第21話
「飛雄ちゃあああん!!! お姉ちゃん寂しくて死ぬかと思ったよーっっ!!!」
「ぐ、重っ……!!」
「姉の愛の重さよ!!」
数日ぶりに合宿から帰ってきて玄関に荷物を置いた飛雄に抱きついたは、首に腕を回してだらりとぶら下がる。そのをなんとか支えて靴を脱いで玄関に上がると、姉弟が仲睦まじく戯れていると勘違いしたバリーさん(名前の由来は言わずもがな、バレーボールから)も飛雄に飛びついてきた。動物に嫌われているような気がする飛雄に唯一懐いている影山家の愛犬(バーニーズマウンテンドッグ)だ。
「バリーさん! いくらバリーさんでも飛雄ちゃんは渡さないからね!!」
「わんっ!」
「いいから姉貴は降りろよ……!」
「ひどいっ! 姉よりもバリーさんを取るのね!!」
1人の人間と1匹の大型犬に粘着質に絡まれてもなお立位姿勢を保つ飛雄は、きちんと合宿の成果が出ているのだろう。もちろんこんな下らないことに使う為に筋肉を鍛えていたわけではないが。
「つか姉貴、あの音駒のMB……黒尾さんとなんかあんのか?」
「黒尾くん? ウチと試合はしたけど……なして?」
飛雄にはGW中に音駒と試合することは伝えていたが、以前音駒に潜入したことは告げていなかった。愛しの弟に変な虫がつかないかチェックしに東京に行っただなんてバレたら怒るに決まっているからだ(ぷりぷり怒る飛雄も可愛いと思えるだが、出来れば仲良く過ごしたい)。
「なんでか黒尾さんから未来の弟くんって呼ばれたんだよ」
試合が終わった後孤爪に話しかけようとした飛雄に、青葉城西と試合した際にに世話になったこと、これからも末永くよろしくと黒尾から声を掛けてきたのだ。
「あー……うん、なんかお姉ちゃんのこと狙ってるみた「はあっ?!」
姉の発言に飛雄は声を荒げた。
自身黒尾の飄々とした掴み所のない性格から、本気で自分を狙っているとは思っていなかったが、信頼のおける青城のチームメイトからくれぐれも気をつけるようにと忠告を受けて注意するようになったのだ。
「このアホ姉貴は……次から次へと……っ!」
一体何本フラグを立てればいいのだ。
鬱陶しいくらい愛をぶつけてくるを邪険に扱うことも多々あるが、バレーや学校の勉強など自分の面倒を一生懸命見てくれた大切な姉――飛雄はなんだかんだ言ってしっかりしているようでふらふらしているを心配していた。
「飛雄ちゃん怒ってるの?! 私のために!!? やんだあ、私が愛してるのは飛雄ちゃんだけよ!!」
「だあッいい加減離れろよ!!」
「ふふふ安心して! 飛雄ちゃんのファーストキスは小さい頃私が奪ってるから!!」
「ざけんな!!」
「私はいつでも強気に本気よ!!」
唇を寄せるの顔面を掌で覆って引き剥がそうとするが、姉の愛が強靭すぎてなかなかうまくいかない。
「あ、電話だ」
ギリギリと距離を詰めたり離れたりを繰り返す姉弟の攻防戦を終わらせたのは着信音だった。パッと離れた姉の代わりにバリーさんが久しぶりに帰ってきた飛雄に飛びつき、顔面中をぺろぺろと舐め始める。結局顔面に何かしらの攻撃を受ける飛雄なのであった。
「もしもし潔子?」
自室に入ってすぐに電話を取り、ベッドに座る。
「珍しいね、電話なんて。あ、合宿お疲れ。飛雄ちゃんもね、今帰って「」
の口から飛雄の名前が出てくると話が長いのをわかっている清水は、有無を言わせぬようにの言葉を遮る。そんなことに慣れているは大して気にもせず、の名を呼んだきり口を噤んだ清水の次の言葉を待つ。あまり口数が多くない清水だが、待っていればきちんと自分の意見を口にすることは彼女との付き合いで知っている。クールで美人過ぎる清水はよく素っ気ない印象を持たれるが、実は慣れると普通に話してくれるのだ。
「マネージャーに出来ることってなんだと思う……?」
清水がこんな曖昧で弱気な発言をするなんて珍しい。新1年生が加入して何か心境の変化でもあったのだろうか、それとも3年生として最後の機会に悔いが残らないように自分の出来ることはやっておきたいのだろうか。
「潔子はマネージャーとして出来ることは十分してるよ。ただ、そうだなあ……あえて言うなら後輩マネの育成とかかな。強豪になればなるほど、選手が練習に集中出来る環境を作れるマネージャーの存在が大きくなるし」
も今年で引退なのでその前に後進の育成をしたいところではあるのだが、いかんせん及川の存在が大き過ぎて人は集まるもののすぐ辞めてしまう。部員もその点は身をもって理解しているので、後続のマネージャーを今すぐ欲しいとは言えなかった。申し訳ないが、が引退した後のマネージャーの仕事は新入部員に担ってもらう予定だ。及川が抜けた後に、後輩のマネージャーを探そうと思っている。
「でもね、潔子なら一言頑張れって激励を送るだけでみんな泣いて喜ぶと思うよ」
「は大袈裟すぎ」
「そう? あながち外れてないと思うけど?」
からからと笑うの言葉が、まさかインターハイ前日の烏野体育館で現実になるだなんてその時のふたりは思いもしなかった。
(「あっ私もしかして敵に塩を送っちゃった?!」「敵?」「新しいマネの子が超絶カッコかわいい飛雄ちゃんに惚れたらどうしよー!!」「ブラコン」「え、それって褒めてる?」「ばか」「ふふ、潔子のばか頂きましたー!」「…………」「ごめん無視はやめよ?!」)