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作品ID:163
こちらの作品は、「激辛批評希望」で、ジャンルは「一般小説」です。
文字数約5908文字 読了時間約3分 原稿用紙約8枚
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■灰縞 凪
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 激辛批評希望 / 初級者 / 年齢制限なし /
バンテージ
作品紹介
糞学園ファンタジー?です。
短いです。糞です。とにかく糞です。
短いです。糞です。とにかく糞です。
「ひゃい!?」
放課後の教室、澤沢桐は素っ頓狂な声を上げた。男子高校生である桐がそんな間抜けな声を出す羽目になった原因は、椅子に座っている桐と木製の机を挟んで対峙している一人の少女によってつくられていた。
その少女の名前は囃音硯といった。彼女は長く黒い髪を持ち、それを束ねることなく、真直ぐに伸ばしている。顔立ちは麗しく整っており、凛々しげで、どこか気品があり、しかし、どこか生気の抜けた瞳をしていた。桐と硯が通っている学校の制服である紺色のセーラー服を着ていて、それは恐ろしく硯に似合っていた。しかし、彼女の纏う異様な雰囲気は、その妖艶とまで言うべきほどの儚げな美しさから由来しているものだけではなく、大部分は彼女の右腕と右脚に巻かれた包帯と、左眼につけられた眼帯から醸されたものであった。
澤沢桐が囃音硯の姿を直接見たのは、このときが二度目であった。一度目は桐と硯が新入生の列に並んでいた高校の入学式の日、そのときの硯は今のように包帯や眼帯をしていなかったが、式が行われている体育館の中で誰よりも美しかった、という印象を桐は未だに持っていた。式の後、あてがわれた教室でも彼女の姿を見つけたときは心躍った。しかし―― 硯はその後の二ヶ月間、陰鬱な梅雨の季節の今まで、一度も学校に姿を見せたことはなかった。
お世辞にも記憶力がいいとはいえない桐が、そんな一度しか会っていないクラスメイトのことを覚えているのは、単に彼女の姿が与えたインパクトが強かったからといっていい。桐は何となく、入学式の日に一度だけ出会った硯のことをずっと気にしていた。会話したわけでもないが、意味も無く心の隅のほうで気にかかっていた。だから、六月の放課後、硯と再会を果たしたとき、間抜けな声を出さずにはいられなかった。
遡ること二五秒前、それは六限目の数学の授業を終え、桐が部活にいこうか、などと考えているときのことであった。教室を出て行くために教室の扉付近に集まっていた生徒達がざわついた。桐がそこに目をやると、満身創痍風の囃音硯が人の流れに逆行して教室へとツカツカと足音を立てて入ってきていた。そのときは桐だけでなく、クラス中が目を疑っていた。入学式以来、なんの音沙汰も無く行方不明だったクラスメイトが急に、それも授業が全て終わった放課後に、包帯姿で登校してきたのだから無理も無い。そして、硯は降り注ぐ稀有の視線を全く無視して、教室内を闊歩し―― 澤沢桐の座る、窓際後方二列目の席の真前に立ち、口を開いた。その声が澄き通っていて、まるで生気が感じられないほど無機質に感じられた。
「澤沢君―― ちょっと時間いいかな?――」
「ひゃい!?」
――ここまでが桐が素っ頓狂な声をあげるまでの経緯である。
桐はあまりに唐突に投げかけられた言葉に動揺した。一度も話したこともない相手だ。しかも、とてつもなく奇妙で、それでいて魅力的な相手だ。他のクラスメイトの女子にかけられたら普通に対応できる言葉だったが、彼女に言われると、奇妙な声を出さずにはいられなかった。
「『ひゃい』?」
硯は小首を微かに傾げ、語尾に疑問符をつけて言った。どうやら桐の放った素っ頓狂な声の意味を把握しきれないらしい。そんなものは言った本人にも分からないのだから、仕方が無い。
「あ…… いや、気にしないで。 噛んだだけだから」
桐は取り繕うように至極、爽やかに返答した。心臓の鼓動がそこはかとなく速いのを感じた。
「そう…… それで、これから少し時間をとってもらっても構わない?――」
硯の言葉は、語尾が消え入るように聞えた。それが彼女のもつ儚げな雰囲気を加速させている。
「あぁ…… 別に構わないけど」
「そう…… じゃあ、付いてきて貰える?」
硯は、そういって桐を一瞥すると、扉へと歩いていった。桐は立ち上がり、それを追いかける。鞄を持っていこうか、置いていこうか迷ったが、硯が結構な速さで歩くため、置き去りにせざるをえなかった。桐は教室を出るまでの間、いくつかの視線が自分に向けられていることを十分に察知していた。
桐は黙ったまま三歩先を歩き続ける硯に付いて行く。脚に包帯を巻いているくせに歩くのは速い。どこに向かっているのか、訊きたかったが、何となく訊きづらく、黙って歩いていった。
階段を二回登り、たどり着いたのは屋上へと続く扉であった、普段は施錠してあるのだが、硯はスカートのポケットから銀色の鍵を取り出し、扉を開けた。
扉を潜り、初めて校舎の屋上へ降り立つ。ほぼ毎日、この校舎に通っているのに初めて入る場所というのは、なにか不思議な気分が沸いた。黒は梅雨特有の嫌な雲に覆われ、雨こそ降っていないが、湿った風が吹いていて、あまり良い天気とはいえなかった。
「おぉー すげー」
桐は屋上の縁に近づき、景色を見渡していった。そこには普段、自分が生活している街の景色が飛び込んできた。あまり栄えておらず、背の低い建物ばかりの街だ。そのため、こんなに高いところから街を見下ろしたことはなかった。桐は奇妙な感慨に襲われる。
桐がささやかな感動に浸っていると、硯が無言で桐の隣に立ち、桐と同じように縁に手を掛けた。そのまま、しばらくの沈黙。桐はふと、なぜ硯が自分をこんな場所に連れてきたのかが気になった。もしかして愛の告白だろうか、などと頭の悪い妄想を繰り広げだすと、何だが無言でいることが、ものすごく気まずくなってきた。そのため、無言でいる硯に代わり、話題を振ることにした。
「いい景色だね」
「――そうね」
「…………」
続かなかった。桐は景色なんて会話の種になりそうもないことを言い出した自分を責めた。何か話題はないか…… と脳内を探し回った結果、多くの疑問点が生じてきた。桐はとりあえず、その重要度の低そうな順に尋ねることにした。
「どうして屋上の鍵を持っているの?」
「私、天文部だから、部員は一人しかいないけど、天体観測のために屋上の使用許可を貰ってて…… だから私は屋上の鍵を持っているの」
一度しか通学していないくせに部活生らしかった。
「……その包帯と眼帯はどうしたの?怪我? もしかして今まで休んでたことと関係あるの?」
桐は続けざまに質問した。
「そうね、怪我。学校を休んでいたのはこの怪我で入院していたから、というのもあるわ」
歯切れの悪い言い方であった。桐は適当に相槌をうつと、深く息をし、最も重要そうである話題をぶつけた。
「ところで、どうして俺をここに呼んだの?」
桐としては、それが最も奇怪で、不可思議なことであった。どうして、一度も会話もしたことも無いクラスメイトを、二ヶ月ぶりに登校してきて、いきなり屋上に連れて行くのか――
「そうね…… 強いて言語化するのであれば、貴方を救うため―― かな」
硯が無表情のまま言った台詞に、桐は面食らった。それはさっぱり意味が分からなかった。唐突に愛を告げられたほうが、まだ頭の整理はついていただろう。
「俺を救うため……?」
囃音硯は実は電波少女ではないか、という仮定が桐の脳内に浮かんだ。そう考えれば、包帯や眼帯の意味も、学校に来なかった理由も理解できる。自分を屋上につれてきたのだって、ただ目があったから、とかそんな理由で、他の誰でも良かったのかもしれない。そう思った。
「澤沢君、最近、変な夢を見ることとかある?」
硯は唐突に桐に質問した。桐は少し考えて、一つの記憶にたどり着く、それは三日前の夜中に観た夢であった。
その夢の中、桐は真白な空間に立っていた。立つといってもそこには床もなく、宙に立っている、そんな感じであった。そして、桐の目の前には、黒い物体が存在した。それは見方によっては動物に見え、見方によっては無機質にもみえた。それは、桐の五倍もあろうか、という大きさで、全身が陰のように黒く、獣のように四本の脚がある。頭があるようで、首は無く、紅い目だけが黒い胴体の先端から光っているような形であった。夢の中で、桐はそれに話しかけられていた。
「コチラガワへコナイカ?」
それは酷く低く、脳髄に響くような声であった。
その声を聞いた瞬間、汗だくで目覚めたのを覚えている。
桐は少し考え、硯にその夢のことを話すことにした。
「三日前、くろい化物のでてくる夢を見た」
そういった刹那、ずっと無表情だった硯が一瞬、目を見開いた。
「その化物はなんていっていた?」
そう訊き返す硯は既に無表情だった。
「たしか……『コチラ側に来ないか』だったと思う」
「それで、貴方はなんて答えたの?」
「答えてない、答える前に目が覚めた」
「それは……まずいかもね……」
硯は考えるようにして目を閉じた。そして、再び、目を開けて、桐のほうに身体を向けた。それにつられて桐も体勢を変え、向かい合うようになる。何故か、心臓がすばやく脈打った。
「澤沢君、私が今から言うことは、とても信じられないかもしれない。でも黙って聞いて欲しい。それが貴方のためだから」
そう言う硯の瞳には、今までに無い輝きのようなものがあった気がした。
「分かった」
桐はとりあえず了承した。
「ありがとう―― では、話すわ。貴方がみた夢にでてきた化物、それは“黒の存在(アンノウン)”と呼ばれるものなの」
「アンノウン……?」
それとなく胡散臭い響きだったが、桐は既に硯の言うことを電波少女の戯言とは受け止められなくなっていた。それほどの雰囲気が硯の言葉の端々と瞳から伺えた。
「奴らは肉体を持たない精神体。奴らは人の精神世界に巣食い、やがて肉体を奪う」
「……肉体を持たない寄生虫みたいなものか?」
「そうね、そうとらえてくれても構わないわ。そして、貴方の身体の中にはそれが存在している」
ばかげた話だ、と一蹴すれば容易いことだったが、三日前の夢に感じた雰囲気からすると、桐もその話を信じないわけにはいかなかった。三日前に感じたあの気配、言われてみれば確かに精神を内側から、えぐられる様な感じであった。
「君の話を信じるとなると、俺はかなり危機的状況じゃないか?」
「そうね、このままじゃ、アンノウンに支配されるか、そうでなければ拒絶反応を起こして廃人ね」
軽やかにえぐいことを言われた。
「でも、安心して。 私は――貴方を救うから」
そのとき、硯の顔が少し笑ってるように見えた、見えただけかもしれないが。
「救う、ってどうするんだ?」
「まぁ、貴方は黙っていれば終わるから、気にしなくていいわよ」
そう言うと、硯は桐の手を引き、屋上の中央へ立たせ、自分自身は桐から後ずさるようにして離れ、真直ぐに立った。
「おい、俺は何をされるんだ!?」
「貴方には何もしないわ、ただ貴方の中のアンノウンを呼び出して殺すだけ」
そう言うと硯は左手を前方に突き出した。肩の高さに水平に伸ばし、掌を桐に向け、目を瞑った。桐は口を真一文字に結んで黙っていた。
「************************」
硯が何かを呟く。それと同時に桐の周囲を黒く、無数の平面で四角いものが取り囲んだ。不規則に桐の周囲に現れ、増殖している、良く観ればそれは、桐の体内からでてきているようであった。桐はあまりの意味不明さに声を失う。暑くも無いのに汗が出た。
黒い物体はいつしか、獣のような形を作り出していた。それは桐が夢でみた存在と重なっていた。夢の中の怪物が学校の屋上にいた。
「何だよ…… これ……?」
桐は無意識のうちに呟いた。
「これがアンノウン。 貴方は見てなさい」
硯は目を開け、桐に向けた掌を床に向けた。すると、掌の下方向から黒い平面が無数に増殖し、それは刀のような形になった。真黒で、反りがある。その刀を硯が握ると同時に、低い叫びが桐の脳髄を揺さぶった。それは化物の叫びであった。
「えらく興奮しているみたいね」
硯が呟くと同時に、化物が跳んだ。そして、一気に硯との距離をつめると、その右前足を高く振りかぶり、硯に向かってたたきつけた。桐は声にならない叫びをあげるが、宙に舞ったのは血の飛沫ではなく黒く巨大な脚であった。硯に向けて振り下ろされた脚は、黒い刀に斬られていた。硯は元の場所から全く動かずにいて、化物は低い唸りをあげた。次の刹那、跳んだのは硯であった。桐の眼には黒い閃光が走ったように見えた。そして、気づけば、硯は元いた場所には居らず、化物の背後にいて、化物は真っ二つになっていた。
硯の刀と化物の身体が同時に黒い粒子になって、湿った風に飛ばされるように舞って、消えていった。桐はまだ声が出せずにいた。
「……何だったんだ?」
何とか捻り出した声は震えていた。
「貴方が気にする必要は無いわ」
そういっても、普通の神経をした人間なら気になる。
「どうして、あんなモノが俺の中に……」
「そんなのは単なる偶然、アンノウンは一般人がどうこうできるものじゃない。貴方はさっきの奴に偶然みつかっただけ。不運だっただけ。何も気にしなくていい――」
そんな硯の言葉は無機質で、瞳はやはり生気がなかった。
「あんな奴らとしょっちゅう戦ってるのか?」
「そうね、割と」
硯は遠くを見ながら答えた。
「じゃあ、もしかして包帯とか眼帯はそのせいで……」
「しくじれば増える」
「どうして君はあんなことができる? 黒い刀をだして、アンノウンと戦って…… そしてどうして僕にアレが憑いてると分かった?」
俺の度重なる質問に、硯は少し間を開けて答えた。
「企業秘密」
それだけいうと、硯は階下へ続く階段のほうへと歩き出した。
「あ…… 待て。囃音」
桐は自分で呼び止めて、戸惑った。硯は不思議そうに桐を見ている。何か言わなければ生けない気がした。しかし、考えるより先に言葉は出た。
「ありがとな」
桐は自分で言っておいて意味が分からなかった。
「……気にしなくていい」
そう答えた硯はやはり笑っていたと思う。
放課後の教室、澤沢桐は素っ頓狂な声を上げた。男子高校生である桐がそんな間抜けな声を出す羽目になった原因は、椅子に座っている桐と木製の机を挟んで対峙している一人の少女によってつくられていた。
その少女の名前は囃音硯といった。彼女は長く黒い髪を持ち、それを束ねることなく、真直ぐに伸ばしている。顔立ちは麗しく整っており、凛々しげで、どこか気品があり、しかし、どこか生気の抜けた瞳をしていた。桐と硯が通っている学校の制服である紺色のセーラー服を着ていて、それは恐ろしく硯に似合っていた。しかし、彼女の纏う異様な雰囲気は、その妖艶とまで言うべきほどの儚げな美しさから由来しているものだけではなく、大部分は彼女の右腕と右脚に巻かれた包帯と、左眼につけられた眼帯から醸されたものであった。
澤沢桐が囃音硯の姿を直接見たのは、このときが二度目であった。一度目は桐と硯が新入生の列に並んでいた高校の入学式の日、そのときの硯は今のように包帯や眼帯をしていなかったが、式が行われている体育館の中で誰よりも美しかった、という印象を桐は未だに持っていた。式の後、あてがわれた教室でも彼女の姿を見つけたときは心躍った。しかし―― 硯はその後の二ヶ月間、陰鬱な梅雨の季節の今まで、一度も学校に姿を見せたことはなかった。
お世辞にも記憶力がいいとはいえない桐が、そんな一度しか会っていないクラスメイトのことを覚えているのは、単に彼女の姿が与えたインパクトが強かったからといっていい。桐は何となく、入学式の日に一度だけ出会った硯のことをずっと気にしていた。会話したわけでもないが、意味も無く心の隅のほうで気にかかっていた。だから、六月の放課後、硯と再会を果たしたとき、間抜けな声を出さずにはいられなかった。
遡ること二五秒前、それは六限目の数学の授業を終え、桐が部活にいこうか、などと考えているときのことであった。教室を出て行くために教室の扉付近に集まっていた生徒達がざわついた。桐がそこに目をやると、満身創痍風の囃音硯が人の流れに逆行して教室へとツカツカと足音を立てて入ってきていた。そのときは桐だけでなく、クラス中が目を疑っていた。入学式以来、なんの音沙汰も無く行方不明だったクラスメイトが急に、それも授業が全て終わった放課後に、包帯姿で登校してきたのだから無理も無い。そして、硯は降り注ぐ稀有の視線を全く無視して、教室内を闊歩し―― 澤沢桐の座る、窓際後方二列目の席の真前に立ち、口を開いた。その声が澄き通っていて、まるで生気が感じられないほど無機質に感じられた。
「澤沢君―― ちょっと時間いいかな?――」
「ひゃい!?」
――ここまでが桐が素っ頓狂な声をあげるまでの経緯である。
桐はあまりに唐突に投げかけられた言葉に動揺した。一度も話したこともない相手だ。しかも、とてつもなく奇妙で、それでいて魅力的な相手だ。他のクラスメイトの女子にかけられたら普通に対応できる言葉だったが、彼女に言われると、奇妙な声を出さずにはいられなかった。
「『ひゃい』?」
硯は小首を微かに傾げ、語尾に疑問符をつけて言った。どうやら桐の放った素っ頓狂な声の意味を把握しきれないらしい。そんなものは言った本人にも分からないのだから、仕方が無い。
「あ…… いや、気にしないで。 噛んだだけだから」
桐は取り繕うように至極、爽やかに返答した。心臓の鼓動がそこはかとなく速いのを感じた。
「そう…… それで、これから少し時間をとってもらっても構わない?――」
硯の言葉は、語尾が消え入るように聞えた。それが彼女のもつ儚げな雰囲気を加速させている。
「あぁ…… 別に構わないけど」
「そう…… じゃあ、付いてきて貰える?」
硯は、そういって桐を一瞥すると、扉へと歩いていった。桐は立ち上がり、それを追いかける。鞄を持っていこうか、置いていこうか迷ったが、硯が結構な速さで歩くため、置き去りにせざるをえなかった。桐は教室を出るまでの間、いくつかの視線が自分に向けられていることを十分に察知していた。
桐は黙ったまま三歩先を歩き続ける硯に付いて行く。脚に包帯を巻いているくせに歩くのは速い。どこに向かっているのか、訊きたかったが、何となく訊きづらく、黙って歩いていった。
階段を二回登り、たどり着いたのは屋上へと続く扉であった、普段は施錠してあるのだが、硯はスカートのポケットから銀色の鍵を取り出し、扉を開けた。
扉を潜り、初めて校舎の屋上へ降り立つ。ほぼ毎日、この校舎に通っているのに初めて入る場所というのは、なにか不思議な気分が沸いた。黒は梅雨特有の嫌な雲に覆われ、雨こそ降っていないが、湿った風が吹いていて、あまり良い天気とはいえなかった。
「おぉー すげー」
桐は屋上の縁に近づき、景色を見渡していった。そこには普段、自分が生活している街の景色が飛び込んできた。あまり栄えておらず、背の低い建物ばかりの街だ。そのため、こんなに高いところから街を見下ろしたことはなかった。桐は奇妙な感慨に襲われる。
桐がささやかな感動に浸っていると、硯が無言で桐の隣に立ち、桐と同じように縁に手を掛けた。そのまま、しばらくの沈黙。桐はふと、なぜ硯が自分をこんな場所に連れてきたのかが気になった。もしかして愛の告白だろうか、などと頭の悪い妄想を繰り広げだすと、何だが無言でいることが、ものすごく気まずくなってきた。そのため、無言でいる硯に代わり、話題を振ることにした。
「いい景色だね」
「――そうね」
「…………」
続かなかった。桐は景色なんて会話の種になりそうもないことを言い出した自分を責めた。何か話題はないか…… と脳内を探し回った結果、多くの疑問点が生じてきた。桐はとりあえず、その重要度の低そうな順に尋ねることにした。
「どうして屋上の鍵を持っているの?」
「私、天文部だから、部員は一人しかいないけど、天体観測のために屋上の使用許可を貰ってて…… だから私は屋上の鍵を持っているの」
一度しか通学していないくせに部活生らしかった。
「……その包帯と眼帯はどうしたの?怪我? もしかして今まで休んでたことと関係あるの?」
桐は続けざまに質問した。
「そうね、怪我。学校を休んでいたのはこの怪我で入院していたから、というのもあるわ」
歯切れの悪い言い方であった。桐は適当に相槌をうつと、深く息をし、最も重要そうである話題をぶつけた。
「ところで、どうして俺をここに呼んだの?」
桐としては、それが最も奇怪で、不可思議なことであった。どうして、一度も会話もしたことも無いクラスメイトを、二ヶ月ぶりに登校してきて、いきなり屋上に連れて行くのか――
「そうね…… 強いて言語化するのであれば、貴方を救うため―― かな」
硯が無表情のまま言った台詞に、桐は面食らった。それはさっぱり意味が分からなかった。唐突に愛を告げられたほうが、まだ頭の整理はついていただろう。
「俺を救うため……?」
囃音硯は実は電波少女ではないか、という仮定が桐の脳内に浮かんだ。そう考えれば、包帯や眼帯の意味も、学校に来なかった理由も理解できる。自分を屋上につれてきたのだって、ただ目があったから、とかそんな理由で、他の誰でも良かったのかもしれない。そう思った。
「澤沢君、最近、変な夢を見ることとかある?」
硯は唐突に桐に質問した。桐は少し考えて、一つの記憶にたどり着く、それは三日前の夜中に観た夢であった。
その夢の中、桐は真白な空間に立っていた。立つといってもそこには床もなく、宙に立っている、そんな感じであった。そして、桐の目の前には、黒い物体が存在した。それは見方によっては動物に見え、見方によっては無機質にもみえた。それは、桐の五倍もあろうか、という大きさで、全身が陰のように黒く、獣のように四本の脚がある。頭があるようで、首は無く、紅い目だけが黒い胴体の先端から光っているような形であった。夢の中で、桐はそれに話しかけられていた。
「コチラガワへコナイカ?」
それは酷く低く、脳髄に響くような声であった。
その声を聞いた瞬間、汗だくで目覚めたのを覚えている。
桐は少し考え、硯にその夢のことを話すことにした。
「三日前、くろい化物のでてくる夢を見た」
そういった刹那、ずっと無表情だった硯が一瞬、目を見開いた。
「その化物はなんていっていた?」
そう訊き返す硯は既に無表情だった。
「たしか……『コチラ側に来ないか』だったと思う」
「それで、貴方はなんて答えたの?」
「答えてない、答える前に目が覚めた」
「それは……まずいかもね……」
硯は考えるようにして目を閉じた。そして、再び、目を開けて、桐のほうに身体を向けた。それにつられて桐も体勢を変え、向かい合うようになる。何故か、心臓がすばやく脈打った。
「澤沢君、私が今から言うことは、とても信じられないかもしれない。でも黙って聞いて欲しい。それが貴方のためだから」
そう言う硯の瞳には、今までに無い輝きのようなものがあった気がした。
「分かった」
桐はとりあえず了承した。
「ありがとう―― では、話すわ。貴方がみた夢にでてきた化物、それは“黒の存在(アンノウン)”と呼ばれるものなの」
「アンノウン……?」
それとなく胡散臭い響きだったが、桐は既に硯の言うことを電波少女の戯言とは受け止められなくなっていた。それほどの雰囲気が硯の言葉の端々と瞳から伺えた。
「奴らは肉体を持たない精神体。奴らは人の精神世界に巣食い、やがて肉体を奪う」
「……肉体を持たない寄生虫みたいなものか?」
「そうね、そうとらえてくれても構わないわ。そして、貴方の身体の中にはそれが存在している」
ばかげた話だ、と一蹴すれば容易いことだったが、三日前の夢に感じた雰囲気からすると、桐もその話を信じないわけにはいかなかった。三日前に感じたあの気配、言われてみれば確かに精神を内側から、えぐられる様な感じであった。
「君の話を信じるとなると、俺はかなり危機的状況じゃないか?」
「そうね、このままじゃ、アンノウンに支配されるか、そうでなければ拒絶反応を起こして廃人ね」
軽やかにえぐいことを言われた。
「でも、安心して。 私は――貴方を救うから」
そのとき、硯の顔が少し笑ってるように見えた、見えただけかもしれないが。
「救う、ってどうするんだ?」
「まぁ、貴方は黙っていれば終わるから、気にしなくていいわよ」
そう言うと、硯は桐の手を引き、屋上の中央へ立たせ、自分自身は桐から後ずさるようにして離れ、真直ぐに立った。
「おい、俺は何をされるんだ!?」
「貴方には何もしないわ、ただ貴方の中のアンノウンを呼び出して殺すだけ」
そう言うと硯は左手を前方に突き出した。肩の高さに水平に伸ばし、掌を桐に向け、目を瞑った。桐は口を真一文字に結んで黙っていた。
「************************」
硯が何かを呟く。それと同時に桐の周囲を黒く、無数の平面で四角いものが取り囲んだ。不規則に桐の周囲に現れ、増殖している、良く観ればそれは、桐の体内からでてきているようであった。桐はあまりの意味不明さに声を失う。暑くも無いのに汗が出た。
黒い物体はいつしか、獣のような形を作り出していた。それは桐が夢でみた存在と重なっていた。夢の中の怪物が学校の屋上にいた。
「何だよ…… これ……?」
桐は無意識のうちに呟いた。
「これがアンノウン。 貴方は見てなさい」
硯は目を開け、桐に向けた掌を床に向けた。すると、掌の下方向から黒い平面が無数に増殖し、それは刀のような形になった。真黒で、反りがある。その刀を硯が握ると同時に、低い叫びが桐の脳髄を揺さぶった。それは化物の叫びであった。
「えらく興奮しているみたいね」
硯が呟くと同時に、化物が跳んだ。そして、一気に硯との距離をつめると、その右前足を高く振りかぶり、硯に向かってたたきつけた。桐は声にならない叫びをあげるが、宙に舞ったのは血の飛沫ではなく黒く巨大な脚であった。硯に向けて振り下ろされた脚は、黒い刀に斬られていた。硯は元の場所から全く動かずにいて、化物は低い唸りをあげた。次の刹那、跳んだのは硯であった。桐の眼には黒い閃光が走ったように見えた。そして、気づけば、硯は元いた場所には居らず、化物の背後にいて、化物は真っ二つになっていた。
硯の刀と化物の身体が同時に黒い粒子になって、湿った風に飛ばされるように舞って、消えていった。桐はまだ声が出せずにいた。
「……何だったんだ?」
何とか捻り出した声は震えていた。
「貴方が気にする必要は無いわ」
そういっても、普通の神経をした人間なら気になる。
「どうして、あんなモノが俺の中に……」
「そんなのは単なる偶然、アンノウンは一般人がどうこうできるものじゃない。貴方はさっきの奴に偶然みつかっただけ。不運だっただけ。何も気にしなくていい――」
そんな硯の言葉は無機質で、瞳はやはり生気がなかった。
「あんな奴らとしょっちゅう戦ってるのか?」
「そうね、割と」
硯は遠くを見ながら答えた。
「じゃあ、もしかして包帯とか眼帯はそのせいで……」
「しくじれば増える」
「どうして君はあんなことができる? 黒い刀をだして、アンノウンと戦って…… そしてどうして僕にアレが憑いてると分かった?」
俺の度重なる質問に、硯は少し間を開けて答えた。
「企業秘密」
それだけいうと、硯は階下へ続く階段のほうへと歩き出した。
「あ…… 待て。囃音」
桐は自分で呼び止めて、戸惑った。硯は不思議そうに桐を見ている。何か言わなければ生けない気がした。しかし、考えるより先に言葉は出た。
「ありがとな」
桐は自分で言っておいて意味が分からなかった。
「……気にしなくていい」
そう答えた硯はやはり笑っていたと思う。
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