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作品ID:574
こちらの作品は、「お気軽感想希望」で、ジャンルは「一般小説」です。
文字数約2215文字 読了時間約2分 原稿用紙約3枚
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悲しみの水閘
作品紹介
私は、初めて「悲しみ」を感じた。
悲しみに囚われた私は、悲しみに捕食された。
悲しみ。
目が覚めると、私は悲しみと繋がっていた。
悲しみに囚われた私は、悲しみに捕食された。
悲しみ。
目が覚めると、私は悲しみと繋がっていた。
黒くて冷たくて粘性のある液体が、私の中に流れ込んでくるのが分かった。そうか。これは、私が悲しんでいるからそう感じるのか。このコールタールみたいなものは、私の思い描いた悲しみの具現なんだ。
涙が零れている。あとからあとから、地面に投身自殺をする私の涙は、全部床の染みになってしまった。なんでこんなに黒い悲しみに囚われなければならないのだ。
痛みで泣く。身を引き裂かれる、悲しみの痛み。
私の涙は、清くはない。
* * *
誰かの死を知っていれば、それよりも他につらい事なんてなかっただろう。こんな悲しみを知るよりも先に、親戚の葬儀に連れられれば、黒く染まった悲しみとは無縁だっただろう。
眼を閉じた。展開するイメージの中で、私は黒くて粘り気のある悲しみで出来た沼に立っていた。
悲しみはうごめき、私は四肢を絡めとられる。自由を望んで、無理して腕を動かそうとして、もがいてもそれは私を逃がそうとしない。やがて黒い悲しみは腐臭のする大口を開け、私を捕食する。
牙もなく、舌もない口は器用に私を嚥下して胃袋へと転がす。
そこには、赤く潰れたトマトの死骸がへばりついている。トマトではなかった。それは悲しみと共存する、腫瘍だった。
血糊のこびりついた肉壁の収縮に合わせて、四方から胃液が噴き出てくる。入口の襞につかまっていた私も、迫ってくる胃液に気おされて手を離してしまう。
浮遊感と、腐った肉の匂いの大気が頬を撫でて、私は黄色い胃液の海に落ちる。
ドボン。
目を開けても、視界は暗いまま。全身を舐めるように、気泡が私の身体に纏わりつきはじめる。
私は、悲しみに食われて溶かされる過程をなぞっている。溶けた私は悲しみの一部になる。悲しみは、異物だった私をならして、綺麗に体に溶かし込んでくれる。
悲しみが満腹になると寝息を立てる。私の全身は溶け、意識を失う。
次に目が覚めた時、悲しみによって再構築された私は、悲しみの中で細長い管と繋がっていた。
生臭い体内で、私は全身を悲しみの肉で覆われたまま思考する。
悲しみの黒さ。それは同時に私の黒さでもある。黒い悲しみを透かした外界の光が、稀に見える。
声を出さない悲しみは、私を飲んだおかげで声を手に入れた。溶けた私の一部たちは、声を張り上げて泣き叫ぶ。
黒い悲しみの一部になった自分を憎む。悲しみを殺して、その一部となった醜い自分も一緒に殺してしまいたい。私は、沼だった悲しみから自由を得る。
不定形の悲しみは、私を飲んで形を得る。醜悪な、人間の形。
二本の足で、悲しみは歩く。黒い足形を残し、悲しみは歩いた道を残す。
悲しみは私が統べる。悲しみの一部として、悲しみの足を谷へと向かわせる。
私は悲しみの一部。悲しみは、私の一部。
悲しみは知らずの内に谷に向かっている。不定形が膨らんで出来た頭と目玉と鼻と口の全部は、谷底へと続く方を向いている。
手に入れた自由を愛しく思う悲しみは、私を飲んだことを喜んでいる。悲しみだって喜ぶことがあるのだと、悲しみの一部になった私は思う。
自由は私が制御した。私を悲しみにした悲しみを、私は許さない。
悲しみは谷に着く。
悲しみは谷の底を見下ろす。
私の足は、悲しみを谷底へ連れていく。
悲しみは自分で足を踏み出した。私が踏み出そうとする前に。
悲しみは谷へと落ちていく。
悲しみが、私の身体から剥がれるように落下の風圧で散っていく。黒い悲しみの血肉が、吹き散らされて、黒い涙のように形を空気抵抗で歪ませて消えていく。
悲しみと繋がっていた糸をそのままに。
私は谷底へ落ちていく。
私は、悲しみによって殺される。
悲しみは、私をくるむ布になって谷底へ叩き付けられる前に私を庇った。
衝撃をくまなく受け止めた悲しみは、床に零した墨のように飛び散って死んだ。
私から伸びた糸は、潰れた悲しみと繋がっていた。
今は垂れ、分解されるようにその糸は溶けていく。
悲しみは私から消えた。
それでも、私が悲しみだった記憶が私の中から離れない。
私は、悲しみを使役し、悲しみは私を使役していた。
悲しみは、そのときだけ私だった。
私は、悲しむ私を殺した。
谷底へ飛び降りた悲しみは、私を残して死んだ。
谷底は寒い。暗くて、孤独だ。私は悲しみの一部だったとき、自分とよく似た体温を得ていた。
その時の私は、一人ではなかった。
悲しみの黒さが私だとしたら、世界の誰かの悲しみはどんな色をしているだろう。
食べられたら、体の中はどんなだろう。どんなにおいが立ち込めているだろう。
どれだけ、優しい奴だろう。
私は寒くて、暗い谷底をひとりで歩いていく。
私は憎悪した悲しみはもういない。けれど、体の一部を失ったような喪失感は、私の中からいなくならない。
谷底を抜けたら何があるだろう。
美しい外界の光に包まれていく。
「悲しみのいない今の私は、世界がきっと前よりも美しく見える気がする」
私は黒い影に向かって、そう語りかけた。
誰かにかけた、初めての声だった。
涙が零れている。あとからあとから、地面に投身自殺をする私の涙は、全部床の染みになってしまった。なんでこんなに黒い悲しみに囚われなければならないのだ。
痛みで泣く。身を引き裂かれる、悲しみの痛み。
私の涙は、清くはない。
* * *
誰かの死を知っていれば、それよりも他につらい事なんてなかっただろう。こんな悲しみを知るよりも先に、親戚の葬儀に連れられれば、黒く染まった悲しみとは無縁だっただろう。
眼を閉じた。展開するイメージの中で、私は黒くて粘り気のある悲しみで出来た沼に立っていた。
悲しみはうごめき、私は四肢を絡めとられる。自由を望んで、無理して腕を動かそうとして、もがいてもそれは私を逃がそうとしない。やがて黒い悲しみは腐臭のする大口を開け、私を捕食する。
牙もなく、舌もない口は器用に私を嚥下して胃袋へと転がす。
そこには、赤く潰れたトマトの死骸がへばりついている。トマトではなかった。それは悲しみと共存する、腫瘍だった。
血糊のこびりついた肉壁の収縮に合わせて、四方から胃液が噴き出てくる。入口の襞につかまっていた私も、迫ってくる胃液に気おされて手を離してしまう。
浮遊感と、腐った肉の匂いの大気が頬を撫でて、私は黄色い胃液の海に落ちる。
ドボン。
目を開けても、視界は暗いまま。全身を舐めるように、気泡が私の身体に纏わりつきはじめる。
私は、悲しみに食われて溶かされる過程をなぞっている。溶けた私は悲しみの一部になる。悲しみは、異物だった私をならして、綺麗に体に溶かし込んでくれる。
悲しみが満腹になると寝息を立てる。私の全身は溶け、意識を失う。
次に目が覚めた時、悲しみによって再構築された私は、悲しみの中で細長い管と繋がっていた。
生臭い体内で、私は全身を悲しみの肉で覆われたまま思考する。
悲しみの黒さ。それは同時に私の黒さでもある。黒い悲しみを透かした外界の光が、稀に見える。
声を出さない悲しみは、私を飲んだおかげで声を手に入れた。溶けた私の一部たちは、声を張り上げて泣き叫ぶ。
黒い悲しみの一部になった自分を憎む。悲しみを殺して、その一部となった醜い自分も一緒に殺してしまいたい。私は、沼だった悲しみから自由を得る。
不定形の悲しみは、私を飲んで形を得る。醜悪な、人間の形。
二本の足で、悲しみは歩く。黒い足形を残し、悲しみは歩いた道を残す。
悲しみは私が統べる。悲しみの一部として、悲しみの足を谷へと向かわせる。
私は悲しみの一部。悲しみは、私の一部。
悲しみは知らずの内に谷に向かっている。不定形が膨らんで出来た頭と目玉と鼻と口の全部は、谷底へと続く方を向いている。
手に入れた自由を愛しく思う悲しみは、私を飲んだことを喜んでいる。悲しみだって喜ぶことがあるのだと、悲しみの一部になった私は思う。
自由は私が制御した。私を悲しみにした悲しみを、私は許さない。
悲しみは谷に着く。
悲しみは谷の底を見下ろす。
私の足は、悲しみを谷底へ連れていく。
悲しみは自分で足を踏み出した。私が踏み出そうとする前に。
悲しみは谷へと落ちていく。
悲しみが、私の身体から剥がれるように落下の風圧で散っていく。黒い悲しみの血肉が、吹き散らされて、黒い涙のように形を空気抵抗で歪ませて消えていく。
悲しみと繋がっていた糸をそのままに。
私は谷底へ落ちていく。
私は、悲しみによって殺される。
悲しみは、私をくるむ布になって谷底へ叩き付けられる前に私を庇った。
衝撃をくまなく受け止めた悲しみは、床に零した墨のように飛び散って死んだ。
私から伸びた糸は、潰れた悲しみと繋がっていた。
今は垂れ、分解されるようにその糸は溶けていく。
悲しみは私から消えた。
それでも、私が悲しみだった記憶が私の中から離れない。
私は、悲しみを使役し、悲しみは私を使役していた。
悲しみは、そのときだけ私だった。
私は、悲しむ私を殺した。
谷底へ飛び降りた悲しみは、私を残して死んだ。
谷底は寒い。暗くて、孤独だ。私は悲しみの一部だったとき、自分とよく似た体温を得ていた。
その時の私は、一人ではなかった。
悲しみの黒さが私だとしたら、世界の誰かの悲しみはどんな色をしているだろう。
食べられたら、体の中はどんなだろう。どんなにおいが立ち込めているだろう。
どれだけ、優しい奴だろう。
私は寒くて、暗い谷底をひとりで歩いていく。
私は憎悪した悲しみはもういない。けれど、体の一部を失ったような喪失感は、私の中からいなくならない。
谷底を抜けたら何があるだろう。
美しい外界の光に包まれていく。
「悲しみのいない今の私は、世界がきっと前よりも美しく見える気がする」
私は黒い影に向かって、そう語りかけた。
誰かにかけた、初めての声だった。
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