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作品ID:653

こちらの作品は、「感想希望」で、ジャンルは「一般小説」です。

文字数約5048文字 読了時間約3分 原稿用紙約7枚


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惨文文士 


小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし /

面影

作品紹介

放任主義の帰らない母と二人で暮らす一室。
冷たいベッドにだらしなく座っていると、
寂しさを埋めてくれる暖かい存在がすり寄って来た。

その子の名を呼ぶ。
闇に紛れるような毛並みを撫でる。

ああ。
私はまだ、平気だ。
この子がそばにいてくれているのなら。


 夕刻の帰路。気さくな猫が私に会釈をすると、その子はカギ尻尾をゆらゆらとして街角に消えた。
 一昨日死んだウチの猫と毛の色がよく似ていた。
 教室の黒板消しも、あの手にすっぽりとはまる感覚で猫の頭を撫でた時の感情が蘇った。シャープペンを握って面白くもない板書をしている時でさえ、あの子の気配がそこかしこにちらついた。
 だらしなく背中に背負った鞄や、制服の肩についた体毛のひとつみと、家に佇む捨てられない猫用の遊具。頭の中で情報が繋がってしまい、忘れたくないけれど忘れたいような記憶と感情が表出する。
 なんだろう。歩くことに集中できていない。コンビニにはもう寄った。日課の週刊誌も買った。猫缶も忘れず買った。
「……あ。あーあ。お金無駄にしちゃったよ」
 あの子は死んだ。現実でも、私の頭の中でも。うまいところ、そうやって、昨日の夜には処理されたはずだった。
 どういうわけか、私の中にある空洞にあの子がまだ爪を引っ掛けて居座っているような気がしてならない。間違って買ってしまった猫缶がやけに重く感じる。
 見慣れた帰り道で、私は途方に暮れていた。

   *   *   *

 気が付いたら自室にいた。どうやって帰り着いて、こうしてベッドに寝ころんでいるのかよく覚えていない。
「……」
 イヤホンを両耳に突っ込んで、携帯にプラグを差し込む。薄暗い自室を死んだ目で眺めていると、またあの子との綺麗な記憶が蘇るから、私は音で思考の乱れをかき消した。
 死ぬことと生きること。
 老いと若さ。
 巻き取られた毛皮。
 血の残花。
 尊さと、醜さ。
 相反しない。
 矛盾すらしない。私は? 私はなんだ?
 くだらない思考。思い出にもならない。それでも、何かを考える振りをして薄っぺらい現実から目を背けなければならなかった。
 一昨日から、二日が経って、今日。その間に、空席となった私の隣の存在を考えてしまう。
 一昨日、放任主義な母親にあの子の死を伝えたときのことを思い出してしまった。
幼い私がもともと野良だったあの子を拾ってきて、十年ほど経っただろうか。母だって、それだけ長く暮らしていればあの子のことを気に入ってくれていたと思っていた。
 あの子の死を母に伝えたとき、あの人は私に簡素な文面で不細工で、不器用な返答を寄越した。

『そうだったの。あの子のことは残念だったわね。
 弔うなら、繁忙期だから出来るだけすぐに済むようにしてほしい。
 もし新しいのが欲しかったらちゃんと言って。
 今度は私も選びたいから』

 母は、あの子のことを、私が利口に留守番するための玩具か何かだと思っていたのだろう。
 あの子が首輪を残して、道路の染みとなって、看取ることを許されなかった私は、どうしてもまだ折り合いをつけられていない。
 思考を塗りつぶしたくて、濁流のような音楽の音量をあげる。
「……あー」
 くぐもって聞こえる私の声。
 私は目を閉じた。きつく、もう開かないよう閉じた。

   *   *   *

「……で、木崎(キザキ)、お前はまた遅刻か」
「……はい。最近、生理で朝起きんのがつらくて」
「そうか。なら、今回は見逃してやるから、今後は自分で対策しておけよ」 
「はーいっす」
 だいたいああいえば、男性教師は納得してなにも言わなくなる。
 寝坊したのは、あのあとベッドでそのまま寝てしまって、気づいたら深夜になっていたからだ。そんな時間に寝れば、まともな時間に起きれるわけがない。あの後、暇で仕方がないので、そのまま動画を垂れ流していたら寝落ちして結局朝になっていた。おかげで、携帯は朝からすでに死んでいた。
 あの子がいる前の自分と、今の自分を比べて、勝手に自己嫌悪に浸る。だるくてしかたない朝のホームルームはとっくに終わっていた。1限の休み時間が終わる間際に着席すると、私が腰を下ろすのと同時に2限の始業の合図が鳴った。

   *   *   *

 昼食。購買で買った味も素っ気もない、画一的な味のパンを教室の端で食む。美味しくもなければ、不味くもない。どちらかといえば不味い部類。このパンのようなすっかすかの存在性を伴って、私の胸中に居座っている虚しさも、一緒に食んでいる気分だ。
 あの子が離れていってから、自分を慰める存在が誰一人いなくなって、それが余計に今の私を弱らせた。
 単純な話だ。私は、あの子との生活が好きだった。それが、あっけなくぷっつりと終わり、どうすればいいのか分からないでいる。
 クラスメイトがかけてくれる声が、両耳の鼓膜をすり抜けて、私は相手の言葉に対して首を振ったり表情を変えるだけの赤べこになった。
 長い休み時間が、ようやく終わる。私は、重い腰を上げて麦芽豆乳の紙パックを潰して捨てた。

   *   *   *

 面倒な人間関係を投げ出したくなる。人間が麦芽豆乳だけを飲んで生きれば、争いなんてなくなる。人間の主食がチーズ蒸しパンになれば、この世のあらゆる下らない出来事は全て解決する。
 帰り道、購買で買い損ねたチーズ蒸しパンの感触を思い出していると、また昨日コンビニの帰りに会った猫が歩いていた。
 また律儀に会釈をして、カギ尻尾が街角に消える。
 私は、あの猫の後ろ姿にあの子の面影を幻視した。虚しい投影に思わず胸が軋む。
「……あ。猫缶」
 その時、昨日誤って買った猫缶の存在を思い出した。
 死んだ猫のために買ったエサが、もしかすると役に立つかもしれない。
 無駄になったとすぐに捨てなくてよかった。
 それだけじゃない。
 もうただの首輪になったあの子のために買ったものが、ちゃんと役に立つかもしれないのだ。
 それが、私には酷く尊いことであるかのように感じた。

   *   *   * 

 それから、あの猫のために、猫缶を買って、あの街角の影に開封した猫缶を置いていく日々が続いた。
 翌朝に空になった缶を回収していくのがしばらくの日課になっていた。食い散らされた猫缶の入ったゴミ袋と、週刊誌と菓子の入ったレジ袋をぶら下げて家に帰り着く。
私は真っ黒い夜を、ひとりで過ごした。
 こうして寂しそうな姿を見せていれば、いつも私にすり寄ってくる暖かい存在がいた。しかしそれは、もういないのだ。
いつのまにか、私は母が不在の時に感じる孤独感に慣れつつあった。
 あの子の存在を想起するたび、自分に言い聞かせた。あの子はもう死んだのだと。もういない。どこにも。
 私の頭の中にだけにいる。そんな曖昧な存在になっていくのだ。
 それが私の深奥に馴染んでいくのが、怖い。
 あの子がいなくなってからの日々で、少しずつ傷痕の疼痛が薄まっていく。
 胸の痛みを忘れないことだけが、あの子の存在を連れ戻す方法だった。それが喪失感を手繰り寄せるための綱であり、虚しさを忘れないための楔だ。
 いつか、あの子の存在が私にとってどうだっていいもののひとくくりになってしまうような気がして、恐ろしい。
 誰も、からっぽの空洞を飼うことなんでできやしない。
 ましてや、それを連れ戻すなんて、とても。

   *   *   *

 少しずつ、あの子が気に入っていた玩具を処分する。
 全部並べて携帯で山ほど写真を撮った。あの子が遊んでいた時につけた歯型や、取れた羽根も写真に収める。あの子が壊しては新しいものを買い替えていたのだが、もうこれ以上買うこともない。
 まずは、学校から帰ってくるたびに視界に入り込んでいたキャットタワーを、時間をかけてバラバラに分解した。
 あの子がキャットタワーで遊ぶ記憶が余りなかったから、苦痛はそれほど無かった。それからゴミ袋に詰めて、規則通りに捨てた。
 これからを、私のなかで全部納得する、そのための時間にする。
 忘れたくない。忘れたい。忘れない。
 悲しくなるくらいなら、あの子との思い出も一緒にゴミにだすべきだった。それが正しい。一番合理的な手段だ。
 でも、それは無理だ。
 あの子との時間を嘘にしてしまえば、私は虚しいだけの空洞になってしまう。それに、いつまでもいなくなった存在を引きづって生きるのは、癒えない傷に悩まされるようなものだと分かった。
 前を向く努力をするという決意を、こうして定めるまで随分とかかってしまった。
 次に捨てるものはもう決めてある。
 決意が鈍る前に、手をつけなければならない。
 私は、自室の閉じられた窓を開け放った。

   *   *   *

 静かに、青白い月が見下ろす夜だった。
 昨日の晩に街角の路地に置いておいた猫缶が、中身をそのまま引っくり返して転がっていた。中身はそのままにして、空き缶だけを拾ってゴミ袋に入れる。
 作業をしながら思い出した。あの猫と会ってから、もう数か月以上が経っているということを。そしてそれは、同時にあの子が死んでから、それだけの時間が経ったことを意味している。
 不意に月が陰った。
 あたりに帳が降りる。

「――っ」

 私は何かの気配を感じて、正面を向いた。
 闇間から、小さな双眸がじっと、こちらを覗いていた。
 気配が近寄って来て、その姿が現れる。月の光が再び降りた。
 今にも夜に溶けてしまいそうなほど、希薄な存在感を帯びた黒猫だった。
 カギ尻尾をゆらゆらとして、律儀に私に会釈をする。
 これまで全身をまじまじと見たことはなかったが、見れば見るほど、あの子にそっくりだった。ただひとつ、カギ尻尾であることを除いて。
 猫は私の前まで来て、ちょこんと座った。
「……どうしたの? 昨日はご飯食べなかったじゃん」
 猫の鼻先に指を差し出した。ひとしきり匂いを嗅ぎ、猫はじっと私の顔を見つめた。私だって、この子が言葉を理解していると思って話しかけているわけではない。猫が好きだと、どうしても言葉を投げかけてしまうものなのだ。
 その猫は、どうやら猫缶が用意されるのを待っているらしい。
「そう……本当に律儀だね、あんた」
 私は、ぶら下げたままのレジ袋からいつもの猫缶を取り出すと封を開けて足先に差し出した。
 間口の広い缶いっぱいに鼻を突っ込んで、エサを頬張り始めた。
 それから一心不乱にエサを小さな胃袋に詰める。
 私は思わず、その猫の背に手を伸ばした。指が、ゆっくりと毛並みに埋もれる。
 いつも顔を合わせていたのに、とても遠くにあった背中だ。それにようやく触れることが出来た。
「……いいこだね」
 忘れてしまったあの子の毛並み、手触りが蘇る。
 冷たい手の指先に広がる、確かな体温が、この身に宿っているのだ。頼りなくとも、生きている。
 息づく、小さな夜に触れているような気分。
 気がつけば、涙が零れていた。
「……うっ、ふぐ、」
 涙。
 あの夜になんど流したことか、それで枯れたものだと思っていたのに、まだ私の中に残っていたのか。
 その猫は私の指をザラザラの舌で舐めると、来た時と同じ足取りで闇に消えた。

 それから、あの子に会うことはなかった。

   *   *   *

 最近になって、母がよく帰ってくるようになった。
 そのころはもうすでに、家からは猫用グッズがさっぱりと消えていて、幾分簡素になっていた。
 母は、新しい猫を飼うかどうか、私に確認したが、物が減った部屋の様相でまだ悩んでいるようだった。
「……ねえ。やっぱり、もう一度猫を飼わない?」
「……お母さん。もう、猫は、いいよ」
 私の小さな声音に、母は気づかず続ける。
「……やっぱりあの子のこと、まだ引きずってるのね?」
「……ううん。もう、小夜(サヨ)は、ちゃんと思い出になったよ。でもね、お母さん」
 自室に飾ってある、小夜の首輪を思い出す。
「……私がこの家を出ていく時になったら、そのときは一緒に考えよっか」
「……ええ。……そうね」

 そのとき、ようやく母は泣いた。

後書き

久しぶりに書きました。
一年ぶり? くらいでしょうか。

もともと800字詰めで書いていたので、
章が短いですがお気なさらず。


作者 灰縞 凪
投稿日:2020/02/26 00:45:39
更新日:2020/02/26 21:34:07
『面影』の著作権は、すべて作者 灰縞 凪様に属します。
HP『灰縞 凪 

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