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作品ID:666
こちらの作品は、「感想希望」で、ジャンルは「一般小説」です。
文字数約9657文字 読了時間約5分 原稿用紙約13枚
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小説の属性:一般小説 / 現代ファンタジー / 感想希望 / 上級者 / 年齢制限なし /
#死神目撃情報
作品紹介
陰気なビルを写真に収め「#死神目撃情報」のハッシュタグをつけて投稿する。そんな学生時代の遊びを続ける主人公。ある日彼の元に、投稿した写真のビルで起きた事故について尋ねてくる人物が現れる。
1
子供と大人の境界はどこなのだろう。
ふとそんなことを考える。成人したら大人? 制度上はそうだろうけど、心は割と中学生とか、早いやつなら小学生から「大人っぽい」感じになるじゃないか。
――ああ、集中できない。
俺は読んでいた本を閉じて外を見た。昼下がりの電車はまばらに乗客を乗せ、街と街をつないでぐるぐる走る。
まどろみからくる集中力の低下。よくあることだが、俺の場合、本を読んでいるときに眠くなると、斜め読みのページから目についた単語が頭から離れなくなる。けれども意識はとんだり覚醒したりでまとまらないので、思考はごく短く、何の意味もなく終わる。
定期的な振動に、暖かい日差し。秋の午後、列車の中は昼寝にはうってつけだ。とはいえもうすぐ降車駅だから眠るわけにはいかない。
外に目をやる。荒涼としたビル群が街をなめるように埋め尽くしている。
俺はひとつのビルに目をつける。屋上に製薬会社の看板が乗った建物。本をしまい、タブレットで地図を確認した。
ふと目線を感じて顔を上げる。向かい側に座った小学生が俺の鞄からはみ出た本をちらちらと見ていた。
この車両で、いや、この電車の中で紙の本を読んでいるのは俺だけだろう。それぐらい、本というものを街の中では見かけなくなった。新刊書店はネット上にしか存在していない。
電子書籍以外で本を買おうと思ったら古本屋をめぐるしかなくなって久しい。小学生だって教科書はすべてタブレットに収まっているから、もはやランドセルだって薄くなっている。軽そうでいいな。俺の頃はまだ毎日あの重い紙の束をランドセルにつっこんで、重荷を背負わされた罪人のごとく学校に通っていたのに。
俺の視線に、小学生はぱっと立ち上がって隣の車両に走っていった。目で追いかけていると、電車がゆるやかに駅へとすべりこむのが見えた。
仕事が休みの日、気が向いたら「知らない駅に行ってみる」のが最近の俺の趣味だ。
なんの生産性もない行為。なんなら無駄足を踏むことのほうが多い。それでも俺がそこを目指すのには理由があった。
「――よし。」
目星をつけたビルを見る。まわりのビルより低くて、影になっているそれはどこか不気味な雰囲気をまとっている。廃ビルではないようだが、看板も擦り切れてあまり読めなくなっているし、人の気配もない。チカチカと瞬く光が入り口から漏れている。
俺はあたりを歩きながら、ビルを写真に収めた。古い一眼レフは父親からのおさがりで、次に壊れたらもう直せないとメーカーにさじを投げられた骨董品。画質もタブレットより悪いかもしれない。
でもそれがなにより好ましい。
何枚か撮る。なるべく逆光で、陰影がはっきりするように。
カメラはアナログにもフィルムを使うタイプで、現像してみないとどうなっているかはわからない。けれど、コツさえ覚えておけば似たような雰囲気の写真を撮るのには慣れてくる。
薄暗くて、ジメっとしていて、救いのなさそうな。
そんな、建物の写真。
五枚目を撮ったとき、フィルムを回そうとして突っかかりを感じる。見ればフィルム交換のサインが出ている。
今日はここまでにしよう。
移動、撮影、移動。それだけで休日が終わっていく。不思議とむなしさを感じたことはない。
家の近くの写真館で、店主にフィルムを預ける。前は自分の家の暗室で現像していたが、最近はめっきりこちらに頼っている。
年老いた店主は、俺とフィルムを見比べた。
「また陰気な写真撮ってるの?」
「ええ、まあ。」
「物好きだねえ」
何気ない会話のつもりなのだろうけど、気分が沈んでいくのを感じる。
深く深く、地中にめり込みでもするんじゃないかというぐらい体が重い。さいきんあまりなかったから、なんだか苦笑してしまう。
店主は短く受取日を言って、日付の書かれたメモを渡してきた。俺は早々に店を出た。
2
ビルの写真をいいと言ってくれたのは、高校の同級生だった。
一年生の時。名前順で整えられた教室で。たまたま隣の席になった彼女は、窓側の席だったからかいつも外ばかり見ていた。
それが景色を見たかったから、とか、授業がつまらないという理由ではなく、「他人に顔を見られたくないから」だということに気がついたのは俺が最初だと思う。
ほんとうにたまたま、彼女のことをネットで見た。
大きなギターを抱えた姿。小学生のときに流行った歌のうまい女の子。確かどこか大手のIT企業の社長令嬢って噂もあった。同い年だったからよく覚えている。
いつの間にかテレビから消えた少女が、成長して隣の席にいた。
そのことを指摘する勇気なんてなかったはずなのに、なぜか彼女にはばれてしまった。
「ね、これあなたでしょ。」
昼休み。校舎はずれの自販機でジュースを買っていたら声をかけられた。彼女が持っているのはスマートフォン。そしてそこには俺の写真用SNSアカウント「戻」が表示されていた。
「――なんで。」
「授業用のタブレットでおんなじ写真見てたじゃん。」
しまった。ばれないように見てたつもりだったのに。
彼女はいたずらっ子のように笑う。俺は伝家の宝刀として彼女の素性について問い詰めようとしたが、その前に俺のスマートフォンが通知音を鳴らす。
しまった。フォローされた。
しかも相手のアカウントは間違いなく芸名のままで、俺はあまりに正直な彼女に頭を抱えた。
「クラスで直接聞いてきてないの、あなただけだよ。」
「まじか。」
「まじ。」
全然みんなにばれてた。
「……もう歌ってないの?」
「ううん、ギターも歌もたまにやるよー。もう表で歌うつもりないけど。」
俺が自販機の隣のベンチに座ると彼女も当たり前のように隣に座ってくる。自分のアカウントを見ている人が隣にいるの、端的に恥ずかしいからやめてほしい。
「ね、なんでこんな暗い写真ばっかなの?」
「そういう趣味なの。」
「なんかハッシュタグ使わないの? 検索したいときに困るんだけど。」
「君しか見てないし、俺しか投稿しないから大丈夫。」
「そうじゃなくてさー。」
彼女はおおきくのびをする。
「わたしもこういうの、好きだから、撮ったら投稿したいわけ。で、君の写真もまとめてみたいわけ。わかる?」
「わかるけどわかりたくない……。」
えーなんでー、と彼女は口をとがらせる。俺はいまだに数十万人のフォロワーのいる彼女のアカウントを見て、ため息をついた。
「せめて違うアカウントでやってくれ。」
俺の言葉に彼女は少し考えて、すぐにスマートフォンを操作する。一分もしないうちに新しいフォロー通知が俺のスマートフォンから鳴り響く。
簡単に「りあ」とだけ名付けられたまっさらなアカウント。今度は本名のほうにしたのか。
「ね、今度投稿するときはハッシュタグ、なんかつけてね。」
それから、俺たちは「#死神目撃情報」というハッシュタグで陰気なビルを探しては撮り、SNSにあげるようになった。
たまに別の人がハッシュタグを使ってくることもあったが、おおむね「戻」と「りあ」しか投稿しなくなり、クラスではまったく会話の生まれない二人のコミュニケーションツールになっていた。
卒業後もそれは続いていたが、ある写真を最後に彼女の投稿はなくなった。
3
「さいきんさ。新曲を出してみないかって親に言われたんだけど。ぜーんぜんやる気起きない。だったら写真撮ってたい。」
「りあ」とは別々の大学に進学したけれど、住んでいるのは近くだったから高校の頃より連絡を取って会っていた。
彼女は河川敷でぽろぽろギターを弾きながらそんなことを言っていた。
俺はそんな彼女に生返事を返し、写真に撮って困らせた。
ほんの数年前の事なのに、遠い昔のような気もする。
彼女が亡くなったことに気がついたのは、SNSに写真が投稿されなくなった、今から半年前。最後の写真はビルの写真ではなく、ビルの屋上から下を見下ろすアングルだった。
ああ、彼女は飛んだのだ。そこから。名も知れぬ高いビルの上から。
いまだにその写真を見ると足がすくむ。
俺は呆然と半年を過ごし、さいきんになってようやく写真を撮るのを再開した。出歩けるようになったのもここ一ヶ月のことで、それ以前の記憶は割と抜けている。
彼女の死を想えるようになったのもここ最近だ。さぞ世間への影響もあったことだろう。何度も記事を検索しようとしてやめた。
しかし、俺の逡巡に反して未だ世間は彼女の死に気がついていない。
彼女の「公式アカウント」は、まだ活動しているからだ。
アカウントを見たとき、いやな汗が出て、スマホを取り落として画面が粉々になった。
今日も日が暮れる。夜になってパソコンを立ち上げれば、動画サイトで彼女の配信がはじまる。
彼女に雰囲気の似たアバターがほほ笑み、快活に喋りだす。まるで彼女みたいに。笑い方も喋り方の癖もその声も、目の前に彼女がいるみたいにそっくりだ。
俺が眺めている間にもコメントが読めない速度で流れていき、数万人が視聴していることが表示されている。
「みんなのために歌います。」
歌い出した曲、ギターの演奏。聞いたことのないそれは彼女の新曲だそうだ。
二十年ぶりに表舞台に立ったシンガーは、ヴァーチャルの皮をかぶって元気そうにしている。
その日珍しく俺の家に人が訪ねてきた。
「警視庁の――。」
なんだか小難しい部署の名前が続く。若い刑事を後ろに従えた初老の男性刑事は俺に任意同行を求めた。
「任意なんですよね。」
「はい。」
「今日、二週間ぶりの休みなんです。ゆっくりさせてください。」
「……お出かけの予定が?」
刑事は俺の着ている上着、そして首にかけたカメラをちらりと見た。
ああ、予想通りだ。
「写真家なもので。ちょっと撮影に。」
「そうですか。――では出直します。失礼ですがお勤めの会社を聞いても?」
そんなの調べればすぐわかるだろうに。
俺は律儀に所属を答え、若い刑事のほうがメモを取り、二人して会釈して離れていった。俺はバクバクとうるさい心臓をおちつけるために深呼吸をする。
「――いやあ、びっくりしましたねえ。」
刑事の姿が見えなくなったころ、何気なく廊下を歩いてきた人物が俺に話しかけて来た。
いっしゅん近所の住人かと思ったが、こんな特徴的な人物は見たことがない。低めの背にトレンチコート。猫のような目を細めて俺の事をニヤニヤ見ている。中性的だが、おそらく女性。
「どちら様ですか。」
俺は家に鍵をかけながらぶっきらぼうに答える。
「ああ、ごめんなさい。たぶん刑事さんたちと似たようなことを聞きに来たんですけど。――あ、断られてもついていきます。ぼくは公僕ではないもんで。」
……ああ、めんどくさい。
けれども、心のどこかでこういう日が来るのはわかっていた気がする。
「小堺ともうします。探偵のようなことをしてまして。」
「はあ。」
家の近くのファミレス。探偵――小堺氏は勝手に注文したパフェを食べつつ、ポケットから折りたたまれたタブレットを取り出す。
「ええと、木谷守哉さん。職業はスタジオカメラマン。あってます?」
「まあ。」
「SNSに『#死神目撃情報』なるハッシュタグをつけて写真を投稿している『戻』さんってあなたの事ですよね。」
「……まあ。」
小堺氏はタブレットでニュースサイトを表示する。検索ワードは――「自殺」。
「ここ最近市内で起きている自殺について、ある共通点があったんですよ。自殺した人は一様にあなたのアカウントをフォローしている。そして『#死神目撃情報』によく反応していたんです。そして、写真のビルで投身自殺をしている。それも何人も。」
「それって、なにかの罪に問われるんですか。」
「自殺ほう助になるかもですねえ。少なくともあの刑事さんたちはその線で聞きに来たんだと思いますよ。」
俺は窓の外に視線をやる。教室の彼女みたいに。
「きっとあなたにはその気はなかったんでしょうが。――でも、それだけじゃない気もするんですよ。」
「というと?」
「別に他人を自殺させようとしたわけではないが、何か目的があって写真を上げ続けている。そんな気がして。」
俺は小堺氏に視線を戻す。こんな話をしながらも机の上のパフェはほとんど完食している。
「……どこまで調べがついているんです?」
「いやあ、それがここからは確証がなくってどうにも捜査が行き詰まりまして。じゃあ本人に直接聞いちゃえとなりまして。」
へらへらと笑う小堺氏。けれども俺は、その(・・)勘(・)の(・)よさ(・・)が(・)欲しかった(・・・・・)のだ。
「ちなみに、調査依頼をした人って誰なんですか。」
「それは個人情報なのでぼくからは。――ただまあ、自殺者の身内の方とだけ言っておきましょう。」
「そうですか。――じゃあ。」
俺は小堺氏のタブレットに表示された「#死神目撃情報」の検索結果をスクロールし、彼女のアカウントを表示する。
「これ以上深入りしたいのなら、このアカウントを調べてください。どうなっても知りませんが。」
4
あれから一週間が経った。
「やってくれましたね。」
息を切らしてやってきた小堺氏にコップに入った水を渡すと、一息に飲み干し、開口一番そう言った。
「はて、なんのことでしょう。」
「とぼけないでください。どうしてこのアカウントが麦野莉愛のアカウントだって最初に教えてくれなかったんですか! まったくひどい目に遭いました。」
俺は肩をすくめる。想像以上に重要な情報を仕入れてくれたのか、どうやら修羅場をくぐってきたらしい。玄関先で座りこんだ小堺氏が落ち着いたところで、俺はリビングに小堺氏を連れて行った。
コートの内側から茶封筒を取り出し、小堺氏は何枚かの書類を並べる。
「まずはアカウント『りあ』から。これが麦野莉愛のアカウントであることは割とすぐにわかりました。」
「さすが探偵さん。」
「茶化さないでください。あなたが『りあ』と同じ高校だったこと、クラスが一緒だったこと、進学後も連絡を取っていたことも把握済みです。」
小堺氏はそこまで行ってふう、と息をつく。
「ご本人が目の前にいることですし言いますが……。あなたが把握しているのはこの『りあ』が消息を絶ったところまで。その後彼女がヴァーチャルシンガーとして活動していることに疑念を抱いている。合ってます?」
「消息を絶つ……生きてるんですか? 彼女。」
「死亡届は出されてません。」
すごい。探偵ってそういうのも調べられるんだ。
「ぼくが把握できたのはこの最後の投稿の日、写真に写っているビルで投身自殺があり、搬送された人がいるってことです。すくなくとも身柄は病院に送られていて、その後入院もしている。」
「へえ。」
「――はぐらかさないでいただけますか?」
小堺氏のていねいな口調に俺は資料から顔を上げる。すっかり意気は落ち着いていて、まっすぐに「俺」を見ている。
「何がですか。」
「最初の質問に答えてください。ああ、聞き方を変えましょう。あなたは事実をどこまで把握しているんですか? いや、覚えているんですか?」
俺は答える気もなく、口を噤む。小堺氏の資料には答えが書かれていたからだ。あえて、その部分を読み上げる。
「……『ビルから落ちたのは女性が麦野莉愛さん、男性が木谷守也さん。二人とも意識不明で緊急搬送されるが、搬送先の病院までは特定不能』。」
そうだ。あの日、俺は彼女の投稿を見て、すぐに彼女の行きつけの喫茶店が入る雑居ビルの屋上であることを理解した。気がついたら走っていたし、さいわい俺が着いたとき、まだ彼女は屋上にいた。そして、
「あなたは彼女と落ちて、半年経ってピンピンしている。――あなた方の投稿を見た妹は、ビルから投身自殺して亡くなっているのに。」
小堺氏の憎しみのこもった声が震えている。
「依頼人はあなた自身でしたか。」
「ええ。探偵ですから。妹の背中を押したきっかけになるものがなんだったのか、調べたんですよ。」
「別に、惰性で続けていただけで他意は、」
「そんなことありませんよね? ここ二か月ほぼ毎日投稿しているじゃないですか。」
――そうだ。仕事もせずにふらふらと、毎日写真を撮っている。彼女みたいにスマホでてきとうに撮って、すぐに上げて――。
きりきりと頭が痛む。なにかおかしい。
食い違いが大きくなってきた――そろそろ調整しないと。
なにを?
俺は頭を押さえる。頭痛は急激に割れそうなほどの痛みに変わっていった。
「『俺』は――――『私』は。」
「木谷さん?」
わたし。私。そうだ。私は私だ。
少し、頭痛がおさまった。
「そうですね。意図がないかと言われると違います。」
「喋る気になりましたか。」
「ええ。こちらにどうぞ。」
『私』は立ちあがって、暗室のほうへと導いた。
ベッドルームとは違うもう一つの部屋。しばらく前から暗室としては使えなくなってしまった部屋。扉を開ければそこには陰鬱な暗がりと、真ん中に鎮座した二つの介護ベッド。そして機械類。
怪訝そうにそれを見た小堺氏は、ふとベッドの上に乗せられたヘッドギアに目をつけた。
「これって、麦野莉愛の父親の会社のものじゃ。」
小堺氏が振り向く前に、引き出しから取り出したスタンガンを押しつける。びくりと跳ねた体がそのままベッドに倒れこんだ。
私はそのままベッドに投げ出したヘッドギアを頭にかぶった。フルフェイスヘルメットに似たフォルムのそれは目線だけで操作ができる。
『クラウドに同期――問い合わせ中――――パスワード確認――――生体認証――――――確認。ファイルに接続。ファイル名「麦野莉愛」。データの上書きを開始します。リラックスできる姿勢でそのままお待ちください。』
5
人は二度死ぬ。一回目は自分自身が死んだとき。二回目は誰からも忘れられたとき。
だとすれば、二回目の死を決定づけることができる人物というのは、故人にとって最も重要な人であるべきではないか。
故人から、一番想われる人物になるのではないか。
だから私は、彼の一番になることにした。
私は小さいときからずっと脳をはじめとする体のデータを研究に提供していて、会社はそれを元に「完璧な歌唱のできる」と謳うAIを開発、発表目前だった。
実際のところ、それはただ歌がうまいAIなどではなかった。私のデータをすべて取り込んだ、いわばもうひとりの私。
このままでは私ではない私自身が、私の意志に反してこの世に発表されてしまう。
だから、飛び降りようと思った。
本物がいなくなれば、さすがにAIの運用も見直さないといけないだろうから。
彼の写真に惹かれたのは、自分の最期をどこで迎えるかずっと考えていたからだと思う。そこに私の求める答えがある気がしたから。
半年前。病院に運ばれたとき、彼は脳死状態。私は全身麻痺になったけど意識は一週間で取り戻した。その後すぐに父親の会社お抱えの研究機関に転院した。
研究員の兄に頼みこんで二人で脱出できたのは最近の事だ。
彼の自宅に脳をバックアップできる機械を持ち込み、二人分のベッドを設置。私は彼の彼の脳に自分の「意識」を上書きして「憑依」している。
すべてうまくいっていた。私がヴァーチャルシンガーとしてデビューするまでは。
甘かった。現実の大人たちは私よりも貪欲で、私に不幸が降りかかろうが関係なく、私のAIは、私本人としてリリースされたのだ。
ゆるせなかった。
私はここに居る。生きている。元の人間が死ねば縁起でもないそんなAI、すぐに破棄されるだろうと思っていた私が馬鹿だった。
それからは積極的に写真を投稿した。なるべく自分が死にたくなるようなビルを選んで。本物の「死神」になるために。
そうすれば、必ず真実を追い求める人がやって来ると信じて。
小堺さんの情報を元に、私は父親の隠しオフィスに忍びこんだ。厳重に管理されたそこを、父親の部屋からくすねたマスターキーでどんどん進んでいく。
AIのマスターコンピューターは、この先のデータ室にある。
元データは完全オフラインで、都度更新データを流しこんで完成させたそうだ。だから大本を探さないと私の目的は達成できなかった。ここまでの情報を調べてくれた小堺さんには感謝しかない。後でちゃんと妹さんのところに送ってあげないと。
「――りあ。」
データ室を開いた私に、後ろから声がかかる。見れば兄が立っていた。
「どうしたの。」
「警備リンク切っておいた。マスターキーとはいえこの時間にここに人がいるのは怪しいから。」
「……ありがとう。」
兄と目線が会う。そうだ、今は彼の体だから、いつも見上げていた兄と同じ身長なのだ。つい笑ってしまう。
「どうした?」
「ううん。ありがとう、ここまで付き合ってくれて。」
「いいよ。リアには苦労させっぱなしだったし。」
そのあたりの兄の負い目は私にはさっぱりだった。けれども兄には兄の考えがあるらしく、ずっと協力的だった。
「それよりいいのか? こいつはAIであると同時にお前の完全な脳のバックアップだ。これを壊せば、以降は自分の体に戻ることも、誰かに憑依することもできなくなる。それでもやるのか?」
「うん。私の声も、歌も、――死だって、私が自由にできるはずでしょ。」
模倣品なんていらない。私は、もう一人の私を認めない。
それに。
「これで、どうなろうと、彼も私も『二番目の死』を自分のものにできる。」
私は3Dプリンタで出力した小型銃を取り出して、コンピューターに向けた。
「さよなら、私。」
ヴァーチャルシンガー「りあ」は、一時期の話題が嘘のようにひっそりと人気をなくしていき、いつの間にか姿を見せなくなった。おそらく元データがなくなって自我を維持できなくなったんだろう。一昔前の歌を歌わせることのできるソフトとなんの変わりもない、ただのデータになり下がって。
そんなもの、いまさら商品価値はない。
私は、今日も写真を撮っている。
心残りは彼の事だけだ。こんなことに巻きこんで、申し訳なく思っている。
だから、彼のやりたかったことをさせてあげたい。
彼の撮っていたような写真を撮ろうとすると、しぜんと体が動くのだ。まるで、体の中にもう一つ意識があるみたいに。
ああ、復活は近いかもしれない。
「二番目の死」を受け入れるのは、どちらが早いだろう。もしも彼の意識が戻ったら、私は、この体から消えてなくなるのかな。
どうなるかはわからない。けれど、私たちはその時を待ちながら、淡々と生きている。
子供と大人の境界はどこなのだろう。
ふとそんなことを考える。成人したら大人? 制度上はそうだろうけど、心は割と中学生とか、早いやつなら小学生から「大人っぽい」感じになるじゃないか。
――ああ、集中できない。
俺は読んでいた本を閉じて外を見た。昼下がりの電車はまばらに乗客を乗せ、街と街をつないでぐるぐる走る。
まどろみからくる集中力の低下。よくあることだが、俺の場合、本を読んでいるときに眠くなると、斜め読みのページから目についた単語が頭から離れなくなる。けれども意識はとんだり覚醒したりでまとまらないので、思考はごく短く、何の意味もなく終わる。
定期的な振動に、暖かい日差し。秋の午後、列車の中は昼寝にはうってつけだ。とはいえもうすぐ降車駅だから眠るわけにはいかない。
外に目をやる。荒涼としたビル群が街をなめるように埋め尽くしている。
俺はひとつのビルに目をつける。屋上に製薬会社の看板が乗った建物。本をしまい、タブレットで地図を確認した。
ふと目線を感じて顔を上げる。向かい側に座った小学生が俺の鞄からはみ出た本をちらちらと見ていた。
この車両で、いや、この電車の中で紙の本を読んでいるのは俺だけだろう。それぐらい、本というものを街の中では見かけなくなった。新刊書店はネット上にしか存在していない。
電子書籍以外で本を買おうと思ったら古本屋をめぐるしかなくなって久しい。小学生だって教科書はすべてタブレットに収まっているから、もはやランドセルだって薄くなっている。軽そうでいいな。俺の頃はまだ毎日あの重い紙の束をランドセルにつっこんで、重荷を背負わされた罪人のごとく学校に通っていたのに。
俺の視線に、小学生はぱっと立ち上がって隣の車両に走っていった。目で追いかけていると、電車がゆるやかに駅へとすべりこむのが見えた。
仕事が休みの日、気が向いたら「知らない駅に行ってみる」のが最近の俺の趣味だ。
なんの生産性もない行為。なんなら無駄足を踏むことのほうが多い。それでも俺がそこを目指すのには理由があった。
「――よし。」
目星をつけたビルを見る。まわりのビルより低くて、影になっているそれはどこか不気味な雰囲気をまとっている。廃ビルではないようだが、看板も擦り切れてあまり読めなくなっているし、人の気配もない。チカチカと瞬く光が入り口から漏れている。
俺はあたりを歩きながら、ビルを写真に収めた。古い一眼レフは父親からのおさがりで、次に壊れたらもう直せないとメーカーにさじを投げられた骨董品。画質もタブレットより悪いかもしれない。
でもそれがなにより好ましい。
何枚か撮る。なるべく逆光で、陰影がはっきりするように。
カメラはアナログにもフィルムを使うタイプで、現像してみないとどうなっているかはわからない。けれど、コツさえ覚えておけば似たような雰囲気の写真を撮るのには慣れてくる。
薄暗くて、ジメっとしていて、救いのなさそうな。
そんな、建物の写真。
五枚目を撮ったとき、フィルムを回そうとして突っかかりを感じる。見ればフィルム交換のサインが出ている。
今日はここまでにしよう。
移動、撮影、移動。それだけで休日が終わっていく。不思議とむなしさを感じたことはない。
家の近くの写真館で、店主にフィルムを預ける。前は自分の家の暗室で現像していたが、最近はめっきりこちらに頼っている。
年老いた店主は、俺とフィルムを見比べた。
「また陰気な写真撮ってるの?」
「ええ、まあ。」
「物好きだねえ」
何気ない会話のつもりなのだろうけど、気分が沈んでいくのを感じる。
深く深く、地中にめり込みでもするんじゃないかというぐらい体が重い。さいきんあまりなかったから、なんだか苦笑してしまう。
店主は短く受取日を言って、日付の書かれたメモを渡してきた。俺は早々に店を出た。
2
ビルの写真をいいと言ってくれたのは、高校の同級生だった。
一年生の時。名前順で整えられた教室で。たまたま隣の席になった彼女は、窓側の席だったからかいつも外ばかり見ていた。
それが景色を見たかったから、とか、授業がつまらないという理由ではなく、「他人に顔を見られたくないから」だということに気がついたのは俺が最初だと思う。
ほんとうにたまたま、彼女のことをネットで見た。
大きなギターを抱えた姿。小学生のときに流行った歌のうまい女の子。確かどこか大手のIT企業の社長令嬢って噂もあった。同い年だったからよく覚えている。
いつの間にかテレビから消えた少女が、成長して隣の席にいた。
そのことを指摘する勇気なんてなかったはずなのに、なぜか彼女にはばれてしまった。
「ね、これあなたでしょ。」
昼休み。校舎はずれの自販機でジュースを買っていたら声をかけられた。彼女が持っているのはスマートフォン。そしてそこには俺の写真用SNSアカウント「戻」が表示されていた。
「――なんで。」
「授業用のタブレットでおんなじ写真見てたじゃん。」
しまった。ばれないように見てたつもりだったのに。
彼女はいたずらっ子のように笑う。俺は伝家の宝刀として彼女の素性について問い詰めようとしたが、その前に俺のスマートフォンが通知音を鳴らす。
しまった。フォローされた。
しかも相手のアカウントは間違いなく芸名のままで、俺はあまりに正直な彼女に頭を抱えた。
「クラスで直接聞いてきてないの、あなただけだよ。」
「まじか。」
「まじ。」
全然みんなにばれてた。
「……もう歌ってないの?」
「ううん、ギターも歌もたまにやるよー。もう表で歌うつもりないけど。」
俺が自販機の隣のベンチに座ると彼女も当たり前のように隣に座ってくる。自分のアカウントを見ている人が隣にいるの、端的に恥ずかしいからやめてほしい。
「ね、なんでこんな暗い写真ばっかなの?」
「そういう趣味なの。」
「なんかハッシュタグ使わないの? 検索したいときに困るんだけど。」
「君しか見てないし、俺しか投稿しないから大丈夫。」
「そうじゃなくてさー。」
彼女はおおきくのびをする。
「わたしもこういうの、好きだから、撮ったら投稿したいわけ。で、君の写真もまとめてみたいわけ。わかる?」
「わかるけどわかりたくない……。」
えーなんでー、と彼女は口をとがらせる。俺はいまだに数十万人のフォロワーのいる彼女のアカウントを見て、ため息をついた。
「せめて違うアカウントでやってくれ。」
俺の言葉に彼女は少し考えて、すぐにスマートフォンを操作する。一分もしないうちに新しいフォロー通知が俺のスマートフォンから鳴り響く。
簡単に「りあ」とだけ名付けられたまっさらなアカウント。今度は本名のほうにしたのか。
「ね、今度投稿するときはハッシュタグ、なんかつけてね。」
それから、俺たちは「#死神目撃情報」というハッシュタグで陰気なビルを探しては撮り、SNSにあげるようになった。
たまに別の人がハッシュタグを使ってくることもあったが、おおむね「戻」と「りあ」しか投稿しなくなり、クラスではまったく会話の生まれない二人のコミュニケーションツールになっていた。
卒業後もそれは続いていたが、ある写真を最後に彼女の投稿はなくなった。
3
「さいきんさ。新曲を出してみないかって親に言われたんだけど。ぜーんぜんやる気起きない。だったら写真撮ってたい。」
「りあ」とは別々の大学に進学したけれど、住んでいるのは近くだったから高校の頃より連絡を取って会っていた。
彼女は河川敷でぽろぽろギターを弾きながらそんなことを言っていた。
俺はそんな彼女に生返事を返し、写真に撮って困らせた。
ほんの数年前の事なのに、遠い昔のような気もする。
彼女が亡くなったことに気がついたのは、SNSに写真が投稿されなくなった、今から半年前。最後の写真はビルの写真ではなく、ビルの屋上から下を見下ろすアングルだった。
ああ、彼女は飛んだのだ。そこから。名も知れぬ高いビルの上から。
いまだにその写真を見ると足がすくむ。
俺は呆然と半年を過ごし、さいきんになってようやく写真を撮るのを再開した。出歩けるようになったのもここ一ヶ月のことで、それ以前の記憶は割と抜けている。
彼女の死を想えるようになったのもここ最近だ。さぞ世間への影響もあったことだろう。何度も記事を検索しようとしてやめた。
しかし、俺の逡巡に反して未だ世間は彼女の死に気がついていない。
彼女の「公式アカウント」は、まだ活動しているからだ。
アカウントを見たとき、いやな汗が出て、スマホを取り落として画面が粉々になった。
今日も日が暮れる。夜になってパソコンを立ち上げれば、動画サイトで彼女の配信がはじまる。
彼女に雰囲気の似たアバターがほほ笑み、快活に喋りだす。まるで彼女みたいに。笑い方も喋り方の癖もその声も、目の前に彼女がいるみたいにそっくりだ。
俺が眺めている間にもコメントが読めない速度で流れていき、数万人が視聴していることが表示されている。
「みんなのために歌います。」
歌い出した曲、ギターの演奏。聞いたことのないそれは彼女の新曲だそうだ。
二十年ぶりに表舞台に立ったシンガーは、ヴァーチャルの皮をかぶって元気そうにしている。
その日珍しく俺の家に人が訪ねてきた。
「警視庁の――。」
なんだか小難しい部署の名前が続く。若い刑事を後ろに従えた初老の男性刑事は俺に任意同行を求めた。
「任意なんですよね。」
「はい。」
「今日、二週間ぶりの休みなんです。ゆっくりさせてください。」
「……お出かけの予定が?」
刑事は俺の着ている上着、そして首にかけたカメラをちらりと見た。
ああ、予想通りだ。
「写真家なもので。ちょっと撮影に。」
「そうですか。――では出直します。失礼ですがお勤めの会社を聞いても?」
そんなの調べればすぐわかるだろうに。
俺は律儀に所属を答え、若い刑事のほうがメモを取り、二人して会釈して離れていった。俺はバクバクとうるさい心臓をおちつけるために深呼吸をする。
「――いやあ、びっくりしましたねえ。」
刑事の姿が見えなくなったころ、何気なく廊下を歩いてきた人物が俺に話しかけて来た。
いっしゅん近所の住人かと思ったが、こんな特徴的な人物は見たことがない。低めの背にトレンチコート。猫のような目を細めて俺の事をニヤニヤ見ている。中性的だが、おそらく女性。
「どちら様ですか。」
俺は家に鍵をかけながらぶっきらぼうに答える。
「ああ、ごめんなさい。たぶん刑事さんたちと似たようなことを聞きに来たんですけど。――あ、断られてもついていきます。ぼくは公僕ではないもんで。」
……ああ、めんどくさい。
けれども、心のどこかでこういう日が来るのはわかっていた気がする。
「小堺ともうします。探偵のようなことをしてまして。」
「はあ。」
家の近くのファミレス。探偵――小堺氏は勝手に注文したパフェを食べつつ、ポケットから折りたたまれたタブレットを取り出す。
「ええと、木谷守哉さん。職業はスタジオカメラマン。あってます?」
「まあ。」
「SNSに『#死神目撃情報』なるハッシュタグをつけて写真を投稿している『戻』さんってあなたの事ですよね。」
「……まあ。」
小堺氏はタブレットでニュースサイトを表示する。検索ワードは――「自殺」。
「ここ最近市内で起きている自殺について、ある共通点があったんですよ。自殺した人は一様にあなたのアカウントをフォローしている。そして『#死神目撃情報』によく反応していたんです。そして、写真のビルで投身自殺をしている。それも何人も。」
「それって、なにかの罪に問われるんですか。」
「自殺ほう助になるかもですねえ。少なくともあの刑事さんたちはその線で聞きに来たんだと思いますよ。」
俺は窓の外に視線をやる。教室の彼女みたいに。
「きっとあなたにはその気はなかったんでしょうが。――でも、それだけじゃない気もするんですよ。」
「というと?」
「別に他人を自殺させようとしたわけではないが、何か目的があって写真を上げ続けている。そんな気がして。」
俺は小堺氏に視線を戻す。こんな話をしながらも机の上のパフェはほとんど完食している。
「……どこまで調べがついているんです?」
「いやあ、それがここからは確証がなくってどうにも捜査が行き詰まりまして。じゃあ本人に直接聞いちゃえとなりまして。」
へらへらと笑う小堺氏。けれども俺は、その(・・)勘(・)の(・)よさ(・・)が(・)欲しかった(・・・・・)のだ。
「ちなみに、調査依頼をした人って誰なんですか。」
「それは個人情報なのでぼくからは。――ただまあ、自殺者の身内の方とだけ言っておきましょう。」
「そうですか。――じゃあ。」
俺は小堺氏のタブレットに表示された「#死神目撃情報」の検索結果をスクロールし、彼女のアカウントを表示する。
「これ以上深入りしたいのなら、このアカウントを調べてください。どうなっても知りませんが。」
4
あれから一週間が経った。
「やってくれましたね。」
息を切らしてやってきた小堺氏にコップに入った水を渡すと、一息に飲み干し、開口一番そう言った。
「はて、なんのことでしょう。」
「とぼけないでください。どうしてこのアカウントが麦野莉愛のアカウントだって最初に教えてくれなかったんですか! まったくひどい目に遭いました。」
俺は肩をすくめる。想像以上に重要な情報を仕入れてくれたのか、どうやら修羅場をくぐってきたらしい。玄関先で座りこんだ小堺氏が落ち着いたところで、俺はリビングに小堺氏を連れて行った。
コートの内側から茶封筒を取り出し、小堺氏は何枚かの書類を並べる。
「まずはアカウント『りあ』から。これが麦野莉愛のアカウントであることは割とすぐにわかりました。」
「さすが探偵さん。」
「茶化さないでください。あなたが『りあ』と同じ高校だったこと、クラスが一緒だったこと、進学後も連絡を取っていたことも把握済みです。」
小堺氏はそこまで行ってふう、と息をつく。
「ご本人が目の前にいることですし言いますが……。あなたが把握しているのはこの『りあ』が消息を絶ったところまで。その後彼女がヴァーチャルシンガーとして活動していることに疑念を抱いている。合ってます?」
「消息を絶つ……生きてるんですか? 彼女。」
「死亡届は出されてません。」
すごい。探偵ってそういうのも調べられるんだ。
「ぼくが把握できたのはこの最後の投稿の日、写真に写っているビルで投身自殺があり、搬送された人がいるってことです。すくなくとも身柄は病院に送られていて、その後入院もしている。」
「へえ。」
「――はぐらかさないでいただけますか?」
小堺氏のていねいな口調に俺は資料から顔を上げる。すっかり意気は落ち着いていて、まっすぐに「俺」を見ている。
「何がですか。」
「最初の質問に答えてください。ああ、聞き方を変えましょう。あなたは事実をどこまで把握しているんですか? いや、覚えているんですか?」
俺は答える気もなく、口を噤む。小堺氏の資料には答えが書かれていたからだ。あえて、その部分を読み上げる。
「……『ビルから落ちたのは女性が麦野莉愛さん、男性が木谷守也さん。二人とも意識不明で緊急搬送されるが、搬送先の病院までは特定不能』。」
そうだ。あの日、俺は彼女の投稿を見て、すぐに彼女の行きつけの喫茶店が入る雑居ビルの屋上であることを理解した。気がついたら走っていたし、さいわい俺が着いたとき、まだ彼女は屋上にいた。そして、
「あなたは彼女と落ちて、半年経ってピンピンしている。――あなた方の投稿を見た妹は、ビルから投身自殺して亡くなっているのに。」
小堺氏の憎しみのこもった声が震えている。
「依頼人はあなた自身でしたか。」
「ええ。探偵ですから。妹の背中を押したきっかけになるものがなんだったのか、調べたんですよ。」
「別に、惰性で続けていただけで他意は、」
「そんなことありませんよね? ここ二か月ほぼ毎日投稿しているじゃないですか。」
――そうだ。仕事もせずにふらふらと、毎日写真を撮っている。彼女みたいにスマホでてきとうに撮って、すぐに上げて――。
きりきりと頭が痛む。なにかおかしい。
食い違いが大きくなってきた――そろそろ調整しないと。
なにを?
俺は頭を押さえる。頭痛は急激に割れそうなほどの痛みに変わっていった。
「『俺』は――――『私』は。」
「木谷さん?」
わたし。私。そうだ。私は私だ。
少し、頭痛がおさまった。
「そうですね。意図がないかと言われると違います。」
「喋る気になりましたか。」
「ええ。こちらにどうぞ。」
『私』は立ちあがって、暗室のほうへと導いた。
ベッドルームとは違うもう一つの部屋。しばらく前から暗室としては使えなくなってしまった部屋。扉を開ければそこには陰鬱な暗がりと、真ん中に鎮座した二つの介護ベッド。そして機械類。
怪訝そうにそれを見た小堺氏は、ふとベッドの上に乗せられたヘッドギアに目をつけた。
「これって、麦野莉愛の父親の会社のものじゃ。」
小堺氏が振り向く前に、引き出しから取り出したスタンガンを押しつける。びくりと跳ねた体がそのままベッドに倒れこんだ。
私はそのままベッドに投げ出したヘッドギアを頭にかぶった。フルフェイスヘルメットに似たフォルムのそれは目線だけで操作ができる。
『クラウドに同期――問い合わせ中――――パスワード確認――――生体認証――――――確認。ファイルに接続。ファイル名「麦野莉愛」。データの上書きを開始します。リラックスできる姿勢でそのままお待ちください。』
5
人は二度死ぬ。一回目は自分自身が死んだとき。二回目は誰からも忘れられたとき。
だとすれば、二回目の死を決定づけることができる人物というのは、故人にとって最も重要な人であるべきではないか。
故人から、一番想われる人物になるのではないか。
だから私は、彼の一番になることにした。
私は小さいときからずっと脳をはじめとする体のデータを研究に提供していて、会社はそれを元に「完璧な歌唱のできる」と謳うAIを開発、発表目前だった。
実際のところ、それはただ歌がうまいAIなどではなかった。私のデータをすべて取り込んだ、いわばもうひとりの私。
このままでは私ではない私自身が、私の意志に反してこの世に発表されてしまう。
だから、飛び降りようと思った。
本物がいなくなれば、さすがにAIの運用も見直さないといけないだろうから。
彼の写真に惹かれたのは、自分の最期をどこで迎えるかずっと考えていたからだと思う。そこに私の求める答えがある気がしたから。
半年前。病院に運ばれたとき、彼は脳死状態。私は全身麻痺になったけど意識は一週間で取り戻した。その後すぐに父親の会社お抱えの研究機関に転院した。
研究員の兄に頼みこんで二人で脱出できたのは最近の事だ。
彼の自宅に脳をバックアップできる機械を持ち込み、二人分のベッドを設置。私は彼の彼の脳に自分の「意識」を上書きして「憑依」している。
すべてうまくいっていた。私がヴァーチャルシンガーとしてデビューするまでは。
甘かった。現実の大人たちは私よりも貪欲で、私に不幸が降りかかろうが関係なく、私のAIは、私本人としてリリースされたのだ。
ゆるせなかった。
私はここに居る。生きている。元の人間が死ねば縁起でもないそんなAI、すぐに破棄されるだろうと思っていた私が馬鹿だった。
それからは積極的に写真を投稿した。なるべく自分が死にたくなるようなビルを選んで。本物の「死神」になるために。
そうすれば、必ず真実を追い求める人がやって来ると信じて。
小堺さんの情報を元に、私は父親の隠しオフィスに忍びこんだ。厳重に管理されたそこを、父親の部屋からくすねたマスターキーでどんどん進んでいく。
AIのマスターコンピューターは、この先のデータ室にある。
元データは完全オフラインで、都度更新データを流しこんで完成させたそうだ。だから大本を探さないと私の目的は達成できなかった。ここまでの情報を調べてくれた小堺さんには感謝しかない。後でちゃんと妹さんのところに送ってあげないと。
「――りあ。」
データ室を開いた私に、後ろから声がかかる。見れば兄が立っていた。
「どうしたの。」
「警備リンク切っておいた。マスターキーとはいえこの時間にここに人がいるのは怪しいから。」
「……ありがとう。」
兄と目線が会う。そうだ、今は彼の体だから、いつも見上げていた兄と同じ身長なのだ。つい笑ってしまう。
「どうした?」
「ううん。ありがとう、ここまで付き合ってくれて。」
「いいよ。リアには苦労させっぱなしだったし。」
そのあたりの兄の負い目は私にはさっぱりだった。けれども兄には兄の考えがあるらしく、ずっと協力的だった。
「それよりいいのか? こいつはAIであると同時にお前の完全な脳のバックアップだ。これを壊せば、以降は自分の体に戻ることも、誰かに憑依することもできなくなる。それでもやるのか?」
「うん。私の声も、歌も、――死だって、私が自由にできるはずでしょ。」
模倣品なんていらない。私は、もう一人の私を認めない。
それに。
「これで、どうなろうと、彼も私も『二番目の死』を自分のものにできる。」
私は3Dプリンタで出力した小型銃を取り出して、コンピューターに向けた。
「さよなら、私。」
ヴァーチャルシンガー「りあ」は、一時期の話題が嘘のようにひっそりと人気をなくしていき、いつの間にか姿を見せなくなった。おそらく元データがなくなって自我を維持できなくなったんだろう。一昔前の歌を歌わせることのできるソフトとなんの変わりもない、ただのデータになり下がって。
そんなもの、いまさら商品価値はない。
私は、今日も写真を撮っている。
心残りは彼の事だけだ。こんなことに巻きこんで、申し訳なく思っている。
だから、彼のやりたかったことをさせてあげたい。
彼の撮っていたような写真を撮ろうとすると、しぜんと体が動くのだ。まるで、体の中にもう一つ意識があるみたいに。
ああ、復活は近いかもしれない。
「二番目の死」を受け入れるのは、どちらが早いだろう。もしも彼の意識が戻ったら、私は、この体から消えてなくなるのかな。
どうなるかはわからない。けれど、私たちはその時を待ちながら、淡々と生きている。
後書き
文学フリマ京都で出した雑誌に収録した書き下ろし。どんでん返しまではいきませんが、各章の引き際は意識したつもりです
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