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作品ID:629
こちらの作品は、「感想希望」で、ジャンルは「一般小説」です。
文字数約3413文字 読了時間約2分 原稿用紙約5枚
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「瞼の裏で、また会いましょう。」を読み始めました。
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■惨文文士
小説の属性:一般小説 / 現代ドラマ / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし /
瞼の裏で、また会いましょう。
作品紹介
「人の顔に眉毛が無いと、どうもバランスが悪い。
他の動物についていたら、それこそ大事件なはずなのに」
下らないことを大真面目にいう「彼」と、
それを下らないと思いながらも聞いてあげる「私」。
誰かの、何かの死が。
それが仮に予定調和であっても、
それが仮に唐突であっても。
「彼」と「私」は、瞼の裏で死を想う。
他の動物についていたら、それこそ大事件なはずなのに」
下らないことを大真面目にいう「彼」と、
それを下らないと思いながらも聞いてあげる「私」。
誰かの、何かの死が。
それが仮に予定調和であっても、
それが仮に唐突であっても。
「彼」と「私」は、瞼の裏で死を想う。
人の顔に眉毛が無いと、どうもバランスが悪い。他の動物についていたら、それこそ大事件なはずなのに。
私は、大真面目な顔をしてそんなことを言うこいつを、なんともバカなことを言う奴だと思った。
「なあ、そう思わないか?」
「……前半は概ね同意するけれど、あとはわけがわからないね」
「例えが悪かったかも。……俺は、アレだ。当たり前のことを、当たり前に感じていると、それを失った時がとても恐ろしいってことを言いたかったんだよ」
そんなことで私が納得すると思ったのか。むしろ意味の不明さが勢いを増して加速している気がする。
「なるほど。……眉毛は、確かに大事だけど、それじゃあ分かりにくいよ。端的に、今ここであんたの友人が、何の前触れもなく唐突にいなくなったとする。……そういう話じゃダメなの?」
彼は腕を組んだまま、むんむんと唸っていた。
「合ってるけど、それは悲しいから嫌なんだ。俺は出来るだけ悲しくない話で、かつ、分かりやすいように話したいんだ。……友人が死ぬのはこりごりだよ」
「……犬や猫のことを言ってるんじゃないんだよ? 友人って、近所で死んじゃった野良猫の話でしょ?」
「…………やめろよ。『ノラお』の死で、俺の心に空いた傷口はまだ塞がってないんだぞ」
彼は苦々しい表情で言った。眉間に寄ったしわと、目尻に浮かんだ涙がちょっとだけ愛おしいと感じた。どうやら、私にはサディスティックな気質があるらしい。
「悪かったね……私は猫アレルギーと犬嫌いをかけ持ちだもんで」
彼は俯いた後、顔を上げて、潤んだ瞳で顔で私を見つめた。
「…………俺はね?」
こんな風に、まるで子供が言うような口ぶりで彼が前置きを言うときは、大体しょうもない心配事であることが多い。
「うん」
「……君を失うのが、とても恐ろしいんだ」
何を言うかと思えば。
「うん……唐突にどうした」
茶化そうかと思ったけれど、そいつはいつもの気の抜けた穏やかさをしずめていて、とても話を変えられそうになかった。
「『ノラお』が戻らなくなった時、思い出したんだ。君も、いつかは死ぬんだってことを」
私はそんなこと、ずっと、ここのところすっかりと忘れていた。
思い出す予定もしばらくない話だったから、なおさら持ち出された時の唐突さは大きいものだった。
「ははっ、そんなのあんたも同じだよ」
「だからだよ。……俺が死ぬ前に、君が死ぬなんてこと、あるのかな……」
あるわけがない、そう言って馬鹿笑いしてやれば、一時でも彼は救われただろう。
でも、私にはうまくそれが出来なかった。
『ノラお』が溺れて出来た真新しいその死体を、私は見たことがある。
近くに流れる大きな河川の、橋の下ある淵に『ノラお』が沈んで引っかかっているのを見かけた。灰色の毛皮はくすんで、体は少しずつ水中の微生物の餌として溶け込み始めていた。
彼が落ち込むところを見たくなかったから、その死体を、沈んでいた付近に穴を作って埋めておいた。
見覚えのある個性的な毛並みと、あの水死体の纏った毛皮はよく似ていた。だから、『ノラお』とその他を見間違えることはなかった。
私が『ノラお』を弔ったということを、彼には伝えていなかった。
風の噂で知ったのだろう。当然、よく遊びに来ていた猫が、ぱったりと来なくなったのだ。それも妊娠の可能性のない老いたオス猫となれば、何かしらの事由で死んだと思うはずだ。
「……ああ、うん。あるんじゃないの? 可能性はゼロじゃないし。真っ向から否定できるような証拠がある話じゃないからね」
「……だよなぁ……うぅ……」
ギュゥゥゥッと抱きしめられたパグの抱き枕が哀れに歪んだ。彼の零した涙でパグの鼻先が濡れる。抱き枕の微睡んだ目が、私に助けを求めているように見えた。
「私の枕で泣かないで欲しいんだけど……」
「……死なないでくれよ……ユキちゃん」
私は、嘆息すると彼の隣に座った。宥める事にはもうずいぶんと慣れたが、私だってセンチメンタルになるときくらいある。彼が悩むことは、私からすれば滑稽な話だけど、そんなことを人並みに悩めるのなら儲けものだ。くよくよして、誰かに慰められることの大事さを噛みしめながら、気の済むまで泣けばいい。
「死なないって。……この私が、生半可なことで死ぬと思う?」
「……うん」
「おいおい。そこは首を横に振って泣き止むところでしょうが」
「俺は、……どうすればいいと思う? どうすれば、君を失わずに済むんだ?」
「コラ。人のことを死ぬ前提で話すな。……まあ、もし私があんたより先に死んだとしたら、どうすれば悲しんでも立ち直れるかを考えなよ。……生きていれば、私よりいい女なんていくらでもいるでしょ?」
「無理だよ……俺には君以外の女性(ひと)と、一緒になることなんて出来ない。……そんなの、君の代替品にした女性に失礼だろ」
彼の気持ちは凄く純粋で真摯だ。それは、こうして一緒にいる前から分かっていた。だからこそ、彼にとっての私の存在は、私が思うほど大きくなっているのだと思う。
こうして、私の死を想って涙を流す彼を、自分のために涙を流さない彼だからこそ、その涙の価値が理解できた。
「……『ノラお』、向こうでも元気でいるかな」
「猫のくせに水が嫌いじゃないやつだったから、今頃はたぶん猫らしくしてるんじゃない?」
「……元気でやっているなら、なんだっていい」
笑わそうとして言った渾身の皮肉も、彼は気づいていなかった。溺死という死因を知っているのは私だけだったから、彼が気づくはずないのだけど。
「でもさ。私たちが死んでも、向こうに『ノラお』がいるなら安心できる気がしない?」
「……そうだな。……あのこがいるなら、死ぬのは少し怖くなくなったかもしれない」
「それに、向こうなら猫アレルギーとか関係ないだろうし」
「……『ノラお』の毛並みを、君も触れるといいな」
『ノラお』がこの家を訪れた時は、私もその毛並みの感触を渇望した。けれど、彼が心底楽しそうに『ノラお』と戯れているところを遠巻きに眺めているだけで、いつの間にか私は満足していた。
「そうだね。……さ、明日も色々やらなきゃならないことが山積みでしょ? 今日はもう寝ようか」
土曜の明日は、たまりにたまった洗濯物をやっつけてから、いい加減にこの部屋を掃除しなければならない。敷布団も埃っぽいから、太陽の下でよく干さないとまたアレルギー性鼻炎に悩まされるかもしれない。
彼が落ち着いてきたところで、私はすかさず自分の布団に潜り込んだ。垂れ下がった電灯の糸に手をかける。
「……電気、消してもいい?」
「……いいよ」
いつも、彼はあのウザったい常夜灯をつけていないと眠れないといって騒ぐのだが、今日だけはいいらしい。
光は落ちて、小さな寝室に闇が訪れる。
「ユキちゃん。この抱き枕、今日だけ借りてもいいか?」
「仕方ないね……涎とかで汚さないでよ?」
「もう涙で汚してるよ……」
「これ以上汚さなきゃいいよ」
「……ありがとう、ユキちゃん」
しばらくして、彼の寝息が聞こえてきた。
目を開けて天井を眺めていても、見えるのは部屋に満ちている闇だけだった。
死とは、こんな感じのものなのかもしれない。
瞼を閉じて出来る裏の暗闇のように、生きているうちに何度もその身に起こるけれど完全に意識することが無いようなところがよく似ている。
水で溺れて息絶えた『ノラお』は、瞼の裏に潜んだ闇に囚われた。
いつか、私や彼も、瞼の裏に囚われる時が来る。
私がいない時や、仕事中の外では、呆れるくらいの完璧超人をこなすこの男も、私と二人きりのときはいつも子供のようにありもしない杞憂に怯えて震えている。
しかし、死に限っては杞憂でも何でもないのだと、『ノラお』が教えてくれた。
「……私だって、死にたくないよ」
眠る彼の横顔に口づける。
死を、くだらないと吐き捨てられればどんなに楽だろう。
目を閉じると、私の意識は瞼の裏に溶かされていく。
ああ。早く、朝が来ればいいのに。
私は、大真面目な顔をしてそんなことを言うこいつを、なんともバカなことを言う奴だと思った。
「なあ、そう思わないか?」
「……前半は概ね同意するけれど、あとはわけがわからないね」
「例えが悪かったかも。……俺は、アレだ。当たり前のことを、当たり前に感じていると、それを失った時がとても恐ろしいってことを言いたかったんだよ」
そんなことで私が納得すると思ったのか。むしろ意味の不明さが勢いを増して加速している気がする。
「なるほど。……眉毛は、確かに大事だけど、それじゃあ分かりにくいよ。端的に、今ここであんたの友人が、何の前触れもなく唐突にいなくなったとする。……そういう話じゃダメなの?」
彼は腕を組んだまま、むんむんと唸っていた。
「合ってるけど、それは悲しいから嫌なんだ。俺は出来るだけ悲しくない話で、かつ、分かりやすいように話したいんだ。……友人が死ぬのはこりごりだよ」
「……犬や猫のことを言ってるんじゃないんだよ? 友人って、近所で死んじゃった野良猫の話でしょ?」
「…………やめろよ。『ノラお』の死で、俺の心に空いた傷口はまだ塞がってないんだぞ」
彼は苦々しい表情で言った。眉間に寄ったしわと、目尻に浮かんだ涙がちょっとだけ愛おしいと感じた。どうやら、私にはサディスティックな気質があるらしい。
「悪かったね……私は猫アレルギーと犬嫌いをかけ持ちだもんで」
彼は俯いた後、顔を上げて、潤んだ瞳で顔で私を見つめた。
「…………俺はね?」
こんな風に、まるで子供が言うような口ぶりで彼が前置きを言うときは、大体しょうもない心配事であることが多い。
「うん」
「……君を失うのが、とても恐ろしいんだ」
何を言うかと思えば。
「うん……唐突にどうした」
茶化そうかと思ったけれど、そいつはいつもの気の抜けた穏やかさをしずめていて、とても話を変えられそうになかった。
「『ノラお』が戻らなくなった時、思い出したんだ。君も、いつかは死ぬんだってことを」
私はそんなこと、ずっと、ここのところすっかりと忘れていた。
思い出す予定もしばらくない話だったから、なおさら持ち出された時の唐突さは大きいものだった。
「ははっ、そんなのあんたも同じだよ」
「だからだよ。……俺が死ぬ前に、君が死ぬなんてこと、あるのかな……」
あるわけがない、そう言って馬鹿笑いしてやれば、一時でも彼は救われただろう。
でも、私にはうまくそれが出来なかった。
『ノラお』が溺れて出来た真新しいその死体を、私は見たことがある。
近くに流れる大きな河川の、橋の下ある淵に『ノラお』が沈んで引っかかっているのを見かけた。灰色の毛皮はくすんで、体は少しずつ水中の微生物の餌として溶け込み始めていた。
彼が落ち込むところを見たくなかったから、その死体を、沈んでいた付近に穴を作って埋めておいた。
見覚えのある個性的な毛並みと、あの水死体の纏った毛皮はよく似ていた。だから、『ノラお』とその他を見間違えることはなかった。
私が『ノラお』を弔ったということを、彼には伝えていなかった。
風の噂で知ったのだろう。当然、よく遊びに来ていた猫が、ぱったりと来なくなったのだ。それも妊娠の可能性のない老いたオス猫となれば、何かしらの事由で死んだと思うはずだ。
「……ああ、うん。あるんじゃないの? 可能性はゼロじゃないし。真っ向から否定できるような証拠がある話じゃないからね」
「……だよなぁ……うぅ……」
ギュゥゥゥッと抱きしめられたパグの抱き枕が哀れに歪んだ。彼の零した涙でパグの鼻先が濡れる。抱き枕の微睡んだ目が、私に助けを求めているように見えた。
「私の枕で泣かないで欲しいんだけど……」
「……死なないでくれよ……ユキちゃん」
私は、嘆息すると彼の隣に座った。宥める事にはもうずいぶんと慣れたが、私だってセンチメンタルになるときくらいある。彼が悩むことは、私からすれば滑稽な話だけど、そんなことを人並みに悩めるのなら儲けものだ。くよくよして、誰かに慰められることの大事さを噛みしめながら、気の済むまで泣けばいい。
「死なないって。……この私が、生半可なことで死ぬと思う?」
「……うん」
「おいおい。そこは首を横に振って泣き止むところでしょうが」
「俺は、……どうすればいいと思う? どうすれば、君を失わずに済むんだ?」
「コラ。人のことを死ぬ前提で話すな。……まあ、もし私があんたより先に死んだとしたら、どうすれば悲しんでも立ち直れるかを考えなよ。……生きていれば、私よりいい女なんていくらでもいるでしょ?」
「無理だよ……俺には君以外の女性(ひと)と、一緒になることなんて出来ない。……そんなの、君の代替品にした女性に失礼だろ」
彼の気持ちは凄く純粋で真摯だ。それは、こうして一緒にいる前から分かっていた。だからこそ、彼にとっての私の存在は、私が思うほど大きくなっているのだと思う。
こうして、私の死を想って涙を流す彼を、自分のために涙を流さない彼だからこそ、その涙の価値が理解できた。
「……『ノラお』、向こうでも元気でいるかな」
「猫のくせに水が嫌いじゃないやつだったから、今頃はたぶん猫らしくしてるんじゃない?」
「……元気でやっているなら、なんだっていい」
笑わそうとして言った渾身の皮肉も、彼は気づいていなかった。溺死という死因を知っているのは私だけだったから、彼が気づくはずないのだけど。
「でもさ。私たちが死んでも、向こうに『ノラお』がいるなら安心できる気がしない?」
「……そうだな。……あのこがいるなら、死ぬのは少し怖くなくなったかもしれない」
「それに、向こうなら猫アレルギーとか関係ないだろうし」
「……『ノラお』の毛並みを、君も触れるといいな」
『ノラお』がこの家を訪れた時は、私もその毛並みの感触を渇望した。けれど、彼が心底楽しそうに『ノラお』と戯れているところを遠巻きに眺めているだけで、いつの間にか私は満足していた。
「そうだね。……さ、明日も色々やらなきゃならないことが山積みでしょ? 今日はもう寝ようか」
土曜の明日は、たまりにたまった洗濯物をやっつけてから、いい加減にこの部屋を掃除しなければならない。敷布団も埃っぽいから、太陽の下でよく干さないとまたアレルギー性鼻炎に悩まされるかもしれない。
彼が落ち着いてきたところで、私はすかさず自分の布団に潜り込んだ。垂れ下がった電灯の糸に手をかける。
「……電気、消してもいい?」
「……いいよ」
いつも、彼はあのウザったい常夜灯をつけていないと眠れないといって騒ぐのだが、今日だけはいいらしい。
光は落ちて、小さな寝室に闇が訪れる。
「ユキちゃん。この抱き枕、今日だけ借りてもいいか?」
「仕方ないね……涎とかで汚さないでよ?」
「もう涙で汚してるよ……」
「これ以上汚さなきゃいいよ」
「……ありがとう、ユキちゃん」
しばらくして、彼の寝息が聞こえてきた。
目を開けて天井を眺めていても、見えるのは部屋に満ちている闇だけだった。
死とは、こんな感じのものなのかもしれない。
瞼を閉じて出来る裏の暗闇のように、生きているうちに何度もその身に起こるけれど完全に意識することが無いようなところがよく似ている。
水で溺れて息絶えた『ノラお』は、瞼の裏に潜んだ闇に囚われた。
いつか、私や彼も、瞼の裏に囚われる時が来る。
私がいない時や、仕事中の外では、呆れるくらいの完璧超人をこなすこの男も、私と二人きりのときはいつも子供のようにありもしない杞憂に怯えて震えている。
しかし、死に限っては杞憂でも何でもないのだと、『ノラお』が教えてくれた。
「……私だって、死にたくないよ」
眠る彼の横顔に口づける。
死を、くだらないと吐き捨てられればどんなに楽だろう。
目を閉じると、私の意識は瞼の裏に溶かされていく。
ああ。早く、朝が来ればいいのに。
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