど、とってもお強いんですよ!」

 訝しげに眉を顰める安室の気持ちも大いにわかるが、今は冴羽が即興で用意した策に付き合うしかない。

さんがお困りでしたらいつでも僕がお教えしますよ。これでも体術には自信があるんです。よかったら今度「いっいえ! 安室さんのお手を煩わせるわけにはいきませんから、お気持ちだけ受け取っておきます!」

 安室がボクシングや柔道に精通していること、警察学校では優秀な成績で卒業したことくらい調べて知っている。加えて安室と手合わせなんかした日には、その嫌味なくらい整ったお顔を思いっきり殴りたくなる衝動を抑えられる自信がない。安室程の実力者ならばが自ら失態を犯すのを虎視眈々と狙い、綻びを見つけた瞬間一気に追い込むことなど造作もないだろう。

「しかし指導を口実に淫行に走る男と一緒にいたらさんが危ない――っと、失礼電話だ」

 ポケットに入れていた携帯のバイブレーションに気づいた安室は、申し訳なさそうな愛想笑いを浮かべて出口に向かう。

「残念ですが、今度ゆっくりこちらのコーヒーを楽しませて頂きますね。さん、くれぐれも不審な男にはお気をつけ下さい。ではまた」

 本当に口の減らない男だ――の不審な男リストに自分も含まれているであろうことに薄々気づいていながらも、そんなことを宣うのだから。

「はあ……やっと帰った」

 安室が去っていったのを確認し、はカウンターに項垂れてコーヒーを煽った。

「あいつがのケツ追っかけてる奴か」
「海坊主まで……いい加減ケツから離れてよ」
「招かれざるお客様だったかしら?」

 空になったのカップに労いを込めて美樹がもう一杯コーヒーを入れてやる。すると、そのコーヒーをではなく冴羽が横から奪って飲み始めてしまった。

「いやあ悪いな! おれあいつと知り合いだから、ますますお前の疑惑は深まっただろうな!」
「は?! 何それ初耳なんだけど?!!」

 は大口開けて笑う冴羽の胸倉を掴み上げるが、冴羽は慌てる様子もなくコーヒーを零さぬようカウンターに佇むソーサーにカップを戻した。

「だってお前あいつのことおれに教えてなかったじゃないか」
「あんたなら知ろうと思えばいくらでも調べられるでしょ!」

 機密事項である安室やの正体を調べようものならそれなりに対処しなければならない筈であって、決しての突っ込みは褒められたものではないのだが、冴羽の実力だけは認めているは時には自分に有益な情報を与えてくれる彼の行動はある程度許容しているのだ。

「まあでも、あちらさんもおれと知り合いだってのはに知られたくなかったようだ」
「あ゛? ……そうか! 槇村さん繋がりか!」
「ぴんぽーん!」

 イライラするはどこぞのチンピラのような反応してから数秒、筋肉と直感で半分程出来た脳を巡らせた結果一つの可能性に行きついた。

「しまった……へんなとこで顔の広い獠を甘くみてた……」

 今は亡き槇村は冴羽の元相棒であり、刑事だ。槇村と繋がりのあった冴羽が、警察関係者と顔見知りなのは何も不自然なことではない。
 全ての事情を察したはがっくりと肩を落として、冴羽の胸倉から手を離した。

「だから一応それらしい理由言えるようにお膳立てしてやっただろ? この冴羽獠にかかれば普の悩みなんてスピード解決よ!」
「でもコーヒーは絶っ対奢ってやらないからね」
「お前らいい加減帰れ」






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