作品ID:1931
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オーパーツ
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 完結
前書き・紹介
宝物
前の話 | 目次 |
ギルガメシュの背後に忍び寄る存在がいた。
それは粘土の人形であった。
ギルガメシュが人の存在を疑ったとき現れ出でたものである。
「弱き心で世界を眺めるな」
その人形が話しかけてきた。
「疑いの心で見るな。ほうれ、世界の境界が薄らいでいるだろう」
人形はギルガメシュに確認するように促した。
「ここは、お前の心の世界。俺はフンババ」
「何を申している」
「そら、またひとつ歪みが出来た」
ギルガメシュが遠くを見ると、海が激しく波立つように景色が絶えず歪んで見える。
「心弱き者。己の守りたい世界を思い出せ」
そう言うなり、持っていた巨大な斧を振り回し襲い掛かってきた。
まるで、この聖域からすぐさま出て行けとばかりだ。
「貴様は何者だ。無礼は許さぬ。余はバビロンの王であるぞ」
すると、歪んだ景色が修正され、晴れると同時に大波がバビロンに波及する。
「それで良い。ここは神であるお前の世界。疑いは死となる」
「神?余が?」
ギルガメシュは懸命に泳いで回避するが間に合わない。
体が波に揉まれてあらぬ方向に流されてゆく。
「そうれ、そちらは死の世界。懸命に泳げ」
「余は、人間。唯の土塊にすぎぬ」
ギルガメシュは、意気消沈していた。永遠に続くと思っていた海の世界が遠くから暗闇に染まる。
「そうれ、死が近い。お前は愛する者の声を信じられぬのか?」
そこにエンキドが遣って来た。ギルガメシュの側に着いた。
エンキドは背びれをギルガメッシュの横につけた。
「これに掴まれというのか」
「今のお前の体は海に溺れ、死の間際にある」
フンババの発言は、エンキドとの戦いで体は溺れかけ、精神の中にいる事を指していた。
ギルガメシュがエンキドの背びれにつかまると、体勢を立て直したフンババの攻撃を次々と避けて見せた。土煙が対流する。
「このままでは、視界が悪くなり、こちらが不利になる一方だ」
「首を上げてやる。フンババの後ろに回りこめ!」
エンキドは逃げると見せかけて一気に後ろにまわりこむ。
ギルガメシュはエンキドから飛び降りると、フンババの首に飛びついた。
そして、粘土人形の頭を引っこ抜いた。
途端にフンババの首に海水が流れ込んでゆく。
それは渦となり星の水を飲みほしている様であった。
ギルガメシュはマリとの楽しかった晩餐を思い出していた。
そしてマリの宣告を思い出した。
その時、エンキドはギルガメシュを背に、大渦に飲み込まれまいと懸命に泳いでいた。
「余は神なる存在。シュメールの人間達の思いの象徴。余が死ぬはずも無い」
「不完全な世界に於いて完全なるものを表現しようとするから、不完全なる影響を強く受けて「ギルガメシュ」という形で余は現れ出でた」
「そして、神の思い描く世界は決まった形など持たない」
「ここは、この「ギルガメシュ」が思い描く神の世界。帰らねば、そして救わなければ」
そう念じ、信じた時、エンキドは力尽き、ギルガメシュを巻き込んで吸い込んでいった。
時を同じくして、ギルガメシュの宝物庫の扉が開き出した。
ギルガメシュの宝物庫は、山を越え谷を越えた先の深い森の洞窟にあった。
洞窟の奥の奥。
宝物庫の扉が開くと、甚大な量の水が中から噴出した。水は連なる洞窟を次々と満たして地上に噴出した。大量の水は大河に流れ出し、河は氾濫し肥沃な三日月状台地になだれ込んだ。
ギルガメシュはバビロンに流れ込む大河の上流から現れた。
エンキドは河岸に打ち上げられていた。その巨体の体重で押しつぶされて絶命している。
「エンキドよ」
「そんなにも簡単に逝くのか?フンババなる大地母神はエンキドを殺したのか」
ギルガメシュが嘆いていると、バビロンの町から火の手が上がり怒号や悲鳴が聞こえてきた。
アッシリアを後ろ盾にアッカド人によるシュメール人の締め出しが始まったのだ。
ギルガメシュが町に現れると、バビロンの人々は驚いた。
「王の御帰還だ!」
「なんと、生きていたのか」
しかし、王が行方不明の間にバビロンでは争いが起きていた。
アッシリアとシュメール人との戦争である。
「これは何事?」
ギルガメシュが街の状況を把握できずにいると、シュメール人の宰相ウルクが部下を従えて駆け寄ってきた。
「王よ。ご無事で何よりです」
「状況を説明せよ」
「アッシリアが侵攻してきました。アッカドのサルゴンがシュメールとの条約を反故にして、アッシリアと結託し呼び寄せたのです」
「そのような事、余は許さぬぞ。サルゴンを連れてまいれ」
「サルゴンは既にアッシリアに匿われております」
「余はこのような暴挙断じて許さんぞ。シュメール兵を組織せよ」
「アッシリアの軍勢の数は我が軍を遥かに凌駕しております」
その時、アリババを連れたマリが現れた。
「ギルガメシュ、よくぞご無事で」
ギルガメシュは嘆息した。
「私はこちらのアリババのおかげで命拾いいたしました」
「ぬ、貴様は」
アリババは、マリのかなり後ろで伏していた。
「アリババとやら、よくマリを救ってくれたな。良き働きだ。褒美を取らす」
(俺は褒美の為にマリを救ったんじゃない)
アリババは心の中で憤った。
「さあ、ウルク。出来る限り兵を集めろ。兵に成りそうな者には財を与えるぞ。アッシリアを駆逐する」
明らかに状況を把握できていないギルガメシュに皆は閉口した。
「さあ、どうした?」
アリババはギルガメシュの鈍感さ、現実感の無さや、普段から後手後手に回る施策にすっかり頭にきていた。
「あんたは、阿呆か!」
アリババがギルガメシュを罵ると皆は唖然とした。
「勝てやしないんだ。兵は既にアッシリアの軍勢に制圧されている。もうお仕舞いなんだよ。シュメール人は滅びるよりほかは無いんだ。何故もっと早くに我らを導かない。アッシリアに攻め込まれる前に。サルゴンが企てをする前に。あんたは、いつだって人間なんか見てはいない。人間はあんたのように強くは無いんだ。人は簡単にいなくなるんだよ」
ギルガメシュは死について考えていた。
エンキドの死の事を考えた。
「人間は簡単にいなくなる」
「あんただってこれだけの敵を回したら死んでしまうんだ」
「余が死ぬ」
ギルガメシュはこの日、あまりに多くの人の死に直面した。
「小僧、戯言を言うなよ。余は死なん」
「!」
「それに、これ以上犠牲者も出さぬ」
ギルガメシュは何かを決心すると、広場にシュメール人を集めるように命を出した。
バビロンはすっかりアッシリアに包囲されシュメール人の逃げ場は既になくなっていた。
ギルガメシュを中央に生き残っているシュメール人が集められた。
集団自決を予感する大人達、泣き喚く子供達、最後まで交戦を覚悟する戦士と、シュメール人達はこれほど生きる事を考えさせられた日は久しく無かった。
全ての民は全ての小船に乗せられている。
「余の民は、宝。余が守ってみせる!」
「開け!海に満たされた星よ。ゲート・オブ・バビロン!」
ギルガメシュの号令と共に宝物庫の扉が民の前に現れた。
現れ出でた扉がゆっくりと開く。大量の水が扉から流れ出し、間もなく大洪水が大地母神の地上を襲った。バビロンは広場から浸水してゆく。バビロン周囲の国に大洪水が波及してゆく。
扉の向こう側には海が見える。そして空には無数の星が輝いている。青と赤の二つの連星がシュメール人を出迎えた。
「さあ、皆のもの海を渡るのだ。アリババ、偉大なる航海士の息子よ。今一度シュメール人を導いてみせよ」
アリババは最後の一艘が扉を越えて、全てのシュメール人が渡り終えるのを見届けると、扉は閉じ始めた。
「これが、王の宝物庫」
アリババはギルガメシュに申し出た。
「ギルガメシュ王、俺はこちらの世界に残ります」
「何故だ?」
「シュメール人がこちらの地上に確かに存在した事を記すためです。後の平和な世界に伝えるためです。それにもうひとつ」
「もうひとつ理由があるのか?」
「いえ、こちらのことです」
「それで、良いのか?」
「はい。最後にひとつだけ」
「何だ?」
「ありがとうございました。シュメール人を代表して感謝申し上げます。それと、マリを宜しく頼みます。それにマリ<真理>、愚鈍な王を宜しく」
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ギルガメシュの宝物庫には別の世界があった。「海で満たされた星」であった。
それこそが彼の宝であった。海底には大陸が広がり、人は自由に何処までも泳いでいける。
その後シュメール人は、後のバビロニアにも無いほどの高度な文明を築いていながら、歴史から突然として消える。そして、都市バビロンは様々な人種によって支配される事になった。
マイロフ暦1950年
ブランデンブルグ法王国、鵬球の間にて。
歴史学者アリババは、講堂の壇上にて最後にこう結んだ。
「オーパーツ。それは文明にそぐわないもの。だが、人の純粋な思いはそんなものに縛られたりはしない。やがて、現実として現れる。人としてものとして」
視聴者は固唾を呑んで聞き入っていた。
そして、休憩時間に入り各々が真剣に話し合っている頃、アリババの姿は消えていた。
何処にもいなかった。講堂から外に出た様子は無かったが消失していた。
ようやくギルガメシュ王を追いかけていったのだろうか?
誰もいない講堂の黒板に言葉が残されていた。
「開け!ゴマ」
後書き
作者:秋麦 |
投稿日:2017/02/08 23:15 更新日:2017/02/09 00:25 『オーパーツ』の著作権は、すべて作者 秋麦様に属します。 |
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