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作品ID:1724
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白銀 


魔動戦騎 救国のアルザード

小説の属性:ライトノベル / 異世界ファンタジー / 批評希望 / 中級者 / 年齢制限なし / 完結

前書き・紹介


第二章 「炎戦を終えて」

前の話 目次 次の話

 
 
 廃都ベルナリア。
 大陸のほぼ中央に位置するアルフレイン王国で二番目に大きな都市だったその場所は、今や戦争の最前線となっていた。
 王都アルフレアから東に位置するベルナリアは最終防衛線でもある。
 戦争は終始アルフレインの劣勢と言わざるを得なかった。
 相手はアルフレインの北方に位置するノルキモ、東方のセギマ、南方のアンジア、隣接するその三ヵ国の連合部隊だ。三つの国家は密かに手を組み、突如としてアルフレイン王国へと戦争を仕掛けて来た。
 理由として思い当たることはある。
 近年になって、アルフレイン王国の領土には現代において重要度の高い資源、即ちプリズマ鉱石の埋蔵量が非常に多いことが判明した。鉱脈の質も申し分ない。良質なプリズマ鉱石は重宝する。魔動機兵の動力炉であるプリズマドライブは勿論のこと、軍事関係以外にも用途は幅広い。恐らく、三ヵ国が狙っているのはそれだろう。
 三ヵ国それぞれの国力はアルフレインに劣る。それを、協力するという方法で補い、上回ってきたのだ。三方からの同時攻撃であったり、集中攻撃であったり、様々な方法で確実にアルフレインへと侵攻してきている。
 西方にあるユーフシルーネは敵対こそしなかったものの、アルフレインへの協力姿勢をとらず、援軍や支援は期待できない。交渉は試みたものの、ユーフシルーネも隣接する他国との情勢が芳しくないらしく、隙を見せられないという事情もあるようだ。実際、ユーフシルーネの北西、大陸の北西端に位置する国家が徐々に勢力を拡大しつつあるという情報も入っている。ユーフシルーネと三ヵ国連合の間に密約があるのではとの噂も流れているが、定かではない。
 三ヵ国からの攻撃に晒されている現状では、ユーフシルーネが明確に敵対行動を取らない限りは戦力を割く余裕もない。現状、敵ではない、というだけの認識だった。

 吼える獅子の横顔を象った紋章を左肩の装甲に刻んだ魔動機兵《アルフ・セル》が基地の格納庫に入ってきた。もう一機の《アルフ・セル》と共に、半壊した魔動機兵を抱えている。
「また随分と派手にぶっ壊してくれたな」
 隊長機と副隊長機に抱えられる形で基地に搬送された《アルフ・セル》から降りたアルザードにかけられた最初の一言はそれだった。
 整備士の作業服に身を包んだ厳つい大男が苦笑いを浮かべている。大柄で無精髭を生やした、まるで熊のようなこの男がこの基地の整備士長モーリオン・ケイ・アームリックだった。階級は技術士官としては珍しい中位騎士(ミドルナイト)の最下位、三級騎士に相当する三級技術騎士だが、最前線でもあるこの基地のメカニックを束ねる身であることを鑑みればそれも頷ける。
「申し訳ありません」
 アルザードは頭を下げる。
 装飾の少ない緑色を基調とした、低位騎士(ローナイト)の制服に身を包んだ、銀髪に鮮やかな紫の瞳を持つ、整った顔立ちの青年がアルザード・エン・ラグナだ。階級は低位騎士の中では最も高い上等騎士に当たる。
 先の戦闘で汗をかいているため、制服の胸元を開けて着崩した形になっているが、咎める者はいない。
「まぁ、やっちまったもんは仕方ねぇな。《フレイムゴート》の野郎が相手だったんだろう?」
 整備士長はアルザードの背中を叩き、半壊した《アルフ・セル》を見上げた。
 右腕は肘から千切れ、左は手首から先が無い。左足は膝から先が砕けており、右足も装甲がほとんどなくなっていて半壊状態だ。熱で装甲も一部溶けており、装甲の焦げた臭いが漂ってきている。
 《フレイムゴート》が撤退した後、アルザードの機体は完全に停止してしまった。いくらヒルトを握り締めて魔力を送っても機体は動かず、遅れて合流した隊長と副隊長の機体に運んでっもらう他無かった。
 片足をやられていたグリフレットの機体はサフィール機に支えられて帰還している。
「それでも、全員無事に帰れたのはアルザードの功績が大きいと聞いている」
 隊長機の装飾が施された《アルフ・セル》から降りた男が言った。
 こちらも大柄な男だが、整備士長と違い、身だしなみはしっかりしている。赤みがかった金髪に、緑の瞳を持つ、品位がありながら獰猛さも感じられる男だ。銀糸の装飾が入った青色の制服は上位騎士(ハイナイト)のものだ。三つある上位騎士階級の中で真ん中に位置する上級正騎士が彼、アーク騎士団第十二部隊の隊長レオス・ウォル・ハイエールの階級だ。
「俺が生き残れたのはアルのお陰だからな」
 タオルで顔を拭いながら、グリフレット・デイズアイが声をかけてきた。
 くすんだ金髪に、橙色の瞳を持つ、どこか野性味のあるノリの良い好青年といった印象の人物だ。
 着ている制服は赤を基調とした中位騎士のもので、階級は三級騎士。これは上等騎士であるアルザードの一つ上の階級にあたる。
「そうね、アルザードが暴れてくれたから仕留められた敵も多かった」
 首の後ろで束ねていた紺色の長髪を解きながら、サフィール・エス・パルシバルが歩いてくる。
 切れ長の双眸に、整った鼻筋、すらりと伸びた手足に程好い肉付きのスタイルの良い女性だ。階級はグリフレットの一つ上の二級騎士であり、中位騎士の赤い制服に身を包んでいる。
「戦果は《バルジス》が八機、《バルジカス》が一機、《ノルス》が一機、だったな」
 事前に通信で報告が入っていたのか、整備士長は戦果の書かれたリストに目を落とす。
 《フレイムゴート》に随伴していた《バルジス》四機と、砲撃で陽動をしていた《バルジス》二機と《バルジカス》一機、恐らく索敵と偵察をしていたのであろう《ノルス》一機、それと隊長と副隊長が交戦して撃破した《バルジス》二機が今回の戦果だった。
 取り逃したのは《フレイムゴート》と、四機の《バルジス》だ。
 数を鑑みれば、十分な戦果と言える。
「使えるパーツもそれなりにありそうだ」
 整備士長は一人頷いている。
「またやってくれたそうだなアルザード・エン・ラグナ上等騎士!」
 眉間に皺を寄せて、こめかみに青筋を浮かせた小柄な中年男性が騒ぎながら駆け寄ってくる。
「うわぁ、きやがったよ……」
 グリフレットが渋い顔で呟いた。いつの間にか、サフィールはそれとなく距離を置いている。
 詰め寄ってきたのは基地の資材管理を担当している士官だ。階級は上位騎士の最下位である正騎士に相当する。
 現状、アルフレイン王国は三方を敵に囲まれており、国外からの物資調達に難を抱えている。廃都ベルナリアを最終防衛線として、半ば篭城戦に近い様相を呈している今、物資の問題は軽視できない。
「おやっさーん、やっぱりプリズマドライブ砕けてましたー!」
 アルザードの《アルフ・セル》の動力部を調べていた整備士の一人が、その場から顔を出して報告する。
 魔動機兵の動力炉であるプリズマドライブの核になっているプリズマ結晶が砕けてしまっていたようだ。いくらヒルトから魔力を送っても機体が動かないはずである。
「またか貴様ぁあ!」
 発狂するように叫び、士官の男サービック・ムル・ローデンは頭を抱える。
「《アルフ・セル》一機用意するのにどれだけのコストがかかると何度言ったら分かるのだ!」
 頭を抱えたまま体を震わせ、サービックは怒り狂う。怒りのあまりリズムがおかしくなっているのか、蛇のように体をくねくねさせている。
 見ている側としては面白い光景かもしれないが、怒られているアルザードとしては笑うことも出来ない。
 実際、《アルフ・セル》は現行の魔動機兵の中でも高性能な部類に入る。総合的な性能バランスは《バルジス》の改良型である《バルジカス》をやや上回っており、量産されている機体の中ではコストも相応に高い。
 レオス率いる第十二部隊は精鋭部隊という位置付けであり、全員にその《アルフ・セル》が支給されている。
 グリフレット機のように、損傷箇所が少なければ予備のパーツに交換することで対応ができる。ギルジアのように、損害がほぼ装甲だけであるなら、装甲さえ交換すれば良い。当然、定期的に予備パーツの補給も行われている。
 だが、アルザードの場合は事情が違う。
「撃破されてもいないのにまたプリズマドライブが消費されるんだぞ、おかしいだろう!」
 サービックが捲くし立てる。
 敵の攻撃により機体が大破するとなればプリズマドライブの損失も仕方がない。だが、アルザードは撃破されたわけではない。
 そもそも、アルザードの機体は先の戦闘でもほとんど被弾していない。全ての損傷は、アルザードの操縦によるものだ。
 腕が千切れたのも、ただでさえ重量のある《バルジス》を片手で投げ飛ばしたからだ。左手がバラバラになったのも、敵を殴り付けたからだ。脚部の破損は、衝撃吸収を考えない無茶な跳躍機動のせいだ。
 そしてプリズマ結晶の破裂は、アルザードが魔力を込め過ぎた故のものである。
「いやー、今回も凄かったぜ?」
 にっと笑いながら、グリフレットはアルザードの肩に肘をかける。
「騎手が自分の機体を壊してどうするのだ!」
 サービックはもはや発狂寸前だ。
 騎手、というのは魔動機兵の搭乗者を指す言葉だ。
 普通の騎手に、プリズマドライブを内側から破壊するだけの魔力は無い。アルザードが飛び抜けて魔力が強いのが原因だ。
 先の戦闘で見せた五、六メートルに達する跳躍機動も、本来の《アルフ・セル》に想定された性能ではない。アルザードの機体に搭載されていた長剣も、重量の関係でアルザード以外ではまともに扱えない代物だ。
 魔力が強い、すなわち魔力適正が高いということは、プリズマドライブによる増幅で更に大きな魔力を出力することができると言い換えることができる。最低限保障されている性能を、騎手個人の魔力である程度向上させられるため、本来なら魔力適正が高いというのは騎手にとって歓迎すべき才能だ。
 通常ならば、プリズマドライブは長期間の使用や、繰り返し稼動することで緩やかに消耗していく。プリズマ結晶内にある魔素が増幅の際に消費されることでゆっくりと結晶は濁っていき、魔力の増幅率が低下していくのだ。
 勿論、その濁りを解消するための設備が基地には存在する。
 高濃度エーテルと呼ばれる、魔素濃度の極めて高い特殊な液体にプリズマ結晶を漬け込むことで、時間はかかるが結晶が消耗した魔素を補充することができるのだ。
 だが、高濃度エーテルには結晶の物理的な損壊を修復する力はない。
 アルザードは魔力適正が高過ぎるため、プリズマドライブが正常に増幅できる魔力量を容易に上回ってしまう。許容量を超える魔力が入力されたプリズマ結晶は、急速に魔素を消耗し、曇りや濁りを通り越して過負荷に耐え切れず破裂してしまうのだ。
 アルザードに返す言葉はない。階級的にも、相手は上官だ。
「《フレイムゴート》の撃退は損害に見合う戦果だと思いますが?」
 今まで黙っていたレオスが低く落ち着いた声音で、喚き散らしているサービックに言葉をかけた。
「数日程度では修理ができない損傷は与えられたかと」
 サフィールが言った。
 《フレイムゴート》は《バルジカス》を更に改造したワンオフの機体だ。《バルジス》と共通のパーツはいくつか使われているとしても、特注の部品も多いだろうし、専用の調整も必要とするだろう。少なくとも、修理にはそれなりに時間がかかるはずだ。
 現状、《フレイムゴート》には随分と手を焼いている。戦線がここまで後退するまでの間、《フレイムゴート》には多くの仲間が葬られた。《フレイムゴート》という渾名も、火炎放射器を主体とする戦い方からついたもので、《バルジカス・デュアルファイア》と言うのが正しい機体名らしい。
「しかしだな……!」
「ええ、まぁ、資源の面も無視できる状況ではありません。それは我々も重々承知しています」
 文句を言い足りないのか、食い下がるサービックに、レオスが溜め息をつく。
「それでも、《アルフ・セル》一機の損失だけで奴を撤退に追い込めたと考えれば、十分な戦果でしょう」
 頭一つ以上身長の差があるため、レオスがサービックを見下ろす形になっている。
「それはそうだが……!」
「あそこでアルがやってくれなきゃ俺も死んでたんですけど?」
 睨むように、グリフレットが呟いた。
「我が隊の戦果は優秀な騎手によるものです。その騎手の損失こそ痛手だと毎度進言しておりますが」
「ぐぬぬ……」
 レオスの追い討ちに、サービックが歯噛みする。
 それからサービックは恨めしそうにアルザードを睨み、歯軋りしながら去って行った。
「毎回似たようなやり取りするのも疲れるよな」
 グリフレットが苦笑する。
「まぁ、あいつの立場上、胃が痛いのも理解してやれ」
 レオスも溜め息をついた。
 階級だけならレオスの方が上だ。それでも、基地の管理運営を担っているサービックの責任は重い。補給物資の請求や、現時点で保有している資材の振り分けや管理など、毎日頭を悩ませているはずだ。
「ええ、まぁ……俺が毎回機体を壊しているのは事実ですから」
 前線で戦うアルザードには、サービックの気苦労は計り知れないものだ。状況が芳しくない以上、資材も無制限に使えるわけではない。部隊が過不足なく稼動出来ているのも、サービックのような存在が限られた物資をやりくりして支えてくれているからだ。
「モーリィ、《アルフ・セル》の用意はできるか?」
「まぁ、粗方こうなることの予想はついてたからな、予備機を組み上げてる最中だ。調整も含めれば二、三日ってところだな」
 レオスの問いに、整備士長モーリオンは顎で格納庫の奥を指した。
 装甲を取り付ける前の、内部機器が剥き出しになっている《アルフ・セル》が見えた。
「前々から思っていたんですが、どうせ壊してしまうなら《アルフ・ベル》やいっそ《アルフ・アル》でも構いませんが……」
 アルザードは申し訳無さそうに進言した。
 《アルフ・セル》が現行の量産機としては高級品だということは知っている。動かす度に壊してしまうならコストの安い量産機でも良いのではないだろうか。
「ダメだ」
 だが、レオスはその提案を一蹴した。
「お前の能力を最大限活かすには《アルフ・セル》でも足りないくらいだ。お前の機体のスペックを下げれば、それだけこの部隊の戦力が低下する」
 理屈としては間違っていない。
「まぁ、そうだな。《アルフ・セル》よりも早くぶっ壊しちまう形になるだけかもしれんな。肝心な時に動けなくなるのも困るだろう?」
 モーリオン整備士長が頷きながら付け加えた。
「単純な性能差は十パーセントぐらいあるんだっけ?」
 横にいたグリフレットが呟いた。
 《アルフ・アル》はアルフレイン王国において一番最初に普及した量産型だ。総合的な性能バランスの良さから、一時は魔動機兵の水準を作ったとも呼ばれ、今でも多く配備されている。《アルフ・ベル》はその《アルフ・アル》を改良し、全体的に性能を底上げした機体で、カタログスペックではおおよそ五パーセント向上したとされている。《アルフ・ベル》は各部隊の隊長や、熟練者を中心に配備されている。
 《アルフ・セル》はそこから更に発展させた機体で、《アルフ・アル》から比較して十パーセントほど性能が向上していると言われている。相応に生産コストが高いため、配備されるのは精鋭部隊中心という高級機だ。
「肝心な時に機体がついてこなくて一番困るのは貴方でしょうに」
 サフィールが呆れたように溜め息をつく。
「それは、そうだけど……」
 確かにそうだ。
 先の戦闘でも、《アルフ・セル》だからこそあそこまで戦えたのも事実だ。自壊しながらも、ギリギリまでアルザードの操縦に耐えていられるのは《アルフ・セル》の高水準な性能と、整備士たちの調整があってこそだ。
「んじゃあ、俺が《アルフ・ベル》に乗って、俺の《アルフ・セル》をアルが使うとかは?」
「馬鹿言え、精鋭中の精鋭のお前らの機体は全て専用に調整済みだ。別の奴が乗る用に調整し直すぐらいなら新しく組み直した方が早い」
 冗談めかして言ったグリフレットの頭を、モーリオンが書類の乗った下敷きで小突く。
「特に、アルザード。お前さんのは極限まで魔力伝導率を落としていてアレだからな」
「え、下げてんの?」
 モーリオンの言葉に、グリフレットの方が驚いていた。
「そりゃあそうだろ。考えてもみろ、こいつの魔力の強さで伝導率上げたら一瞬で機体がぶっ壊れちまう」
 モーリオンは肩を竦めた。
 アルザードの魔力適正の高さは、高性能機である《アルフ・セル》の限界出力さえも簡単に上回ってしまう。そのために取られた処置は、機体各部への魔力伝導効率を落として、動かすためにより大きな魔力を必要となるようにするというものだった。
 魔力を伝わり難くすれば、その分機体を満足に動かすのに必要な魔力量も増加する。逆に、少ない魔力で動かせるように伝導率を高めてしまうと、各部に流れる魔力量がその分だけ増加してしまい、これまで以上に限界値に達し易くなってしまう。
「マジか……」
 グリフレットは唖然とした表情でアルザードを見る。
「まさか伝導率下げなきゃならんとは思わなかったがなぁ」
 モーリオンも苦笑している。
 本来なら、整備士たちは騎手が機体性能を十二分に発揮し易いよう魔力伝導率を高める方向に調整するのが一般的だ。逆に、機体性能を落とさぬよう魔力伝導率を下げるというのは前代未聞である。高性能な機体になればなるほど、魔力伝導率の高さもスペックのウリになるからだ。
「お手数をかけます……」
 アルザードも苦笑いを浮かべるしかない。
 流石に、プリズマドライブによる魔力増幅抜きで機体を動かすことはアルザードにもできない。プリズマドライブは騎手の魔力を増幅すると同時に、出力する魔力に複雑な魔術式を自動で施して機体制御を補助する装置も備わっている。操縦を簡略最適化するためのその魔術式は複雑で、騎手側が全て手動で行うには機体の即応性や反応速度がかなり低下してしまうのが目に見えている。集中力や精神力といったものも、桁外れに必要となるため、一度の出撃における疲労や消耗の度合いも段違いになるはずだ。
 また、魔術式自体もプリズマドライブで増幅されることを前提に、増幅中に術式が最適なタイミングと順序で施される形になっており、制御用の術式だけを切り離して装置化するというのも難しい。
「お前さんが全力で振り回せる機体があれば、凄まじいことになりそうだが……まぁ、無理だろうなぁ」
 モーリオンは大破したアルザードの機体を見上げてぽつりと呟いた。
 不可能ではないのだろうが、たった一人の規格外のために専用の機体を組み上げる時間も余裕も無いというのが現状だ。そんな機体を作ったとして、戦局にどれだけの影響を与えられるのかも分からない。たった一機で現状を変えるなど、到底現実的ではないのだから許可も下りないだろう。
 《フレイムゴート》のように、既存の機体を専用に強化改造するのとは訳が違う。その程度の調整で何とかなる範囲をアルザードの魔力適正は飛び越えていた。
 結局のところ、アルザードの方が何とか合わせていくしかない。
「お、あいつらも帰ってきたか」
 格納庫へと入ってくる魔動機兵の足音を聞いて、グリフレットが呟いた。
 振り返れば、三機の《アルフ・セル》が帰還したところだった。
 所定の位置で機体を屈ませて、襟首の位置にあるハッチを開けて中から騎手が降りて来る。
「やっぱりやらかしたか」
 格納庫の隅に横たえられたアルザードの機体を見て、ギルジア・ザン・ボーア三級騎士が笑いながら言った。青緑色の短髪と、やや丸みを帯びた人懐っこい顔が印象的な青年だ。
 どの道、忠告してもこうなると思っていたのだろう。
「隊長、敵機との交戦ポイントへのマーカー設置完了しました」
 そう言って、ボルク・ダ・ベルク二級騎士は右拳を胸に当てる簡易式の敬礼をしながら隊長のレオスに報告した。
 撃破した敵機体の残骸や武装等は、専用の回収部隊によって回収される。ボルクたちは回収部隊のための発信機を設置してから帰還したのだ。
 交戦したばかりの部隊がそのまま回収するのでは負担が大きい。五体満足でない機体があれば、回収も満足に行えない。
「うむ、ご苦労」
 レオスは頷いた。
「全員揃ったな」
 レオスの隣に、副隊長のテス・ク・シャルディオナ正騎士が立っていた。美しい銀の長髪に、紅色の瞳と、引き締まった体に豊満な胸を持つ魅力的な女性だ。温和そうな顔立ちに似合わず、声音はやや低く、張りがある。
 見れば、ボルクの後ろにはキディルス・オ・ブラン二級騎士が立っている。逆立つような紺色の癖っ毛と、必要最低限しか喋らない無口なところが特徴的な男だ。
「皆、ご苦労だった。《フレイムゴート》の撃退も決して小さくはない戦果だ。全員、次の出撃に備えてゆっくり休んでおけよ」
「了解!」
 隊長のレオスの言葉に、部隊の全員が簡易式の敬礼と共に返事をする。
 回収部隊と、警戒のための偵察部隊が交代で出撃して行くのを背景に、アルザードたち第十二部隊はひとまず解散となった。
 炎に包まれた戦闘で汗をかいたアルザードはシャワーを浴びてから食堂に向かうことにした。
「しっかし、奴を仕留められなかったのが悔しいな」
 テーブルを挟んだ向かい側で食事を取るグリフレットが溜め息交じりに呟いた。
「人的損害ゼロで撃退できてるのはうちの部隊だけだし、そこはむしろ誇るべきところだと思うがなぁ」
 隣の席にはギルジアが座っている。
「アンジアの《フレイムゴート》、ノルキモの《ダンシングラビット》……そしてセギマの《ブレードウルフ》、か」
 ギルジアの向かいにいるのはボルクとキディルスだ。
 アルフレイン王国と敵対している三ヵ国にはそれぞれ、名の知られたエースが存在している。先の《フレイムゴート》もその一人で、南方のアンジアで最も戦果を挙げている。
 その他に名が挙がるのが、北方のノルキモの《ダンシングラビット》と、セギマの《ブレードウルフ》だ。
 《ダンシングラビット》はその名が示す通り、機動力に特化させた《ノルムキス・ハイク》というワンオフの白い改良機を操り、舞うように戦うことと、頭部に追加された二つのセンサーアンテナが兎の耳のように見えることからそう呼ばれるようになった。
 《ブレードウルフ》は東方にあるセギマのエースで、狼の横顔のエンブレムを刻んだ灰色の機体を操る。近接戦闘に長けており、片刃のアサルトソードを予備も含めて四つ搭載した機体からそう呼ばれている。
「実際に《フレイムゴート》とやりあってみて、どうだった?」
「ありゃあ厄介だった。とにかく死角を無くして、正面からじりじりと圧殺しようとしてくるんだ」
 ギルジアの問いに、グリフレットが渋い表情で答える。
 《フレイムゴート》と戦ったのは、今回が始めてだ。どんな戦い方をするのかは、事前に生き残った者たちの情報から広まってはいたが、実戦でそれに対応できるかというのは別問題だ。聞いていないよりは当然マシではあるのだが。
 自分の機体の特徴や戦い方から、最適な布陣で攻めてくる。《フレイムゴート》は機体の性能もさる事ながら、指揮能力の高さが窺える。機動力に乏しい部分は、他に砲撃部隊や小隊を囮として使うことで敵の戦力分散を狙って補っているように見えた。
 《フレイムゴート》の本隊は、守備性能の高い重装機体で互いの死角をカバーしながら、火炎放射や射撃で面制圧をしながら進んでくる。周囲に炎が広がる光景は、視覚的にも熱量的にも焦りを生じさせやすい。
 通常の部隊に火炎放射器を持たせただけでは、ああまで効果的に使うことはできないだろう。
「釣りにも引っかからないし、逆にこっちを釣ろうとしてくるから、崩すのがきついんだよな」
 グリフレットが頭を掻きながら言った。
 思い返してみれば、敵はサフィールの牽制や、誘いにも乗ることなく陣形を維持していた。
「増援が間に合っていたら、危なかった」
 アルザードは頷いた。
 だかこそ、グリフレットも多少の無茶を承知で仕掛ける選択をしたのだ。どうにかしてこちらから突き崩さなければ、あのままじりじりと押されていくばかりだった。
「こっちには《守護獅子》と《バーサーカー》がいたからね」
 食事の乗ったプレートを手に、サフィールが通路を挟んだ隣の席に腰を下ろした。
 《守護獅子》、と言うのは隊長であるレオスの異名だ。彼の機体に刻まれた、吼える獅子の横顔の紋章と、その戦果からいつの間にかそう呼ばれるようになっていた。レオスの率いる第十二部隊は別名獅子隊と呼ばれ、敵からは厄介に思われているようだ。
 そして《バーサーカー》とは、アルザードのことだ。
 自分も敵も戦闘不能に追い込むような戦い方からそう呼ばれるようになったらしい。アルザードとしては、あまり嬉しい呼ばれ方ではない。
「今回も大活躍だったそうじゃないか」
「お陰でサービック正騎士にまたどやされたよ……」
 からかうようなギルジアの言葉に、アルザードは苦笑した。
 劣勢であるアルフレイン王国は、毎回厳しい戦いを強いられている。三ヵ国による波状攻撃や、連戦により、着実に消耗しつつある。
 敵の数も、アルフレイン王国側が防衛のために配備する数より少ない時が珍しいぐらいだ。大抵の場合、数で劣っている。
 何とか持ち堪えていられるのは、魔動機兵の性能水準が他国よりやや上であることと、もう後が無いという意識によるものだろう。
 ベルナリアの最終防衛ラインには大掛かりな魔術装置による魔力結界が貼られており、外部からの攻撃と侵入を感知し遮断している。敵の攻撃は結界の基部となっている装置の破壊が目的で、アルフレイン王国はこれを防衛するために常に交代で戦力を展開している。
 そのため結界の手前には複数の前線基地があり、ここもその一つだ。
 ベルナリアの別の場所では、今も戦闘が起きているかもしれない。
「まぁ、それでもお前が来てから隊に死者が出てないんだ。そこは誇っていいんじゃないか?」
 食事を終えたボルクが席を立つ。
 アルザードがこの第十二部隊に配属される前、この部隊の人員消耗率は決して低くなかったようだ。結成初期からいるメンバーは、隊長であるレオスと副隊長のテス、そしてボルクとキディルスの四人だけだ。次に古くからいるのはギルジアで、サフィールは彼らに比べるとまだ日が浅いとのことだ。グリフレットはアルザードと同時に配属されている。
「……実際、助かっている」
 そう小さく呟いたのはキディルスだった。
 普段あまり喋らないことを思えば、それは彼の本心なのだろう。
「ただ、力技に頼り過ぎている……直せばもっと伸びるはずだ」
 空になった食器の乗ったプレートを手に、キディルスも席を立った。
「珍しいな、お前が助言するなんて」
 どこか嬉しそうにボルクが笑うも、キディルスはそれ以上喋らなかった。
 無口で無愛想に見えるが、キディルスも仲間思いな人物だ。
「ところで、今日は娼婦が来る日だけど、お前らはどうするんだ?」
 その場から離れようとして、ボルクは思い出したように振り返った。
 各基地には、定期的に首都の娼館から娼婦が出張で営業に来る。最前線で戦い続け、極限状態にある者たちにとって、それは癒しであり、数少ない楽しみであり、次の戦場で生きるための活力でさえある。
「俺はいいよ」
「アルは婚約者いるしな」
 千切ったパンを口に放り込んで、グリフレットが言った。
 アルザードが断る理由は、皆知っている。
「まぁ、分からないでもないが、それでもそろそろ行っておいた方がいいんじゃないか?」
「大丈夫だって」
 ボルクの言葉も、無理に誘うでもなく、心配からだというのも分かっている。
 知らず知らずのうちに溜まっているストレスもあるだろう。いくら婚約者がいるからといって、戦場に立つ限り死とは隣り合わせだ。アルザードにも無茶な戦いばかり繰り返している自覚がある。
「グリフレットは?」
「俺もパス。そんな金はねぇ」
 グリフレットは肩を竦めた。
 この部隊の中で、グリフレットだけは貧民の出身だ。彼の給料の多くは家族の暮らしの向上のために消えている。
「奢るって言ったら?」
「……金だけくれる?」
 ボルクの問いに逡巡しつつも、グリフレットはそう返した。
「からかってやるなよ、好きな奴でもいるんだろ」
「青いねぇ。ま、嫌いじゃないがな」
 ギルジアが口を挟み、ボルクは笑いながら肩を竦めた。
「うっせー余計なお世話だ」
 グリフレットは拗ねたように口を尖らせる。
 どうやら図星だったらしい。
「男娼もいるようだが、サフィールは行ったりしないのか?」
「……まぁ、考えておくわ」
 サフィールは素っ気無い態度で流した。
「ギルジアは行くだろ?」
「おうよ」
 答えながら、食事を終えたギルジアも席を立つ。
 連れたって食堂を後にする三人を目で追いながら、アルザードは残っているパンを齧った。
 今の状況からアルフレイン王国が盛り返すのは絶望的と言わざるをえない。ベルナリア防衛線が突破されるのも時間の問題だろう。
 それでも、最前線で戦う者たちに諦めることは許されない。
 三ヵ国連合の制圧に、そこに住まう民は含まれていない。占領したいのは土地と資源だけで、人民は殲滅の対象だった。人命を無視して作戦を展開してきたからこそ、三ヵ国連合はここまでアルフレイン王国を圧倒してきたとも言える。
 だからこそ、余計に、前線にいる者達は踏ん張っている。ここを突破されたら、何もかもが蹂躙されてしまうだろうから。
 同時に、誰も決して口にはしない。
 希望があるわけではないことを。それでも、投げ出すことなどできはしないということも。
 《ブレードウルフ》襲撃の報せが飛び込んできたのは、その二日後のことだった。

後書き


作者:白銀
投稿日:2016/06/01 03:44
更新日:2016/06/01 03:44
『魔動戦騎 救国のアルザード』の著作権は、すべて作者 白銀様に属します。

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作品ID:1724
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