作品ID:1803
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異界の口
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 完結
前書き・紹介
三章 小夜子 五
前の話 | 目次 | 次の話 |
私は、駅員さんからホタル様が連行されたと聞きました。そのついでに、家出だと思われたのか、実家に連絡されてしまいました。
待っていると、いつも仲良くしていたメイドが迎えに来ました。
「お嬢様。お久しぶりでございます。」
「麻章(まあや)。お母様とお父様はお元気?」
「はい。お屋敷でお待ちですよ。」
麻章は私より十歳ほど年上ですが、小さいころから遊んでもらっている、使用人というよりは仲のいい友達です。麻章も私の事はかわいい妹のように思っていると昔言っておりました。
立派な迎えが来たことにびっくりしたのか、駅員さんが小さくなっていました。麻章はこれ見よがしに彼らをにらみつけました。
「居城家のお嬢様に家出の嫌疑をかけるだなんて、とんだ罰当たりですわね。さ、行きましょうお嬢様。」
私は微笑んで、駅員さんにお辞儀をしました。
慌てて、駅員さんが敬礼をします。
私と麻章は馬車に乗って、首都の中を走りました。しばらく行くと、貴族のお屋敷と、その先のお城が見える街まで来ました。超えるのが大変な塀をくぐって、街の中に入ります。
私のお母様は、あのお城に住んでいる王様の、一番下の妹です。ご近所は大体貴族の方か王族の方で、家の前の道をまっすぐ行くとお城に突き当たります。
おじさまにごあいさつをしなくては、と思ってお城を見ているうちに、我が家の前に着きました。長い庭を抜けて、玄関の前に馬車が止まります。
麻章に荷物を任せると、私はさっそく両親に会いに行きました。二人は居間のソファに腰掛けていました。お父様は私を見ると一言、
「小夜子。なぜ帰ってきた。」
と口にされました。
「申しわけありません。知らせが着く前に、私が帰ってきてしまったようです。」
でたらめを言うと、お母様はふんと鼻を鳴らしました。
「まあ、せっかちな娘だこと。生き急がないことね。」
最後のほうは小声でした。
「やめなさい。居城家の人間らしからぬ発言だ。」
「申しわけありません。」
ちっとも反省しているように見えないお母様が、お父様に頭を下げながら、私をにらみました。
お前のせいで恥をかいた、とでも言いたげに。
私は、平然とその視線を見つめ返しました。こうすると、たいていの人は目線をそらします。
こういう勝負事は、逃げたほうが負けですのにね。
あなたもお父様も、娘のことよりも家のことを考えていらっしゃるのですね、という言葉をおし隠して、私は早々に部屋を出ました。
こんなところにいても、何も始まりません。
私は、部屋に帰ってドレスに着替えると、久しぶりの庭へと出ました。夏の花々が咲き乱れる庭で、一箇所だけ寂しげなところがありました。
「あら。ノウゼンカズラはまだ季節ではないのね。」
オレンジ色の花を見るのがひそかな楽しみなのですが、こればかりはしょうがないので、気長に待つことにいたしましょう。
自然のものは、自然であるべきなのですから。
次の日、私はお城に行きました。
おじさまは忙しい方ですが、だいたい午後の一時間は書庫にいらっしゃいます。学園に行く前はよく一緒に過ごしていました。
書庫へ向かう廊下は相変わらず静かでした。一般に公開されていない王家専用の書架ですから、人が少ないのはいつものことです。
そう思って歩いていると、書庫の扉の前に人が立っていました。すらりとした、どこかおじさまに似ている人です。こちらに気がついたその人は、メガネを指で直しました。
「失礼。もしや居城小夜子譲ではありませんか。」
「どちらさまでしょう。」
私がその人の前に立つと、その人はこちらに目線を合わせるようにひざをついて、軽く頭を下げます。
「小夜子譲とははじめまして、ですね。学園で教師をしている和宮坂と申します。生徒はこっそり眼鏡教授なんて呼んでいるようですがね。」
「和宮坂?」
眼鏡教授と言われたほうがピンときました。ほかのクラスの理科の先生です。もっぱら「眼鏡をとるとかっこいい」と評判でした。
「和宮坂とは、どういうことですか。」
私のおじさま、この国の王族の方々は、和宮という名前を名乗っています。似た苗字はなかなかありませんが、和宮と入った苗字は初めて聞きました。
「これは我が家が大昔にこの国の王様からもらった名前です。ですが、よくおどろかれることも多いし、失礼だと言われることも多いので、今は妻のほうの苗字を名乗っています。」
「そちらのお名前はなんというのですか?」
眼鏡教授はにっこりと笑うと、私をまっすぐに見ました。
「今は綾瀬です。綾瀬焔(ほむら)といいます。」
その言葉だけで、わたしはなぜこの人がここにいるのか、わかってしまいました。
そうして、ほっとしました。
ホタル様も、ここにいるのでしょう。
私の顔を見て眼鏡教授もわかったようで、立ち上がって書庫の扉に手をのばしました。
「とても物わかりのいい方で助かります。さ、盗み聞きに行きましょう。」
音もなく扉を開けた眼鏡教授に続いて、私も書庫に入ります。
ところで、なぜ盗み聞きなんて下世話なことをしに行くのでしょう?
待っていると、いつも仲良くしていたメイドが迎えに来ました。
「お嬢様。お久しぶりでございます。」
「麻章(まあや)。お母様とお父様はお元気?」
「はい。お屋敷でお待ちですよ。」
麻章は私より十歳ほど年上ですが、小さいころから遊んでもらっている、使用人というよりは仲のいい友達です。麻章も私の事はかわいい妹のように思っていると昔言っておりました。
立派な迎えが来たことにびっくりしたのか、駅員さんが小さくなっていました。麻章はこれ見よがしに彼らをにらみつけました。
「居城家のお嬢様に家出の嫌疑をかけるだなんて、とんだ罰当たりですわね。さ、行きましょうお嬢様。」
私は微笑んで、駅員さんにお辞儀をしました。
慌てて、駅員さんが敬礼をします。
私と麻章は馬車に乗って、首都の中を走りました。しばらく行くと、貴族のお屋敷と、その先のお城が見える街まで来ました。超えるのが大変な塀をくぐって、街の中に入ります。
私のお母様は、あのお城に住んでいる王様の、一番下の妹です。ご近所は大体貴族の方か王族の方で、家の前の道をまっすぐ行くとお城に突き当たります。
おじさまにごあいさつをしなくては、と思ってお城を見ているうちに、我が家の前に着きました。長い庭を抜けて、玄関の前に馬車が止まります。
麻章に荷物を任せると、私はさっそく両親に会いに行きました。二人は居間のソファに腰掛けていました。お父様は私を見ると一言、
「小夜子。なぜ帰ってきた。」
と口にされました。
「申しわけありません。知らせが着く前に、私が帰ってきてしまったようです。」
でたらめを言うと、お母様はふんと鼻を鳴らしました。
「まあ、せっかちな娘だこと。生き急がないことね。」
最後のほうは小声でした。
「やめなさい。居城家の人間らしからぬ発言だ。」
「申しわけありません。」
ちっとも反省しているように見えないお母様が、お父様に頭を下げながら、私をにらみました。
お前のせいで恥をかいた、とでも言いたげに。
私は、平然とその視線を見つめ返しました。こうすると、たいていの人は目線をそらします。
こういう勝負事は、逃げたほうが負けですのにね。
あなたもお父様も、娘のことよりも家のことを考えていらっしゃるのですね、という言葉をおし隠して、私は早々に部屋を出ました。
こんなところにいても、何も始まりません。
私は、部屋に帰ってドレスに着替えると、久しぶりの庭へと出ました。夏の花々が咲き乱れる庭で、一箇所だけ寂しげなところがありました。
「あら。ノウゼンカズラはまだ季節ではないのね。」
オレンジ色の花を見るのがひそかな楽しみなのですが、こればかりはしょうがないので、気長に待つことにいたしましょう。
自然のものは、自然であるべきなのですから。
次の日、私はお城に行きました。
おじさまは忙しい方ですが、だいたい午後の一時間は書庫にいらっしゃいます。学園に行く前はよく一緒に過ごしていました。
書庫へ向かう廊下は相変わらず静かでした。一般に公開されていない王家専用の書架ですから、人が少ないのはいつものことです。
そう思って歩いていると、書庫の扉の前に人が立っていました。すらりとした、どこかおじさまに似ている人です。こちらに気がついたその人は、メガネを指で直しました。
「失礼。もしや居城小夜子譲ではありませんか。」
「どちらさまでしょう。」
私がその人の前に立つと、その人はこちらに目線を合わせるようにひざをついて、軽く頭を下げます。
「小夜子譲とははじめまして、ですね。学園で教師をしている和宮坂と申します。生徒はこっそり眼鏡教授なんて呼んでいるようですがね。」
「和宮坂?」
眼鏡教授と言われたほうがピンときました。ほかのクラスの理科の先生です。もっぱら「眼鏡をとるとかっこいい」と評判でした。
「和宮坂とは、どういうことですか。」
私のおじさま、この国の王族の方々は、和宮という名前を名乗っています。似た苗字はなかなかありませんが、和宮と入った苗字は初めて聞きました。
「これは我が家が大昔にこの国の王様からもらった名前です。ですが、よくおどろかれることも多いし、失礼だと言われることも多いので、今は妻のほうの苗字を名乗っています。」
「そちらのお名前はなんというのですか?」
眼鏡教授はにっこりと笑うと、私をまっすぐに見ました。
「今は綾瀬です。綾瀬焔(ほむら)といいます。」
その言葉だけで、わたしはなぜこの人がここにいるのか、わかってしまいました。
そうして、ほっとしました。
ホタル様も、ここにいるのでしょう。
私の顔を見て眼鏡教授もわかったようで、立ち上がって書庫の扉に手をのばしました。
「とても物わかりのいい方で助かります。さ、盗み聞きに行きましょう。」
音もなく扉を開けた眼鏡教授に続いて、私も書庫に入ります。
ところで、なぜ盗み聞きなんて下世話なことをしに行くのでしょう?
後書き
作者:水沢妃 |
投稿日:2016/08/15 08:13 更新日:2016/08/15 08:13 『異界の口』の著作権は、すべて作者 水沢妃様に属します。 |
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