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作品ID:1341
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ユニの子

小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 休載中

前書き・紹介


一 ヤーフェイ

目次 次の話

 本に埋もれたホール。

 たくさんの宝物が折り重なる宝物庫。

 太い柱は堂々とそこに立ち、アーチを描く天井や部屋の入り口には、細かい草の模様が描かれている。



 笑いさざめく貴婦人や、煌々と灯された篝火、勇ましく、きりっとした衛兵の姿はどこにもない。神隠しにでもあったかのように、建物だけが残っている。



 どこまでも続いていきそうな広さを持つそこに響くのは、風鳴りと、小さな足音だけだ。

 ぺったぺった。

 かわいらしく、吹けば飛ぶような心もとない足音の主が、鏡のように磨かれた廊下をやってくる。

 か細い女の子だった。

 真っ白な肌に、燃えるような赤い髪。まだ少女とは言えない小さな姿が、宙を歩くようにやってくるのだ。

二つに結んだ髪が風になびいて、帯のように後ろに流れている。ゆうに先っぽがひざ裏辺りで踊っていた。

ぺったぺった。

尻尾のように揺れる赤髪が、宮殿の奥に消えていく。



「ユーリ、ユーリ!」

 女の子は、両手を口に当てて大声で叫んでいた。その顔は、とても楽しそうだ。

 本のある部屋、きらきらした物のある部屋、果物のたわわに実る木の間。歩き回ってたどり着いたのは、中庭の最奥。

 くりぬかれたようなアーチがそこにある。

 その奥は小さな部屋だった。

「まだおねむなの、ユーリ」

 やさしく微笑んで、ヤーフェイは小声で部屋に声をかけた。

 その言葉に、ゆっくりと、細く目を開けたものがあった。

 その様子に、ヤーフェイの顔がぱっと輝く。

「ユーリ!」

 それは、のっそりと動いた。

 大きな羽を二、三回パタパタと動かして、鋭い爪のついた足で少女に近づいた。

「ヤーフェイ」

 低く、響く声がする。

 少女は、大好きな育ての親を見上げて、その名を呼んだ。

「おはよう、ユーリ!」



 ユーリは、大きなふくろうだった。

 ヤーフェイより二倍高い背。もはや人でもなく、獣のそれでもないとわかる異形のふくろう。

 白銀の羽でヤーフェイの頭をなでてやり、中庭に出た。

小さな少女は、自分以外の人を見たこともなければ、本物のふくろうを見たこともないだろう。

この宮殿は閉鎖空間で、廊下や回廊にさえ窓はない。あったとするなら、明り取りの窓くらい。

その窓を見上げるように寝転がったヤーフェイの横に、ユーリが静かに腰を下ろした。さながら、巨大な繭だ。

「どうした。今日はやけに早いな」

「だってね、ユーリ。わたし、とてつもなく暇なのよ」

「本を読めばいい。ここの蔵書は三万を超える」

 ヤーフェイは、ぷくっと頬を膨らませた。

「ユーリ……わたしがここに何年いると思っているの? もうすぐ十になる。小難しくて何が書いてあるかわからないへんな本とか、開けないように鎖でがんじがらめにしてある本とか、そういうのばっかりの宮殿の本は、読めるだけ読んだわ」

 むくれてしまった小さな少女に目を細めて、ユーリは腰を上げた。

 そのまま、音を立てて歩いていくふくろうを不思議そうに見て、ヤーフェイも後に続いた。

 ユーリがやってきたのは、宝物庫だ。

 四角い部屋に、色とりどりの敷物や、金銀宝玉の数々が無造作に置かれている。

「ヤーフェイ。この中から、好きな棒を選びなさい」

「棒?」

「ああ。お前が自由に振ることができるのなら何でもいい」

 首をかしげながら、ヤーフェイは言われたとおりに棒を探し始めた。

「杖みたいなものでいいの?」

「お前が気に入るものなら、何でも」

 うーん、とかわいらしいうなり声をあげ、ヤーフェイは宝物をあさる。

 やがて、宝物にしては地味な箱を見つけた。

 開けてみると、黒い棒が入っていた。ヤーフェイの腕より一回り太く、長さは腕の半分ほど。

「ユーリ、なあに、これ」

「……見せてごらん」

 ユーリに渡すと、それはとても小さなものに見えた。

 深く黒いボディに、金色の装飾が蔦のように絡みついている筒。

 ユーリはすぐに、ヤーフェイに筒を覗くように促した。

 ヤーフェイは気がつかなかったが、それはただの棒ではない。

 覗きこむと、ユーリはそれをくるりと回した。

「わあ!」

 ヤーフェイの目に、色が飛び込んできた。

 どこまでも続く、同じような模様がけっして繰り返すことなく回る、不思議な筒。

「ユーリ、これ何?」

「万華鏡だよ、ヤーフェイ」

「マンゲキョウ?」

 かいつまんで構造を説明してやるユーリの声を聞いて、ヤーフェイはうっとりしていた。

 うまくいえないけれど、この声を聞くと、ほっとする。

 ゆりかごに揺らされる赤子のような、包まれている感じがする。

「――ヤーフェイ、聞いているか?」

「とりあえずすごい筒なのね」

「聞いていなかったな?」

「あのねユーリ。こんなにきれいなものに、仕組みとか、そんなもの必要ないの。きれいなもので、十分よ」

 そうか、と言って、ユーリは押し黙った。そのまま、くるくると、万華鏡を回し続けた。

 のぞきこむヤーフェイの小さな驚きの声を聞いて、目を細めた。



 ヤーフェイは、この世に太陽と月があることを知っている。

 太陽が月を追いかけたり、月が太陽を追いかけたりすることがあることも、たまに追いついてしまって重なってしまうことも、月だけは満たされるときと、欠けきって影になってしまうことがあるのもだ。

 すべて、ユーリと書物が教えてくれた。

 しかし、ひとつだけ教えてもらえないことがあった。

 本物の太陽と、月の姿。

 ヤーフェイはここから出られないし、月や太陽がここから見える窓は存在しない。

「ねえ、月って、きれい?」

「ああ。神々しく、満月の夜は、昼間のように明るい光があたりを照らす」

「水の中みたいなんだよね」

 ユーリは、満月の夜のことをそんな風に言っていたことがあった。

 あれは、光の差し込む水中に、自分が漂っているようなのだと。

 どこまでも漂っていられそうなふわふわとした時間。しかし、月は欠けることもあるし、やがて太陽が舞台に上がれば、たとえ月が舞台に上がっていても、太陽に前ではただ漂う白い円にしかならないのだと。

 月のことを語るユーリは、憧れのものを自慢するような、子供っぽさがある。

そんなユーリを見るのがヤーフェイは好きだった。



万華鏡を見ていて、ふと、月光のようだと思った。

 それもそうだ。今は、ユーリの時間。月が主役の時間だ。

 小さな窓からは、柔らかな月光が差しこんでいる。

 万華鏡から目を離し、ユーリを見上げた。

「どうした、ヤーフェイ」

 月って、ユーリの目みたいなの?

 くるりとした黄色い目に、そう聞こうとして、口から声が出なかった。

 月光に照らされて白銀に輝く巨体。つややかな羽が、絹のようにきらめいている。

 うっとりとした。

 だんだん、まぶたが重くなってくる。ユーリに寄りかかると、そっと肩に手が置かれた。

 大きな手。ヤーフェイとは違う手。

「また明日だな。ヤーフェイ」

 ユーリが言うころには、ヤーフェイの前から柔らかな光は消えていた。

後書き


作者:水沢はやて
投稿日:2012/12/17 22:27
更新日:2012/12/19 18:12
『ユニの子』の著作権は、すべて作者 水沢はやて様に属します。

目次 次の話

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