作品ID:1949
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少女領主と官吏の憂鬱
小説の属性:ライトノベル / 異世界ファンタジー / 批評希望 / 中級者 / 年齢制限なし / 連載中
前書き・紹介
第二案、書庫へ
前の話 | 目次 |
隣国エルダシオンの外交士が来訪したのは、つい昨日のことである。
謁見の間の一角にある長机には、バラシオンの領主チャンドラを上座に、外交監察官上長ソロス、法務監察官サーンキヤと続き座っている。対する面には、エルダシオン外交士統括長ガルシオと、従士2名が座っていた。
「余が、バラシオン領主チャンドラである。エルダシオンより遠路はるばる、ようこそお出でになられた。我が領国挙げて歓迎する次第である」
赤を基調とした厚手の生地に、金の刺繍がなされた煌びやかな御衣をまとった少女が口火をきった。普段、頭の高い位置で一本に束ねられる長い髪は、この日は丁寧に梳かされ下へ伸びている。その揺らめく栗色は、太陽を浴びて咲きほこる華々のように美しい。
とはいえ。ほどかれた髪が幾分か大人びた印象を与えても、美しい女性というよりは、やはり可愛らしい女の子といった印象が強い。さらには身長の低さを補うため、座る椅子に、相手には見えないように厚手のクッションが二枚も重ねられている。
「これはこれは、お初にお目にかかります、外交士統括長ガルシオでございます。いやはや何とも可愛らしい領主様だ。温かいお言葉感謝いたします」
対面の上座に座る、黒髪の男が口を開いた。肩幅も広くかなり大柄である。上質な衣服に身を包んでいるが、隆々とした筋肉が浮き上がって見える。外交士というよりは武官とでもいった方がよさそうである。
笑顔の物言いであったが、口には嘲笑の意が簡単に見て取れた。
勝気なチャンドラが気付かないはずはない。「無礼な!」と叫ぼうとしたところ、隣に座る白髪の老人はチャンドラの膝にそっと手を置いた。
「ガルシオ殿。バラシオン外交監察官上長、ソロスでございます。長旅のところお疲れでしょうが、早速要件をお聞かせいただけますか?」
鷹揚とした声と、顔に深く刻まれたシワが、笑顔の中にも威厳を感じさせる。そんなソロスの様子に、チャンドラも拳を強く握り耐えることにした。
「おっと、これは失礼を。私めは、外交士の任を今年から拝命した次第ですので、バラシオン閣下とのお顔合わせも兼ねておりました。何、用件の方は大したことではございませぬ。――おい」
ガルシオは、二人の従士に命じ、数枚の書類を机に広げさせた。
「端的に申しますと、食糧分野の輸出品の値上げのご連絡でございます。ひと月後の輸送の際から、3割ほど上増しとなりますこと、ご了知願いたく」
「3割……とは、少々唐突ではございませんか?」
ソロスは、柔和なその表情を崩さず問うた。チャンドラは意味をはかりかねている表情ではあったが、バラシオン側の一同は内心苦虫を噛み潰したような状態であった。
恐らく、昨年の干ばつにより、十分な食糧生産が追い付いていないことを看破しての攻勢である。十分な備蓄がある状態であれば交渉の余地もあることだが、今は余裕がない状態である。
「ソロス殿、食糧は領国の基礎であり、領民の命を支える重大なものです。それを突然値上げするとお伝えしなければならないのは誠に心痛でございます。しかしながら、昨年の干ばつのことはご存知と思います。我がエルダシオンにおいての被害も大変なものであり、苦渋の決断なのでございます」
嘘、ではない。エルダシオン側も被害を受けたのは事実。しかし、それが果たして輸出品の3割の値上げに影響するほどのものかは分からない。分からないが故に、追及することもできない。そして、追及できたところで、その値上げをやめさせる権利をもっていない。食糧が十分であれば、購入をしないという選択により対抗できるものの、金額の多寡により買わないという選択をできるほど余裕がない状態であった。
最終的には、一時間以上の交渉の末、3か月の期間を経て徐々に3割増しの金額に上げていくという方法で収まることとなった。それでも、今後の問題が増えたことには変わりはなかった。
幼いチャンドラ領主が、交渉の内容をすべて理解できたはずはない。しかしそれでも、自国にとってかなり不利な内容であったことは、叔父であるサーンキヤたちの苦渋の表情からもすぐに理解できた。
それでも、自分は何も言えなかった。何もできなかった。焦りとも悔しさとも似つかない感情が、心の底に澱のように溜まっていくようであった。
(許せない! 絶対許せない! あんな奴ら、……あんな国! 滅んでしまえばいいんだ!)
◎
外交士が訪れたその日、中々寝付けなかったチャンドラの鬱屈は、翌日に薄らぐどころか、増大していった。その結果が、サーンキヤ上長を呼び出しての「世界滅ぼすぞ」発言である。
その後なんやかんやで、古今東西の祭典について調べることになったわけだが、目の前の、山積みになった本の前に倒れ伏す我が主君を前に、本当に感情の動きが分かりやすい方だと、教育官シャーリーは思った。
城内にある別塔の、最上階に書庫はある。既に製紙の技術は宗主国全体に広まっているものの、未だ紙は重要な資源だ。重い書籍を高い場所に運ぶのは重労働であるが、万が一のために、油を用いるランプの使用は最小限にされ、代わりに大きな天窓が、調光の役割を果たしている。
木漏れ日を思させる優しい光は、所狭しと並べられている本をささやかに照らしていた。
そんな書庫の窓辺には、草木が生い茂る中庭を見渡せる位置に、数人は座れる大きめの机が置かれている。その机の上には、少女の背丈はあろうかというほどの書籍がつまれ、……そして、一冊目の数ページを読んだところで、幼き領主は撃沈している。
「チャンドラ様、まだ、調べ始めて数十分ですが……」
「だってシャーリー、習ってない字ばかりだし、そもそも何書いているか分かんないよぉ……」
本に顔をうずめたまま、チャンドラの頭頂でまとめられた髪が、自身の気持ちに同意するように揺れた。
「とはいいましても、サーンキヤ様からも、古今東西の祭典にあたるように、といわれましたので。城内に保管されている関連書籍をお持ちした次第ですよ。ささ、まずはこの、バラシオン地域の伝承記から……」
「うー! だって! 祭典って、もっと華やかで、元気で、みんな楽しそうで、わーっという奴なんだよ! こんなの読んだって意味ないよ!」
なんて感覚派なんだ我が主君は……。
シャーリーは一向に話しが進まないことにオロオロしていた。与えられた歴史学の授業も満足に行えず、サーンキヤ上長の特命もこの調子では、せっかくありつけた教育官もクビになってしまいかねない。これは一体どうしたらよいのか。
いや、そもそもサーンキヤ様、「わー」とか「ばーん」とか、いったいチャンドラ様にどんな教え方したんですか……。
「随分、楽しそうな声が聞こえるの。どうしたのかな?」
途方にくれそうになっていたシャーリーに、杖をついた老人が近づいてきた。
「あ、これは、書庫官長……」
「これはこれは、領主様もご一緒とは。ご公務お疲れ様でございます。このような場所に直々とは、何か、お探し物ですか?」
柔和な老人であった。少しも飾り気を思わせないその微笑は、初対面であっても心を許しそうに穏やかであった。そしてその声もまた、古代石に沁み込む湧き水のように、心地よく耳に流れてくる。
その声にチャンドラも、ぶーたれた口を塞ぎ、背を正し椅子に座り直った。
「う、うむ! 少々、な! バラシオンに伝わる祭典の歴史について学んでおったところじゃ!」
変わり身早いなぁ……。
あごに指を添え、厳かに頷くさまをみて、再びシャーリーは呆れながらも、その切り替えのスピードには感心した。
「ほほぅ、祭典とは、これまた……」
シャーリーは、これまでの経緯についてあらかた書庫官長に説明をした。
書庫官長は、その顔に携えた微笑を崩さず、説明の合間に口も挟まず、ゆっくりと頷きながら聞いていた。
「なるほどのぅ、それで祭典について調べようというわけですか」
「うむ! その通りじゃ! 我が領民たちに心の支柱を与え、より一層のバラシオンの発展を目指すのじゃ!」
シャーリーの書庫官長への説明は、チャンドラがしっかりと締めくくった。
書庫官長は、ゆっくりとチャンドラの座る隣に歩み寄り、机に置かれている書物に目を移し、しばらくしてチャンドラの顔を見詰めた。
「ふむ……」
眉尻を下げ顎に手をやった書庫官長は、今度はシャーリーの顔を見る。シャーリーが少し困った顔をして首をかしげると、書庫官長は大きく二度うなずいた。
そして、柔和な笑顔をそのままに、
「なるほどのぅ。チャンドラ様。書庫官長の任を頂く私めが言うのは憚られますが、書物で学べるということには限りがございます。ここは一つ、領国の長老たちに、直接この国に伝わる伝承を聞いてみるのは如何でしょうか?」
すぐさまチャンドラは立ち上がり、「それは良い案じゃ! よし行くぞシャーリー!」と声をあげたのは、間髪いれない間であった。
謁見の間の一角にある長机には、バラシオンの領主チャンドラを上座に、外交監察官上長ソロス、法務監察官サーンキヤと続き座っている。対する面には、エルダシオン外交士統括長ガルシオと、従士2名が座っていた。
「余が、バラシオン領主チャンドラである。エルダシオンより遠路はるばる、ようこそお出でになられた。我が領国挙げて歓迎する次第である」
赤を基調とした厚手の生地に、金の刺繍がなされた煌びやかな御衣をまとった少女が口火をきった。普段、頭の高い位置で一本に束ねられる長い髪は、この日は丁寧に梳かされ下へ伸びている。その揺らめく栗色は、太陽を浴びて咲きほこる華々のように美しい。
とはいえ。ほどかれた髪が幾分か大人びた印象を与えても、美しい女性というよりは、やはり可愛らしい女の子といった印象が強い。さらには身長の低さを補うため、座る椅子に、相手には見えないように厚手のクッションが二枚も重ねられている。
「これはこれは、お初にお目にかかります、外交士統括長ガルシオでございます。いやはや何とも可愛らしい領主様だ。温かいお言葉感謝いたします」
対面の上座に座る、黒髪の男が口を開いた。肩幅も広くかなり大柄である。上質な衣服に身を包んでいるが、隆々とした筋肉が浮き上がって見える。外交士というよりは武官とでもいった方がよさそうである。
笑顔の物言いであったが、口には嘲笑の意が簡単に見て取れた。
勝気なチャンドラが気付かないはずはない。「無礼な!」と叫ぼうとしたところ、隣に座る白髪の老人はチャンドラの膝にそっと手を置いた。
「ガルシオ殿。バラシオン外交監察官上長、ソロスでございます。長旅のところお疲れでしょうが、早速要件をお聞かせいただけますか?」
鷹揚とした声と、顔に深く刻まれたシワが、笑顔の中にも威厳を感じさせる。そんなソロスの様子に、チャンドラも拳を強く握り耐えることにした。
「おっと、これは失礼を。私めは、外交士の任を今年から拝命した次第ですので、バラシオン閣下とのお顔合わせも兼ねておりました。何、用件の方は大したことではございませぬ。――おい」
ガルシオは、二人の従士に命じ、数枚の書類を机に広げさせた。
「端的に申しますと、食糧分野の輸出品の値上げのご連絡でございます。ひと月後の輸送の際から、3割ほど上増しとなりますこと、ご了知願いたく」
「3割……とは、少々唐突ではございませんか?」
ソロスは、柔和なその表情を崩さず問うた。チャンドラは意味をはかりかねている表情ではあったが、バラシオン側の一同は内心苦虫を噛み潰したような状態であった。
恐らく、昨年の干ばつにより、十分な食糧生産が追い付いていないことを看破しての攻勢である。十分な備蓄がある状態であれば交渉の余地もあることだが、今は余裕がない状態である。
「ソロス殿、食糧は領国の基礎であり、領民の命を支える重大なものです。それを突然値上げするとお伝えしなければならないのは誠に心痛でございます。しかしながら、昨年の干ばつのことはご存知と思います。我がエルダシオンにおいての被害も大変なものであり、苦渋の決断なのでございます」
嘘、ではない。エルダシオン側も被害を受けたのは事実。しかし、それが果たして輸出品の3割の値上げに影響するほどのものかは分からない。分からないが故に、追及することもできない。そして、追及できたところで、その値上げをやめさせる権利をもっていない。食糧が十分であれば、購入をしないという選択により対抗できるものの、金額の多寡により買わないという選択をできるほど余裕がない状態であった。
最終的には、一時間以上の交渉の末、3か月の期間を経て徐々に3割増しの金額に上げていくという方法で収まることとなった。それでも、今後の問題が増えたことには変わりはなかった。
幼いチャンドラ領主が、交渉の内容をすべて理解できたはずはない。しかしそれでも、自国にとってかなり不利な内容であったことは、叔父であるサーンキヤたちの苦渋の表情からもすぐに理解できた。
それでも、自分は何も言えなかった。何もできなかった。焦りとも悔しさとも似つかない感情が、心の底に澱のように溜まっていくようであった。
(許せない! 絶対許せない! あんな奴ら、……あんな国! 滅んでしまえばいいんだ!)
◎
外交士が訪れたその日、中々寝付けなかったチャンドラの鬱屈は、翌日に薄らぐどころか、増大していった。その結果が、サーンキヤ上長を呼び出しての「世界滅ぼすぞ」発言である。
その後なんやかんやで、古今東西の祭典について調べることになったわけだが、目の前の、山積みになった本の前に倒れ伏す我が主君を前に、本当に感情の動きが分かりやすい方だと、教育官シャーリーは思った。
城内にある別塔の、最上階に書庫はある。既に製紙の技術は宗主国全体に広まっているものの、未だ紙は重要な資源だ。重い書籍を高い場所に運ぶのは重労働であるが、万が一のために、油を用いるランプの使用は最小限にされ、代わりに大きな天窓が、調光の役割を果たしている。
木漏れ日を思させる優しい光は、所狭しと並べられている本をささやかに照らしていた。
そんな書庫の窓辺には、草木が生い茂る中庭を見渡せる位置に、数人は座れる大きめの机が置かれている。その机の上には、少女の背丈はあろうかというほどの書籍がつまれ、……そして、一冊目の数ページを読んだところで、幼き領主は撃沈している。
「チャンドラ様、まだ、調べ始めて数十分ですが……」
「だってシャーリー、習ってない字ばかりだし、そもそも何書いているか分かんないよぉ……」
本に顔をうずめたまま、チャンドラの頭頂でまとめられた髪が、自身の気持ちに同意するように揺れた。
「とはいいましても、サーンキヤ様からも、古今東西の祭典にあたるように、といわれましたので。城内に保管されている関連書籍をお持ちした次第ですよ。ささ、まずはこの、バラシオン地域の伝承記から……」
「うー! だって! 祭典って、もっと華やかで、元気で、みんな楽しそうで、わーっという奴なんだよ! こんなの読んだって意味ないよ!」
なんて感覚派なんだ我が主君は……。
シャーリーは一向に話しが進まないことにオロオロしていた。与えられた歴史学の授業も満足に行えず、サーンキヤ上長の特命もこの調子では、せっかくありつけた教育官もクビになってしまいかねない。これは一体どうしたらよいのか。
いや、そもそもサーンキヤ様、「わー」とか「ばーん」とか、いったいチャンドラ様にどんな教え方したんですか……。
「随分、楽しそうな声が聞こえるの。どうしたのかな?」
途方にくれそうになっていたシャーリーに、杖をついた老人が近づいてきた。
「あ、これは、書庫官長……」
「これはこれは、領主様もご一緒とは。ご公務お疲れ様でございます。このような場所に直々とは、何か、お探し物ですか?」
柔和な老人であった。少しも飾り気を思わせないその微笑は、初対面であっても心を許しそうに穏やかであった。そしてその声もまた、古代石に沁み込む湧き水のように、心地よく耳に流れてくる。
その声にチャンドラも、ぶーたれた口を塞ぎ、背を正し椅子に座り直った。
「う、うむ! 少々、な! バラシオンに伝わる祭典の歴史について学んでおったところじゃ!」
変わり身早いなぁ……。
あごに指を添え、厳かに頷くさまをみて、再びシャーリーは呆れながらも、その切り替えのスピードには感心した。
「ほほぅ、祭典とは、これまた……」
シャーリーは、これまでの経緯についてあらかた書庫官長に説明をした。
書庫官長は、その顔に携えた微笑を崩さず、説明の合間に口も挟まず、ゆっくりと頷きながら聞いていた。
「なるほどのぅ、それで祭典について調べようというわけですか」
「うむ! その通りじゃ! 我が領民たちに心の支柱を与え、より一層のバラシオンの発展を目指すのじゃ!」
シャーリーの書庫官長への説明は、チャンドラがしっかりと締めくくった。
書庫官長は、ゆっくりとチャンドラの座る隣に歩み寄り、机に置かれている書物に目を移し、しばらくしてチャンドラの顔を見詰めた。
「ふむ……」
眉尻を下げ顎に手をやった書庫官長は、今度はシャーリーの顔を見る。シャーリーが少し困った顔をして首をかしげると、書庫官長は大きく二度うなずいた。
そして、柔和な笑顔をそのままに、
「なるほどのぅ。チャンドラ様。書庫官長の任を頂く私めが言うのは憚られますが、書物で学べるということには限りがございます。ここは一つ、領国の長老たちに、直接この国に伝わる伝承を聞いてみるのは如何でしょうか?」
すぐさまチャンドラは立ち上がり、「それは良い案じゃ! よし行くぞシャーリー!」と声をあげたのは、間髪いれない間であった。
後書き
作者:遠藤 敬之 |
投稿日:2017/04/23 21:05 更新日:2017/04/23 21:07 『少女領主と官吏の憂鬱』の著作権は、すべて作者 遠藤 敬之様に属します。 |
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