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作品ID:1607
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人魚姫のお伽話

小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 完結

前書き・紹介


にんぎょひめ  ――前篇

前の話 目次 次の話

――届かないLove song 歌っている  今日も明日も わたし歌ってる
伝えたい 云えない もう届かない   人魚の声で わたし歌っている


 教会から聞こえてきたメロディーに。貴悠は足を止めた。小さく開いた扉、興味を惹かれて覗き込めば、長い黒髪をリボンで結んだ女の子がピアノを奏でている。

 小さな声で紡がれる歌声とピアノの旋律は、甘くて苦くて切ない。物哀しいメロディーラインと胸に訴えかけてくるような歌声。
 あまりに場にそぐわない雰囲気と光景に。貴悠は首を傾げた。……そぐわない、そう、そぐわないのだ。

 だって、ここは結婚式用のチャペルだ。未来を共にする二人が幸せを宣言し誓い合う場所。貴悠だって、その為に来たのだから……。尤も、貴悠の場合は自分の式ではないのだけれど。


 大学時代のサークルの後輩が結婚すると報告を寄越したとき。貴悠は祝福と同時に首を傾げた。結婚するので式の司会をやってもらえませんか? と連絡を寄越した貴悠の四学年下の後輩は、この春大学を卒業したばかりで。貴悠が連絡を受けたのが初夏の頃。

 聞けば、花嫁はまだ十八歳だという。だが、続く説明を受けて。貴悠は納得した。元々、二人にも性急過ぎる結婚の意思があったわけではないらしい。
 後輩は、この春大学を卒業し、地元の大手企業に就職したばかりで、相手に至っては高校を卒業したばかりだ。

 けれど。この四月下旬に事情が変わってしまったらしい。後輩に、秋からの転勤命令が出てしまったのだ。赴任先は、遠く北海道。本社勤務の為のいわば下積み経験と修行を兼ねた転勤なので、当分の間は現地勤務となるらしい。

 二人で何度か話し合い、遠距離恋愛に不安を覚えた彼女の意向と両家の賛同を得て。この秋の結婚と決まったという。そもそも後輩と彼女は随分幼いころからの仲のようで、両家の間にも頻繁な行き来があったらしい。だからこそのスムーズな結婚への纏まりに繋がったのだろう。


 と、そこまで思い返して。貴悠はそっと扉を閉めた。これ以上この場にいてはいけないような気がしたのだ。そぐわない光景は、それゆえに神秘ささえ漂わせていて……。何処よりも似合わぬはずの光景は、何処よりも合致して見えた。



 だからこそ。打ち合わせの席、久方ぶりに後輩と顔を合わせたとき。貴悠は驚いた。チャペルでピアノを奏でていた歌声の持ち主、長い黒髪をリボンで結んだ女の子の姿を見つけて……。

「貴悠先輩!! こっちです!! ありがとうございます。すみません、無理お願いしちゃって!!」

 にこやかに話しかけて来る後輩の隣、色素を抜いたショートカットの元気そうな女の子が座っている。後輩の言葉を受けて、ショートカットの彼女が貴悠に話しかけて来た。

「仁科(にしな)貴(たか)悠(はる)さんですか? 巧(こう)君からお話は聞いてます! 巧君の婚約者の長谷川(はせがわ)です!! 今回は無理を引き受けてもらっちゃってありがとうございます! えっと、こっちはお姉ちゃんです」

 長谷川と名乗ったショートカットの女の子が指差したのは、長い黒髪をリボンで結んだ女の子。先ほど貴悠が教会で見かけた彼女だ。
 しかし……。新郎新婦が打ち合わせの場にいるのは当然だろうが、なぜ新婦の姉までが同席しているのだろう? 貴悠の疑問は、後輩によって破られた。

「ヴァージンロードの伴奏を引き受けてもらってるんです。彼女、音大のピアノ科出身なんですよ。俺と同じで、この春大学卒業して今は子ども向けの音楽教室でピアノの先生してるんですけど、今回こいつが式場と姉さんに無理通しちゃって……」
 後輩の言葉に。婚約者はヘヘっと舌を出しておどけて見せる。

「どうしてもお姉ちゃんの伴奏でヴァージンロード歩きたくて!! 一生一度の式だし、皆に我儘言っちゃいました!!」

 妹の言葉に、リボンの彼女は頭を下げた。つられて頭を下げた貴悠に。静かにもう一度頭を下げて。落ち着いた様子で言葉を紡ぐ。


「仁科さんですね。妹達からお話は伺っております。この度は妹がお世話になります。よろしくお願い致します」


 背中まで伸ばされた黒髪をサイドでポニーテールにして。結ぶリボンは、淡い色合いのレモンイエロー。ボウタイを結んだブラウスに紺地にレースの縁飾りのジャケット。ハイウエストで締められたベルトがアクセントのグレーのフレアスカート。

 改めて彼女の姿を間近で観察してみての印象は。未だ幼さの抜けない面立ちの割に、落ち着いた雰囲気を持つ静かな子だな。そんな感想だった。
 顔合わせを兼ねた最初の打ち合わせということで、その日の打ち合わせは特にやるべきようなものもなく。一時間前後で互いの自己紹介的なものを終えた後、解散する動きになりかけて。後輩が慌てたように貴悠に声をかけた。



「先輩、この後予定ありますか?」
「ん? 今日は夜までは特には入れてないな~。昼飯食って帰るくらいかな……」
「俺達も今日はこの後は特にないんです。昼飯、一緒させてもらえませんか? 俺、出しますから!!」
「いいのか? でも、別に自分の分くらいは出すよ?」
「お礼兼ねて奢らせて下さい!」

 じゃあ甘えようか、そう言った貴悠に。後輩と婚約者がにこりと笑った。だが、その脇で。件のリボンの彼女は席を立ちあがりかけた。


「ゆっくりしてらっしゃいね。それじゃ、お先に」
 姉の言葉に慌てた様子を見せた妹は婚約者と言い募る。
「え? 勿論お姉ちゃんも一緒しようよ!! 別に予定なかったでしょ? ね、巧君!!」
「うん。俺も最初からそのつもりでいるよ? 一人だけ帰るなんて言わないで、ね? 寂しいよ!」

 戸惑った様子の彼女は、結局根負けしたらしい。困ったような表情を浮かべながら……。後輩と妹の言葉に頷いた。



 いいお店知ってるんです! と、婚約者に連れて来られたのは、洒落た感じのする小さなイタリアンレストラン。少なくとも、貴悠が自分一人の時に足を運ぶような店ではない。デートの時にでも使ってるんだろうなと見当をつけて。随分尻に敷かれてるなぁ、と。内心、貴悠は苦笑した。

 婚約者一押しの店ということで、完全にメニューを任せた貴悠に、後輩の婚約者は俄然張り切った。パスタを三種類と大きめのピザを一枚、キッシュとサラダを一つずつ。それから各自の飲み物。

 計十種類の注文に、オイオイ大丈夫か? と後輩を見やれば。苦笑いは隠さないものの財布の心配は大丈夫なようで。後輩カップルの好意を受け取ることにする。

 やがて運ばれて来た料理は、なるほど、確かに、見るからに美味そうだ。だが、談笑を交えながら食事を進めるうち、貴悠は気がついた。

 リボンの彼女はサラダを一口二口運んだだけで、ほとんどオレンジジュースしか口にしていない。後輩カップルも遅れて気づいたらしい。気遣うように声をかけた


「あれ? 何か嫌いなものだったかな? ごめん! 追加注文しようか?」
「お姉ちゃん、ほとんど何にも食べてないじゃない!! どうしたの? 頼んだメニュー、大丈夫なものだったよね?」
 妹達の言葉に。慌てた様子で首を振ったのは姉の方だ。
「あ、ごめんね。違うのよ? 最近暑くなったじゃない? バテちゃってて……。ダイエットにもなるし、丁度いいんだけどね。気遣わせちゃってごめんね?」


 お姉ちゃん、ダイエットなんか必要ないじゃない!! 妹の言葉に困ったように苦笑いを浮かべた彼女に。貴悠は内心首を傾げた。頃は六月の第三週である。

 人によって個人差はあれど、夏バテにしては早すぎないか? と。もう一つ。夏バテにしてもあまりにも食が細すぎないだろうか、と。


 だが、困り切ったように微笑む彼女にそれ以上言うことも出来ず……。貴悠は疑問を自分の内に仕舞い込んだ。



 七月の中頃。二回目の打ち合わせで彼女と顔を合わせた貴悠の印象は。心なしか顔色が優れない、おまけに幾分か痩せている。相変わらず元気のよさそうな妹とは対照的だ、と。

 リボンの彼女の今日の衣装は、深緑色のパフスリーブのシャツと黒いレースの縁飾りが可愛らしいクロップドパンツ。二つに結ぶリボンは紅色。控えめに塗られた口紅が貴悠には顔色を隠す為に見える。

 後輩と婚約者は、彼女の様子には気づいていないらしい。仲睦まじく会話を交わしているし、特に疑問視している風でもない。


 新郎新婦のプロフィールムービー作成の為、と。後輩が持ち込んだアルバムの写真を見て、貴悠は正直驚いた。幼いころからの仲だと聞いてはいたが、写真に写る後輩はどう考えても小学校高学年に差し掛かるかかからないかという頃合いだし、婚約者の彼女はいいいとこ入学したてだろう……。

 けれど。幾十枚と重なる写真を手に取りながら、貴悠の胸に疑問符が浮かぶ。後輩と婚約者の彼女が写っているのは当然なのだけれど、どの写真にも三人の人物が写されているのだ。リボンで髪を結んだ大人しそうな女の子が……。
 貴悠の疑問に気づく様子もなく、ショートカットの元気な子は後輩をつついた。その彼女の様子で何かを思い出したらしい。後輩がリボンの彼女に言葉を掛ける。

「はいはい。ごめんね、コイツまた無茶言ったみたいでさ……。ウェルカムボードまで頼んじゃったんだって?」
「だぁって!! 手作り感とか大事にしたかったんだもん!! あたし不器用だし?」

 後輩カップルのやり取りに苦笑しながら。持参していたトートバッグから彼女が取り出したのは、大きめのスケッチブック大の紙。ウェルカムボードの試作品と思しき一枚の模造紙。


「……素人の作ったものだから、あまり期待されても困るわよ? ピアノのイメージでって言ってたわよね。頑張ってはみたんだけど……」
 控えめな言葉と共に広げられたそれに、妹と後輩は歓声を上げた。
「すぅっごい!! お姉ちゃん、やっぱ器用だよね~」



 実際、貴悠の目から見ても、その出来栄えは素晴らしかった。綺麗に飾り切られた厚紙に薄く引かれた五線譜、右下にはフェルトのワッペンのグランドピアノ。
 カラフルなコピックで描かれた、大小とりどりの音符たち。所々に散りばめられ表現された天使の羽根。中央には、シンプルな白いドレスとタキシードのイラスト。

 意図してだろう、ドレスとタキシードのイラストの下の音符は淡く描かれていて……その上に、はっきりとした発色の色で描かれた『Welcome』の文字と式の日付。自体を変えて書かれた新郎新婦の名前。

「……つくづく思うんだけど、お姉ちゃんてほんと器用だよねぇ。流石、って感じ!! 文句ない出来だよ!! ありがと~」
「ほんと、凄いよ。でも、手間かかったでしょ? ごめんね」

 妹達からの賛辞と礼に。彼女ははにかむように微笑んだけれど……。瞳の色がどこか哀しい。


「ピアノは外せないよね~。巧君とあたしが出逢った最初のきっかけだもん!!」
「俺はあんまり出されたくない気もしたけどね」


 後輩カップルの言葉に、貴悠は首を傾げた。貴悠の知る後輩は、専ら体育会系だったような気がする。貴悠と同じように、幾つかのサークルを掛け持ちしていたけれど、文系サークルにも籍を置いていた貴悠と違って、その全てがスポーツ系のものだったはずだ。

 ピアノがきっかけとは? 貴悠の疑問に気づいたのだろう。後輩が照れくさそうに笑う。


「あ、先輩は知らないですよね。俺、子どもの頃の一時期だけ、ピアノ教室通ってたんです」
「そ!! 巧君は中学入ってやめちゃったし、あたしも始めたはいいけど直ぐに飽きちゃって! 結局あんまりものにはならなかったんですけど……。あたしとお姉ちゃん、おんなじ教室で、巧君もそこに通ってたんです!」

 後輩の言葉と、婚約者の補足に。貴悠は納得した。子ども時代に何かしらの習い事をさせられているのは、別に特別なことではない。


「教室の先生も一緒だったし、自然に仲良くなって。ま、続いたのは、結局お姉ちゃんだけなんですけど。あ、そか! ある意味、だからお姉ちゃんがあたし達のキューピッド? だよね!!」



 明るく笑った妹に。微笑んだ彼女の瞳には、隠しきれない色が宿っていた。お互いの話に夢中になってじゃれあう後輩カップルには見えない程度の陰り。

 けれど、対面の席に座る貴悠には、はっきりと見えた。通っていたというピアノ教室の中で、距離を近づけたという。写真に写る幼い影は、いつも三つ。後輩と婚約者とリボンの女の子。

 ……きっと、後輩を見ていた女の子は、もう一人いたのだ。後輩は、気付けなかったようだけれど。気付かれなかった心を隠して、彼女は微笑んでいる。
 それはどれほど哀しくて悲しいことだろう。初めて彼女を見つけたとき、チャペルのピアノと歌声が甦る。切なく響いたメロディーが……。


「そうだ!! 次回の打ち合わせの時は、デートの写真も持ってこようかな?」
「……そうね。そうなさい。編集するにしたって、三人一緒の写真ばかりじゃ面白くもないわよ」
 姉の言葉に。
「え~っ!? そんなことないもん!! だって、あたし達は、あたしと巧君とお姉ちゃんの組み合わせから始まってるんだから!!」

 返された妹の言葉は、何も知らぬ無邪気さと残酷さの詰まった言葉。もう一人の女の子の心を酌んでしまった貴悠には、そう思えて。貴悠自身の胸をも痛めた。




 八月も中旬を過ぎ下旬に差し掛かるころ。司会を務める自分の打ち合わせもそろそろ終盤。後は新郎新婦達が決めることだけが残ってくるだろう。プロフィールムービーの最終編集の為、後輩達が持ち寄った写真。それは、以前とは異なり二人きりで撮られた写真……。
 
 涼やかな白のワンピースに、パフスリーブ袖のボレロに近い形をしたデニム地の青いジャケット。ジャケットの袖口や襟元には、可愛らしいフリルのレースがあしらわれている。   

 ロングヘアーの彼女の今日の髪形は、左右で二つに分けられて、緩やかに編まれた三つ編みに、それぞれに結ばれたピンクのリボン。

 又、痩せた。そう、思った。以前よりも念入りに施されているようなメイクは、恐らく顔色を隠す為のモノ。
 休ませた方がいいんじゃないか、とっさにそう思ったけれど……。ほぼ他人に近い自分が口出ししてもよいものなのか……。迷っているうちに打ち合わせは始まってしまった。

 後輩カップルは、相も変わらず賑やかに。楽しそうに話を進める。この写真は何処に行った時のもので、どんなエピソードがあって、と。

 静かに微笑む彼女は、妹達の話を聞きながら、写真にまつわるエピソードを軽く書き取っている。けれど、書き写すその手が微かに震えているのは、きっと気のせいではない。


 その中の一枚の写真、出先のショッピングモールで店員に撮ってもらったという写真に。その写真にまつわるエピソードに。微笑んでいた彼女が瞳を伏せた。楽しげに、照れくさそうに、誇らしげに、話す二人は気付いていない。
 
 ――――俯いた彼女の指先、雫が静かに光っていた。




 それは、後輩が転勤の辞令を受けた四月の下旬から暫く経って。何度か身の振り方に話し合いを持った後のこと。遠距離恋愛の不安を隠せなかった恋人を、後輩は、電車で数駅の大型ショッピングモールに連れ出したのだという。

 モールの中、店舗を構える大きめの楽器屋。レッスンスタジオも併設するその場所は予約すれば時間単位で楽器を借りることも可能で、彼はピアノのスタジオをレンタルしていた。

 レンタルしたスタジオの一室、恋人を座らせて。後輩はたどたどしい指で曲を弾いた。それは、幼いころに自己流で作り上げたオリジナル曲。
『覚えてる?』
 訊いた彼に恋人は頷いた。何度も何度も聞いた曲だ、と。何度も何度もねだった曲だ、と。
『覚えてるよ。懐かし過ぎるけど』
 答えた恋人に。
『うん、俺も覚えてる。いっつも、いつでも後を付いて来てくれたよね。だからさ……』
 だから、と彼は続けた。
『今回も付いて来て欲しい。この先ずっと』



 ……それが、プロポーズだったのだと。後輩は照れくさそうに、婚約者は嬉しそうに、語ってくれた。その後直ぐ、指輪を買い、両親に伝えたのだと。そして、進学の為に地元を離れ、そのまま一人暮らしを始めた姉にも報告の電話を入れたのだ、と。

 それまで、お互いの生活の違いもあり、交際自体も知らなかった姉は、とてもとても驚いて……。けれど、結婚式の準備の手伝いとヴァージンロードの伴奏をねだった妹に。そして、婚約者の我儘に付き合ってやってもらえないかという後輩の頼みに。

 笑顔で頷いてくれたのだ、と。心からの笑みを浮かべて、婚約者は語った。知らないというのは、ここまで残酷なことなのだと。知る者がいれば想ったことだろう。……そして、貴悠は知ってしまった。




 写真のエピソードは大体把握した。後は、編集だけなので、後輩達がいなくても出来る。寧ろ、当日の楽しみにしたいらしい。
 後輩達は、衣装合わせが入っているとのことで。貴悠は、彼女と二人残された。尤も、去り際の後輩カップルのやり取りを見るに、要らない世話も多分に含まれてはいそうだ。

「ね、仁科さんて彼女さんとかいらっしゃるんですか?」
 婚約者の唐突な台詞に。貴悠は固まる。
「……いや、いないけど…………」
 貴悠の答えに、婚約者は顔を輝かせた。
「ほんとですか!? やった!! ねぇ、うちのお姉ちゃんとかどう思います? はっきり言って、結構お勧めだと思いますよ!!  自慢の姉なんで、その辺の男の人にはあげられないけど、巧君の先輩なら許します! 結構かっこいいし」

 一人で盛り上がろうとする妹を姉が窘めた。


「よしなさい。ほら、それよりドレスの打ち合わせに間に合わなくなるわよ? ごめんね、この子引っ張って行っちゃってくれる?」

 苦笑いを浮かべながら、後輩が婚約者を席から促す。けれど、その後輩自身も。余計な一言を、貴悠に吹き込んでいくのは忘れなかった。

「俺達、先にお邪魔しますね。……先輩、頑張って下さい! ほんと、いい子なんで!!」


 そんなやり取りの後。先からの位置で打ち合わせを続けていた貴悠は、異変に気付く。顔色の悪さが、化粧では誤魔化されないほどに悪化している。冷房は利かされているとはいえ、この蒸し暑い真夏に。唇と顔色が真っ青だ。

「……不躾でごめんね、具合悪いんじゃないかな?  顔色が随分良くないように見えるけど……」
「え?」
 貴悠の言葉に。一瞬、目を見張って。彼女は首を振った。


「いえ、大丈夫です。すみません、お気を使わせて……。少し、お腹が痛んだだけなので。ごめんなさい、申し訳ないんですけど、ちょっとお手洗い行かせて頂きますね……」

 そう言って、立ち上がった瞬間。彼女はグラリと身体を傾かせた。腹部を覆う手もそのままに、床に倒れ込む。幾度か咳き込んだ彼女の口元から零れた紅い色が、白のワンピースを伝って汚す。
 同席していたプランナーの悲鳴が響いた。それをかき消す大きさで、貴悠が鋭く叫ぶ。

「救急車を!!」
「は、はい!」
「ごめん! 少し触るよ!?」 

 倒れ込んだままの彼女の腹部に、手を当てて。幾つか簡単な質問をする。冷や汗を流しながら、途切れ途切れに彼女は応える。待つこと数分。救急車が到着し、救急隊員達がタンカを運んで来る。彼女の方は、既に意識がもうろうとしているようだ。搬送処置を施す隊員に、貴悠は叫んだ。

「区立(くりつ)反南病院(たんなんびょういん)に搬送確認取ってもらえますか!?  胃壁に穴をあけていると見受けました。反南なら、ここから十分かかりません!!」

 唐突といえば唐突な貴悠の言葉に困惑する救急隊員に。隊員達の困惑に気付いて、貴悠はきっぱりと言い切った。

「仁科貴悠、反南病院の勤務医です。救急車に同乗します」


 貴悠の言葉を受けて、直ぐに搬送確認は取られることになった。幸い、他の救急要請もなかったようで、許可も下りた。サイレンを鳴らして走り出した車の中、家族への連絡を思い出す。この状態なら、恐らく緊急処置が必要になる。
 後輩に連絡を取ってもいいが、両親にコンタクトが取れるならその方がいいだろう。そう判断した貴悠は、もう、ほとんど意識を失っている彼女に、儀礼上一声かけた。

「ごめん、鞄の中見させてもらうよ」

 連絡先の判るもの……と、鞄の中を探って。取り出した幾つかの内のスケジュール帳。女の子らしい可愛い装飾の手帳から、不意に一枚の紙切れが落ちる。

 ……それは、古い古い小さな写真。 


 綺麗に着飾った女性が二人微笑む前で。可愛らしくおめかししたリボンの女の子と、子ども用のスーツに身を包んだ男の子が写っている。背後には一台のグランドピアノ。

 写真に写る二人の子どもは、三つか四つ。二人とも同じ頃合いの年の子ども達。子どもの後ろで微笑む見覚えのある影が一人。何度か顔を合わせたことがある。



 …………覚えのあるその影、女性の一人は後輩の母親。ならば、写っているのは?  写真の子どもの年の頃は、三つか四つ。後輩の婚約者は生まれたての赤ん坊のはずだ。

 ……三人の教室で始まったわけじゃない。リボンの彼女と後輩から始まった場所に、妹が飛び込んだのだ……。

 綺麗に折りたたまれ、隠れて持ち歩かれていたのだろう写真。写真はそう、語っていた。

後書き


作者:未彩
投稿日:2015/12/22 19:25
更新日:2015/12/22 19:25
『人魚姫のお伽話』の著作権は、すべて作者 未彩様に属します。

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作品ID:1607
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