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作品ID:592
こちらの作品は、「感想希望」で、ジャンルは「一般小説」です。
文字数約4190文字 読了時間約3分 原稿用紙約6枚
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■遠藤 敬之 ■a10 ワーディルト ■ある住民 ■くりいむぱんっ!
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし /
父と子。森の淀みにて。
作品紹介
僕は、眠る前にお父さんのお話を聞く。
父さんは、とっても怖い夜のお話を始めた。
夜が更けるころのお話。
父さんは、とっても怖い夜のお話を始めた。
夜が更けるころのお話。
さあ、どこから話しただろうか? ……そうだったそうだった。
黒服の男が、少年をその手にかけたところからだったか。
男は少年が静かになった後、彼の首に残った自身の手形を目立たせないように男は少年を担いで近くの谷へ向かった。少年を殺した現場は深い森だった。そう。木の生い茂る、深い森だ。あんな時間に、あそこへ向かう酔狂な人など他にいるはずもない。
ん? どうして男の子が男についていったのかって? さっき話しただろう? もう忘れたのか?
少年をそこまで連れて行くことは、黒服の男にとっては造作もない事だったんだ。
何故かわかるかい?
……男は狡猾なやつだった。男は、少年に目を付けた時、その少年と仲良くなるためにずっと頑張っていたんだ。少年の警戒を解き、暗い森で親に内緒で肝試しに行こうと誘えるくらいにな。
よくそこまで頑張ったものだよ。……それでも、男は少年と仲良くなりたかったんだ。少年と仲良くなってから、男は自分の本当の望みをついに決行しようとしたんだ。
男は少年を誘い込んだ森の奥で、殺した。
帰る途中で男はいつも同じ看板を見る。薄着の女性が、掴んだ赤黒い缶の飲み物をこちらに見せびらかしている看板だ。
男はその看板を見ながら、いつもきまって酷い後悔に襲われる。
少年は最後まで自分のことを信じていた。
最初は男の悪ふざけだろうと。そして、いよいよ締める手の力が強くなってくると、息も絶えそうな声で、涙ながらに男のことを呼んだのだ。
……お父さん、そこがたまらなく辛くてな。
お前に話すのは怖い話のつもりだったんだけど、悲しいお話になっちゃったかな。
本当は、お前を殺すつもりで近づいたんだって、男は言いたかったんだけど、結局、その子は死んじゃったよ。
***
僕は震えていた。
おじさんに聞かせられている怖い話が、こんなにも怖いとは思ってなかった。怖くておしっこに行きたくなっちゃったな……。
漏れちゃいそう……。
「……お、父さん。おしっこ行ってきてもいい?」
お話の途中で行くと、おじさんはすぐにお話を忘れちゃうから早く行かないと。
「どうした、父さんのお話で怖くなっちゃったか」
「……うん。ちょっと行ってくるよ」
***
「……おじさん?」
「……俺のことは、父さんと呼んでくれと言ったはずだ」
――。
「……この森の中じゃ、君を見つける捜索隊も、俺を追い詰める名探偵も、でてきやしない」
「……痛いよ……おじさん、ぐ、苦しいよ!」
「父さんはな、大丈夫だ。他からは疑われたりしないぞ」
「だって、警察官なんだからな」
――。
「……ごめんな。父さん、悪い父さんだ」
「ぐっ、う、ふぐっ!」
――。
「……いい子だ。父さん、お前に会えてよかったよ」
「ここで、ゆっくりとお休み」
***
逃げなきゃ。
あのおじさんは怖い人だ! 僕に聞かせた怖い話は本当のことだったんだ。
見せてくれた警察手帳は本物だったけど、信じちゃいけなかった!
僕は急いでおじさんの小屋から出る。
おじさんは僕が逃げ出したことにきっと気がつく。
この後、おじさんは僕を肝試しに誘うつもりだ。そしたら僕は殺される!
***
子供が逃げたようだ。
今まで殺した子供よりも、聡い子だったらしい。選別を誤ったようだ。
まあいい。
小屋まで連れてこられたのなら、もうあの子供に逃げ場はない。
俺は壁にかかった黒いコートと皮の手袋を両手にはめる。
俺は絞殺が一番好きだ。紐やロープを使わずに、手のひらであのか細い首を包むようにして締める。締め上げる。
少年の身体を無為に傷つけることがなく、そして締め上げる過程で苦しみ、うっ血していく彼らの表情を眺めていると腹の底から震えるようなとてつもない悲しみに襲われるのだ。
それがたまらなく心地いい。死にいく子供たちに同情してやれる俺は、なんていい父親なんだ。俺が、あの子たちの最高の父親だ。
幾人も殺した。
あの子も、懇願してくれるだろうか。痛切に、綺麗な涙をぽろぽろと零して。
俺に、助けてお父さんと、必死に訴えてくれるだろうか。
***
がむしゃらに僕は山を下りるように逃げた。
ここまでの道のりは分からなかった。乗せられた車のガラスには、黒いシートが貼られていて外の風景が見えなかったから。
シートに気づく前に、おじさんが普通を装って話を振った時に見えた、コーラの看板さえ見つけられれば僕は街に出られる。
その時に気づくべきだったんだ。おじさんが子供の首を絞めて殺すのが趣味の、殺人鬼だったということを。自分のことをお父さんと呼んでと言った頃から、少しでも疑えばよかった。
「わっ、あああ!!」
木の根に躓き、僕は足を取られた。地面に体の前をしこたまぶつけて、泥だらけになる。手を強く打って、足はすり傷だらけになった。それでも飽き足らず、傾いている山の斜面は、僕をボールみたいに蹴っ飛ばし続けた。
痛い。どこか逃げるのに困るような怪我をしたかもしれない。
けれど、あのおじさんは傷の痛みを慰めてくれる、僕の本当のお父さんじゃなかった。
僕は立ち上がる。
その時、後ろから懐中電灯の光に照らされた。
「こらこら、話の途中じゃないか。心配になって探しちゃったぞ。はやく、小屋へ戻りなさい! トイレはもう終わったんだろう!」
おじさんの声がする。
僕は構わず走り出した。
「待て!!」
おじさんは、懐中電灯を振りかざして追っかけてきた。血走った眼。叫ぶ度に飛び散る唾。
僕を逃がさないよう必死なんだ。
足が痛いけど、僕は木の枝を潜り抜けるようにして逃げる。
ほっぺたを枝で引っかいた。
「待て! 止まれ!」
今までになく力強い制止の声が、すぐ後ろで聞こえる。
***
梢を抜けると、舗装された道路が見えた。とうとう山を抜けたんだ。僕は車道の果てを見るために目を細める。反対側を見るために振り返った。
急がないとおじさんが追ってくる。
僕のすぐ後ろから、何と言っているのか分からない怒号が聞こえた。
振り向くと、ここへ連れて来られた時に見たあの看板が見えた。コーラの缶を見せつける、薄着の女性の張り付いた笑顔が頭に浮かぶ。
歩こう。いや、走らなくちゃ。手足の擦り傷にも慣れた僕は、疲れ切っているはずの四肢を動かした。大きく振って、地面を蹴りつけてやる。おじさんはまだ追ってくる。
怖い話に出てくる殺人鬼と、おじさんは同じ格好をしていた。黒いコートと皮の手袋が夜の暗闇に浮かび上がってみえる。
怪物だ。
きっとおじさんは何人も僕みたいな子供をさらってはあの手で首を絞め殺してきたんだ。
目指していた看板に着いた。
全身にみなぎっていた力の供給がぷっつりと途切れ、僕はそこでへたり込んでしまった。
もう無理だ。これ以上、僕は歩けないよ。
表情をつくる気力もなくなって、僕は近づいてくるおじさんと、目の前にそびえたつ看板を仰いだ。
見上げていた僕を、夜を切り裂くような真っ白い光が横から照らし出した。思考が、まだ追い着いていなかった。
トラックだった。
「うそ……」
ヘッドライトが大きな目玉みたいだ。その姿は、一秒も立たないうちに膨れ上がっていく。
狙われた獲物は、僕だった。
――「あぶないッ!!」
すくんで動けなかった僕を思い切り突き飛ばした声は、破砕音でかき消された。
僕は道路沿いに広がっていた畑の中を、成す術もなく転がった。土の上を何度も跳ねて、畑のうねに嵌ってようやく止まった。地面が柔らかかったおかげで、僕は大きな怪我をせずに済んだらしい。
口に入った土を唾と一緒に吐き出して、体の泥を払っていると、ふと視界の端に映り込んだものがあった。
「え、……これ、っ! ……うぅおぇえええッ」
それがなんなのか気づいたとき、僕はお腹の中の全部を畑にぶちまけた。涙と鼻水。そしてよだれで僕の顔はドロドロになった。ズボンは僕の吐しゃ物でずぶ濡れだ。
野菜畑に紛れるように、革手袋の着いた人間の腕が転がっていた。何かとても強い力で引っ張られ、無理やりちぎれたみたいな粗い断面図だった。骨みたいな欠片と、人の皮がついた肉が道路の方からまき散らされて散らばっている。
誰かをつきとばしたそのまま、固まって動かなくなったのかな。突き出されたその手のひらは、もう何も掴むことはないんだろう。
さっき僕を突き飛ばしたのは、おじさんだったのかもしれない。
のろのろと起き上がって、僕はトラックが通過した道路に向かって歩き出す。
トラックが突っ込んだことでひしゃげ、根元からポッキリと折れた看板が畑に突き刺さっている。におい立つ濃厚な鉄の香りを帯びた太い車輪の跡。車輪に絡まったコートの切れ端と、大量の髪の毛。元はどんな形をしていたのかも分からない、赤々とした人間大の肉の塊が看板の柱とトラックの車体とで潰されていた。
僕は、おじさんが轍になったことを悟った。
赤黒い轍を視線でたどると、トラックの近くに血まみれの警察手帳が落ちていることに気づいた。
傷だらけの体を引きずって、手帳を拾い上げた。開いて、なかに映る写真を見てもそれが本当におじさんだったのかはもう比べようがない。僕の記憶の中に残るおじさんは、おじさんだけだったから。
「ここに、警察も探偵も来ない。そうなんだろ。……おじさん」
僕は警察手帳をポケットに突っ込んで、倒壊した看板のある方へと歩き出す。
それでも僕を助けたおじさんは、お父さんにはなれなくても、そのどこかは警察官であったかもしれない。
黒服の男が、少年をその手にかけたところからだったか。
男は少年が静かになった後、彼の首に残った自身の手形を目立たせないように男は少年を担いで近くの谷へ向かった。少年を殺した現場は深い森だった。そう。木の生い茂る、深い森だ。あんな時間に、あそこへ向かう酔狂な人など他にいるはずもない。
ん? どうして男の子が男についていったのかって? さっき話しただろう? もう忘れたのか?
少年をそこまで連れて行くことは、黒服の男にとっては造作もない事だったんだ。
何故かわかるかい?
……男は狡猾なやつだった。男は、少年に目を付けた時、その少年と仲良くなるためにずっと頑張っていたんだ。少年の警戒を解き、暗い森で親に内緒で肝試しに行こうと誘えるくらいにな。
よくそこまで頑張ったものだよ。……それでも、男は少年と仲良くなりたかったんだ。少年と仲良くなってから、男は自分の本当の望みをついに決行しようとしたんだ。
男は少年を誘い込んだ森の奥で、殺した。
帰る途中で男はいつも同じ看板を見る。薄着の女性が、掴んだ赤黒い缶の飲み物をこちらに見せびらかしている看板だ。
男はその看板を見ながら、いつもきまって酷い後悔に襲われる。
少年は最後まで自分のことを信じていた。
最初は男の悪ふざけだろうと。そして、いよいよ締める手の力が強くなってくると、息も絶えそうな声で、涙ながらに男のことを呼んだのだ。
……お父さん、そこがたまらなく辛くてな。
お前に話すのは怖い話のつもりだったんだけど、悲しいお話になっちゃったかな。
本当は、お前を殺すつもりで近づいたんだって、男は言いたかったんだけど、結局、その子は死んじゃったよ。
***
僕は震えていた。
おじさんに聞かせられている怖い話が、こんなにも怖いとは思ってなかった。怖くておしっこに行きたくなっちゃったな……。
漏れちゃいそう……。
「……お、父さん。おしっこ行ってきてもいい?」
お話の途中で行くと、おじさんはすぐにお話を忘れちゃうから早く行かないと。
「どうした、父さんのお話で怖くなっちゃったか」
「……うん。ちょっと行ってくるよ」
***
「……おじさん?」
「……俺のことは、父さんと呼んでくれと言ったはずだ」
――。
「……この森の中じゃ、君を見つける捜索隊も、俺を追い詰める名探偵も、でてきやしない」
「……痛いよ……おじさん、ぐ、苦しいよ!」
「父さんはな、大丈夫だ。他からは疑われたりしないぞ」
「だって、警察官なんだからな」
――。
「……ごめんな。父さん、悪い父さんだ」
「ぐっ、う、ふぐっ!」
――。
「……いい子だ。父さん、お前に会えてよかったよ」
「ここで、ゆっくりとお休み」
***
逃げなきゃ。
あのおじさんは怖い人だ! 僕に聞かせた怖い話は本当のことだったんだ。
見せてくれた警察手帳は本物だったけど、信じちゃいけなかった!
僕は急いでおじさんの小屋から出る。
おじさんは僕が逃げ出したことにきっと気がつく。
この後、おじさんは僕を肝試しに誘うつもりだ。そしたら僕は殺される!
***
子供が逃げたようだ。
今まで殺した子供よりも、聡い子だったらしい。選別を誤ったようだ。
まあいい。
小屋まで連れてこられたのなら、もうあの子供に逃げ場はない。
俺は壁にかかった黒いコートと皮の手袋を両手にはめる。
俺は絞殺が一番好きだ。紐やロープを使わずに、手のひらであのか細い首を包むようにして締める。締め上げる。
少年の身体を無為に傷つけることがなく、そして締め上げる過程で苦しみ、うっ血していく彼らの表情を眺めていると腹の底から震えるようなとてつもない悲しみに襲われるのだ。
それがたまらなく心地いい。死にいく子供たちに同情してやれる俺は、なんていい父親なんだ。俺が、あの子たちの最高の父親だ。
幾人も殺した。
あの子も、懇願してくれるだろうか。痛切に、綺麗な涙をぽろぽろと零して。
俺に、助けてお父さんと、必死に訴えてくれるだろうか。
***
がむしゃらに僕は山を下りるように逃げた。
ここまでの道のりは分からなかった。乗せられた車のガラスには、黒いシートが貼られていて外の風景が見えなかったから。
シートに気づく前に、おじさんが普通を装って話を振った時に見えた、コーラの看板さえ見つけられれば僕は街に出られる。
その時に気づくべきだったんだ。おじさんが子供の首を絞めて殺すのが趣味の、殺人鬼だったということを。自分のことをお父さんと呼んでと言った頃から、少しでも疑えばよかった。
「わっ、あああ!!」
木の根に躓き、僕は足を取られた。地面に体の前をしこたまぶつけて、泥だらけになる。手を強く打って、足はすり傷だらけになった。それでも飽き足らず、傾いている山の斜面は、僕をボールみたいに蹴っ飛ばし続けた。
痛い。どこか逃げるのに困るような怪我をしたかもしれない。
けれど、あのおじさんは傷の痛みを慰めてくれる、僕の本当のお父さんじゃなかった。
僕は立ち上がる。
その時、後ろから懐中電灯の光に照らされた。
「こらこら、話の途中じゃないか。心配になって探しちゃったぞ。はやく、小屋へ戻りなさい! トイレはもう終わったんだろう!」
おじさんの声がする。
僕は構わず走り出した。
「待て!!」
おじさんは、懐中電灯を振りかざして追っかけてきた。血走った眼。叫ぶ度に飛び散る唾。
僕を逃がさないよう必死なんだ。
足が痛いけど、僕は木の枝を潜り抜けるようにして逃げる。
ほっぺたを枝で引っかいた。
「待て! 止まれ!」
今までになく力強い制止の声が、すぐ後ろで聞こえる。
***
梢を抜けると、舗装された道路が見えた。とうとう山を抜けたんだ。僕は車道の果てを見るために目を細める。反対側を見るために振り返った。
急がないとおじさんが追ってくる。
僕のすぐ後ろから、何と言っているのか分からない怒号が聞こえた。
振り向くと、ここへ連れて来られた時に見たあの看板が見えた。コーラの缶を見せつける、薄着の女性の張り付いた笑顔が頭に浮かぶ。
歩こう。いや、走らなくちゃ。手足の擦り傷にも慣れた僕は、疲れ切っているはずの四肢を動かした。大きく振って、地面を蹴りつけてやる。おじさんはまだ追ってくる。
怖い話に出てくる殺人鬼と、おじさんは同じ格好をしていた。黒いコートと皮の手袋が夜の暗闇に浮かび上がってみえる。
怪物だ。
きっとおじさんは何人も僕みたいな子供をさらってはあの手で首を絞め殺してきたんだ。
目指していた看板に着いた。
全身にみなぎっていた力の供給がぷっつりと途切れ、僕はそこでへたり込んでしまった。
もう無理だ。これ以上、僕は歩けないよ。
表情をつくる気力もなくなって、僕は近づいてくるおじさんと、目の前にそびえたつ看板を仰いだ。
見上げていた僕を、夜を切り裂くような真っ白い光が横から照らし出した。思考が、まだ追い着いていなかった。
トラックだった。
「うそ……」
ヘッドライトが大きな目玉みたいだ。その姿は、一秒も立たないうちに膨れ上がっていく。
狙われた獲物は、僕だった。
――「あぶないッ!!」
すくんで動けなかった僕を思い切り突き飛ばした声は、破砕音でかき消された。
僕は道路沿いに広がっていた畑の中を、成す術もなく転がった。土の上を何度も跳ねて、畑のうねに嵌ってようやく止まった。地面が柔らかかったおかげで、僕は大きな怪我をせずに済んだらしい。
口に入った土を唾と一緒に吐き出して、体の泥を払っていると、ふと視界の端に映り込んだものがあった。
「え、……これ、っ! ……うぅおぇえええッ」
それがなんなのか気づいたとき、僕はお腹の中の全部を畑にぶちまけた。涙と鼻水。そしてよだれで僕の顔はドロドロになった。ズボンは僕の吐しゃ物でずぶ濡れだ。
野菜畑に紛れるように、革手袋の着いた人間の腕が転がっていた。何かとても強い力で引っ張られ、無理やりちぎれたみたいな粗い断面図だった。骨みたいな欠片と、人の皮がついた肉が道路の方からまき散らされて散らばっている。
誰かをつきとばしたそのまま、固まって動かなくなったのかな。突き出されたその手のひらは、もう何も掴むことはないんだろう。
さっき僕を突き飛ばしたのは、おじさんだったのかもしれない。
のろのろと起き上がって、僕はトラックが通過した道路に向かって歩き出す。
トラックが突っ込んだことでひしゃげ、根元からポッキリと折れた看板が畑に突き刺さっている。におい立つ濃厚な鉄の香りを帯びた太い車輪の跡。車輪に絡まったコートの切れ端と、大量の髪の毛。元はどんな形をしていたのかも分からない、赤々とした人間大の肉の塊が看板の柱とトラックの車体とで潰されていた。
僕は、おじさんが轍になったことを悟った。
赤黒い轍を視線でたどると、トラックの近くに血まみれの警察手帳が落ちていることに気づいた。
傷だらけの体を引きずって、手帳を拾い上げた。開いて、なかに映る写真を見てもそれが本当におじさんだったのかはもう比べようがない。僕の記憶の中に残るおじさんは、おじさんだけだったから。
「ここに、警察も探偵も来ない。そうなんだろ。……おじさん」
僕は警察手帳をポケットに突っ込んで、倒壊した看板のある方へと歩き出す。
それでも僕を助けたおじさんは、お父さんにはなれなくても、そのどこかは警察官であったかもしれない。
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