作品ID:1856
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少女領主と官吏の憂鬱
小説の属性:ライトノベル / 異世界ファンタジー / 批評希望 / 中級者 / 年齢制限なし / 連載中
前書き・紹介
第一案、とある監察官の悩み
目次 | 次の話 |
「ありていに言うとだな、世界を滅ぼそうかと思ったわけだ」
「はい?」
仕える領主の世迷い事ではなく、素っ頓狂に裏返った声を出してしまったことに、監察官上長のサーンキヤは驚いた。
目の前の豪奢な、というと聞こえはいいが、髑髏を形どった鉄細工と、無数の剣を思わせる意匠が施された椅子は、正直なところグロテスクである。「畏怖が第一の統率である」とするバラシオン家の金言の象徴とのことなので、まさか捨てるわけにはいかない。だが、ひじ掛けにすら無駄に突き出た凹凸は、どう考えても座り心地がよくないだろう。
そんな椅子に座るチャンドラ・バラクゲシオ・バラシオン13世は、陰鬱な目を携えたまま黙りこくっている。
「閣下がそのような方針を思いつかれたその理由についてお聞かせください。可能な限り論理的で手短にお願いします。西門エルギオス付近の工房民が規定数を超える武器を作成していたとの報告があり、真偽の確かめが必要です。閣下と違い中間管理職は忙しいのです」
にべない言葉に「うぐっ」と身体をのけぞらせるチャンドラ領主。数千の領民が暮らすこの領国には、領主の下に1名のみの代行官という職が置かれ、後は、監察官という治安や外交、食糧安保など各分野の管理運営を成す役職が、12ほど置かれている。サーンキヤは、その中で法務を担当する監察官のトップである上長にあたる。
法務監察官は、国の法を守る重要な役職であるとはいえ、いち部下が、自分が仕える領主にぞんざいな言葉遣いをするというのは如何なものだろうか。サーンキヤが、領主の信頼を勝ち得ているというのも理由の一つだが、チャンドラ領主が、サーンキヤの姪にあたるということも、一つの理由である。
「だって! 領主は偉いのだぞ! 千と2百の領民たちの一番上なのだぞ! それなのに、何を決めるのも監察議会とやらで話し合いばかり。私の意見など何も聞いてはもらえないではないか!」
足をバタバタと振り子にして、椅子のひじ掛けをその小さな拳で叩き、「うぐっ」と痛みをこらえる姿は微笑ましい……ではなく、十四歳とはこんなに幼いものなのだろうかと、サーンキヤは首をかしげる。
思えば、彼女も可哀そうなところはある。二年前に両親を亡くし、悲しむ間もなくバラシオン地域の領主に担ぎ上げられた。領主の正当性はあくまで血統であるとする宗主国法において、直系の不在は重大な瑕疵とされる。隣接する地域との統合、改易にでもなったら、大きな混乱になるのは目に見えている。それはどこの領国も同じことなので、領主が、若年であったり、女性であったりすること自体は珍しいことではない。
だが、それでも……。
「話しというのはそれだけですか。それでは、仕事がありますので……」
「ちょっと待てい!」
踵を返したサーンキヤに、飛び掛かりそうな勢いでチャンドラは叫んだ。
立ち上がった拍子に、頭頂で一本に結んだ粟色の長い髪が揺れる。ほんのりと赤く染めた頬を膨らませて、腰に手を当てて立つ姿に、残念ながら威厳は全くないが、まだ主張が終わっていないことは伝わってくる。
「まだ何か?」
「だから、軍備を増強して、他国に攻め入るのじゃ! 今こそ、バラシオン家の畏怖を、恐怖を、威厳を取り戻すときじゃ!」
与えた書物を間違えたか? 後で教育官をきつく叱っておかねばなるまい。
サーンキヤは冷静に分析するが、同時に、チャンドラの髪と同じ粟色の瞳に、強い意志が込められていることも感じ取った。
「フライア、エルギオス地区に先に向かってくれ。私は後から向かう」
サーンキヤは、傍らに控えていた軽装の甲冑を着込んだ女性に声をかけた。
「承知しました」フライアと呼ばれた女性は、胸の高い位置で、右の拳を、左手で軽く包み込むようにして軽く頷いた。バラシオン地域のみではなく、宗主国全体で通じる上官に対する敬礼である。
あまり他者を信用しないサーンキヤであったが、細かい指示をしなくても行動ができるフライアのことは評価していた。ここで暫く、我儘な領主の相手をしていても、その間に状況を判断できるだけの材料を整えてくれることだろう。
「それで、チャンドラ様は、どうしたいのですか?」
座りづらい椅子では話しづらいだろうと、場所を、謁見の間の一角に併設されているテーブルへと移動した。監察会議に用いるこの場所は、12名の監察官と副官が座れるように広く作られている。だが今は、チャンドラとサーンキヤの二人だけだ。
「議会というのを廃止する! 領主の言葉だけが絶対的な法(ノリト)とするのじゃ! 税を倍にして、得た利益を軍備増強に回す。バラシオンの強さを目の当たりにした平和ボケした領国はみな私に平伏するじゃろう! ふははは! 愉快愉快!」
サーンキヤは誰が見ても明らかなほどに頭を抱えた。
どこの絶対王権だ。今どき、宗主国の皇帝陛下でさえもそんな権力はもっていないだろう。それを数千たかだかの領国が武器を取って戦ったところで、何が変わるというのか。反乱とすら思われず、地域の警備隊によって一日もかからず鎮圧されることだろう。いやそもそも、そんな無謀な戦いに協力する者など誰も現れないだろう。
「閣下。荒唐無稽、簡単に申し上げると無理、でございます」
活き活きとして理想を語る少女は、一瞬で怒りとも失望ともとれる困惑した表情へと変わった。
「な、何故じゃ!」「閣下でも分かるように簡単に申し上げますと、理由は3つございます」
机に手をついて身を乗り出すチャンドラの目の前に、3本の指を立ててサーンキヤは制する。
「一つ。監察議会の設置は、宗主国法で定められたものとなります。宗主国法は領国の存在の根幹となります。宗主国法に違反した場合は、すぐさま我が国は取り潰しになるでしょう。軍備増強の暇すら与えられませぬ」
しょぼん。
「二つ。では仮に、議会の廃止は後回しにして、軍備増強のため税率を二倍にしようとします。しかし、議会に参画する各監察官が認めることはないでしょう。
さらに仮定を敷いて、バラシオン家の親類である治安監察官、外交監察官等に根回しをしたとします。それでも、税率の変更など重要事項は、議会の全会一致が原則となっています。領民代表として選出されている行政監察官や環境監察官などまで説得することは不可能でしょう」
しょぼん。
「三つ、仮に、すべて上手くいって、税率を2倍にできたとします。しかし、当初想定した以上の税収は望めないでしょう。10年前ほどの宗主国法の改正により、領民の移動の自由が認められました。そうなりますと、重い税金がかかるバラシオン領国から多くの住民が逃げ出すことでしょう。国力はますます衰え、軍備増強どころではなくなります」
しょぼん……。
先ほどの勢いはどこにいったのか。チャンドラ領主は、項垂れて、唇を強く噛みしめる。
初めは、邪見の輩が良からぬことでも吹き込んだかとも思ったが、この様子をみると、本当にただの思い付きだったようだ。そうすると、少しばかり言い過ぎたかという気もしなくもない。
「閣下。自分の考えをもち、意見を言うということは悪いことではございませぬ。周りの意見に流されるだけでは、良い領主とは言えませんからね」
「私は……」
サーンキヤが諭すように言うと、俯いたまま、少女は口を開いた。
「私は、お父様のように、強く、皆から認められて、尊敬され、畏怖されるようになりたい……のじゃ」
「ふむ……」
「小さいころ、お父様と一緒に、領国の見回りに行ったとき、領民は皆、お父様に頭を下げ、それでいて笑顔で、幸せそうだった。それが今は、国の力もどんどん下がって、隣国にもバカにされているという……」
だんだんと幼い領主の考えていることが分かってきた。今日は、喋り方もおかしいと思っていたが、記憶の中の父親を精一杯、真似ようとでもしていたのだろうか。
「叔父上もみたでしょ? 昨日の外交士の態度! 絶対バカにしてた! 許せない! 私はバラシオンの領主なのに!」
か細く、震えた声が謁見の間に響く。
「それで、武力をもって威厳を、畏怖を取り戻そうと? 短絡的過ぎますね。それでは隣国にバカにされるのも仕方がありますまい」
「――っ!」
サーンキヤを見詰める大きな淡栗色の瞳は、みるみるうちに大粒の涙が溜まっていった。
チャンドラの従士や教育官であれば、大慌てで狼狽することだろう。しかし、サーンキヤは、むしろ小さな充足を覚えていた。それはもちろん、幼い少女を言いくるめられたことではなく、チャンドラに領主としての素質と、成長が見えたからである。
「チャンドラ様。確かに、我が国は現在危機的な状況ではあります。農地に適した土地は元より少なく、昨年の干ばつの打撃はまだ癒えておりません。隣国エルダシオンのように、通貨の元になる緑柱石の鉱山などもありません。このままでは徐々に、国全体の貧しさが広がっていくことと思われます」
サーンキヤは法務監察官のため、自身で直接に食糧事情や工業について担当しているわけではないし、権限をもっているわけではない。ただ、サーンキヤは、法というものは現状に応じて、現実がより良いものになるように変化していくべきだと考えている。律法学士たちは、往々にして現行法の解釈に精を出すが、それだけではなく、時節に応じ、あたかも生き物のように変化させることも必要だと思うのだ。
しかしそのためには、その取り巻く情勢や状況を、しっかりと見定める必要がある。ますます複雑化し多岐にわたる分野全体に目を及ばすのは、並大抵のことではない。それでもサーンキヤは、法務監察官を取り仕切る、上長としての矜持をもっていた。
このままではいけない。
先代からこの国に仕えるサーンキヤは、チャンドラとその思いが一致したように感じたのであった。もっとも、大いにそのやり方は稚拙であるが。
「では……どうしたらよいというのじゃ」
チャンドラは、涙がこぼれないよう袖で目元をぬぐった。
「そうですね。こればかりは中々に難しいものです」
いつしかサーンキヤも、この幼き領主との会議にのめり込んでいった。西門での事案については、頭の中での優先度が大分下がっていった。まぁ、フライアなら何とかしてくれているだろう。
「人は、何かすごい力をもったものに惹かれると、教育官のシャーリーから習ったぞ。強い力には人が集まる。人が集まるとさらに大きな力になる、と」
「ふむ。それは一理ありますね」
なるほど、それで軍を強くしようと思ったわけか。力が、即ち武力、腕っぷしだと考えたのは短慮だが、国の活性化には、やはり何らかの力が必要だろう。
人を集める方法……か。
「――チャンドラ様、祭典を開く、というのは如何でしょうか」
陰鬱であったチャンドラの表情が、少しばかりかもしれないが、明るくなった気がした。
「おぉ!! さいてん、か! 良いではないか! して、さいてん、とはなんじゃ?!」
サーンキヤは、再び頭を抱えた。
「はい?」
仕える領主の世迷い事ではなく、素っ頓狂に裏返った声を出してしまったことに、監察官上長のサーンキヤは驚いた。
目の前の豪奢な、というと聞こえはいいが、髑髏を形どった鉄細工と、無数の剣を思わせる意匠が施された椅子は、正直なところグロテスクである。「畏怖が第一の統率である」とするバラシオン家の金言の象徴とのことなので、まさか捨てるわけにはいかない。だが、ひじ掛けにすら無駄に突き出た凹凸は、どう考えても座り心地がよくないだろう。
そんな椅子に座るチャンドラ・バラクゲシオ・バラシオン13世は、陰鬱な目を携えたまま黙りこくっている。
「閣下がそのような方針を思いつかれたその理由についてお聞かせください。可能な限り論理的で手短にお願いします。西門エルギオス付近の工房民が規定数を超える武器を作成していたとの報告があり、真偽の確かめが必要です。閣下と違い中間管理職は忙しいのです」
にべない言葉に「うぐっ」と身体をのけぞらせるチャンドラ領主。数千の領民が暮らすこの領国には、領主の下に1名のみの代行官という職が置かれ、後は、監察官という治安や外交、食糧安保など各分野の管理運営を成す役職が、12ほど置かれている。サーンキヤは、その中で法務を担当する監察官のトップである上長にあたる。
法務監察官は、国の法を守る重要な役職であるとはいえ、いち部下が、自分が仕える領主にぞんざいな言葉遣いをするというのは如何なものだろうか。サーンキヤが、領主の信頼を勝ち得ているというのも理由の一つだが、チャンドラ領主が、サーンキヤの姪にあたるということも、一つの理由である。
「だって! 領主は偉いのだぞ! 千と2百の領民たちの一番上なのだぞ! それなのに、何を決めるのも監察議会とやらで話し合いばかり。私の意見など何も聞いてはもらえないではないか!」
足をバタバタと振り子にして、椅子のひじ掛けをその小さな拳で叩き、「うぐっ」と痛みをこらえる姿は微笑ましい……ではなく、十四歳とはこんなに幼いものなのだろうかと、サーンキヤは首をかしげる。
思えば、彼女も可哀そうなところはある。二年前に両親を亡くし、悲しむ間もなくバラシオン地域の領主に担ぎ上げられた。領主の正当性はあくまで血統であるとする宗主国法において、直系の不在は重大な瑕疵とされる。隣接する地域との統合、改易にでもなったら、大きな混乱になるのは目に見えている。それはどこの領国も同じことなので、領主が、若年であったり、女性であったりすること自体は珍しいことではない。
だが、それでも……。
「話しというのはそれだけですか。それでは、仕事がありますので……」
「ちょっと待てい!」
踵を返したサーンキヤに、飛び掛かりそうな勢いでチャンドラは叫んだ。
立ち上がった拍子に、頭頂で一本に結んだ粟色の長い髪が揺れる。ほんのりと赤く染めた頬を膨らませて、腰に手を当てて立つ姿に、残念ながら威厳は全くないが、まだ主張が終わっていないことは伝わってくる。
「まだ何か?」
「だから、軍備を増強して、他国に攻め入るのじゃ! 今こそ、バラシオン家の畏怖を、恐怖を、威厳を取り戻すときじゃ!」
与えた書物を間違えたか? 後で教育官をきつく叱っておかねばなるまい。
サーンキヤは冷静に分析するが、同時に、チャンドラの髪と同じ粟色の瞳に、強い意志が込められていることも感じ取った。
「フライア、エルギオス地区に先に向かってくれ。私は後から向かう」
サーンキヤは、傍らに控えていた軽装の甲冑を着込んだ女性に声をかけた。
「承知しました」フライアと呼ばれた女性は、胸の高い位置で、右の拳を、左手で軽く包み込むようにして軽く頷いた。バラシオン地域のみではなく、宗主国全体で通じる上官に対する敬礼である。
あまり他者を信用しないサーンキヤであったが、細かい指示をしなくても行動ができるフライアのことは評価していた。ここで暫く、我儘な領主の相手をしていても、その間に状況を判断できるだけの材料を整えてくれることだろう。
「それで、チャンドラ様は、どうしたいのですか?」
座りづらい椅子では話しづらいだろうと、場所を、謁見の間の一角に併設されているテーブルへと移動した。監察会議に用いるこの場所は、12名の監察官と副官が座れるように広く作られている。だが今は、チャンドラとサーンキヤの二人だけだ。
「議会というのを廃止する! 領主の言葉だけが絶対的な法(ノリト)とするのじゃ! 税を倍にして、得た利益を軍備増強に回す。バラシオンの強さを目の当たりにした平和ボケした領国はみな私に平伏するじゃろう! ふははは! 愉快愉快!」
サーンキヤは誰が見ても明らかなほどに頭を抱えた。
どこの絶対王権だ。今どき、宗主国の皇帝陛下でさえもそんな権力はもっていないだろう。それを数千たかだかの領国が武器を取って戦ったところで、何が変わるというのか。反乱とすら思われず、地域の警備隊によって一日もかからず鎮圧されることだろう。いやそもそも、そんな無謀な戦いに協力する者など誰も現れないだろう。
「閣下。荒唐無稽、簡単に申し上げると無理、でございます」
活き活きとして理想を語る少女は、一瞬で怒りとも失望ともとれる困惑した表情へと変わった。
「な、何故じゃ!」「閣下でも分かるように簡単に申し上げますと、理由は3つございます」
机に手をついて身を乗り出すチャンドラの目の前に、3本の指を立ててサーンキヤは制する。
「一つ。監察議会の設置は、宗主国法で定められたものとなります。宗主国法は領国の存在の根幹となります。宗主国法に違反した場合は、すぐさま我が国は取り潰しになるでしょう。軍備増強の暇すら与えられませぬ」
しょぼん。
「二つ。では仮に、議会の廃止は後回しにして、軍備増強のため税率を二倍にしようとします。しかし、議会に参画する各監察官が認めることはないでしょう。
さらに仮定を敷いて、バラシオン家の親類である治安監察官、外交監察官等に根回しをしたとします。それでも、税率の変更など重要事項は、議会の全会一致が原則となっています。領民代表として選出されている行政監察官や環境監察官などまで説得することは不可能でしょう」
しょぼん。
「三つ、仮に、すべて上手くいって、税率を2倍にできたとします。しかし、当初想定した以上の税収は望めないでしょう。10年前ほどの宗主国法の改正により、領民の移動の自由が認められました。そうなりますと、重い税金がかかるバラシオン領国から多くの住民が逃げ出すことでしょう。国力はますます衰え、軍備増強どころではなくなります」
しょぼん……。
先ほどの勢いはどこにいったのか。チャンドラ領主は、項垂れて、唇を強く噛みしめる。
初めは、邪見の輩が良からぬことでも吹き込んだかとも思ったが、この様子をみると、本当にただの思い付きだったようだ。そうすると、少しばかり言い過ぎたかという気もしなくもない。
「閣下。自分の考えをもち、意見を言うということは悪いことではございませぬ。周りの意見に流されるだけでは、良い領主とは言えませんからね」
「私は……」
サーンキヤが諭すように言うと、俯いたまま、少女は口を開いた。
「私は、お父様のように、強く、皆から認められて、尊敬され、畏怖されるようになりたい……のじゃ」
「ふむ……」
「小さいころ、お父様と一緒に、領国の見回りに行ったとき、領民は皆、お父様に頭を下げ、それでいて笑顔で、幸せそうだった。それが今は、国の力もどんどん下がって、隣国にもバカにされているという……」
だんだんと幼い領主の考えていることが分かってきた。今日は、喋り方もおかしいと思っていたが、記憶の中の父親を精一杯、真似ようとでもしていたのだろうか。
「叔父上もみたでしょ? 昨日の外交士の態度! 絶対バカにしてた! 許せない! 私はバラシオンの領主なのに!」
か細く、震えた声が謁見の間に響く。
「それで、武力をもって威厳を、畏怖を取り戻そうと? 短絡的過ぎますね。それでは隣国にバカにされるのも仕方がありますまい」
「――っ!」
サーンキヤを見詰める大きな淡栗色の瞳は、みるみるうちに大粒の涙が溜まっていった。
チャンドラの従士や教育官であれば、大慌てで狼狽することだろう。しかし、サーンキヤは、むしろ小さな充足を覚えていた。それはもちろん、幼い少女を言いくるめられたことではなく、チャンドラに領主としての素質と、成長が見えたからである。
「チャンドラ様。確かに、我が国は現在危機的な状況ではあります。農地に適した土地は元より少なく、昨年の干ばつの打撃はまだ癒えておりません。隣国エルダシオンのように、通貨の元になる緑柱石の鉱山などもありません。このままでは徐々に、国全体の貧しさが広がっていくことと思われます」
サーンキヤは法務監察官のため、自身で直接に食糧事情や工業について担当しているわけではないし、権限をもっているわけではない。ただ、サーンキヤは、法というものは現状に応じて、現実がより良いものになるように変化していくべきだと考えている。律法学士たちは、往々にして現行法の解釈に精を出すが、それだけではなく、時節に応じ、あたかも生き物のように変化させることも必要だと思うのだ。
しかしそのためには、その取り巻く情勢や状況を、しっかりと見定める必要がある。ますます複雑化し多岐にわたる分野全体に目を及ばすのは、並大抵のことではない。それでもサーンキヤは、法務監察官を取り仕切る、上長としての矜持をもっていた。
このままではいけない。
先代からこの国に仕えるサーンキヤは、チャンドラとその思いが一致したように感じたのであった。もっとも、大いにそのやり方は稚拙であるが。
「では……どうしたらよいというのじゃ」
チャンドラは、涙がこぼれないよう袖で目元をぬぐった。
「そうですね。こればかりは中々に難しいものです」
いつしかサーンキヤも、この幼き領主との会議にのめり込んでいった。西門での事案については、頭の中での優先度が大分下がっていった。まぁ、フライアなら何とかしてくれているだろう。
「人は、何かすごい力をもったものに惹かれると、教育官のシャーリーから習ったぞ。強い力には人が集まる。人が集まるとさらに大きな力になる、と」
「ふむ。それは一理ありますね」
なるほど、それで軍を強くしようと思ったわけか。力が、即ち武力、腕っぷしだと考えたのは短慮だが、国の活性化には、やはり何らかの力が必要だろう。
人を集める方法……か。
「――チャンドラ様、祭典を開く、というのは如何でしょうか」
陰鬱であったチャンドラの表情が、少しばかりかもしれないが、明るくなった気がした。
「おぉ!! さいてん、か! 良いではないか! して、さいてん、とはなんじゃ?!」
サーンキヤは、再び頭を抱えた。
後書き
作者:遠藤敬之 |
投稿日:2016/11/23 20:05 更新日:2016/11/25 00:38 『少女領主と官吏の憂鬱』の著作権は、すべて作者 遠藤敬之様に属します。 |
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