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作品ID:1537
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ユニの子

小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 休載中

前書き・紹介


九 族長

前の話 目次

「よかった。アリエまで目覚めなかったら、どうしようかと思った」

親にすがる子供のように、ヤーフェイとヤニムは奇妙な人物にぴったりとくっついている。

二人に挟まれて、少年はきれいに微笑む。

 壁画に描かれる女神のような微笑。

 その髪は、短く切られてさらさらと流れている。しかし、少年が困ったように首をかしげると、背中に垂れる四本の三つ編みが、生き物のようにうごめくのが見えた。

「……あなた、四年前に見たわ」

「そうだろうねえ」

 少年は、アリエが喋ったことに驚いたらしい。適当に返事をして、アリエにもわかりやすく目線を変えた。

 その先に、ジェイシラードがいる。

「やあ、シータ」

「その名で呼んでいいのは身内だけだ、ヤンセン」

「昔は身内だったんだからいいだろう? シータ」

 アリエは、ジェイシラードが手を握り締めるのをちらりと見た。

「知り合い?」

「ああ」

 短く言って、ジェイシラードはヤンセンから目を離さない。少年はにらむような彼の目線に肩をすくめた。

「シータ……ああ、怒らないで。しょうがないから王子様でいい?」

 ジェイシラードが何か投げた。

「悪かったって!」

 友達に冗談を言うような軽い口調。

 ヤンセンは、手を伸ばして放られたものをつかんだ。

「落し物だ」

 冷たい声に、ヤーフェイがあっと声を上げ、自分の腰を見る。

 そこに挿してあるはずの万華鏡はなく、見上げた先には黒い物体があった。

「――別に返してくれなくてもいいのに」

 ヤンセンは笑いながら、ヤーフェイの頭に手を置いた。ひっと縮みあがる少女を押さえつけ、もう片方の手で持った万華鏡を、ぱっと手放す。

 地面につくと同時に、光が散った。

 海のしぶきのような光に目を細めたヤンセンは、ヤーフェイが光に包まれ、輪郭をなくしていくところを見る。

 空気に溶け消えた光の代わりに落ちたのは、人の形をした紙。

 それを拾うことはせず、万華鏡を落としたところに振り返ると、小さめの赤い石を差し出してくる少女と目が合った。

「はい、長様」

「ありがとうヤニム」

 受け取り、ヤンセンは三つ編みを一本手繰り寄せた。先っぽに金の装飾具がついていて、その中央にはめた。

 三つ編みを元のように垂らす。

 先っぽに錘をつけているにも関らず、三つ編みは浮いたようにヤンセンの背後を飾っている。

「ヤーフェイ!?」

「アリエ。あれは人形に過ぎないよ」

 それは、さっき自分も考えたことだ。

「でも、そんな簡単に消したり……!」

「できるんだよね、それが」

 得意げに笑う少年は、周りの建物を見回しながら、調子よくしゃべる。

「あれはアリエ用の囮さ。君は友情に熱いから」

 踊るように一回転した少年に、アリエは気がついたら手を伸ばしていた。

「あれ」

 アリエの驚いたような声にジェイシラードが振り返ると、アリエが伸ばした右手をまじまじと見ている。

「なにやってるんだろう」

「……君ってすごいねえ、アリエ!」

 少年の声が少し引きつっている。違和感を覚えて手の先を見ると、少年がアリエの武器を一枚手に持っている。

「よく普通にもてるわね」

「え? ――うわ!」

 アリエが指差す先で、少年の手から血が零れた。短刀を取り落とす少年、ヤニムが心配そうに覗き込む。

 ジェイシラードが、のんびりとした顔でアリエを見る。

「アリエ、何したの?」

「結果から見て、あいつが自爆したのよ」

「なんか間違ってるよ! ねえシータ、その子何なの!?」

「ヤーフェイの友達だろう」

 ヤンセンはあきれたように、手をだらりと下げた。血がタイルに流れるのも厭わない。

「……えさで釣っておいてなんだけど、やっぱり鈴家とはあんまり関りたくないなあ」

「知っているの? 私の一族を」

「何度も殺されかけたからね」

 さらりと言った少年。

「やはり、そうか」

 ジェイシラードの冷たい目を見て、アリエはくすりと笑った。きれいな笑顔だった。

 壊れた人形のようにきれいな笑いを見ていられず、ジェイシラードはそっぽをむいた。下のタイルの模様に目を走らせる。

「鈴家は暗殺大道芸人の一族……。さぞ、きれいに歌うんだろうね、アリエは」

「お望みなら、子守唄を歌って差し上げてもよろしくってよ?」

 わざとらしく甘ったるい声で言ったアリエは、次の瞬間には帯から一枚の短刀を取り出していた。

「永遠の眠りにつく子守唄を」

 水晶のように澄んだ目をひたと見つめていると、少年はなんだか不思議な気持ちになった。

 水の中で身動きがとれなくなったように、ふわふわとした感覚が体を包む。世界にひとつだけ差し込む光のように、アリエが見える。

「……君たちの目は、不思議だね」

「あんたは強いわ。普通の人間なら、子守唄を歌わなくても逝ってくれた。――あんたらは強いわ。ヤーフェイもそうだった」

 アリエは、目線を下げて、短刀をしまった。少年はぽん、と手を打つ。

「そう、ヤーフェイだよ。彼女を助けてくれないかな、アリエ」

「……本物のヤーフェイは、どこにいるの?」

「ロアの宮殿の中。ずっと寝てるよ。四年前からずっとね」

 肩をすくめ、少年はこちらに近づいてきた。

 ぺったぺった。

 その姿は、どこか仲良しの少女に似ている。

 ゆれる赤い髪は日の光を反射して、炎のように輝く。

「ボクは、ロアの族長なんてものを押し付けられてからこのかた、ロアの力が今どこにどのくらいあるのか、把握する作業を行っているんだ。そのなかで、昔っから行方不明になっていた神がいるのに気がついてね」

 歩きながら、少年は髪の装飾具を取った。四つの金色はヤンセンの手の中に納まって、赤い流れは背中を覆い隠すように広がった。

「ミネルウァ」

 その名前を呼ぶときだけ、アリエには少年が小さな子供のように見えた。

 近しい人の名前を呼ぶように。

「彼女の『器』は、何世紀さかのぼってもつかめなかった。『器』は血によって移り変わるからね。ミネルウァの血筋を捕まえていればよかったんだ」

 ジェイシラードは、過去に、この少年からロアの話を聞いたことがある。

「ジェイシー。器って」

「ロアの一族が特別な由縁。――神の人格が、人に憑依するんだ。人格は『器』たる人間に。神たる証拠である莫大な力は『鍵』へと」

「その力を本気で使えば、世界さへ終わらせられるって」

 お手玉のように金の装飾具を放り投げて遊ぶヤンセンは、アリエから見るとジェイシラードと同じくらいの少年だ。

「四年前。ようやく、ヤーフェイ・ミネルウァ・ロアを確保した」

「――本物のヤーフェイは?」

 アリエの質問に答えたのは、ヤンセンではなかった。

 彼の後ろに控えた少女が、万華鏡の落ちたあたりをぼんやりと見ながら呟く。

「今頃、いい夢を見ていると思う」



 ヤーフェイは、はっと目を開けた。

 月の光のない夜。

「……ユーリ」

 今日は、ユーリがいない日。ユーリの時間が来ない日。

 少し前までは。

 ヤーフェイは立ち上がった。いつもの寝床に変わった様子はなく、毛布をはいで外に出る。一枚布を巻きつけたような、ゆったりとした服のしわを気にしながら、部屋から出る。

 集められた「きれいなもの」が、きれいに並べられている部屋。ずっと前から変わらない。

 ずっと、ずっと。この時間が続いてほしい。

 そう思うたびに、ヤーフェイは、無性に上を見上げたくなる。

 いつからだろう? 上には何にもないのに。

 アーチを描く天井は、今は見えない。壁を探り当て、どうにか歩く。

 いくつか部屋を越えて、ヤーフェイは庭に出た。その先に、目的の人がいる。

 ずっと、そこにいる。

 月のない夜、その人を見ると心が痛んだ。なぜなのかはわからない。無性に天井を見たくなる。

 ねえ、月って、あなたの目のようなもの?

 また同じ質問をしたら、彼は怒るだろうか? それとも、あきれたように抱きしめてくれるだろうか?

「ねえ、ユーリ」

後書き


作者:水沢はやて
投稿日:2013/02/27 22:57
更新日:2013/02/27 22:57
『ユニの子』の著作権は、すべて作者 水沢はやて様に属します。

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