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作品ID:631
こちらの作品は、「お気軽感想希望」で、ジャンルは「一般小説」です。
文字数約9279文字 読了時間約5分 原稿用紙約12枚
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■灰縞 凪
小説の属性:一般小説 / 現代ファンタジー / お気軽感想希望 / 初投稿・初心者 / 年齢制限なし /
万能の書
作品紹介
『これは、「この世の全ての魔法が記された『万能の書』を求めて旅する、イド・ジューレンとその相棒プリ・ゴニトスの物語。しかし、受け継がれることはない物語」である。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
最愛の弟が亡くなって早数か月。ショックから立ち直れずバーで自棄飲みをしていた私の耳に、ある噂が舞い込んできた。
『この世の全ての魔法が記されている『万能の書』というものがあるらしい』
その噂は、〈魔法が庶民に普及された時代〉に聞いても、夢のようだった。翌日、街中で聞き込みを行ったところ、『万能の書』は洞窟に眠っているらしいことが分かった。
自宅に戻り、同棲している相棒のゴニトスに『万能の書』についての話をした。
ゴニトスは青い髪の好青年だ。本の虫で、いつも何かしらの本を持っている。彼は、読んでいた本から視線を上げ、私の顔を見つめた。
「ダメだ、イド。あまりに〈危険〉すぎる」
イドというのは私の名前だ。イド・ジューレンが私のフルネームである。
「君が興味を持ちそうな本だと思うんだが」
「そうじゃなくてだな……はぁ……わかったよ」
私の熱い視線に負けたのか、ゴニトスはため息をつきつつも、『万能の書』を探す冒険に賛同してくれた。
「しかし、条件がある。イド、俺も同行させてくれ」
「もちろんそのつもりだったよ!ありがとう!」
こうして、私とゴニトスの旅は始まった。
まず初めに、私たちは『万能の書』が一体何処の洞窟に眠っているのかを訊いてみることにした。
私とゴニトスは手分けして聞き込みをした。1時間もしないうちに、ゴニトスが、「私たちが住んでいる村のはずれに『万能の書』が眠っている」という有力情報を持ってきた。村人の話では、過去に多くの若者が宝を求めてその洞窟に挑んだという。〈よくある話〉だ。
あっさり見つかったため信用できるか怪しかったが、他に情報も出なかったので、早速行ってみることにした。
* * *
洞窟の入り口の前には大男が1人立っていた。
最初はよく出来たマネキンかと思ったが、風が靡くとともに瞼が少し動いたので、生きているのが分かった。私は話しかけてみることにした。
「あの、すいません。『万能の書』って――」
ザクッ。私が男に近づこうとすると、突如石が落ちてきて、地面に突き刺さった。大きさは大したことはないが、鋭く尖っていた。この男の魔法だろうか。
私が魔法の槌を作って戦闘態勢に入ると、男はやおら動き始めた。そして、ぼそぼそと話し始めた。
「我が名はストー。洞窟を守る者。ある人物の命を受けた。「勇者」、お前には死んでもらう」
「勇者」。どうやら、彼に命令した「ある人物」は、私を「勇者」だと考えているらしい。
男は空中に先ほどと同じ石を、相棒と私の頭上に、雨のように展開した。私はその石を、槌を振り回しながら砕いた。魔法が使えない相棒は、持っていた本を頭の上にやって、その場でしゃがみこんでやりすごした。そしてそのまま、本で石の雨を防ぎながら、岩陰へと隠れた。
今度はこちらの攻撃だ。石器の雨が止んだ瞬間、私はストーのすぐ近くまで飛び込んだ。そして、ガツンと一発、槌でフルスイングをかました。
ストーは、予期していたように、その一撃を太い両腕で受け止めた。
「やはり、あれでは死なないか」
ストーは一言ボヤくと、私を槌ごと持ち上げ、ゴニトスとは反対方向へと投げ飛ばした。そして、また先ほどと同じように、私の周囲に刃物の雨を展開した。
どうにか空中で姿勢を持ち直した私は、地面を蹴ってもう一度ストーの元へ飛び込んだ。ストーは先ほどとは違い、意外な顔をしていた。
ドンッ。二発目のフルスイングはストーの鳩尾にヒットした。ストーは、洞窟の横に建てられていた柱の方へ吹っ飛んでいった。
「私はあなたを殺すつもりはないんです。だから、洞窟に入れてください!」
私がストーに歩み寄ろうとすると、ストーはまた石の雨を作り出した。私は咄嗟に槌でガードした。
どうやら、一筋縄ではいかないみたいだ。
「「勇者」。お前はダメだ、絶対に」
「弟を生き返らせたいんです!お願いします……人殺しなんてしたくない」
「〈弟〉……か。だが、ダメなものはダメだ」
チャンスは与えた。ストーは意地でも洞窟に入れないつもりだ。ならばこちらも、手段を選んでいる余裕はない。
私は槌を構えた状態で、目を閉じて精神統一をした。そして、槌の柄をストーに届くくらいまで伸ばした。彼に槌を叩きつけ、そのまま反対側のシンメトリーに建てられた柱へ吹っ飛ばした。
柄が伸びてからストーに叩きつけるまで数秒だったため、ストーは完全に不意を突かれたような顔をした。そして、ボキッという骨が折れる音とともに、柱に叩きつけられた。
岩の陰からその様子を見ていたゴニトスも、目を見開いていた。どうやら、私の秘策に度肝を抜かれたようだ。
私はストーの元へ走った。彼は、口から大量出血をしており、体が横にくの字に曲がっていた。自分でやっておいてなんだが、そう長くは持たないだろう。
ストーは私の姿を確認すると、口角を上げぼそぼそと喋りだした。
「お前の……〈弟〉……」
ストーは言葉の途中で力尽き、倒れた。
〈弟〉。数か月前に亡くなった、私の弟。
彼は何故か、最後まで私の弟にこだわっていた。何か因縁でもあるのだろうか。
それに、彼が言っていた「ある人物」も気になる。もし、その「ある人物」も『万能の書』を狙っているとしたら、いずれは戦わなければいけない時がくるかもしれない。
私が思案していると、ゴニトスがこちらへ来て、ストーの首元に指を当てた。そして脈を確認した後、彼の死体の前で手を合わせて目を閉じた。そして、しばらくの間ゴニトスは動かなかった。
そういえば、ゴニトスは争いが嫌いだった。
「……イド、先へ進もう」
ゴニトスにそう言われ、私たちは洞窟の中へ入っていった。
* * *
幅が広めの一本道で、洞窟の壁に火が灯っている松明が掛けてあったため、前後がよく見えた。私もゴニトスも、誰かが既に侵入しているかもしれないと、焦り始めた。もしかしたら、ストーが言っていた「ある人物」かもしれない。
早歩きで急いでいると、前方から歌声と足音が聞こえてきた。私たちは、声がする方へ駆け出した。
進むにつれて、声はどんどん大きくなっていく。やがて、その声の主の正体が分かった。
「誰かしら? あたくしの美しい歌声と靴音を邪魔する輩は?」
そこに立っていたのは、銀色の鎧に身を包んだ金髪の女騎士だった。鎧は魔改造してるらしく、肩の部分が露出していた。腰には西洋の剣、サーベルをつけていた。八頭身で、西洋を思わせる高い鼻と、きついバラの臭いの香水をつけた女だ。
ゴニトスは彼女の質問に答えず、逆に訊き返した。
「そういうあんたは誰だ!?」
「あたくしの名は、マイス。『万能の書』を手に入れる、スーパースターよ!」
マイスはサーベルを天に掲げ、ポーズをとった。どうやら、賢くはないみたいだ。私とゴニトスは、彼女を憐れむような目で見つめた。
マイスはくすりと笑うと、サーベルの先端をこちらに向け、真剣な顔でこう言った。
「あなたたちも『万能の書』をお望みなら、ここであたくしと決闘をしなさい!」
マイスの腕が、華奢な体に似合わないほど膨張した。
その直後、ゴニトスが持っていた本に無数の穴が出来ていた。彼女のサーベルに紙片が刺さっていることから考えて、どうやら彼女が串刺しにしたらしい。サーベルの速さは、人間の動体視力を優に越していた。
彼女は、自分の顔の前でサーベルを縦にして、格好つけながら言った。
「あたくしの華麗な剣さばきに酔いなさい!」
私とゴニトスは距離をとろうと、体を後ろにひいた。しかし、彼女は逃すまいと、距離を離さずサーベルで私たちを突いてくる。私の右頬に切り傷ができた。
彼女はサーベルを突き続けながら、私たちを壁際へと追い詰めていく。
「ひいてばかりじゃ、状況は変わりませんわよ!」
確かに彼女の言う通りだ。このままだと壁にぶつかり串刺しにされる。しかし、魔法の槌を出す余裕すら与えてくれないため、抵抗手段がない。
ゴニトスに不意討ちをしてもらおうかとも考えたが、マイスは私とゴニトスの両方を突いている。ゴニトスの頬や服にも、かすり傷ができ始めていた。
マイスは、私がゴニトスに気を取られた一瞬を見逃さなかった。彼女は私の心臓めがけてサーベルを突きだした。
「ふふっ、あら残念」
私が刺される直前、ゴニトスが間に入った。マイスのサーベルはゴニトスの胸部に突き刺さった。マイスがサーベルを抜くと、胸部に空いた穴から〈赤い液体〉が流れてきた。ゴニトスは、その穴を抑えながら膝をついた。
「イド……今のうちに逃げ……ろ……」
ゴニトスは私にそう伝えると、そのまま地面に倒れた。
「ゴニトス……?」
私が必死に体を揺さぶるが、返事はない。ゴニトスの周りに徐々に、血だまりができあがっていく。
マイスのサーベルの先端は、赤黒くなっており、マイスはそれを誇らしげに見つめている。
許さない。
魔法の槌を手元に召喚し、銀色の鎧に横から叩きつける。マイスは、不意討ちを直に喰らい、壁に吹き飛ばされる。
「なかなかやるじゃない。あたくしをもっと楽しませてちょうだい!」
鎧があるから、ストーのようにはいかない。
マイスはサーベルを突きながら、こちらへ走ってきた。
私は槌を下から上に振り、マイスのサーベルを上空へ弾き飛ばした。サーベルは、後方の壁に突き刺さった。
そして槌を袈裟切りのように斜めに振りおろし、今度は比較的対策の薄い肩に叩きつけた。
魔法の槌の一撃により、マイスの魔法で強化された腕はポキッという音を立て、本来曲がらない方向に曲がった。マイスは地面に斜めから落ちる形で叩きつけられた。
「あたくしの腕が……折れた?」
上半身を起こした彼女は痛みよりも驚きの方が強いらしく、折れた腕を見て呆然としていた。
私が防具を付けていない彼女の頭に槌を喰らわせようとすると、彼女は折れていない方の腕の手を開いて前に出した。
「ま、待って。あなた、『万能の書』を手に入れたらどうするつもりかしら?」
「……弟とゴニトスを生き返らせる」
「〈弟〉……?」
マイスは、ストーと同じ反応を示した。しかし、ストーとは違い、彼女は優しい顔になり、今までとは違った飾っていない口調で話し始めた。
「その〈弟〉さんはどんな少年だったの?」
〈弟〉。数か月前に死んだ、私の最愛の弟。
私の弟は、どんな少年だっただろう。
私は〈話しだそうとする前に〉魔法の槌を下から上に振り、マイスの顔へと叩きつけた。槌は彼女の顎に当たり、顔は180度反り返った。首の骨が折れると同時に、マイスの体はそのまま仰向けに倒れた。
私はゴニトスの元へ行き、先ほど彼がストーにしたように、手を合わせて目を閉じた。
数分そうした後、私はまた洞窟の奥へと進んだ。弟とゴニトスのためにも、『万能の書』はなんとしても手に入れなければならない。
* * *
一時間近く洞窟を歩いていると、通路が段々開けてきた。壁には、柱が何本か建っていたが、〈誰にも傷つけられていなかった〉。
やがて、開けた空間に出た。壁のカーブは滑らかに掘られている丸い広場のようだった。そこには巨体が、こちらに背を向けて立っていた。巨体はこちらに気づくと、驚く様子もなく振り向いた。
「よく来たな……ん?」
目つきが鋭い、とてもきつそうな男だった。男は、私が来たことには一切驚きを見せなかったが、私が1人だと分かると、眉間にしわを寄せた。
「おかしい、2人のはずなんだが……貴様、まさか……!」
男は顎に手を当てしばらく考えた。そして、魔法でバズーカを創りだし銃口をこちらへ向けた。
「……「勇者」よ。ここまでご苦労だった。さようなら。このシャットバーン、『万能の書』の番人として、貴様を殺す」
ストーと同じだ。シャットバーンと名乗ったこの男も私を「勇者」と呼んだ。彼も「ある人物」の差し金だろうか。
シャットバーンは、バズーカ砲をこちらへ放ってきた。
私は、右に飛んでバズーカの弾を避けた。バズーカの弾は勢いそのままに壁にぶつかり爆発が起きた。爆発は人1人が吹き飛ぶほどの威力だったが、壁には〈傷一つつかなかった〉。
シャットバーンは私の方を向いたが、二発目をすぐに撃ってくる様子はなかった。どうやら、弾の装填には時間がかかるみたいだ。
私はそれを見逃さなかった。彼の足元に飛び込み、槌をシャットバーンに対して横に振った。シャットバーンは私の一振りを、後ろに飛び退いて避けた。
私は彼との距離を離さないよう間合いを詰め、槌を往復ビンタのように左右に振った。シャットバーンも、バックステップで槌の一撃を避けていく。
しかし、彼の背は徐々に壁へと迫っていた。それに気づいたシャットバーンは、槌の攻撃と攻撃の一瞬の隙をついて、空中へ飛んだ。そして、バズーカ砲を私に向けて放った。
幸い、直撃を免れることは出来たが、爆風で反対側の壁に一気に吹き飛ばされた。しかし、痛みは〈自分でも驚くほど〉なかった。
シャットバーンが追撃してくるのを予期し、魔法の槌を持ち直し備える。
シャットバーンは予想通り、土煙の中からこちらに飛び込んできた。彼は私が態勢を立て直しているとは思っていなかったのか、驚いた表情をしていた。
私は飛び込んできたシャットバーンを、魔法の槌を使ってバッティングセンターで飛んできたボールのように打った。槌はシャットバーンの右肩を捕らえ、彼は飛び込んできた方向から90度左へ吹っ飛んでいった。
「シャットバーンさん、教えてください。『万能の書』はどこですか?」
私がシャットバーンに問いかけながら近寄ると、彼は土煙の中からバズーカ砲を放ってきた。それを察したのか、私の体は〈勝手にそれて〉、弾を避けた。
「貴様にやるくらいなら、我輩がこのバズーカ砲で燃やしてくれる!」
私はシャットバーンの前に立った。彼は、バズーカの銃口をこちらに向けている。身体はボロボロだったが、その目は殺意に満ちていた。
「シャットバーンさん、今あなたが『万能の書』の場所を教えてくれれば、その傷も――」
「拒否する! さあ、殺せ!」
チャンスは与えた。シャットバーンは、意地でも『万能の書』の在りかを教えないつもりだ。ならばこちらも手段を選んでいる余裕はない。
私は魔法の槌を下から上に振り、シャットバーンの顔へと叩きつけた。槌は彼の顎に当たり、顔は180度反り返った。首の骨が折れると同時に、シャットバーンの体はそのまま仰向けに倒れた。
「プリ・ゴニ……ト……」
私はシャットバーンの首元に指を当てた。そして脈を確認した後、周りを見渡した。進んできた道とは反対側に、1つ通路があるのが見えた。
〈私がそこへ向かおうとすると、突如石の雨が落ちてきて、地面に突き刺さった。私はその石を、持っていた槌を振り回しながら砕いた〉。
周りを見渡すと、ゴニトスがこちらを向いて立っているのが分かった。分厚い本の真ん中あたりを開いて、片手で持っている。表紙と裏表紙共に見えなかったが、彼が持っているのが『万能の書』だと察するのに、そう時間はかからなかった。
私が近づこうとすると、本を持っていない方の手を前に出し、制止した。
「ゴニトス!? 確か、マイスに刺されて――」
「それはあんたの主観でだよ、「勇者」。誰も死んだなんて〈書いてない〉」
ゴニトスはこちらの質問に簡潔に答えると、まるで〈原稿〉があるかのような流暢さで、〈長台詞〉を話しだした。
「俺は「起承転結」の「承」で〈かつて〉の仲間を失い、「転」で「勇者」の視点において死んだ。そして今、「結」で最後の敵として対峙している。俺はあんたを、俺の二の舞にしたくなかった。この〈視点〉を手に入れてしまえば、〈消される〉。知らぬが仏だったんだ。だから、俺はあんたを殺そうとした」
ゴニトスが私を殺そうとした。その事実を確かめるために、〈過去の文〉を思い出してみる。
ゴニトスは、ストーの遺体に対して手を合わせて弔っていた。ストーはゴニトスの仲間だったのだ。つまり、ストーの言っていた「ある人物」とは、ゴニトスだった可能性が高い。
今思うと、シャットバーンの反応もおかしかった。『万能の書』の番人でありながら、彼は侵入者が2人いないことに腹を立てていた。そのこととゴニトスの話を合わせると、シャットバーンは、ゴニトスと私が侵入するのを知っていて、ゴニトスと共同で私を殺そうとしていたということになる。彼も〈かつて〉の仲間だったのだろうか。
しかし、ゴニトスは私の殺害に失敗している。それに、〈かつて〉とはいつのことを指すのか。疑問は尽きない。
しかし、ゴニトスは私に質問する隙を与えず、〈台詞〉を続けた。
「だが、あの女がそれを邪魔した! あの女さえいなければ、お前は〈分からず〉に済んだんだ! 全てを〈バッドエンド〉として処理できた!」
「ゴニトス!一体何の話を――」
「分からないなら、ヒントを出してやる。あんたの〈弟〉は何者だ?身長は、体重は、名前は、髪型は、利き手は、死因は? そもそも、あんたに〈弟〉なんているのか? 俺は、お前の〈弟〉なんか知らない。心のどこかで分かってるんだろう? よく思い出してみろ」
〈弟〉。数か月前に死んだ、私の最愛の弟。それ以外に〈記述〉はない。
マイスに〈弟〉について尋ねられた瞬間に、私の脳内には〈弟〉という単語が漠然と浮かんだ。あの時はその先を〈考えることが出来なかった〉が、今思うと私に〈弟〉なんていなかったのかもしれない。
私は一体今まで、何のためにここまで苦労したのだろう。〈弟〉という、〈設定上の〉存在に踊らされていたのか。それとも、〈弟〉がここまで私を〈動かした〉のか。
「俺にはもう分かってる。これも全て〈シナリオ通り〉だからな。……ここまでご苦労だった、さようなら。「勇者」イド・ジューレン。君の〈物語〉は、ここで幕を閉じる」
〈ゴニトスは空中に先ほどと同じ石を、私の頭上に雨のように展開した。私はその石を、槌を振り回しながら砕いた〉
〈石器の雨が止んだ瞬間、私はゴニトスのすぐ近くまで飛び込んだ。そして、ガツンと一発、槌でフルスイングをかました〉
ゴニトスは、予期していたように、その一撃をマイスの魔法で強化した太い腕で受け止めた。
「諦めろ」
〈ゴニトスは私を槌ごと持ち上げ、反対方向へと投げ飛ばした。そして、また先ほどと同じように、私の周囲に刃物の雨を展開した〉
〈どうにか空中で姿勢を持ち直した私は、地面を蹴ってもう一度ゴニトスの元へ飛び込んだ〉
しかし、ゴニトスはこの攻撃も読んでいたらしく、槌を両腕で受け止めた。
「二度目はないぞ」
ゴニトスは強化された腕を使って、先ほど同様私を投げ飛ばした。そして、シャットバーンと同じバズーカの弾をこちらへ向けて放ってきた。
私は、右に飛んでバズーカの弾を避けた。バズーカの弾は勢いそのままに壁にぶつかり爆発が起きた。爆発は人1人が吹き飛ぶほどの威力だったが、壁には〈傷一つつかなかった〉。
ゴニトスは私の方を向いた。そして、私の頭上に雨のように展開した。
「ゴニトス!戦わなくちゃダメなのか?」
降り注ぐ石の雨を凌ぎながら、ゴニトスに説明を要求する。
しかし、ゴニトスは答えない。彼は、バズーカの銃口をこちらに向け1発放った。
〈私は、右に飛んでバズーカの弾を避けた。ゴニトスが追撃してくるのを予期し、魔法の槌を持ち直し備える〉
〈ゴニトスは予想通り、土煙の中からこちらに飛び込んできた〉
〈彼は私が態勢を立て直しているとは思っていなかったのか、驚いた表情をしていた〉
〈私は飛び込んできたゴニトスを、魔法の槌を使ってバッティングセンターで飛んできたボールのように打った。槌はゴニトスの右肩を捕らえ、彼は飛び込んできた方向から90度左へ吹っ飛んでいった〉
同じことの繰り返しだ。先ほど〈書かれた〉ものと、殆ど同じ光景が再現された。ゴニトスは、〈意識せずに〉繰り返している。私は、それが〈シナリオ通り〉であることを〈読み取った〉。
私は、吹っ飛ばしたゴニトスの元へと走っていった。
〈彼は、口から大量出血をしており、体が横にくの字に曲がっていた。自分でやっておいてなんだが、そう長くは持たないだろう〉
ゴニトスは持っていた『万能の書』を手放し、私の方を真っすぐ見て、ニヒルな笑顔を浮かべた。
「俺は〈警告〉したからな?」
「聞いてくれ、ゴニトス。これ以上、君とやり合うつもりは――」
私は〈話し終える前に〉魔法の槌を下から上に振り、ゴニトスの顔へと叩きつけた。彼はマイスやシャットバーン同様、首の骨を折りそのまま倒れた。
この際、当初の目的だった〈弟〉はどうでもいい。今の私の使命は、ゴニトスを甦らせることだ。
私は『万能の書』を手に取った。『万能の書』はゴニトスが持っていた時よりも、大分薄くなっているように感じた。
本を開いた。最初から数ページは開かなかったため、私は途中からのページを開いてみた。
〈受け継がれることはない物語〉。私が開いた最初のページには、そう書かれていた。魔法が載っていないことに疑問を持ちつつ、先を読み進めることにした。
「こ、これは……!」
するとそこには、〈今までの私の記録〉が記されていた。私が感じたこと、思ったこと、〈違和感〉が全てそのまま記されており、私の主観で〈小説のように〉書かれていた。
私の意思とは関係なく、本のページが1枚ずつめくれ始めた。じっくり読もうとページの端を掴もうとするが、紙は私の手元をすり抜けていく。前のページへ戻そうとしたが、どれだけ力を込めても前のページへ戻ることは出来なかった。前のページと表紙は、閉じた貝のように離れなかった。
やがて本が閉じ、背表紙が見えた。そこには、先ほどまでは本を持った愚かな「勇者」が立ち尽くす姿が描かれていた』
最愛の弟が亡くなって早数か月。ショックから立ち直れずバーで自棄飲みをしていた私の耳に、ある噂が舞い込んできた。
『この世の全ての魔法が記されている『万能の書』というものがあるらしい』
その噂は、〈魔法が庶民に普及された時代〉に聞いても、夢のようだった。翌日、街中で聞き込みを行ったところ、『万能の書』は洞窟に眠っているらしいことが分かった。
自宅に戻り、同棲している相棒のゴニトスに『万能の書』についての話をした。
ゴニトスは青い髪の好青年だ。本の虫で、いつも何かしらの本を持っている。彼は、読んでいた本から視線を上げ、私の顔を見つめた。
「ダメだ、イド。あまりに〈危険〉すぎる」
イドというのは私の名前だ。イド・ジューレンが私のフルネームである。
「君が興味を持ちそうな本だと思うんだが」
「そうじゃなくてだな……はぁ……わかったよ」
私の熱い視線に負けたのか、ゴニトスはため息をつきつつも、『万能の書』を探す冒険に賛同してくれた。
「しかし、条件がある。イド、俺も同行させてくれ」
「もちろんそのつもりだったよ!ありがとう!」
こうして、私とゴニトスの旅は始まった。
まず初めに、私たちは『万能の書』が一体何処の洞窟に眠っているのかを訊いてみることにした。
私とゴニトスは手分けして聞き込みをした。1時間もしないうちに、ゴニトスが、「私たちが住んでいる村のはずれに『万能の書』が眠っている」という有力情報を持ってきた。村人の話では、過去に多くの若者が宝を求めてその洞窟に挑んだという。〈よくある話〉だ。
あっさり見つかったため信用できるか怪しかったが、他に情報も出なかったので、早速行ってみることにした。
* * *
洞窟の入り口の前には大男が1人立っていた。
最初はよく出来たマネキンかと思ったが、風が靡くとともに瞼が少し動いたので、生きているのが分かった。私は話しかけてみることにした。
「あの、すいません。『万能の書』って――」
ザクッ。私が男に近づこうとすると、突如石が落ちてきて、地面に突き刺さった。大きさは大したことはないが、鋭く尖っていた。この男の魔法だろうか。
私が魔法の槌を作って戦闘態勢に入ると、男はやおら動き始めた。そして、ぼそぼそと話し始めた。
「我が名はストー。洞窟を守る者。ある人物の命を受けた。「勇者」、お前には死んでもらう」
「勇者」。どうやら、彼に命令した「ある人物」は、私を「勇者」だと考えているらしい。
男は空中に先ほどと同じ石を、相棒と私の頭上に、雨のように展開した。私はその石を、槌を振り回しながら砕いた。魔法が使えない相棒は、持っていた本を頭の上にやって、その場でしゃがみこんでやりすごした。そしてそのまま、本で石の雨を防ぎながら、岩陰へと隠れた。
今度はこちらの攻撃だ。石器の雨が止んだ瞬間、私はストーのすぐ近くまで飛び込んだ。そして、ガツンと一発、槌でフルスイングをかました。
ストーは、予期していたように、その一撃を太い両腕で受け止めた。
「やはり、あれでは死なないか」
ストーは一言ボヤくと、私を槌ごと持ち上げ、ゴニトスとは反対方向へと投げ飛ばした。そして、また先ほどと同じように、私の周囲に刃物の雨を展開した。
どうにか空中で姿勢を持ち直した私は、地面を蹴ってもう一度ストーの元へ飛び込んだ。ストーは先ほどとは違い、意外な顔をしていた。
ドンッ。二発目のフルスイングはストーの鳩尾にヒットした。ストーは、洞窟の横に建てられていた柱の方へ吹っ飛んでいった。
「私はあなたを殺すつもりはないんです。だから、洞窟に入れてください!」
私がストーに歩み寄ろうとすると、ストーはまた石の雨を作り出した。私は咄嗟に槌でガードした。
どうやら、一筋縄ではいかないみたいだ。
「「勇者」。お前はダメだ、絶対に」
「弟を生き返らせたいんです!お願いします……人殺しなんてしたくない」
「〈弟〉……か。だが、ダメなものはダメだ」
チャンスは与えた。ストーは意地でも洞窟に入れないつもりだ。ならばこちらも、手段を選んでいる余裕はない。
私は槌を構えた状態で、目を閉じて精神統一をした。そして、槌の柄をストーに届くくらいまで伸ばした。彼に槌を叩きつけ、そのまま反対側のシンメトリーに建てられた柱へ吹っ飛ばした。
柄が伸びてからストーに叩きつけるまで数秒だったため、ストーは完全に不意を突かれたような顔をした。そして、ボキッという骨が折れる音とともに、柱に叩きつけられた。
岩の陰からその様子を見ていたゴニトスも、目を見開いていた。どうやら、私の秘策に度肝を抜かれたようだ。
私はストーの元へ走った。彼は、口から大量出血をしており、体が横にくの字に曲がっていた。自分でやっておいてなんだが、そう長くは持たないだろう。
ストーは私の姿を確認すると、口角を上げぼそぼそと喋りだした。
「お前の……〈弟〉……」
ストーは言葉の途中で力尽き、倒れた。
〈弟〉。数か月前に亡くなった、私の弟。
彼は何故か、最後まで私の弟にこだわっていた。何か因縁でもあるのだろうか。
それに、彼が言っていた「ある人物」も気になる。もし、その「ある人物」も『万能の書』を狙っているとしたら、いずれは戦わなければいけない時がくるかもしれない。
私が思案していると、ゴニトスがこちらへ来て、ストーの首元に指を当てた。そして脈を確認した後、彼の死体の前で手を合わせて目を閉じた。そして、しばらくの間ゴニトスは動かなかった。
そういえば、ゴニトスは争いが嫌いだった。
「……イド、先へ進もう」
ゴニトスにそう言われ、私たちは洞窟の中へ入っていった。
* * *
幅が広めの一本道で、洞窟の壁に火が灯っている松明が掛けてあったため、前後がよく見えた。私もゴニトスも、誰かが既に侵入しているかもしれないと、焦り始めた。もしかしたら、ストーが言っていた「ある人物」かもしれない。
早歩きで急いでいると、前方から歌声と足音が聞こえてきた。私たちは、声がする方へ駆け出した。
進むにつれて、声はどんどん大きくなっていく。やがて、その声の主の正体が分かった。
「誰かしら? あたくしの美しい歌声と靴音を邪魔する輩は?」
そこに立っていたのは、銀色の鎧に身を包んだ金髪の女騎士だった。鎧は魔改造してるらしく、肩の部分が露出していた。腰には西洋の剣、サーベルをつけていた。八頭身で、西洋を思わせる高い鼻と、きついバラの臭いの香水をつけた女だ。
ゴニトスは彼女の質問に答えず、逆に訊き返した。
「そういうあんたは誰だ!?」
「あたくしの名は、マイス。『万能の書』を手に入れる、スーパースターよ!」
マイスはサーベルを天に掲げ、ポーズをとった。どうやら、賢くはないみたいだ。私とゴニトスは、彼女を憐れむような目で見つめた。
マイスはくすりと笑うと、サーベルの先端をこちらに向け、真剣な顔でこう言った。
「あなたたちも『万能の書』をお望みなら、ここであたくしと決闘をしなさい!」
マイスの腕が、華奢な体に似合わないほど膨張した。
その直後、ゴニトスが持っていた本に無数の穴が出来ていた。彼女のサーベルに紙片が刺さっていることから考えて、どうやら彼女が串刺しにしたらしい。サーベルの速さは、人間の動体視力を優に越していた。
彼女は、自分の顔の前でサーベルを縦にして、格好つけながら言った。
「あたくしの華麗な剣さばきに酔いなさい!」
私とゴニトスは距離をとろうと、体を後ろにひいた。しかし、彼女は逃すまいと、距離を離さずサーベルで私たちを突いてくる。私の右頬に切り傷ができた。
彼女はサーベルを突き続けながら、私たちを壁際へと追い詰めていく。
「ひいてばかりじゃ、状況は変わりませんわよ!」
確かに彼女の言う通りだ。このままだと壁にぶつかり串刺しにされる。しかし、魔法の槌を出す余裕すら与えてくれないため、抵抗手段がない。
ゴニトスに不意討ちをしてもらおうかとも考えたが、マイスは私とゴニトスの両方を突いている。ゴニトスの頬や服にも、かすり傷ができ始めていた。
マイスは、私がゴニトスに気を取られた一瞬を見逃さなかった。彼女は私の心臓めがけてサーベルを突きだした。
「ふふっ、あら残念」
私が刺される直前、ゴニトスが間に入った。マイスのサーベルはゴニトスの胸部に突き刺さった。マイスがサーベルを抜くと、胸部に空いた穴から〈赤い液体〉が流れてきた。ゴニトスは、その穴を抑えながら膝をついた。
「イド……今のうちに逃げ……ろ……」
ゴニトスは私にそう伝えると、そのまま地面に倒れた。
「ゴニトス……?」
私が必死に体を揺さぶるが、返事はない。ゴニトスの周りに徐々に、血だまりができあがっていく。
マイスのサーベルの先端は、赤黒くなっており、マイスはそれを誇らしげに見つめている。
許さない。
魔法の槌を手元に召喚し、銀色の鎧に横から叩きつける。マイスは、不意討ちを直に喰らい、壁に吹き飛ばされる。
「なかなかやるじゃない。あたくしをもっと楽しませてちょうだい!」
鎧があるから、ストーのようにはいかない。
マイスはサーベルを突きながら、こちらへ走ってきた。
私は槌を下から上に振り、マイスのサーベルを上空へ弾き飛ばした。サーベルは、後方の壁に突き刺さった。
そして槌を袈裟切りのように斜めに振りおろし、今度は比較的対策の薄い肩に叩きつけた。
魔法の槌の一撃により、マイスの魔法で強化された腕はポキッという音を立て、本来曲がらない方向に曲がった。マイスは地面に斜めから落ちる形で叩きつけられた。
「あたくしの腕が……折れた?」
上半身を起こした彼女は痛みよりも驚きの方が強いらしく、折れた腕を見て呆然としていた。
私が防具を付けていない彼女の頭に槌を喰らわせようとすると、彼女は折れていない方の腕の手を開いて前に出した。
「ま、待って。あなた、『万能の書』を手に入れたらどうするつもりかしら?」
「……弟とゴニトスを生き返らせる」
「〈弟〉……?」
マイスは、ストーと同じ反応を示した。しかし、ストーとは違い、彼女は優しい顔になり、今までとは違った飾っていない口調で話し始めた。
「その〈弟〉さんはどんな少年だったの?」
〈弟〉。数か月前に死んだ、私の最愛の弟。
私の弟は、どんな少年だっただろう。
私は〈話しだそうとする前に〉魔法の槌を下から上に振り、マイスの顔へと叩きつけた。槌は彼女の顎に当たり、顔は180度反り返った。首の骨が折れると同時に、マイスの体はそのまま仰向けに倒れた。
私はゴニトスの元へ行き、先ほど彼がストーにしたように、手を合わせて目を閉じた。
数分そうした後、私はまた洞窟の奥へと進んだ。弟とゴニトスのためにも、『万能の書』はなんとしても手に入れなければならない。
* * *
一時間近く洞窟を歩いていると、通路が段々開けてきた。壁には、柱が何本か建っていたが、〈誰にも傷つけられていなかった〉。
やがて、開けた空間に出た。壁のカーブは滑らかに掘られている丸い広場のようだった。そこには巨体が、こちらに背を向けて立っていた。巨体はこちらに気づくと、驚く様子もなく振り向いた。
「よく来たな……ん?」
目つきが鋭い、とてもきつそうな男だった。男は、私が来たことには一切驚きを見せなかったが、私が1人だと分かると、眉間にしわを寄せた。
「おかしい、2人のはずなんだが……貴様、まさか……!」
男は顎に手を当てしばらく考えた。そして、魔法でバズーカを創りだし銃口をこちらへ向けた。
「……「勇者」よ。ここまでご苦労だった。さようなら。このシャットバーン、『万能の書』の番人として、貴様を殺す」
ストーと同じだ。シャットバーンと名乗ったこの男も私を「勇者」と呼んだ。彼も「ある人物」の差し金だろうか。
シャットバーンは、バズーカ砲をこちらへ放ってきた。
私は、右に飛んでバズーカの弾を避けた。バズーカの弾は勢いそのままに壁にぶつかり爆発が起きた。爆発は人1人が吹き飛ぶほどの威力だったが、壁には〈傷一つつかなかった〉。
シャットバーンは私の方を向いたが、二発目をすぐに撃ってくる様子はなかった。どうやら、弾の装填には時間がかかるみたいだ。
私はそれを見逃さなかった。彼の足元に飛び込み、槌をシャットバーンに対して横に振った。シャットバーンは私の一振りを、後ろに飛び退いて避けた。
私は彼との距離を離さないよう間合いを詰め、槌を往復ビンタのように左右に振った。シャットバーンも、バックステップで槌の一撃を避けていく。
しかし、彼の背は徐々に壁へと迫っていた。それに気づいたシャットバーンは、槌の攻撃と攻撃の一瞬の隙をついて、空中へ飛んだ。そして、バズーカ砲を私に向けて放った。
幸い、直撃を免れることは出来たが、爆風で反対側の壁に一気に吹き飛ばされた。しかし、痛みは〈自分でも驚くほど〉なかった。
シャットバーンが追撃してくるのを予期し、魔法の槌を持ち直し備える。
シャットバーンは予想通り、土煙の中からこちらに飛び込んできた。彼は私が態勢を立て直しているとは思っていなかったのか、驚いた表情をしていた。
私は飛び込んできたシャットバーンを、魔法の槌を使ってバッティングセンターで飛んできたボールのように打った。槌はシャットバーンの右肩を捕らえ、彼は飛び込んできた方向から90度左へ吹っ飛んでいった。
「シャットバーンさん、教えてください。『万能の書』はどこですか?」
私がシャットバーンに問いかけながら近寄ると、彼は土煙の中からバズーカ砲を放ってきた。それを察したのか、私の体は〈勝手にそれて〉、弾を避けた。
「貴様にやるくらいなら、我輩がこのバズーカ砲で燃やしてくれる!」
私はシャットバーンの前に立った。彼は、バズーカの銃口をこちらに向けている。身体はボロボロだったが、その目は殺意に満ちていた。
「シャットバーンさん、今あなたが『万能の書』の場所を教えてくれれば、その傷も――」
「拒否する! さあ、殺せ!」
チャンスは与えた。シャットバーンは、意地でも『万能の書』の在りかを教えないつもりだ。ならばこちらも手段を選んでいる余裕はない。
私は魔法の槌を下から上に振り、シャットバーンの顔へと叩きつけた。槌は彼の顎に当たり、顔は180度反り返った。首の骨が折れると同時に、シャットバーンの体はそのまま仰向けに倒れた。
「プリ・ゴニ……ト……」
私はシャットバーンの首元に指を当てた。そして脈を確認した後、周りを見渡した。進んできた道とは反対側に、1つ通路があるのが見えた。
〈私がそこへ向かおうとすると、突如石の雨が落ちてきて、地面に突き刺さった。私はその石を、持っていた槌を振り回しながら砕いた〉。
周りを見渡すと、ゴニトスがこちらを向いて立っているのが分かった。分厚い本の真ん中あたりを開いて、片手で持っている。表紙と裏表紙共に見えなかったが、彼が持っているのが『万能の書』だと察するのに、そう時間はかからなかった。
私が近づこうとすると、本を持っていない方の手を前に出し、制止した。
「ゴニトス!? 確か、マイスに刺されて――」
「それはあんたの主観でだよ、「勇者」。誰も死んだなんて〈書いてない〉」
ゴニトスはこちらの質問に簡潔に答えると、まるで〈原稿〉があるかのような流暢さで、〈長台詞〉を話しだした。
「俺は「起承転結」の「承」で〈かつて〉の仲間を失い、「転」で「勇者」の視点において死んだ。そして今、「結」で最後の敵として対峙している。俺はあんたを、俺の二の舞にしたくなかった。この〈視点〉を手に入れてしまえば、〈消される〉。知らぬが仏だったんだ。だから、俺はあんたを殺そうとした」
ゴニトスが私を殺そうとした。その事実を確かめるために、〈過去の文〉を思い出してみる。
ゴニトスは、ストーの遺体に対して手を合わせて弔っていた。ストーはゴニトスの仲間だったのだ。つまり、ストーの言っていた「ある人物」とは、ゴニトスだった可能性が高い。
今思うと、シャットバーンの反応もおかしかった。『万能の書』の番人でありながら、彼は侵入者が2人いないことに腹を立てていた。そのこととゴニトスの話を合わせると、シャットバーンは、ゴニトスと私が侵入するのを知っていて、ゴニトスと共同で私を殺そうとしていたということになる。彼も〈かつて〉の仲間だったのだろうか。
しかし、ゴニトスは私の殺害に失敗している。それに、〈かつて〉とはいつのことを指すのか。疑問は尽きない。
しかし、ゴニトスは私に質問する隙を与えず、〈台詞〉を続けた。
「だが、あの女がそれを邪魔した! あの女さえいなければ、お前は〈分からず〉に済んだんだ! 全てを〈バッドエンド〉として処理できた!」
「ゴニトス!一体何の話を――」
「分からないなら、ヒントを出してやる。あんたの〈弟〉は何者だ?身長は、体重は、名前は、髪型は、利き手は、死因は? そもそも、あんたに〈弟〉なんているのか? 俺は、お前の〈弟〉なんか知らない。心のどこかで分かってるんだろう? よく思い出してみろ」
〈弟〉。数か月前に死んだ、私の最愛の弟。それ以外に〈記述〉はない。
マイスに〈弟〉について尋ねられた瞬間に、私の脳内には〈弟〉という単語が漠然と浮かんだ。あの時はその先を〈考えることが出来なかった〉が、今思うと私に〈弟〉なんていなかったのかもしれない。
私は一体今まで、何のためにここまで苦労したのだろう。〈弟〉という、〈設定上の〉存在に踊らされていたのか。それとも、〈弟〉がここまで私を〈動かした〉のか。
「俺にはもう分かってる。これも全て〈シナリオ通り〉だからな。……ここまでご苦労だった、さようなら。「勇者」イド・ジューレン。君の〈物語〉は、ここで幕を閉じる」
〈ゴニトスは空中に先ほどと同じ石を、私の頭上に雨のように展開した。私はその石を、槌を振り回しながら砕いた〉
〈石器の雨が止んだ瞬間、私はゴニトスのすぐ近くまで飛び込んだ。そして、ガツンと一発、槌でフルスイングをかました〉
ゴニトスは、予期していたように、その一撃をマイスの魔法で強化した太い腕で受け止めた。
「諦めろ」
〈ゴニトスは私を槌ごと持ち上げ、反対方向へと投げ飛ばした。そして、また先ほどと同じように、私の周囲に刃物の雨を展開した〉
〈どうにか空中で姿勢を持ち直した私は、地面を蹴ってもう一度ゴニトスの元へ飛び込んだ〉
しかし、ゴニトスはこの攻撃も読んでいたらしく、槌を両腕で受け止めた。
「二度目はないぞ」
ゴニトスは強化された腕を使って、先ほど同様私を投げ飛ばした。そして、シャットバーンと同じバズーカの弾をこちらへ向けて放ってきた。
私は、右に飛んでバズーカの弾を避けた。バズーカの弾は勢いそのままに壁にぶつかり爆発が起きた。爆発は人1人が吹き飛ぶほどの威力だったが、壁には〈傷一つつかなかった〉。
ゴニトスは私の方を向いた。そして、私の頭上に雨のように展開した。
「ゴニトス!戦わなくちゃダメなのか?」
降り注ぐ石の雨を凌ぎながら、ゴニトスに説明を要求する。
しかし、ゴニトスは答えない。彼は、バズーカの銃口をこちらに向け1発放った。
〈私は、右に飛んでバズーカの弾を避けた。ゴニトスが追撃してくるのを予期し、魔法の槌を持ち直し備える〉
〈ゴニトスは予想通り、土煙の中からこちらに飛び込んできた〉
〈彼は私が態勢を立て直しているとは思っていなかったのか、驚いた表情をしていた〉
〈私は飛び込んできたゴニトスを、魔法の槌を使ってバッティングセンターで飛んできたボールのように打った。槌はゴニトスの右肩を捕らえ、彼は飛び込んできた方向から90度左へ吹っ飛んでいった〉
同じことの繰り返しだ。先ほど〈書かれた〉ものと、殆ど同じ光景が再現された。ゴニトスは、〈意識せずに〉繰り返している。私は、それが〈シナリオ通り〉であることを〈読み取った〉。
私は、吹っ飛ばしたゴニトスの元へと走っていった。
〈彼は、口から大量出血をしており、体が横にくの字に曲がっていた。自分でやっておいてなんだが、そう長くは持たないだろう〉
ゴニトスは持っていた『万能の書』を手放し、私の方を真っすぐ見て、ニヒルな笑顔を浮かべた。
「俺は〈警告〉したからな?」
「聞いてくれ、ゴニトス。これ以上、君とやり合うつもりは――」
私は〈話し終える前に〉魔法の槌を下から上に振り、ゴニトスの顔へと叩きつけた。彼はマイスやシャットバーン同様、首の骨を折りそのまま倒れた。
この際、当初の目的だった〈弟〉はどうでもいい。今の私の使命は、ゴニトスを甦らせることだ。
私は『万能の書』を手に取った。『万能の書』はゴニトスが持っていた時よりも、大分薄くなっているように感じた。
本を開いた。最初から数ページは開かなかったため、私は途中からのページを開いてみた。
〈受け継がれることはない物語〉。私が開いた最初のページには、そう書かれていた。魔法が載っていないことに疑問を持ちつつ、先を読み進めることにした。
「こ、これは……!」
するとそこには、〈今までの私の記録〉が記されていた。私が感じたこと、思ったこと、〈違和感〉が全てそのまま記されており、私の主観で〈小説のように〉書かれていた。
私の意思とは関係なく、本のページが1枚ずつめくれ始めた。じっくり読もうとページの端を掴もうとするが、紙は私の手元をすり抜けていく。前のページへ戻そうとしたが、どれだけ力を込めても前のページへ戻ることは出来なかった。前のページと表紙は、閉じた貝のように離れなかった。
やがて本が閉じ、背表紙が見えた。そこには、先ほどまでは本を持った愚かな「勇者」が立ち尽くす姿が描かれていた』
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