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作品ID:656
こちらの作品は、「感想希望」で、ジャンルは「純文学」です。
文字数約2199文字 読了時間約2分 原稿用紙約3枚
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小説の属性:純文学 / 異世界ファンタジー / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし /
魔女
作品紹介
永遠と一瞬の境をたゆたう。
時に縛られず、故に魂を何処かに忘れた女を「魔女」と呼んだ。
自身の半身を探し、やがて出会えた喜びを知る。
時に縛られず、故に魂を何処かに忘れた女を「魔女」と呼んだ。
自身の半身を探し、やがて出会えた喜びを知る。
穏やかな木漏れ日の下で、私は在りし日を想った。苔むして、今や成長を続ける森に飲まれようとしている古い墓に摘んだばかりの生き花を手向ける。
「ここにいましたか」
背後から落ち着いた女性の声がかけられた。長年聞きなれたその音色といえど、一時、心を奪われ聞き惚れてしまう。
その主の方へ、私はゆっくりと振り返った。
「ああ。迎えに来てくれたのか。どうも下半身の動きが悪くてな、ここへ来るだけでひと苦労だ」
私が少年だった頃から少しも、あの若く美しい姿は変わらない。彼女は、人間よりも永い時をこの森と生きている。
「最近気が付いたんだがね。どうも私に流れる時は、君に流れる時よりも素早いようだ」
私の冗談にもニコリともせず、彼女は言った。
「私と似た体にしてあげようとしても、拒んだのはあなたです」
「そうだったね。……人間として、最後まで生きていたいという私のわがままを聞いてくれてありがとう」
「今からでも遅くはありません。霊薬を飲みなさい」
「はは……私には必要ないよ」
紅茶の砂糖を断るように、いつも私は彼女の誘いを撥ねてきた。夜伽の誘いは別だったが。
「せっかくだ。しばらくぶりに尋ねるようだけど、君も手向けてみないか」
私は片手に握った花を差し出す。やはり、彼女は静かに首を振った。
「いいえ。私にはその資格はありません」
先ほどよりも少しだけ目を伏せた。きっと他の誰にも気づけないほど微かな「少しだけ」だったが。それでも、彼女から滲む懺悔を感じ取れぬほど私は鈍くはない。
幾度となく彼女に尋ね、その度に断られてきた。だが、この穏やかな今日ならばなんとなく彼女も頷いてくれる気がした。
「資格、か。君らしい考えだ。それなら、君と共に生き、ああして望んだ私にもありはしないとも。私に許されるのは、この限りある命でその存在を忘れないでいることだけだ。それがこうして毎年命日に花を手向けることなんだよ」
「――わかりました。私も手向けます。資格がなくとも、あなたがそれを贖罪とするのなら、私も同じように負いましょう」
私に近づき手から残った花を抜き取ると、私の置いた花に習って墓前に手向けた。動きに合わせて纏った黒いドレスが咲く。まるで影の華が踊るようだ。
「目を閉じて、思い浮かべるんだ」
「はい」
脳裏に浮かんだあの子の姿。もう五十年以上も昔に生まれた私たちの子ども。胎の中で彼女の力を人の形に保つことが出来ず、肉の塊として出でた。そして、彼女の手によって弔われた小さな小さな血の欠片。
「私には、あなたさえいてくれればそれだけでよかった。それでも、あの子を望んでしまった。その理由が、今となってもまだわからないのです」
「……ずっと、考え続けていたのかい」
「はい。確かな答えは、現れることはないのでしょう。あなたでさえ、きっとわかり得ない」
震えた声音でそう言った彼女が、儚げで木漏れ日が映す影に溶けてしまうような気がした。
「いいや。私は知っている。君には少しわかりにくいことなのかもしれないけれど」
「教えてください。私は、それをどうしても知らなければならないのです」
いつになく真剣に問う彼女の様子がおかしくて、つい笑みが漏れてしまった。
「ふふ。もう答えは出ているようだがね」
「――それもいつもの冗談、ですか」
普段は何も映さない錆びた鏡のような彼女だが、こうして話すと色々な表情や感情を持っていて、それを私にだけ見せてくれる。
「すまない。莫迦にしているわけじゃないんだ。君が可愛らしくてね」
「怒りますが、いいですか」
「ははは、悪かったよ。……答えはね。愛しい人と自分の血を分けた存在を、後生に残すということが有限の命を持つものの役割というか、幸福のひとつのかたちなんだ」
「それを、私が理解し、成そうとしたということですか」
「ああ。私と長くいて、私の特性の一つを君も共感できるようになったといった具合だろう」
「――理解しました。故に、私はあなたとの子を望んだ、と」
「……これで気づいたろう? 君は、あの子を望んだその時からもう立派な人だったんだよ」
「私が――?」
「そうだ」
その部分は腑に落ちないようだったが、彼女が聞き返すことはなかった。
「まあ、人間のやり方では上手くいかなかったがね。君のやり方なら、今度は上手くいくかもしれないよ」
私は生来の軽口でそんなことを零してしまった。
「それは、はい。検討します」
その淀みない台詞に、思わず彼女の顔を見た。わずかに頬が赤らんでいる。他の誰にも悟られないほど、どうしようもなく微かな変化だ。そして、照れた彼女を見るのはいつぶりのことだっただろうか。
「これまで意図して避けていたのですが。――今日から、あなたが滅ぶ前までに技術を完成させようと思います。手伝っていただけますか」
「もちろんだとも。何事も、新しい事を始めるのはいいことだ。私も、この老体に鞭打って研究への協力は惜しまないよ」
彼女は私の皺だらけの手を取った。杖を付き、それでも頼りない私の足取りに、ゆったりと歩調を合わせる。
体を支えてくれた白く美しい手は、シミだらけの枯れた指と絡まり、やがて繋ぎ合った。
「ここにいましたか」
背後から落ち着いた女性の声がかけられた。長年聞きなれたその音色といえど、一時、心を奪われ聞き惚れてしまう。
その主の方へ、私はゆっくりと振り返った。
「ああ。迎えに来てくれたのか。どうも下半身の動きが悪くてな、ここへ来るだけでひと苦労だ」
私が少年だった頃から少しも、あの若く美しい姿は変わらない。彼女は、人間よりも永い時をこの森と生きている。
「最近気が付いたんだがね。どうも私に流れる時は、君に流れる時よりも素早いようだ」
私の冗談にもニコリともせず、彼女は言った。
「私と似た体にしてあげようとしても、拒んだのはあなたです」
「そうだったね。……人間として、最後まで生きていたいという私のわがままを聞いてくれてありがとう」
「今からでも遅くはありません。霊薬を飲みなさい」
「はは……私には必要ないよ」
紅茶の砂糖を断るように、いつも私は彼女の誘いを撥ねてきた。夜伽の誘いは別だったが。
「せっかくだ。しばらくぶりに尋ねるようだけど、君も手向けてみないか」
私は片手に握った花を差し出す。やはり、彼女は静かに首を振った。
「いいえ。私にはその資格はありません」
先ほどよりも少しだけ目を伏せた。きっと他の誰にも気づけないほど微かな「少しだけ」だったが。それでも、彼女から滲む懺悔を感じ取れぬほど私は鈍くはない。
幾度となく彼女に尋ね、その度に断られてきた。だが、この穏やかな今日ならばなんとなく彼女も頷いてくれる気がした。
「資格、か。君らしい考えだ。それなら、君と共に生き、ああして望んだ私にもありはしないとも。私に許されるのは、この限りある命でその存在を忘れないでいることだけだ。それがこうして毎年命日に花を手向けることなんだよ」
「――わかりました。私も手向けます。資格がなくとも、あなたがそれを贖罪とするのなら、私も同じように負いましょう」
私に近づき手から残った花を抜き取ると、私の置いた花に習って墓前に手向けた。動きに合わせて纏った黒いドレスが咲く。まるで影の華が踊るようだ。
「目を閉じて、思い浮かべるんだ」
「はい」
脳裏に浮かんだあの子の姿。もう五十年以上も昔に生まれた私たちの子ども。胎の中で彼女の力を人の形に保つことが出来ず、肉の塊として出でた。そして、彼女の手によって弔われた小さな小さな血の欠片。
「私には、あなたさえいてくれればそれだけでよかった。それでも、あの子を望んでしまった。その理由が、今となってもまだわからないのです」
「……ずっと、考え続けていたのかい」
「はい。確かな答えは、現れることはないのでしょう。あなたでさえ、きっとわかり得ない」
震えた声音でそう言った彼女が、儚げで木漏れ日が映す影に溶けてしまうような気がした。
「いいや。私は知っている。君には少しわかりにくいことなのかもしれないけれど」
「教えてください。私は、それをどうしても知らなければならないのです」
いつになく真剣に問う彼女の様子がおかしくて、つい笑みが漏れてしまった。
「ふふ。もう答えは出ているようだがね」
「――それもいつもの冗談、ですか」
普段は何も映さない錆びた鏡のような彼女だが、こうして話すと色々な表情や感情を持っていて、それを私にだけ見せてくれる。
「すまない。莫迦にしているわけじゃないんだ。君が可愛らしくてね」
「怒りますが、いいですか」
「ははは、悪かったよ。……答えはね。愛しい人と自分の血を分けた存在を、後生に残すということが有限の命を持つものの役割というか、幸福のひとつのかたちなんだ」
「それを、私が理解し、成そうとしたということですか」
「ああ。私と長くいて、私の特性の一つを君も共感できるようになったといった具合だろう」
「――理解しました。故に、私はあなたとの子を望んだ、と」
「……これで気づいたろう? 君は、あの子を望んだその時からもう立派な人だったんだよ」
「私が――?」
「そうだ」
その部分は腑に落ちないようだったが、彼女が聞き返すことはなかった。
「まあ、人間のやり方では上手くいかなかったがね。君のやり方なら、今度は上手くいくかもしれないよ」
私は生来の軽口でそんなことを零してしまった。
「それは、はい。検討します」
その淀みない台詞に、思わず彼女の顔を見た。わずかに頬が赤らんでいる。他の誰にも悟られないほど、どうしようもなく微かな変化だ。そして、照れた彼女を見るのはいつぶりのことだっただろうか。
「これまで意図して避けていたのですが。――今日から、あなたが滅ぶ前までに技術を完成させようと思います。手伝っていただけますか」
「もちろんだとも。何事も、新しい事を始めるのはいいことだ。私も、この老体に鞭打って研究への協力は惜しまないよ」
彼女は私の皺だらけの手を取った。杖を付き、それでも頼りない私の足取りに、ゆったりと歩調を合わせる。
体を支えてくれた白く美しい手は、シミだらけの枯れた指と絡まり、やがて繋ぎ合った。
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