蜜雨

第12話

 放課後の部活の時間帯には体育館に来ていた。
 あの男子生徒から逃げた後に携帯を落としたことに気がついて、慌てて自分の通った道を辿ってみたが見つからなかった。ぶつかった拍子に落としたのだとしたら、あの男子生徒が拾っている可能性がある。もしくは考えたくはないが、この高校の教員か――どちらにせよややこしいことになったのには変わりない。
 とりあえず一番拾っている可能性の高いあの特徴的な髪型をしている男子生徒を探そうと、体格からして運動部っぽいという偏見だけで運動部を巡っていた。グラウンドにはそれらしき男子生徒が見当たらなかったので、藁にも縋る思いで体育館に来たというわけだ。

「まさかバレー部なんてことは……」

 こっそりと解放されている戸の影から体育館内を見渡す。烏野と対決する音駒バレー部の偵察に来たという本来の目的は果たしているが、バレー部員と接触するつもりはなかった。もし可愛い女マネがいたら牽制しようと思ったが、今のところ見当たらない。女子という最大の脅威がいないのならばさっさと退散したいところだが、携帯の件があってそうもいかない。そしてお目当ての男子生徒もいない。どうしたものか。

「おやおや、誰かと思ったらちゃんじゃないですか」

 背後から呼ばれるはずのない本名が聞こえて思わず振り返ると、あの探し求めていた男子生徒が立っていた。

「な、んで……」

 私の名前を――口には出さなかったが、ニヤニヤいやらしい顔をしている男子生徒には通じたようだ。

「手のつけられないお姫様を心配したナイト様たちからラブコールがあってねえ」
「まさか……!」

 1時間おきくらいに電話が鳴り、メッセージの通知がきていたのはもちろん気づいていた。しかしはずっとスルーしていたのだ。そんな折に携帯を拾った黒尾が電話に出てしまった。多分男バレ3年の誰かの電話で黒尾はという名前を入手したのだろう。

「黒尾ー!」

 まずい。
 おそらく教員であろう声がの目の前の男子生徒を呼んでいる。
 黒尾はさっとを体育館の戸に追い込むようにして覆い被さり、こちらに歩み寄ってくる教員の方へ顔だけ向けて衝撃的な発言をぶちかました。

「センセー、俺今彼女と絶賛イチャイチャ中なんで邪魔しないでもらっていいっスか?」
「あ? あー……悪かった悪かった。今日は会議長引きそうだって猫又先生が言ってたのを伝えたくてな。彼女もいいが早く部活行けよー」
「へーい」

 彼女と言いつつも男子の制服を着ているはずのが見えなかったのか、それとも突っ込むのも面倒だったのか、先生の用件は本当にそれだけだったらしく、黒尾の軽口に付き合ってられないとさっさと少し離れた場所にある体育教官室へと入っていった。

「これで借り2つな?」
「それは……その、ありがと……助かったけど、早く離れてもらえる?」

 おずおずと顔を上げながらは、所謂壁ドンという体勢で精一杯平静を保っていた。

「えー? こんな美味しい状況なのに?」
「黒尾くん、性格悪いって言われる?」
「顔も耳も真っ赤だけど?」

 精一杯平静を保っていた、つもりだった。

「黒尾くん、性格悪い」
「うん、よく言われる」

 腹立つほどいい笑顔である。
 は自分でぐいぐいいくのはいいが、迫られるととことん弱いタイプであった。及川もぐいぐい迫ってくるタイプであったが、顔が良くても見慣れているため冷たくあしらうことが可能だった。黒尾は及川ほど顔が良いわけではないが、なにせ声がドンピシャでの鼓膜を甘く刺激してくる。本当に勘弁してほしい。

「あっ黒尾さーん! もー、遅いじゃないっすかー!!」

 がこの状況をどう切り抜けようかと思い悩んでいると、黒尾はいきなりどん、と誰かに背中を押された。そしてそのまま勢いを殺せずへと倒れ込んだ。

「「あ」」



(事故ちゅーはお決まりです)






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