作品ID:1489
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ユニの子
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 休載中
前書き・紹介
六 目的
前の話 | 目次 | 次の話 |
ジェイシラードは考える。
ここには、相棒はいない。いるのは当初の目的であった領主と、巻き込まれた奴隷たちと、変な少女だ。
特に、この少女は厄介だと思う。
藍色の髪も黄みがかった肌も見るからに東洋系で、そのくせ西の大陸の少数民族と思しき、赤い髪の少女を救おうとしている。
しかし、このままではもう一人救ってやらなくてはいけない雰囲気になるだろう。その前に、自分たちが死んでしまうかもしれないが。
「おい」
「何よ」
毛を逆立てた山犬のような少女に、見せつけるように剣を収める。
アリエは目を見開いている。
「何やってるの?」
本当に不思議そうだ。
「多勢に無勢のときは引けって、ディエラが」
「あんたは無垢な子供か!」
いらいらしているのか、アリエというらしき少女は、こちらに小型の刃物を投げつけてきた。当てるつもりはないらしく、足元に突き刺さる。
それは、見たこともない形状をしていた。
「……その武器は」
「これ? 私の故郷の伝統道具」
本来何に使うのか見当もつかない。
細長いひし形で、回りはすべて刃のようだ。それを扇子のように手に広げている。素人がやったら自分の手を切ってしまうだろう。
「何枚あるんだ?」
「そりゃもうたくさんよ。それより、いいの?多勢の方々が来たけど」
「なるべく穏便に済ませたい」
「……わかったわよ」
アリエは、道具をしまった。ジェイシラードには、腰の帯を手でなでたようにしか見えなかったが、きれいに帯に収まっている。
詳しく武器のことについて聞きたかったが、そうも言っていられないようだ。馬に乗った集団が、近くで止まった。
ジェイシラードは、その集団の服装に見覚えがあった。王宮の警護に当たっているはずの武官だ。それも、先頭の男は身分の高い武官らしい。肩に重々しい装飾具をつけて、こちらに真っ先にやってきたのはその男だった。
「若いお二人方。我々は、第一王子様の直属部隊のものです。領主殿を回収しに参りました」
丁寧に頭を下げる男は、悪い人には見えなかった。アリエにはそう見えた。
「ところで、お二人は?」
男が顔を上げたとたん、アリエは確信した。なにも映さないような目をしている。
「私は鈴哀永(りんあいえい)。こっちは――」
「シータ・ジェイシラード・イェージ。ですね、亡国の剣宝殿」
「勝手に言うな、領主」
いきなり後ろから声がして、アリエはむっとする。そんなアリエを手で制して、ジェイシラードが前にでる。
そして、流れるような動作で跪いた。
横でアリエが引いている。
「本当に王子様なんだなあ……」
誰にも聞かれないように呟いたつもりだったが、ちらりと、頭を下げたジェイシラードがアリエを見たので、ありえはそっぽを向いた。
視線を下に戻して、ジェイシラードは朗々と言う。
「帝国から参りました、ジェイシラード・イェージです。自分の目的は、月の宮殿へ行くこと。我が国、イストリアのために」
その言葉に、檻をつかんでいたヤーフェイははっとした。
「月の宮殿……」
つぶやく少女を、檻の向こうで、赤い髪の少女が無表情に見つめている。
「このたびは、成り行き上領主殿の馬車を止めてしまいました。申し訳ありません」
「いいえ、逆に助かりました。安全に領主殿を回収できましたから」
ジェイシラードを立ち上がらせて、今度は男が頭を下げた。
「――時に、イェージ殿。月の宮殿まで、といいましたかな?」
「ええ」
それが? というように首をかしげているジェイシラードの前で、男は無表情で言う。
「我々はこれから、カラタルムに向かいます。申し訳ありませんが、檻の御者台を任せてもよろしいでしょうか?」
男は黙って、御者台を見る。つられて振り向いたジェイシラードは、御者台で伸びている二人組みを見た。
続いてアリエにも振り向いたが、少女の影はなく、御者台のほうから軽快な口笛が聞こえただけだった。
「あんた、いくつ名前を持っているのよ」
「自分の名前はシータ。王族としての名前はジェイシラード。イェージは一族の苗字。あだ名はたくさんありすぎてどうにも……」
「……すごいわね」
「アリエって名前だって、あだ名だろう?」
「そう。いきなり鈴哀永なんて言ってもびっくりするだけだから、アリエって言っているの」
御者台で手綱を取るジェイシラードの横で、アリエは胡坐をかいて座っている。その間には、鎖をつけたままのヤーフェイが座っていた。
「……アリエ」
「なに、ヤーフェイ」
ジェイシラードと言い合うのをやめて、アリエはさきほどの男に無理を言って介抱してもらったヤーフェイを見た。
「どうして助けようと思ったの? 私を」
「だって友達じゃない」
言って、アリエは笑顔で前を見る。
目を見開いたままのヤーフェイは、動けずにいた。そんな少女を見て、ジェイシラードは小さな少女の頭に手をおいた。
「まっすぐすぎるバカもいたもんだな」
アリエが振り向く。
「誰のことを言っているのかしら」
「反応したということを肯定と受け取れる」
「屁理屈ね」
「認めたらどうだ」
「結構捻じ曲がった根性しているはずなんだけど、私」
ジェイシラードは少しめんどくさそうに、アリエは半ばむきになって、言い合いを続けている。それにはさまれて、ヤーフェイはちょっぴり笑った。
ふと、ユーリのことを思い出す。
二人でいろんなことを語った日々。言い合いになったときは、自分たちもこんな風だったはずだ。
会いたいと、今でも思う。
その姿を見たい。声をかけてもらいたい。羽で頭をなでてもらいたい。優しく見つめてほしい。
思い出したら止まらない。
前方に見えていた丘が、目の前に迫っている。これを越えたらカラタルムに行けるのだ。
「上から目線で偉そうなこと言わないでよ」
「とりあえず、アリエより年上だと思うがな」
「ジェイシー。あんたいくつよ」
「十八。アリエは?」
うっ、とつまったアリエの代わりに、ヤーフェイは会話に割って入った。
「ヤーフェイと同じ十四だよ」
「ヤーフェイ!」
非難の声と、少年の笑い声と、少女のくすくす笑いが、陽気に響いていく。
「えっと、ヤーフェイ?」
困ったように話しかける少年に、ヤーフェイは強く頷き、言った。
「そうだよ。私の名前は、ヤーフェイ・ミネルウァ・ロア」
ヤーフェイは、腰に挿した万華鏡を握る。一瞬止まった会話はすぐに再開した。
朝日が昇っていく。
カラタルムの町は、喧騒に包まれつつあった。
役場らしい大きな建物に馬車を入れると、領主はどこかへと連れて行かれ、奴隷たちは解放された。男の責任をもって奴隷身分から開放すると宣言され、檻の中から出た人々はうれしい悲鳴を上げている。
その喧騒の片隅で、ヤーフェイは心配そうに目じりを下げていた。
「どうした?」
「ジェイシー。ヤニムがいない」
赤い髪の少女は、いつの間にか消えていた。奴隷たちは鎖を解かれて男の部下たちに連れて行かれているが、その中から、役場の使用人らしき少年が進み出てきた。
「お譲ちゃん。鎖外してあげるよ」
そういわれて、ヤーフェイは自分が鎖をつけていたことを思い出した。
下にはいているズボンの中に入れた鎖は、不思議と重みを感じないものだ。領主が特注で作ったもので、ほかの鎖とは幾分違う。
ヤーフェイは、ズボンのようにしていたスカートの紐を取った。布地が広がり、鎖が落ちる。
重々しい音を立てて、鎖が落ちた。
少年は、足首の枷を外しにかかった。しかし、なかなか外れない。
「どうしたの?」
アリエが心配になって聞くが、少年は首をひねるばかりだ。
「――ちょっと貸してみろ」
ジェイシラードが剣を引き抜き、鎖に向かって振り下ろす。
甲高い音がして、剣が地面に突き立ち、無傷の鎖が輝いた。
ここには、相棒はいない。いるのは当初の目的であった領主と、巻き込まれた奴隷たちと、変な少女だ。
特に、この少女は厄介だと思う。
藍色の髪も黄みがかった肌も見るからに東洋系で、そのくせ西の大陸の少数民族と思しき、赤い髪の少女を救おうとしている。
しかし、このままではもう一人救ってやらなくてはいけない雰囲気になるだろう。その前に、自分たちが死んでしまうかもしれないが。
「おい」
「何よ」
毛を逆立てた山犬のような少女に、見せつけるように剣を収める。
アリエは目を見開いている。
「何やってるの?」
本当に不思議そうだ。
「多勢に無勢のときは引けって、ディエラが」
「あんたは無垢な子供か!」
いらいらしているのか、アリエというらしき少女は、こちらに小型の刃物を投げつけてきた。当てるつもりはないらしく、足元に突き刺さる。
それは、見たこともない形状をしていた。
「……その武器は」
「これ? 私の故郷の伝統道具」
本来何に使うのか見当もつかない。
細長いひし形で、回りはすべて刃のようだ。それを扇子のように手に広げている。素人がやったら自分の手を切ってしまうだろう。
「何枚あるんだ?」
「そりゃもうたくさんよ。それより、いいの?多勢の方々が来たけど」
「なるべく穏便に済ませたい」
「……わかったわよ」
アリエは、道具をしまった。ジェイシラードには、腰の帯を手でなでたようにしか見えなかったが、きれいに帯に収まっている。
詳しく武器のことについて聞きたかったが、そうも言っていられないようだ。馬に乗った集団が、近くで止まった。
ジェイシラードは、その集団の服装に見覚えがあった。王宮の警護に当たっているはずの武官だ。それも、先頭の男は身分の高い武官らしい。肩に重々しい装飾具をつけて、こちらに真っ先にやってきたのはその男だった。
「若いお二人方。我々は、第一王子様の直属部隊のものです。領主殿を回収しに参りました」
丁寧に頭を下げる男は、悪い人には見えなかった。アリエにはそう見えた。
「ところで、お二人は?」
男が顔を上げたとたん、アリエは確信した。なにも映さないような目をしている。
「私は鈴哀永(りんあいえい)。こっちは――」
「シータ・ジェイシラード・イェージ。ですね、亡国の剣宝殿」
「勝手に言うな、領主」
いきなり後ろから声がして、アリエはむっとする。そんなアリエを手で制して、ジェイシラードが前にでる。
そして、流れるような動作で跪いた。
横でアリエが引いている。
「本当に王子様なんだなあ……」
誰にも聞かれないように呟いたつもりだったが、ちらりと、頭を下げたジェイシラードがアリエを見たので、ありえはそっぽを向いた。
視線を下に戻して、ジェイシラードは朗々と言う。
「帝国から参りました、ジェイシラード・イェージです。自分の目的は、月の宮殿へ行くこと。我が国、イストリアのために」
その言葉に、檻をつかんでいたヤーフェイははっとした。
「月の宮殿……」
つぶやく少女を、檻の向こうで、赤い髪の少女が無表情に見つめている。
「このたびは、成り行き上領主殿の馬車を止めてしまいました。申し訳ありません」
「いいえ、逆に助かりました。安全に領主殿を回収できましたから」
ジェイシラードを立ち上がらせて、今度は男が頭を下げた。
「――時に、イェージ殿。月の宮殿まで、といいましたかな?」
「ええ」
それが? というように首をかしげているジェイシラードの前で、男は無表情で言う。
「我々はこれから、カラタルムに向かいます。申し訳ありませんが、檻の御者台を任せてもよろしいでしょうか?」
男は黙って、御者台を見る。つられて振り向いたジェイシラードは、御者台で伸びている二人組みを見た。
続いてアリエにも振り向いたが、少女の影はなく、御者台のほうから軽快な口笛が聞こえただけだった。
「あんた、いくつ名前を持っているのよ」
「自分の名前はシータ。王族としての名前はジェイシラード。イェージは一族の苗字。あだ名はたくさんありすぎてどうにも……」
「……すごいわね」
「アリエって名前だって、あだ名だろう?」
「そう。いきなり鈴哀永なんて言ってもびっくりするだけだから、アリエって言っているの」
御者台で手綱を取るジェイシラードの横で、アリエは胡坐をかいて座っている。その間には、鎖をつけたままのヤーフェイが座っていた。
「……アリエ」
「なに、ヤーフェイ」
ジェイシラードと言い合うのをやめて、アリエはさきほどの男に無理を言って介抱してもらったヤーフェイを見た。
「どうして助けようと思ったの? 私を」
「だって友達じゃない」
言って、アリエは笑顔で前を見る。
目を見開いたままのヤーフェイは、動けずにいた。そんな少女を見て、ジェイシラードは小さな少女の頭に手をおいた。
「まっすぐすぎるバカもいたもんだな」
アリエが振り向く。
「誰のことを言っているのかしら」
「反応したということを肯定と受け取れる」
「屁理屈ね」
「認めたらどうだ」
「結構捻じ曲がった根性しているはずなんだけど、私」
ジェイシラードは少しめんどくさそうに、アリエは半ばむきになって、言い合いを続けている。それにはさまれて、ヤーフェイはちょっぴり笑った。
ふと、ユーリのことを思い出す。
二人でいろんなことを語った日々。言い合いになったときは、自分たちもこんな風だったはずだ。
会いたいと、今でも思う。
その姿を見たい。声をかけてもらいたい。羽で頭をなでてもらいたい。優しく見つめてほしい。
思い出したら止まらない。
前方に見えていた丘が、目の前に迫っている。これを越えたらカラタルムに行けるのだ。
「上から目線で偉そうなこと言わないでよ」
「とりあえず、アリエより年上だと思うがな」
「ジェイシー。あんたいくつよ」
「十八。アリエは?」
うっ、とつまったアリエの代わりに、ヤーフェイは会話に割って入った。
「ヤーフェイと同じ十四だよ」
「ヤーフェイ!」
非難の声と、少年の笑い声と、少女のくすくす笑いが、陽気に響いていく。
「えっと、ヤーフェイ?」
困ったように話しかける少年に、ヤーフェイは強く頷き、言った。
「そうだよ。私の名前は、ヤーフェイ・ミネルウァ・ロア」
ヤーフェイは、腰に挿した万華鏡を握る。一瞬止まった会話はすぐに再開した。
朝日が昇っていく。
カラタルムの町は、喧騒に包まれつつあった。
役場らしい大きな建物に馬車を入れると、領主はどこかへと連れて行かれ、奴隷たちは解放された。男の責任をもって奴隷身分から開放すると宣言され、檻の中から出た人々はうれしい悲鳴を上げている。
その喧騒の片隅で、ヤーフェイは心配そうに目じりを下げていた。
「どうした?」
「ジェイシー。ヤニムがいない」
赤い髪の少女は、いつの間にか消えていた。奴隷たちは鎖を解かれて男の部下たちに連れて行かれているが、その中から、役場の使用人らしき少年が進み出てきた。
「お譲ちゃん。鎖外してあげるよ」
そういわれて、ヤーフェイは自分が鎖をつけていたことを思い出した。
下にはいているズボンの中に入れた鎖は、不思議と重みを感じないものだ。領主が特注で作ったもので、ほかの鎖とは幾分違う。
ヤーフェイは、ズボンのようにしていたスカートの紐を取った。布地が広がり、鎖が落ちる。
重々しい音を立てて、鎖が落ちた。
少年は、足首の枷を外しにかかった。しかし、なかなか外れない。
「どうしたの?」
アリエが心配になって聞くが、少年は首をひねるばかりだ。
「――ちょっと貸してみろ」
ジェイシラードが剣を引き抜き、鎖に向かって振り下ろす。
甲高い音がして、剣が地面に突き立ち、無傷の鎖が輝いた。
後書き
作者:水沢はやて |
投稿日:2013/01/30 22:36 更新日:2013/01/30 22:36 『ユニの子』の著作権は、すべて作者 水沢はやて様に属します。 |
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