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作品ID:5
こちらの作品は、「感想希望」で、ジャンルは「一般小説」です。
文字数約14596文字 読了時間約8分 原稿用紙約19枚
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幸福と不運のリレイション
作品紹介
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オープニング
この世には何故不運というモノがあるのだろうか?
不運、または不幸には様々なモノがある。何故俺にだけ悪いことばかり起こるのだろうという自虐、あの時ああしていればという後悔、他にもいろいろあるだろう。
そして皆々、不運が無ければ幸せに暮らすことができるのではないか、などと夢見がちな考えをしたことはないだろうか?
人間ならば一回くらい考えたことはあるだろうと思う。
――しかし、この世が幸福で満たされた安楽世界だったとしよう。そう世界を仮定したならば、人々は幸せで浸り慣れきり、その幸福の度合いで幸せか否かを判断し、必然的に不幸を作り出すという結果になってしまうのではないだろうか。
それは不運が永久不滅の存在であると同時に、幸福=不運の方程式までもを成り立たせてしまうだろう。
人間とは傲慢な生き物だ。よって今現在私たちが暮らしている平凡な世界はすでに、幸福に満ちあふれた世界なのかもしれない……。
フンッ!!
幸せに満ちあふれた世界? 笑わせてくれる。この俺の現状をどっからどう見たら幸せと言えるんだ、巫山戯るな。
だいたい誰だ、こんな綺麗事ばかり並べやがった莫迦は。
俺はこういう自分の歩んできた人生だけで、世の中の全てを解ったような口をきいている奴らが一番嫌いなんだよ。
こういう奴らは本当の不幸を知らないからこんなことが言える。俺の味わったこの絶望、恐怖、後悔を味合わせてやりたい。
だが俺は知っているのさ、ノーベル賞を取った奴らでさえ考えつかないだろうこれらの不幸の回避方法を。そうさ――
死ねばいい。
本編
俺は自分の4人乗り乗用車の中で待っていた。何をって? それは決まっているだろう、人をだ。俗に言う待ち合わせというやつだ。
まあ相手の顔は知らないんだがな……ネットで知り合ったあの二人が本気ならば、そろそろこの青い車のボディーを目印に、俺の前に姿を現すことだろう。
俺は一週間前、『ヘヴンズゲート』と言うWEBサイトに書き込みをした。
『ヘヴンズゲート』それは今や人ぞ知る超大物サイトで、ちまたで噂の自殺掲示板である。
もちろん裏サイトなのだが、それの存在は口コミレベルで徐々に広がっていったらしく、一日に一万ヒットという驚異的なアクセス数を記録している。
そのヘヴンズゲートでは、首吊り・車乗死・飛び降り、等々様々な自殺手段のスレッドに分かれており、そこで自分の自殺予告をするもよし、自分の掲示板を立てて自殺志願者を募るもよし、自分に合う死に場を探すもよし、一年に何十万人と出る自殺志願者が一斉に集うのである。
そこで俺は車乗死スレッドで掲示板を立て、比較的近くに住んでいる二人の自殺志願者を見つけ、今日の午後一時に俺が今居る駐車場のこの車で待ち合わせをしているわけだ。
俺はこの日のために青いレンタカーをいちいち選び出し、ここまで来たわけだが、本当に来るのかいまいち信用できなかった。
かなりの大物サイトなだけあって、相手が遊び半分で書き込んでいる可能性は否めないし、本当に死にたい奴が来るのかすら疑問だった。
一時半まで待って誰も来なかったら一人で死ぬ覚悟はしている。だがどうせならば来て欲しいとは思っている。
集団自殺というのも情けないような気がしないでもないのだが、やはり誰にも看取られず、誰にも気付かれないまま数週間後に発見されるというのはかなり悲しいモノがある。
最後というモノはやはり暖かく逝きたいモノだ。
コンコンッ――
不意に運転席の窓が叩かれる音がした。
すぐに窓を開けると、ドアの真ん前に立っていた人物と目があった。
眼鏡をかけた小太りの、オタクっぽそうな雰囲気を漂わせた、二十代後半くらいの男。
一応リーマン風な背広を着ていたが、ハッキリ言って似合っていない。やはりここは半袖Tシャツに迷彩柄の長ズボン、背中にはリュックを背負って手には紙袋を携えているようなアキバ系な服装な方が似合っているだろうに。
「バーモンドさんですか?」
男は俺を見るなり、俺がネットで使っているハンドルネームで俺のことを呼んできた。
俺が肯定の意志表示を見せると男は、安堵の表情を見せ、またすぐに元の強ばった表情に戻した。
「カツロック大王です。よろしくお願いします」
「よろしく……」
俺は適当に返答し、その男を車の中に招き入れる。
男は俺に向かって礼を言って、後部座席の左側に詰めるようにして座った。
まだ一時まで少し時間があったのだが、あまり話しをする気もなかったので、無言の沈黙が車内を支配する。
しかし、意外にも黙の支配は長くと続かなかった。男が俺に話しかけてきたのだ。
「バーモンドさんは……どうしてなんですか……?」
「…………」
全くよく分からない奴だった。これから死のうって奴がどうして他の奴のことを気にするのだろうか。
俺はミラー越しに睨んでやった。相手側もいらんことを聞いてしまったと悟ったらしく、慌てて姿勢を正している。
なんだか知らんがめちゃくちゃ落ち込んでるし……勘弁して欲しい。ここまで来て人付き合いなどごめんだ。
しかしその落ち込む様子があまりにも滑稽に見えて、迂闊にも思わず口を滑らしてしまった。
「人のことを聞くときはまず自分から……有名な話だろ?」
居心地悪そうにしていたアキバ野郎は、俯いていた顔がうって変わり、嬉しそうに話し始めた。
「そ、そうですよね。ぼ、僕ですか……僕はリストラされたんです。僕は前までゲーム会社のプログラマーをやっていたんですけど、僕はそこで絶対にやってはいけないミスをしてしまったんです。ゲームには致命的なバグ……だけど気付いたときにはもうそのゲームは出荷されて手遅れで……会社に大きな損失を負わせてしまったんです。だからその責任をとってやめたんです。ははっ……これはリストラというよりクビですね……やっとプログラマーになれたっていうのに……ホント何やってるんだろ、僕……」
長!! こいつは会話のキャッチボールというモノを知らないのか。自分の考えだけを人に押しつけるのはよくないことだぞ、ホント。
まあよく分からないがクビにされたことくらいは解った。それよりなんなんだこいつは、泣きながら笑ってやがる。というかこいつは自殺する気はあるのか? いや、絶対にないな。こいつはまだ笑ったり泣いたりする気力が残ってる。本当に自殺したいと思ってる奴らは生気が感じられないんだ。
「再就職は考えなかったのか……?」
泣いてる奴に無反応という追い打ちをかけるほど、俺の感情は麻痺していなかったらしい。俺の口が勝手にしゃべり出しやがった。
「それは考えましたよ。でも会社の失敗の噂が他社にも広がっているらしくて……相手にしてもらえないんですよね……面接も受けられない状態で……夢だったんです、プログラマーになるの……だからもう生きてる意味なんて無いんじゃないかと思って……」
「…………」
まじめな話俺は消沈した。やはり俺ほどは思い悩んでいない。それに『生きている意味なんて無いんじゃないか』なんて疑問型で考えている奴を死なせてしまっていいモノなのだろうか。
コンコンッ――
「っ――」
俺の試みはタイミングを見計らったとしか思えないようなノックの音に遮られてしまった。
どうやら3人目の自殺志願者が来たらしい。俺は仕方なしに窓を下げ、無愛想に遮った当の本人を見やった。
驚くことに窓を叩いたのは少女であった。
制服を着ているので高校生だろうか。薄茶色に染まった髪が風でなびいて顔半分を隠している。それをかき分けるようにして少女の手が動き、顔の全体像がこちらから見えた。
白く透き通った肌に長い睫毛のパッチリした瞳、小さく整った口元は、いかにも現役高校生らしいキュートなモノである。こんな状況下でこの顔作りに微笑まれたら、こちらとしては口をぱくぱくしてその端正な顔を見据えるしか手だてはない。
何故こんな変態とも取れない反応をしたかって? それは決まってるだろうに、こんなまだ人生の分岐点にも立っていないような少女が、自殺志願者として名乗りを上げようとしていたからだ。確かにその顔立ちに見とれていたというのもあるが、こちらの方が理由としては格段に大きい。
やはりというべきか、案の定これまた予想通りの綺麗な声色で名乗りを上げてきやがった。
「バーモンドさんですよね? オレンジフロートです。よろしくお願いします」
いやいやいや、よろしくお願いしますって何を頼んでるんだ? というか死ぬ前だってのに何故笑顔なんだ? わけがわからん。
「あ、ああ、よろしく」
その輝かんばかりの天使の笑みをやめてはくれないか? 目で訴える俺。
ホントに勘弁して欲しい、アキバ系と女子高校生……もうちょっと歳食ったお父さん風のリーマンが来ると思っていた俺にとっては、こいつらが場違いに思えてならない。
どうせこの子も俺ほど深刻な事態ではないに違いない。笑顔だし、顔も綺麗だし、一見自殺理由など見あたらない。
彼女も説得するべきか。だが死んだ後の俺には全く関係ないこと……めんどくさいし、俺の自殺願望が無くなるわけでもない。そう、意味のないことだ。
彼女は俺の返答に微笑み返すと、俺がドアを開ける前に勝手に乗り込んできた。
カツロック大王もといアキバ野郎は、先ほどより更に詰めて彼女との間に、三十センチほどの空間を空けている。
「さて、これから現場に向かうわけですが、カツロック大王さん、オレンジフロートさん、何かありますか?」
俺は仕切屋らしく言った。
「その前に、ハンドルネームで呼び合うのはやめませんか? 変な感じがします」
オレンジ高生が言った。確かにもっともな意見だ。違和感があったのはこれだったかと今更ながらに気付いた。まあすぐ死ぬわけだし、要らないと言えば要らないのだが……
「ぼ、僕は上原直樹といいます。上下の上に原っぱ、垂直の直に樹海の樹です」
うわ、平凡な名前……いや、なんでお前からなんだ? てかいらん文字講座まで開講してるし。お前の名前は俺の中でアキバ野郎に決定してるんだよ。もう変更不可だ。
「私は煎味美玲。美玲って呼んで下さい。よろしく?」
おお、これぞ高校生パワー、こんな短い自己紹介でも可愛らしい表現に溢れてる。いいねぇ……。
というか、皆俺の方を見てるぞ。てことは俺も自己紹介しなけりゃいかんのか。あの名前を言うのか。これが俺の人生で不利に働いた最大の原因であるというのに。
うわ、めっちゃ見てる。おいアキバ野郎、だんだんこっちに近づいてきてるんじゃねぇ。しょうがない、言うしかねぇか、言うぞ、言うぞ――
「撒布慕武……」
「え?」
「撒布慕武」
「変わった名前ですね。どういう字ですか?」
おい、アキバ野郎! それを聞くんじゃねぇ。しめるぞコラ。はぅ……美玲ちゃん、そんな興味津々な眼差しでこっちを見ないでくれ。ここは密室、逃げようにも逃げ場はない。心を決めて言うしかないか……
「撒き散らすの撒くに布、慕うに武士の武……」
そう、俺の名前は撒布慕武。読み方は『さんぶ したう』一見変わった名前だが、読み方を変えると『サップ ボブ』に華麗な変身を遂げる。
なんか昔の有名なK?1ファイターらしい。親は悪気はなかったらしいが、昔からこの名前が原因で茶化され、クラスの笑い者だった俺にとっては迷惑の何者でもない。親二人を毎日恨んでやったさ。
「へぇ、ホントに変わった名前ですねぇ。周りからも言われるでしょ、変わってるって」
そりゃそうさ、サップだからな。てかアキバ野郎は気付いてないらしいな、よかったよかった……っておい! 美玲ちゃんがクスクス笑いをしてるぞ! 可愛い!! てかバレたなこりゃ……なんでアキバにバレないのに美玲ちゃんにバレるんだよ! やっぱ世の中不満だらけだ。
美玲ちゃんはあえてアキバ野郎に言わなかったらしいが、この後美玲ちゃんは俺の名前を聞く度にクスクス笑うようになる。
俺は車を発進させた。
死ぬ場所は全会一致で海岸と決まっていたので、そこに向かわなければならない。
というか後ろに座っている連中は、これから自殺しようとしているとはとても思えなかった。意外にも、ものすごく話が盛り上がっているのだ、俺をさしおいて。
何が意外かって? 美玲ちゃんがアキバ野郎のオタ話についていってるからさ。なんだか知らんが二人ともパソコンに詳しいらしい。Dドライブはリコーがいいだ? ビデオカードだ? ジーフォースだ? これは日本語なのか?
「僕たち三人って気が合いますねぇ」
高速道に入った頃アキバが言った。
「そうですね?」
おい美玲ちゃん、そんな浅はかな考えで答えちゃっていいのかな? 調子に乗って付き合って下さいなんて言われたらどうするんだ……三人てことは俺も含まれてるのか?
「なんか、これから死ぬのが惜しくなってきた……うぅ……」
おいおい、数瞬前まで笑ってたと思ったら、もう泣き出したぞ。ホントに感情の起伏の激しい奴だな。
「大丈夫! 死んじゃえば惜しくもなんともないですよ! 元気出して下さい!」
み、美玲ちゃん。ロイヤルに、ストレートに、ブラックに言ったね。それもガッツポーズを見せながらとは……顔に似合わずすごいことやるなぁ。
アキバ野郎もなんだか青筋立っているように思える。こんな可愛い子からエグイ言葉が発せられるなんて思ってもみなかったんだろう。ざまあみやがれ。
「さ、最後にやりたいことなんてのは何かあるか?」
話題を変えようと、とっさに思いついたことを俺は述べた。まあどうせ無いだろうと癇くくっていたのだがな……
「遊園地……」
このようなところに出てくるばずがない言葉を聞いたような気がして、俺は聞き返してしまった。
「え?」
「遊園地……! そう、遊園地に行きたい!!」
美玲ちゃんは車の外を指さして言った。確かに高速道の高い車道からは大きな観覧車が見える。
そういえばここら辺には、日本屈指のテーマパーク『ディムトピア』があった。アトラクション数では日本最多の50種類を誇り、おしゃれな外観からデートスポットとしても有名である。
俺はその噂をよく耳にしていたが、行ったことはなかった。行ったことがないのなんて十人に一人くらいの割合だろうに。
「そういえばこの近くにはディムトピアがあるが……行くか?」
「行くーーー!!!」
「皆さんが行きたいのであれば……」
最後に行ってみるのもいいだろうと、俺もノリノリな気分になってきたので、俺は軽やかにハンドルをきり、高速の出口に向かう。
実際ディムトピアにはすぐに着いた。
高速を降りて数秒後には『ディムトピア この先三百メートル』という看板が見え、その五分後には駐車場の中だ。
やはり『日本屈指』だけあってものすごくでかい。まず駐車場の広さからして半端ない。東京ドームが入りそうな勢いの広さに車がびっしりと並んでいる。
美玲ちゃんも、
「うわー、大きいですねぇ。こんだけ車があったら私たちみたいな自殺志願者の一人や二人、いるかも知れないですね」
なんてブラックな感想を漏らしてくれる。
今日は平日だが、ここでは休日か否かなど関係ないらしい。
だがそれにも関わらず、すんなりと入園できた。まあ時間も時間だったから当たり前なのかもしれないが。
ついでに言うと、入場券(フリーパスともいうのか?)は俺が全員分の金を出した。もともと金には困っていなかったし、人生最後の日だ、どうにでもなろう。
中に入るとさすがの俺も感嘆の吐息を漏らさずにはいられなかった。
西洋風の町並みに、歴史を感じさせる作り、作り物なのだろうがどっからどう見ても本物にしか見えない。
まるで外国に来た気分だ。デートスポットというのにも頷ける。
「わ? すごいですね? さあ、とりあえずどれか乗りましょう。ぐずぐずしている暇はありませんよ?」
美玲ちゃんが素っ気ない賛美を述べて、俺とアキバ野郎の手をつかんで引いていく。
ホントに女子高校生らしい、こっからどうやればこれから死に逝く者が創造できるだろうか?
そう、忘れ去っていたが、どうして彼女は死のうとしているのだろうか? 俺はできれば彼女(ついでにアキバ)には死んで欲しくはない。
死を心から望んでいないように見えるからだ。それに死を決意している奴に全部とは言えないだろうが、人の痛みが解る奴が多い。ここにいる奴らはその部類であろう。やはり機会を窺って説得するべきか。
いや、だめだな……俺に止める権利など無い。いい奴らには違いないが、死にたいのなら好きなようにさせてやるべきであろう。
ふと気付くと、二人が俺の顔をのぞき込んでいるのに気付いた。考え事をしていたのがバレたらしい。
「ほーらシタウ君、そんな陰気くさい顔しないで下さいよぉ。まだ死ぬまでの時間はたっぷりあるんですから、今は楽しみましょうよ」
み、美玲ちゃん……励ましてくれているんだとは思うが、励ましになってないよ……ほら、アキバが隣で落ち込んじまってるだろう。でも、面白い奴らだ。
「そうだね、行こうか」
俺は含み笑いをして、美玲ちゃんの先導により、適当なアトラクションへと走っていった。
そういえば俺、笑ったの……久しぶり……かな?
その後俺達は存分に日本最大のアトラクションパークを堪能した。
ジェットコースターにも乗ったし、コーヒーカップにも乗った。垂直落下マシーンにも乗ったし、高速回転木馬にも乗った。
美玲ちゃんのチョイスは何故か絶叫系が多く、高速回転木馬などでは、アキバ野郎がシートベルトを擦り抜けて外にほっぽりだされるというアクシデントも発生した。
アキバ野郎は見た目以上に打たれ強く、奇跡的に無傷だったので、そのままこの奇妙な集団の徘徊の続行が決議された。
めぼしいものを乗り終わり、俺らは夕食の席に着いていた。
これが最後の晩餐になるんだろうかと考えながら、俺はふと思った。
この三人組は他から見ればどのような集団に見えるのだろうか? 考えてみればかなりの奇怪な集団だ。
私服なのは俺だけで、他の二人は制服に背広、普通ならばあり得ない組み合わせである。俺でもこんな集団を目撃した場合、何か良からぬことがあるのではないかくらいのことは考える。良からぬこと……まあ確かにあるのだがな……
「愉しかったですね? そろそろ出ますか? 遅くなっちゃったし」
「な、なあ」
「なんですか?」
今止めるべきだ。やはりこいつらを死なすのは惜しい。俺の第六感が止めろと切に訴えている。いくら自分が自殺しようとしたって、未来にまだ可能性がある者を巻き込んでいいという道理はない。今日の楽しい出来事が名残惜しくもあるが、ここは一人で死ぬべきであろう。もしこんな楽しい毎日が続くのであれば、俺にも生きてもいいんじゃないかくらいには思ったかも知れないが、俺だってこの世界の住人だ。それが不可能であることくらいは解っているつもりだ。だからせめてこいつらだけでも……
「お前らはまだ死ぬべきじゃない」
「…………」
二人とも沈黙してしまった。だが俺は話を続けた。
「お前らにはまだ未来がある。美玲なんてまだ今後の人生なんてどうにでもなるだろう。少なくとも俺は今日のことが楽しかったと思ったんだが、生きていれば今日みたいに楽しいことがまだまだ起こるかも知れないんだ。生きておけよ」
「そんな綺麗事は嫌いだな……」
「え?」
「私は死にますよ。私に未来なんて無いんです、もう神様から見放されてるんだから……そんな私の人生まで解ったようなことを言わないで下さい。私は死にます」
会って初めて美玲の顔が曇った。アキバは呆然としている。俺も同じことをするしかなかった。こんなにもはっきりと拒絶されるとは思わなかった。そしてこんなにも美玲の意志が強固だとは思ってもみなかった。
それに美玲の言葉も俺の中に響いた。俺が嫌いな人間、それは『他人の人生を解ったような口をきく奴』であったはずだ。その自分が一番嫌いなことを他人にやってしまうなんて、これは要らぬお節介に他ならない。最低だな……
俺は要らぬ説得をしたことを今更ながら猛烈に後悔した。
「すまん……」
俺にはこれしか言う言葉が見つからなかった。
しかし次の瞬間には美玲の顔は元の憂いを帯びた清々しい笑顔に戻っていた。
「私も言い過ぎました。ごめんなさいね」
「…………」
「あ! そうだ、最後に観覧車乗りません? ここの目玉じゃないですか、ヘヴンループって」
口論によって暗くなった空気をはらそうと、美玲が元気よく言った。
そういえばそんなモノもあったな。確かにここの観覧車は有名だ。高速道から見て解ったのだが、楕円の形をしているのだ。最高到達点が二百メートル、一周三十分というとんでもない怪物観覧車である。
「わかった、そこに行って終わりだ」
「はいっ」
「わかりました……」
アキバがそう最後に答えた。アキバは死にたくなさそうな顔をしてる……言い出せずにいるんだろう。こいつは途中で降ろしてやろうかね。
観覧車までは少し歩いた。まあ十五分くらいなのだが、この遊園地の広さをあらためて実感することになった。
「うわぁ? いっぱい並んでますねぇ。ちょうど混み時に来ちゃったかな?」
まあ当たり前っちゃ当たり前だ。ちょうど日が沈んで夜景が綺麗になってくる時に空いていたら、ディムトピアだってとうの昔に廃業になっているに違いない。
「並ぶしかないだろう、最後だし……」
「割り込みしちゃいます? 適当に脅せば入れてくれると思いますよぉ?」
「み、美玲ちゃん、最後の日だからってやけくそになってないかい?」
「え? いつもこんなもんですよぉ?」
おいおい、もしや今までそうやって割り込みしてたんじゃないだろうな? アキバ野郎が反応に困って愛想笑いのような気持ち悪い笑みを浮かべているぞ。
まあその後当然正規のルートで並んだわけだが、並んでいる間に観覧車の説明でもしようかね。
この観覧車はさっきも言った通りこのテーマパークの目玉で、楕円の形をしている。
普通の観覧車と何が違うかって? 上っていくときと下りていくとき、ほとんど垂直状態なのだ。もちろん中は常に地上と水平に保たれていて、絶叫的な要素はどこにもない。子供からお年寄りまでどんな年齢でも楽しむことができる。
また、最高到達点は二百メートルあり、そこからの景色はまさに絶景、障害物などあるはずがないので、三十分というゆったりとした時間の中で景色を存分に堪能できる。景色は昼間は富士山、夜は町の夜景、もうデートに来るならばここに行かずにどこに行く!?
……なんだかここの従業員のようにほめ尽くしたが、ディムトピア自体来ることが初めてな俺にとっては未知な存在であるため、不安要素が無くもない。
二百メートルといったらあれだろう、東京タワーの大展望台を越えているんではないか? 別に高所恐怖症なわけではないが、特別得意なわけでもない。苦手というんだろうな、こういうのは……だからとりわけ乗りたいとは思わないのだが……。
う、うわ、美玲ちゃん、眼がミラーボール顔負けの輝き放ってるよ……アキバはアキバで観覧車の構造に興味津々だし……まともなのは俺だけか。
美玲ちゃんは乗ったら乗ったで『こんなに高いならこっから自殺しちゃいます??』みたいなことを言うだろうし、アキバは外の景色を見て絶句&悶絶するだろう、賭けてもいいぞ。
お、こんなことをしている内に俺らの番が回ってきやがった。じゃあちょいと逝ってくら。
観覧車の中はなかなか広々としていて居心地よいモノだった。最大六人乗りらしい。内装も凝っていて、ディムトピアのイメージに合わせた西洋風の馬車のような印象を受ける。
アキバは高度パラメーターの役目を完璧に果たしていた。高度が上がるにつれて青ざめていくのが見て取れる。やはり俺の言った通りの結果になったな。
美玲ちゃんの方はというと、
「この観覧車が爆破されたらどれくらい人死にますかね??」
だった。そっちかい! と今にもツッコミを入れそうになったさ。
今の高度は百メートルくらいだろう、アキバの顔色が青から紫へと変わってきた頃、俺は美玲ちゃんがどことなく寂しそうな雰囲気を漂わせていることに気付いた。
表面上笑ってはいるが、内心恐怖に近い感情を抱いているに違いない。観覧車の高さからではないだろう。
やはりその年で自殺するなど怖いのだろうに。ましてや女の子だ、その恐怖はよりいっそうのものであろうに。だが、今までこの子はこの子なりに、いろんなことを思い、考え、そして自殺を決意したのだ。俺に止める権利なんてない。さっきは本当にお節介なことをしてしまった。
「さっきはすまなかったな……」
美玲の表情に見かねた俺は、たまらず声をあげた。
「シタウさん、なーにがですかぁ?」
美玲はこんな時でも笑顔を崩そうとはしなかった。こちらに可愛らしく小首を傾げて見せて、すっとぼけてみせる。
俺にはそれがやけに痛々しかった。
「レストランのことだよ。無駄なお節介を焼いちまった」
「あー、そんなのいいんですよぉ。昔のこと気にすると長生きできませんよぉ」
「俺は美玲とアキ……いや、直樹が楽しそうに話しているのを見て、こいつらにはまだまだ余裕があるんじゃないか、こいつらには一時の思いつきだけで死のうとしてるんじゃないか、とか思ったんだ。だけど違ったんだな。お前らは俺の知らない人生を歩んできた。俺もお前らの知らない人生を歩んできた。だから所詮、他人の人生を理解するなんて無理なんだよな。俺はそのことを忘れてた。『自分の人生は自分で決める』、当然のことだ。俺はもう他人の人生に口を挟んだりはしない」
「もーう、辛気くさいですよ。いいって言ってるじゃないですか」
「ぼ、僕は……」
突然美玲との会話をアキバが遮った。
「僕は、死ぬのをやめようと思います。今日の楽しい出来事を想像したら……死ねませんよ……まだまだ世の中にはこんなにも面白いことがあったんです。もしかしたらプログラマー以外にだって面白い仕事があるかも知れない……それに二人みたいなホントにいい人達だっているんです。世の中まだまだ捨てたモノじゃありません。自殺やめること……許してもらえますか?」
「もちろん」
俺は笑顔で言った。アキバ……見直したぞ、自分で決める勇気を持っていたか。お前が自分自身で決めたことを反対するわけないだろうが、いたら俺がぶっ飛ばしてやるさ。
「そっかー、直樹さん抜けちゃうんだね。よかったよかったぁ。直樹さん!! これからもがんばってくださいねぇ!!」
美玲は笑顔で言ったが、やはりその声には寂しさが入り交じっていた。
「美玲ちゃんも無理するんじゃないよ。笑ってるけど、結構きついでしょ?」
アキバが美玲を見やり言った。こいつも冴えないふりして、いろいろ見ているんだな。
ふと、美玲が先ほどまでとは明らかに違う笑みを浮かべた。何というか疲れたような、溜息と自嘲混じりの笑みであった。
「バレれてたのか……今まで苦しいことがたくさんあって、泣き飽きるくらいに泣いて、もう涙なんて出なくなっちゃった……だけど今日は本心からの笑いだったと思うよ。今までになく楽しかったから……」
「…………」
「だから確かにシタウくんの言ってることは解るの。こんなのがずぅーと、一生続くんだったら生きていたいよ。でもそんなこと無理でしょ? 次に私に幸せが訪れるのだっていつだか解らない。今の私には、幸せを待つことさえする余裕はないの。だから許して……」
俺はその時確かに美玲の涙を見た。
「…………」
俺、いやアキバもそうだろう。もう俺らには励ましの言葉は見つからなかった。俺らには彼女がどのようなことを抱えていたのかも解らなかったし、どのように励ませばいいかも解らなかった。人間はこんな時、自分の無力さを切に感じる。俺が振り絞って言った言葉がこれだ。
「君の……君の自殺志望理由は何なんだい?」
美玲は微笑んだ。そして俺の無神経な問いに答えてくれた。
「私……昔ここに来たことがあるんです、家族といっしょに。乗り物にもいっぱい乗ったし、この観覧車にも乗った。すごく楽しかったです。弟と手を繋いで両親二人の間に挟まれて歩くの……年頃の女の子が何やってるんだとか言われたけど、とっても暖かくて幸せだったんです」
俺はこの時猛烈に嫌な予感を感じた。
「その……両親は……?」
「この前、家に強盗が入って……ちょうど居合わせちゃったらしんですよ、私を除いた家族三人が……それで口封じに殺されたんです。私もそこで殺されていたらな、と何度も思いましたよ……でも運命っていうものは変えられないんですね……」
いや、まさかそんなはずはないだろう。だって、あれは……
俺は聞いた。
「それはいつのことだい?」
「だいたい一ヶ月前かな……?」
これは運命のいたずらなのだろうか。神がいるならば、これから俺に何をさせようというのだろうか。俺には解らない、信じられない、世界というモノはどこまで残酷なのだろうか。神はどこまで俺を苦しめるのだろうか。
美玲の両親を殺したのはこの俺だ。
「私、今は祖父の家に住まわしてもらってるんです。でも耐えられないんですよ、やっぱり。家族みんなが私のことを呼んでるような気がするんです。犯人を恨んで、復讐するって手もありますけど……復讐した後だってもう死ぬだけだろうし、昔のことを気にしてもしょうがないし……ね? もう死ぬしかないでしょう」
満面の笑みであった。だがその時の俺は、それを真正面から受け取ることなどできなかった。
俺が強盗を行った日時も大体一ヶ月前くらいだったのだ。まさかとは思ったが、実際『煎味』なんて変わった名前が何個もあるはずがない。
つまり、俺が美玲の両親を殺したことは決定的である。
俺はその日、割かし大きい家を選りすぐって、警備が薄く、あまり人目の付かない家を選んだ。空き巣に入るためにだ。中に人がいないことを確認し、無用心にも開いていた窓から入って金を盗み出したのだ。その家の箪笥には大よそ百万くらいの金が入っていて、久しぶりの大量だと喜んだ矢先であった。金を抱えて玄関から家を出ようとしていたとき、その家の家族三人に鉢合わせしてしまったのだ。俺は付近の住人にできるだけ怪しまれないために、覆面などの顔を隠すものを持っていなかった。そのお陰でもろに顔を見られてしまったのだ。
俺はあせった。捕まることも覚悟した。もう俺の人生は終わりだとも思った。だがその瞬間、俺に驚いた父親が倒れたのだ。その拍子に地面に強く頭を打って身動きしなくなってしまった。まさかこんなことで大怪我を負うとは思っていなかった俺は救急車を呼ばなければと思った。だがその時、俺には悪魔のささやきが聞こえてしまったのだ。
『殺してしまえ、殺してしまえば捕まらずに、今までどおりの生活が送れるんだぞ、殺せ!!』
結局俺は悪魔のささやきに耳を貸してしまった。玄関においてあった置物で、父親の後頭部に追い討ちをかけ、母親と小さな子供にまで手をかけた。
これで俺はまたいつもどおりの生活を過ごせるのだと思った。金はあそこから奪った金があったし、何も苦労することはない。
しかし、俺は犯行の数日後、極度の後悔に襲われることとなる。金だけのために人を殺した自分が信じられなかった。そして警察に怯える日々……自殺しかなかった。
そして今、この奇妙な二人と一緒に過ごせたら楽しそうだなどと考えた俺が莫迦だった。俺に安息の地はなかったのだ。一度犯罪を犯した者はどこまでも恐怖という名の追跡者に追われることとなる。もう嫌だ。逃げたい。この世界なんて無くなってしまえばいい!!
「どうしたんですか?」
不意に何も知らない美玲が話しかけてきた。そういえば話の途中だったな、全然聞いていなかったが……。
「なんだか青ざめてますよぉ」
「大丈夫」
俺は無理矢理笑って見せた。なんとかこの状況を脱しなければならない。俺はもう十分に苦しんだ、これ以上苦しむのなど真っ平ごめんだ。
「もしかして……」
「……?」
「あの時のこと、思い出しちゃいました?」
運命の歯車はどこから狂いだしていたのだろう。美玲がいつもの憂いを帯びた笑顔に戻っている。
「な、なんのことだ?」
「やだなー、忘れっちゃったんですか? あの時私、隠れて見てたんですよぉ」
美玲は『あの時』のことを知っていた。どういうことなのだろう、世界が音を立てて崩壊していく。
「知っていたのか……? 最初から……」
「う?ん……そうでもないですよ。似ているなぁとは思ってたんですけど、確信を得たのは今ですね」
「じゃあ何故冷静を保っていられるんだ……!?」
「言ったじゃないですか。昔のことは気にしないって」
絶句した。
俺は神に遊ばれていただけなのだろうか。それとも、神が然るべき制裁を与えるためにこのような処置を下したのだろうか。わからない……わからない……わからない……
「じゃあ一緒に死にましょう」
俺の思考を読み取ったように、突然美玲に手を引かれた。その手は先ほど遊園地の入り口で自分を引いた手とは思えないほど、冷たく、全く生気が感じられない手であった。
何故か手を引かれた先では、今まで閉まっていたはずの観覧車のドアが開いている。
「そうか、これはあの世に続く扉……」
俺は笑い、呟いた。
「そうだな……逝こうか……」
観覧車は先ほどと変わらず、ゆっくりと、そして軽快に回っている。
そう、まるで時とは止まることは無いと、運命とは不変だと、示唆するように……
エンディング
以前、幸福=不運だと言ったやつは誰だったか……俺には思い出せない。
だが俺は最近、これはこれで正しいんじゃないか、とも思うようにもなってきた。
例えば、俺の今の状況を見て、幸福だと思うやつはいないだろう? だが、もし俺が観覧車に乗るのに反対したら、もし俺が美玲の自殺理由など聞かなければどうなっていただろう。
絶対ではないが、ハッピーエンディングを迎えられたかもしれない。
そう、俺には幸福にも不幸にも繋がる道があったわけだ。俺は運悪く不幸というクジを引いてしまったが、ちゃんと俺の運命は平等に与えられていたのだ。
驚きだろう? 俺も驚きだよ。幸福と不運は表裏一体、これはつまり幸福=不運の方程式が成り立つことが示されているんではないか……?
「おい、やっぱり――」
この世には何故不運というモノがあるのだろうか?
不運、または不幸には様々なモノがある。何故俺にだけ悪いことばかり起こるのだろうという自虐、あの時ああしていればという後悔、他にもいろいろあるだろう。
そして皆々、不運が無ければ幸せに暮らすことができるのではないか、などと夢見がちな考えをしたことはないだろうか?
人間ならば一回くらい考えたことはあるだろうと思う。
――しかし、この世が幸福で満たされた安楽世界だったとしよう。そう世界を仮定したならば、人々は幸せで浸り慣れきり、その幸福の度合いで幸せか否かを判断し、必然的に不幸を作り出すという結果になってしまうのではないだろうか。
それは不運が永久不滅の存在であると同時に、幸福=不運の方程式までもを成り立たせてしまうだろう。
人間とは傲慢な生き物だ。よって今現在私たちが暮らしている平凡な世界はすでに、幸福に満ちあふれた世界なのかもしれない……。
フンッ!!
幸せに満ちあふれた世界? 笑わせてくれる。この俺の現状をどっからどう見たら幸せと言えるんだ、巫山戯るな。
だいたい誰だ、こんな綺麗事ばかり並べやがった莫迦は。
俺はこういう自分の歩んできた人生だけで、世の中の全てを解ったような口をきいている奴らが一番嫌いなんだよ。
こういう奴らは本当の不幸を知らないからこんなことが言える。俺の味わったこの絶望、恐怖、後悔を味合わせてやりたい。
だが俺は知っているのさ、ノーベル賞を取った奴らでさえ考えつかないだろうこれらの不幸の回避方法を。そうさ――
死ねばいい。
本編
俺は自分の4人乗り乗用車の中で待っていた。何をって? それは決まっているだろう、人をだ。俗に言う待ち合わせというやつだ。
まあ相手の顔は知らないんだがな……ネットで知り合ったあの二人が本気ならば、そろそろこの青い車のボディーを目印に、俺の前に姿を現すことだろう。
俺は一週間前、『ヘヴンズゲート』と言うWEBサイトに書き込みをした。
『ヘヴンズゲート』それは今や人ぞ知る超大物サイトで、ちまたで噂の自殺掲示板である。
もちろん裏サイトなのだが、それの存在は口コミレベルで徐々に広がっていったらしく、一日に一万ヒットという驚異的なアクセス数を記録している。
そのヘヴンズゲートでは、首吊り・車乗死・飛び降り、等々様々な自殺手段のスレッドに分かれており、そこで自分の自殺予告をするもよし、自分の掲示板を立てて自殺志願者を募るもよし、自分に合う死に場を探すもよし、一年に何十万人と出る自殺志願者が一斉に集うのである。
そこで俺は車乗死スレッドで掲示板を立て、比較的近くに住んでいる二人の自殺志願者を見つけ、今日の午後一時に俺が今居る駐車場のこの車で待ち合わせをしているわけだ。
俺はこの日のために青いレンタカーをいちいち選び出し、ここまで来たわけだが、本当に来るのかいまいち信用できなかった。
かなりの大物サイトなだけあって、相手が遊び半分で書き込んでいる可能性は否めないし、本当に死にたい奴が来るのかすら疑問だった。
一時半まで待って誰も来なかったら一人で死ぬ覚悟はしている。だがどうせならば来て欲しいとは思っている。
集団自殺というのも情けないような気がしないでもないのだが、やはり誰にも看取られず、誰にも気付かれないまま数週間後に発見されるというのはかなり悲しいモノがある。
最後というモノはやはり暖かく逝きたいモノだ。
コンコンッ――
不意に運転席の窓が叩かれる音がした。
すぐに窓を開けると、ドアの真ん前に立っていた人物と目があった。
眼鏡をかけた小太りの、オタクっぽそうな雰囲気を漂わせた、二十代後半くらいの男。
一応リーマン風な背広を着ていたが、ハッキリ言って似合っていない。やはりここは半袖Tシャツに迷彩柄の長ズボン、背中にはリュックを背負って手には紙袋を携えているようなアキバ系な服装な方が似合っているだろうに。
「バーモンドさんですか?」
男は俺を見るなり、俺がネットで使っているハンドルネームで俺のことを呼んできた。
俺が肯定の意志表示を見せると男は、安堵の表情を見せ、またすぐに元の強ばった表情に戻した。
「カツロック大王です。よろしくお願いします」
「よろしく……」
俺は適当に返答し、その男を車の中に招き入れる。
男は俺に向かって礼を言って、後部座席の左側に詰めるようにして座った。
まだ一時まで少し時間があったのだが、あまり話しをする気もなかったので、無言の沈黙が車内を支配する。
しかし、意外にも黙の支配は長くと続かなかった。男が俺に話しかけてきたのだ。
「バーモンドさんは……どうしてなんですか……?」
「…………」
全くよく分からない奴だった。これから死のうって奴がどうして他の奴のことを気にするのだろうか。
俺はミラー越しに睨んでやった。相手側もいらんことを聞いてしまったと悟ったらしく、慌てて姿勢を正している。
なんだか知らんがめちゃくちゃ落ち込んでるし……勘弁して欲しい。ここまで来て人付き合いなどごめんだ。
しかしその落ち込む様子があまりにも滑稽に見えて、迂闊にも思わず口を滑らしてしまった。
「人のことを聞くときはまず自分から……有名な話だろ?」
居心地悪そうにしていたアキバ野郎は、俯いていた顔がうって変わり、嬉しそうに話し始めた。
「そ、そうですよね。ぼ、僕ですか……僕はリストラされたんです。僕は前までゲーム会社のプログラマーをやっていたんですけど、僕はそこで絶対にやってはいけないミスをしてしまったんです。ゲームには致命的なバグ……だけど気付いたときにはもうそのゲームは出荷されて手遅れで……会社に大きな損失を負わせてしまったんです。だからその責任をとってやめたんです。ははっ……これはリストラというよりクビですね……やっとプログラマーになれたっていうのに……ホント何やってるんだろ、僕……」
長!! こいつは会話のキャッチボールというモノを知らないのか。自分の考えだけを人に押しつけるのはよくないことだぞ、ホント。
まあよく分からないがクビにされたことくらいは解った。それよりなんなんだこいつは、泣きながら笑ってやがる。というかこいつは自殺する気はあるのか? いや、絶対にないな。こいつはまだ笑ったり泣いたりする気力が残ってる。本当に自殺したいと思ってる奴らは生気が感じられないんだ。
「再就職は考えなかったのか……?」
泣いてる奴に無反応という追い打ちをかけるほど、俺の感情は麻痺していなかったらしい。俺の口が勝手にしゃべり出しやがった。
「それは考えましたよ。でも会社の失敗の噂が他社にも広がっているらしくて……相手にしてもらえないんですよね……面接も受けられない状態で……夢だったんです、プログラマーになるの……だからもう生きてる意味なんて無いんじゃないかと思って……」
「…………」
まじめな話俺は消沈した。やはり俺ほどは思い悩んでいない。それに『生きている意味なんて無いんじゃないか』なんて疑問型で考えている奴を死なせてしまっていいモノなのだろうか。
コンコンッ――
「っ――」
俺の試みはタイミングを見計らったとしか思えないようなノックの音に遮られてしまった。
どうやら3人目の自殺志願者が来たらしい。俺は仕方なしに窓を下げ、無愛想に遮った当の本人を見やった。
驚くことに窓を叩いたのは少女であった。
制服を着ているので高校生だろうか。薄茶色に染まった髪が風でなびいて顔半分を隠している。それをかき分けるようにして少女の手が動き、顔の全体像がこちらから見えた。
白く透き通った肌に長い睫毛のパッチリした瞳、小さく整った口元は、いかにも現役高校生らしいキュートなモノである。こんな状況下でこの顔作りに微笑まれたら、こちらとしては口をぱくぱくしてその端正な顔を見据えるしか手だてはない。
何故こんな変態とも取れない反応をしたかって? それは決まってるだろうに、こんなまだ人生の分岐点にも立っていないような少女が、自殺志願者として名乗りを上げようとしていたからだ。確かにその顔立ちに見とれていたというのもあるが、こちらの方が理由としては格段に大きい。
やはりというべきか、案の定これまた予想通りの綺麗な声色で名乗りを上げてきやがった。
「バーモンドさんですよね? オレンジフロートです。よろしくお願いします」
いやいやいや、よろしくお願いしますって何を頼んでるんだ? というか死ぬ前だってのに何故笑顔なんだ? わけがわからん。
「あ、ああ、よろしく」
その輝かんばかりの天使の笑みをやめてはくれないか? 目で訴える俺。
ホントに勘弁して欲しい、アキバ系と女子高校生……もうちょっと歳食ったお父さん風のリーマンが来ると思っていた俺にとっては、こいつらが場違いに思えてならない。
どうせこの子も俺ほど深刻な事態ではないに違いない。笑顔だし、顔も綺麗だし、一見自殺理由など見あたらない。
彼女も説得するべきか。だが死んだ後の俺には全く関係ないこと……めんどくさいし、俺の自殺願望が無くなるわけでもない。そう、意味のないことだ。
彼女は俺の返答に微笑み返すと、俺がドアを開ける前に勝手に乗り込んできた。
カツロック大王もといアキバ野郎は、先ほどより更に詰めて彼女との間に、三十センチほどの空間を空けている。
「さて、これから現場に向かうわけですが、カツロック大王さん、オレンジフロートさん、何かありますか?」
俺は仕切屋らしく言った。
「その前に、ハンドルネームで呼び合うのはやめませんか? 変な感じがします」
オレンジ高生が言った。確かにもっともな意見だ。違和感があったのはこれだったかと今更ながらに気付いた。まあすぐ死ぬわけだし、要らないと言えば要らないのだが……
「ぼ、僕は上原直樹といいます。上下の上に原っぱ、垂直の直に樹海の樹です」
うわ、平凡な名前……いや、なんでお前からなんだ? てかいらん文字講座まで開講してるし。お前の名前は俺の中でアキバ野郎に決定してるんだよ。もう変更不可だ。
「私は煎味美玲。美玲って呼んで下さい。よろしく?」
おお、これぞ高校生パワー、こんな短い自己紹介でも可愛らしい表現に溢れてる。いいねぇ……。
というか、皆俺の方を見てるぞ。てことは俺も自己紹介しなけりゃいかんのか。あの名前を言うのか。これが俺の人生で不利に働いた最大の原因であるというのに。
うわ、めっちゃ見てる。おいアキバ野郎、だんだんこっちに近づいてきてるんじゃねぇ。しょうがない、言うしかねぇか、言うぞ、言うぞ――
「撒布慕武……」
「え?」
「撒布慕武」
「変わった名前ですね。どういう字ですか?」
おい、アキバ野郎! それを聞くんじゃねぇ。しめるぞコラ。はぅ……美玲ちゃん、そんな興味津々な眼差しでこっちを見ないでくれ。ここは密室、逃げようにも逃げ場はない。心を決めて言うしかないか……
「撒き散らすの撒くに布、慕うに武士の武……」
そう、俺の名前は撒布慕武。読み方は『さんぶ したう』一見変わった名前だが、読み方を変えると『サップ ボブ』に華麗な変身を遂げる。
なんか昔の有名なK?1ファイターらしい。親は悪気はなかったらしいが、昔からこの名前が原因で茶化され、クラスの笑い者だった俺にとっては迷惑の何者でもない。親二人を毎日恨んでやったさ。
「へぇ、ホントに変わった名前ですねぇ。周りからも言われるでしょ、変わってるって」
そりゃそうさ、サップだからな。てかアキバ野郎は気付いてないらしいな、よかったよかった……っておい! 美玲ちゃんがクスクス笑いをしてるぞ! 可愛い!! てかバレたなこりゃ……なんでアキバにバレないのに美玲ちゃんにバレるんだよ! やっぱ世の中不満だらけだ。
美玲ちゃんはあえてアキバ野郎に言わなかったらしいが、この後美玲ちゃんは俺の名前を聞く度にクスクス笑うようになる。
俺は車を発進させた。
死ぬ場所は全会一致で海岸と決まっていたので、そこに向かわなければならない。
というか後ろに座っている連中は、これから自殺しようとしているとはとても思えなかった。意外にも、ものすごく話が盛り上がっているのだ、俺をさしおいて。
何が意外かって? 美玲ちゃんがアキバ野郎のオタ話についていってるからさ。なんだか知らんが二人ともパソコンに詳しいらしい。Dドライブはリコーがいいだ? ビデオカードだ? ジーフォースだ? これは日本語なのか?
「僕たち三人って気が合いますねぇ」
高速道に入った頃アキバが言った。
「そうですね?」
おい美玲ちゃん、そんな浅はかな考えで答えちゃっていいのかな? 調子に乗って付き合って下さいなんて言われたらどうするんだ……三人てことは俺も含まれてるのか?
「なんか、これから死ぬのが惜しくなってきた……うぅ……」
おいおい、数瞬前まで笑ってたと思ったら、もう泣き出したぞ。ホントに感情の起伏の激しい奴だな。
「大丈夫! 死んじゃえば惜しくもなんともないですよ! 元気出して下さい!」
み、美玲ちゃん。ロイヤルに、ストレートに、ブラックに言ったね。それもガッツポーズを見せながらとは……顔に似合わずすごいことやるなぁ。
アキバ野郎もなんだか青筋立っているように思える。こんな可愛い子からエグイ言葉が発せられるなんて思ってもみなかったんだろう。ざまあみやがれ。
「さ、最後にやりたいことなんてのは何かあるか?」
話題を変えようと、とっさに思いついたことを俺は述べた。まあどうせ無いだろうと癇くくっていたのだがな……
「遊園地……」
このようなところに出てくるばずがない言葉を聞いたような気がして、俺は聞き返してしまった。
「え?」
「遊園地……! そう、遊園地に行きたい!!」
美玲ちゃんは車の外を指さして言った。確かに高速道の高い車道からは大きな観覧車が見える。
そういえばここら辺には、日本屈指のテーマパーク『ディムトピア』があった。アトラクション数では日本最多の50種類を誇り、おしゃれな外観からデートスポットとしても有名である。
俺はその噂をよく耳にしていたが、行ったことはなかった。行ったことがないのなんて十人に一人くらいの割合だろうに。
「そういえばこの近くにはディムトピアがあるが……行くか?」
「行くーーー!!!」
「皆さんが行きたいのであれば……」
最後に行ってみるのもいいだろうと、俺もノリノリな気分になってきたので、俺は軽やかにハンドルをきり、高速の出口に向かう。
実際ディムトピアにはすぐに着いた。
高速を降りて数秒後には『ディムトピア この先三百メートル』という看板が見え、その五分後には駐車場の中だ。
やはり『日本屈指』だけあってものすごくでかい。まず駐車場の広さからして半端ない。東京ドームが入りそうな勢いの広さに車がびっしりと並んでいる。
美玲ちゃんも、
「うわー、大きいですねぇ。こんだけ車があったら私たちみたいな自殺志願者の一人や二人、いるかも知れないですね」
なんてブラックな感想を漏らしてくれる。
今日は平日だが、ここでは休日か否かなど関係ないらしい。
だがそれにも関わらず、すんなりと入園できた。まあ時間も時間だったから当たり前なのかもしれないが。
ついでに言うと、入場券(フリーパスともいうのか?)は俺が全員分の金を出した。もともと金には困っていなかったし、人生最後の日だ、どうにでもなろう。
中に入るとさすがの俺も感嘆の吐息を漏らさずにはいられなかった。
西洋風の町並みに、歴史を感じさせる作り、作り物なのだろうがどっからどう見ても本物にしか見えない。
まるで外国に来た気分だ。デートスポットというのにも頷ける。
「わ? すごいですね? さあ、とりあえずどれか乗りましょう。ぐずぐずしている暇はありませんよ?」
美玲ちゃんが素っ気ない賛美を述べて、俺とアキバ野郎の手をつかんで引いていく。
ホントに女子高校生らしい、こっからどうやればこれから死に逝く者が創造できるだろうか?
そう、忘れ去っていたが、どうして彼女は死のうとしているのだろうか? 俺はできれば彼女(ついでにアキバ)には死んで欲しくはない。
死を心から望んでいないように見えるからだ。それに死を決意している奴に全部とは言えないだろうが、人の痛みが解る奴が多い。ここにいる奴らはその部類であろう。やはり機会を窺って説得するべきか。
いや、だめだな……俺に止める権利など無い。いい奴らには違いないが、死にたいのなら好きなようにさせてやるべきであろう。
ふと気付くと、二人が俺の顔をのぞき込んでいるのに気付いた。考え事をしていたのがバレたらしい。
「ほーらシタウ君、そんな陰気くさい顔しないで下さいよぉ。まだ死ぬまでの時間はたっぷりあるんですから、今は楽しみましょうよ」
み、美玲ちゃん……励ましてくれているんだとは思うが、励ましになってないよ……ほら、アキバが隣で落ち込んじまってるだろう。でも、面白い奴らだ。
「そうだね、行こうか」
俺は含み笑いをして、美玲ちゃんの先導により、適当なアトラクションへと走っていった。
そういえば俺、笑ったの……久しぶり……かな?
その後俺達は存分に日本最大のアトラクションパークを堪能した。
ジェットコースターにも乗ったし、コーヒーカップにも乗った。垂直落下マシーンにも乗ったし、高速回転木馬にも乗った。
美玲ちゃんのチョイスは何故か絶叫系が多く、高速回転木馬などでは、アキバ野郎がシートベルトを擦り抜けて外にほっぽりだされるというアクシデントも発生した。
アキバ野郎は見た目以上に打たれ強く、奇跡的に無傷だったので、そのままこの奇妙な集団の徘徊の続行が決議された。
めぼしいものを乗り終わり、俺らは夕食の席に着いていた。
これが最後の晩餐になるんだろうかと考えながら、俺はふと思った。
この三人組は他から見ればどのような集団に見えるのだろうか? 考えてみればかなりの奇怪な集団だ。
私服なのは俺だけで、他の二人は制服に背広、普通ならばあり得ない組み合わせである。俺でもこんな集団を目撃した場合、何か良からぬことがあるのではないかくらいのことは考える。良からぬこと……まあ確かにあるのだがな……
「愉しかったですね? そろそろ出ますか? 遅くなっちゃったし」
「な、なあ」
「なんですか?」
今止めるべきだ。やはりこいつらを死なすのは惜しい。俺の第六感が止めろと切に訴えている。いくら自分が自殺しようとしたって、未来にまだ可能性がある者を巻き込んでいいという道理はない。今日の楽しい出来事が名残惜しくもあるが、ここは一人で死ぬべきであろう。もしこんな楽しい毎日が続くのであれば、俺にも生きてもいいんじゃないかくらいには思ったかも知れないが、俺だってこの世界の住人だ。それが不可能であることくらいは解っているつもりだ。だからせめてこいつらだけでも……
「お前らはまだ死ぬべきじゃない」
「…………」
二人とも沈黙してしまった。だが俺は話を続けた。
「お前らにはまだ未来がある。美玲なんてまだ今後の人生なんてどうにでもなるだろう。少なくとも俺は今日のことが楽しかったと思ったんだが、生きていれば今日みたいに楽しいことがまだまだ起こるかも知れないんだ。生きておけよ」
「そんな綺麗事は嫌いだな……」
「え?」
「私は死にますよ。私に未来なんて無いんです、もう神様から見放されてるんだから……そんな私の人生まで解ったようなことを言わないで下さい。私は死にます」
会って初めて美玲の顔が曇った。アキバは呆然としている。俺も同じことをするしかなかった。こんなにもはっきりと拒絶されるとは思わなかった。そしてこんなにも美玲の意志が強固だとは思ってもみなかった。
それに美玲の言葉も俺の中に響いた。俺が嫌いな人間、それは『他人の人生を解ったような口をきく奴』であったはずだ。その自分が一番嫌いなことを他人にやってしまうなんて、これは要らぬお節介に他ならない。最低だな……
俺は要らぬ説得をしたことを今更ながら猛烈に後悔した。
「すまん……」
俺にはこれしか言う言葉が見つからなかった。
しかし次の瞬間には美玲の顔は元の憂いを帯びた清々しい笑顔に戻っていた。
「私も言い過ぎました。ごめんなさいね」
「…………」
「あ! そうだ、最後に観覧車乗りません? ここの目玉じゃないですか、ヘヴンループって」
口論によって暗くなった空気をはらそうと、美玲が元気よく言った。
そういえばそんなモノもあったな。確かにここの観覧車は有名だ。高速道から見て解ったのだが、楕円の形をしているのだ。最高到達点が二百メートル、一周三十分というとんでもない怪物観覧車である。
「わかった、そこに行って終わりだ」
「はいっ」
「わかりました……」
アキバがそう最後に答えた。アキバは死にたくなさそうな顔をしてる……言い出せずにいるんだろう。こいつは途中で降ろしてやろうかね。
観覧車までは少し歩いた。まあ十五分くらいなのだが、この遊園地の広さをあらためて実感することになった。
「うわぁ? いっぱい並んでますねぇ。ちょうど混み時に来ちゃったかな?」
まあ当たり前っちゃ当たり前だ。ちょうど日が沈んで夜景が綺麗になってくる時に空いていたら、ディムトピアだってとうの昔に廃業になっているに違いない。
「並ぶしかないだろう、最後だし……」
「割り込みしちゃいます? 適当に脅せば入れてくれると思いますよぉ?」
「み、美玲ちゃん、最後の日だからってやけくそになってないかい?」
「え? いつもこんなもんですよぉ?」
おいおい、もしや今までそうやって割り込みしてたんじゃないだろうな? アキバ野郎が反応に困って愛想笑いのような気持ち悪い笑みを浮かべているぞ。
まあその後当然正規のルートで並んだわけだが、並んでいる間に観覧車の説明でもしようかね。
この観覧車はさっきも言った通りこのテーマパークの目玉で、楕円の形をしている。
普通の観覧車と何が違うかって? 上っていくときと下りていくとき、ほとんど垂直状態なのだ。もちろん中は常に地上と水平に保たれていて、絶叫的な要素はどこにもない。子供からお年寄りまでどんな年齢でも楽しむことができる。
また、最高到達点は二百メートルあり、そこからの景色はまさに絶景、障害物などあるはずがないので、三十分というゆったりとした時間の中で景色を存分に堪能できる。景色は昼間は富士山、夜は町の夜景、もうデートに来るならばここに行かずにどこに行く!?
……なんだかここの従業員のようにほめ尽くしたが、ディムトピア自体来ることが初めてな俺にとっては未知な存在であるため、不安要素が無くもない。
二百メートルといったらあれだろう、東京タワーの大展望台を越えているんではないか? 別に高所恐怖症なわけではないが、特別得意なわけでもない。苦手というんだろうな、こういうのは……だからとりわけ乗りたいとは思わないのだが……。
う、うわ、美玲ちゃん、眼がミラーボール顔負けの輝き放ってるよ……アキバはアキバで観覧車の構造に興味津々だし……まともなのは俺だけか。
美玲ちゃんは乗ったら乗ったで『こんなに高いならこっから自殺しちゃいます??』みたいなことを言うだろうし、アキバは外の景色を見て絶句&悶絶するだろう、賭けてもいいぞ。
お、こんなことをしている内に俺らの番が回ってきやがった。じゃあちょいと逝ってくら。
観覧車の中はなかなか広々としていて居心地よいモノだった。最大六人乗りらしい。内装も凝っていて、ディムトピアのイメージに合わせた西洋風の馬車のような印象を受ける。
アキバは高度パラメーターの役目を完璧に果たしていた。高度が上がるにつれて青ざめていくのが見て取れる。やはり俺の言った通りの結果になったな。
美玲ちゃんの方はというと、
「この観覧車が爆破されたらどれくらい人死にますかね??」
だった。そっちかい! と今にもツッコミを入れそうになったさ。
今の高度は百メートルくらいだろう、アキバの顔色が青から紫へと変わってきた頃、俺は美玲ちゃんがどことなく寂しそうな雰囲気を漂わせていることに気付いた。
表面上笑ってはいるが、内心恐怖に近い感情を抱いているに違いない。観覧車の高さからではないだろう。
やはりその年で自殺するなど怖いのだろうに。ましてや女の子だ、その恐怖はよりいっそうのものであろうに。だが、今までこの子はこの子なりに、いろんなことを思い、考え、そして自殺を決意したのだ。俺に止める権利なんてない。さっきは本当にお節介なことをしてしまった。
「さっきはすまなかったな……」
美玲の表情に見かねた俺は、たまらず声をあげた。
「シタウさん、なーにがですかぁ?」
美玲はこんな時でも笑顔を崩そうとはしなかった。こちらに可愛らしく小首を傾げて見せて、すっとぼけてみせる。
俺にはそれがやけに痛々しかった。
「レストランのことだよ。無駄なお節介を焼いちまった」
「あー、そんなのいいんですよぉ。昔のこと気にすると長生きできませんよぉ」
「俺は美玲とアキ……いや、直樹が楽しそうに話しているのを見て、こいつらにはまだまだ余裕があるんじゃないか、こいつらには一時の思いつきだけで死のうとしてるんじゃないか、とか思ったんだ。だけど違ったんだな。お前らは俺の知らない人生を歩んできた。俺もお前らの知らない人生を歩んできた。だから所詮、他人の人生を理解するなんて無理なんだよな。俺はそのことを忘れてた。『自分の人生は自分で決める』、当然のことだ。俺はもう他人の人生に口を挟んだりはしない」
「もーう、辛気くさいですよ。いいって言ってるじゃないですか」
「ぼ、僕は……」
突然美玲との会話をアキバが遮った。
「僕は、死ぬのをやめようと思います。今日の楽しい出来事を想像したら……死ねませんよ……まだまだ世の中にはこんなにも面白いことがあったんです。もしかしたらプログラマー以外にだって面白い仕事があるかも知れない……それに二人みたいなホントにいい人達だっているんです。世の中まだまだ捨てたモノじゃありません。自殺やめること……許してもらえますか?」
「もちろん」
俺は笑顔で言った。アキバ……見直したぞ、自分で決める勇気を持っていたか。お前が自分自身で決めたことを反対するわけないだろうが、いたら俺がぶっ飛ばしてやるさ。
「そっかー、直樹さん抜けちゃうんだね。よかったよかったぁ。直樹さん!! これからもがんばってくださいねぇ!!」
美玲は笑顔で言ったが、やはりその声には寂しさが入り交じっていた。
「美玲ちゃんも無理するんじゃないよ。笑ってるけど、結構きついでしょ?」
アキバが美玲を見やり言った。こいつも冴えないふりして、いろいろ見ているんだな。
ふと、美玲が先ほどまでとは明らかに違う笑みを浮かべた。何というか疲れたような、溜息と自嘲混じりの笑みであった。
「バレれてたのか……今まで苦しいことがたくさんあって、泣き飽きるくらいに泣いて、もう涙なんて出なくなっちゃった……だけど今日は本心からの笑いだったと思うよ。今までになく楽しかったから……」
「…………」
「だから確かにシタウくんの言ってることは解るの。こんなのがずぅーと、一生続くんだったら生きていたいよ。でもそんなこと無理でしょ? 次に私に幸せが訪れるのだっていつだか解らない。今の私には、幸せを待つことさえする余裕はないの。だから許して……」
俺はその時確かに美玲の涙を見た。
「…………」
俺、いやアキバもそうだろう。もう俺らには励ましの言葉は見つからなかった。俺らには彼女がどのようなことを抱えていたのかも解らなかったし、どのように励ませばいいかも解らなかった。人間はこんな時、自分の無力さを切に感じる。俺が振り絞って言った言葉がこれだ。
「君の……君の自殺志望理由は何なんだい?」
美玲は微笑んだ。そして俺の無神経な問いに答えてくれた。
「私……昔ここに来たことがあるんです、家族といっしょに。乗り物にもいっぱい乗ったし、この観覧車にも乗った。すごく楽しかったです。弟と手を繋いで両親二人の間に挟まれて歩くの……年頃の女の子が何やってるんだとか言われたけど、とっても暖かくて幸せだったんです」
俺はこの時猛烈に嫌な予感を感じた。
「その……両親は……?」
「この前、家に強盗が入って……ちょうど居合わせちゃったらしんですよ、私を除いた家族三人が……それで口封じに殺されたんです。私もそこで殺されていたらな、と何度も思いましたよ……でも運命っていうものは変えられないんですね……」
いや、まさかそんなはずはないだろう。だって、あれは……
俺は聞いた。
「それはいつのことだい?」
「だいたい一ヶ月前かな……?」
これは運命のいたずらなのだろうか。神がいるならば、これから俺に何をさせようというのだろうか。俺には解らない、信じられない、世界というモノはどこまで残酷なのだろうか。神はどこまで俺を苦しめるのだろうか。
美玲の両親を殺したのはこの俺だ。
「私、今は祖父の家に住まわしてもらってるんです。でも耐えられないんですよ、やっぱり。家族みんなが私のことを呼んでるような気がするんです。犯人を恨んで、復讐するって手もありますけど……復讐した後だってもう死ぬだけだろうし、昔のことを気にしてもしょうがないし……ね? もう死ぬしかないでしょう」
満面の笑みであった。だがその時の俺は、それを真正面から受け取ることなどできなかった。
俺が強盗を行った日時も大体一ヶ月前くらいだったのだ。まさかとは思ったが、実際『煎味』なんて変わった名前が何個もあるはずがない。
つまり、俺が美玲の両親を殺したことは決定的である。
俺はその日、割かし大きい家を選りすぐって、警備が薄く、あまり人目の付かない家を選んだ。空き巣に入るためにだ。中に人がいないことを確認し、無用心にも開いていた窓から入って金を盗み出したのだ。その家の箪笥には大よそ百万くらいの金が入っていて、久しぶりの大量だと喜んだ矢先であった。金を抱えて玄関から家を出ようとしていたとき、その家の家族三人に鉢合わせしてしまったのだ。俺は付近の住人にできるだけ怪しまれないために、覆面などの顔を隠すものを持っていなかった。そのお陰でもろに顔を見られてしまったのだ。
俺はあせった。捕まることも覚悟した。もう俺の人生は終わりだとも思った。だがその瞬間、俺に驚いた父親が倒れたのだ。その拍子に地面に強く頭を打って身動きしなくなってしまった。まさかこんなことで大怪我を負うとは思っていなかった俺は救急車を呼ばなければと思った。だがその時、俺には悪魔のささやきが聞こえてしまったのだ。
『殺してしまえ、殺してしまえば捕まらずに、今までどおりの生活が送れるんだぞ、殺せ!!』
結局俺は悪魔のささやきに耳を貸してしまった。玄関においてあった置物で、父親の後頭部に追い討ちをかけ、母親と小さな子供にまで手をかけた。
これで俺はまたいつもどおりの生活を過ごせるのだと思った。金はあそこから奪った金があったし、何も苦労することはない。
しかし、俺は犯行の数日後、極度の後悔に襲われることとなる。金だけのために人を殺した自分が信じられなかった。そして警察に怯える日々……自殺しかなかった。
そして今、この奇妙な二人と一緒に過ごせたら楽しそうだなどと考えた俺が莫迦だった。俺に安息の地はなかったのだ。一度犯罪を犯した者はどこまでも恐怖という名の追跡者に追われることとなる。もう嫌だ。逃げたい。この世界なんて無くなってしまえばいい!!
「どうしたんですか?」
不意に何も知らない美玲が話しかけてきた。そういえば話の途中だったな、全然聞いていなかったが……。
「なんだか青ざめてますよぉ」
「大丈夫」
俺は無理矢理笑って見せた。なんとかこの状況を脱しなければならない。俺はもう十分に苦しんだ、これ以上苦しむのなど真っ平ごめんだ。
「もしかして……」
「……?」
「あの時のこと、思い出しちゃいました?」
運命の歯車はどこから狂いだしていたのだろう。美玲がいつもの憂いを帯びた笑顔に戻っている。
「な、なんのことだ?」
「やだなー、忘れっちゃったんですか? あの時私、隠れて見てたんですよぉ」
美玲は『あの時』のことを知っていた。どういうことなのだろう、世界が音を立てて崩壊していく。
「知っていたのか……? 最初から……」
「う?ん……そうでもないですよ。似ているなぁとは思ってたんですけど、確信を得たのは今ですね」
「じゃあ何故冷静を保っていられるんだ……!?」
「言ったじゃないですか。昔のことは気にしないって」
絶句した。
俺は神に遊ばれていただけなのだろうか。それとも、神が然るべき制裁を与えるためにこのような処置を下したのだろうか。わからない……わからない……わからない……
「じゃあ一緒に死にましょう」
俺の思考を読み取ったように、突然美玲に手を引かれた。その手は先ほど遊園地の入り口で自分を引いた手とは思えないほど、冷たく、全く生気が感じられない手であった。
何故か手を引かれた先では、今まで閉まっていたはずの観覧車のドアが開いている。
「そうか、これはあの世に続く扉……」
俺は笑い、呟いた。
「そうだな……逝こうか……」
観覧車は先ほどと変わらず、ゆっくりと、そして軽快に回っている。
そう、まるで時とは止まることは無いと、運命とは不変だと、示唆するように……
エンディング
以前、幸福=不運だと言ったやつは誰だったか……俺には思い出せない。
だが俺は最近、これはこれで正しいんじゃないか、とも思うようにもなってきた。
例えば、俺の今の状況を見て、幸福だと思うやつはいないだろう? だが、もし俺が観覧車に乗るのに反対したら、もし俺が美玲の自殺理由など聞かなければどうなっていただろう。
絶対ではないが、ハッピーエンディングを迎えられたかもしれない。
そう、俺には幸福にも不幸にも繋がる道があったわけだ。俺は運悪く不幸というクジを引いてしまったが、ちゃんと俺の運命は平等に与えられていたのだ。
驚きだろう? 俺も驚きだよ。幸福と不運は表裏一体、これはつまり幸福=不運の方程式が成り立つことが示されているんではないか……?
「おい、やっぱり――」
後書き
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