作品ID:1470
あなたの読了ステータス
(読了ボタン正常)一般ユーザと認識
「ユニの子」を読み始めました。
読了ステータス(人数)
読了(88)・読中(0)・読止(0)・一般PV数(312)
読了した住民(一般ユーザは含まれません)
ユニの子
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 休載中
前書き・紹介
五 救出
前の話 | 目次 | 次の話 |
「誰?」
振り返った場所にいたのは、アリエよりも頭ひとつ分くらい大きな少年だった。地味な衣服は少しばかり風変わりで、腰にはしっかり帯剣している。
彼は、被っていた帽子代わりの布を取った。その下から、さらりと、肩くらいまで伸ばされた銀髪が現れる。
息を呑むアリエの前で、紫水晶のような目がきらめいた。
「……男の人ですよね」
「ああ。それより、追わなくていいのか?」
「そっちから声をかけてきたんでしょう!?」
アリエははっとして、屋敷に振り返った。もうすでに馬車は出てしまっている。すぐに走り出した。
後ろから少年がついてきたのに気がついていたが、かまわずに地面を蹴った。
軽い砂埃と共に、屋根の上に着地する。
この町は、日干し煉瓦の家が多い。屋根の上は比較的走りやすかった。
まだにぎわっている区画とは反対方向へと向かっている馬車を見つけるのはたやすかった。
「いたわ」
そう遠くには行っていない。
直進すれば、道沿いに走るしかない馬車に追いつけるはずだ。
そのアリエに追いついてきているのか、銀髪の少年は走っていた。
少女が向かった方向には、町の南側の出口がある。
「カラタルム行きだね」
少年は、宿屋の前につないであった駱駝をすばやく出して、飛び乗った。
アリエは尋常ではないスピードで走っていた。それこそ駱駝がやっと追いつけるくらいだ。ジェイシーと呼ばれた少年がアリエを見つけたのは、町のはずれだった。屋根からは降りて、郊外の道を走っている。
その先に、点のようにちいさな馬車が見えた。
懸命に走っているが、屋根の上を走るのは困難だったらしい。月に照らされた小さな姿がぐんぐん近づき、ついに並んだ。
少年はアリエに手を伸ばす。
「――乗れ」
「……ありがとう!」
嫌そうな顔をしながらも、アリエはその手をとって、軽々と少年の後ろに座った。
「お前、軽いな」
「コップの淵にくらいなら立てるわよ」
軽い会話を交わしていると、馬車が近づいてきた。
「ねえ、あれの横につけて。御者をやっちゃえばこっちのもんよ」
「飛び移る気か?」
「さっきの、見てなかったとは言わせないわ」
無言で頷いて、少年は駱駝の腹を蹴った。
ぐんと速度を上げた駱駝は、すぐに檻に布をかけ、外から見えないようにされている荷馬車に追いついた。
いけ、と後ろの少女に言おうとふりかえると、すでに少女はいない。
「……」
無言の少年は、黙って檻の上を見る。
屋根に着地したアリエは、前に向かった。御者代には二人の男が乗っている。きっと運搬係はこの二人だけなのだろう。
すっと、御者台に降りた。
軽い音に、片方の男が気がついた。振り向こうとしてその行動が止まる。
「どうした?」
もう一人の男が異変を感じて振り向いたのは、アリエが彼の頭上を飛んでいたときだった。
華麗に着地し、首筋に手刀を叩きこんだ。
その男が落ちないようにしながら、手に持っていた手綱を奪い取り、馬をゆっくりと止めた。
その横で、駱駝がおなじように止まる。
それを確認して、アリエは男二人を任せ、幌をとりにかかった。
「今開けるから!」
そう言って、アリエは御者代の男の懐を探ろうと手を伸ばした。その手を、少年が止める。
「何よ!」
「落ち着け。ここで奴隷を解放したらどうなると思う?」
周りは、荒野だった。
遠くには木も見える。前方の小高い丘を越えればカラタルムだろう。
「……射られても文句は言えないわね」
頷いた少年は、布をかけなおした。
「このまま走ったほうがいい」
「そうだねえ、君は賢いらしい」
中から声がした。
むっとした顔でそちらを向く少年は、次の瞬間、剣を抜き放っていた。後ろから飛んできた矢が、たたき落とされる。
「剣宝の名は伊達じゃないね、ジェイシラード」
「やはりあなたでしたか、左遷領主殿」
その間で、アリエは固まっていた。
「ジェイシラードって……。イストリアの元王族の名前じゃなかったっけ!?」
「東の大陸の者にしては博識だな」
冷ややかに言った少年は、まっすぐに領主を見ている。
それは、と口ごもったアリエは、うつむいた。
普通、自分くらいの子供なら、まだ読み書きができる子がすごいといわれるのだ。地理なんて、ましてや歴史なんて頭に入っているほうがおかしい。
この世界には、大きく分けて二つの大陸がある。
それらは簡単に西、東と名をつけられている。
ここ東の大陸は、中央に広大な砂漠を抱え、東のほうには遊牧の盛んな緑豊かな大地が、西南には海上貿易で栄えるいくつかの王国が砂漠の覇権を争っている。北は氷が覆っていて、未踏の地だ。
西の大陸は、東の大陸の半分くらいの大きさだといわれている。
気候的に東の大陸よりも恵まれ、森は深く、高々とした山脈がいくつもそびえているという。ほとんどは帝国を名乗る国の領土だ。
そして今、帝国は周囲の王国を手中に収めつつあるのだ。
少年は、アリエの焦りを意に介していないようだ。平然と話を続ける。
「イストリアは、三年前に帝国に平らげられた」
「王族はみな捕らえられたと……」
「ぼくは帝国の意思で動いています」
興味深そうに、領主と呼ばれた人物が立ち上がった。まだ歳若い。アリエが聞いたところによれば二十代前半くらい。金持ちなのを生かす気はないらしい、質素な服装。
この男が、ヤーフェイを手中に収めて何かしようとした人?
アリエは、首をひねった。そうは見えないのだ。
檻の中は二つに分かれていた。半分に奴隷が入れられ、そしてもう半分には領主の座る椅子と、一人だけ奴隷が入れられていた。暗闇の中、長い髪が人影の動きに合わせて揺れる。
「ヤーフェイ……」
「……君の大切な人は、そっちかい?」
困ったように、ジェイシラードは首をかしげる。
「普通の奴隷なら助けられると思ったんだが……」
「適当に言ったの、あれ?」
馬鹿正直に頷くジェイシラードを殴って、アリエは一歩前に進んだ。
「返してください、その子を。わたしの大事な友達なのよ」
「無理だよお譲ちゃん。だってこれは私の奴隷だからね」
領主は人影の腕をつかんでこっちへと持ってきた。
髪が広がる。
しかしそれは、背中の途中でふつりと切れていた。ヤーフェイのものにしては短い。
そして、その人影も、アリエよりも年下なのは明らかだった。
「違う……?」
「ヤニム」
もうひとつの檻のほうから、誰かを呼ぶ、聞きなれた声がする。
少女が振り向いた。奴隷の中から立ち上がったのは、今度こそ間違いなくヤーフェイだ。
「ヤーフェイおねえちゃん」
確かに、ヤニムと呼ばれた少女がそう言った。
「ムーア領主。言っているじゃない。その子に鍵を渡しても、ユーリはその子を認めない。月の宮殿に行っても、二人とも出て来られるはずないわ」
きりっとした声が響く。
アリエは、そんなヤーフェイをはじめて見た。いつも彼女は能天気に笑っているのに、月の光のように澄んだ声が、すっと頭に入ってくる。
突然彼女が大人になってしまったかのように。
「――自分の今の状況で、野望なんて語っている暇はないのでは、領主様」
ジェイシラードの言葉に、アリエはそちらを振り返った。
頬を腫らした少年は恨めしそうにこちらを見ている。
「ぼくとディエラは、あなたに会いに来た。しかし、あなたは王国に反旗を翻す企てをしたとされ、首都に護送されるという。奴隷を運ぶという名目の荷馬車に乗せられて、怪しまれないように夜中にこっそり運び出されると。それを見に行ったら、この少女がいた。成り行き上ついてきたけど」
――なるほど。だから檻の中にいるのか。
アリエは、領主の質素な服装に納得した。
「そうだよ。だから、彼女を使うこともできなくなった。――しかし、私の代わりに動いてくれる人がいるようだよ?」
笑う領主の視線の先を追おうとして、アリエは固まった。気配がする。
「……ジェイシラード。さっきあなたを射たのは、だれ?」
「……そんなこともあったなあ」
ぼんやりと言うジェイシラードは、飛んできた矢を叩き落した。
振り返った場所にいたのは、アリエよりも頭ひとつ分くらい大きな少年だった。地味な衣服は少しばかり風変わりで、腰にはしっかり帯剣している。
彼は、被っていた帽子代わりの布を取った。その下から、さらりと、肩くらいまで伸ばされた銀髪が現れる。
息を呑むアリエの前で、紫水晶のような目がきらめいた。
「……男の人ですよね」
「ああ。それより、追わなくていいのか?」
「そっちから声をかけてきたんでしょう!?」
アリエははっとして、屋敷に振り返った。もうすでに馬車は出てしまっている。すぐに走り出した。
後ろから少年がついてきたのに気がついていたが、かまわずに地面を蹴った。
軽い砂埃と共に、屋根の上に着地する。
この町は、日干し煉瓦の家が多い。屋根の上は比較的走りやすかった。
まだにぎわっている区画とは反対方向へと向かっている馬車を見つけるのはたやすかった。
「いたわ」
そう遠くには行っていない。
直進すれば、道沿いに走るしかない馬車に追いつけるはずだ。
そのアリエに追いついてきているのか、銀髪の少年は走っていた。
少女が向かった方向には、町の南側の出口がある。
「カラタルム行きだね」
少年は、宿屋の前につないであった駱駝をすばやく出して、飛び乗った。
アリエは尋常ではないスピードで走っていた。それこそ駱駝がやっと追いつけるくらいだ。ジェイシーと呼ばれた少年がアリエを見つけたのは、町のはずれだった。屋根からは降りて、郊外の道を走っている。
その先に、点のようにちいさな馬車が見えた。
懸命に走っているが、屋根の上を走るのは困難だったらしい。月に照らされた小さな姿がぐんぐん近づき、ついに並んだ。
少年はアリエに手を伸ばす。
「――乗れ」
「……ありがとう!」
嫌そうな顔をしながらも、アリエはその手をとって、軽々と少年の後ろに座った。
「お前、軽いな」
「コップの淵にくらいなら立てるわよ」
軽い会話を交わしていると、馬車が近づいてきた。
「ねえ、あれの横につけて。御者をやっちゃえばこっちのもんよ」
「飛び移る気か?」
「さっきの、見てなかったとは言わせないわ」
無言で頷いて、少年は駱駝の腹を蹴った。
ぐんと速度を上げた駱駝は、すぐに檻に布をかけ、外から見えないようにされている荷馬車に追いついた。
いけ、と後ろの少女に言おうとふりかえると、すでに少女はいない。
「……」
無言の少年は、黙って檻の上を見る。
屋根に着地したアリエは、前に向かった。御者代には二人の男が乗っている。きっと運搬係はこの二人だけなのだろう。
すっと、御者台に降りた。
軽い音に、片方の男が気がついた。振り向こうとしてその行動が止まる。
「どうした?」
もう一人の男が異変を感じて振り向いたのは、アリエが彼の頭上を飛んでいたときだった。
華麗に着地し、首筋に手刀を叩きこんだ。
その男が落ちないようにしながら、手に持っていた手綱を奪い取り、馬をゆっくりと止めた。
その横で、駱駝がおなじように止まる。
それを確認して、アリエは男二人を任せ、幌をとりにかかった。
「今開けるから!」
そう言って、アリエは御者代の男の懐を探ろうと手を伸ばした。その手を、少年が止める。
「何よ!」
「落ち着け。ここで奴隷を解放したらどうなると思う?」
周りは、荒野だった。
遠くには木も見える。前方の小高い丘を越えればカラタルムだろう。
「……射られても文句は言えないわね」
頷いた少年は、布をかけなおした。
「このまま走ったほうがいい」
「そうだねえ、君は賢いらしい」
中から声がした。
むっとした顔でそちらを向く少年は、次の瞬間、剣を抜き放っていた。後ろから飛んできた矢が、たたき落とされる。
「剣宝の名は伊達じゃないね、ジェイシラード」
「やはりあなたでしたか、左遷領主殿」
その間で、アリエは固まっていた。
「ジェイシラードって……。イストリアの元王族の名前じゃなかったっけ!?」
「東の大陸の者にしては博識だな」
冷ややかに言った少年は、まっすぐに領主を見ている。
それは、と口ごもったアリエは、うつむいた。
普通、自分くらいの子供なら、まだ読み書きができる子がすごいといわれるのだ。地理なんて、ましてや歴史なんて頭に入っているほうがおかしい。
この世界には、大きく分けて二つの大陸がある。
それらは簡単に西、東と名をつけられている。
ここ東の大陸は、中央に広大な砂漠を抱え、東のほうには遊牧の盛んな緑豊かな大地が、西南には海上貿易で栄えるいくつかの王国が砂漠の覇権を争っている。北は氷が覆っていて、未踏の地だ。
西の大陸は、東の大陸の半分くらいの大きさだといわれている。
気候的に東の大陸よりも恵まれ、森は深く、高々とした山脈がいくつもそびえているという。ほとんどは帝国を名乗る国の領土だ。
そして今、帝国は周囲の王国を手中に収めつつあるのだ。
少年は、アリエの焦りを意に介していないようだ。平然と話を続ける。
「イストリアは、三年前に帝国に平らげられた」
「王族はみな捕らえられたと……」
「ぼくは帝国の意思で動いています」
興味深そうに、領主と呼ばれた人物が立ち上がった。まだ歳若い。アリエが聞いたところによれば二十代前半くらい。金持ちなのを生かす気はないらしい、質素な服装。
この男が、ヤーフェイを手中に収めて何かしようとした人?
アリエは、首をひねった。そうは見えないのだ。
檻の中は二つに分かれていた。半分に奴隷が入れられ、そしてもう半分には領主の座る椅子と、一人だけ奴隷が入れられていた。暗闇の中、長い髪が人影の動きに合わせて揺れる。
「ヤーフェイ……」
「……君の大切な人は、そっちかい?」
困ったように、ジェイシラードは首をかしげる。
「普通の奴隷なら助けられると思ったんだが……」
「適当に言ったの、あれ?」
馬鹿正直に頷くジェイシラードを殴って、アリエは一歩前に進んだ。
「返してください、その子を。わたしの大事な友達なのよ」
「無理だよお譲ちゃん。だってこれは私の奴隷だからね」
領主は人影の腕をつかんでこっちへと持ってきた。
髪が広がる。
しかしそれは、背中の途中でふつりと切れていた。ヤーフェイのものにしては短い。
そして、その人影も、アリエよりも年下なのは明らかだった。
「違う……?」
「ヤニム」
もうひとつの檻のほうから、誰かを呼ぶ、聞きなれた声がする。
少女が振り向いた。奴隷の中から立ち上がったのは、今度こそ間違いなくヤーフェイだ。
「ヤーフェイおねえちゃん」
確かに、ヤニムと呼ばれた少女がそう言った。
「ムーア領主。言っているじゃない。その子に鍵を渡しても、ユーリはその子を認めない。月の宮殿に行っても、二人とも出て来られるはずないわ」
きりっとした声が響く。
アリエは、そんなヤーフェイをはじめて見た。いつも彼女は能天気に笑っているのに、月の光のように澄んだ声が、すっと頭に入ってくる。
突然彼女が大人になってしまったかのように。
「――自分の今の状況で、野望なんて語っている暇はないのでは、領主様」
ジェイシラードの言葉に、アリエはそちらを振り返った。
頬を腫らした少年は恨めしそうにこちらを見ている。
「ぼくとディエラは、あなたに会いに来た。しかし、あなたは王国に反旗を翻す企てをしたとされ、首都に護送されるという。奴隷を運ぶという名目の荷馬車に乗せられて、怪しまれないように夜中にこっそり運び出されると。それを見に行ったら、この少女がいた。成り行き上ついてきたけど」
――なるほど。だから檻の中にいるのか。
アリエは、領主の質素な服装に納得した。
「そうだよ。だから、彼女を使うこともできなくなった。――しかし、私の代わりに動いてくれる人がいるようだよ?」
笑う領主の視線の先を追おうとして、アリエは固まった。気配がする。
「……ジェイシラード。さっきあなたを射たのは、だれ?」
「……そんなこともあったなあ」
ぼんやりと言うジェイシラードは、飛んできた矢を叩き落した。
後書き
作者:水沢はやて |
投稿日:2013/01/23 20:41 更新日:2013/01/23 20:41 『ユニの子』の著作権は、すべて作者 水沢はやて様に属します。 |
前の話 | 目次 | 次の話 |
読了ボタン