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『鉄鎖のメデューサ』
小説の属性:一般小説 / 異世界ファンタジー / お気軽感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 完結
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第37章
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次の日から、ロビンはラルダに薬草の種類や薬の作り方について学び始めた。スノーフィールドから南下する旅であったので、最初はロビンも名前なら知っている植物が大半を占めていたが、それでも様々な植物がいろいろな薬効を持っていることや、その効力を引き出す手法の多岐に渡ることは少年にとって全く未知の領域だった。
そして寒冷地であるスノーフィールドから遠ざかるにつれて、植物の種類は飛躍的に増えていった。ロビンは生まれ育った街の自然の厳しさを、そしてなぜスノーフィールドで薬の入手が困難なのかを実感させられた。
ラルダは訪れた村で病人や怪我人を治療するとき、ロビンに助手を勤めさせた。作業そのものをできるだけさせながら、症状の度合いに応じて薬を調合するコツを教え込んでいった。そして少年が技術を修得するにつれて、しだいに作業自体を任せるようになった。
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「なかなかやるじゃないか、ロビン」
とある村で子供に解熱の薬を作った帰り道、ゲオルクが声をかけた。
「こんな短い期間でここまで腕を上げるとは正直思わなかった。これならたしかに薬を作って身を立てることはできるだろう。だがスラムで貧しい者に薬を売るとなれば話は別だ。技術だけでは解決できない問題がある」
「薬の材料がスノーフィールドでは手に入りにくいこと?」
「そうだ。遠方から運んでこなければならないから材料自体が高値になる。だから貧しい者では手が届かない。普通の取引にゆだねていたのでは、高値で売ろうとする輩が横行することになる。ここを解決できなければ安い薬は作れない」
「それは私がなんとかしよう」
ホワイトクリフ卿も話に加わった。
「かかった費用を肩代わりするか、いっそ自前で薬草を調達する形を整えるかだろうが、怪しげな者に調達させるくらいなら自前で調達したほうがよさそうだ。セシリア殿を治すことができればノースグリーン卿の助力も得られるかもしれない」
ごま塩頭の従者も若きナイトに頷いた。
「ここを間違えると犯罪の温床になりかねん。治安維持の一環と思ってせいぜい手立てを講じることだな」
「貴様にはいわれたくない話だな」
憮然とした顔でホワイトクリフ卿が応じた。
「蛇の道は蛇ってやつだ」
ゲオルクの薄い唇に苦笑が浮かんだ。
----------
一行が南下するにつれ、あたりの様子はどんどん様変わりしていった。薬草を学ぶロビンにとって、それは植生のさらなる多様化として捉えられた。冬がまだ終わりきらぬスノーフィールドを旅立つとき、ほんの小さな草花が白一色の世界にささやかな色を添えていただけだった世界は、春の訪れとともに浅い緑の草原にさまざまな色合いの花々が競い合うものとなり、春が過ぎ行くにつれ、より深い色の葉を茂らせた潅木の林へと姿を変えた。
そして世界の緑の深まりにつれ、小柄な妖魔のつややかな鱗の緑があたりの色あいになじんでいくのが実感された。ラルダからかつて聞いたとおり、それは周囲に溶け込む色だった。クルルも故郷に近づいていることを実感しているらしく、しぐさ一つにも生気と喜びが増してゆくのがうかがえた。
----------
そして太陽が天頂高く輝くある真昼どき、一行の眼前には広い草原のむこうに深い森がどこまでも広がっていた。大樹海の北の端へと、彼らはついにたどりついたのだ。途中の分かれ道を東に進めば滅びたヴァルトハール公国だったが、諸国を訪ねながら仲間を集める若者たちはまだ戻っていないはずだった。いまだ死の支配する土地へは向かわず、彼らは道から草原に馬を進めた。
草原を渡ってたどりついた森のはずれに岩があった。その岩を見たロビンはクルルに話しかけた。
「二年、そう、二年たったらここへ来るよ。太陽が空の一番高いところにいるとき、この岩のところでまた会おうよ」
馬からおりた少年は小柄な妖魔を馬からおろすと、目に浮かんだ涙を見せまいとその細い上体を抱きしめた。姉によく似たその顔を、とても正面から見られないように思った。うっかり泣いてしまったら、ここで別れることなどできなくなりそうだった。
そんなロビンの耳に、けれど舌足らずな声が聞こえた。
「ろびん、ナミダ……?」
赤い眼点のある触手がいくつも自分の顔を覗き込んでいるのに気づき、ロビンは笑った。涙が頬をつたったけれど、つい笑ってしまった。相手が人間ではないことをまるで忘れていた自分が、なんだかおかしかった。そして、そのおかしさで笑っていられる今こそ別れのときだと思った。
涙をふくと、ロビンはクルルの肩に両手を置いて正面からその顔を見つめた。姉の面影があるものの、それ自体別の存在である小柄な妖魔の姿を、蛇に似た触手も、石化の魔力を秘めた金色の瞳も、首の根元をおおう白い毛も、腹の赤い横長の鱗と森の色に溶け込む艶のある緑の細かい鱗も、それぞれ三本の爪をそなえた短い腕と長い脚も、そして短い尾もそのまま脳裏に焼きつけた。鍵がなくてはずせなかった鎖の切れ端をつけた金属の首輪だけは心残りだったが、それでも故郷の風景の中、クルルの姿は調和のとれたかけがえのないものに見えた。ここまで来ることができて本当によかった、そう心から感じた。
「じゃあ行くよ、クルル。セシリアも会おうっていってたんだ。二年たったらきっといっしょに来るから」
肩に置いた手に巻きついていた触手をそっとはずすと、ラルダが馬を寄せてきた。ロビンが馬に登ると、クルルも岩の上に登り馬上の二人の姿を見てまばたきした。黒髪の尼僧が柔らかな声を返した。
「元気でね。クルル」
馬が進み始めると、離れたところから見守っていた二人も合流した。街道に向けゆっくり戻る馬上から、少年は岩の上の小柄な妖魔の姿がすっかり見えなくなるまで、喜びと寂しさをともども噛みしめながら、ひたすら見つめ続けていたのだった。
そして寒冷地であるスノーフィールドから遠ざかるにつれて、植物の種類は飛躍的に増えていった。ロビンは生まれ育った街の自然の厳しさを、そしてなぜスノーフィールドで薬の入手が困難なのかを実感させられた。
ラルダは訪れた村で病人や怪我人を治療するとき、ロビンに助手を勤めさせた。作業そのものをできるだけさせながら、症状の度合いに応じて薬を調合するコツを教え込んでいった。そして少年が技術を修得するにつれて、しだいに作業自体を任せるようになった。
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「なかなかやるじゃないか、ロビン」
とある村で子供に解熱の薬を作った帰り道、ゲオルクが声をかけた。
「こんな短い期間でここまで腕を上げるとは正直思わなかった。これならたしかに薬を作って身を立てることはできるだろう。だがスラムで貧しい者に薬を売るとなれば話は別だ。技術だけでは解決できない問題がある」
「薬の材料がスノーフィールドでは手に入りにくいこと?」
「そうだ。遠方から運んでこなければならないから材料自体が高値になる。だから貧しい者では手が届かない。普通の取引にゆだねていたのでは、高値で売ろうとする輩が横行することになる。ここを解決できなければ安い薬は作れない」
「それは私がなんとかしよう」
ホワイトクリフ卿も話に加わった。
「かかった費用を肩代わりするか、いっそ自前で薬草を調達する形を整えるかだろうが、怪しげな者に調達させるくらいなら自前で調達したほうがよさそうだ。セシリア殿を治すことができればノースグリーン卿の助力も得られるかもしれない」
ごま塩頭の従者も若きナイトに頷いた。
「ここを間違えると犯罪の温床になりかねん。治安維持の一環と思ってせいぜい手立てを講じることだな」
「貴様にはいわれたくない話だな」
憮然とした顔でホワイトクリフ卿が応じた。
「蛇の道は蛇ってやつだ」
ゲオルクの薄い唇に苦笑が浮かんだ。
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一行が南下するにつれ、あたりの様子はどんどん様変わりしていった。薬草を学ぶロビンにとって、それは植生のさらなる多様化として捉えられた。冬がまだ終わりきらぬスノーフィールドを旅立つとき、ほんの小さな草花が白一色の世界にささやかな色を添えていただけだった世界は、春の訪れとともに浅い緑の草原にさまざまな色合いの花々が競い合うものとなり、春が過ぎ行くにつれ、より深い色の葉を茂らせた潅木の林へと姿を変えた。
そして世界の緑の深まりにつれ、小柄な妖魔のつややかな鱗の緑があたりの色あいになじんでいくのが実感された。ラルダからかつて聞いたとおり、それは周囲に溶け込む色だった。クルルも故郷に近づいていることを実感しているらしく、しぐさ一つにも生気と喜びが増してゆくのがうかがえた。
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そして太陽が天頂高く輝くある真昼どき、一行の眼前には広い草原のむこうに深い森がどこまでも広がっていた。大樹海の北の端へと、彼らはついにたどりついたのだ。途中の分かれ道を東に進めば滅びたヴァルトハール公国だったが、諸国を訪ねながら仲間を集める若者たちはまだ戻っていないはずだった。いまだ死の支配する土地へは向かわず、彼らは道から草原に馬を進めた。
草原を渡ってたどりついた森のはずれに岩があった。その岩を見たロビンはクルルに話しかけた。
「二年、そう、二年たったらここへ来るよ。太陽が空の一番高いところにいるとき、この岩のところでまた会おうよ」
馬からおりた少年は小柄な妖魔を馬からおろすと、目に浮かんだ涙を見せまいとその細い上体を抱きしめた。姉によく似たその顔を、とても正面から見られないように思った。うっかり泣いてしまったら、ここで別れることなどできなくなりそうだった。
そんなロビンの耳に、けれど舌足らずな声が聞こえた。
「ろびん、ナミダ……?」
赤い眼点のある触手がいくつも自分の顔を覗き込んでいるのに気づき、ロビンは笑った。涙が頬をつたったけれど、つい笑ってしまった。相手が人間ではないことをまるで忘れていた自分が、なんだかおかしかった。そして、そのおかしさで笑っていられる今こそ別れのときだと思った。
涙をふくと、ロビンはクルルの肩に両手を置いて正面からその顔を見つめた。姉の面影があるものの、それ自体別の存在である小柄な妖魔の姿を、蛇に似た触手も、石化の魔力を秘めた金色の瞳も、首の根元をおおう白い毛も、腹の赤い横長の鱗と森の色に溶け込む艶のある緑の細かい鱗も、それぞれ三本の爪をそなえた短い腕と長い脚も、そして短い尾もそのまま脳裏に焼きつけた。鍵がなくてはずせなかった鎖の切れ端をつけた金属の首輪だけは心残りだったが、それでも故郷の風景の中、クルルの姿は調和のとれたかけがえのないものに見えた。ここまで来ることができて本当によかった、そう心から感じた。
「じゃあ行くよ、クルル。セシリアも会おうっていってたんだ。二年たったらきっといっしょに来るから」
肩に置いた手に巻きついていた触手をそっとはずすと、ラルダが馬を寄せてきた。ロビンが馬に登ると、クルルも岩の上に登り馬上の二人の姿を見てまばたきした。黒髪の尼僧が柔らかな声を返した。
「元気でね。クルル」
馬が進み始めると、離れたところから見守っていた二人も合流した。街道に向けゆっくり戻る馬上から、少年は岩の上の小柄な妖魔の姿がすっかり見えなくなるまで、喜びと寂しさをともども噛みしめながら、ひたすら見つめ続けていたのだった。
後書き
未設定
作者:ふしじろ もひと |
投稿日:2021/11/24 09:10 更新日:2021/11/24 09:10 『『鉄鎖のメデューサ』』の著作権は、すべて作者 ふしじろ もひと様に属します。 |
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